2024-04-06 「The News Lens」
アンソニー・トゥ回顧録⑦
州が変われば法変わる、連邦政府との衝突も!…米国で暮らすなら知っておきたい保険と法律の重要性
杜祖健(Anthony T. Tu)
【注目ポイント】
日清戦争(1894~95)の結果、下関条約によって台湾は1945年まで約半世紀の間、日本の統治下に置かれた。戦前から戦後にかけて台湾医学の先駆者となった杜聡明氏の三男として生まれ、米国で世界的な毒性学の権威となった杜祖健(アンソニー・トゥ= Anthony Tu)氏。日本の松本サリン事件解決にも協力した台湾生まれ、米国在住の化学者が、米国在住約70年の経験から引き続き米国の医療や保険制度について語った。
前回アメリカで暮らすうえでの保険の重要性について記したところ、日本の読者から「大変有益だった」というコメントを頂いた。私も93歳になり、年齢を重ねるにつれ、体のいたるところに故障がおきている。当然ながら病院の世話になることが多くなった。
一般的にアメリカで医療サービスを受けた際の費用が莫大な金額になるということはよく知られていることだろう。私は最近、人工透析の注射針を受けている右腕が凝固してしまい、自由に使えなくなった。
それで病院で手術をしてもらい、首の所から新しい透析のルートをつくってもらったのだが、この医療を受けるために、病院に2度、計6日間入院した。最近その費用について病院から通知があったのだが、みなさんはいかほどだったとお思いだろうか?
今回はその結果をみなさんに参考までにお知らせし、米国の医療や保険制度に関する印象をお尋ねしてみたい。私の経験を通じてアメリカの医療の全貌をみなさんにお伝え出来れば幸甚である。
そもそも私は昔からよく病気にかかるほうで、これまで何回も手術を受けてきた。
1977年、私は大腸がんになり手術をした。この時の医療費はなんと1万ドル(最近のレートなら日本円約152万円)である。
当時私はコロラド州立大学の教員だったので、大学が保険に入っている。そのおかげで保険会社が80%、8000ドル(121万円)を支払い私個人は残りの、20%である2000ドル(30万円)を支払った。
その後たびたび病気を経験したが、いずれも規模の小さい手術しか必要としなかったため、それらの治療費用はいちいち記憶にない。しかし大腸がんの時と同様に保険会社が大部分を払い、残りは私が支払ってきたのだ。
▲コロラド州立大学(奥)と白水公園=2019年9月28日© Getty Images
冒頭にも書いたが、私は年齢を重ねていよいよ腎臓が悪くなり、この3年間は人工透析を受けてきた。
いつも右腕で透析を受けてきたので、凝固がみられるたびに計8回ぐらい手術を重ねた。しかしとうとう右腕の透析部位は、血液が全部凝固してしまい、透析が受けられなくなった。
このため今年の1月20日ごろから病院に入院し、新たに首の近くから人工透析を受けられるようしてもらった。この手術のために2度、計6日間入院したのだ。
このときの費用明細が2024年2月21日に届いたのでご報告しよう。私に対し300ドル(日本円約4万6000円)を支払えと請求している。これが総額で、医療保険に入って私はこのうちの何割かを負担するのかと思いきや、よく読んでみると300ドルというのは正真正銘の私の負担分であって、大部分を支払う保険会社の分はまた別なのであった。
その本来の支払い総額の大きさには驚いた。たった計6日間の入院、治療に対し費用総額は14万8309ドルと85セント(約2250万円)であった。私は1954年以来アメリカに来ているが、その医療費の膨張ぶりに驚いた。
このたびの医療費は、保険でまかなわれるうちの80%をコロラド公務員退職年金会社が担当し、20%をアメリカ連邦政府の独立機関である社会保障局の社会保険によって支払われたようだ。この時、私は保険2つに加入しておいて本当に良かったと痛感した。
ことのついでに私に加入保険が2つある理由も説明しよう。
普通アメリカ人は退職すると社会保障局の社会保険プログラムに加入する。ところがコロラド州とアラスカ州だけは、この社会保険には参加していない。私は以前いろいろな大学で勤めていた時に他州でこれを払っている。社会保障局オフィスに手紙を書いて問い合わせたところ、9カ月間の掛け金の支払い実績があれば、退職後は最低ランクの補償が受けられることがわかった。
公認会計士に相談したところ、私は本を出しているから著者としての収入から社会保険プログラムの保険料を支払えばよいという。その通りにしたので私はこうして退職したのちに、社会保険プログラムでの最低ランクの額ではあっても、補償をもらうことが出来たのだ。
具体的には。いろいろな費用を差し引かれて毎月この保険プログラムでからもらえるのはわずか90ドル(約1万3700円)なのであるが、月々のその額は小さくとも、ありがたいのは、こうして医療費の支払いが生じたとき、20%を払ってくれることなのである。
アメリカは50州による連邦政府なので、各州で法律が違う。
カリフォルニア州では救急車の費用は、自分で払わないといけないことになっている。これも1000(約15万2000円)ドルぐらいするので馬鹿にならないが、医療費に較べるとわずかな額である。
病院の救急治療室に入る条件は各州で違うが、私がこの間まで住んでいたカリフォルニア州では、救急の場合、病院は搬送されてきた人を誰でも治療しないといけないことになっている。しかし病院に入院するには費用を支払わないといけない。
▲カリフォルニア州の救急車(イメージ写真)© Getty Images
サンフランシスコの新聞に載っていた記事だが、ある貧しい人が病院の救急治療室に搬送されてきた。上記の通り法律では貧富の差に関わらず病院は救急室に搬送された患者は治療しないといけないが、入院までさせる必要はない。それで病院はタクシーを呼んで治療を終えた患者を乗せ、運転手には「サンフランシスコ市内のどこでもいいから連れて行って、そこで降ろしてくれ」と頼んだという。
州ごとに法律が違う厄介さには次のようなものもある。
麻薬の1種であるマリファナは、州によって合法であったり、非合法であったりする。例えばコロラド州では合法であるが、その隣の州では違法なので、コロラド州の人が車の中にマリファナを積んだまま他州に行けば逮捕される。
しかも州の法律と、連邦政府の法律が違う場合も在る。
マリファナはコロラド州では合法であるが、連邦政府の法律では違法である。それで時々連邦警察がマリファナを合法として認めているコロラド州まで来て、売買や所持に関わった人を逮捕し、販売した店を強制的に閉鎖させることがある。
この場合、連邦政府から命ぜられて店を閉鎖さられたコロラドのマリファナ店の店主は、「店はコロラドの法律では合法であるので、連邦政府が店の閉鎖を命ずるのは違法である」と主張することになる。
その不満の声を背景に、コロラド州選出の国会議員は連邦政府に対し、「これはコロラド州に対してのいやがらせであり、そういうことはしてはいけない」と抗議することになるのだ。
47都道府県がすべて同じ法律の下にある日本では、アメリカのこうした連邦制の統治や州ごとの法律の違いは理解しがたいかもしれない。
アメリカは外国から見るとひとつの国とみなされるが、実際には50州それぞれがあたかも独立国のようにが州を統治しており、他国と状況が全然違う場合もあるのだ。
(2024-04-06「The News Lens」からの転載)
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