【連載エッセー】岩崎邦子の「日々悠々」⑰
北風が吹く寒さの中、路肩で可憐に咲く水仙の花を見かけると、「冬来たりなば春遠からじ」を、実感させられる。そんな折に、「生涯大学」に行っていた頃のクラスで結成された「歩こう会」から参加の出欠メールが来た。
生涯大学とは、千葉県内の60歳以上の人を対象にしたもので、県内のあちこちに開校されている。西白井の友人と2人で相談して応募したのは、流山市にある健康・生活科学部で、週1回の2年コースだった。もう今から10年ほど前のことである。私たちのクラスは30人で、柏市や流山市の人が大半で、白井市からは2人だけ。
この生涯大学の卒業を前にして、有志で「歩こう会」が発足した。ほぼ3カ月毎に関東の近辺を歩くという会だ。行先をあれこれ考えて、まめに連絡してくれる幹事さんのお陰で、この会は成り立っている。当初の参加者は20人超えにもなっていたが、年数経過とともに参加者は減っていく。
体調が悪いとか、家族に病人が出てくる場合もある。一緒に学んだ西白井の友人は勉強が大好きだ。古文書の研究に没頭しているので、予定が合わないことが多い。私の場合も先約があって参加できないこともあった。
昨年暮れに送られてきた「歩こう会」からのメールは、新年早々のお誘いである。行先は「水仙ロード」と記されているだけ。一瞬、「どこ?」との思いが走ったが、「水仙」の言葉に飛びついて、すぐ「行きます」と即答メールを送った。あちこちの観光地のことや関東周辺の見どころなどに疎い私は、早速ネットに頼る。
南房総の鋸南町に「江口水仙ロード」があり、最寄り駅はJR内房線の保田・勝山駅とある。水仙の咲き乱れる中を散策する人の写真や手前に水仙があり、その隙間からは富士山が望める写真があって、否が応でも楽しみが膨らんでくるではないか。
追って送られてきたメールには、「 『青春18きっぷ』を利用することになり、当日の参加者はそれぞれの駅から、全員の中央となる乗車駅(新松戸)に集合してから出発する」とのこと。
名前だけは知っていた「青春18きっぷ」である。利用の仕方を知らなかったが、全国のJRの普通・快速に乗り放題で使用でき、年齢に関係なく同額で、1枚で5人グループの日帰りに利用できるのだという。
雲一つない空、外の冷気はあるが、凍えるような気温でもなく、冬としては最高に良い天気に恵まれた。出発時間の朝6時40分は、東の空が茜色に染まっているが、日の出はもう少し後のようだ。
武蔵野線に乗り換えて窓の外を見ると、真っ赤な太陽が輝き始めている。新松戸で参加者9人が全員揃った。今日の素晴らしい好天に恵まれたことを、口々に喜び合いながら、あとは幹事さんの指図通り、目的地の内房線・保田駅を目指す。
天気予報でも暖かい日になるとの報があった。昔から「鋸山を越えると肌着が一枚いらなくなる」と言われるそうで、保田駅から1キロほど歩いて、江月水仙ロードに入ってからは、汗ばむほどになった。予測されていたので、ダウンコートを脱いで小さく折りたたみ、リュックにしまい込んだ。
江月水仙ロードは、入り口から頂上まで約3キロ、道路の両脇や山の斜面、休耕地を利用して水仙が栽培されている。入り口付近の水仙はこのところの水不足を思わせたが、坂道を登るにつれて葉っぱや花が元気良く見えた。
間近に見る水仙の花は何と愛らしいことか。群生する芝桜などのように、華やかさはないものの楚々とした美しさを感じる。道路を歩きながら点在する民家や、移り変わる光景を眺め、風に乗ってくる水仙の香りを大いに楽しむ。
水仙ロードの入口から約2キロのところ「水仙ひろば」で休憩する。売店があって水仙の切り花や、地元で採れた野菜や干し芋などが販売されている。「むかご」があったので、懐かしくなって買ってしまった。
むかごとは、ヤマイモなどの葉っぱのところに出来る、小さな球根のようなものだ。むかごの食べ方を知らない人もいるからか、売店のおばさんが、米2合くらいと一緒に炊くが、塩も少し入れるようにと説明をしていた。
「水仙ひろば」から頂上までの約1キロは上り坂となっている。私の血圧はいつも低めであるが、心拍数は多い方なので、上り坂になると少し辛いものがある。仲間の人たちも無口になっているものの、元気そうだ。
山に囲まれた道路を500mほど進むと急に視界が開け、頂上の少し手前から富士山を展望することができるという地点に来たが、「あれかな?」としか見ることが出来なかった。
上り坂をやっと過ぎると今度は下り坂になるが、幹事さんは膝を傷めないように、気を付けて歩くようにとアドバイス。iPadを片手に、バス停の発車時刻を気にしながらバスが通る道へと誘導してくれる。下調べも何もしない私たちは、澄み渡った青空を眺め、夏みかんのような柑橘類が手に届きそうな道を通り、田舎道を汗ばみながらも呑気に歩く。
鋸南町には保田・勝山・佐久間ダムなどを、その名も「赤バス」「青バス」と名付けられているミニバスが走っている。辿り着いた41番の下川橋というバス停から、25番の中央公民館前を目指してバスが来るのを待つ。周りを見まわすが民家などはあまり見かけない。
千葉県には山らしい山はないと思っていたが、前方にはそれなりの高さの山々が連なっている。男性のSさんが、山の名前を知ろうとしたのか、スマホを取りだして調べているようだ。
やがて、私たちの目の前に車体が青色で、フロントやボディにマスコット「よりともくん」と「しんべえくん」が描かれている可愛い青バスがやってきた。鋸南町の住民にはきっと親しまれているのだろう。そんなバスには先客が2人、座席は10席位なのか、私たちが乗ると座れない人が出てしまった。
バスが動き出し1つ目の停留所を過ぎたころ、後ろの男性たちが何やら騒いでいる。「何だろう?」と訝っていると、Sさんがスマホを落としてきたという。どうやら、山のことを調べた後に、収納したつもりが滑り落ちたらしい。免許証やお金も一緒になっていると知り、皆の顔がすっかり曇ってしまった。
それでも、幹事さんは落ち着いて指示をしている。勝山駅のバス停で下車し、タクシーでSさんと、付き添いのNさんが、乗車したところの下川橋へ急行する、という段取り。
中央公民館前で下車した私たちは、朗報を待つしかない。しばらくすると、やはり先ほどのバス停のところに落ちていたことがNさんからの電話で分かった。のどかな町で良かった! 皆の顔にも笑顔が戻った。自分の身にも起きかねないこととして、このことを教訓にしようと、口々に話した。
房総には車で行くことはあっても、電車には慣れていない人が多い。でも、ローカル線の車内は混雑もないので、座席に座った途端に「おしゃべりタイム」である。女性参加者は4人、私以外は「お一人様」になられて自由な身となり、しかも健康に恵まれた人たちだ。
Mさんは、2年前にご主人を亡くされてしばらく顔を見なかったが、このところは元気に参加されている。2世帯住宅で暮らしている息子さんとの仲良し親子ぶり、孝行話はお見事というしかない。
こうして出掛けてくる時は、最寄り駅への送り迎えは必ずしてくれる。どこでも現地に着いた後、場所が変わるごと、お互いにラインで確認のやり取りをしているのには、驚きであるが、Mさんにとっては当たり前のことらしい。普段の買い物や小旅行なども頻繁に息子さんが声をかけてきて、一緒に出掛けるのだという。
文学少女だったという彼女は、短歌や俳句もたしなんでいる。読書好きでもあり、特に好きなのは、佐伯泰英のシリーズもの。息子さんは、既に刊行されたものはネットで調べて一挙買いをし、その後に出るものは新刊を買ってくれるのだという。佐伯さんという作家は、ハイペースで書き上げる人なので、相当な著作があるので大変だろうなぁと、私は勝手な想像をする。
Iさんは、学校に通っていた頃は脚が悪く、歩くときは少し難儀をされていた。行事には参加されることもほとんどなかったが、卒業後、思い切って手術を敢行したとか。それからは、水泳や体操をするなどしてリハビリに励み、今では率先して歩くことが出来ている。趣味も広くなり、友達も増えているようだ。その勇気と根性の強さは、周りの人たちを明るくしている。
Hさんは、以前はデパートにお勤めで、色が白く上品で物腰も柔らかく、服装のセンスも良いので、思わず見とれてしまう。体も、もっと弱い人かと思っていたが、「歩こう会」にもクラス会にも全出席されるほど元気な人である。
男性陣もそれぞれ市民大学に通う人、卓球や剣道に打ち込む人、趣味のマジックがプロ級の人と、積極的で多彩な人たちだ。幹事をしてくれるKさんは、5、6年前に早期がんと聞いていたが、いつの間にか克服した。
ジムに通い体を鍛え、食べ物に気を付けたことが一番だったという。幹事のご苦労に感謝を述べると、行先などをあれこれ調べることは好きだからと、あまり大変だとは思っていない様子にホッとする。
観光より、歩くことを優先しているのが「歩こう会」。参加してきた人から、日頃の暮らし方、考え方を垣間見たような気がする。冬というのにすっかり日焼けをしたが、水仙の香りに酔いながらの散策は楽しいものだ。今回も、何かを得たし、元気もいただいたので、満足、満足。