【連載】呑んで喰って、また呑んで㉓
飢餓の国で伝統料理を楽しむ
●エチオピア・アジスアベバ
ハリー・ベラフォンテを筆頭にマイケル・ジャクソン、ライオネル・リッチーらが呼びかけ、アメリカのポップ・ミュージックの大物たちが一堂に会した。1985年1月28日のことだ。アフリカの飢餓を終わらせるのを目的に、ある歌をレコーディングするためだ。その歌とは『We Are The World』。この歌がリリースされるや、世界中でアフリカの飢餓に注目が集まり始めた。
私と報道写真家のTさんが、エチオピアに脚を踏み入れたのは、レコーディングの2カ月ほど前のことである。アフリカの中で、もっとも多くの飢餓難民を出していたからだ。首都アジスアベバには、世界中から救援団体が集まっていた。この首都で飢餓で苦しむ人を見ることはない。それどころか、ダイエットのため、サウナで汗を流す富裕層も少なからずいるのだ。
私たちは数日後、ランドクルーザーをチャーターして、飢餓難民の多い地方を取材することになっていた。取材先では美味いものも口にできないだろうから、出発するまでは、エチオピア料理を楽しむぞ。
宿泊していたホテルの食堂で最初に食したのは、ナイル・パーチのグリル。ビクトリア湖に生息する巨大魚で、スズキ目アカメ科に属しているのだそうだ。淡水魚特有の上品な味で、塩胡椒だけの味付けも絶妙だった。白ワインが食欲をそそる。
しかし、ホテルでは本当のエチオピア料理は味わえないので、街中の食堂も覗いてみた。そこで注文したのが、エチオピアの代表的な伝統料理であるドロワット。エチオピアのカレーと思ってもらいたい。私たちが頼んだのは、牛肉のドロワットである。ちなみに、エチオピア人には美食家が多く、牛肉を生で食するのが「通」らしい。
さて、エチオピアの主食というと、テフ(トウモロコシの粉)で作ったインジェラだ。スポンジのように小さな穴が沢山開いているパンケーキのようなもので、ほんのりと酸っぱい。最初は抵抗感があったが、何度も食べるうちに、すっかり中毒になってしまった。
このインジェラをドロワットにひたして口に放り込む。うっ! なんだ、この辛さは! あまりの辛さに気を失いそうになった。タイのカレーも辛いが、その5倍、いや10倍は辛い。全身から汗が滝のように流れる。が、不思議なことに、しばらくすると、また食べたくなるではないか。結局、一皿平らげたのだが、それ以来、このドロワットがインジェラ同様中毒になってしまった。
出発の日が来た。私たちのランドクルーザーを運転するのは、政府観光局から派遣されたガダム・デメスケン(当時=53)。彼は朝鮮戦争のとき、国連軍の一員として中共軍と闘ったという。同乗者はエチオピア・ユニセフのハイル・ベレイ(36)と、直前に「一緒に行きたい」と泣きついたデンマーク放送のイケメン・リポーター、ニルス・フォン・コール(40)の4人。
出発直前、ニルスがアフリカ統一機構の本部ビルにある免税店で「酒でも呑まない気が滅入るだろ」とヘイグの大瓶と缶ビールをしこたま買い込んだ。いざ出発! ニルスの判断は正しかった。それから2週間というもの、ほんと酒でも呑まないと、やっていけないほどの惨状を見ることになったからだ。