【連載】半導体一筋60年⑨
日はまた昇るのか
釜原紘一(日本電子デバイス産業協会監事)
半導体を制する者が世界を制す
半導体が戦略的に極めて重要な産業であるとの認識は先進国では共通であると思います。先端技術を巡る米中の対立が激化し、台湾有事が現実味を帯びる中、さすがの日本政府も半導体強化に動き出しました。
話は令和3(2021)年5月にさかのぼりますが、自民党が「半導体戦略推進議員連盟」なるものを創設し、「21世紀は半導体を制する者が世界を制す」(自民党の甘利明議員)との認識を示しました。
同議員連盟は、次世代技術を有する製造拠点を国内に作ることが最重要課題であり、それを政府に働きかけるという。唐突感はありましたが、私は我が意を得たりと思いました。
同じ頃、EIAJ(日本電子機械工業会)の後継団体であるJEITA(日本電子情報産業協会)の半導体部会も半導体支援政策について政府に対する提言書を発表しました。半導体が俄かに脚光を浴びだしたことを喜びつつ、熱しやすく冷めやすい国民性を若干心配しています。
また、半導体OB達も過去10年以上にわたり半導体の重要性を訴えてきたにもかかわらず、顧みられなかったことを思い出し、今の半導体ブームに複雑な思いを抱く人も少なくありません。
台湾のTSMCが熊本に進出
さて、こうした背景のもと日本政府はTSMCに対して最大4760億円を補助することを条件に工場を熊本県に誘致しました。そして令和6(2024)年2月の第一期の工場が完成し、開所式が行われました。今年の10月~12月には量産開始が予定されています。
工場の運営会社となったのが、JASM(Japan Advanced Semiconductor Manufacturing)です。過半数をTSMCが出資し、ソニー、デンソー、トヨタが少数株主として参画します。
第二工場の建設も予されており、両工場合計の月間生産能力は10万枚(300㎜ウェーハ換算)以上となる見込みで、自動車、産業、民生、ハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)用途向けに40nm(ナノメータ、1ナノメータ=10億分の1メートル)、22/28nm、12/16nm、6/7nmプロセス技術による製造を担う予定です。
第一、第二合わせた投資額は約3兆円となる見通しで、日本政府が1兆2900億円を補助することになっています。
▲東京ドーム4.5個分のTSMC熊本工場(NHK News Webより)
TSMCの進出に伴って、熊本県内には半導体製造装置や薬品、材料供給など周辺産業の進出も活発になってきました。熊本県を中心に九州への経済波及効果は絶大なものになるでしょう。
元々九州は「シリコンアイランド」と呼ばれていました。1960年代に三菱電機が熊本にLSIの工場を建設したのがきっかけです。私が入社して数年後には熊本県へ工場を建設するらしいとの噂がありました。
以前トランジスタガールの話をしましたが、その頃は熊本県、鹿児島県など九州方面から中卒の女の子が多数工場に入ってきていました。しかし、北伊丹の工場が手狭になったのです。そこで、水が豊富で、しかも多くの女性作業員を確保しやすい熊本県に工場を建てる事になりました。
TSMCの多様な動き
TSMCは熊本への工場建設以外にも様々な動きを見せています。
⑴令和3(2021)年3月、TSMCはつくば市の産業技術総合研究所(産総研)内に「TSMCジャパン3DIC研究開発センター」を開設しました。ここでは半導体組立工程の先端技術を研究する予定です。
ウェーハ工程での微細化が極めて難しくなっているので、LSIを実装する技術も高度化して微細化をさらに進めようとしています。この研究は韓国と米国でも盛んです。
▲TSMCジャパン3DIC研究開発センターの開所式
⑵TSMCと東京大学は令和元(2019)年11月27日、アライアンスを結び、半導体システムに関する研究を共同で推進すると発表しました。TSMCが台湾以外の大学と協業を行うのは初めての事だと言われています。東大によれば今回のアライアンスを活用して世界最先端の半導体工場とつながることが出来、日本の産業界とも大規模な連携を行うとしています。
▲TSMCは東大とアライアンスを締結
最先端技術への再挑戦
本連載の7回目で述べたように、日本は32nmより微細な技術開発を放棄しましたが、経済安全保障上も重要であるとの認識が令和2(2020)年以降に高まり、同4(2022)年8月にラピダス(Rapidus)が設立されました。
翌(2023)年9月1日、北海道千歳市において第一工場の起工式が行われましたが、(第4図参照)ラピダスは米国IBMとも連携し、世界でまだ実用化されていない2nmの製品を国内で作ることを目標としています。ついに日本は再び最先端製品を独自開発することを宣言したのです。
しかし、10年以上の空白期間を経ての再挑戦なので、「とても無理だ」という声はあちらこちらから聞こえてきます。日本単独では無理かなと私も思いますが、令和4(2022)年12月13日にラビダスはIBMとの技術提携を発表し同社が開発した2ナノ技術をライセンス購入することを決めています。現在技術者をIBMに派遣し技術習得に当たらせているとの事です。
▲ラピダスがIBMと戦略的パートナーシップを締結。左からラピダスの東哲郎会長と小池淳義社長、IBMのダリオ・ギル上級副社長、日本IBMの山口明夫社長(2022年12月13日)
ベルギーにある世界的に有名な半導体研究機関「IMEC」もラピダスとの提携を発表しており、例のEUV露光装置を世界で唯一製造しているオランダのASMLもラビダスへの協力を表明しています。このように国際的な協力体制のもとならば、日本も最先端技術開発の復帰も可能だと思います。
▲ラピダス工場の完成イメージ(千歳市のHPより)
数々の障壁を乗り越えて進め!
これから日本が世界最先端の微細化技術開発競争に再挑戦するには、克服しなければならない多くの課題があります。
①国際協力体制
過去の「あすかプロジェクト」などがうまく行かなかった原因のひとつに、何でも自前でやろうとしたことを上げる人がいます。今回は上述のように国際的な協力体制が敷かれており、その点はかなり期待できます。この協力体制をさらに強化していく必要があるでしょう。
②人材不足対策
長い間低迷していた半導体企業では繰り返しリストラが行われた結果、優秀な技術者が居なくなっています。優秀な技術者が韓国や中国に高給(日本での2~3倍)で引き抜かれ、その後数年で放り出されたという話はよく聞きました。
いまJASMには台湾から多くの技術者がやってきており、日本人技術者はその配下で働くことになると聞いています。ラピダスからIBMへ技術習得に派遣されている技術者には、シニア層が多いそうです。
このように技術者を長い間冷遇してきたツケが回ってきています。九州では人材育成のため慌てて大学や高専に半導体講座を設けて半導体技術者育成に努めているとの事です。時間はかかりますが、理系離れを克服した長期的人材育成は欠かせません。気の長くなる話ですが、地道に行うしかないでしょう。
③資金の継続投入
今回、政府は兆円単位の補助金をTSMC、ラピダスなどに投じています。これには批判する勢力もあります。台湾の会社に税金を使うのはけしからんという訳です。別に政府を擁護するつもりはありませんが、最終的には日本の為なのだと私は思います。
米国では2022年8月、に米国の半導体供給能力の拡大とシェアの回復を目的としたCHIPS法が成立しました。この法によって、米国内の半導体に対して500億ドル(1ドル=145円として約7兆2500億円)の補助金を投じることになったのです。
これにはインテルなどの最先端の半導体を製造する企業への支援も含まれています。対する中国もCHIPS法に対抗し、はるかに多額の資金を投入する計画があるとも言われています。日本も負けていられません!
【釜原紘一(かまはら こういち)さんのプロフィール】
昭和15(1940)年12月、高知県室戸市に生まれる。父親の仕事の関係で幼少期に福岡(博多)、東京(世田谷上馬)、埼玉(浦和)、新京(旧満洲国の首都、現在の中国吉林省・長春)などを転々とし、昭和19(1944)年に帰国、室戸市で終戦を迎える。小学2年の時に上京し、少年期から大学卒業までを東京で過ごす。昭和39(1964)年3月、早稲田大学理工学部応用物理学科を卒業。同年4月、三菱電機(株)に入社後、兵庫県伊丹市の半導体工場に配属され、電力用半導体の開発・設計・製造に携わる。昭和57(1982)年3月、福岡市に電力半導体工場が移転したことで福岡へ。昭和60(1985)年10月、電力半導体製造課長を最後に本社に移り、半導体マーケティング部長として半導体全般のグローバルな調査・分析に従事。同時に業界活動にも携わり、EIAJ(社団法人日本電子機械工業会)の調査統計委員長、中国半導体調査団団長、WSTS(世界半導体市場統計)日本協議会会長などを務めた。平成13(2001)年3月に定年退職後、社団法人日本半導体ベンチャー協会常務理事・事務局長に就任。平成25(2013)年10月、同協会が発展的解消となり、(一社)日本電子デバイス産業協会が発足すると同時に監事を拝命し今日に至る。白井市では白井稲門会副会長、白井シニアライオンズクラブ会長などを務めた。趣味は、音楽鑑賞(クラシックから演歌まで)、旅行(国内、海外)。好きな食べ物は、麺類(蕎麦、ラーメン、うどん、そうめん、パスタなど長いもの全般)とカツオのたたき(但しスーパーで売っているものは食べない)