【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(60)
なんと私に詐欺電話が!
白井市(千葉県)
暑い日々が続き退屈な毎日にちょっとした波風が立った。電話による詐欺事件に危うく巻き込まれそうになったのである。様々な詐欺電話の事例を見聞きしているので、「自分は絶対だまされない!」と強い自信を持っていた。
あー、それなのに、それなのに、巧妙な筋書きでこちらの不安感を煽ってくる手口に、しばらくは詐欺電話だとは気づかずに真面目に応対してしまったのだ。
「巧妙な」と書きはしたが、落ち着いて考えれば、突っ込みどころ満載の荒唐無稽な筋書きである。幸い、途中で気づいたので被害は免れたのだが、短時間とは言え、騙されていた自分が情けなく、腹立たしかった。が、最後は相手を散々おちょくって、こき下ろしてやったので少しは溜飲を下げることができた。
電話を切ったあと、慌ただしくネットで調べてみると類似のケースを山ほど見つけることができた。しかし、今回私が体験したような手の込んだ事例は珍しいようなので、読者諸兄姉に紹介したい。
忘れもしない、7月17日午前10時頃のことである。固定電話のベルが鳴った。最近、様々な売り込みや勧誘の電話が多いので、いつもは留守電モードにしているのだが、この日は何故か気まぐれを起こし、受話器を取った。すると自動音声が流れた。
「こちらは、NTTドコモです。この電話は2時間後に停止されます。お問い合わせは1番を押してください」
なんだ、これ?と思いつつ、半ば無意識に1番を押した。
「こちらNTTドコモのナカガワと申します。どういったご用件でしょうか?」
「私、藤原と申しますが、NTTドコモから自動音声で私の電話が停止されると連絡があったので、今電話したんですが」
ナカガワさんが答えた。
「エー、もう一度お名前をいただけますか?」
「はい、藤原雄介です」
「どんな漢字ですか?」
「フジワラは、藤原道長のフジワラ。雄介は、『英雄』のユウに人を『紹介』するのカイ、『介護』のカイです」
「はい、ユウは勇ましいと言う字ですね」
「イヤイヤ、英雄のユウ、雄雌のオスですよ」
「大変失礼しました」
何かおかしい。NTTのオペレーターにしては、話し方がぎこちなく、ほんの二言三言しか話していないのに、教養のなさがにじみ出ている。それに、何処の訛りか分からないが
もっさりとした妙なイントネーションも気になる。
「フジワラユウスケ様ですね。状況を確認しますので、しばらくお待ちください」
普通、このような場合、検索のためにキーボードを叩く音が聞こえてくるのだが、全くそんな音は聞こえてこない。
「今、確認が取れました。フジワラ様、2023年12月5日にNTTドコモ新宿三丁目店で携帯電話のご契約をして頂いていますね。番号は、090 7865 9810です」
「エッ?そんな契約していませんよ。私は千葉に住んでいて、新宿なんかには滅多に行きません。090 7865 9810という番号も私には関係がない」
そう言うと、ナカガワさんが、言葉を引き取った。
「実は、この番号の携帯電話が麻薬取引やマネーロンダリングに使われていて、警視庁からNTTにフジワラ様の電話の使用停止命令がきているんです」
「オイオイ、ちょっと待ってよ。私はそんな携帯電話の契約をした覚えはない。いったいどうなっているの?」
「私にも状況がよく分からないので、警視庁にお問い合わせいただけますでしょうか?」
「分かりました。警視庁の担当部署の電話番号を教えてください」
「よろしければ、このまま担当者にお繋ぎいたしますが如何でしょうか?」
「あ、そうしていただければ助かります。お願いします」
この時点でオカシイと気づきそうなものだが、既に相手の罠にかかってしまっていたのだろう、話は続いてゆく。
「警視庁の担当者が出たら、本件の公文書番号をお伝えください」とナカガワさんが言う。「65734456です」
3回ほどの呼び出し音の後、警視庁捜査一課特殊犯罪捜査課のナカムラと名乗る人物が電話口に出た。予想に反し若い声で、話し方もどこにでもいるサラリーマンのようだ。NTTドコモから電話を受けて、ナカムラさんと話すに至った経緯とナカガワさんから聞いた公文書番号を伝えた。
「フジワラ様名義の携帯電話090 7865 9810が、麻薬取引とマネーロンダリング絡みの犯罪に使われています。この番号以外にも犯罪に使われた携帯電話が特定されていて、容疑者は300人に上ります。フジワラ様も容疑者として捜査対象となっています」
「エーッ、全く身に覚えがありません。何かの間違いですよ」
三流のサスペンスドラマのような展開に我ながらマヌケな台詞を吐いた。
「フジワラ様、去年の12月5日は何処にいましたか?」
私は学生時代から日々の出来事を手帳にメモしている。その日は、午前中から午後3時頃まで友人達に何通ものメールを送っていた。午後4時からは、毎週火曜日恒例のダーツの会に参加している。
「ナカムラさん、その日はずっとウチにいて、午後4時からは友人達とダーツをしていました」
「そうですか。恐らくフジワラ様の個人情報が流失して、携帯電話の契約に使われたのだと考えられます。これからいろいろとお話を伺いますが、この事件は、秘密保持事件として、内密に捜査を進めています。もし、本件の情報を第3者に漏らすと秘密情報漏洩罪で起訴されるので、絶対に誰にも話さないでください。家族にも友人にもです。フジワラ様の捜査情報を詳しく調べて改めて電話しますので、携帯の番号を教えてください」
「080 xxxx xxxxです」
番号を教えたが、私を容疑者として捜査しているのであれば、当然、私の携帯番号など調べがついているはずだが、頭が混乱していたのだろう、問われるままに番号を教えた。
およそ1時間後、携帯の着信音がなった。午前11時07分である。発信番号は、+181808385504。+1が最初なのはアメリカかカナダからの国際電話だ。ただ、アメリカの電話番号は11桁で、カナダは10桁である。かかってきた電話は11桁だった。「なぜアメリカから?」と訝しみながら通話スイッチを押す。
「ナカムラです。捜査状況をお知らせします。本件は、大規模な犯罪組織が絡んでいて、首謀者の一人ワタナベショウイチがフジワラ様の三菱UFJ銀行の口座に1億4000万円を振り込み、口座を使わせてもらった謝礼としてフジワラ様に1400万円を支払ったと自供しています。既に検察がフジワラ様を組織犯罪の容疑者の一人として特定し、捜査中です。警視庁のサイバー特別捜査隊もフジワラ様の動向を追跡しています。それに間もなくフジワラ様の全銀行口座の凍結命令が出されようとしています。凍結命令が出ると、1年間総ての口座にアクセスできなくなります。更に、間もなくフジワラ様に刑事罰逮捕状が出ることになっています」
荒唐無稽な話に私は絶句すると同時に、これは詐欺であると確信した。バカめ! 私は三菱UFJ銀行に口座を持っていない。その事実を隠したまま、私は平静を装って会話を続けることにした。
「突然の話にとても驚いています。全く身に覚えがありません。いったい、どうしたらよいのでしょうか」
「フジワラ様とお話していて非常に協力的なので、フジワラ様の無実を証明するために、私もできるだけ協力したいと思います。そこで、フジワラ様を対象とする『優先調査命令』を発出してもらうよう私から検事長を説得してみます。優先調査命令は300人の容疑者の中で数人にしか認められない特権的なもので、この命令が出るとフジワラ様の調査を優先的に進めることができ、口座凍結期間も短縮されます。検事長に調査命令を発出してもらうには、これからフジワラ様とお話をして調書を作成する必要があります。調書作成に当たって三つ約束してください。一つ、ワタナベショウイチとは面識がないこと。二つ、本件についてナカムラから聞いた情報は誰にも漏らさないこと、三つ、今後本件捜査に最大限の協力をすること。以上です。約束していただけますか?」
ナカムラ(もう「さん」づけはしないぞ!)は、真面目な口調で話し続けている。が、私はもうアホらしくなってきて、吹き出しそうになるのを必死で堪えていた。ナカムラは、12月5日の私のアリバイ、交友関係、家族構成、保険証番号、マイナンバーカードの番号など様々な質問をぶつけてきた。
勤め先についても訊かれた。少しは名の知れた重工業メーカーの名前を告げ、「ご存じですか」と問うと「いえ、知りません」と答えるではないか。ナカムラの言葉使いは丁寧なのだが、敬語の間違いが多い。普通、社会人なら知っている筈の会社名を知らないなど捜査一課員である前に一社会人としての教養と常識が欠けている。
電話の向こうでナカムラは調書を作成し、内容を読み上げた。当たり障りのない簡単な文面だ、こんな浅い内容の調書などあろう筈がないが、私は、「間違いありません」と刑事ドラマに出てくる容疑者のような神妙な声で答えた。
ナカムラは言う。「この調書内容を私から検事長に説明した後、フジワラ様に直接検事長とお話ししてもらいます。そこで、身の潔白を説明してください。検事長は、フジワラ様を強く疑っているので、丁寧に話してください。検事長が電話に出たら、次のように話し始めてください。『大変お世話になっております。フジワラユウスケです。ケース番号は、001637です』。その後、検事長の質問に正直に答えてください」
この名前も知らない検事長に大変お世話になった覚えなどないし、電話で話す言葉までいちいち教えてもらう必要などありはしない。
「オイオイ、オレを誰だと思っている。百戦錬磨の国際ビジネスマンであるぞ!」と言いたいところをぐっと堪え、「分かりました」と素直に返す。
ナカムラは言った。「これから検事長に電話でお話して、了解を得られたら、フジワラ様に連絡しますので、一旦電話を切ってお待ちください。検事長にしっかり説明してください」
「検事長とお話する前にいくつか質問させてください。こちらからナカムラさんに連絡するにはどうしたらいいでしょうか。電話番号を教えてください」
ナカムラは言う。「連絡はこちらからします。警視庁に電話していただいても、私は特殊機密指定の事件を追っているので、警視庁内で外部との接触を厳しくチェックされています。フジワラ様に、何の目的で私に電話しているのかなどしつこく訊かれる可能性があります。万が一フジワラ様が口を滑らせて、この事件のことを漏らしでもすれば、大変なことになってしまいます。ただ、私と検事長をLINE登録してくれれば簡単に連絡を取り合うことができますのでご心配なく」
コイツ、バカなのか。捜査一課員と検事長が容疑者とLINEで連絡取り合うことなどあり得ないだろ! アホ! 最早、私は笑いを堪えるのに必死である。が、真面目な声でナカムラに質問を投げかける。
「この電話、アメリカからですよね、どういうことですか?」
「……いえ、あの、エーッと…」
ナカムラは動揺している。私は、口調を変えてナカムラに言った。
「オイ、ナカムラ。これ詐欺だろ。もう少し現実的なストーリーを考えろよ。ミエミエなんだよ。バカなことやらずにちゃんと働け!」
そう言って、電話を切った。
ただ、一つ心配なことがある。詐欺だと気づきながら、うっかりしてマイナンバーカード番号を教えてしまったのだ。私としたことが…。なんというヘマをやらかしたんだ。うーん、心配だから、市役所と警察に届けておこう。
ナカムラとのやりとりのあと、携帯の着信履歴をみたら、1時間ほどの間に、アメリカ・カナダ(+1)からの着信が4件、台湾(+80)が3件、バングラデシュ(+880)が3件、国際フリーフォン(+800)が5件、非通知設定が8件もあった。私の個人情報がダダ漏れしているようでゾッとした。
後でネットで調べてみると、電話詐欺の手口は多様化し、ますます手の込んだものになってきているようだ。最近では、+1から始まる電話番号を悪用した詐欺が急増しているらしい。国内の規制を回避するため、詐欺グループがアプリを使って国際電話番号を取得しているとか。
皆さん、くれぐれもご注意を。「私だけは騙されないぞ」と思っていても、いざ実際に詐欺電話がかかってくると、ほんとアブナイですよ。用心深い私ですら、マイナンバーカードの番号を教えてしまったんだから。
【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。