【連載】藤原雄介のちょっと寄り道(66)
「肉肉しい」にも程がある
ミュンヘン、ベルリン、フランクフルト(ドイツ)
私は、「新しもの好き」である。次々に生まれてくる新語についても敏感だ。しかし、私の口の端に乗るのは、その言葉が生まれてある程度時が過ぎ、淘汰され、生き残ったもののうち、自分の感性が許容するものに限られる。言葉については、保守的で意固地な自分に呆れてしまう。
「肉肉しい」という新語・造語がある。この言葉には、和牛のとろけるような食感、或いはステーキ用の赤身肉のしっかりした歯ごたえ、風味、喉越し、溢れ出る肉汁…とにかく「肉」を喰う時のあらゆる食感や喜びを表す形容が凝縮されている。「新語」とは言ったが、この言葉は2010年代後半から使われ始めたらしい。
ところで、「肉肉しい」という用法は文法的にアリなのかナシなのか調べて見た。そもそも、日本語の形容詞「~しい」とは、「コトバンク」によると以下のとおりである。
し・い[接尾]
[接尾]《 形容詞 型活用[文]し(シク活)》名詞、動詞の 未然形 、 畳語 などに付いて形容詞をつくる。そういうようすである、そう感じられるという意を表す。「おとな―・い」「喜ば―・い」「毒々―・い」
「名詞に付いて形容詞をつくる」とあるから、「肉肉しい」はどうもアリのようだと思っていたら、言語学者の金田一秀穂博士もアリだと仰っている。曰く、
「モノの名前を二つ繋げると、新しい味覚表現が可能になる。一部では『ツナツナしている』というのがあって、ツナ缶を噛みしめたときの歯触りを言う。ただし、桃の独特な口内感覚を言おうとして『ももももしい』となると、これはちょっと言いにくい」
博士は、「芋芋しい」もアリだとし、「肉肉しい」は、「画期的で説得力がある」と肯定、絶賛している。では、「魚魚(ぎょぎょ)しい」「栗栗(くりくり)しい」「梨梨(なしなし)しい」「ウニウニしい」「イカイカしい」などはどうだろう?
最初から、「肉肉しい」でつまづいたのには訳がある。今回はドイツで喰らう肉料理について書こうとしているからだ。なぜかというと、ドイツの肉料理は、見た目のインパクトとその量の多さが凄まじいので、私の貧弱な語彙では表現できず、イヤイヤながら「肉肉しい」という表現に頼るしかないと観念したのである。
さて、最初の「肉肉しい」料理は、ミュンヘンで食べた香ばしくローストした豚脚(骨付きすね肉)のシュバインハクセ(Schweinshachse)だ。Schweinは「豚」、Hachseは豚のすね肉という意味である。大きな皿にドーンと乗せられた骨付きすね肉には鋭利なナイフが突き立てられている。分厚くて固い皮付きのままローストされているので、普通のテーブルナイフでは太刀打ちできないのである。
固い皮と内部のゼラチン質との異質の食感の組み合わせが醍醐味なのだが、コイツを喰らうのにモタモタしていてはいけない。冷えると、あっという間に皮が固くなってしまい、10分もすれば切るのに一苦労。口に入れても咀嚼困難で顎が疲れてしまうのだ。歯が悪い人は敬遠した方がよいだろう。
▲シュバインハクセは美味しいが噛むのに一苦労だ。ああ、肉肉しい!
▲シュバインハクセとソーセージの盛り合わせ。うーん、肉肉しい!
同じ豚のすね肉でも、ベルリンに行くとシュバインハクセではなく、アイスバイン(Eis bein=氷脚)が有名である。これは、ハーブやスパイスと一緒に塩漬けにした豚のすね肉を、玉ねぎやセロリ、香味野菜、クローブなどとじっくり煮込んだベルリンの名物料理だ。
シュバインハクセがジャガイモのソテーと共に供されるのに対し、アイスバインはザワークラウト(キャベツの酢漬け)を添えるのが一般的である。日本でも老舗のビアホールやドイツレストランで食べることができるが、そのサイズはドイツの半分以下であることが多いので、がっかりしてしまう。
シュバインハクセとは対称的に、アイスバインは皮がプルプルで柔らかく、その食感は沖縄料理の「てびち」とよく似ている。
▲皮がプルプルで美味しいアイスバイン
▲沖縄の「てびち」
ベルリンのもう一つの名物料理は、カリーブルスト(Currywurst カレーソーセージ)だ。何度食べても飽きない。ドイツの国民食とも言うべきジャンクフードである。
これは街角の屋台や大衆食堂の人気メニューで、香ばしく網焼きにした大きなフランクフルトソーセージにケチャップ或いは各店が工夫を凝らしたトマトソースとカレー粉がたっぷりとかけられている。山盛りのフレンチフライとの相性も抜群だ。
▲飽きの来ないシンプルな味のカリーブルスト。腹が立つほど肉肉しい!
最後に紹介するのは、フランクフルトで食べた肉料理の盛り合わせだ。豚肩肉のロースト、ソーセージ2種、厚切りハム、その他名前が分からない肉の塊などが、これでもかこれでもかと大皿にひしめいている。下の写真は2人前だが、私達日本人が4人がかりで、なんとか食べ終えることができた。
▲豚肉料理の盛り合わせ。これぞ肉肉しい!
▲4人で完食。罪深いほど肉肉しい! 肉食民族の宴の後は生々しい!
さて、いつもこんな料理を食べて、ビールをがぶ飲みしているとどうなるのか? 下の食事風景の写真をご覧いただきたい。もう説明なんか不要だろう。
▲楽しい食事会
【藤原雄介(ふじわら ゆうすけ)さんのプロフィール】
昭和27(1952)年、大阪生まれ。大阪府立春日丘高校から京都外国語大学外国語学部イスパニア語学科に入学する。大学時代は探検部に所属するが、1年間休学してシベリア鉄道で渡欧。スペインのマドリード・コンプルテンセ大学で学びながら、休み中にバックパッカーとして欧州各国やモロッコ等をヒッチハイクする。大学卒業後の昭和51(1976)年、石川島播磨重工業株式会社(現IHI)に入社、一貫して海外営業・戦略畑を歩む。入社3年目に日墨政府交換留学制度でメキシコのプエブラ州立大学に1年間留学。その後、オランダ・アムステルダム、台北に駐在し、中国室長、IHI (HK) LTD.社長、海外営業戦略部長などを経て、IHIヨーロッパ(IHI Europe Ltd.) 社長としてロンドンに4年間駐在した。定年退職後、IHI環境エンジニアリング株式会社社長補佐としてバイオリアクターなどの東南アジア事業展開に従事。その後、新潟トランシス株式会社で香港国際空港の無人旅客搬送システム拡張工事のプロジェクトコーディネーターを務め、令和元(2019)年9月に同社を退職した。その間、公私合わせて58カ国を訪問。現在、白井市南山に在住し、環境保全団体グリーンレンジャー会長として活動する傍ら英語翻訳業を営む。