変温動物のほんとうはあったかはーと

冷たくないよ、ちょっと心が暖かくなる話を書きます。

円形脱毛がみつかった。

2006-09-30 21:49:32 | Weblog
私の中に何が起こってるのだろう。

今日、いきつけの美容院でいわれた「どうしようかと思ったのですが、ここに」と
右側頭部の耳の上あたりの髪の毛をめくり、みせてくれた。なんと、親指とひとさし指で円を作った外側位の大きさだ。かなり大きい。

フロントで料金を払いつつ、心なしかその手は動揺で震えていた。

先回の8月の初め髪を切りに行ったが、その時にはもうすでにあったそうだ。

その時期を聞いて、そういえば思い当たる節がある。

今思えば、かなりの妄想をしてたのかもしれないが、娘のことが心配であったことは確かだ。後になって、そんな心配をしていたことを一蹴された。
それともうひとつ今通っている水泳での人間関係にも苦しかった覚えがある。今でもそうだが、仲間と泳ぎたいのだが、マイペースでも泳げないジレンマをかかえている。

それらのことが、円形脱毛の原因なのだろうか。

一体私の中で何が起こってるのだろうか。


寝たきりワンちゃんのこと

2006-09-28 16:00:53 | Weblog
いつも行くスイミングクラブの道のりだけど、気になる存在がある。

それは、1匹の犬のこと。茶色の雑種のようだ。
私は、その犬を寝たきりワンちゃんと名付けている。

その存在に気づいたのは、メイン道路からわき道に入るあたりだ。
何故か車がスピードを落とし、対向車を待っている。
見ると道路のほぼ真ん中に犬が寝ているのだ。
その毛並みは、艶もなくどうやら老犬のようだ。

次の日もその次の日も、、
そして、飼い主がやっと気づいたのか、家の軒下で寝るようになった。

私が、長い間クラブを休み、再び通い始め、同じ道を通ると、そのワンちゃんは、軒下で寝ていた。なんだかその存在に励まされた。
「元気なんじゃね、私もさぼらずに水泳に通おう」
その場所を通るたび、ワンちゃんを横目で確認してから行く習慣がついていた。

そんな習慣が、当たり前になったこの夏の暑い2週間程その姿が見えなかった。
くさりもそのままある。
「ああ、とうとうワンちゃんもこの暑さに耐えられなくなって死んだのかな」
と思って、寂しかった。


ところが、なんとまた同じように寝ているその姿を見つけたのだった。
なんか嬉しかった。「よかった」とひとり喜んでいた。
昨日は、寝ているお尻が道路にはみ出してたので、
「危ない、ひいてしまいそう、気をつけて」と思って、通り過ぎた。

元気でよかった。

老犬のワンちゃんだけど、その存在は、こうして私の励みにもなってるのだ。









お食事会に行きました。

2006-09-26 16:20:22 | Weblog
私は、運動は苦手なのですが、なんとか続いてるのが水泳です。
もう14年頑張ってます。その間、何年もブランクがありました。でも、なんとか続いてるのです。

ここ一年、私の通うスイミングクラブは、随分雰囲気が変わりました。
以前は、アットホームでそんなに必死に泳がなくてもよかったのに、今は必死に泳がないと取り残される、と言う気分になってきました。それがいいのか悪いのかわかりませんが、どこか仲間意識が、相当あるのです。
マイペースな私は、そんな雰囲気についていけない時があるのですが、大人ですから、割り切って仲間に入れさせてもらってます。

そのお仲間と今日は、お食事会をしました。
芋たきです。
昼間ですから、アルコールはなかったのですが、盛り上がっていました。
そんな会には、あまりでたことはないので、実のところ、心配でした。
失言をしないか、失礼な態度をとらないかと。

そういう時は、
私は、きょうの自分が大丈夫なようにとお祈りをするのです。
今日の自分は、大丈夫だったので、ちょっと嬉しくなりました。





父の三回忌の法要だった

2006-09-15 05:17:05 | Weblog
亡くなった私の父は、寺の三男坊だった。
その寺は、長男が代々跡取りとして寺を守り続けている。今は、墓苑を拡大して、その墓は、2000基を超える大きな寺院に成長している。
小高い山にあり、広大な平野を一望できる。
実に癒しを求められるいい寺院だ。

その寺から父の三回忌の法要に往復12時間もかけて、駆けつけてくださった。
まだ若い跡取りの大きな声で唱えるお経は、家中に響き渡り、心に沁みた。最後に皆んなであげた般若心経は、一つになれたいいお経だった。

父は、般若心経を覚えきることができない、と生前もらしていたこともあった。

父は、自分の実家の寺をこよなく愛し、思っていた。
どの姉兄弟よりも、その心は負けなかったことだろう。
そのことは、80歳を超える伯母が、よく理解している。さりげなく優しかったその父の様子を話してくれた。
「まだ、19歳くらいやったかな、畑で作った大根を食べなさいやともいわず、玄関の脇においてくれて、何も言わず置いていってくれた事が嬉しかったわ」
血のつながりはないが、実の弟のように思い、父のことをちゃん付けではなす。

余り聞いたことのない話をきくと、切なくなる。
もっともっと聞きたかった、父の元気な頃にもっとたくさん聞きたかった。

友人にレイキをあてた。

2006-09-13 15:38:27 | Weblog
手当てという言葉があるでしょう。
簡単にいえば、レイキとはそういうもの。
私は、そういう手の癒しを信じている。

自分の身体に手を当てて、自分を癒している。冷えたお腹が、そうした手を当てていつの間にか、温かくなってる。

友人にそれをあてた。
すると、上半身と下半身の違う様子がみえた。
下半身はちゃんとしてるのに、上半身はばらばらだ。ちぐはぐで、ばらばらの姿が見えた。積み木で頭から、髪の毛、目、鼻、口、、と積み重ね手成りたっていく。
そのはずなのに、成り立ってないのだ。

話を聞くうち、次第にわかってきた。
必死になって、まるで言い訳をするかのような口調でしゃべるのだ。
その内容は、主婦の集まりの団体行動をしていることだ。
私は、その話に怒りがこみ上げてきた。
そして、ついに言った。

「自分のしたいこと、好きなことから目をそらして、そんなことにとらわれてていいの?自分のほんとうに好きなことから、目をそらしてたら、そのうち、病気になるよ」

少し、きつかったかもしれないけど、、、
そういう、自分の好きなことから目をそらして
団体の中にいる安心感だけを求めている現実に気がついてほしかった。
その団体の中で、自分の存在は、軽く扱われ、ストレスも感じているのだというという。
なのに、その団体にこだわっているのだ。
そんな姿を、彼女の御主人や娘さんは、きっと見抜いているのだろう。

もう少し、話したら核心にいくところなのに、彼女の次の予定があって、そこまでになった。そのことも、象徴してるかもしれない。

あれから、彼女から連絡はない。
少し気にはなってるのだけど、、、


酔ってるよ!うれしいの!

2006-09-10 21:22:30 | Weblog

嬉しいの!
なんでか!娘と心が通じたし!
自分の、私の思うことが、ちゃんと文章になって、表現できたし!
嬉しいの!そうなの!

私の母が私が書いた文章を読んで、感激してくれた。そのことが、今素直に嬉しい!なかなか自分の思いなんて人には伝わりにくいものだ。
それが、ようやっと、文章にして、活字にして、伝えることができた。

娘には、メールでだけど伝えることが出来た。

私は、それですっきりしている。

ますます、これから、私は、自分を出して行こうと思う。
文章で、こうしたブログで、
自分を出して、決して、たったひとりでいきてるなんて思わないで
自分を、素直に表現していきたいと思う。

素直に言える、自分がこうしていること、こうして表現できる自分がいること

ありがとう。
ああ~涙がでる。

久しぶりの便りがあった

2006-09-05 21:07:27 | Weblog
まだ子育てで忙しい頃に知り合い、活動を共にしていた。よく子育ての悩みも話した。彼女は3人、私は1人だ。
その友人とは、子育ての手が離れるにつれて、距離ができてしまった。

最近は、ほとんど会うこともない。連絡を取り合うのは、不幸があったときだけになってしまっていた。私達は、そんな年齢になっている。
それに、会っても、あまり共通の話題がない。今は、見つめるものが違ってしまっているのだ。
そんな時、連絡があった。
やはり、不幸の知らせだった。

今何をしてるのか、話すだけに終わった。
彼女は、親の介護をしている。
自宅と距離があるので、泊り込んで、しているようだ。
ちょうど、私の電話にキャッチホンがはいったので、余り詳しく話せなかった。
そのことが、心残りだった。
介護をしている彼女のことが、気になってきた。

「愚痴でもこぼしたくなったら、連絡してね」
メールを送った。
すると「ありがとう」と一言だけ、メールの返事が来た。
その返事をもらって、ちょっとだけ、嬉しかった。