去年の6月に購入してから、まだ1年と2か月くらいしか経っていないのに
我が家のPC、vaio Lがとうとうダウン。
windowsが起動しなくなったのですね~。
トラブル対応マニュアルに従って自動修復などいろいろ試みたのですが、全くダメ。
仕方なく、リカバリーとなってしまいました。
で。普段から何のバックアップも(面倒くさくて)やっていなかったんで
今までに撮ってきた写真も音楽もその他作成したデータファイルもみーんな、パー
すっきりしたモンですわ。
ま、写真に関してはそんな傑作があるわけじゃなし
ブログにもUPしてたんで、ま、いいか。と。
で。
リカバリーのおかげで、ここ数か月特に動きが遅くて不安定になっていたPCも
別人のようにサクサク動くようになっちゃって。
ソフトウェアを最初からダウンロードするのはちょっと面倒だったけど
まるで新しいPCを買ったかのような感じで、なんだか新鮮な気持ちになったりして。
それにしても、このタイミングでPCが壊れるとは。
なんだか、暗示的だなーと(笑)
失うとすっごく困るんだろうなーと恐れてさえいたのが、実際はそうでもなく。
まるで、思い込みの強さと、その無意味さを示唆されているかのよーな。
そして、思いっきり捨てることによる、この解放感。
リセットされて、生まれ変わったような、新鮮で元気なワクワク感。
もしかしたら。
リカバリー前の不調のPCは、今の私???
決別と再生の時期にきているのかもしれませんなあ・・・
先月のお話です。
きょんのダンナとあひょ、あひょの両親の4人で
大分県の某高原リゾートホテルへ、1泊2日の旅行に出かけました。
折りしもその日は、後日「激甚災害」に指定されることとなった
北部九州豪雨の真っ只中。
あひょの両親は取り止めを考えていたのですが
当日の朝ホテルに電話すると、通常通りの営業とのことで、強行したのです。
私はどうしても行きたかったんですよ。
数ヶ月前から予約して心底楽しみにしていた、露天風呂付の最高ランクの客室。
半年に一度の、慰労を兼ねたプチ贅沢な旅行。
仕事のことで心身共にクタクタだったので
この旅行は本当に心の支えだったんですね。
途中、少々怖い思いもしながら
予定より1時間くらい遅れて無事到着。
2度目の利用でしたが
きょんくんも私も、この高原の持つ“気”がとても好きで
とにかく、心底ホッとするのです。
前回は冬でしたが、今回は見渡す限りの緑。
青空を見ることこそほとんどできませんでしたが
それでも、あの清涼な空気感。
ゆったりと静かで落ち着いた、爽やかな風景。
野鳥のさえずり。涼を呼ぶ虫の声。
ああ、やっぱり来てよかった、そうつくづく思いました。
某宿泊サイトでも高評価のこのリゾートホテルは
この恵まれた大自然だけでなく、建物の雰囲気も、料理も、なかなかのもので
日常を離れて、心身共にリフレッシュするには最高の場所なのです。
でも。夕食後。
とんでもない出来事が起きてしまいました。
超簡単に書くと
「部屋の鍵が開かなくなった」のです。
そして、その際のホテルスタッフの対応の
なんとまあお粗末な事。
結局、鍵が開くまで2時間近くも
部屋の外で待たされたのです。
そして、その間のスタッフ方の心無い無神経な言動の数々。
あまりの不誠実な対応に
普段は温厚なきょんのダンナもさすがにブチ切れ。
すったもんだの末、代わりにあてがわれたのはごく普通のお部屋でした。
(詳しく書くと超長くなるので、かなり端折ってみました。)
・・・さて。
実はこれには続きがあり、まさに今、進行中です。
☆4.5の高評価(※本日現在)が号泣するぜ級の誠意の見えない最低の対応に失望し
きょんくんが、ある行動を起こしました。
きょんくんも私も、そのリゾートホテルは大好きなのです。
だからこそ。
同じ思いを、他のお客様にはして欲しくないし。
せっかくのあのロケーション、設備、料理。
生かすも殺すも、スタッフ次第。
夢を見に来たお客様の目を、無理やり醒ますことがないように。
“ホスピタリティ”を売りにしているホテルだからこそ、気付いて欲しいこと。
それは、何かトラブルが発生した時にこそ、その真価が問われるものだから。
まだ詳しくは書きませんが
何らかの動きがあれば、またご報告しますね。
『気は、使うものでなく、利かせるもの』
今、いろんな意味でとても良い勉強をさせて貰っていると思います。
感謝です。ありがとうございます。
なまねこ、なまねこ(笑)。
先週金曜日の、大腸ポリープの経過観察検査。
結果は“執行猶予2年”でした。
事前に説明を受けていたのですが
「大きさが6mm以上でなければ、切除しません」ということで
結果、ぎりぎりセーフ(?)の5mmだったのです。
たった1mmの違いなのですが、最低2泊の入院を今回は免れました
良性ってことで、前回と同様、2年後に再検査ということなのですが
「次回は切除かな?」と先生。
前回から約1mm成長(?)していた事を考えると
確かにその可能性は高い気がしますなぁ。
ところで、今回の記事のタイトル。
考えている時にふと頭に浮かんできたのが
『5cmの向う岸』という言葉でした。
自分で思い出しておきながら、思わず“ひゃ~、懐かしい~”と。
ユーミンです。
・・・なんか、若い頃って確かに
こんな部分はありましたよねー。
それが今でじゃ立派なミドルエイジになっちゃって
お腹でキノコまで育てちゃって。
流れる年月を感じますなぁ~。ぎゃはははは~。
不本意ながらもあひょ腹の中で秘かに飼っている、“きのこ”(大腸ポリープ)。
明日は経過観察のための内視鏡検査なので
久しぶりに朝から検査食なんぞ食べております。
で、ふと
“そういえば初めての検査の時はネタとしてブログにUPしたよなー”
と思い出し、
あれはいつだったけか?と、珍しく自分の昔のブログを読み返してみました。
5年前だったんですねー。
当時はこんな感じでした。(ちなみに今日食べてる検査食はほぼ同じモノ。)
なんだかちょっと懐かしくて
しばしの間、他の記事もずるずると読み耽ってしまったのですが
突然、ハッ!と、ある事実に気付きました。
なんなんだろう。
昔の記事から発せられる、この溢れるパワーは。
たった5年しか経っていないのに・・・。
今とは明らかに違う、イキイキとした雰囲気。
まるで別人のように
喜びと耀きと純粋な感動に満ち溢れている日々。
現在と比較すると、明らかに違うのです。
明るさというか、瑞々しさ、というか。
まるで迷いなくスコーンと突き抜けている、力強さが。
・・・むむぅ・・・。
思えば、40歳を過ぎたあたりから
肉体のいろいろな変化を少しずつ実感し始め
気持ちの上での年齢と、身体の年齢との格差をとても強く感じるようになり
その違和感をずーっと抱えたまま過ごしてきたような気がします。
そして、時折浮上する、得体の知れない心細さ。迷い。
髪や肌や体型に、じわじわと忍び寄る老化の影。
“気持ちはまだこんなに若いのに。嫌だよぉ。まだ落ち着きたくないよお。どうして身体だけ先に年を取ってしまうの?”
焦りやとまどい、変化してゆく体調への不満、不安・・・。じたばた、じたばた。
いつのまにか、心の深いところに、少しずつ、静かに沈殿し始めた、負の感情。
現実から少し目を逸らして、或いは自分の殻を作ることで、
なんとか誤魔化して折り合いをつけてきたような、ちぐはぐな感覚。
“まだ、変わりたくない!年を取るのは、嫌だ!!”
・・・本音、炸裂。
そんな、加齢と言う宿命、自然、逃れられない現実を
受け入れられずに抱え込んでしまった悶々とした気持ちこそが、実は
心のしなやかさや若さを奪っていった、一番の原因なのかもしれません。
肉体ではなく、気持ちの老化・・・?
ま、2007年といえば、私にとっては大きなターニングポイントであり
変化に満ちた始まりの年だったので
それゆえのテンションの高さもあったのでしょう。
それに、2008年の結婚、2009年の福岡転勤という大きなイベントも
考え方や感じ方を大きく変えてゆくきっかけではありました。
そんな経験を経て、今の自分が、未熟者ながらも年相応の落ち着きを身に付け始めた、ということもあるでしょう。
ただ、
「たとえ年をとっても、
しなやかな感性はいつまでも磨いていたいし、純粋な感動を実感し続けたい。」
そんな思いだけが独り、いたずらに先走りしてしまっていた気もするのです。
本当は。
人は年を重ねてゆくけれど
心(魂)の年齢は、肉体に惑わされるものではないはず。
だから
身体の衰えをことさらに意識し、嘆くそのネガティブな心こそが
自ら若さを減らしていく一番の元凶だったのでは・・・と。
今さらですが
心の若さと、身体の老いとは、何の関係も影響もないのだ、と
初めて、実感として、深く理解できた気がします。
・・・と、ここまで書いてググッたら
ありましたね!まさにドンピシャなニュースが。
『ネガティブ思考は老いを早める』
ホント、そうなんですなぁ・・・。
で、ああ、そうだと。
以前も書いた、マザー・テレサの、この言葉が
脳裏に鮮やかに甦り・・・。
思考に気をつけなさい それはいつか言葉になるから。
言葉に気をつけなさい それはいつか行動になるから。
行動に気をつけなさい それはいつか習慣になるから。
習慣に気をつけなさい それはいつか性格になるから。
性格に気をつけなさい それはいつか運命になるから。
これもまさに、暗示だったのですなぁ・・・。
「気付き」と「受け入れること」の大切さ。
そのことに思いがけない形でガツンと気付かされた、あひょでした。