私が目下手元に置いて読んでいるのは『現代語訳最澄全集第一巻』(入唐開宗篇)、『現代語訳最澄全集第二巻』(権実諍論篇 1)、『現代語訳最澄全集第三巻』(権実諍論篇 2)、『現代語訳最澄全集第四巻』(権実諍論篇 3)です。いずれも去る5月に国書刊行会から出版されたばかりで、仏典翻訳家大竹晋氏が担当しました。
大竹氏は『「悟り体験」を読む:大乗仏教で覚醒した人々』(新潮選書)で話題となった仏教思想家で、新潮社の著者プロフィルには「1974年、岐阜県生まれ。筑波大学卒業。筑波大学大学院哲学・思想研究科修了。博士(文学)。京都大学人文科学研究所非常勤講師、花園大学非常勤講師などを経て、2019年11月現在、仏典翻訳家。著書に、『唯識説を中心とした初期華厳教学の研究』『元魏漢訳ヴァスバンドゥ釈経論群の研究』(以上、大蔵出版)、『宗祖に訊く』『大乗起信論成立問題の研究』『大乗非仏説をこえて』(以上、国書刊行会)など。」と書かれています。
とくに、私が感銘を受けたのは「『現代語訳最澄全集』を読むための基礎知識」という、第一巻の冒頭に掲載された文章です。あまりにも的確に分かりやすく解説されていたので、目から鱗が落ちる思いがしました。
大乗仏教の五乗説についても、五乗(“五つの乗りもの”)が説かれていることを指摘し、「声聞乗とは、声聞(“[仏の]声を聞く者”)のための乗である。阿羅漢となることを肉的とする。」
「独覚乗とは、独覚(“[仏にめぐり会わず]”独りで悟った者”)のための乗である。独覚となることを目的とする」「菩薩乗とは、菩薩(“[仏の]菩薩を求める者)”のための乗である。仏となることを目的とする」。小乗としての声聞乗、独覚乗の小乗と、大乗の菩薩乗を説明するにあたって、そこまで気を配るのでした。さらも、そこに「人天上」という言葉も「死後に人か天かに転生するための乗である」とし、「阿羅漢、独覚、仏となることを目的としない」ことから、三乗と合わせて五乗と呼ばれますが、そうした基礎知識がなければ、文字だけを追いかけるだけでは読み解くことは困難ですから、冒頭部分から手引書としては申し分がありません。
法相宗の五姓各別にしても「法相宗においては、種姓(宗教的素質)は声聞種姓、独覚種姓、菩薩種姓、不定種姓という五種類がある」と解説しながら、「あらゆる有情(“生物”)は五種姓いずれかの種姓の者である。声聞種姓、独覚種姓、菩薩種姓、不定種姓はいずれも本性住種姓(“先天的な種姓”)と習所成種姓(“後天的な種姓”)との二つからなる。本性住種姓はいずれ生ぜられるべき無漏(“煩悩を伴わない状態”)である智の種子(“潜在的状態である”」と書かれています。「先天的な種姓」「後天的な種姓」「煩悩を伴わない状態」「潜在的状態」という言葉を用いることで、理解しやすくなるのです。そして、法相宗においては「先天的な種姓」は声聞の智、独覚の智、菩薩の根本無分別智(“根本である、はからいなき智”)を生じさせますが、「後天的な種姓」においては、いくら仏になろうとしても無種姓では仏になることはできないのです。
一闡提(いっせんだい)についても、法相宗では二種類あることを紹介しています。菩薩一闡提というのは、有情を救うために、あえて仏にならない者たちを指します。いずれは仏になりますから、阿羅漢、独覚、仏になることができない無種姓の者とは区別しています。これに対して私どもの天台宗は、あらゆる有情は理仏性(“真理としての仏性”)からなっており、「いずれ仏になると考えられている」のです。
仏教を理解するのは難しいと言われていますが、今回の出版によって、現代語訳にすることで、伝教大師最澄様の天台の教えが、多くの人たちに理解されることになると思います。全体を論じることは私には困難ですが、確認の意味も含めて、大いに参考にしたいと思っています。
合掌
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