『信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦』吉田智彦(山と渓谷社)
この容貌そしていでたちにまず「引く」。ホームレスかと疑う。名前の特異さもまた異様な雰囲気を増大させている。いったい何者なのだ? しかし、こうしたイメージは、この本を読んでいくと、徐々に崩されていく。この奈良男さん、意外にもインテリで(失礼)、山を登るための合理的な歩行方法を常に考えているし、道具への工夫、改良を自らの手で施し、機能性や使いやすさを追求している。また知識を得ることに貪欲。奈良男さんの部屋の写真が本の中に登場するのだが、本でいっぱいだ。よくみると、武道の本があったり、芥川賞作家の西村賢太の本まで積まれている。とにかくよく本を読んでいる。
東浦奈良男さんが山を始めたのは遅く、35歳からだ。その時点から11,951回の登山回数を重ねている。会社定年後には、連続登山1万日を目指し、「毎日山行」を試み始める。その日数は、9,738日に及び、悲しいかな、記録はそこでストップしてしまった。悲願達成まであとひと息というところだった。健康であったなら、この本の奥付の日付である2012年3月12日に達成するはずだったのだが……。
この連続登山で主に登った山は、奈良男さんが住んでいた伊勢界隈のいわゆる低山だ。なあんだと思うことなかれ。駅から登山口までのアプローチをバスやタクシーを使わずに歩いている。とにかく歩く。水も口にすることなく、ひたすら歩きまくる。歩行時間10時間というのはザラ。実際に歩いてみるとわかるけど、平坦な街歩きほど疲れるものはない。ましてや休憩なし、水分補給なしとくれば、フツーの人はすぐにバテる。私もだろうけどね。
それに、この毎日登山というのは、考えてみると、いろいろ恐ろしい事実に行き当たる。冠婚葬祭のときはどうしているのか、病気のときは? 怪我をしていたら? 家族が入院したら? 奈良男さんは、何が起きても登っている。もう何かにとりつかれているとしかいいようがない。96年連続登山を顕彰され、オペル冒険大賞チャレンジ賞を受賞しているが、この栄えある受賞式には、山に登れなくなるという理由から出席せず、家族が代理出席している。逆に面白いのは、ヤマケイの取材に応じて、東京に出てくるとき、編集者のはからいで沼津アルプスに登っていることだ。このはからいがなければ、当然お断りだったのだろう。ここまで来ると、タイトルにあるように、もう「信念」、それを貫くだけとも思える。鉄人と呼ばれたルー・ゲーリックや衣笠祥男のようにデッドボールをくらって、骨折しても試合に出続けるということだ。
もうひとつ驚くことに、ただ山行を続けるだけではなく、山行記録もつけている。毎日登山だから、いわば日記をつけているのと同じことになる。9,738日分の日記だ。実際は山に登った記録はすべてつけているようだから、1万日を超える日記が実在するわけだ。この本の著者の吉田氏は、これらすべてに目を通している。この作業にも脱帽してしまうが、書いたほうには、もっと脱帽だね。
奈良男さんは、昨年末に志半ばで亡くなられたてしまったが、こんなにもすさまじい信念の人は、再びこの日本に登場してくるのだろうか?
信念 東浦奈良男 一万日連続登山への挑戦 | |
クリエーター情報なし | |
山と渓谷社 |
今、何気なくネットを見たら書いて下さっていたので、思わず書き込んでいます。
お住まいがどちらか分かりませんが、現在、モンベルさんの全国一〇ヵ所にあるサロンで奈良男さんの巡回写真展をしています。東京は町田に10月、渋谷に11月にやる予定です。
また、これとは平行して別に来月神保町にあるici club earthplazaでも奈良男さんの写真展を6月21日~26日にやります。
モンベルの情報は私のホームページに、
iciさんの情報は、石井スポーツさんのホームページ
http://www.ici-sports.com/topics/event/narao_h/
にあります。
お時間がありましたら、存在感のありすぎる奈良男さんを大きな写真でご覧下さい。