6話収録のドラマ仕立てになっている。笹本氏らしく、これでもかと事件や事故が起こり、どんでん返しありで、ストーリーに起伏があって非常に面白い。ただ深く突き詰めて考えると、なんかヘンだぞというのもあるけど、まあ、気にしないで読みたいところだ。
舞台は、奥秩父。甲武信や国師、十文字峠、雁坂峠など、山屋さんにはおなじみの場所が次々に出てきて、いやがうえにも盛り上がる。
まず冒頭第1話の「春を背負って」で、この本では欠かせない脇役ゴロさんがいきなり訳ありで登場する。次の「花泥棒」では、美由紀。読み進めていくと、あっという間に主人公亨(とおる)のフィアンセ・フラグが立ってしまう感じだが、あまりにも重たいエピソードを背負っての登場だ。
「野晒し」は、遭難者の白骨死体を見つけるところから、ストーリーが幕開け。ちょっとオカルトチックな内容だが、それなりに辻褄が合わせてある。「小屋仕舞い」では、第1話に続いて再びゴロさんがピンチに陥る。気ままに生きる60代男の健康管理は難しいものだ。「擬似好天」は、危険な山の天気をモチーフに、雪で山小屋に閉じ込められるおばちゃんパーティを描いている。ある事情のため、是が非でも下山したい一人のおばちゃんは、どんな行動をとるのか、ハラハラさせられる。
「荷揚げ日和」は、ヘリの荷揚げを見て、着想を得たのだろうか。去年新穂高温泉側から北アルプスに入ったときにヘリが何度も往復していたのを思い出した。少女と猫のトマトが巻き起こす事件だが、とてもメルヘンチック。でも暗いストーリーがそのメルヘンの裏側にはあるのだが。
文庫版は、地図が収録されていて、山や山小屋の位置関係がわかるようになっている。さらに付録として巻末に映画監督木村大作氏と笹本氏の対談が掲載されている。もちろんテーマは、この本を原作にしてつくった映画についてだ。舞台を奥秩父から立山に変更しているとか、登場人物の造形など、興味深い監督の見方や、撮影時のエピソードが紹介されている。文庫版だけの特典だ。
春を背負って (文春文庫) | |
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