2001年11月4日(日) 晴れ
メンバー 山の神と私
コースタイム 7:40光徳駐車場(朝食)--山王峠登山口8:35--9:20休憩9:30--10:05山王帽子山山頂10:15--10:30ティータイム11:10--11:45山王峠
前日は霧降高原の散策をしていた。右の写真は、名瀑100選にあげられている霧降の滝。周囲はみごとに紅葉していて、観光客が引きもきらずこの絶景を愛でるために押しかけてきていた。山の神と私もご多分に漏れず、その押し寄せる波にもまれながら、この景色を堪能していた。
不幸は突然にやってきた。奥日光に宿をとっていたので、15:30頃に滝を後にし、宿への道を急いだ。ところが、紅葉の時期のいろは坂は容赦なく渋滞するのだ。行ってびっくり見てがっくり。車は前後からがんじがらめにされて、信じられないくらい前に進まない。日はすっぽりと暮れ落ち、5,6メートルとろとろ進むごとに停まるという歩くスピードよりも遅いこの車列に嘆きの嵐だ。いつになったら、宿(ふぉーれすといん実之屋)にチェックインできるのだろうかと不安は募った。最後はどうにでもなれと。結局いろは坂の通過だけで、2時間半もかかり、宿チェックインは19:20頃になった。宿泊客は、ほとんど食事を終えていて(早過ぎないか?)、われわれともう1組いろは坂渋滞につかまった客が遅い晩飯スタートになった。
翌朝目を覚ますと、小雪が舞っていた。えっ、こんな時期にもう雪か!まあ、山では降ってもおかしくない時期なのだが、東京の気候に馴れきっていると、そんなことはどこかへ飛んでいってしまう。というわけで 雪の装備は何もなし。ただし車はオールシーズン、スタッドレスだからいつ雪になってもOKなのだ。とりあえず宿を出て、光徳の駐車場へ移動した。朝食をとっていざ出発。ここ光徳にも太郎山(山王帽子山)への登山口はあるのだが、山王峠からの最短コースを選択し、太郎山往復を試みた。でも、歩き始めからもう雪の多さに辟易させられる。こんなに積もっているとは……。
足場が悪いと、消耗度も増し、すぐに休憩となる。
10:05山王帽子山に到着。標準コースタイムの5割増し。この分だと、太郎山はムリだなと弱音を吐くと、山の神はもうだいぶ前から終了モードに入っていて、帰ろう、帰ろうと。その言葉にあっさりと同意していると、後ろから年配の夫婦がサクサクと登ってきた。やはり太郎山に行くようだ。この積雪の中でも足取りは軽やかでうらやましい。
山頂からは、男体山や中禅寺湖、そして草紅葉の戦場ヶ原が見える。下のほうは積雪量はたいしたことないようで、あまり白く見えない。そのうち風が出てくると、木に張り付いていた雪が吹き飛ばされて、さらさら、きらきらと風花となって舞い始めた。
思わぬきれいな光景に得した気分になったが、登る意欲、気力は恐ろしいまでに萎えていて太郎山は断念。
ここから元来た道をたどり始める。ちょっと歩いただけで脱力感が増し、長いお茶休憩となる。そのうち日が高くなり、雪を容赦なくとかし始め、みるみる水滴になっていく。
途中の登山道の周辺に群生している笹の雪もだいぶ融けて、スパッツをつけていないと、濡れるほどだ。
頭上の木の梢からはしずくがぽたぽたと垂れてくる。予想外の水攻めに合い、山王峠に逃げ帰る。戻ってみれば車道の雪はきれいになくなっていた。11:45
せっかく来たのだから、このまま帰るのはもったいないと、ただちに一般観光客に変身。三本松茶屋でしるこ(当時で¥600)を食べ、竜頭の滝に立ち寄った。円空仏が滝のかたわらに鎮座していた。隣に文字が刻まれていて、「旅と人生のみちすがら ぶじを念じまする」と。素朴な仏像もいいけど、この一言も味があっていい。観光客だらけの竜頭の滝ではあったが来てよかった。
湯元温泉の白濁の湯に浸かり、さあ御帰還。あの渋滞地獄を味わったいろは坂は再び通りたくないと思い、沼田に出ようと金精道路へ向かった。しかしすぐに異変を察知した。気のせいか車が引き返してくるように感じる。金精道路の登り坂入り口のカーブにさしかかってすべて了解した。前方にはハザードランプをつけ、ヘンな向き、ヘンな位置に停車している車が。なんで? 近くまで行くと、つるーんと滑った。私の車の履きっぱなしのスタッドレスタイヤはまったく歯が立たずで、路面は摩擦係数ゼロかというくらいきれいに凍結していた。冷や汗をかきながら、ゆるゆるとスピードを落としてUターンした。金精道路の坂を見上げると、ハザードを点滅させ、立ち往生している乗用車やバスが見えた。ああ、おそろし。
中禅寺湖に戻り、レストランで晩飯を食べて、結局いろは坂を通過することになった。往路とは違い、交通量が多いわりにはスイスイと通過できた。えてしてこんなものだ。往路は出口に信号があるから渋滞になるらしいけど、復路はそんな信号がないからまだましなのだ。