『猟師の肉は腐らない』小泉武夫(新潮社)
これは本当に小泉さんが体験した話なのだろうかというくらい現実離れした世界に感じられる。まるでフィクション、小説のようだ。主要登場人物の義(よ)っしゃんが実在の人物とは思えないほどキャラが立ち過ぎている。八溝&阿武隈(茨城・福島)のごっちゃ弁を操り、豪傑な猟師でありながら、非常に繊細な心の持ち主。そして脇を固める猟犬のクマがまた、人なつこくて、義っしゃんに忠実かつ勇敢で、つくってないかと思ってしまう。
小泉さんは、渋谷の居酒屋で知り合った義っしゃんとは赤い糸で結ばれているといってもいいくらい、行動パターンや関心分野が似ているようだ。マグロの買い付けにインドに行った義っしゃんとニアミスしているし、ギリシャではばったりと出会って酒を酌み交わしている。お互い底なしの酒豪で、酒には目がないところまで同じだ。よほど気があったのか、義っしゃんが出身地の八溝山中に引っ込んでから、小泉さんは家を訪ねていく。
まず衝撃を受けるのが、タクシーを拾って義っしゃんの住所を見せると、「ターザンとこに行ぐのか」といわれることだ。地元でターザンと呼ばれているという事実。木から木へと飛び移っていく人間離れしたあれを思い浮かべるのは私だけではないだろう。小泉さんは、くさやの干物と粕取焼酎を土産に持っていくのだが、まずこの取り合わせで身震いしてしまう。山中の家に到着すると、物語は加速度的に面白くなる。毎日山野を駆け巡り、自然の恵みを狩り、採取する。晩には、それを肴に歌も飛び出す大酒盛りだ。クマがとってきた野うさぎを食い、川で取ったどうじょうを食い、近所から借りてきたヤギの乳を飲み、イノシシを食い、セミを食い、蜂の子を食い、赤ガエルを食いと、野趣あふれる料理が次々に登場する。
そうした食材をゲットしてくるシーンは非常に興味深い。セミを取るときは、棒切れで、渾身の力を振り絞って木をたたく。木に止まっていたセミたちは脳震盪を起こして、バラバラと落下してくる。蜂の巣探しには、赤ガエルを蜂のエサに使い一工夫する。小さく刻んだ赤ガエルの肉片に絹糸をくっつけておく。蜂がエサを抱えて飛び立つと、軽い絹糸もいっしょにふわりと舞い上がり、下に長く垂れる。その糸を目印にひたすら追いかけて巣を探し当てるのだ。
ただ楽しい話ばかりではなく、自然の厳しさも綴られている。どじょう取りのときには、毒蛇のヤマガカシに咬まれる。患部の血を吸い出して、歯糞を塗り、おしっこをかける。これが毒消しになる適切な処置なのだ。ヤマガカシに咬まれた同じ日に、今度はまるで棒で突然殴られたような衝撃を味わうのだが、これは地蜂に刺されたのだった。
巻末には、30貫目もある巨大イノシシが登場し、クマが負傷する。義っしゃんとクマがその巨大イノシシと死闘を繰り広げクライマックスを迎える。読後感は、爽快。ちょっとほろりともさせられる。
参考:サバイバル~服部文祥の世界
http://blog.goo.ne.jp/aim1122/e/3584f7a1a2c26f1c7ce4530134acf60a
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