Ⅰ.「脱炭素」でトクをするのは誰か
――政治に食い込む環境問題の欺瞞①:231201情報
2016年に発効した「パリ協定」のもと、西側諸国では温室効果ガスの排出量を削減する「脱炭素政策」が強力に推進されています。しかし、その極端な目標をほくそ笑んで見ているある国の存在があるのも事実です。脱炭素政策の先に待ち受けている未来とは何か、脱炭素でトクをするのは誰か、キャノングローバル戦略研究所研究主幹の杉山大志氏の解説を許可を得て掲載いたします。
従前は地球温暖化問題といえば、環境の関係者だけに限られたマイナーな話題に過ぎなかった。だがここ2、3年で状況は一変した。急進化した環境運動が、日米欧の政治を乗つ取ることに成功したからだ。
今や環境運動は巨大な魔物となり、 自由諸国を弱体化させ、中国の台頭を招いて、日本という国にとって脅威になっている。この深刻さを、国家の経済・安全保障に携わる全ての方々に認識して 欲しい。一体何が起きているのか。
政府は「グリーン成長戦略」によって、経済と環境を両立させた上で 2050年にCO2排出の実質ゼロを目指すとしている。ある程度のCO2削減であれば、経済成長と両立する政策は存在する。 例えばデジタル化の推進や新型太陽光発電の技術開発であり、原子力の利用である。
だが2050年にCO2 ゼロという極端な目標は、経済を破壊する可能性の方が高い。 政府は安価な化石燃料の従来通りの利用を禁止し、CO2の回収貯留 を義務付けるという。ないしは不安定 な再生可能エネルギーや扱いにくい 水素エネルギーで代替するという。
これにより政府は2030年に年額90兆円、2050年に年額190兆円の経済効果を見込んでいる。だが、莫大なコストが掛かることを以て経済効果とするのは明白な誤りだ。 勿論、巨額の温暖化対策投資をすれば、その事業を請け負う企業にとっては売り上げになる。だが、それはエネルギー税等の形で原資を負担する大多数の企業の競争力を削ぎ、一般家庭の家計を圧迫し、トータル では国民経済を深く傷付ける。
政府が太陽光発電の強引な普及を進めた帰結として、いま年間2.4兆円の賦課金が国民負担となって いる。かつて政府はこれも成長戦略の一環であり、経済効果があるとし ていた。この二の舞を今度は年間100兆円規模でやるならば、日本 経済の破綻は必定だ。
CO2ロは実現不可能なので、 どこかで必ず見直しはかかるであろう。だが目下のところ、石炭火力の 廃止やガソリン自動車の廃止など、 自由諸国のエネルギー政策は極端に 振れ幅が大きくなり、巨額のマネー が動くようになった。
規制あるところ、儲かる事業が出来て、国際的に流動性が高くなった 投資マネーが集まる。しかしその投資の収益とは国民の負担そのもので ある。電気料金の上昇等の形で負担 が顕在化すると、急進的な温暖化対策は支持を失ってゆくだろう。すると規制は後退し、旨味のなくなった 投資は一斉に引き揚げられ、グリーンバブルは崩壊する。これによる経 済の痛手は計り知れない。
パリ協定と引き換えに 中国に売られた南沙諸島
米国ではバイデン政権が誕生し、日欧と共に2050年にCO2ゼロを目指すこととなった。この展開で、ほくそ笑むのは中国である。中国も2060年にCO2をゼロ にすると宣言した。勿論これも達成 不可能であるが、したたかな戦略であり、幾つも利点がある。
特に重要なのは、CO2に関する協力を取引材料として、人権や領土 等の深刻な問題への国際社会の介入を減じることだ。これはかってオバ マ大統領が陥った罠でもあった。 オバマは任期終盤にレガシーを残すとして、温暖化に関する国際合意に執着した。それが成功と見なされるには、米国と中国の参加が不可欠だった。
京都議定書(1997年) では世界の2大CO2排出国であるこの両国が参加しなかったので、それを超える必要があったからだ。 そこでオバマは中国と交渉し、2015年6月に米中で合意して各々のCO2の数値目標を設定した。
これを契機に国際合意の機運が高まり、 同年12月にパリ協定が成立した。 だがこの裏で、中国は南沙諸島の実効支配を着々と進めていた。 2014〜15年にかけて、中国はミスチーフ礁、ジョンソン礁などの7 カ所で大規模な埋め立てを強行し、砲台といった軍事施設のほか、滑走路や格納庫、港湾、レーダー施設などのインフラを急ピツチで建設したのである。
オバマはこれを本気で咎めることはなかった。なぜか? 重要な理由の1つは、パリ協定を壊したくな かったことだ。もしもオバマが中国に対して強い態度に出れば、中国はパリ協定に参加しない、という奥の手があった。中国に好意的な開発途上国がこれに同調するおそれもあった。そうなれば、パリ協定は京都議 定書とあまり代り映えのしないもの となり、オバマのレガシーとしては甚だ不十分になったであろう。
中国は温暖化問題を外交のカードにする気満々
その後、オバマ政権の副大統領だったバイデンが大統領に、そして 国務長官だったジョン・ケリーが気候変動問題大統領特使となった。バイデンもケリーも中国に対して融和的な一方で、温暖化問題に熱心なことで知られてきた。そこで早速、中国が温暖化問題を取引材料としてバイデン政権を篭絡するのではないか、という疑念が湧き起こった。
これを受けてケリーは、温暖化は「重大だが独立した問題である (critical standalone issue)」と記者 会見で述べた。いわく「知財の盗難、市場へのアクセス、南シナ海等の問題は、温暖化問題とは決して取引されない」「しかし、温暖化は重要な独立した問題である・・・・・・従って、区分して進める」
これに対して、小泉進次郎環境相は「非常に心強い発言だ。温暖化と外交的課題をディールすることが あってはならない」と述べた。 ケリーも小泉大臣も、その言や良し。だが本当に「区分して」交渉することなど出来るのだろうか?
外交には「イシューリンケージ」という常套手段がある。複数のイシューを同時に交渉するというやり口だ。平たく言うと「相手が合意したいと思っているイシューを交渉している間には、他のイシューにおける相手の攻撃的行動を抑制できる」ということだ。
前述のように中国は2015年末 のパリ協定に向けて友好ムードで交渉している間、南沙諸島問題で米国 の干渉を受けずに済んだ。これはまさにイシューリンケージの典型だ。そしてバイデン政権に対しても、中国がそのような取引を狙っていることが、あっさりと露見した。ケリー の記者会見の翌日、中国外務省の趙立堅は、記者会見で以下のように述 べたのだ。
「中国は、温暖化に関して米国や国際社会と協力する準備ができている。とはいえ、特定の地域での米中協力 は、全体として二国間関係と密接に関連していることを強調したい。中国の内政に露骨に干渉し、中国の利益を損なう場合、二国間および世界情勢において、中国に理解と支援を求めることはできない。米国が主要分野で中国との調整と協力のための好ましい条件を作り出すことを願っている」
つまり、中国はケリーに同意しなかったわけだ。ちなみにこの直後に 趙は、中国にジェノサイドは「存在しない。以上」と述べている。
(つづく)
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