さて、ここからはちょっと個人的な事情による「時間がない」というお話を。
個人的事情。それはつまり、私自身がもともと「トロい」ということ。
うーん、自分で言い切るのも悲しいものがありますが・・・。
私って昔から、手の遅い人間なんですね。
良く言えば、おっとりおだやか。でも悪く言えば、とろい。
手の遅い人間が家事をすると、当然ながら、手の早い人の倍の時間がかかります。
で、そこに子どもが加わると、これも倍の時間がかかる。
相乗効果で二倍、三倍、四倍・・・あらら?
時間がないと嘆きつつもキビキビと家事育児をかたづけて、なんとかフリータイムを確保しているママさんたち。
きっと世の中には、いっぱいいると思うんですよ。
そういうかたたちは多分、子どもがいない時から働き者で、キビキビ動いて、かしこく生活していたにちがいありません。
ちゃっちゃと手を動かし、仕事を片付け、動いてないと落ち着かないわ、というタイプ。
思えば学校でも職場でも、そういうタイプはかならずいたし、幼稚園の保護者会でも・・・いるいる、もれなく何人か。
あんなふうになりたいものだと、つくづくあこがれてしまいます。が、真似しようにも、これがなかなか・・・。
以前、つとめていた会社で、お昼を食べていた時。
大人数でお弁当を食べていたんですが、食べるのが早い人と遅い人って、歴然とわかれていました。
で、早く終わった人が、遅いグループを観察して曰く、
「おはしでごはんをすくってから、口にもっていくまでが遅い」
そ、そうだったのか!
なんで早く食べられるのか、つねづね不思議だったけど。
かむスピードだけじゃなくて、動作の根本からして違ってたわけね。納得!
ピアノを習っていたことがあるんですが、園児たちが弾いているのを見ると、どんどん速く弾く子と、ゆっくりゆっくり弾く子がいる。
速く弾く子に、雑になるからもっとゆっくり、と言ってもなかなかできない。
逆に、ゆっくりな子に、間延びするからもう少し速く、と言っても、やっぱりできない。
個人個人で、心地いいスピードってのがあるんだなあ。
これはもう、生まれもっての体質の領域?
これを主婦の皿洗いに当てはめますと。
時々、自分の手がすごくゆっくり動いているのに気づいて、はっとする私。
あわててスピードアップするけど、しばらくすると、またのんびり状態に・・・。
あ、一応弁解しておくと、会社での仕事ぶりまでがゆっくりだったわけではないんですよ(多分)。
お客様や営業さん相手の事務員でしたが、遅いことでクレームがついた経験はほとんどありませんでした。
もちろん、素早くはなかったけれど、人並みにはできていた・・・と思いたい。
ところが、家にいるとできないんですよね。
気持はすごく焦っていても、仕事をしていた時の半分のスピードしか出せていない気がする。
結局、すべてが押せ押せで、全部終わるともう深夜・・・な、なんか、すごい敗北感・・・。
気合の問題だというのは、わかってます。社会的な外部圧力がないと気合がはいらないっていうのが、問題なんですね。
学校や会社に行っている時は早起きできたのに、休みの日に早くおきようとすると、どうしてもできない、あの感じににているような・・・でも、そんなこと言ってる場合じゃないんだけどなあ。
要するに。
時間がないのを子どものせいにしてばかりでは、フェアじゃない。
というか、子どものせいばかりじゃないとわかっているのが、つらいところ。
などという、締まらない結論に・・・。
ちなみに、この時間がないという悩みは、うちの場合、下の子が5歳になった今でさえも、現在進行形でございます。
もちろん、おおかたのママさんたちはさすがに5歳にもなればけっこう楽になってるはず。
なれないのは、私がヘタッピだからであって・・・まあ、このへんのことは、そのうちにまた書く機会があるんじゃないかと。
あ、でも、前述した育児ノート。
あれだけは気合を振り絞り、形を変えて続けてるんですよ。
広告の裏に殴り書き。しかもまとめて書くので、抜け落ちたこともいろいろ。
それでも、なにもしないよりは、きっとまし。
書いておかないと、ぜったいぜったい忘れちゃう!
でもって、読み返しつつこーんなブログの下書きなんかをしていると・・・ますます時間がなくなるんですけどね。