日々、あんのん。

からだの育ちの凸凹、学習のスタートラインにつけない人のもっと学びたい、発達したいを応援します。

虎の巻、も読んでみました。

2019-02-21 15:14:27 | 本の紹介
 早朝の仕事場では、まだ清々しい空気の中仕事が始まります。
場所は、外ではないし、かといって室内でもない、半外のようなところです。

 その清々しい時間帯に、同僚が花粉症と闘っていました。
今年初らしいのですが、苦しそうです。

 もう、春ですね。

 神経発達障害について、まったく腑に落ちなかった『神経発達障害のすべて』。
まぁ、こんなこともあろうかと、こちらも買っておきました。



 『臨床かのためのDSM-5虎の巻』

 まったく、期待感ゼロな私の心と裏腹に、Amazonでは☆4つの高評化!
ともかく、読んでみよう!と読み進めました。

 で、わかりました。
神経発達障害とは何かが。

 神経発達障害(neurodevelopmental disorders)は従来の発達障害である。(原文ママ)

 私は、英語に暗い者なので、間違ってたらいかんな、と、一応、調べてみましたが、
「発達障害」という言葉の英訳には、「Developmental disorders」という言葉が出てきます。

 グーグル先生もウェブリオ先生もほかのよくわからない翻訳先生も、
「発達障害」=「Developmental disorders」
「神経発達障害」=「Neurodevelopmental disorders」と出てきます。

 ところが、虎の巻の杉様的には、
「Neuro」がついても、つかなくても「発達障害」でオッケーと言うことのようです。

 え?それでいいのか?
「飾りじゃないのよ〜Neuroははは〜〜〜〜っ♪」(某陽水さんの歌のメロディで)と、
思わず、目が点になりました。

 これが、DSM-5の虎の巻…。

 気をとりなおして、読み進めますが、上記引用の6行あとには、
世界に先駆けて、AD/HDを発達障害と認定したことをわが国は自慢してよいのではないか、という
脳天気さ発揮で、先が思いやられます。

 しかし、読み進めます。

 知的障害については、「遅滞」という言葉の響きについての言及(私的には虎の巻においての重要性不明)、
「純然たる知的障害のみの者は相対的に減少」「知的障害において併存症は広く存在」と、
診断注意事項の羅列に留まっています。

 コミュニケーション障害について、
「手話を用いる聴覚障害に関しても、コミュニケーション症の可能性を考慮することが可能になった」
診断拡大を喜ぶかのような報告がなされています。

 特異的学習障害については、文部科学省や教育も科学だろ!とどこかの小学校校長に遠吠え。
要するに、学習障害についても知的障害同様に重症度分類しろよ!
で、その分類の判定はギョーカイに任せろよ!ということと、私は解釈しました。

 学びたい子どもにとって、たとえ学習障害があったとしても、
その学習障害の度合いが軽度だ、中等度だ、重度だって、どーでも良いことだと思うのですが。
それを判定することで、学習しやすくなるのでしょうか?
むしろ、「重度だから」といつまでも平仮名の練習などというブラックなことになりそうですけど…。

 運動障害については、翻訳本では約12ページばかり割いてあるのですが、
虎の巻では12行あまりという興味の薄さ。
まぁ、虎の巻に項目があるだけで、ありがたいというところでしょうか。

 そして、最もボリュームを取っているのは、
もちろん、杉様お得意の自閉症スペクトラムについてです。

 さて、虎の巻、ASDの概念変更のまとめの部分に、
「幼児期の症状を中核とした診断基準から、
どの年齢でも用いることが可能なものへと大きく変わった」とあります。

 これは、「幼児期の頃、知覚過敏や鈍感なとこなどがなくても、
成人になってそういう症状があればASDかも、って診断できるよね!」と
診断を拡大できることを喜ばしいことのように書いているだけで、一体何の概念変更なのか頭をひねりました。

 更に、「自閉症スペクトラム」と「自閉症スペクトラム障害」と「自閉症」という言葉の深堀り。
もう、自閉症スペクトラム好きすぎて、ディープに語るオタク魂炸裂な杉様。(褒めてません)

 そして、次のような恐ろしいことをさらりと言ってのけているのだから、
びっくりを通り越して、呆然としたのは言うまでもありません。
以下、引用です。

 われわれはDSM-5が出てから、児童精神科の外来にこの新たな診断基準表を置いて、
新患に関してなるべくチェックするようにしてきたが、DSM-Ⅳよりはるかに診断が容易になり、
また診断対象が広がったというのが実感である。それはそうだ。
知覚入力の異常が認められればあと1項目のこだわり行動で基準Bは陽性になる。
しかもAD/HDの併存があっても診断ができる。


 「診断が容易になり、診断対象が広がった」ことは喜ぶべきことでしょうか?
「あと、1項目で基準Bクリア!」ってゲームなの?

 虎の巻の世界は、私たちが日常生活を送る場所とは異質な闇が広がった世界のようです。

 そして、神経発達障害のトリは、今日から君も仲間入り!の「注意欠如/多動性障害」についてです。
ここでは、「症状発現年齢の引き上げ」と
「17歳以上では下位項目を5項目満たせば良いと診断基準が緩和された」こと、
「重症度分類」の導入と、この「緩和」は誰にとっての福音だよ!?と突っ込みどころ満載です。

 こんな読むだけで、疲労感を味わえる虎の巻ですが、
我らが杉様は、「治療を組むために役立てなくては診断そのものがラベルにすぎない」などとおっしゃっています。

 この言の前のページでは、
「一人のの子どもが、診断カテゴリーを渡り歩く、あるいはいくつもの診断基準を満たす現象」を
「出世魚現象」とよんでいるなどと軽口を叩いておられます。

 出世魚現象の「好例」として、
「AD/HD→反抗挑戦性障害→素行障害へと展開する破壊的行動症群の行進(DBDマーチ)」と
冷血さ丸出しです。

 だから、治せよ、ということなのですが。

 こんな虎の巻を頼りに、大事なお子さんや悩みに悩んで病院に足を運んだ方々を診断するのでしょうか?

 治りたい子どもも大人も、治すのはお家、そして、自分ということを肝に銘じて、
診断オタクの餌食にならないようにしたいものですね。

 あー、焼酎風呂はいって、邪気払い、邪気払い!

 









もはや、神経は…。

2019-02-20 16:29:21 | 本の紹介
 今日は天気もよくて、まさに春!
早朝、仕事しながら汗ばむし、吹く風が気持ちよく感じました。

 さて、昨日に引き続き、がっかりな本のご紹介です。



 残念な放談や杉様のまったく神経について触れられない「神経発達障害とは何か」もひどいですが、
他にも、医者治す気ない感満載の内容が目白押しです。

 まず、「疾病の病因や予後を検討する目的において最も優れた研究デザイン」という
コホート研究という手法でひたすらASD研究に没頭するセンセー。

 「乳幼児からのデータ収集が比較的難しい」ため
「乳幼児を対象としたコホート研究が立ち後れている』現状を嘆き、
「以前は、三歳ごろまで顕在化しなかったASDの行動兆候」が、
「より早期の段階で捉えられるようになったという知見」に喜ぶという
治すことよりデータ収集第一主義の研究頭!(褒めてません)

 そして、抑うつや不安、引きこもり、就労の問題が高い水準を保つだの、
二十代後半には横ばいだの、まったく良いことないのに、
「予後因子に関する研究が進むことで、ASD児者に対する効果的な介入方法について示唆が得られることが期待される」
という脳天気な結論。

 この本が出た2014年の時点で、
治しもせずに予後を追っかけている意味もわかりませんしが、
5年経った現在においても「治りません!」を貫くギョーカイ先生方に
解決の糸口は見つからなかったのだなぁと、と遠い目です。

 で、次、「神経発達障害への治療の進歩」と題した、中京大学のセンセーは、
「現代においてペアレント・プログラムを含めたPTは神経発達障害の家族支援の必須技法となっている。」
と宣い、私が6年前に「お!これは!」と思い、色々試した感覚統合については、
「ASD児を対象にした感覚統合療法の効果研究自体は少ないものの(中略)注目すべきアプローチといえる」と
うすーくかすって終了。

 身体に注目した花風社さんとは一線を画すセンスのなさです。

 また、誰が頼んだのか、「神経発達障害の生涯発達支援という全体像」という、
治しもせずに、生涯関わろうとする恐ろしい神経の持ち主です。
生涯関わろうとする人たちの納得の「治療の進歩」状況を垣間みて、ぞっとしました。

 さらに、「神経発達障害への教育」では、大阪大学大学院の方が、
「個別ニーズに対応」と言いつつ、専門性について声だかに訴えられています。
その専門性は何だろう、と読み進めてあがってきたのが、
「応用行動分析アプローチ」だの「TEACCHプログラム」です。

 学校での教育=学習、知識の修得、と思っていた私はびっくりしました。
「教育」という言葉ひとつとっても、思い浮べる内容は人それぞれであるのだ、と、
己の言葉に対する解釈の狭さを反省することでした。

 
 ちょっと、お!と思ったところは、
福井大学のセンターの先生が、「ASD生物学研究の進歩」として、後ろの方に、
「エネルギー代謝異常の観点から得られた研究成果」として「ミトコンドリア機能」を評価し、
結果、「ASDにおけるミトコンドリアの機能低下を示す所見を見いだした」とあり、
現在、SNSの仲間内でタンパク質押ししていることとの関係があるのかも!と、
ちょっとだけ、「ほお!」となりました。

 あとは、もう、薬物療法のすすめとか、「みんな!発達性運動障害って知ってる!?」的ないじけた体育系の項目。
でも、実は、このいじけた体育系項目にこそ、学習障害や不器用さを治す活路があるにも関わらず、
ここでは、診断基準云々でその活路に気がついていおらず、果ては、
保護者が「『不器用さ』に対する問題意識が芽生えていないか、芽生えていてもあまり成長していない」
との親御さんディスに走る始末です。

 さらには、この本に流れる失礼の川がここにもあり、
「運動面の問題ということから、医療的な取り組みとして作業療法士、理学療法士が担当すべきであるが、
保険の点数がつかないので十分実施されていないことが多い。」という正直さです。

 本当に、病院では治りませんねぇ。

 そして、最後、トリはお名前の知れた鳥取大学のセンセーです。
ここでは、なぜか、「わが国独自の福祉行政上の概念」である、「強度行動障害」についてです。

 内容は「ハイリスク児」を抽出し、
「医療との連携のもとで早期からの個別療育や親指導を行うとともに、
特別支援教育においてもASD特性に配慮した個別的な支援を継続することが望まれる」という提案や
「学齢期から成人期までの一貫した支援システムの構築のために、専門機関からの継続的なコンサルテーションの必要性」と
釣った魚は逃さない恐怖の束縛的支援の押し売りなど、治す感のない内容で終了。

 このように、読んでも読んでも読んでも読んでも、神経について言及している箇所はありませんでした。

 5年経っても今のことのように読めるこの本。
ギョーカイ先生方は、いつまで本の内容が色あせぬように、
今日も治さない医療を全力で突き進んでおられることがよくわかった本でした。

 
 

 

消えた神経!(神経発達障害のすべて)

2019-02-19 17:04:23 | 本の紹介
 雨だけど、四月並みの暖かい一日。
三寒四温とか、一雨ごとに暖かくなるとか言いますが、
なんだか一気に春になりそうな、おいどん県です。

 SNS上で色々な方々が、おもしろそうに読んでいらっしゃったので、
私も思わずポチってしまった本を読み終わりました。

 『神経発達障害のすべて』



 私が支援員になった頃は、発達障害は「脳の機能障害です」と言われていました。
そこで、私は脳梗塞のリハビリの本や脳についての本で「脳には可塑性がある」ということを知り、
じゃあ、どうにかなるんじゃない?とあれやこれやとやっていました。

 そして、時は経ち、発達障害は「神経発達障害」となりました。
これは今、「発達のヌケ」を育てる身体そだてなどと近しいものを感じます。

 ところが、相変わらず、「発達障害は治りません」が横行している世の中です。
こういう専門の本も読んで、専門医のみなさんが「神経発達障害」をどのように捉えているかも
学んでみよう!という機運が私の周りで起きました。

 3月には勉強会にも参加する身なので、ここは、ひとつ!と勉強熱心な方々の勢いにも押されて、
私も「神経発達障害とはなんぞや」ということが素人目にも少しは、
薄ぼんやりと理解できるかなぁ、と期待させそうな本を読んでみることにしました。

 まずは、手短に。
がっかりな内容な上に、医者、治す気ないな、ということがよくわかりました。

 冒頭、「中でも重要なのは神経発達障害群という大項目の創設である」だの
「もともと脳に発達の基盤をもっている精神疾患というものが神経発達障害ということでまとめられたということは
非情に意義があることだと思います。」だのとおっしゃっている我らが杉様ですが、
「神経発達障害」の「神経」についての言及が私にはまったく読み取れませんでした。

 もう、これは、私の頭が悪いのか、
杉様をはじめ、本に登場するセンセー方にとっては、論ずる以前の共通同意事項があるのか、
意図的に無視しているのか、問題意識がないのか…。

 何度読んでも、「神経発達障害」については謎のままでした。

 「神経」
そんなに簡単に無視していい言葉なのでしょうか。
 
 それにしても、この本の座談会では、実にさらりと、失礼なことを言っているので驚きます。

 たとえば、P5では、
「<前略>自閉症者の自伝が出ることによって、実際にはかけ離れた体験世界を持っている人が
普通のふりをして世の中に結構いるのだということがわかってしまった。
という杉様の言。

 また、P11での
「<前略>今までの大人の精神科医は、統合失調症は治らないことを前提に
精神病院の中で何もせず「お守りをする」という受け身の医療だったのですが…以下略」
という浜松医科大学キョージュ。

 「普通のふりをして」だの「何もせずお守りだの」言いたい放題です。
ここには、どうにか治りたい、医療に行けばどうにかなるかもと願う患者の思いとは、
かけ離れたものを感じ、一体、この人たちは何をみているんだろうか、と私の頭がおかしくなりそうでした。

 また、座談会の〆に近い部分では、
「一般精神科医も疾病をきちんと診て治療して行く時代になったと言うことでしょうか。」との
司会をつとめるりんご県のキョージュの言があり、少しして座談会は閉じられます。

 要するに、2014年10月のこの本が出る前は、
少なくとも精神科医は「きちんと診て治療して行く時代」ではなかったらしいのですが(呆然)
それ以降は、きちんと診て治療して行く時代になったのでしょうか…。

 そんな杉様をはじめとするお三方の放談の後は、
いよいよ、杉様の「神経発達障害とはなにか」です。

 しかし、そこで語られていたことは、コンビニ型療育の必要性だの、
ペアレント・プログラムだの、お手盛り感がぬぐえないものについての有用性。
また、ペアレント・トレーニングは「ADHD系の親には向か」ず、
「ドタキャンとドタカムの連続」になると親御さんをディスる始末。
ペアレント・トレーニングが親御さんにとって、必要性や有効だ!と感じる魅力があったかどうかの
内省などはゼロなのにもびっくりします。

 そして、最終的には少量処方とは言うものの、お薬の話。
「神経発達障害とはなにか」はまたしても、つかめずじまいでした。

 そして、ここで、神経発達障害とは何かがつかめぬまま、
本を閉じるのも癪なので、このままぶっ通して読むことにしました。

 読み終わりましたが、脳みそくたくたです。

 他の部分についても、もう、がっかり感満載なのですが、
それについては、また明日書こうと思います。
 


2月16、17日の福岡教室無料体験募集!

2019-02-11 23:25:23 | お知らせ
 先週末、寝汗で目が覚め、寒気がするまま仕事に行き、
土曜日〜の仕事に備えて、布団のお守りをしていました。

 寒さ、暖かさが極端なので、積込みで汗をかき、
冷凍庫作業でひっこみ、としているうちに体調を崩したのでしょう。

 春は近いぞ!気をつけねば!

 今週末、2月16、17今年度最後の福岡での教室があります。

 

 今週末と急ですが、若干名の無料体験(1時間)を募集します。
体験は無料ですが、交通費のみ若干の負担があります。
興味がある方はご連絡ください。

 福岡の教室では、お子さんと遊ぶことを通して、
お子さんの身体の発達のヌケを育てていく教室をしています。

 遊びは、お子さんが何となくはじめる遊びから発展することもありますし、
初めての場所で、かたまってしまうお子さんは一緒にいらっしゃった親御さんと身体を動かすことをします。
そうするうちに、お子さんも「私もやりたい…」という雰囲気で、近くで遊んでいることが多いです。

 そんな遊びを通して、お家での身体そだてを提案させていただきます。

 お子さんは年少さん〜中学生の方が主ですが、親御さんのみ来られる場合もあります。
また、学童や学校での支援員の方がお越し下さったこともありますので、
気になられた方は、下記メールまでご連絡お願いいたします。

 場所など、詳細はメールでお知らせ致します。

 無料体験募集お時間

 2月16日 13:00〜
      14:00〜

 2月17日 9:00〜
      10:00〜


 申込先 labo.smile.2017★gmail.com(★を@にかえてください)

 よろしくお願いいたします。