杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

いのちの停車場

2021年12月22日 | 映画(DVD・ビデオ・TV)

2021年5月21日公開 119分 G

東京の救命救急センターで働いていた、医師・白石咲和子(吉永小百合)は、ある事件の責任をとって退職し、実家の金沢に帰郷する。これまでひたむきに仕事に取り組んできた咲和子にとっては人生の分岐点。久々に再会した父(田中泯)と暮らし、触れあいながら「まほろば診療所」で在宅医として再出発をする。「まほろば」で出会った院長の仙川徹(西田敏行)はいつも陽気な人柄で患者たちから慕われており、訪問看護師の星野麻世(広瀬すず)は、亡くなった姉の子を育てながら、自分を救ってくれた仙川の元下で働いている。ふたりは、近隣に住むたった5名の患者を中心に、患者の生き方を尊重する治療を行っており、これまで「命を救う」現場で戦ってきた咲和子は考え方の違いに困惑する。そこへ東京から咲和子を追いかけてきた医大卒業生の野呂聖二(松坂桃李)も加わり「まほろば」のメンバーに。野呂は医師になるか悩んでおり、そして麻世もまた、あるトラウマに苦しんでいた。
様々な事情から在宅医療を選択し、治療が困難な患者たちと出会っていく中で、咲和子は「まほろば」の一員として、その人らしい生き方を、患者やその家族とともに考えるようになってゆく。野呂や麻世も「まほろば」を通じて自分の夢や希望を見つけ、歩みはじめた。
生きる力を照らし出す「まほろば」で自分の居場所を見つけた咲和子。その時、父が病に倒れ・・・。父はどうすることもできない痛みに苦しみ、あることを咲和子に頼もうとしていた—。(公式HPより)

 

金沢の小さな診療所を舞台に、在宅医療を通して“生”に寄り添う医師と、死に向かう患者、その家族たちを描いた物語です。原作は現役医師・南杏子の同名小説で、監督は『八日目の蟬』の成島出。吉永小百合の医師役は初めてということです。

公開当時の評判は良かったと思うのですが、個人的には・・・イマイチでした。泣けなかったし

父親を演じる田中泯さんの病を得て痛みに苦しむ迫真の演技に圧倒されます。きっかけは転倒による骨折でしたが、その後ドミノ倒しのように病に侵されていくのもリアルです。その父親から元気な時に頼まれたのは、かつて妻が受けたような管や機器に囲まれての最期は嫌だという願いです。それが現実になろうとした時、父は娘に楽にしてくれ=殺してくれと懇願します。映画の結末はそれを選択したようでもあり、思いとどまったようでもあり・・観る側に委ねるような終わり方も何だかすっきりしなくて・・個人的には好みではなかったということです。

冒頭で、無資格の野呂が目の前で苦しんでいる女児に点滴を施したことが問題となり、その責任を取る形で咲和子は辞職しますが、そもそも、救命救急医だった咲和子が180度の転換ともいえる在宅医療を選んだ動機が映画では見えてこないんですね~

ともあれ、在宅を選んだ患者たちはそれぞれ事情を抱えています。

寺田智恵子(小池栄子)は末期の肺癌を患う芸者で、最後まで自分らしく生きることを主張します。

起業家の男性は事故で受けた損傷を先進医療で回復することを希望します。それに応えるべく、人脈を駆使して道をつける佐和子。ワンクール1500万の高度医療の提案を即座に受け入れられる人間も存在するんだね~~

並木シズ(松金よね子)は脳出血で入院後、自宅で治療をする胃瘻患者で寝たきり。介護は夫(泉谷しげる)がしていますが、老老介護で疲弊し部屋はゴミ屋敷状態でした。麻世は佐和子や野呂を巻き込んで部屋の大掃除を決行します。綺麗に片付いた部屋で安らかな最期を迎えるシズ。このエピソードが一番胸を打ちました。

中川朋子(石田ゆり子)はプロの女流囲碁棋士で癌の転移が見つかり再発し、幼馴染の咲和子を頼ってまほろばに来ます。数日一緒に過ごし、治療を再開することを決意して去った彼女ですが・・・現実の切なさを伝えるエピソードでもあります。

宮嶋一義(柳葉敏郎)は末期の膵臓癌を患う元高級官僚で、最期の時間を平穏に過ごすため在宅を選択していますが、長年会えていない息子が気がかりでした。意識が混濁する最期の時、連絡がつかない息子の代わりを野呂が務めます。心残りを無くして穏やかに逝ったその死に顔はとても穏やかでした。

若林萌(佐々木みゆ)は小児癌の8歳の少女。野呂に懐いていました。母親(南野陽子)は娘に迫る死が受け入れられずにいます。萌の「海に行く」という望みを叶えようと動く「まほろば」の面々。辛い治療ではなく楽しい思い出を胸に旅立つ萌でした。

「まほろば」の台所的存在は「BAR STATION」。マスター(みなみらんぼう)は世界中を旅して金沢に辿り着いた吟遊詩人です。良きにつけ悪しきにつけ、彼ら、時には患者もここに集い語り合い、美味しい料理を食べます。各エピソードの繋ぎ的役割も果たしているようです。

佐和子を慕って追いかけてきた野呂ですが、麻世に背中を押され、再び医師の道を目指すために「まほろば」を離れていきます。

仮に佐和子が嘱託殺人の罪を犯したとしても、「まほろば」は国家試験を通った野呂が引き継いでくれる?

う~~ん・・やっぱり納得できない!救命救急医だった彼女に命を奪う選択が本当にできたのか?娘に重荷を負わせてまで楽になりたいと願うことは親として間違っていると思うけれど・・でも死を望むほどの痛みを我が身に受けたならやっぱりそう願ってしまうのではないかとも思うし・・・難しい問いかけですね。


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