杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

検事の信義

2021年12月25日 | 

柚月裕子(著) 角川文庫

検事・佐方貞人は、亡くなった実業家の書斎から高級腕時計を盗んだ罪で起訴された男の裁判を担当していた。被告人は実業家の非嫡出子で腕時計は形見に貰ったと主張、それを裏付ける証拠も出てきて、佐方は異例の無罪論告をせざるを得なくなってしまう。なぜ被告人は決定的な証拠について黙っていたのか、佐方が辿り着いた驚愕の真相とは(「裁きを望む」)。
孤高の検事の気概と執念を描いた、心ふるわすリーガル・ミステリー!(本紹介より)

 

第一話 裁きを望む

被告人・芳賀渉の真の目的はこの裁判で無罪になることでした。そのため絶対的証拠を敢えて伏せたまま起訴されます。法学部出身の芳賀は、一事不再理を狙ったのです。彼が盗んだのは腕時計ではなく、遺言書でした。芳賀を認知すると書いた最初の遺言書を、死後認知のもたらす波紋を弁護士に諭され翻した父親が、せめてもと、腕時計と一緒に渡していたその遺言書を、彼は新しく書かれ金庫にしまわれていたものとすり替えていたのです。真相に気付いた佐方は、別の嫌疑で起訴しようとしますが、上司の筒井に止められます。芳賀の本当の願いは父親に認知されることにあったこと、刑事で裁けなくても民事ですり替えられた遺言書を無効にできることなどから、佐方は起訴を諦めます。

 

第二話 恨みを刻む

覚せい剤所持・使用で逮捕・起訴された室田公彦の有罪は明白でしたが、きっかけとなった幼馴染のスナック経営者の武宮美貴の証言に不審を抱いた佐方が調査をすると、彼女の証言の矛盾が見つかります。彼女の兄が暴力団幹部であることや、相談したという 鴻城巡査部長と暴力団の繋がりなど、関係者の様々な思惑が混ざり合う展開は権力争いの様相を呈します。鴻城は悪徳警官で、点数稼ぎのために美貴の証言を書き変えていましたが、それを利用して鴻城の不正を暴こうと告発したもの、それを示唆したものの存在がありました。室田の罪は罪として裁かれるわけですから結果として問題はないわけですが、良いように利用された体になった佐方たちです。

 

第三話 正義を正す

婚約者に振られた同期で広島地検にいる木浦に誘われ年末を宮島の老舗旅館で過ごすことになった佐方ですが、そこへ広島高検の上杉義徳次席が顔を出します。仲人を頼んでいたという上杉の訪問には、一見不自然な点内容に見えましたが、佐方が担当する事件の被告である暴力団幹部の保釈を巡っての思惑が隠されていることに佐方は気付きます。暴力団の抗争勃発を抑え、市民の安全を守るためという「大義」の前に佐方が下した結論は・・・「不許可」か「しかるべく」かという短い文言に込められた裁判所と検察の裏側が透けて見える話でもありました。ま、保釈自体に問題はないわけだし、保釈金が有効に使われるとあれば、そこに目くじら立てることもないわけだけど・・なんか引っかかるなぁ

 

第四話 信義を守る

認知症の母親を殺害して逮捕・起訴された息子・昌平の裁判を担当することになった佐方は、一見記録の中の遺体発見から逮捕までの2時間に疑問を持ちます。彼が三か月勤めていた会社や、母親を預けていたデイサービスで聞いた昌平の人となりを知るにつけ、彼が計画性を持って殺害したという供述が嘘であると確信した佐方は、何故彼が敢えて重い刑を望んだのか、その真実に迫っていきます。

昌平が敬虔なクリスチャンだったと言うのは意外でした。認知症が進んだ母親が息子に浴びせる罵詈雑言も哀し過ぎます。 献身的に世話を焼いてきた昌平が突発的に犯行に及んだその状況も理解できる気がします。我に返った彼が無意識に救いを求めて向かったのは教会で、神父に諭され、自殺を思いとどりますが、自身が病魔に侵されていると気付いているため、敢えて獄中での死を望んでの嘘の供述だったわけです。

昌平を起訴した検事は、罪は明白なのだからと佐方のやり方を検察の権威を失墜させるものだと非難します。でも、計画性を持っての殺しと、切羽詰まった挙句の突発的な犯行では、刑の重さ・長さも違ってくるのだから、佐方の「まっとうに裁く」という考え方は正しい!被告=人を見ているのか、上=組織を見ているのか、その違いはとても大きいと思いました。

今回の話はどれもスッキリ解決と言うより、何か引っかかるものがある終わり方です。正義は一つではなく、色々な側面を持つものだと言っている気がしました。それでもせめてフィクションの世界だけでも明快な「正義」が読みたいな


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