杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

パリタクシー ネタバレあり

2023年04月12日 | 映画(劇場鑑賞・新作、試写会)
2023年4月7日公開 フランス 91分 G

パリのタクシー運転手のシャルル(ダニー・ブーン)は、人生最大の危機を迎えていた。金なし、休みなし、免停寸前、このままでは最愛の家族にも会わせる顔がない。そんな彼のもとに偶然、あるマダムをパリの反対側まで送るという依頼が舞い込む。92歳のマダムの名はマドレーヌ(リーヌ・ルノー)。終活に向かう彼女はシャルルにお願いをする、「ねぇ、寄り道してくれない?」。人生を過ごしたパリの街には秘密がいっぱい。寄り道をする度、並外れたマドレーヌの過去が明かされていく。そして単純だったはずのドライブは、いつしか2人の人生を大きく動かす驚愕の旅へと変貌していく!(公式HPより)


終活に向かうマダムを乗せたタクシー運転手が、彼女の人生をめぐるパリ横断の旅に巻き込まれていく姿を描いたヒューマンドラマ。(映画.comより)

マドレーヌを演じるシャンソン歌手のリーヌ・ルノーは、エイズアクティビストと尊厳死法制化への活動の長年にわたる功績を称えられて、2022年にレジオン・ドヌール勲章を受賞しているそうです。シャルルを演じているコメディアンのダニー・ブーンとは実生活でも親交が深いとか。

タクシーが走るのは、エッフェル塔やシャンゼリゼ通り、ノートルダム寺院、凱旋門、パルマンティエ大通りといったパリの観光名所でもあります。

マドレーヌの自宅があるブリ=シュル=マルヌは中心部から12km以上離れています。最初の寄り道は12区のマドレーヌが生まれ育った町ヴァンセンヌ。
パルマンティエ大通りは、マドレーヌの母が働く劇場があった10区から11区に渡る大通りで、今では若者に人気のエリアです。マドレーヌとシャルルが一服したアルコル橋は、1944年のパリ解放時には自由フランス軍の戦車が通りました。橋から見えるコンシェルジュリーはかつての牢獄で、その奥に見えるパレ・ド・ジュスティスはマドレーヌが裁かれた裁判所です。エッフェル塔を過ぎ、シャンゼリゼ通りで、二人はアイスを食べます。この時マドレーヌは夫との過去を話すの。重すぎる量刑に憤慨するシャルル。ヴァンドーム広場でシャルルは娘とのドライブでイルミネーションを見せた話をします。老人ホームからの催促の電話を無視して、シャルルはマドレーヌをディナーに誘いマレシャル=ジュワン広場のある17区のレストランで夕食をとります。お金に困っているシャルルでしたが、医師である兄への無心を止め、レストランの支払いも自分が持ちます。ディナーの後腕を組んでタクシーに戻る際のマドレーヌの何と幸せそうな笑みでしょう。老人ホームがあるイル=ド・フランスの街クルブヴォアがゴールです。

不愛想な上にすぐにカッとなるシャルルですが、妻や娘への愛情に溢れています。初めは嫌々話に付き合っていたシャルルでしたが、マドレーヌの語る彼女の人生の喜びや悲しみに触れることで、うんざりする仕事場だったパリを再発見する旅に変っていきます。免停寸前の彼がうっかり赤信号を渡って警官に停められた時、マドレーヌは婦人警官に何事かを告げて、解放されます。彼女は自分が心臓病で手術を受けに向かう途中であり、シャルルは孫で心配のあまり注意がおろそかになっていたのだと言ったのだと笑います。

戦時下でのアメリカ兵との短く熱い恋は、彼の帰国で終わりを告げ、授かった息子が生きがいとなったマドレーヌでしたが、その後結婚した夫はDV男で、息子を守ろうとした彼女は過激な反撃をします。当時は男尊女卑がまかり通り、DVも離婚も世間が認めず、有罪となった彼女は刑に服します。裁判官も陪審員も皆男性で、夫の嘘を受け入れた結果です。出所し母と息子の元に戻ったのも束の間、世間の目に曝され続けて苦しんだ息子は写真家となってパリから逃げるように戦場に赴き半年後に亡くなります。その後の彼女は活動家となって独身を貫いたようです。
彼女の夫は、連れ子が邪魔で、妻を独占したかったのと自分の子供が欲しかったのだと思いますが、マドレーヌにとっては息子が一番だった。気持ちのすれ違いが生んだ不幸な関係だった気がします。

タクシー代を払おうとするマドレーヌに「後日面会に行くからその時に」と帰ったシャルルは、妻に彼女の話をして会わせたいと言います。しかし、後日ホームを訪れたシャルルは前日にマドレーヌが亡くなったと聞かされます。彼女は重い心臓病で余命いくばくもなかったのだと。警官に語ったのは半分は本当のことだったのね。

葬儀に赴いたシャルル一家の前に彼女の代理人が現れ、手紙を渡します。そこには自由に生きろと書かれており、彼女の遺産の小切手も入っていました。

老人ホームへの入居は本意ではなかったマドレーヌにとって、シャルルに自分の人生を話し、彼と心を通い合わせたこの一日は、アメリカ兵と恋に落ちた三か月の次に幸せな時間だったのですね。そしてシャルルにとっても自分を見つめ直すきっかけになった筈。
マドレーヌが父親から聞いたという「怒ったら人は一つ歳を取り、笑顔で一つ若返る」という言葉が深いです。渋面だったシャルルの表情がだんだん明るくなっていくのも良かった!

フランス映画らしい深くて味わいのある余韻の残る作品です。

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