杏子の映画生活

新作映画からTV放送まで、記憶の引き出しへようこそ☆ネタバレ注意。趣旨に合ったTB可、コメント不可。

満天のゴール

2023年04月23日 | 
藤岡陽子(著) 小学館(発行)

奈緒(33歳)は、10歳になる涼介を連れて、二度と戻ることはないと思っていた故郷に逃げるように帰ってきた。長年連れ添ってきた夫の裏切りに遭い、行くあてもなく戻った故郷・京都の丹後地方は、過疎化が進みゴーストタウンとなっていた。
結婚式以来顔も見ていなかった父親耕平とは、母親を亡くして以来の確執があり、世話になる一方で素直になれない。そんな折、耕平が交通事故に遭い、地元の海生病院に入院。そこに勤務する医師・三上と出会う。また、偶然倒れていたところを助けることになった同じ集落の早川(72)という老婆とも知り合いとなる。
夫に棄てられワーキングマザーとなった奈緒は、昔免許をとったものの一度も就職したことのなかった看護師として海生病院で働き始め、三上の同僚となる。医療過疎地域で日々地域医療に奮闘する三上。なぜか彼には暗い孤独の影があった。
一方、同じ集落の隣人である早川は、人生をあきらめ、半ば死んだように生きていた。なんとか彼女を元気づけたい、と願う奈緒と涼介。その気持ちから、二人は早川の重大な秘密を知ることとなる。
隠されていた真相とは。そして、その結末は・・・・・・・。(あらすじ紹介より)


専業主婦として夫を支え息子を育ててきた奈緒が、仕事柄家を空けることも多かったホテルマンの夫寛之から一方的に告げられたのは、ワインソムリエの篠田響子との不倫と離婚話でした。
涼介を連れ、逃げるように実家に戻った奈緒ですが、父・耕平には夏休みだからと嘘をつきます。ところが、父が交通事故に遭い海生病院に入院することになり、頼りの兄夫婦もあてにできず、留まることを余儀なくされてしまいます。

ずっと専業主婦だった奈緒は、献身的に夫を支え息子を育ててきたという自負がありましたが、夫の裏切りは彼女の自尊心を傷つけ引き裂きます。それでもまだどこかで夫が目を醒まして謝ってくれたらよりを戻しても良いと都合の良い期待を抱いてしまう彼女の心理はとてもよくわかってしまうので、もどかしいやら腹立たしいやらの導入部です。
浮気相手の方が強かで、妊娠を武器に直接奈緒に離婚を迫ってきます。病院にまでやってきて離婚をせかす姿を見て、涼介は父親を追い返します。ここに至ってようやく奈緒は離婚に応じる気持ちになります。

資格は取ったものの一度も職に就いていなかった奈緒ですが、涼介と生きていくために職を得ねばならず、海生病院で働くことになります。とはいえ、全くのペーパードライバーならぬペーパー看護師の彼女は初めのうちは足手まといでしかありません。
そんな奈緒を、耕平の事故の時に付き添ってくれた医師の三上が往診診療に連れて行き、徐々に奈緒も仕事を覚えていきます。奈緒は三上が時々孤独な表情を浮かべているのが気になります。

意識を失って倒れているところを助けた、奈緒たちと同じ集落に住む隣人の老女・早川順子と顔見知りになり、涼介も懐いていきますが、彼女は人生を諦め命の終わりを待ち望んでいました。そんな彼女を奈緒と涼介は何とか元気づけたいと思いますが、ある時彼女の日記に書かれていた重大な秘密を知ってしまいます。

奈緒と耕平の確執の原因は、母の手術前に年配の看護婦から言われた「手術を止めてお母さんを転院させなさい。」との言葉です。その真剣さに訳がわからぬまま父に手術の中止を懇願しますが聞き入れてもらえず、母は術後の合併症で亡くなり、それがきっかけで奈緒は看護婦になるのを辞め家を出て早くに結婚したのでした。この時の看護師が誰だったかもわからず終いのままでした。

早川は、若い頃に東京で結婚して子供もいましたが、9歳の時に病死します。息子の死は自分のせいと罪悪感に苛まれ夫とも離婚した彼女は、訪問介護の看護師として働く中で、上松高志という11歳の少年に出会います。彼は母を早くに亡くし、アル中の父の暴力(背中に熱湯をかけられ大火傷を負ったことも)を受けながらも難病を患う祖母の介護を一人で担っていました。早川の来訪を心待ちにしていた高志を早川も我が子のように可愛がっていました。ところがある日、夏祭りに出かけた二人がアパートに戻ると彼の祖母が痰を咽に詰まらせて亡くなっていました。お祭りに早川と行きたかった高志はお父さんが家にいると嘘をついていたのです。彼を救おうと早川は自分のミスと申告して罪を被り退職して故郷に戻り、10年前まで海生病院で看護師として働いていた・・・ここまで知って奈緒は彼女こそが自分に母の手術を止めるよう忠告した看護師だったのだと気付きます。偶然、奈緒の母を受け持つことになった早川は、主治医が不慣れな手術をしようとしていると知り反対したのですが、強行されてしまい、奈緒の母が亡くなった後で、病院側の落ち度を糾弾しようと証拠を集めていましたが、それがばれて懲戒免職にされていたのです。

また、三上の背中の火傷を偶然見たことのある奈緒は、彼が高志君だと確信します。
三上は、里親に育てられて姓が変わっていましたが、祖母の死以来姿を消した早川に嘘をついたことを謝れないままで、自分のせいで祖母が亡くなり早川も看護師を辞めることになったことに罪悪感を背負い続けていました。
年に一度、観光客の振りをしてこの地を訪れて早川の安否を確認していた彼は、早川が倒れているところに出くわし、何か病気を患っていると知り、求人募集に応募して海生病院にやってきたのです。

倒れて病院に担ぎ込まれた早川は大腸がんとわかりますが、手術を拒否して退院しようとします。奈緒は早川に三上こそが上松高志だと教えて引き合わせます。長年のわだかまりを解いた二人。三上は早川に手術の執刀医の許可を得ますが、開腹してみると既に腹膜播種を起こしていて手遅れでした。
その後。急変した早川は、三上に「あなたは、いつでもいい子だった。私は最後にあなたに幸せしてもらってゴールを迎えるの。高志くんのお母さんになりたかったの…」と話して奈緒や涼介たちに見守られながら息を引き取ります。

三上が訪問診療で患者に渡していた「☆」のシールは、昔早川がご褒美にくれた「頑張ったシール」を真似たものでした。沢山の黄色い☆のシールは満天の星の輝きを放ち、人生のゴールを彩ってくれたのです。
三上は早川の手を取り「お母さん、たくさんの星をありがとう」と呟きます。

限界集落に生きる高齢者の命に寄り添い支える医療従事者を主人公に、医療過疎地の現状や、終末医療、ヤングケアラーや児童虐待といった現実問題も織り込まれています。その中で一際印象的だったのが、「死」を「人生のゴール」と捉え、「満天のゴール」を目指してシールを集めるように一日一日を大切に生きる老人の姿でした。あんな風にゴールを迎えられたら幸せな人生ですね。

  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする