子供の頃の思い出(その5)「イカダ作りと夏休み(海水浴・遊び)」
小学3年から6年生(昭和31年~34年)頃の夏休み
子供達の知恵とアイデアは、素晴らしいものがあった
小学3年から6年生(昭和31年~34年)頃は、
「ボート」も簡単に手に入るような時代ではなかった
もちろん「ボート」は、今日のプラスチック製のものでなく木製であった。
お値段も高く、とても手が出ない。
こんなお粗末な時代でも、子供達(男子)は夏休みをいかに楽しく遊ぼうかと……
先輩達から引き引継がれた伝統的な海水浴(遊び)があった。
私の故郷は、東伊豆海岸の半農半漁で生計をたてていた村でした。
農業はリアス式海岸の急斜面にある畑に、冬場でも温暖な気候を利用し、成金豆(サヤエンドウ)を栽培し農協に出荷していました。
「サヤエンドウ」は、伊豆熱川の地元の方が研究(品種改良)し、
伊豆一帯では温室を利用しない畑で、冬場でも育つようになったと聞いていました。
そして当時、このサヤエンドウは、本当に高価でした
畑をたくさん持っていた家は、成金さんになったということから「成金豆」といわれていました。
住民の殆んどの大人(男性)は、定置網で働くサラリーマン漁師でした。
今日では、定置網に用いる浮子にガラス玉を使うのが常識であるが、
昔は“もうそう竹”を針金で束ねたものを浮子にして、これに網を掛けていた。
竹の場合は、消耗が激しいので年に一度は、新しい竹と交換する必要がありました。
これに目をつけた子供達は、古い竹を網主さんからもらい受けました
なにに使うか、想像できますか?
「イカダ」を作るのでした その当時の様子をイラストに描いてみました
←子供の頃の夏休み(海水浴・遊び)様子
長さ約5メートル、太さ直径10センチぐらいの素性のよい“もうそう竹”(浮き)を網主さんからもらいました。
その竹を約十本ぐらいまとめ、
4ヵ所ほど針金で締めつけるだけで、立派な「イカダ」ができあがりました。
大人に「ドラム缶」を小さく切断してもらい、「丸い囲炉裏」の完成。
「イカダ」が立派な「ボート」になったところで、その「イカダ」に「丸い囲炉裏」を載せ(炭火も用意)すると用意万全
なんにもお金をかけずに、立派なボート(イカダ)が用意できたのです
子供5人ほどを乗せた「イカダ」は、キラキラと輝く夏の海(岸辺)に出港。
「イカダ」に乗った子供たちは、水中メガネをつけ一斉に海中にドブン・・・
「サザエ」や「アワビ」を獲りました。また、「モリ」でカサゴもつきました。
そして、「イカダ」の上で食べた味は、今でも忘れません・・・天晴れでした
今日では、漁業組合が貝類の潜り禁止令で獲ってはいけません(注意しましょう)!!
……しかし、僕らの子供の頃は、夢があったなァと感じますねェ
以上。