田中悟の片道旅団

大阪で芝居と弾き語りをしています。

サルと海

2009年02月27日 | 日記
昔むかしの、昔すぎるほど昔の物語。

ある小さな島にサル達が住んでおりました。
島には野菜や果物もありましたが、あまり多くはありません。
いつしかサル達は浜辺に行き、魚を獲って食べる様になっていました。

1匹のサルがおりまして、名前をサルオと言います。
サルオには2匹の弟がいましたが、
まだどちらも生まれたばかりなので何も出来ません。
ある日サルオは父親に連れられて海に漁へと出かけました。
初めて見る海にサルオは怯えましたが、
父親はそんなサルオにかまわず漁を始めます。
サルオも見よう見真似で漁をしますが、なかなか魚が獲れません。
父親が3匹目の魚を獲ったところでサルオは訊ねました。
「父ちゃん、一体どうすりゃ魚が獲れるんだい?」
その時、大きな波がサルオの父親を飲み込んでしまいました。
波が去った後、そこにはサルオの父親の姿はありません。
さっきまでそこにいたはずの父親がいないのです。
「あれ?父ちゃん、どこ行ったの?・・・父ちゃん?」
いくら呼んでも、いくら探しても、
サルオの父親はサルオの前に姿を現しませんでした。
夕暮れまで待っていましたが、
「そうか、父ちゃんは先に山に帰ったんだ。」
そう思い、サルオは父親が獲った3匹の魚を持って山に帰りました。
しかし山に帰っても父親はいません。
「そうか、父ちゃんはまだ魚を獲ってるんだ。」
次の日もサルオは海に行きましたが、父親はいませんでした。
次の日も、次の日も、そのまた次の日も、どこにも父親はいませんでした。
「そうか、父ちゃんは海に食われちまったんだ・・。
今日からおいらが魚を獲らなくちゃ。」
サルオは胸がギュウっとなりましたが、
母親と弟達の為に漁を始めました。

やがて魚の獲り方を覚えたサルオは、
弟を1匹だけ連れて漁に出かける様になりました。
まず道具の作り方を教えて、それを覚えたら魚の獲り方を教えました。
その弟が自分で魚を獲れる様になると、
今度はもう1匹の弟を連れて行き、また順番に道具の作り方から教えました。
次第に弟達が増え、
いつしか自分達で漁を教えあう様になっていました。
それでもサルオは、毎日同じことを弟達に教えます。
「海は怖いぞ。大きな波には勝てないぞ。
海に食われたら戻って来れないぞ。」と。
そして毎日の漁が終わると必ず魚を1匹だけ海に戻すのです。
そんなサルオを見て弟達が尋ねました。
「兄ちゃん、せっかく獲った魚をどうして海に戻すんだい?」
「これは父ちゃんの分だよ。」
「父ちゃんって・・どこにいるんだい?」
弟達はキョロキョロと辺りを見渡しました。
「父ちゃんは海にいて、おいら達を守ってくれてるんだよ。」
弟達は海を覗き込みましたが、そこには誰もいません。
サルオが山に帰ったので、弟達も山に帰りました。

それから何年もたちました。
サルオにも子供が生まれ、弟達にも子供が生まれ、
その子供達にも子供が生まれ始めました。
サルオは随分と年老いて、この頃は体も動かず漁にも出られませんが、
家族の誰かが魚や食べ物を渡してくれます。

ある星の綺麗な夜のこと。
サルオは体の調子がとても良くなったので、
久しぶりに海に出かけました。
月が明るく照らす海はとても穏やかです。
波の音が静かな子守唄の様です。
その時、サルオの目に1匹のサルが見えました。
こんな夜中に漁をしています。
「誰だ、こんな夜中に漁なんかしてるのは?危ないぞ、
海は怖いぞっていつも言ってるだろ!」
サルオの声に、そのサルが振り返ります。
サルオは驚きました。
「え?・・・父ちゃん。」
それはサルオの父親でした。
「父ちゃん、何やってんだよ?こんなところで!」
サルオが近づくと父親は朴訥に言いました。
「魚の獲り方を教えてやるよ。」
サルオは昔に戻って父親の後を追いかけました。
言いたいことも、聞きたいことも山ほどありましたが、
2匹はただ黙って一緒に漁をしました。
静かな静かな夜。
こんなに優しい海は初めてです。
夢なら覚めないで欲しい・・サルオはそう思いました。

しかし、それはサルオが見た夢でした。
星の綺麗な夜に見た短い短い夢でした。
そしてサルオは二度と夢からは覚めませんでした。

その日も弟達は漁をして、
漁が終わると魚を二匹だけ海に戻したのでした。


おわり
コメント
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