亡くなった政治家の宮澤喜一さんの文章について・・・
元米国国務長官キッシンジャー博士のことを、
「実務家としての手腕ともう一つ、
相手の立場になってものを考える『エンパシー』
(共感、感情移入)といわれる能力がある。
彼はユダヤ人だが、その種の能力は多分ユダヤ人と、
それから日本人だけが持っている特質ではないか。
生粋の英米人は自分の思想なり信仰なりが強く出すぎて、
相対的なものの考え方を認めない」
・・宮澤著・戦後政治の証言から・・というもの。
まぁ、これは宮澤さんの個人的感想なのは勿論だけど、
ふーん、彼はそう思ったのかぁ、という感慨はある。
前に「共感」というタイトルで書いたことがあったけど、
同感ではない“共感”は感情を持つ人間として、誰にでもあるものかと思うけど、
「自分の思想、信仰が強く出すぎて・・・」
というように、物事についての自分の考えが正しい!と突っ張るから、
物事ではなく、感情の共感の部分を消してしまうことになるのではないかと思う。
でも、それが日本人とユダヤ人の特質かどうかは、私は知らないんだけど、
何故かいろんな場面でユダヤ人と日本人とが並んで出て来る文章を見ることがある。
これがどうしてそうなのか疑問があった。
その謎はユダヤ人とか日本人という人種がどうのこうの言う前に、
言語の在りようなんじゃないか・・・がちらっと浮かぶ。
言語が人に与える影響は計り知れない。
血統的に生粋のイギリス人やフランス人、中国人であったとしても、
日本語で育ったら、その人は日本人的になるんじゃないだろうか・・・
元米国国務長官キッシンジャー博士のことを、
「実務家としての手腕ともう一つ、
相手の立場になってものを考える『エンパシー』
(共感、感情移入)といわれる能力がある。
彼はユダヤ人だが、その種の能力は多分ユダヤ人と、
それから日本人だけが持っている特質ではないか。
生粋の英米人は自分の思想なり信仰なりが強く出すぎて、
相対的なものの考え方を認めない」
・・宮澤著・戦後政治の証言から・・というもの。
まぁ、これは宮澤さんの個人的感想なのは勿論だけど、
ふーん、彼はそう思ったのかぁ、という感慨はある。
前に「共感」というタイトルで書いたことがあったけど、
同感ではない“共感”は感情を持つ人間として、誰にでもあるものかと思うけど、
「自分の思想、信仰が強く出すぎて・・・」
というように、物事についての自分の考えが正しい!と突っ張るから、
物事ではなく、感情の共感の部分を消してしまうことになるのではないかと思う。
でも、それが日本人とユダヤ人の特質かどうかは、私は知らないんだけど、
何故かいろんな場面でユダヤ人と日本人とが並んで出て来る文章を見ることがある。
これがどうしてそうなのか疑問があった。
その謎はユダヤ人とか日本人という人種がどうのこうの言う前に、
言語の在りようなんじゃないか・・・がちらっと浮かぶ。
言語が人に与える影響は計り知れない。
血統的に生粋のイギリス人やフランス人、中国人であったとしても、
日本語で育ったら、その人は日本人的になるんじゃないだろうか・・・