ムカデとことこ

 ひとが幸福になること・意識の成りたち・物理と心理を繋ぐ道
       ・・そんなこと探りたい

エンパシー

2012-11-13 14:18:37 | 新聞を読んで
亡くなった政治家の宮澤喜一さんの文章について・・・

元米国国務長官キッシンジャー博士のことを、

「実務家としての手腕ともう一つ、

相手の立場になってものを考える『エンパシー』

(共感、感情移入)といわれる能力がある。

彼はユダヤ人だが、その種の能力は多分ユダヤ人と、

それから日本人だけが持っている特質ではないか。

生粋の英米人は自分の思想なり信仰なりが強く出すぎて、

相対的なものの考え方を認めない」

・・宮澤著・戦後政治の証言から・・というもの。

まぁ、これは宮澤さんの個人的感想なのは勿論だけど、

ふーん、彼はそう思ったのかぁ、という感慨はある。


前に「共感」というタイトルで書いたことがあったけど、

同感ではない“共感”は感情を持つ人間として、誰にでもあるものかと思うけど、

「自分の思想、信仰が強く出すぎて・・・」

というように、物事についての自分の考えが正しい!と突っ張るから、

物事ではなく、感情の共感の部分を消してしまうことになるのではないかと思う。

でも、それが日本人とユダヤ人の特質かどうかは、私は知らないんだけど、

何故かいろんな場面でユダヤ人と日本人とが並んで出て来る文章を見ることがある。

これがどうしてそうなのか疑問があった。

その謎はユダヤ人とか日本人という人種がどうのこうの言う前に、

言語の在りようなんじゃないか・・・がちらっと浮かぶ。

言語が人に与える影響は計り知れない。

血統的に生粋のイギリス人やフランス人、中国人であったとしても、

日本語で育ったら、その人は日本人的になるんじゃないだろうか・・・



叶っている

2012-11-13 14:00:48 | ひとの幸福
願う前に叶っている。

前にも書いたけど、頼まれもしないのに、対向車は私の車に突っ込んでこない。

福岡伸一先生は私から頼まれもしないのに「動的平衡」を書いてくれた。

山中教授も頼まれもしないのに研究してくれている。

それ以外でも、会ったこともない人のたくさんの著作、たくさんの人がした事、それらの存在は

私が願う前にその願いが叶っている、と表現してもいいんじゃないか。

私の周りにあるモノ、以前に読んだ本、着た衣類、会った人、使った道具、

みんなみんな、私が読みたい、着たい、会いたい、使いたい、そうしたい、と願う前から在った。

・・ということは、顕在意識で願わなくても叶っている。

この地球上に私以外の人が当たり前にたくさん居ることで、願いは叶っている。

私はそういう人たちで出来ている。

私が完全に幸福になるには地球に居る全員が幸福になることかと思う。


自然に

2012-11-13 09:35:31 | ひとの幸福
車の運転は意識するとおかしくなる。緊張状態になる。

歩くのも、運転も、意識してやるもんじゃない。

そうしようとなれば、自然に手足が動いてしまうもんだ。

自分の動作をいちいち意識するのはとても不自然。

誰も見てなかったら、自然にスムースに行くのに、見られてる、と思うとそうなる。

でも、見られてると思うと、なんでそうなるのか?

見られてると思うと「ちゃんとやらなきゃ」ってなる。

自分が自分を見張り始める。

意識するってことは、うまいこと行かないってこと。

監視されたら、自分の力を発揮できなくなる。

自分の力 は 自然の力。

フィギュアスケートで浅田真央選手が少女だった頃、

ホントに屈託なく、自然に伸びやかに滑ってたように思う。

それから、成長して、失敗した時、周りの期待もあって、

“転ばないでちゃんとやらなきゃ”が台頭して来た・・・のかな

そうなったら、転ぶ転ぶ・・転んでばかり。

身体は心に忠実。

転ばないように、と思うことが転ぶことに繋がる。

さんざん練習して、もういいや、やるだけやった、

後は天に任せて・・楽しく滑ろうっていうようになると、

転ばず滑れたりする。

転ばないようにと意識する・・ということは

観察者である自分が実行者の自分を転ぶものとして扱っているということだ。

~として扱うと~となる・・・量子論通りである。