令和2年9月5日
[変われ 変われ もって循環の道に叶え]
(循環シリーズ❸)
コロナのパンデミックで、隠れていた人間の差別性が洗い出されています。
しかし、一方では豪雨による被災地にはコロナにも関わらず、ボランティアに馳せ参じる人も大勢います。
デカップリングて?これはコロナの影響で、コロナにかかった人を責める人と、コロナで苦しむ人を助けて共感する人に二分されることをいうようです。
世の中には、人の数だけ意見があるといった人がいます。確かにそのようにいえますが、天地は人間関係の分断を喜びはしないでしょうが、なかなか人のために生きる境目が見えません。
どんな時代相であっても、分断よりも共感共生こそ嬉しさと楽しさがうまれてきます。これは循環しているからです。
体内も循環のめぐみにあります。
心臓を出た血液は一定の速度で流れています。これを体循環(大循環)といいます。
心臓ー大動脈ー動脈〜毛細血管ー静脈ー大静脈ー心臓の一連の流れです。
これを3秒から〜4秒でおこなうのです。
体外の人間関係のもつれた事情を、さらにもつれさせるのが日常の生活、まさに体内に天地の循環の具体的姿がありました。
私たちにゆるされているのは、わずか3秒から4秒のみ、
『サッさと片付けて』変われ、変われ、といわれてますね。やります。!
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