天と地の 不思議な時間 立冬哉
(立冬に限らず天と地には不思議な時間が存在するようです)
今年の立冬→2021年11月7日04時59分、二十四節気の一つ、十月節(旧暦9月後半から10月前半)。
現在広まっている定期法では太陽黄経が225度のときで11月7日ごろ。
暦ではそれが起こる日だが、天文学ではその瞬間とする。
期間としての意味もあり、この日から、次の節気である小雪前日までである。
秋が極まり冬の気配が立ち始める日。
『暦便覧』では、「冬の気立ち始めて、いよいよ冷ゆれば也」と説明している。言い換えれば秋の極みといえ、実際多くの地域ではまだ秋らしい気配で紅葉の見時はまだ。
秋分と冬至の中間で、昼夜の長短を基準に季節を区分する場合、この日から立春の前日までが冬となる。
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2006年11月7日、15年前に起きた竜巻「佐呂間竜巻」。
戦後、竜巻としては日本最大の被害が起こりました。
北海道佐呂間町竜巻災害、2006年11月7日午後1時30分頃、北海道常呂郡佐呂間町若佐(旧若佐村地域)の国道333号新佐呂間トンネルの工事をしていた作業員用のプレハブ小屋周辺で、竜巻が発生し、9人が死亡した災害である。
戦後日本の竜巻による被害では最悪の死者数。
気象庁は、竜巻の規模について、当初は暫定的に「F2」以上と発表したが、被害の状況から、「F3」以上ではないかという見方も強かった。
その後の調査で「F3」であると発表がされた。
なお、気象庁のF3発表の前に北見工業大学土木開発工学科教授(構造工学)の大島俊之は、調査の結果、瞬間風速が毎秒83mに達することが判明、「F3」であると発表していた。
死傷者が多数出た若佐地区では、新佐呂間トンネルの掘削工事が行われており、ちょうど被害の出た場所に作業員用のプレハブ小屋が3棟建てられていた。
そのうちの2棟が屋根もろとも突風に吹き飛ばされ、倒壊した。
当時、多数の作業員が会議のため、プレハブ小屋の2階にある会議室に集まっていたことが、9人の犠牲者を出す結果となってしまった。
死因はいずれも竜巻災害に典型的な脳挫傷である。
一方で、住宅地にも甚大な被害が出たにもかかわらず、当該住宅地の住民の被害はけが人が9人出ただけであった。
これは竜巻発生当時、住民の多くが近所で行われた葬式に参加するなどして家を留守にしており、偶然にも竜巻被害を免れたためである。
現場では、大型トラックがいとも簡単に吹き飛ばされたり、まだ新しい家の屋根が吹き飛んだり、電柱も根元から倒れて吹き飛ばされ、被害のすさまじさを物語っている。飛散物は被災地から10km以上離れた地域にも多く落下した。
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立冬の日でしたが立冬とは言い難く生暖かい風が吹いていて、空模様が普通ではない状況でした。
天文学では立冬は2006年11月7日13時35分、佐呂間竜巻が起こったのは2006年11月7日13時30分頃でした。
天と地が不思議な偶然を起こしたようです。
そして竜巻が起きた佐呂間若佐地区は網走からも近く、直線で40Kmくらいです。
実家の札幌へ行くときは殆どこの道を通ります。
竜巻は空模様がおかしいときは気を付けなければいけませんね。