伊藤珍太郎「庄内の味」で鳥海山の特異な水として挙げられているのが山頂の天水、蕨岡登山口七合目の河原宿の雪融け水、そして蕨岡登山口の弘法水。次のように書かれています。志田さんとあるのは当時の大物忌神社の神職志田真鍬氏。
志田さんのいうように、鳥海山の特異な水として、まず山項の天水をあげねばならぬであろう。二、二三〇メートルの高所で大きな桶に雨水を貯めたもので、この水でつくった味噌汁のうまさは、下界ではとんなにしても及ばぬ味であると志田さんがいう。高きを登りつくした疲れや乾きが、まずいものなしの受入れ体調にしているのではないかと疑う人もあろうが、高層天水にふくむ有機物質の科学的分析がだだの水ならぬ由来を究明しそうな気がする。次には、飲み水というわけでないが、蕨岡登山口七合目の河原宿の雪融け水が東北第一の高山らしく、手足をひたせはビリビリしびれをおほえる冷めたさ、大正のはじめの頃までは、登山の行者はすべてここで水垢離をとって、肉体にお山詣での神厳さを自覚させたものであった。
蕨岡登山口二、三合目のあたりには、弘法の水がある。弘法大師登山の折、金刷杖で山肌をたたいたところ清水が湧き、手にすくえば甘露の味わいであったと伝える。むかしからこの弘法の水は登山者のオアシスであったが、近頃は登山路のつけ替えで山かげにかくれて知る人のみ知るものとなりつつある。
この本は昭和49年の発行ですが蕨岡口登山道の付け替えがあったことを教えてくれているのは他では見ないことです。蕨岡登山口なんて現在言う人もいませんね。湯ノ台口、湯ノ台コースと呼ばれるようになってしまっています。
陸地測量部 鳥海山大正二年測圖昭和九年修正より
上の地図、蕨岡道は旧登拝道が載っています。横堂から下る赤滝の大澤神社も正しく掲載されています。
何時も紹介している太田宣賢「鳥海山登山案内記」にもこうあります。
蕨岡口には山中沿道至處冷泉淸流に富む祓川牛御堂駒王子弘法水水呑箸王子白絲瀧川原宿大雪路小雪路等にして皆淸冽渴を醫するに足る
現在では場所が特定できないものもありますが弘法水もそのうち場所不明となるかもしれません。箸王子(現横堂)に水場が?と思うかもしれませんが旧来は横堂から右に登り、赤滝の源流が当初の水場、その後鳳来山の少し下が水場となったということです。川原宿の雪融け水に飛び込む話はこの「鳥海山登山案内記」、斎藤清吉「山男のひとりごと」にも登場します。
僅かに残っていた弘法水の写真。手振れがひどいので小さな写真にしておきます。蕨岡口旧登拝道駒止から入って少々進んだ所。言われないとわからないかもしれません。弘法水については大江進さんの木工房オーツーに詳しく載っています。鳥海山の湧水の事ならこの人の右に出るものはいません。
そういえば山頂の社務所の前の天水桶にビールを浮かべておいたら盗まれたことがありました。山頂では食自中に登山靴を盗まれた人もいましたし、御浜の天水桶に手突っ込んでトイレから出た後の手を洗うものもいましたし、山中でマウントとる親父はいっぱいいるしで登山者は悪人がかなりの割合でいるようです。良い人ばかりが山に来るわけではないですね。