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連載小説『フォワイエ・ポウ』(21回):4章「新たな展開」(本田の感じる幸せとは?)

2006-04-19 11:06:50 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
(カラオケを用意しろ、カラオケの機械を入れよ!)
と、本田に直接提案する若者2人がいる。
初めて訪れた店にもかかわらず、ことのほか、宮島は本気になってマスター本田に向かって『団体予約』の申し込み願いを始めていた。
彼らと交わす会話の中、わずか数十分の間の本田の心は、久しぶりに活き活きと躍動していた。感じ、思い、考え、短時間にまとまった感想がめくるめき、それらの事柄はようやく整理できた。整理できた後、ある結論に到達しようとしていた。
(・・・以上、前回4月14日掲載分・・)20回掲載をご覧になりたい方は、こちらから入れます。

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4章

1(新たな展開)

(1)―3

本田の気分はすこぶる爽やかで、超優秀な若者として敬意を表していた。くわえて理由や動機の如何を問わず、何故かこういう若者が当店を訪ねてきた現状を喜んだ。優秀で、ものの道理がわかる、上品で、且つ他の客に迷惑をかけない上質な客の来店を、心から望んでいた。

バレンタインの12年ものは、安くない。
2人の学生は、このけっして安くない酒をきっちりと1杯だけ飲んで、話の内容はまとも、しかし話し方はまるで、関東漫才のごとくに歯切れよく、面白く可笑しく大げさに、必要な話しを放ちばらまき、30分も過ぎれば申し合わせたように、マスターに再会を約束し、笑ってにこにこ勘定を済ませた学生2人は店を引き上げた。

学生諸君がスマートに引き上げた後、本田は再び、いや、ようやく五反田と小林のカウンター前に移動した。

「先生、さすがですね。あの学生さんたち、初めて来られたのですよね。今夜は、ぜったいに楽しんで帰りましたよ!」
五反田から口を切った。
「ごめんなさい、お待たせしちゃって・・」
「いいえ、大丈夫です。2人でしっかりお話し楽しんでましたから、でも、勝手にお隣の席の会話も聴かせていただいてて、先生をお待ちしながら、もう、すっかりいつもの二倍ほど、楽しみました」
「ありがとうございます。ところでさ、五反田さん。先ほどの話し、お差し支えなかったら、もう一度聞かせて下さいな・・・」
「はい、いや、実は単純な話なんです。私達の会社の社員仲間も是非、ここに来てみたいと言っているのがいましてね。ですから今度、そんな仲間を一緒に連れて来たいのですが、宜しいでしょうか」
五反田は真面目に、真剣に質問した。彼女には彼女なりに、こういう質問をしなければならない理由があった。
ちょうど1年前に、話はさかのぼる。五反田は、社内の研修を受けず独学で、昨年の冬の旅行取扱い主任者試験に合格した。最もビジネススクールには通った。しかし、詳細抜きの合格結果のみ、彼女の勤務するセクションはもとより、当然ながらJGB広島支店全体に、五反田が合格したホットニュースは、流れた。
「いつ、どこで、五反田は受験勉強していたのか?」
そんな社員仲間の質問に対し、五反田は素直に答えていた。
ビジネススクールに通っていた事実、本田という素晴らしい講師に恵まれ、自分自身の学習意欲が増幅された事。などなど、社内で求められた質問と質問者に答えていた。限られた範囲ではあったが、ビジネススクールで、本田が講師を始めた事実は、彼女の社内で広まっていた。そんな本田の講義を受けてみたい、と思い始めた若者も、少なからず五反田の勤務する社内にいた。
そんな本田が、こんどは夜の商売をはじめたと言う。
その情報は、小林美智子から五反田に流れた。この本田の情報は、五反田の仲間内にも伝わった。つまり、講師としての本田に興味を持っている人間にも、伝わったってしまった。
「だから、本田先生に是非会ってみたい。なんて云う、先生のフアンが我が社内にいまして、『そんなバーだったら、行ってみたい。連れて行って欲しい』等と言って、先生にお会いしたがっていまして・・・」
「あ~、そんな事でしたか・・・」
一寸迷ったが、本田は即答した。
「ウム、そうか。そうですか。構いません、どうぞその方たちとご一緒に、お越しください」
意外にあっさりと、本田は答えた。
「あ~うれしい。みんな喜ぶと思います。今度一緒に来ますから、できたらそれまでにカラオケを入れて於いてください。あ、ごめんなさい、先ほどの学生さんの真似しちゃいました」
カラオケを入れたくなかった開店前のコンセプトを引きずっていた本田は、今夜、ようやくカラオケを入れようと考え始めた。
ビジネススクールの教室がバーのカウンターに変わった。講師と生徒という立場が、マスターとそのお客という立場に変わった。わずか二年であるが、時間が進み、変わった。
五反田恵子はあらためて、講師としての本田を思い出し、当時の感想を酒の肴に本人の本田に話していた。ここはしかし、五反田が自分から話したというより、五反田が話し良いように本田が誘導した。といった方が、より正しい。
「本田先生の雑談がことのほか楽しかったのです。みんなそうだったと思います。雑談になれば、それは先生ご自身の体験談だったりして、お客様との実際のやりとり、旅先でのハプニング、聞かせていただくお話しのすべてが、たいへん興味深いものでして、今でも本田先生のお話をすると、わが社の若い職員は皆、一生懸命、私の話を聞いてくれます。何というか、話を切り出されるタイミング、その落しどころ。落ちが出ればさらに元に戻り、本筋であるべき講義内容への戻りかた、その関連性と話のタイミング、すてきなのです。これを全部組み合わせたもの、それってみな客商売につながるもの、旅行会社のスタッフに備わっていなければならないものなんです・・・」
「あら、わたしひとりでしゃべってしまって、もうしわけございません、ごめんなさい、本田先生・・・」
「ウム、なるほど、五反田先生、よくわかります。お話お聞かせいただいてありがとうございます」
「いやです、お許しください、そんなご冗談おっしゃって・・・」
本田は、うれしかった。
こうして一定の時間を経た今、教え子の1人から、こんな話を聞かせてもらえる本田。これを素直に「しあわせ」と思えるようになった本田が、カウンターの中にいた。
(人に、他人に、喜んでもらえる事、これが幸せなんだ。しばらく忘れていたが、思い出した・・・)
久しぶりに、本田自身の幸せの味を、味わった。

<・・続く(次回掲載予定=4月21日金曜日)・・>

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