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長編小説『フォワイエ・ポウ』(24回連載) 5章 「男のこだわり」

2006-04-28 10:17:15 | 連載長編小説『フォワイエ・ポウ』
<添付画像>
撮影:2002年8月
場所:シンガポール・チャンギ国際空港免税店前
撮影概要:思いがけずもシンガポール空港内でイタリアの名車「ドウカティ」を見かけたのでデジカメのシャッターを切った。この撮影の後、2ヶ月ぶりに関西空港に向け、帰国する。免税売店の前にDucati999が展示されていた。こんな怪物的シロモノ、空港を歩いている人の中、一体全体何人の人がまともに乗りこなせるのか?あれこれ考えながら次々発生する疑問を解けぬまま、首をかしげつつ撮影する。景品として、ドカティー現役2輪レーシングマシーンを進呈するらしい。小説「フォワイエ・ポウ」との直接関連性はないけれど、小説の5章のテーマ「こだわり」によせて、こだわりのレーシングバイクDUCATIと自分勝手にオーヴァーラップさせてみた。
実は、F1レースならびにバイク好きの読者に見ていただきたいのである。そう、フォワイエ・ポウの読者「Kenbou-7さん」に敬意を表して!・・・
当連載の冒頭には、4~5回続けてDucatiマシーンの画像を掲載したい。

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5章

1(拘りの刃物)

(1)

「今日は店まで歩いていこう」
「ぶらぶらと、たまには街を歩くのもいい・・・」
6時には店に入っておきたい。それまでに、途中のデパートの台所用品売り場に立ち寄るつもりでいた。今日は珍しくも、自からショッピングするつもりでいた。
いつもの自転車は事務所に置いたまま、いつもより早めに事務所を出たのは午後3時45分。完全な日没までには、まだまだ1時間以上の時間はある。
ジャケットを引っ掛け、マフラーと手袋をつけたものの、暖房の入っている事務所を出たとたんに急激な温度変化を感じた。
「ウー、さすが寒いぜ、なんだかよく晴れているなあ、今日は特に・・・」
今日はいつもとは違っていた。コートを着用しないで夜の店に向かう。自転車に乗っていると、コートの長さはむしろ邪魔になり、自転車を運転するのに不都合であるからだ。しかし、今日は自転車に乗るのではなく歩くわけだから、いつもとは状況が違う。
(ま、いいか、わずかな距離だからこのまま歩いていこう)
事務所ビルの外に出た本田は、コートを取りに戻ろうかと思ったが、そのまま歩きはじめた。飲み屋の仕事は立ち仕事であるから、けっこう足が疲れる。がしかし、歩いて疲れる足の疲れとは、疲れの性質が違う。
(歩くのもいい、ときには、しっかりと歩かねばならん!)
と、自分に言い聞かせながら、早足に歩き始めた。こうして歩けば、いつもとは違った風景に視線が向いていた。
閉め切られた事務所内の濁った空気から開放され、さらに歩きながら感じていた。
(わかる、自分の体が酸素を求めている。半日近く事務所に立てこもっていてはいけない!)
(今日は歩いて、歩いてそして、身体に酸素を取り込もう!)
酸欠状態になっていた身体全体に、空気中の酸素が肺から血液に溶け込み、血管を伝わって体の全体すみずみまでに送り込まれる。酸素が注入された身体の活力はよみがえり、おのずと気分はすがすがしくなる。酸素補給の必要性がわかったら、冷たい空気を深呼吸で吸い込みたくなる。冷たい外気にふれるのに、ようやく抵抗感のなくなった本田は、歩きながらの深呼吸も自然のしぐさとなり、思わず空を見上げていた。
瀬戸内沿岸地方の冬、雪が少なく、よく晴れ渡って湿っぽくない。
師走の乾燥した夕空は、抜けるように青い。
西方向のビルの谷間に見え隠れする山間の空をながめれば、そのまま宇宙まで突きぬけるように晴れわたり、照度の高い茜色の空間は分単位で変化し、変わる色彩はサーモンピンクと真紅の色模様に転じながらも、照度の低い群青の色彩に取り囲まれ、いよいよ全体の照度が落ちていく。
今日も日が暮れていく。
(寒い!今夜の星は、かなりきれいに輝くだろう・・・)
(群青色の夜空か、もうしばらくすれば、今夜は特にたくさんの『冬の星座』がちりばめられるにちがいない。閉じこもった店の中で、今夜も呑み助の相手するのか)
(落ち着いて夜空も眺められないぜ・・・)
まもなく日の暮れる快晴の夜空を想像し、絵を描きながら、本田は師走の雑踏を足早に歩いていた。
(やはり、いつもの年と、いつもの師走と、街の様子が違うんだよなあ・・・)
人通りの多さは、変わらない。
しかし、毎年恒例のジングルベルの雑音騒音は、繁華街では聞こえて来ないのだ。
昭和62年の初秋に『昭和天皇ご重態』と発表された後、日本国民こぞってお祭り騒ぎをひかえ、年末にいたっても表立った祝い事、個人はともかく組織や会社ぐるみでの忘年会騒ぎなど、自主的に?あるいは傍目に気を使ってかどうか、とにかく控えに控えていた。
この年末に於ける控えめな繁華街の騒音、ジングルベルの雑音の低さも、控え目な範疇にあった。大型の忘年会が消滅している夜の街のビジネスも然り、昭和天皇ご重態に配慮した自主規制のあおりを食っていた。客足少なくはかどらず、当然ながら夜の街の商売はふるわなかった。
しかし自覚症状のないその業界の人物が約1名、いた。
それは誰か。すなわち、比較対象となる実績を持たない本田幸一であった。夜の業界に足を踏み入れたその年、これが昭和の終り、すなわち昭和時代最期の師走が、最初の師走であった。

街中に騒音を撒き散らさない、聞き飽きた『ジングルベルの曲』の代わりに、本田は『ホワイトクリスマス』のメロディーを口ずさみながら、ゆっくりと目的地に向かって歩いていた。すでに本田の時代はビンクロスビーではなかった。物心つく前に78回転のレコードから流れ聞いていたビンクロスビーの声、歌い方、テンポとバックバンドの古めかしさは、全て本田の記憶にあった。かわりに、アンディー・ウイリアムスの声質が、本田の脳裏を駆け巡った。くわえて、古式豊かな大きなマイクロフォンの前で歌っているアンディー・ウイリアムスの姿が、目の前にちらついていた。
(自分は不謹慎だろうか?この昭和天皇ご重態の折に・・・)

ホワイトクリスマスのメロディーが2度ほど繰り返された頃、目的地に到着。わき目も振らず、エスカレーターに乗って5階の日用品売場へ直行する。刃物を置いているショーケースの前に到着。デパートの店員に、いちいち場所を聞く必要はなかった。本田はすでに2週間前に下見をしていた。何がどこにおいてあるか、そして目的の商品は、価格は?品質は?用途は?何がベストなのか?何を買うか?ほぼ決定していた。2週間前の下見の時、あれこれ見れば見るほど本田の欲しいものはたくさんあった。全部欲しかった。買いたくなった。予算や経費の計算など、良い商品を観て欲しくなったら関係なくなり、分別のない子供の心になりかかってしまった。
ようやく商売は、始まったばかりである。十分に先が見えていない今は無駄使いしてはならない事くらい、理論的な判断はつく。だから我慢する。今すぐに必要なものと、たちまち必用でないものを選り分けようと決定し、ここは大人の分別をもって選り分けた。
(良いものを選ばなければ、すなわち本職用のものを買おう)
自分の腕前とは関係なく、いや、腕前以上の『よいもの』が欲しかった。
(プロ仕様の高級ペティーナイフ1本のみ、それだけを買おう!・・・)
いよいよ今日は、それを購入する日であった。

<・・続く・・>

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