ぶたころの愉快コレクション

近くの国営昭和記念公園の近況、アウトドア活動を中心に愉快を探していきたいと思います。

母に食事を食べさせる(+介護日記) の巻

2015年10月12日 05時05分00秒 | 日記
( 私の最寄駅、東中神駅が新しくなる工事が始まっています )



「 下で家事の合間にポメラで書いた日記 」



昨日は私の体調が悪く、少し喉が痛く、頭もふらっとしていました。

いつものように家事、介護は4時からスタート。


食事は三食食べてくれ、薬も服用してもらいました。

自分で食べさせると噛んで吐き出したり、量も少なくなるので、私がスプーンで食べさせています。

甘やかせている訳ですけどちゃんと栄養をとらなければ褥瘡にもなりやすくなるのでそっちを優先しています。


私は市販の風邪薬と栄養ドリンクを三回服用したらどうにか復活したようです。


前歯が折れて治療中なので右の奥歯で噛むことが多く、今まで痛いことが無かったこちら側がダメージを受けてそのせいで喉が痛いような感じなのかも知れません。
色んな所に支障が出てくるものです。


朝晩気温が低くなったので少しだけ温風ヒーターを使用し始めました。

先シーズン灯油を使い切り器具に残っているものだけになったので母の部屋のヒーターにDKの灯油も移しました。

DKはどうしても寒い日はエアコンを使うつもり。


母が風呂に入らなくなって、私だけの場合はシャワーにしていたらガス代が半分になっていました。
たぶん水道代も少なくなっているはず。


突然小学生の頃学校で 肝油ドロップ を食べていたのを思い出しました。

砂糖の粉が表面にまぶしてあるゼリーのようなものでした。
覚えていますか?

5歳下の妹の頃は缶でまとめて買うシステムだった?ような記憶が。



中学のころ、給食が無くて牛乳給食なるものがありました。
希望者だけだったと思いますけど牛乳を1本飲んでいたような記憶があります。


小学校の頃、大学芋を河野君に牛乳と交換してあげたことがありました。


河野君は大学芋の時、必ず交換に来ました。
別に私、大学芋が苦手な訳ではなかったのですけど、私は大学芋が苦手で交換してくれると思っていたようです。
ですから大学芋の日は牛乳2杯で給食を食べていました。


時々出てくる子供の頃の記憶。
コメント (2)
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