6月2日、「第18回阿蘇カルデラスーパーマラソン大会」が開催されました。
阿蘇のカルデラの中からスタートし、外輪山を走るもので、100kmと50kmのコースがあります。
その大会を始めて知ったのは、7年前、地雷廃絶を訴え、サハラ砂漠マラソンなどの過酷なレースで走り続けていたクリスムーン氏が参加したときでした。
熊本のボランティア団体がクリスムーン氏を招聘したのですが、その活動に参加したのが、私が地雷廃絶のボランティアを始めるきっかけにもなりました。
彼は地雷で右手、右足を失っていて、義足での参加です。
大雨の中、義足をぐしゅぐしゅといわせながら、13時間あまりかかって完走しました。
100kmを走るなんて、特別な人たちだろうと思っていましたが、応援に行って、あまりにたくさんの人たちが参加しているので、びっくりしました。
そのときは、100kmに500名、50kmに200名の参加で、中高年の方もたくさんいます。
中でも、女性でトップでゴールしたのが、坂本明子さんで私と同世代です。
小さな身体で、100kmを9時間ほどで駆け抜けてきたのです。
なんとすごい人だろうと思っていたら、その後、2003年9月には、なんと246kmを走るギリシャのスパルタスロン大会に参加していました。
その様子をテレビ中継でみましたが、想像以上にハードなコースでした。
阿蘇も坂道がありますが、高い山を越えなくてはいけないので、その高低差は比べ物になりません。
日中は真夏の暑さですが、ちょうど山越えをするときに夜になり、かなり気温が下がります。
途中、足や腰の痛みに加え、胃がけいれんを起こして嘔吐を繰り返し、食べ物を食べることができなくなり、体力を消耗してしまい、ふらふらしながら走っています。
見ている方が辛くなるくらいで、もう止めるだろう、これ以上は無理だろうと思っていたのですが、それでもあきらめずに走り続け、二位に30分ほど差をつけて、29時間07分44秒の新記録でゴールしたのです。
先日、彼女のことをNHKが取り上げ、番組を作っていたのを偶然みました。
スパルタスロンのあと、腰を痛め、走れなくなっていたようです。
腰椎すべり症で腰椎がずれて神経を圧迫しているのですが、身体を酷使したせいでした。
しかし彼女は、それでも走りたい、と治療を続け、今年、復活したんです。
4月の終わりには、熊野路を走る100kmマラソンに参加し、途中、やはり腰の痛みと胃痙攣に悩まされながらも、一位でゴールしていました。
さらに、今年もう一度、スパルタスロンに参加したいと家族に告げていました。
ご主人は、走ることには反対しないけど、なにもそこまでしなくても、と身体のことを心配されていましたが、坂本さんは、まだまだチャレンジしたいから走らせて、と説得されていました。
6月2日のマラソンでは、全部で1138人の参加者があったそうですが、そこでも坂本さんは9時間19分8秒のタイムで、100kmの女子の部で、3年ぶり8回目の優勝を飾っていました。
これから9月のスパルタスロンに向けてさらに過酷な練習が続くのでしょう。
普通だったら、もう53歳だからとあきらめてしまうのでしょうが、夢をかなえたいという彼女の強い思いがそうさせるのでしょうね。
彼女のハードな毎日を考えたら、私ももっと頑張らなくっちゃと改めて思いました。
阿蘇のカルデラの中からスタートし、外輪山を走るもので、100kmと50kmのコースがあります。
その大会を始めて知ったのは、7年前、地雷廃絶を訴え、サハラ砂漠マラソンなどの過酷なレースで走り続けていたクリスムーン氏が参加したときでした。
熊本のボランティア団体がクリスムーン氏を招聘したのですが、その活動に参加したのが、私が地雷廃絶のボランティアを始めるきっかけにもなりました。
彼は地雷で右手、右足を失っていて、義足での参加です。
大雨の中、義足をぐしゅぐしゅといわせながら、13時間あまりかかって完走しました。
100kmを走るなんて、特別な人たちだろうと思っていましたが、応援に行って、あまりにたくさんの人たちが参加しているので、びっくりしました。
そのときは、100kmに500名、50kmに200名の参加で、中高年の方もたくさんいます。
中でも、女性でトップでゴールしたのが、坂本明子さんで私と同世代です。
小さな身体で、100kmを9時間ほどで駆け抜けてきたのです。
なんとすごい人だろうと思っていたら、その後、2003年9月には、なんと246kmを走るギリシャのスパルタスロン大会に参加していました。
その様子をテレビ中継でみましたが、想像以上にハードなコースでした。
阿蘇も坂道がありますが、高い山を越えなくてはいけないので、その高低差は比べ物になりません。
日中は真夏の暑さですが、ちょうど山越えをするときに夜になり、かなり気温が下がります。
途中、足や腰の痛みに加え、胃がけいれんを起こして嘔吐を繰り返し、食べ物を食べることができなくなり、体力を消耗してしまい、ふらふらしながら走っています。
見ている方が辛くなるくらいで、もう止めるだろう、これ以上は無理だろうと思っていたのですが、それでもあきらめずに走り続け、二位に30分ほど差をつけて、29時間07分44秒の新記録でゴールしたのです。
先日、彼女のことをNHKが取り上げ、番組を作っていたのを偶然みました。
スパルタスロンのあと、腰を痛め、走れなくなっていたようです。
腰椎すべり症で腰椎がずれて神経を圧迫しているのですが、身体を酷使したせいでした。
しかし彼女は、それでも走りたい、と治療を続け、今年、復活したんです。
4月の終わりには、熊野路を走る100kmマラソンに参加し、途中、やはり腰の痛みと胃痙攣に悩まされながらも、一位でゴールしていました。
さらに、今年もう一度、スパルタスロンに参加したいと家族に告げていました。
ご主人は、走ることには反対しないけど、なにもそこまでしなくても、と身体のことを心配されていましたが、坂本さんは、まだまだチャレンジしたいから走らせて、と説得されていました。
6月2日のマラソンでは、全部で1138人の参加者があったそうですが、そこでも坂本さんは9時間19分8秒のタイムで、100kmの女子の部で、3年ぶり8回目の優勝を飾っていました。
これから9月のスパルタスロンに向けてさらに過酷な練習が続くのでしょう。
普通だったら、もう53歳だからとあきらめてしまうのでしょうが、夢をかなえたいという彼女の強い思いがそうさせるのでしょうね。
彼女のハードな毎日を考えたら、私ももっと頑張らなくっちゃと改めて思いました。