山岳ガイド赤沼千史のブログ

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BSTBSロケハン残雪の立山縦走5月9、10日

2014年05月27日 | テレビ出演

 連休の喧噪が去ってBSTBSのロケハンで立山を目指した。朝安曇野の我が家を出る時は晴れていたが、北へ車を走らせると空は次第に不安定な感じになって来てはいた。だが、アルペンルートを乗り継いで室堂に着いてみると外は激しい雷に見舞われちょっと面食らった。まさかここまでとは。1分間隔ぐらいで、ピシャ!ガラガラガラガラ~~~~、ゴッゴーンゴーンと空が唸る。空が裂けそうだ。風も激しく、霰もざんざか降っている。当然だが「こりゃだめだ!様子みましょう」と言うことになった。

 天気待ちをしていてびっくりした。最初はそれほどでも無かったのだが、立山室堂駅のロビーは次々に乗降口から掃き出される台湾人で次第に埋めつくされていく。雷で外の散策が出来ないから駅舎内は何処も台湾人でいっぱいだ。日本語を話している人がほとんど見あたらない。それはまるで中国の町にでも彷徨い込んだかのような錯覚に陥る。雪に憧れる台湾の人々にとって、世界一の豪雪地帯の一つである日本の雪は夢の様な世界なのだと思う。

「ほんとにあるんだ雪って」

「ねえねえ、冷たいよ」(想像)

なんて話しながら雷の合間に少しだけ外に出ては、降り積もったあられを手に取ってキャッキャとはしゃいでいた。無理もない。雪なんか全く降らない台湾の人には10メートルも降り積もる雪は想像を遙かに超えた世界だろうし、一生に一度だけの旅体験をしているのだ。

 結局この日は立山縦走などとても叶わぬ天候で、僕等ロケハン隊は室堂山荘に泊まることにした。

 ロケハン日程は二日間しかない。とても予定のコースは辿れないので早朝から直接別山乗越を目指した。朝一番はホワイトアウト状態だった。みくりが池周辺は誘導ポールが立ててあるので何とか行く先を定める事が出来るが、これがなかったら室堂は恐いところだ。うねった地形が白い闇に彷徨う僕等を翻弄する。次第に視界は開けてきたから良かったが、雷鳥沢辺りから目印が無くなるとホワイトアウトでの歩行は困難になっただろう。

 深いところで20センチ程積もった新雪を踏みしめて登る。広い沢を隔てた室堂乗越への尾根に単独登山者がトレイルを延ばしていく。まだ時々強風が吹いて辺りの新雪を激しく巻き上げ吹き飛ばしていた。僕等は今雪煙のまっただ中を登っているのだ。茶色くなりかけた春の残雪は全て新雪に化粧されて、今見える風景は厳冬期のそれと何ら変わらないであろう。遙かまで完璧な白銀の世界だ。朝日が作り出す雪面の陰影がこの上なく美しかった。

 別山乗越にある御前小屋でお茶を頂いて、カップラーメンをすすった。なんと美味いこと!

 稜線はまた別世界であった。一晩で成長したエビの尻尾が見る物全てに張り付いている。道沿いに立つ道標には30センチもの巨大エビの尻尾もあって、まるで伊勢エビの尻尾だ。あまりの美しい造形にカメラマンのSさんもついついカメラを回す時間が長くなる。風はまだ強いが風下の日だまりは5月の陽射しが降り注いで暖かいから、気分はとても楽だ。

 この日は時間の都合もあり別山から真砂岳へ縦走し、大走りを雷鳥沢に下山した。ようやくスキーヤー達があちこちの斜面に散らばって、存分に新雪を楽しみ始めていた。この日は土曜日だったが、ゴールデンウィークを過ぎればいよいよスキー板は物置にしまわれるのだろうか、広大な斜面には目をこらさないとスキーヤーを発見できない。邪魔する物は何も無い自分たちだけの為にしつらえられた無垢な斜面に、みんな気持ちよさそうにラインを描いていた。いいなあ。忙しさにかまけて、まったく滑り足りない今年の僕のスキーシーズンを思った。

 雷鳥沢に降りたって室同駅までを登り返す。何処の山にも大概あるのだが、この登り返しってのが辛い。まさしく不条理とはこのことだ。途中ハイマツの中に雷鳥のカップルに出会った。2メートル程で見るリラックスした雷鳥の姿が可愛かった。雄は時々尾羽をクジャクのようにめいっぱい広げ、それと同時に赤い肉冠もぱっと広げてみせる。一生懸命アピールしてるんだ。だけど彼女は素っ気なく反対側向いたりしている。まだだよってね。雄もそれを知っているのか、ぐっとこらえて健気に寄り添おうとしていた。時間を掛けて愛は育まれていくのだ。

ほら、どうだい?綺麗だろ?かっこいいだろ?

そうでもないわよ

え?マジで・・・・・・そんなわけないだろ!

まあもうちょっとね・・・・・頑張ってね!

はい・・・・・・グスンッ

 再び室堂駅に戻ると、やはり駅舎周辺は台湾人で溢れかえっていた。回復して暖かな陽射しを浴び、みんな楽しそうに雪と戯れていた。これから梅雨時までアルペンルートは台湾人様々なのである。