新型肺炎 人口2億6000万で感染「ゼロ」 インドネシアに渦巻く疑念と不安
アジアを中心に世界各地で新型コロナウイルスの感染が拡大する中、感染者が国内でまったく確認されていないのが、約2億6千万人の人口を抱えるインドネシアだ。国内にバリ島などの人気観光地を抱え、中国との往来は活発だが感染者はゼロ。政府は侵入防止策の成果を強調するが、額面通りに受け取る人は少なく、むしろ「検査体制の不備」を指摘する声が上がっている。(シンガポール 森浩)
■検査「すべて陰性」
「新型コロナウイルスはインドネシアには存在しない」
インドネシアのマフド調整相は7日、記者団にこう語り、防疫体制の完璧さを強調。「インドネシアは感染がないアジアで唯一の主要国だ」とも付け加え、自信をのぞかせた。
マフド氏の言葉通り、周辺国では続々と感染者が出ており、18日現在でシンガポールで77人、マレーシアで22人、オーストラリアで15人が確認された。横浜港沖に停泊しているクルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」でインドネシア人の乗員3人の感染が確認されたが、国内では見つかっていない。
インドネシア保健当局は感染が疑われる約100人を検査したが、「すべて陰性だった」と発表。感染の中心地である中国・武漢から帰国し、国内の島に隔離されていたインドネシア人285人についても感染者はないという。
地元メディアは根拠不明ながら、高温多湿なインドネシアの気候が感染拡大の抑制につながっている可能性を指摘している。
■「デング熱」と診断か
ただ、政府が誇らしげに語る「感染者なし」という結果に対して上がるのは、称賛ではなく不安だ。
英世論調査会社ユーガブの調査(1月31日~2月11日実施)によると、新型コロナウイルスが国や地域の公衆衛生に対する「主要な脅威だ」とした回答者は、インドネシアでは72%に達した。調査対象となった23カ国のうち、中国(77%)に次ぐ高さだ。
「シンガポールには厳しい(侵入を監視する)システムがあったが、新型コロナウイルスの侵入は防げなかった」と話すのは、インドネシア赤十字総裁でもあるユフス・カラ元副大統領だ。検査体制が劣るインドネシアに感染者は「いないわけはない」という主張だ。カラ氏は国内では「普通の発熱か、デング熱と診察されているのではないか」と分析する。
世界保健機関(WHO)などによると、インドネシアでは2005年以降、鳥インフルエンザ(H5N1型)感染で160人以上が死亡。感染症に無縁の国ではなく、不安が湧き上がるのも無理はない状況だ。
インターネット上には、地元住民のものとみられる「私たちは汚れに慣れていて免疫がある」との自虐的な書き込みも登場した。
■「祈り」の効果?
疑念を裏付けるように、米ハーバード大の研究者は論文で、飛行機の発着数などを検討した結果、インドネシアに未検出の症例がある可能性を指摘した。「検査体制を迅速に強化すべきだ」と提言している。また、豪紙シドニー・モーニング・ヘラルドは「インドネシアでは感染を迅速に検出する検査キットが不足している」と報じた。
こうした指摘に対して、インドネシア政府は憤りを隠さない。テラワン保健相はハーバード大の論文を「侮辱だ」と批判。「ハーバード大にはインドネシアに来るよう伝えてほしい。隠すものはない」と語気を強めた。
テラワン氏は、感染者がいないのは厳しい検査体制を敷いていることのほか、「祈りのおかげだ」とも発言。真意を問う記者の質問に「神に頼ることを恥じるのはなぜか。祈ることを恥じるべきではない」と応じ、国民が一体となって祈ることを呼びかけた。
■深刻な「検査体制不備」
検査体制の不備はインドネシアに限った話ではなく、ハーバード大の論文は、1件しか感染報告のないカンボジアについても検査体制の強化を求めている。
カンボジアは、ウイルスに感染した疑いのある乗客がいるとして日本などが入港を拒否したクルーズ船「ウエステルダム」をめぐり、「感染者はいない」として乗客の下船を認めたが、翌日に感染者が判明した経緯がある。下船した乗客らは既に世界中に散り、足取り追跡は困難となっている。
インドネシアの地元ジャーナリストは「検査能力不足が生むのは、感染者の拡散に他ならない。インドネシアは十分な検査能力を既に備えていると信じたい。私はそのことを神に祈っている」と話した。