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高浜3・4号機仮処分取消の福井地裁決定は重大な欠陥がある

2015年12月24日 20時09分12秒 | 法関係
クリスマスイブだというのに、時間がないので、取り急ぎ。


ニュースなどでも、福井地裁が再稼働停止の仮処分をしていた高浜原発について、前の仮処分を取消す決定を出したと報じられていました。

調べてみると、判決文が公開されていたので、ざっと読んでみました。

>https://dl.dropboxusercontent.com/u/63381864/%E8%84%B1%E5%8E%9F%E7%99%BA%E5%BC%81%E8%AD%B7%E5%9B%A3%E5%85%A8%E5%9B%BD%E9%80%A3%E7%B5%A1%E4%BC%9A/151224/20151224honbun.pdf


220ページを超える膨大な量ですが、要点を平たく言うなら、「示された基準に合格しているんだから、文句言うな、合格は合格だ」ということです。


しかし、福井地裁の林潤裁判長、山口裁判官、中村裁判官の判決には、重大な欠陥があります。
このような人たちが、本当に重大な安全上の問題を判断できるものなのか、大いに疑問があります。


根底から、安全思想と言いますか、事故防止の対策を考える上での常識の欠落があると思います。判決文の特徴的な部分が以下です。
判決文P.149です。


確かに、施設等の耐震安全性が確保され、求められる操作が実施可能であったとしても、危機時における人為的なミス等が生じ、求められる操作に失敗する可能性を否定することはできない。(中略)しかし、人為的なミス等の要因に対しては、最悪の事態を想定して訓練を繰り返すことで安全性を確保するほかないというべきであるが、施設等の耐震安全性自体が確保され、それを危機時に適切に操作するための教育・訓練が適時適切に実施されているのであれば、操作に失敗することを前提にして耐震設計に安全上の欠陥があると評価するのは相当とはいえない。そして、債務者は福島原発事故を踏まえ、最悪の事態を想定した教育・訓練を実施し、今後も適時適切に実施していく予定であることが認められるのであるから、今後上記のような失敗事例を踏まえ、訓練や定期的な検査を継続することが不可欠であることは当然であるが、危機時における人為的なミス等が生じる可能性があることを理由として、本件原発の耐震設計に安全上の欠陥があるということはできない。


そもそも福島原発事故は何故起こったか?
これを事業者にきちんと法廷内で説明させる必要があります。

他社の失敗だから、無関係だということにはなりません。「最新の知見の反映」を満たしていないからです。


少なくとも、「人為的ミスの発生があることを想定して、設計する」というのは、事故防止の基本です。
例えば、鉄道事故を防ぐには、人為的ミスがあるかもしれないから、「ATSを設置する」というのが、設計上の事故防止思想でしょう。旅客機であれば、「TCASを搭載し、これによる回避操作を優先する」というのが、ヒューマン・エラーがあったとしても重大事故を防止できる、という設計思想でしょう。


重大な損害をもたらすからこそ、危機時において「たとえ人為的ミスが発生したとしても、これを防止できる設計・施設・設備等がなければ運転できない」と考えるだけの理由がある、ということです。

福井地裁が言うのは、「事故はあったが、航空機の製造(強度・性能等)基準は満たしているのだから、別にTCASを搭載していない旅客機であろうとも、運航してもかまわないよ」と言うのと同じです。


しかも、今後、「パイロットの訓練する予定だから、運航しちゃってかまわないよ」ということで、パイロットの能力がそれで計れるものでもないのに、パイロットは大丈夫、と好き勝手に断定しているだけです。どこにそんな基準が分かるというのだ?


常識的に考えて、裁判官の言ってることは、普通じゃない。
防止措置が十分だ、と自分の基準で断定するのは、簡単だ。たとえ、それが人間工学だの事故防止対策の基本原則を踏襲していないものであろうとも、だ。


ヒューマンエラーが発生することを前提に設計できない、というのは、これがまさしく福島原発を崩壊に導いた最大要因だということが、まだ裁判官にすら理解されてないのだよ。

こんな連中に、司法審査を任せるという日本の裁判所というのは、どうなっているのだ?



個人的感想を許してもらえるなら、はっきり言って、判決で出した理由は、頭がおかしいとしか思えない。どうして、こんな低レベルなヤツラに委ねなければならないんだ!


※昨日記事タイトルが「福島地裁」となっており、間違えてしまいました。慌てていたので、福井とすべきところ誤ってしましました(まさしくヒューマンエラーの典型、笑)。訂正いたしました。



夫婦別姓問題の最高裁判決についての雑感

2015年12月17日 12時33分48秒 | 法関係
まだ判決文を読んでいないので、詳細は分かりません。後日読んでから、追加で記事を書くかもしれません。とりあえず、報道での大雑把な情報から、当方の思うところを書いてみたいと思います。


まず識者の反応みたいなことで言えば、残念というか、最高裁の合憲判断に失望したというような受け止め方が多いように思います。再婚制限の判断に比べてしまうということもあるかと思います。


別姓問題の難しいというか不利になりがちな部分は、自民党のような保守層の現行制度維持派がこの問題以外のことに関して、ネガティブな反応を引き起こしがちということかと思います。
現行制度に賛成している面子をチラっと見れば、「ああ、こういう人たちなんだね」というのが、余計に低評価につながっているのではないかということです。


一方、別姓を法的に認めるべきという進歩派的な方々は、男尊女卑的社会に対し反発もあろうし、女性の立場重視云々といった旧弊打破のイメージがあったりします。

同姓である必然性ということからすると、現実問題としてどうなんだろうな、というのはよく分かりません。ただ、自分が生まれ育ってきた環境下では、同姓が当たり前だった、そういうもんだと思って生きてきた、というなので、良し悪しは別にしてそういう世の中だったんだ、ということです。


恐らく、最高裁としては、社会の重大な要請がある、という状態にはなっていないから、司法が「こうしなさい」と規範を示すべき段階にはない、と考えたものと思います。別姓にするべきだ、という意見が大勢を占めるほどに合意形成が進んできたわけではない、ということかと。
そして、そのような国民の合意形成過程がない現状においては、司法が動かし難い最高裁判例をもって「こうしろ」と言うには至らず、合意形成過程の重要な役割と担うのは「立法府であるべき」(=よく話し合って国会が国民に問題意識を定着させ合意形成をするのが筋だろう、なのでまずは国会でやれ)ということで、結論を急がなかったものと思います。


なので、当方からすると、判決に失望という受け止め方ではなく、別姓問題そのものを「問題だ」と感じている国民はむしろ少数派であって、解決すべき問題なら多様な議論と合意形成過程を必要とするべき「社会的制度・慣習の大きな変更」と考えるのではないかな、と。今回、別姓を合法とするべき、という意見が多数出されてゆくなら、国会での法改正の契機となるのは間違いなく、それからでも「間に合うのではないですか」という判断だったのではないかと思います。
(当方の個人的印象でも、姓名については結構大きい変化だと感じます)


判決がどうという話を離れて、自分の感覚的なことを述べたいと思います。
まず、国民の大多数が姓を名乗るようになったのは、明治維新以降でしょうから、歴史的にどうというのは、まだまだ大したことがないかな、と。昔から姓があった家柄の人々と同じような感じで社会制度ができてきた、というだけでは。

有名な豊臣秀吉が顕著な例ですが、昔は改名なんてよくあって、そんなに重大にしがみつくべきことなのかどうか、というのは何とも言えないかな、と。男だから名前を変えられない、とかっていうのは、ちょっと違うのかもしれないかな、と。それに、婿養子だけでなく、養子を受け入れるのは珍しくもなく、姓が変わった男子は昭和以前には今以上に多かったものと思います。


日本で代々家名を受け継いできた人たちの場合には、結婚というのは女性がその「家」に嫁ぐということで、「イエ」制度が続いてきたという理解です。
この「イエ」制度が不当に女性を縛り苦しめてきたんだ、という見方があるのは分かります。しかし、古い制度が何百年か継続してきたのには、その社会において一定の合理性なり理由なり意味合いというものがあったのではないかなとも思えるわけです。


それは、今で言う所の「法人」格と似た制度である、ということです。法人というのは、例えば会社名がずっと存続し、中の人たちは代が替わればどんどん変わっていきますが、法人名は同じままです。「イエ」の制度は、そうした法人の継続とほぼ似たものではないか、ということです。

織田家という家名があれば、会社名と同じような役割をしており、嫡子は社長交代みたいなものかと。会社でも社長は代々替わりますが、会社は同じく存続します。織田家家臣の○○家老の誰、というのも、△△商事に勤務する総務部長の誰というのも、ほぼ似たようなものではないか、ということです。

そうした○○家、という家名なり姓というのは、法人格と似たもので、社長は1人しか認められないから、次男三男は外のイエに出されていたわけで、男子が改名したり養子に入れば、それでよかったということでしょう。中には家名が断絶するイエもあるし、会社の倒産や法人解散みたいなものと似た状態もあったわけです。

必ずしも現代に適合しているわけではないですが、「イエ」の制度にはそれなりの意義があったものと思います。ただ、一部の人に姓や家があった時と、姓を全員につけるようになった時代では、同じことを拡大適用しただけなのにうまく行かなくなる部分も出てくるかもしれない、ということかと。

そして、子だくさんだった時代と少子高齢化が進んだ時代では、これもまた同じ制度下であっても、うまくいかなくなることだってある、ということでしょう。こうした、「うまくいかなくなる」とか「改善した方がいい」とか「制度を変えるべきだ」という評価や意見は、人によって違いがあるだろう、ということなのだと思えます。


「うまくいかなくなっている」と主張する人々にとってはそうなのかもしれませんが、そう感じないという人も少なくないかもしれません。今のままでいい、とか、今の方がいい、と考える人たちだって、どのくらいいるのか分かりません。100年以上の存続・継続性を考えると、名前を変えて一つに絞った方が有利かもしれません。鈴木と佐藤の父母から子供が1人しか誕生しない場合、どんな名前を引き継ぐのだろうか?
海外では父母の名前を全部受け継いでいることがあって、もの凄く長い名前となっている人もいるから、日本もそうした制度にすべきということなのか?


色々と考えてゆくと、一概にどのような制度が優れているのか、というのは、分かり難いものかもしれません。
ただ、日本には古い時代から、氏姓を長期に渡り存続させてきた仕組みがあって、それは法人の名前を引き継ぐのにも似ており、屋号でも○○組とか○○屋みたいなのが何百年か存在し続けてきた、という実績があるわけです。

今の時代に合わせて変革すべきという面と、旧来の制度の「長く続いてきたこと」を利点として見出し、これを継続する方がよいという面と、様々かもしれないな、と。ひょっとして「うまくいかない」と感じたり考えるのは、ここ20~30年に特徴的な思考法なのかもしれず、100年後の時代にはやっぱりもっと古い時代の制度の方が良かった、と考え方が変わるかもしれないし。

資本主義は悪いんだ、だから、平等にする共産主義の方がいいんだ、という考え方が広まることもあったけれども、実際やってみると事前に考えていたように理想的とかうまく行くとは限らないってこと。社会が制度変更をやってみたら、予想と違ってうまく行かない部分ができたり、思いもよらぬ弊害や欠点を生じたりすることもあって、一時期の考え方だけに縛られてもダメかもしれない、ということはあるよ、と。


なので、議論というのは、多くの人の考えを聞いてみたりしないと、思わぬ結果を招くかもしれず、社会がそれでもなお「変えたい」という合意があって挑戦する決断をするなら、法制度なり社会制度なり新たな慣習としてそれをやってみたらよいのではないか、ということでしょう。


簡単には正解なるものを言うのは困難であり、社会全体が直ちに結論を出すのは難しいものである、ということかな、と。司法にこれを負わせるべきとも言えない、ということだろうと思いました。



昭和43年最高裁判例を誤用する訟務局

2015年12月06日 18時01分21秒 | 法関係
先日にも指摘したが、国の訴状や釈明を書いた人間たちは、詭弁しか思いつかない程度なのであろうか。根本から間違っているとしか思えない。

争点その4>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/6285ad6c968ae5b68fe319db1ccd4eeb


また喩え話で申し訳ないが書いてみる(スマン)。

悪代官:
「お前の娘の首に短刀が突き付けられているだろう?娘の命が惜しいだろう?だったら、てごめにされることを受け入れればいいのだ。わかるだろう?オイ、手下1号、娘の首に刃を押し当ててやんな。ホラホラ、娘の命が危ないぞ~~?」

母親:
「お前のような卑劣な下郎の言いなりになどなるものか。死んでもいやじゃ」

悪代官:
「そんなことを言うていいのか~?娘が苦しんどるぞ?娘の命とお前の体、どちらが大事なんだ~?娘の命がなくなってもいいのか~?んん??グェグゲゲエ」


国の言い分は、まさしくこういうのに匹敵している。
不利益を比較してみよ、と求めているわけだが、娘を人質にして、母親が強姦されるか娘の命かを選ばせるという、比較するべきでないものを比較して選ばせるも同然だということ。これを、不公正と呼ばす何と呼ぶ?

解決策としては、娘の命を危うくしているものは明らかだ。「首に押しあてられた刃」である。これを取り除けば、簡単だ。娘の命は助かる。
そして、母親も強姦を選ぶ必要などない。


普天間周辺が犠牲になるか、辺野古が犠牲になるか、どちらか選べ、という設定自体が不当である。娘の命か、母親の強姦か、の択一と同じようなものだ。

しかも国は、知事には基地の配置などを審査する権限がない、と主張しているのであるから、普天間に置かず辺野古に置いた方がよいなどという比較考量はできない(すべきでない)というも同然であり、矛盾している。


https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=144163

国側の釈明の要旨を読みました。
こんなに、あれこれ主張したかったのであれば、何故聴聞の時に言わなかったのでしょうか?処分をさせてからの代執行でトドメを刺すことを狙っていたからでしょう?聴聞を拒否した挙句、代執行裁判で言うというのは、法の悪用です。


案の定、米軍頼み、ですな。
国側の作戦は、焦点をごまかすこと、何が何でも「米軍基地と日米の条約」という統治行為論の方に話を持っていこう、というものです。

沖縄県側がこれに付き合っても意味はありません。話を散漫にするのは、無駄な官僚の頭数を抱える側の基本戦術です(人海戦術と呼ぶに等しいもの)。下らない作業をいくらでもできるから、です。
(ネットの炎上戦法にも似ている。書き込み集団を持つ側は人海戦術で優位となり、少数者は作業量で追い付けない)


沖縄県の答弁書ではどういう回答をしているのか分かりませんが、県側主張の組み立ての弱点を攻めてきているはずなので、大事な部分を維持するようにお願いしたいです。

まず、国の言う国防上の判断などについてですが、これは覆す論立ては難しいと思います。第三者委員会とか県側主張で、「こんなにたくさん基地があるのに辺野古に置く必要がない」というような米軍基地の是非論は、殆ど効果がないでしょう。



沖縄県側の主張としては、
ア)代執行の請求そのものが、要件を満たさず失当である
イ)憲法94条にいう「財産の管理」権限の行使である

をまず主張するべきと思います。

国は、これらについて、何らの具体的な記述がないので、ここは勝負できるものと思っています。

国は自分たちの得になる領域にしか自説を展開してこないので、そこを主たる争点として戦うのは、得策とは思えません。

原初の承認時点での瑕疵の存在、これについてですが、沖縄県側の取消処分における取消事由となっていますので、そこで示した理由全部の正当性を争うのは非常に厳しいと思います。
米軍基地の配置云々は、国のいう「専権事項*」の主旨は向こうに分があります。原則として知事にその権限がないというのは、覆すのは困難です。環境保護措置についての検討が不十分であった、という点は維持できるかと思います。憲法92条ないし94条規定で「埋立は拒否はできる」、を言うことは可能かと思います。

* 準備書面中で『当該米軍施設及び区域の配置場所を国防上、外交上の見地から辺野古沿岸域とすることは、専ら国によって決定されるべき事項』などと記載


仮の話ですが、取消処分そのものに一部理由の不備を言われてしまったとしても、いったん取り下げて訂正してから改めて取り消すことは可能であるので、国のいう処分が違法であるという説をまずはよく見てみる必要があるかと思います。
なので、県が示した取消理由のうち、失う部分があったとしても、それはやむを得ないと考えておく方が無難だと思います。そこを無用に頑張り過ぎても、裁判での印象が悪くなる可能性があるかと思います。


承認時点での手続上の違法の立論ですが、若干難しいかもしれません。が、
承認後の不当を言うことはできます。後発的瑕疵の存在は示せるかと思います。


◆埋立海域の権利関係について:
・本件海域の独占排他的な米軍の使用権原について存在が証明されてない
・制限海域の設定は平成26年7月の防衛省告示で、埋立申請より後日
・日米合同委員会の合意、決定は26年6月20日以降(国会答弁で19日時点で未定と回答)なので申請時には米軍の使用に供する区域でない
・沖縄返還協定文書の米軍使用条件や範囲にも一致しない

=土地収用法5条に掲げる権利の消滅・制限が合法的に行われた形跡がない


◆承認時点の不当について:(違法、までは言えないかも、若干弱い)
承認以前から、国のいう「米軍施設」の立地自治体である名護市は埋立に反対していた。景観、自然環境、漁業その他産業上の利益の最大享受者である地方公共団体の議会が反対を決議し、首長が反対意見を提出しているのであるから、公共の福祉を害する工事であることは論をまたない。
埋立承認が許されるのは、こうした公共の福祉に反してもなお、優先するべき利益が存在することの証明がなされた場合のみ、である。その証明が不十分であれば、承認の処分は不当というべきである。

=承認の処分は不当であるから、取り消すべき理由がある


◆その他
・変更申請が平成26年12月に行われ承認されたとされるが、先行する埋立承認が取り消されれば変更承認は当然に無効というべき
・本件承認取消処分の提示理由にたとえ不備があっても取消は免れない
・国が法によらない手続で国民の権利を制限したり消滅させるのは許されない


審査事務に誤りがあったのは沖縄県側なんだから、それを処分の名宛人(防衛局)にしわ寄せを持ってこられても困る、という言い分はあり得るでしょう。民間人の場合ですと、行政が賠償義務を負うのかもしれません。


さて、国側の主張点の主要部分は、不利益の比較考量、というものです。
国の主張が不当であることを以下に示します。


国の主張というのは、昭和43年最高裁判例から不利益を盛んに言い募っているものであるが、その論は誤りが多い。

そもそも埋立免許(承認)というのは、今現在は存在していない土地を、水面ないし海面の場所に創出して、その土地を取得させることを許すものである。本質は、土地を取得させることであって、取消処分で生じる不利益というのは土地取得に係るものであり、国のいう米軍施設の配置がどうの移設がどうのというのは、副次的な話である。


国は、全く分かっていないようなので、例示をする。
判例に倣い、農地売買を考えてみよう。甲が乙に農地を売却したが、それを許す処分をした行政に誤りがあって処分が取り消され、乙の農地は甲に戻された。売買契約は無効となった。

さて、乙の受けた損失(不利益)は、売買契約の破棄によるものであり、乙が取得できたであろう土地で3年後には小麦をX万トン生産する予定で、その売却で得られる売上や利益というものを補償すべき損失額に算入できるものなのであろうか?

乙が土地を取得したままにしておけばこれら将来発生するかもしれない利益があり、これを喪失したことについて、取り消した行政庁が5年後、10年後の売上や利益までも賠償対象とするべきものなのか?

国の主張をなぞらえるならば、売買をしてもよい、と行政庁が認めた処分によって、取得された土地から生産された利益が自動的に乙に生じるから、これを賠償すべし、ということになろう。或いは埋立地に年30万台の自動車工場を予定しておれば、その毎年の生産額と販売利益について賠償することを認めよ、ということを国は主張するものだ。


このような主張は妥当とは言えない。
いったんは取得登記まで完了した農地について、処分が取消になって農地売買契約が無効となったのなら、土地取得に係る費用や取消時点で既に作付した農作物分やその他損害賠償は生じるというのが不利益の具体的内容であり、遠い将来時点において土地が生産するであろう農作物の損害を賠償することまで含むものではない。


土地売買の契約破棄によって、もし土地を取得していれば店舗を建設し売上がいくらあるはずだったのだから、これを賠償すべしというような論は成り立たない。また、店舗に丁度良い土地探しに20年費やし、その間の経費がいくらかかったのだから、土地売買契約破棄でそれを弁償せよ、と求めるのも不合理と言える。土地探しに5年か20年か費やしたとしても、そのコストは売買契約破棄時に請求できるものではない。5年だろうと20年だろうと、原則として契約上の同じ違約金しか発生しない。


国の主張の要点はこれらと同列であって、「処分の取消によって生じる不利益」とは、「処分の結果生じた利益が失われる」ことを比較考量の対象とするべきところ、この適用を誤っている。


本件で見れば、埋立予定の土地約160haが取得できなくなるというだけであり、土地は未だ存在せず実質的な埋立作業はなされてないから、海面から生じる利益などあるはずもなく、従って不利益は大きくない。キャンプシュワブは約2063haの面積を有しており、取消で得られなくなる土地は僅か約7.8%に過ぎない。飛行場建設が完全に不可能となったり、設計変更が二度とできない等の証明がないなら、代替手段はあるものと考えられ、その場合、わざわざ公共の福祉に反してまで埋立による土地取得が合理的であるかどうかは、疑問の余地がある。
本件申請以前には、SCC等では当初可撤式滑走路が最終3案に残されたり、2000年代以降も統合案やL字型案など、計画や設計の変遷が多々見られてきた。埋立方式となったのはここ最近のことであり、当初からの日米合意事項でなかったことは明白であって、変更不可能を言う国の主張は信頼性に欠ける。


一方、埋立工事は不可逆の変化を生じ、二度と元に戻すことはできない。このことの不利益は甚大である(自然環境保護政策は、不可逆的変化で失われる利益が甚大なればこそ実施されているものなので、これは当然である)。埋立工事が景観や自然環境の損失、海洋の自由使用を不可能とするなど、公益を害することは明らかである。



また国は、普天間基地についての危険をいうが、これも適用の誤りである。
飛行場の危険は埋立承認取消処分により生じた危険ではないことは明らかであって、これを承認後に獲得した利益(危険の除去)とし、取消により生ずる不利益とすることは不当である。承認後に、普天間基地の危険が承認前に比べて小さくなっていることを示さねば、処分の効果により生じた利益とすることはできない。

例えば、A地で操業中の工場が法の基準を超えて水質汚染をしているところ、B地に埋立地を取得し工場を移転すればA地における汚染が止まり危険が回避される、という論法に匹敵している。B地で埋立免許が得られたからといって、A地の汚染による危険度が軽減されたという利益を生じるはずもなく、埋立免許取消処分により「未だ生じてない利益」が失われる、などという不利益が発生することなど主張できない。工場が移転完了していなければ、汚染による危険の軽減利益をいうことはできない。
そもそも行政が、A地の汚染による危険を十分に認識していながら、法の基準に違反して工場の操業を許しておく不作為にこそ、A地の危険の原因があり、直ちに操業停止を実現する義務があるというべきである。違法操業工場を停止させると返還するよりないので、必然に返還が達成され、工場跡地利用による利益も問題なく進展するだろう。

すなわち、普天間基地でいえば、全面返還が日米合意事項として決定されているものであるから、これが達成できる方が望ましいに決まっている。これを否定するなら、国の論理は破綻している。


次に、国際関係上の点について。

見出し、(2)ア(ア)(3)
国家間の約束事を実現できず、今後の諸外国との外交関係の基礎となるべき、国際社会からの信頼の低下などの我が国が受ける不利益

(※もうちょっと区別しやすい見出しを使うべき。アと(ア)は区別できるが、(1)と(1)は区別できんだろ。大した話ではないけど)

国家間の約束事を実現できないことで信頼低下などの不利益を受ける、という。ならば、例えばキャンプ桑江の返還合意はSACO以来の決定事項である。平成18年5月には全面返還が合意されているにも関わらず、これが未だに達成されていない。38haが返還されてから何年も経っており、しかも近年新たな施設を次々と供給しているものである。残り返還予定の100ha弱は合意が守られていないことは確実である。
それでもなお、米国が信頼低下を招き、例えば日米間の約束事ができなくなったなどという具体的不利益の存在は証明されていない。



沖縄県の負担軽減措置について、埋立地が取得できないと、これができなくなるとも述べる。

(4) 普天間飛行場に比して大幅に規模の縮小した本件代替施設等を辺野古沿岸域に建設するという計画が頓挫することによって、沖縄県の負担軽減を進められなくなる不利益

前記の通り、違法かつ危険な普天間基地を直ちに運用停止し、これを返還するならば、必然的に負担は軽減される。これが不可能であることの理由がない。


経済的損失額云々を言うのも、以前の記事で書いた通りである。承認以前の支出は無駄。承認後の執行額と契約解除による違約金等は損失が発生するであろう。
例えば国立競技場の無駄になった金額とまず比較するべき。



国の主張は、代執行請求を確実に正当化できるものは、何もない。

唯一、米軍が公益なんだ、ということのみだな。



日米地位協定や防衛省告示第123号は海の使用禁止の根拠にならない

2015年12月03日 17時39分48秒 | 法関係
これも何度も指摘してきたのだが、本件裁判では重要点なので、再度書くこととする。

14年9月>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/ad570fc023e76f5839c6ecd84e95f995


日本政府が本件制限海域において、常時禁止を法的に実行できるのは漁業の操業のみ、である。漁業等制限法に基づく規制のみ、法的権限を有している。

防衛省告示第122号>http://www.mod.go.jp/j/presiding/pdf/2014/122_0702.pdf


だからこそ、漁業者の邪魔をする=使用権限を侵害する、ということで、補償をするべき義務を負う、ということになっている。なので、地元漁業に同意を取得し、金銭解決を図るということで操業制限をするのを許される。


ところが、海保がやってるのは、漁船操業以外の、民間人の自由使用も全部排除しているのである。そんな権利がどこにあるのか?その法的根拠を言え、と言っているのに、海上保安庁法2条だ、としか答えないわけだ。

防衛省告示第123号>http://www.mod.go.jp/j/presiding/pdf/2014/123_0702.pdf


この告示中、『所有関係』欄は不記載である。
これはどういうことなのか?
国有であれば、常に「国有」と記載される。これが存在しない。それは国有であることを、国自身が法的に認めることができているわけではない、ということだ。いかに公有水面埋立法1条の条文があろうとも、当該制限海域は「国有」とは明記することができない、ということの表れだろう。

告示文言には、
『地位…協定二条の規定により』
とあるが、

日米地位協定の2条には、日本の海洋について日本国政府が日本国民に対し無条件・無限定に自由に提供区域にできる、とする法的根拠を与えてなどいない。

(再掲)
日米地位協定 第2条
>http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/usa/sfa/kyoutei/pdfs/02.pdf

1(a) 合衆国は、相互協力及び安全保障条約第六条の規定に基づき、日本国内の施設及び区域の使用を許される。個個の施設及び区域に関する協定は、第二十五条に定める合同委員会を通じて両政府が締結しなければならない「施設及び区域」には、当該施設及び区域の運営に必要な現存の設備、備品及び定着物を含む。

(b) 合衆国が日本国とアメリカ合衆国との間の安全保障条約第三条に基く行政協定の終了の時に使用している施設及び区域は、両政府が(a)の規定に従つて合意した施設及び区域とみなす。

(以下略)


日米合同委員会は立法機関ではないし、そこでの合意事項が立法措置となるわけでもない。憲法無視、法の秩序無視の政府においては、合同委員会が最高の意思決定機関であると思いあがっているようにしか見えない。
同時に、日米地位協定2条は、防衛大臣に対し、日本の海洋について自由に提供区域として決定できるという裁量権を与えているとする根拠ともなり得ない

日米地位協定第2条の新たな合意文書があるはずだから、本件制限区域に関する協定文書を証拠申請するべき。
そこに記載がなければ、米軍の権利として存在するものではないということになる。米軍の法的権限が米国法による規定であるなら、埋立行為は全部米国基準でのやり直しが求められよう。知事権限など及ぶはずもない。

米軍の権利が存在しないなら、沖縄県が水底調査をすることを誰が拒否できたんだ?
何の法的権限で、サンゴ礁の調査拒否をした?
またしても、捏造の違法行為か?


共同使用するとされた区域について、防衛省の取得要件も満たされていない。
シリーズ記事の「論点4」でも説明したが、再度書くこととする。


防衛省が基地や飛行場等の施設を建設する際には、省内手続きを必要とする。これを規定しているのが、訓令などである。
辺野古で作っているのは、そもそも米軍基地ではない。自衛隊がまず「自衛隊が使用する施設」を自分で作って、この施設は米軍に貸す土地に「くっついているもの」だから、米軍はくっついている施設や定着物など全てを自由に使っていいよ、ということになるわけだ。そうじゃないと、米国議会の予算承認とかが必要になるだろう?要するに、工事は、全部米軍には無関係に、防衛省の事業なんだよ。


すると、自衛隊が施設を作る際には、必ず決まった手続きを経なければならないのだ。


「防衛省における自衛隊施設の取得等に関する訓令」

○第4条
(1)施設とは、自衛隊の用に供する土地、建物、立木その他土地に定着する物件及び土地収用法第5条に掲げる権利をいう。

(2)「施設の取得等」とは、施設の取得並びに土地収用法5条の権利の消滅又は制限、自衛隊の用に供する国有財産の所管換、所属替、用途変更、用途廃止及び処分並びにこれらに伴う補償をいう。



自衛隊が施設を建設する前には、この取得手続を経なければならないはずだ。本件制限海域が、一体どのようにいつ取得されたか、ということが問題なのである。

もし本当に国有財産だと言うなら、所管換になっているだろう。国土交通省から防衛省に変更したか?それとも、財務省から防衛省への変更か?

土地収用法5条の権利の消滅・制限があるなら、その証拠を出せ。土地収用法に基づく「取得等」がなければ、その権利は消滅したりしないし、制限もできないことは明らかである。
告示123号でも、所有関係が「国有」と書けなかったものが、どうやって国有になったのだ?いつから、国有なのだ?


それから、訓令に基づく手続きには、「別紙様式第2」というのがある。基本計画書(6条関係)という文書だ。これは、施設の建設工事などの際に作られる文書のはずである。

この文書には、
・「取得等方法」
・「物件」
・「予算」
・「管轄区分」
という欄がある。

本件制限海域について、それぞれがどのように記載され、どのような手続きを実施されたか、証拠申請して明らかにするべきである。
管轄区分が本当に変更になっているのか?
取得等方法が不記載なら、取得等は実施されてはいないぞ。「土地収用法5条に掲げる権利」は依然として残されている。
取得等要求の機関の長、供用事務担当官の氏名が記載されているだろう。それらの手続きが訓令の定め通りに実行されているか、確認するべきである。


防衛省のデタラメ告示に基づく、海保の水路情報もニセの告示となろう。
臨時制限区域は、臨時であって、常時進入禁止を好き勝手に設定できない。それとも、米軍が設定したのか?
だとすると、米国政府は中国の海洋埋立を非難することなどできまい。


「航行の自由」などという反吐の出るような綺麗事を言う前に、「辺野古沖の自由」をまず認めるべきではないのかね。

沖縄の地域住民にこそ権利が存するのであり、米軍にあるのではないぞ。
安倍政権は、米軍を笠に来て、沖縄の自由を蹂躙してるんだぞ。


中国の南シナ海埋立と辺野古沖の埋立には、無法と暴力という共通点があり、安倍政権も米国政府も批判できる立場になどない、ということは確かである。



※追記(20時ころ):

どうせ役所に証拠を提出しろ、と求めたりすると、たった今、大慌てで作成中です、辻褄を合せるように、いかようにも作れます、くらいの連中だろうから、無駄足に終わるかもしれんな。


東京第五検察審査会の重要な書類とかも同じ。

当時の事務局長が出したとされるらしい、「東五検審第122号及び第123号」は偽文書の疑いがあったが、誰にもどうすることもできなかったわけだよ。

>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/68f7528494813f03323de324ca6070e0


何たる偶然。そう思わんか?
防衛省の告示も、122号と123号だ。

何だってやれる組織なら、それは最強だ。
どのような違法だって問題ない。裁判所さえ操れるなら、な。

検察審査会の審査員の平均年齢が30歳そこそこって、どんだけ偏った構成なんだってのは、常識があるならすぐに分かる。その上、計算間違いでした、って訂正しても、嘘の上塗り状態ならバレバレになって当然なんだよ。


こんなロクでもないことさえ、通用してしまう国なんだから、何が起こっても不思議でも何でもないのかもしれぬ。
他人を陥れる手法にかけては熱心な、狂気の連中が巣食っているわけだから。


異常だ。


行政不服審査法に基づく申立て権と執行停止について(代執行裁判での主張)

2015年12月01日 12時29分42秒 | 法関係
追記(2024年9月18日)

最近でもこの記事が読まれているようなので、誤解を防ぐ為に説明を追加します。

※参考⇒  https://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/1433db8cd9cb193ce989e3ac3d478552 
      「沖縄防衛局(防衛省)のした審査請求は違法な手続」


代執行訴訟以前に防衛局が国交省に申立てをした2015(平成27)年当時の行政不服審査法には、後の改正で入る条文「7条2項」がまだなかった。2016(平成28)年4月以降に施行されてから、有効となった条文なのです。それ以降には、「国の機関」が固有の資格で審査請求することはできなくなったが、日本政府や官僚・裁判所が揃って嘘の判決を出し続け、「沖縄防衛局は私人だから審査請求できる」というインチキを続けてきたのです。

○行政不服審査法 第7条第2項

2 国の機関又は地方公共団体その他の公共団体若しくはその機関に対する処分で、これらの機関又は団体がその固有の資格において当該処分の相手方となるもの及びその不作為については、この法律の規定は、適用しない

2016年4月以降には、国の機関(防衛省)がその「固有の資格」において処分(沖縄県知事による埋立承認の取消や変更申請の停止)の相手方となったのであるから、国交大臣による裁決は出せない。審査請求自体が違法なので、審査以前に門前払いのはず、ということである。



以上を踏まえて、2015年当時の以下の記事をお読みください。
追記はここまでです。

==============================


国の機関が申立てを行うのはおかしい、防衛局が申立てをして、審査庁たる国交省(大臣)が裁決や決定を行うのは、内輪でしかないからおかしい、というようなご意見があるのは承知しています。

確かに一理あるかもしれません。
凄い例になりますと、盗人が自分の刑事裁判をやって判決を出すみたいなものだ、くらいのご意見を見かけたようにも思います。そこまで酷いかどうかは別として、審査制度としてどうなのか、本件ではどうなのか、ということを見ていきたいと思います。


1)現行法上、地方防衛局の申立て権は存在する

まず、沖縄防衛局に申立ての権利行使はおかしい、という点についてです。私人とは違うのだから、不服申し立てが認められるべきでない、という主張があるのは分かりますが、その理由とか根拠については説得力に欠けるように思います。

既に述べた通りですが、現行法上でその権利行使が条文において定められている以上、これを「認められない」とするのは、かなり強力な反対論が必要であると思います。シリーズの記事中で「論点9」に示した通り、法律に規定があるものを否定するのは極めて困難であると言わざるを得ません。


争点その2>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/bf7e5efbaafe1bec40232961a216b126


再掲しますと、通称、駐留軍用地特措法、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」の22条です。

○第二十二条  
収用委員会が第十九条第四項に規定する期間内に裁決をしない場合において、地方防衛局長から行政不服審査法 (昭和三十七年法律第百六十号)第七条 の規定による異議申立てがあつたときは、収用委員会は、同法第五十条第二項 の規定にかかわらず、第十四条の規定により適用される土地収用法第三十九条第一項 の規定による申請に係る事件を防衛大臣に送らなければならない。
(以下略)


『地方防衛局長から行政不服審査法第七条の規定による異議申立てがあつたとき』とはっきり書かれています。これは申立て権があることを示しているわけで、これが違法である違憲である、ということを立証するのは極めて困難です。

そもそもこの条文が違憲立法であることを、どう説明できるのか?
大義名分として、国民の救済制度として設けられているという主旨は分かりますし、その主張自体はおかしいものではないですが、現実と適合していないとしか思えません。行政不服審査制度の全般を相手にして、違憲であることの主張を通すのは無理筋としか思えません。周知の通り、過去に違憲立法の主張が認められた裁判例は極めて少なく、拙ブログの管見では勝てる見込みは皆無に等しいのではないかと思います。


2)申立て者の違いが問題なのではない

国が国に審査請求するのがおかしい、という意見は、そうかなと思えるかもしれませんが、本当にそういう問題なのでしょうか?

例えば、裁判を考えてみましょう。
最高裁長官は内閣が指名するし、裁判官の任命も内閣です。下級裁も最高裁の名簿を内閣が任命します。それに、身分は公務員であるし、内閣の影響から逃れられるわけでもないと言えます。
実際、砂川判決のような例があるわけですから、裁判所だってどうせ政府の味方だ、という見解もあり得るでしょう。
それでは、裁判所が国を審理するのはおかしい、と言いますでしょうか?

国が控訴したら、裁判の請求者は国です。国を裁判所が裁くのが、ルール違反だというようなことを言いますでしょうか?


違いますよね。少なくとも、司法は独立であって、いかに最高裁長官が内閣の指名であろうとも、裁判所が判断することは是とされているわけです。それは、申立人が私人であるか、国であるか、の問題なのでしょうか?


そうではなく、あくまで「審査する立場」の側の問題なんだ、ということではないでしょうか。裁判所が公正中立に判断するという前提があればこそ、国を相手に戦うことができる、ということです。申立てを誰が行ったのか、というのは、大きな問題ではないのではありませんか、ということです。審査請求権が地方防衛局にあったとしても、その審査が公正であれば問題はないはずではないか、ということです。


つまり、裁判所に相当する立場、すなわち、審査を担当する側の問題なんだということです。
行政不服審査法に基づく審査は、審査庁が行うわけですが、その審査庁の判断が裁判所と同等の公正性が確保されていなければならないのです。たとえ行政機関が申立て人であったとしても、審査が適正かつ公正であれば、出される結果は信頼に足るものであるはずです。

行政機関同士の相互監督といいますか、そのような機能は審査制度以外にも存在しています。顕著な例は、会計検査院の検査です。他にも、事業や処分の決定にあたっては、他省庁の大臣意見を求めなければならない、という規定は多数存在します。行政が政府内でいくら検討してみたって、味方するだけだから意味がない、というようなことを言ってしまえば、本件での農水大臣意見照会とか、埋立免許前の国交大臣認可や環境大臣意見などの手続きも不要かつ無意味に帰することになりかねません。

どの程度の監視・牽制機能があるのか、実効性はどうなのか、はおくとして、建前上は省庁間なり行政機関相互において、ある程度の抑制的権限(機能)は働いているものと考えるよりないものと思います。処分庁と審査庁の関係性はこれに類するものと考えます。


3)「執行停止」の何を問題とすべきか

ここまで書いてきたように、行政不服審査法が私人じゃない行政機関の申立てを予定してないからダメなんだ、とか、国が国に申し出すると仲間内をひいきにする結果を出すに決まっているんだ、というような、制度全体を相手に主張しても勝ち目がないのでは、と思うわけです。いくら抽象論を述べても、違憲の立証はハードルが高いでしょう。

そうではなく、「判断をする側」の問題を捉えるべきなのです。裁判であれば、判決(文)ということです。
訴訟制度はおかしいとか、裁判所が国を審理するのはおかしい、などと言わずに、個別の判決について、これを問題とすべき、というのと同じです。


本件審査請求と執行停止の場合で見れば、防衛局に「審査請求権があるのはおかしい」を証明することはかなり困難ですが、「執行停止」の決定は果たして妥当かどうか、を言う方が比較的容易なので、こちらを見るべきということです。


それは、条文なり法が要求する必要条件が「本当に満たされているのか」という点を攻撃するべきということです。この要件を満たしていない場合には、当然にこの決定は不適法となり、決定の効力を失わせるか取り消させる事由となります。

行政不服審査法34条4項にいう要件について、国に対し立証を求めるべし、ということです。条文から、必須要件はこれです。
処分により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要がある

国は「重大な損害がある」こと、「緊急の必要がある」ことは、執行停止決定通知書でも述べていますから、同じ主張をしてくるものと思います。これの妥当性の判断は、早い話が裁判所の判断に依存すると思います。「いやいや重大ではない」といくら反論しても、決定権限を有する行政側が通常は有利です。


残るは、除外規定の3つ(但書)です。

公共の福祉に重大な影響を及ぼすおそれがあるとき、処分の執行若しくは手続の続行ができなくなるおそれがあるとき、又は本案について理由がないとみえるとき

普通は、埋立事業そのものは、公共の福祉に「重大な影響を及ぼすおそれ」に該当すると主張するでしょう。この立証は可能です(大規模埋立事業ですので)。
また、「処分の執行ができなくなるおそれ」についても、工事作業を継続されてしまうと埋立地が完成してしまい、「執行ができなくなるおそれ」があると言えます。これを立論できればよい。事実、国は埋立作業を継続すると官房長官会見でも述べていますから、それを証拠とできるでしょう。


従って、主張の仕方としては、防衛局に審査請求の権利があるのは違法・違憲である、というのは困難なので回避した方がよく、大臣の出した執行停止決定は「除外規定のうち2つに該当している、故に執行停止は誤りである」(=執行停止を取り消せ)と主張する方が、勝てるチャンスは出てくると考えます。


得られる効果(執行停止が取り消されること)は同じですが、申立て人が国の行政機関なのでダメなんだ、と言うのを避けて、審査する側が公正にやってないからダメなんだ、という方向に主張を変えるということです。

審査する側が公正にやってないからダメ、と主張する根拠とか理由はなんだろうか?、というと、「不公平じゃないか」という部分が審査庁の決定には存在するはず、ということです。すなわち、「執行停止するなんて、おかしいじゃないか、何故なら……」という説明をするのと同じようなものなのです。審査庁の決定が本当に一分の隙もなく適正であるなら、誰が見ても「執行停止決定もやむを得ないな」と思うはずでしょう?

そうではないのなら、その理由というものがあるはずなのです。そこを衝くべき、と。



※補足ですが(15時頃):

拙ブログでは、執行停止決定はこれが残っている方が得策であると主張してきましたので、執行停止を裁判で取り消させることができるとは考えておりません。ただ、沖縄県側の言い分というか、検討を求めた部分にこの「執行停止」があったようなので(確かに執行停止がなければ工事作業は中断させることができるから)、戦い方をどうするかという点から書いてみました。

あくまで国の主張する「重大な損害」と「緊急性」を完全否認せず残したまま、除外規定での「執行停止決定は不当である」との論に導くべき、ということは変わりません。



辺野古沖基地建設に係る埋立承認取消の代執行に関する裁判の争点について~6

2015年11月30日 17時04分17秒 | 法関係
政府の準備書面について、時事通信報道によれば、次のように主張されているようだ。

「米軍施設をわが国のどこに配置するかは、内閣ないし日米両政府間で決定されるべき事項だ。都道府県知事に審査・判断する権限は与えられていない」

まさしく強権の典型。権限があるのは俺様だけだから、俺様のいうことを全部きけ、俺様の土地なんだからどんなことだって許される、みたいな妄言である。
過日、往来妨害罪とかいう殆ど耳にすることのない犯罪で逮捕された老夫婦がいたが、彼らの主張と政府見解はそっくりだ。「俺の家の前の土地は私有地なんだから、何をどう配置しようが自由だ、俺が決定権を握っているんだ、だから好きにさせろ」といったような言い分ですな。

確かに、一知事に過ぎない立場で「○○基地とヘリ部隊はハワイに置け」というように政府に命じたり、沖縄よりグアム配置が有利であるといった具体論について比較検討しいちいち政府にこれを実施するよう求めるという(行政としての)権限は、持ってはいないでしょう。しかし、賛否は認められるべきものです。基地の配置を指示したりはできないが、「そこに作るぞ」と言われた場合にはこれを拒否できる権限を有している、ということです。
これについて、書いてゆくこととします。


まず、わかりやすい例から説明します。

賃貸マンションがあります。所有権者は甲、マンションの部屋の賃借人がおり乙とします。
普通マンションの部屋というのは、所有権者といえども甲がいちいち部屋の内部に入ってきたり、あれこれと乙に命令したりする権利が与えられているものではありません。普段は、住人である乙が部屋を支配している、ということです。つまり、管理権者(とりあえずこう呼ぶ)は乙であり、所有権者とは異なった支配権を持ち部屋を管理している、ということになります。
所有権者の甲は、水道水の流量について乙にあれこれ求めることはできません。もっと少なくしろ、とか命令権がないのです。

部屋に設置されている暖房器具が、エアコンか灯油式かガス式かということについては、乙は甲に対しあれこれ注文を言える権限はありません。エアコンを設置するかどうかは、甲に裁量権があるということです。それとも、給湯器が電気式よりガス式にしろとか、キッチンのガスコンロを廃棄して電磁調理器にしろとか、シャワーヘッドの形やメーカーはこれにしろ等々を審査する権限は乙にはありません。あくまで所有権者の甲が部屋に付ける設備を考え配置するべき権限を有している、ということです。

ここで、甲が乙の在住する部屋に対して、「明日、お前の部屋にアイランドキッチンを設置し、コンロを一つ増設することにした。だから、その場所を空けておけ」と命じたとします。これを乙は受け入れる義務があるのか、ということです。

甲は所有権者ですから部屋の増改築や設備工事の権限はあるにはあります。しかし、賃借人の乙は、現在部屋の管理権者として部屋を実効支配しています。給湯器は甲の所有物ですが、給湯器を毎日使用しようが、3日にいっぺん使おうが、乙の自由です。甲にとやかく命令されるいわれはありません。

乙はアイランドキッチンの設置予定の場所に食卓セットを置いているのに、これをよけて設置工事を認めなくてはならないものなのか?

乙の同意なくしては、甲のいう設置工事は強行できるものではないでしょう。部屋の管理権者たる乙が部屋を支配しており、甲の権利主張が通用するとは思えません。契約によるとか、甲の特段の事情がなければ、乙にはこれを拒否する権利があるものと言えます。


甲=国、乙=沖縄県、アイランドキッチン=米軍基地、と置き換えてみれば、所有権者の甲の要求がいかに無謀かということです。部屋の設備についての自由裁量が甲にあるとしても、乙の権利を無視して設置工事を強引に行うことは許されないでしょう。


以下において、沖縄県が管理権者たる地位にあるのかどうか、ということを示したいと思います。


要旨:
1)憲法94条は「地方公共団体は、その財産を管理し」と規定
2)埋立対象海域は「財産」の一部である
3)地方公共団体は埋立対象海域の「管理権者」である
故に、沖縄県は憲法94条が保障する管理権者の権限行使が許される。それが埋立を拒否できる根拠である。



1)憲法94条は「地方公共団体は、その財産を管理し」と規定

説明するまでもありませんが、憲法94条は、
『地方公共団体は、その財産を管理し、事務を処理し、及び行政を執行する権能を有し、法律の範囲内で条例を制定することができる』
となっています。
「その財産」とは、恐らく地方自治法238条にいう財産です。特に重要な条文は次のものです。

○地方自治法238条
4  行政財産とは、普通地方公共団体において公用又は公共用に供し、又は供することと決定した財産をいい、普通財産とは、行政財産以外の一切の公有財産をいう。


2)埋立対象海域は「財産」である

これまで何度も書いてきたように、海は、自然公物であって法定外公共物である。機能面で見れば、公共用財産としての行政財産と同等物であるとみなせる。ただし、最高裁判例にあるように「国の直接の公法的支配管理に服する」とされており、所有権限が地方自治体にあるものでなく、原則として国の支配管理下にある。
公有水面埋立法1条にいうところも、その旨であると考えられる。

保護すべき公共用に供される財産というべきものは、他にも存在する。
環境基本法2条3項にいう「水の状態」と「水底の底質」である。

○環境基本法 2条
3  この法律において「公害」とは、環境の保全上の支障のうち、事業活動その他の人の活動に伴って生ずる相当範囲にわたる大気の汚染、水質の汚濁(水質以外の水の状態又は水底の底質が悪化することを含む。第二十一条第一項第一号において同じ。)、土壌の汚染、騒音、振動、地盤の沈下(鉱物の掘採のための土地の掘削によるものを除く。以下同じ。)及び悪臭によって、人の健康又は生活環境(人の生活に密接な関係のある財産並びに人の生活に密接な関係のある動植物及びその生育環境を含む。以下同じ。)に係る被害が生ずることをいう。


「水の状態」や「水底の底質」の悪化は、例えば水産資源に損害を与える可能性があるのであり、これを防ぐべく水産資源保護法のような規制法がある。


また、景観法によって保護される資産も、公共用に供される財産と同等である。
2条1項において「国民共通の資産」とされ、2項及び3項では地域の自然、歴史、文化等調和を配慮することと地域固有の特性を活かす土地利用などが求められている。


○景観法 第二条  
良好な景観は、美しく風格のある国土の形成と潤いのある豊かな生活環境の創造に不可欠なものであることにかんがみ、国民共通の資産として、現在及び将来の国民がその恵沢を享受できるよう、その整備及び保全が図られなければならない。
2  良好な景観は、地域の自然、歴史、文化等と人々の生活、経済活動等との調和により形成されるものであることにかんがみ、適正な制限の下にこれらが調和した土地利用がなされること等を通じて、その整備及び保全が図られなければならない。
3  良好な景観は、地域の固有の特性と密接に関連するものであることにかんがみ、地域住民の意向を踏まえ、それぞれの地域の個性及び特色の伸長に資するよう、その多様な形成が図られなければならない。

(以下略)


従って、保護するべき公共用に供される財産と言えるものには、

・公共用物としての海
・「水の状態」や「水底の底質」
・景観法に規定される資産たる景観


がある。


本件埋立海域では、埋立工事によってこれら利益に対し侵害が発生すると言える。


3)地方公共団体は埋立対象海域の「管理権者」である

海域が財産と見做せるとして、地方公共団体に権限があるのか、というのが検討すべき条件として残されている。

本件提供海域が、全部国の管理下にあるもので、自治体の財産ではないなら、口出しできないという主張もあり得るだろう。先の賃貸マンションの例で見たように、所有権者甲に対し、管理権者たる乙にも権限があることをいわねばならない。


まず、海岸法37条の三により、知事が海岸管理者である。

○海岸法 第三十七条の三  
一般公共海岸区域の管理は、当該一般公共海岸区域の存する地域を統括する都道府県知事が行うものとする。

知事以外の場合もあるが、主に知事か市町村長ということになっており、地方公共団体が管理主体である。また、漁港漁場整備法25条でも、地方公共団体が管理者となっている。


○漁港漁場整備法 第二十五条
 次の各号に掲げる漁港の漁港管理者は、当該各号に定める地方公共団体とする。
一 第一種漁港であつてその所在地が一の市町村に限られるもの 当該漁港の所在地の市町村
二 第一種漁港以外の漁港であつてその所在地が一の都道府県に限られるもの 当該漁港の所在地の都道府県
三 前二号に掲げる漁港以外の漁港 農林水産大臣が、水産政策審議会の議を経て定める基準に従い、かつ、関係地方公共団体の意見を聴いて、当該漁港の所在地の地方公共団体のうちから告示で指定する一の地方公共団体



これら海岸や海岸域における管理者というのは、実質的に地方公共団体であることを意味している。
キャンプシュワブの陸地から一定範囲の海域が米軍の独占排他的使用を主張しているとしても、海の管理権者たる地方公共団体の立場は影響されない。


公共の用に供しない水面(米軍のみが使用できる海面)が存在するとしても、水産資源保護法において、

○第三条
公共の用に供しない水面であつて公共の用に供する水面と連接して一体を成すものには、この法律を適用する。

○第八条
 公共の用に供しない水面であつて公共の用に供する水面又は第三条の水面に通ずるものには、政令で、第四条から前条までの規定及びこれらに係る罰則を適用することができる。

とあるので、公共用に供される海面と繋がっているから、水産資源保護法の管理権者たる知事権限は及ぶ(だからこそ、本件埋立に伴い岩礁破砕許可申請がなされた)。保護すべき利益としての「水の状態」や「水底の底質」は、管理権者の知事が管理権限を有する、ということである。


更に、本件埋立海域は一般公共海岸区域であるから、海岸法に基づく管理権限は一号法定受託事務には該当しない(40条の四)。自治事務であって、第一義的に管理主体は地方公共団体である。

そして、たとえ海岸の土地が国有地であったにせよ、管理主体の地方公共団体に対して無償貸付された土地においては、地上部分にも知事の管理権限が及ぶものというべきである。たとえ元来は国の財産であっても、貸し出された土地においては管理権者に権限が存在するのである。

○第四十条の三  
国の所有する公共海岸の土地は、国有財産法 (昭和二十三年法律第七十三号)第十八条 の規定にかかわらず、当該土地の存する海岸保全区域等を管理する海岸管理者の属する地方公共団体に無償で貸し付けられたものとみなす。


公有水面埋立法において、知事が免許するか承認するという権限を有するということを鑑みれば、基本的に海域の管理権者たる地方公共団体に判断の権限が与えられていると解するべきである。


ここで再び憲法94条に戻ろう。
地方公共団体には、財産を管理する権限が憲法で保障されている。「管理」とは、国有財産法1条で規定される、「保存及び運用」をいう。
すなわち、「保存すべき財産」があるなら、地方公共団体はこれを管理=保存してよい、と憲法が認めているものである。「保存すべき財産」には、2)で示した自然公物たる海、「水の状態」又は「水底の底質」、景観、などがある。

これに基づく権利行使が埋立事業を承認しないことであり、米軍基地の配置等の審査権限の有無には影響されない権利行使である。


海岸~公有水面(海面)という一連の区域について、管理権者たる知事には、当然に管理権限を有するものというべきである。管理権限行使の一部が、埋立のを免許(承認)するということである。


国の主張を粉砕すべし。



違法を重ねる安倍政権~海保の暴力行為を糾弾せよ

2015年11月30日 13時47分26秒 | 法関係
安倍政権がやってきた法の無視の数々は、戦争法案の採決にすらなっていない委員会採決の暴挙だけではない。昨年から繰り返し述べてきたが、海保の暴力行為は、全くの違法でありデタラメである。


糸数議員の出した質問主意書に対する回答がいい例だ(良くはないけど)。


内閣参質一八九第九号(平成二十七年二月十日)

御指摘の「暴力行為を伴う海上保安官による警備活動」の意味するところが必ずしも明らかではないため、お尋ねについてお答えすることは困難であるが、海上保安庁は、海上保安庁法(昭和二十三年法律第二十八号)第二条第一項の規定に基づき、海上の安全及び治安を確保するための業務を適切に行っているものと考えている。


========

海上保安庁法2条は

海上保安庁は、法令の海上における励行、海難救助、海洋汚染等の防止、海上における船舶の航行の秩序の維持、海上における犯罪の予防及び鎮圧、海上における犯人の捜査及び逮捕、海上における船舶交通に関する規制、水路、航路標識に関する事務その他海上の安全の確保に関する事務並びにこれらに附帯する事項に関する事務を行うことにより、海上の安全及び治安の確保を図ることを任務とする。

となっている。


このような海上保安庁の目的を述べた条文によって、海上保安庁職員の行った具体的行為が合法であることを立証することはできない。
むしろ、このような答弁を閣議決定するということは、内閣がこれを正当であると認識している証拠であり、法の根拠を欠いたまま不法行為であろうとも実行させることの証左である。


例えば、警察官が発砲した場合において、その行為について法的根拠を質されたなら、警察法の第2条の条文を挙げて、当該行為は合法であったことを立論するようなものである。これを、一国の内閣が、立法府への正式答弁として行い得ることは、法の軽視を自ら証明するも同然である。

警察法 第二条  
警察は、個人の生命、身体及び財産の保護に任じ、犯罪の予防、鎮圧及び捜査、被疑者の逮捕、交通の取締その他公共の安全と秩序の維持に当ることをもつてその責務とする。


これを理由に行為を正当化できるなら、他の関係法令はいらない。

普通の考え方であれば、警察法の具体的条文や警察官職務執行法の条文を挙げて、法的根拠が存することを説明できるものだろう。それを意図的に回避するということは、海上保安庁の行為が法の正当性をもって説明できうるものではないことを自覚しているということの表れである。


ここで改めて海上保安庁の行ってきた身体拘束等の行為の重大性・悪質性について検討する。


ア)公益侵害・被害の程度

告訴例がある。身体的苦痛を与えられたり、怪我を負わされた例がある。一般人の自由使用をほぼ毎日妨害し続けてきたので、公益侵害は決して小さくない。


イ)行為自体の悪質性

海上の自由使用者から多数の苦情を受けている。首長、議会や国会議員団なども再三申し入れしたにも関わらず、引き続き暴力的行為を続けている。法的根拠がないと指摘を受けても、意に介さず実行しており、極めて悪質。


ウ)当該行為が行われた期間や反復性

海上作業が行われだした、平成26年7月以降から多数の高速ボートや「あるたいる」など30ノット以上の高速艇を投入し、反復して拘束が行われた。カヌー没収もあった。


エ)故意性の有無

故意性は高い。抗議や申し入れを無視し、暴力的行為をやめない。恐怖を植え付ける為に水没させ続けたり、敢えて組伏せたりする。


オ)組織性の有無

海上保安庁として取り組んでいるので当然組織的。庁外の防衛省からの指示ないし要請で組織的に活動している。自由使用を妨害する為、多数のボートや船舶類及び人員を投入。


カ)隠蔽の有無

前記質問主意書においても明らかなように、自由使用の妨害行為がまるで存在しないかのように振舞っている。




現政権における法を無視する行為は、反復性と継続性を有し、組織的であり故意に行っているものである。これは、海上保安庁の行為に限ったことではない。

極めて悪質な違法が、政府によって繰り返されているということである。



辺野古沖基地建設に係る埋立承認取消の代執行に関する裁判の争点について~5

2015年11月28日 14時39分00秒 | 法関係
産経新聞曰く、『最高裁判決などが壁として立ちはだかる』と寝言を言っているようだ。


>http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20151127-00000085-san-pol

(一部引用)

承認に瑕疵はないという後段の争点をめぐって、ポイントとなる判例は2つある。平成8年最高裁判決では、軍用地の使用に関して「首相の政策的、技術的な裁量に委ねられている」との判断を示しており、政府は県が普天間飛行場の移設先を判断する権限はないとした。

 翁長氏は辺野古の埋め立てに伴う環境保全措置も不十分として瑕疵と主張しているが、24年東京高裁判決は「環境保全のため常に最高水準を講じるべきとする絶対的基準があるわけではない」との判断を示している。これを踏まえ政府は環境保全措置は適正で、翁長氏の主張は「実行不可能な措置を強いるもの」と断じている。


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前段の昭和43(1968)年最高裁判決については、適用も解釈も誤っていることをシリーズの4の記事で述べたので、ここでは省略する。不利益の比較考量であっても、大規模埋立工事は不可逆的であって影響の大きい事業であるから、埋立ない場合とは到底比べるべくもない不利益であることは明らか。


更には、承認の瑕疵についての検討もされているようである。
全くの推測ですが、国の訴状は、どうも年齢的に下っ端(失礼)もといお若い方々を動員して書かせた(下準備させた)ものではないでしょうか。判例も満足に解釈できず、主張点を正しく記述することもできないように思えます。いわゆる「ネット情報のつまみ食い」レベルでは。全くの論外ですな。

まず平成8年の判例から。
これが沖縄県と国の代執行を巡る裁判となった判決でしょう。
【平成8(行ツ)90 最判大 平成8年8月28日】


産経記事中にある、『軍用地の使用に関して「首相の政策的、技術的な裁量に委ねられている』という部分は、現在では適用できません。

まず、当時には防衛庁長官に権限があったのではなく内閣総理大臣でした(なので産経記事中には「首相」となっている)。今では防衛省があるので、総理権限ではなく防衛大臣権限のはずです。故に軍用地使用の「裁量権を有する」のは防衛大臣です。
当該判決文中では、次のように述べられています。

『諸般の事情を総合考慮してなされるべき政治的、外交的判断を要するだけでなく、駐留軍基地にかかわる専門技術的な判断を要することも明らかであるから、その判断は、被上告人の政策的、技術的な裁量にゆだねられているものというべきである。沖縄県に駐留軍の基地が集中していることによって生じているとされる種々の問題も、右の判断過程において考慮、検討されるべき問題である。』

駐留軍の土地使用について、これが合理的なのか妥当なのか等々の判断は、根拠法に基づく裁量権の範囲内であれば、合法的に認められるというだけに過ぎません。
最高裁は当該判決中において、「適法な裁量の判断の下」であることを明示しています。
当該代執行においては、駐留軍用地特措法、土地収用法という根拠法に基づく判断があって、その上で後続する手続を巡る争いです。

本件埋立承認においては、沖縄防衛局(防衛大臣)が埋立地を決定できた根拠法は何か、ということを尋ねているわけですよ。それは、日米安保条約や地位協定や日米合意文書という、防衛大臣の裁量権を根拠づける法令ではないものは無効に決まっているのです。
国は「適法」の法の意味を全く理解していません。
法とは、大臣の裁量権を行使することを「許す」法令であって、日米合意や安保条約ではありません。防衛大臣が持つ裁量権により、米軍に提供する区域を決め、区域内に飛行場その他施設を建設・設置してよい、と認めている法律のことです。
(普天間基地が完全な米軍基地であるなら、米国法しか通じません。厳格に連邦法の基準を全部遵守する義務を生じます。米軍の持ち物、みたいなものではないことは明白です。)

国は、根拠法を裁判で明らかにしなければなりません。


それから、当該判例は、元々沖縄返還直前までは「米国統治下」にあって米軍が戦後から使用を続けてきた施設及び区域を、「引き続き使用する」為に生じた争いでした。
借地借家法みたいなのに似てますが、現に今住んでいて地上部分を使っている、というような場合には、地主がいくら「出ていけ」と一方的に要求してもこれは難しい場合もあるよ、という例と近いということです。
しかし、辺野古沖の場合には違います。制限海域は元々米軍の独占排他的使用(漁船等の通航も不可なほどに)があった場所ではありません。「新たに」区域を決めた、というものです。それが防衛省告示第123号の制限海域、ということです。

当該最高裁判決時において、代理署名の対象となった軍用地は沖縄返還協定において合意された施設及び区域であって、本件埋立地とは異なります。すなわち、防衛省告示第123号で新たに米軍に提供した制限区域は、沖縄返還協定で合意された区域に一致せず、また、この制限海域や埋立地の範囲が米軍のみ使用でき、一般人の自由使用を一切不可能とする法的根拠は沖縄返還協定文書や国内法にも存在しません。


短くまとめると、

・「政策的、技術的裁量に委ねられる」のはあくまで適法下においてのみであり、その根拠法の存在が必須である。本件埋立地の根拠法令を明らかにせよ

・防衛省告示第123号は沖縄返還協定の合意に一致せず、埋立範囲もまた米軍が自由に埋立地を形成できる権限の存在を証明する法的根拠はない


これらのことから、平成8年の最高裁判決を言う国の主張は適用を誤っており、無制限、無分別な行政の裁量権を肯定しこの実施を許可する為の判例ではない。


(海面の埋立は、その手続きが適法に実施された場合にのみ許されるのであり、米軍だろうと防衛省だろうと、使用するならば、法令に基づく正当な手続きを経てから使え、ということである。一般人の自由使用の権利を消滅させたいのであれば、法律でそれを実施するべきことである)


次の判例に行こう。
環境保全措置について、「環境保全のため常に最高水準を講じるべきとする絶対的基準があるわけではない」という国の判例適用は、あながち間違いというほどではない。

海岸法改正で、自治体権限が以前より明確にされ、例えば一般公共海岸区域の管理者は都道府県知事になっている。海岸法は岸からかなり離れた海面までは含まないが、海岸と沿岸部を一体として捉えれば、地域の自主性を尊重する方向へと変わってきたのだ、ということである。
従って、地域ごとに、何を重視するのか、というのは価値観が全国均一であるということではなく、自治体が基本となって自主的に判断すべきものである、ということだ。ある地域では、工業が盛んなので工場用の埋立地が必要とされるかもしれないし、名勝とか景観保全を第一に重視したいかもしれない。それは、地域の独自性として、自治体住人が自主的に判断するべき、というものである。どんなに環境保護が大事だといっても、市町村財政が立ち行かなくなるほどの保護策を実現できるかといえば、それは難しい。経済合理性も当然に関係してくるものだということ。

そうであればこそ、埋立承認の権限が知事にあるのは当然であり、配慮すべき環境保全措置についても、地域ごとの自主性が尊重されねばならない。自治体の条例や環境保全政策の方針に全くそぐわないものについては、「適当とは認められない」とする判断があっても、不当でも何でもないものである。

国は、「実現不可能な措置の要求だ」と言う。しかし、その批判はあたらない(官房長官風)。
国は、本件裁判以前から、埋立工事の主体は私人同様の一事業者である、と主張する。ならば、原則として民間事業者が行うであろう手続きを踏襲することは、ごく当たり前のことであるということになろう。もしも本件事業者が、民間人であったならば、どのような評価方法や手続きを必要としたのであろうか?

以下に、参照すべき具体例を挙げておく。

・国土交通大臣の認可
・環境大臣の意見
・「公共事業の構想段階における計画策定プロセスガイドライン」の適用検討
・「海辺の生物国勢調査マニュアル」の実施及び事後の継続的モニタリング
・「海岸景観形成ガイドライン」に基づく検討
・「河川・海岸構造物の復旧における景観配慮の手引き」を参照した事業計画


上記2点は民間事業者が50ha以上の埋立を行う場合には、必然的に実施される手続であるから、防衛局においても国交大臣への意見照会と前提となる環境大臣意見の聴取を実施することは、何ら困難なことではなかったはずである。その文書を沖縄県の申請に際して添付すれば、事業計画の信頼性向上になることはあっても、逆に審査を困難にするような不利益を生じることはない。

また、下4つのマニュアルやガイドライン等は、本件承認以前から存在していたものであって、現実の政策に反映されているものであるから、実現不可能な措置の強要などといった批判は全くあたらない。


処分庁からの「環境保全措置について、改善するように」という求め(指導)に対し、現行の政策の中で考えられる実施可能な手法を検討するのであれば、これら既存の制度なり政策手法なりを参考にすることは難しいことではない。そもそも所管省庁たる国交省において作成されており、これを取り入れることが「実現不可能な措置」などと呼ぶ方がおかしい。
これら行政が主導してきたマニュアルやガイドライン等は、日本最高水準を強制したり経済合理性を無視させたりするものであるはずもなく、地域特性に基づき自治体が主体となって実施できることを政策に取り入れる為の指針の一部である。
こうした最低限度の「実施可能な措置」すらも検討された形跡がない、というのが、本件埋立事業なのだということである。何一つ、やってない。


本件埋立事業において、国が適法に行っていないことの証拠は容易に見つけられるが、国の主張を裏付ける根拠は極めて乏しい。
少なくとも、判例の適用くらいはきちんと行えるようにすべきである。訴訟での請求以前に、お話にならないレベルで落第級である。これのどこが、「最高裁判例が壁として立ちはだかる」のか。笑止。


参考までに、拙ブログでは「沖縄県にだけ基地が集中していて負担が大変なんだ」という、過去に幾度となく主張されてきた論点を全く挙げずに書いてきました。
心情的には、本当にその通りだと思っておりますが、過去の裁判例においては、これをいくら言っても無駄というか無効であり、平成8年の代執行裁判での最高裁大法廷が判示したのも、そういう論点は早い話が「裁判には関係がない」ということでした。

だから、適法に請求されているか、手続されているか、という、国側を攻撃できる点だけに絞って考えてきました。行政訴訟においては、住民の苦しみを知るべきだというような説得の仕方は、裁判官には通じるものではないと割り切って臨むべきではないかと。


沖縄県は『平成26年(行ウ)第一号公有水面埋立承認処分取消請求事件』の答弁書を撤回すべき

2015年11月26日 11時24分37秒 | 法関係
沖縄県が国交大臣の執行停止決定について、抗告訴訟を提起する前に、やらねばならないことがあろう。

それが、住民が提起している行政訴訟に対し、誠実に対応することである。

何故、相反する主張を維持したまま、国と戦えるというのか。


>http://blog.goo.ne.jp/chuy/e/676fd94e840e9df1072e9e1bd4c54f9c

(一部引用)

原告の意見陳述が終り、次回の弁論の日程に入ろうとしたとき、弁護団事務局長の三宅弁護士が立ち上がった。「被告答弁書は、国の主張であれば分かるが、これは本当に県の主張なのか。今までの県の説明とは全く違うではないか? 県はこの答弁書をあくまでも維持するつもりなのか?」と切り出し、答弁書の次の部分を問題とした。

・「国は公有水面に対する支配権に基づいて公有水面の一部につき適法に埋立をなしうる。」、「公有水面を埋め立てるかどうかは、本来、国の判断に委ねられるべきものである。」(答弁書P10)

・「国が知事の承認を得ずに埋立を行った場合であっても、知事から是正を受けたり、罰則を適用されることもない。」(同P10)

・「知事が承認を行わない場合には、国の知事に対する是正の指示、係争処理委員会による審査、国による代執行などで解決される。」(同P11)

・「国は本来、公有水面に対する支配権を有しており、この支配権に もとづいて公有水面の一部について埋め立てを行う権限を有している。」(同P12)

・「本件承認処分は、飽くまでも本件埋立事業に係るものであり、本件埋立事業後に建設される飛行場の運用によって生じ得る生活環境の被害とは直接のつながりがない。」(同P26)


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これら答弁書は、今回の代執行を巡る裁判においても、国側の答弁として予想できるものだったろう。重要な証拠というか資料ではないか。
沖縄県が、この被告の立場で述べた見解を全部維持したままで、代執行裁判を戦えると思っているのか。


法務省の訟務局から投入された部隊が書いたものを読んでいただけなのであれば、まず、被告の県の立場として行った答弁を撤回するべきだ。法務大臣に対し、見解を維持することは不可能であるということを通告しなければならないのではないのか?

被告としての敗訴受け入れを法務省が絶対に許さないから、その後にこの裁判の取り扱いがどのように変わるのかは裁判所側の判断となるだろう。


公有水面埋立は、国が、自由気ままに、好き勝手にいくらでもやっていいんだ、みたいな、暴論を許せると思うか?
国の支配管理下にあるとしても、独占排他的にその使用制限や海面の所有権が必然的に確立されているものではないぞ。もしも本当に国有財産であって、利用者は所有権のある国に許可を求める必要があるというなら、逆に漁業を行う者は国に対し「費用を払う」のが当然で、補償対象になどなるわけがない。


国は海をどう使ってもいいんだ、という理屈は成り立たない。
少なくとも、沖縄県がこうした行政裁判で答弁した事実は残っているのだから、これを完全に白紙に戻さねば、原告団の住民たちと同じ主張や請求をすることなどできないだろうに。


話し合うのが必要なのは、この裁判についてどのように対処すべきか、だ。
執行停止を取り消させる為に、国を訴えるより先に、やるべきことをなすべきである。



沖縄県が国を訴えるなら普天間基地の運用停止を提起すべき

2015年11月26日 09時58分13秒 | 法関係
沖縄県知事が抗告訴訟を提起すべく、議会に諮るということのようだが、何度も書いているように「執行停止」決定を取り消す訴訟よりもやるべきことがある。


普天間基地の運用停止ないし飛行制限を課すよう措置を義務付ける裁判である。
同じ「原告適格」が問題とされる(自治体が原告となれるかどうか)のであれば、執行停止なんかよりもずっと立証がしやすい「普天間基地の危険性」を問題とすべきなのだ。


11/17>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/33a53dacde971369e10c00e6dc1d030b

11/19>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/d9f5c109c70e3acdc78a38513a62f3ec


この抗告訴訟ならば、国の主張をまるまる利用できるから、国の抗弁は難しいのだよ。

小学校設置基準7条とか、環境基本法16条4項を理由として、防衛大臣に請求することは可能である(何度も言うが原告適格がハードルとなろう)。


合衆国軍隊への施設・区域の提供は、原則として防衛省が行っているものであろう。米軍の所有権といった権利関係にはないはずだ(なので土地の賃貸料みたいなのが発生している)。


普天間飛行場が、自衛隊法107条5項に言う「自衛隊が設置する飛行場」に該当するのであれば、自衛隊法でも請求可能では。

被告は、防衛大臣なり、環境基本法で言う「政府」=国として、請求することを考えてみるべき。



執行停止を争うよりも、ずっと本質的な法廷闘争となろう。




国交大臣の執行停止決定をいくら争っても勝ち目はない

2015年11月25日 11時45分34秒 | 法関係
どうして、わざわざマイナスになるような主張をしようとするのだろう?

翁長沖縄県知事の周辺には、本当は負けて欲しいと願っている人々でもいるのだろうか?
それは、政府関係者と内通しているもので、自分から転びたい・自ら失敗して敗北を招き入れたい、という目論見でもあるのでしょうか?


表向きは、「反対した、頑強に抵抗した、だけど、判決だから負けも仕方ない」という形作りでもしたい、とか?
知事は頑張った、だけどしょうがない、納得するしかないんだ、と?


知事に入れ知恵してる人たちの中に、政府側と協力している人がいるのではないか?

国地方係争委員会への主張においても、「執行停止決定」を取り消せ、と頑なに主張しているわけだが、既にブログ記事で書いた通りに「裁決や決定」は基本的に除外されているわけで、どうして無効なものを主張するのか?

「勧告」や「代執行」は明らかに「国の関与」に規定されているのに、なぜこれを外して、執行停止決定ばかりに拘るのか?


>http://www.jiji.com/jc/zc?k=201511/2015112400775&g=pol

米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)の名護市辺野古への移設をめぐり、沖縄県は24日、政府が翁長雄志知事による辺野古沿岸部の埋め立て承認取り消しの効力を停止したことに対し、停止決定の取り消しを求める訴えを起こす方針を固めた。政府は既に取り消し撤回の「代執行」に向けて県を提訴しており、移設をめぐる対立は異例の訴訟合戦に発展する。
 提訴には県議会の議決が必要で、翁長知事が24日、県議会与党会派に提訴の方針を説明した。県は議案の作成を進めており、25日から始まる県議会11月定例会に追加提案する。
 政府の効力停止に対し、県は既に総務省の第三者機関「国地方係争処理委員会」に不服審査を申し出ている。審査の間も移設工事が進む可能性が大きいため、行政事件訴訟法に基づく訴訟に踏み切ることで移設阻止の強い姿勢を示す。ただ、同法は行政機関同士の訴訟を想定しておらず、裁判所が県の訴えを却下する可能性がある。
 県は提訴と同時に、判決が出るまでの間、停止決定の効力を一時的に止める仮処分も申し立てる。認められれば、翁長知事による承認取り消しの効力が回復するため、移設工事の法的根拠が失われる。
 辺野古埋め立てをめぐり、政府は17日、知事が埋め立て承認を取り消したのは違法だとして、県に代わって処分を撤回する代執行に向けた訴訟を福岡高裁那覇支部に起こしている。 (2015/11/24-21:16)

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今回の提訴の論点にしても同じ。
わざわざ、執行停止決定だけを提訴するのは、明らかに「負けたい場合の主張」に等しい。

大臣の出した「執行停止」は、普通の行政訴訟で言うところの「仮の処分」でしかなく、差止めの仮処分が裁判所から出たのと大差ない。
問題になるのは、本裁判、すなわち取消訴訟とかなんだよ。

例えば。岩国基地の埋立建設工事を止めようとしよう。

埋立承認取消訴訟とか工事差し止め仮処分を提訴するわけだ。
たとえ仮処分で工事が止まったとしても、その後の本裁判で埋立承認の取消訴訟で負けたら、工事を止めることなんかできないんだ。

重要なのは、仮処分で勝つこと、なんかじゃない。

本裁判で「勝つこと」なんだって。


ド素人の拙ブログ記事ごときに、あれこれ言われるのは面白くないというのは、分かります。
ですが、大臣の執行停止決定はいくら争っても、勝てる見込みは乏しい上に、執行停止が解けるより残っている方が、有利なのです。これは代執行訴訟の論点の検討によって、明らかなのですよ。


執行停止決定を争って敗北のイメージを拡散でもしようという魂胆でもあるのですか?


もう一度書きます。

大臣の執行停止決定は、あくまで仮の処分であって、工事の本体を争う裁判ではありません。
たとえ一時的に執行停止決定が解除になったとして、工事そのものの妥当性を争う裁決とか裁判で負ける場合には、執行停止を解除したことなんて殆ど意味がないのですよ。


それよりも、執行停止を決定する際に国が主張した点を逆用する方が、はるかに勝てる可能性が高くなるのですってば。
執行停止の決定が生きていることの方が、本裁判での戦いは有利にできますよ、と言っているのに、どうしてなんだ。


執行停止決定が違法であることの論証は、拙ブログでも色々と考えてみたけど、相当困難だ。

裁量権の濫用を説明する場合、沖縄県知事の出した承認取消処分についても、同様にその点を突かれることになるんだぞ。わざわざ自らの主張で自分の不利な状況を招きたいということですか?


頼む。
執行停止決定を、無駄に争うのは、本当にやめてほしいです。


勝ち筋というか、突破口を思いついた時、僅かに希望が出てきたのですよ。
それが、無用な主張や訴訟で、自分の刃で自らを傷つける真似をしようとしているのですから、勝ちを放棄したいというのも同然で、最後の望みも絶たれることになってしまうかもしれません。



普天間基地を停止に追い込むチャンス到来

2015年11月19日 17時31分01秒 | 法関係
国自身が主張したことを用いて、彼らの主張を縛る方法を考えてみた。
しっぺ返しを食らえばいい。


まず、執行停止に関する部分から見てゆく。条文の関係部分を抜き出した。

○行政不服審査法 34条4項

処分、処分の執行又は手続の続行により生ずる重大な損害を避けるため緊急の必要があると認めるときは、審査庁は、執行停止をしなければならない


成立の要件は、「重大な損害を避けるため」と「緊急の必要がある」なので、拙ブログではこれらを簡略的に条件ア)「重大な損害」と条件イ)「緊急性」と呼んだものである。
執行停止の決定がされる為には、必ず

ア)重大な損害
イ)緊急性

を両方同時に満たしていなければならない、ということである。
執行停止申立て者である、防衛省は勿論、農水省と国交省はいずれもこれを認め執行停止決定をしたので、これが最有力の証拠となる。

なので、沖縄県庁に既に存在する、

①沖縄防衛局の審査請求及び執行停止申立ての文書
②農水省の出した執行停止決定通知書
③国交省の出した執行停止決定通知書

が重要証拠となります。


また、本件における国交省の出した

④地方自治法245条の八に基づく勧告及び指示の通知文書
⑤代執行の訴状

も同じく有力な証拠となります。

再掲しますが、地方自治法上の代執行手続の要件は、

ウ)法律違反がある(授益的処分の取消が違法というのが国の主張)
エ)代執行以外に是正困難(=他に手段がないこと)
オ)放置が著しく公益を害すること(=著しい公益侵害)

です。
国の主張では、エ)について立証が欠けており、成立要件を満たしません。
役に立つのが、オ)著しく公益を害するという要件です。


これの立証として、国の訴状では、次のように述べられています。
(一部抜粋)


(a)普天間飛行場の周辺住民等の生命・身体に対する危険除去ができなくなること。
(中略)
 宜野湾市内には2015年度、幼稚園8施設、小学校9校、中学校5校、高等学校3校、大学1校の学校施設や、約4万1600世帯の住宅、約70施設超の医療施設や公共施設等が密集している。沖縄県が本土復帰を果たしてから15年3月18日までの間に105回(年平均2・4回)の航空機による事故が発生しており世界一危険な飛行場といわれることもある。普天間飛行場における航空機による訓練では飛行経路が市街地上空で、普天間飛行場の周辺住民や上記各施設の利用者等は航空機事故の危険性や騒音等の被害にさらされる事態が常態化している。万一、航空機による事故が発生すれば周辺住民等の生命・身体に甚大な被害を及ぼす危険性が高くその危険は具体的なものとして現に存在しているといえる。

 沖縄防衛局は騒音問題に周辺地域の住宅防音工事の助成事業を実施し、これまで約427億円の補助金を支出し、1万世帯以上の防音工事が実施されている。依然として航空機騒音の被害や事故に対する危険感不安感などの精神的被害に対する苦情が14年度に300件以上、15年度は9月までに160件以上が宜野湾市に寄せられ騒音被害が解消されているとはいえない。

 以上の通り航空機事故や騒音被害といった周辺住民の生命身体に対する重大な危険は現実化し現在も継続し一刻も早く除去されなければならない。
 長年積み重ねられた交渉で普天間飛行場の危険性除去は社会からも大きな信頼が寄せられており、取り消しは社会の信頼を一方的に無視するものであり、行政処分一般に対する信頼を失わせることになりかねない。

(b)普天間飛行場返還後の跡地利用による宜野湾市の経済的利益が得られなくなること。

(以下略)


本件代執行の請求訴訟までに、国が主張してきた、ア)、イ)、オ)をもう一度見ますと、

ア)重大な損害
イ)緊急性
オ)著しい公益侵害

これは、国自身が述べ、立証しているものである、というのが重要点なのです。



ここで、行政事件訴訟法を振り返りましょう。

○第37条の二  

第三条第六項第一号に掲げる場合において、義務付けの訴えは、一定の処分がされないことにより重大な損害を生ずるおそれがあり、かつ、その損害を避けるため他に適当な方法がないときに限り、提起することができる。

成立する為の要件としては、

A)重大な損害を生ずるおそれがあること
B)損害を避けるため他に方法がないこと

なのです。
上で見た通り、執行停止や代執行の成立要件と殆ど似ている、ということです。


そこで、A)の「重大な損害」条件は、上記ア)とオ)で国自身がその立証を述べているのだから、そのまんま返せばいいのです。普天間周辺住民の「生命身体への危険」や宜野湾市の「経済的利益享受機会の喪失」です。
イ)の緊急性というのは、執行停止しないと回復不能な損害を受けるので回避する為には執行停止するしかない、というのが国の言い分なのです。これが、B)の要件の理由の一部そのものなのです。国はこれに反対できません。自分がそう主張したので。

しかも代執行の訴状で普天間飛行場の危険除去は基地を廃止するしか方法がない、と言っているのである。

国の訴状での言葉を借りれば、

航空機事故や騒音被害といった周辺住民の生命身体に対する重大な危険は現実化し現在も継続し一刻も早く除去されなければならない
『普天間飛行場の危険性除去は社会からも大きな信頼が寄せられており』

だそうで、これを証拠提出すればいい。


よって、A)の「重大な損害」は難なく立証できる。B)の他に回避の方法がない、についても執行停止の理由に国が使った文言を返せばいい。これに加えて、国は十分に「普天間飛行場の危険性について認識している」ことが自ら述べて立証しているのであるから、危険の存在を知っていたのに何らの手立ても講じないことが違法と判断されるであろうことは、当然に可能性が高くなるのだ。


次に、裁判で具体的に何を請求するべきか、ということになる。

住民が訴訟を提起するなら環境基準から攻める。

○環境基本法16条 1項及び4項

政府は、大気の汚染、水質の汚濁、土壌の汚染及び騒音に係る環境上の条件について、それぞれ、人の健康を保護し、及び生活環境を保全する上で維持されることが望ましい基準を定めるものとする。

4  政府は、この章に定める施策であって公害の防止に関係するもの(以下「公害の防止に関する施策」という。)を総合的かつ有効適切に講ずることにより、第一項の基準が確保されるように努めなければならない。



ここから、飛行場周辺の騒音被害について(これを国が自身で数々主張している)1項の基準を満たすよう、4項に従い「政府は総合的かつ有効適切に講ずべし」と求める、という請求が考えられる。

他には、防衛大臣に対する請求も可能。

○自衛隊法 107条5項

 防衛大臣は、第一項及び前項の規定にかかわらず、自衛隊が使用する航空機の安全性及び運航に関する基準、その航空機に乗り組んで運航に従事する者の技能に関する基準並びに自衛隊が設置する飛行場及び航空保安施設の設置及び管理に関する基準を定め、その他航空機に因る災害を防止し、公共の安全を確保するため必要な措置を講じなければならない。


ここで言う「その他航空機に因る災害を防止し、公共の安全を確保するための必要な措置を講じなければならない」ということで、措置を義務づける請求。


また、防衛省組織令9条による使用条件の変更ないし返還に関することを求めるべく防衛大臣が地方協力局に対し指揮監督権を行使せよ、という請求。

○防衛省組織令9条1項3号

3 駐留軍の使用に供する施設及び区域の決定、取得及び提供並びに駐留軍に提供した施設及び区域の使用条件の変更及び返還に関すること

国の訴状での主張を再掲しよう。

『普天間飛行場における航空機による訓練では飛行経路が市街地上空で、普天間飛行場の周辺住民や上記各施設の利用者等は航空機事故の危険性や騒音等の被害にさらされる事態が常態化している。万一、航空機による事故が発生すれば周辺住民等の生命・身体に甚大な被害を及ぼす危険性が高くその危険は具体的なものとして現に存在しているといえる』

この生命・身体に甚大な被害を及ぼす具体的な、現に存在する危険を放置することは、到底許されず、防衛大臣は直ちに適切な措置を講じるべく、環境省もまた政府に環境基本法に則り是正するよう求めるべきである。



都道府県知事が原告として訴訟を起こす場合には、学校の設置者としての立場から行うことは可能ではないか。例えば小学校の設置者は都道府県知事であり、他にも知事が設置者となっている学校はあるだろう(*追加:ちょっと考えてみたが、やっぱり知事が原告で国を訴える、というルートは、最初から訴訟というのも無理っぽいような気が。他の申立て制度を経ないと、簡単にはできないかも。直接訴えられるという制度設計にはなっていなさそうなので。やはり住民の訴訟が効果的かと)

○小学校設置基準 1条3項

3  小学校の設置者は、小学校の編制、施設、設備等がこの省令で定める設置基準より低下した状態にならないようにすることはもとより、これらの水準の向上を図ることに努めなければならない。

○同7条  小学校の施設及び設備は、指導上、保健衛生上、安全上及び管理上適切なものでなければならない。

ここで言う「施設の設置基準」について水準向上を図らねばならないこと、7条より「安全上適切なものでなければならない」ことから、この義務を果たすには普天間飛行場の国が言う「現に存在する危険」は明らかに設置基準に違背する。

訴状においても、国は、『宜野湾市内には2015年度、幼稚園8施設、小学校9校、中学校5校、高等学校3校、大学1校の学校施設や、約4万1600世帯の住宅、約70施設超の医療施設や公共施設等が密集している。沖縄県が本土復帰を果たしてから15年3月18日までの間に105回(年平均2・4回)の航空機による事故が発生しており世界一危険な飛行場といわれることもある』と自分で立論しているのだから、学校の設置基準を満たさない状態であることを認識しているといえる。


とすれば、学校設置基準の言う「安全上適切なもの」であることを達成するよう、普天間飛行場の運用を停止させる義務を負うものと言うべきである。
防衛大臣は、「公共の安全を確保するために必要な措置をすべき義務」(自衛隊法107条)があるのであるから、すみやかに、その措置を実施すべきである。


類似条文;
中学校設置基準 同1条3項、7条
高等学校設置基準 同1条3項、12条


参考までに、大学は文部科学省であるので、大学設置基準 同1条3項が小学・中学・高校と同等で、34条1項『校地は、教育にふさわしい環境をもち、校舎の敷地には、学生が休息その他に利用するのに適当な空地を有するものとする。』の基準を達成するよう、防衛大臣に協力を要請するべき、ということになろうか。


いずれにせよ、国は、代執行請求訴訟の訴状と、その他①~⑤の重要な証拠を提供してくれたことに間違いはなく、補強材料を少し見つければ、国が抗弁できる要素はかなり少ない、ということだ。
米軍の配置がどうとか、防衛上の価値がどうのとか、そういう論点に触れることなく、国の主張を潰せるのだ。


国は、自ら述べた通りに、
重大な損害が存在し、具体的な危険について十分に認識
しており、それは防衛省だけならず、農水省や国交省などにまたがって共有されており、しかも閣議了承を得られるだけの根拠を持っている、ということである。これを漫然と放置し、何ら適切な措置をとらないことは違法以外のなにものでもない。


辺野古沖基地建設に係る埋立承認取消の代執行に関する裁判の争点について~4(追記あり)

2015年11月18日 23時52分52秒 | 法関係
国の主張の要旨を見つけました。

若干の反論を書きましたので、取り急ぎ。


>https://www.okinawatimes.co.jp/article.php?id=142068


(一部引用)

本件の「処分の取り消しによって生ずる不利益」は、辺野古沿岸域を埋め立てる最大の目的の、普天間飛行場の周辺住民へ危険除去ができなくなることであり、96年に日米間で合意して以来約19年間にわたって日米両国が積み上げてきた努力がわが国側の一方的な行為で無に帰し、日米間の外交、防衛、政治、経済など計り知れない不利益だ。さらに、普天間飛行場跡地利用による宜野湾市、県の経済発展の計画は白紙に戻され、県全体の負担軽減も実現されないことになる膨大な不利益が生じる。

 国は辺野古沿岸域の埋め立て工事等のため約900億円の契約を締結し既に約473億円を支払っており、承認が取り消されれば全くの無駄金となり、国民がその負担を背負うことになる。

 (中略)


最高裁判決の位置づけ

 行政処分の安定性・信頼性の確保は、行政事件訴訟法がそれを指導理念としているものである。また授益的処分の取り消しは、授益的処分に法律的な瑕疵があったからといって取り消すことはできず、極めて限定的な場合にのみできると考えられている。

 最高裁1968年判決は、授益的処分をした行政庁が、その違法または不当を認めて取り消すためには、「取り消しによって生ずる不利益と、取り消さないままの不利益を比較し、公共の福祉に照らして不当だと認められるときに限り、取り消すことができる」として、違法な行政処分の取り消しを極めて例外的な場合と限定し、この高いハードルを超えない限り瑕疵があったとしても取り消しはできないとしている。

 本件が授益的処分なのは明白で、判決が示すハードルを超えない限り適法に取り消すことはできない。


=======


◆契約金等の損失

原告国の言う契約額約900億円や払済金473億円は、本件埋立事業において、実質的に未だ埋立工事が実施されておらず、ボーリング調査すら完了し終えていないのであるから、違約金を支払ってもなお解約できる余地はある(朝霞公務員宿舎の建設計画に際しても、計画取りやめで数十億円もの違約金が発生すると主張していたが、やはり建設工事は中止された。その違約金がいくらであったか問うべきである。財務省の説明と違っている場合には、理由付けの為に過大な金額を言うのが常道だからである)。
しかも過去に繰り返し基地建設事業の関連費用や調査費用等で無駄に国費を浪費してきたに等しいものも含まれており、そもそも杜撰な事業計画に起因するものであって、埋立を不承認にしたことによる直接的費用はもっと小さい。


住宅建設工事を想定してみよう。工事の請負契約をしたとして、契約書に中途で契約破棄する場合の違約金があるだろうが、まだ基礎工事前の更地状態でボーリング調査(杭打ち問題で言えば、工事前の調査に過ぎない)を実施した段階であり、これを契約解除できないなどという理屈はないだろう。
これまでかかった費用は損失とはなるが、元の事業計画が悪いからであり、無駄な基地建設工事により将来的な事業費用が数兆円単位にかかるよりは、損失がはるかに小さい。



◆判例適用の基本的な誤り


原告国は、次の最高裁判例を引いて、処分の取消によって生ずる不利益と、取消をしないことで処分により既に生じた効果を維持することの不利益を比較考量すること、また処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当である場合に限り取り消すことができると解する、と主張する。

(報道記事からは、判例詳細が不明であるが、当方が探してきた、恐らく以下のものであるという仮定で書くものとする。国の訴状には引用判例の記載をしてほしい)


【昭和43年11月7日 最判小一 民集22巻12号2421】

すでに法定の不服申立期間の徒過により争訟手続によつてその効力を争い得なくなつたものであつても、処分をした行政庁その他正当な権限を有する行政庁においては、自らその違法または不当を認めて、処分の取消によつて生ずる不利益と、取消をしないことによつてかかる処分に基づきすでに生じた効果をそのまま維持することの不利益とを比較考量し、しかも該処分を放置することが公共の福祉の要請に照らし著しく不当であると認められるときに限り、これを取り消すことができると解するのが相当である(昭和二八年(オ)第三七五号、同三一年三月二日第二小法廷判決、民集一〇巻三号一四七頁参照)。


しかし、判例の適用及び解釈の誤りは明白である。

第一に、上記判例は法定の不服申立期間の徒過している場合であり、異議申立者は処分の当事者に該当しない訴外人であるといった、通常の行政手続法・行政不服審査法などの救済制度を用い得ない場合に、適用されるものである。

すなわち、前記判例の言うように既に通常の争訟手続によって争い得なくなった処分の取り扱いについては、「不利益の比較考量」と「公共の福祉の要請」を検討した上で処分の取消や変更を行政庁は行うべし、とするものである。本件においては、法定の争訟手続によって争い得なくなった処分でないことは明らかであり、事実行政不服審査法に基づく審査請求が事業者からなされているのであるから、本判例の適用は誤りである。

第二に、本判例には次のような指摘がある。

かかる処分が、本件におけるごとく、法定の要件に違反して行なわれ、買収すべからざる者より農地を買収したような場合には、他に特段の事情の認められない以上、その処分を取り消して該農地を旧所有者に復帰させることが、公共の福祉の要請に沿う所以である

取り消されるに至った、その元となる処分が「法定の要件に違反して行なわれ、買収すべからざる者より農地を買収したような場合」なのであって、本件埋立について考えれば、「法定の要件に違反して行われ、埋立すべからざる者より埋立された場合」であるなら、埋立承認の処分を取り消すことは可能である証拠である。

これにより行政庁が「争訟期間を経過している処分」であって、しかも買収計画や所有権取得登記が完了しているものであっても、行政庁が取り消すことを認容したものである。本件について見れば、未だ埋立工事の具体的作業が何らなされておらず埋立地竣工や土地取得すら生じていないのであるから、これを取消できないとする理由はない。

かえって、行政庁が既に授益的処分をした場合であろうとも、その処分に違法の誤りがあって、これに気付いた場合には、不利益の比較考量の上、処分を取り消す方が公共の福祉の要請に合致しているならば、契約関係が完了しているとしても「取り消してよい」ということを補強している判例であると言えよう。


以上により、この判例の適用誤りについての説明は十分であるが、一応主張点であるところの埋立承認を取り消した場合の不利益と埋立承認によって生じた効果を維持した場合の不利益について検討する。


①埋立承認の取消によって生じる不利益

a.契約関係における金銭的損失
b.国際関係上の不利益
c.普天間飛行場に関する不利益


②埋立承認の維持によって生じる不利益

・回復困難な不可逆的変化をもたらす
・環境保全が極めて困難
・景観の破壊
・自然公物の自由使用の制限
・永続的軍事施設の残存
・航空機等による騒音、振動など


②の影響が大きいとするのが、知事及び沖縄県の判断である。
また、国の言う①の不利益のうち、普天間飛行場に関する不利益や沖縄県の負担軽減に関する不利益については、「本件埋立工事」が必然に生じさせるものではないことは明らかであって、本来これら不利益を除去すべき義務を国が負うものであるから、その措置を政策的に実現するべきことである。

たった一つの埋立工事に、これら全ての要件が存するという立論そのものに破綻があり、それでは埋立工事の成否いかんにより、ありとあらゆる効果が波及するという、通常では行政には考えられない状態が本件工事ということになる。それならば、当然に立法措置をもって対処すべき深刻な事態であるから、特別法があってしかるべきところ、その存在は証明されない。


少なくとも、cについての不利益の解消は、国が知事の執行停止を決定していることから、「重大な損害」要件を満たしているのが明らかなので、別の政策をもって不作為を早急に解決すべき義務を負うものと言うべきである。

a.の損失は既に述べた。b.の不利益は、あるにはあるが、国の主張では抽象の域を出ないものであり、米国との約束を反故にすることが甚大な不利益を生じるというのなら、前の記事で述べた通りに日米関係はとうに破綻していることであろう。



簡単に言うなら、国が主張の大半に費やしている、埋立工事をしないとどうなるか、というデメリットの強調であるが、殆ど検討以前の問題である。あくまで法の技術的議論というか、手続の正しさをまず見るべきであって、国の言う理由のあれこれはほぼ関係がない。それ以前の話だということ。


沖縄タイムス記事からさらに引用する。

そもそも法定受託事務として、公有水面埋立法に基づいて一定範囲の権限を与えられたにすぎない県知事が、わが国における米軍施設および区域の配置場所などといった国防や外交に関する国政にとって極めて重大な事項の適否を審査したり、判断する権限がないことは明らかだ。法を所管する国土交通省の所属事務に国の国防や外交に係る事項の適否の判断は含まれず、法に基づく法定受託事務の範囲で公有水面埋め立ての権限を付与されているにとどまる県知事に、米軍施設および区域を辺野古沿岸域とすることの国防上の適否について審査判断する権限が与えられていない。

========


これが典型的な例。
米軍基地になって、これがどのように運用されるか、は、本件埋立承認についての代執行手続が正当かどうかには影響を及ぼしていない。拙ブログでの争点1~3でも、米軍基地の配置が妥当か否かなどといった検討は全くしていない。

知事が判断していいのか、という国の言い分であるが、これを反対しても問題ない。
埋立について、「承認」や「承認取り消し」といった処分が、適法に手続きされたかどうか、をまず見ているものである。完成した埋立地の利用状況が政治的に正しいかどうか、の判断以前の問題なのだ、ということである。


国の行った埋立申請の手続上においては、制限海域の提供という点において違法があると見るべきである。
更に、審査請求に対し裁決をすることなく、また代執行を行える条件を整えることなく、本件代執行の手続きを行い裁判を請求している点が、埋立地の目的や用途や運用方法の是非を判断するまでもなく、根本的に誤っている、ということだからだ。


故に、原告国の主張は、無効なものが圧倒的に多いのであり、更に言えば、上記判例の適用すら「満足にできていないのではないか」ということである。


国の訴状には、取消処分の根拠として挙げた条文の4条が国に準用されない、といった主張がなかった。この点が、最も攻撃されるのではないかと想定していたのであるが、取消条文の誤り、これがなかったのであれば、前の記事の「論点10」で述べたように、形式的には取消処分は有効となるだろう。



19日10時頃 追記:


損失となる金額について、次のような質問をするべき


「900億円が損失だと言うが、例えば、朝霞公務員宿舎建設計画が中止になった際、財務省が最大40億円程度の違約金等損失が出ると主張していたことが報道されていたが、受注企業の大林組はこのような違約金を受領していない、とも報道された。現実には、建設計画中止に伴って、いくらの違約金の負担が発生したか?その総額に対する割合は何%か?」

「もしも本件工事において、発生するであろう違約金の割合が朝霞公務員宿舎と比較して大幅に違うなら、その理由は何か?契約上のミスではないのか?」

「原告国は473億円の損失額について、不利益の理由として挙げている。このうち、埋立承認後の平成26年度予算以降に入札及び契約となった金額と実際に支払った金額(A)はいくらか?」

「米国政府が未払いとなっているFMS調達の金額はいくらか?」

「日米地位協定に基づく米国政府の負担相当額(25%部分)のうち、米国政府が未払いの金額はいくらか?」

「これら米国政府が払ってない合計額(B)と(A)を比較して、沖縄県知事が与えた損失額の大小を言え」

「沖縄県知事が与える損失を、甚大な損害であるかのように主張しているのに、米国政府には請求できず明らかな損失を与えていることを放置することは行政として許されるのか?」

「沖縄県知事が与えた損失が大であって、米国政府は許されるとするなら、その法的根拠や合理的理由をいえ」

「米国政府と地方自治体に取扱の差別はあるのか?ないなら、何故米国政府が許されるのか?」

「(A)以前に払った金額は、現知事の任期外で無関係であり、損失を言うのは不当。そもそも承認がない時点で払った金額を算入するのは国の勝手な希望的観測による(承認はきっと得られるであろうという)皮算用的支出によるもの。承認が得られないなら、どの時点でも損失になるに過ぎない」



辺野古沖基地建設に係る埋立承認取消の代執行に関する裁判の争点について~3

2015年11月17日 12時49分29秒 | 法関係
補論 

代執行についての裁判には、直接影響しないが、今後に主張できる点を書いておく。

1)国が埋立の事業者の場合にも、法令上で区別せず同等基準とすべき

国は、沖縄防衛局が一民間事業者と同等の立場であるとの見解を認めている(防衛省、農林水産省、国土交通省の文書記載の見解により明らか)。そうであるなら、国の行う埋立事業についても、一般事業者と同じ基準や法令適用とすべきである。区分する合理的理由を欠く。公有水面埋立法を改正して、殆どを統一的にすべきである。例えば、免許と承認で分ける必要がない。

また、私人たる事業者と同等の立場に過ぎないと国が自ら主張している(那覇地裁における埋立承認取消訴訟の裁判においても同様)のであるから、環境影響評価についても、50haを超える埋立の場合には国土交通大臣の認可と、それに前置される環境大臣に意見を求めることも同じく行うべきである。これを手続上で行わないことの理由がない。実施しないことによる何らの利益も照明できない。

沖縄県の取消事由に挙げられていたのは、環境保全措置が不十分であることであったのだから、これについて専門的な吟味をするべき義務を国は負うはずである。何故なら、審査しないと裁決できないから、である。

環境影響評価法でいう第一種事業に該当し、また50haを大幅に超える埋立(本件では約160ha)を行う予定であるから、環境影響の程度が著しいものとなるおそれが十分にあり、絶滅危惧種であるジュゴンやトカゲハゼなど絶滅危惧種の保護、サンゴ礁その他海洋生物の保護や生物多様性保護の観点からも、詳細に検討されて当然である。

生物多様性基本法3条3項によれば『一度損なわれた生物の多様性を再生することが困難であること』、海洋基本法2条より『海洋の生物の多様性が確保されることその他の良好な海洋環境が保全されることが人類の存続の基盤であり、かつ、豊かで潤いのある国民生活に不可欠であること』から、ひとたび大規模埋立工事がなされてしまうと、事実上は原状回復が甚だ困難であり、失われた生物環境は戻せない。そして、長期に渡る争訴となっている諫早湾干拓事業を見れば、事後の解決・調整・損害の補償といったことが極めて困難であることも明らかとなったわけである。

よって、国には環境省の調査と環境大臣意見を照会するなどすべきであるし、審査請求のあった事案についての裁決を出すという点においても、これら注意義務を果たすべきであり、一民間事業者の立場であるなら本件埋立を除外するべき合理的理由はない。

那覇空港拡張事業(第2滑走路増設)の際、平成21年2月沖縄県に対し環境省意見が送付さえれたが、この事業においては「公共事業の構想段階における計画策定プロセスガイドライン」に基づいて事業の推進が実施された。本件埋立より以前から、こうしたガイドラインの適用があったのであるから、本件でもこれに沿った事業実施が当然なのであって、意図的に国がこうした手続を回避したことは明らか(国が知らなったはずがない)であり、不当の謗りを免れない。私人同様と主張するなら、過失ともいうべき手続上の誤りがある。


2)国の不作為が明確化された

これまでの論点で何度も記述してきたが、防衛省、農林水産省、国土交通省の見解からすると、確実に言えることがある。
それは、執行停止をすべきことの正当性、である。

3省全てにおいて、執行停止するべきほどに緊急性や重大性がある、としているのは明らか。「重大な損害」の該当事由となっている、ということである。処分内容と性質からすると、単なる海上・海底作業をさせないようにするものであるので、処分自体には他事業と比べて特殊性はなく、これが執行停止理由の主要な根拠とはなりえない。
では、執行停止を満たすだけの理由とは何か?

回復が困難なほどの損害、ということである。これは、一つに日米政府間の外交・防衛上の損害、もう一つは普天間基地の存在による損害、とされている。

まず、日米政府間の外交・防衛上の損害については、国がその具体的な損害の性質や程度を明らかにしていないので、今後に立証されるだろう。沖縄県が裁判で国と争う場合には、必ずや具体的にどういうものが「重大な損害」に該当しているか、という点を国側に立証させるべきである。

これについて筆者なりの見解を述べるものとする。
基地建設の日米政府間の合意があって、これを遵守しない場合には、日本政府が米国政府の信頼を失い外交上の打撃を受ける、ということであろうか。

もしもこれが真実であるなら、今頃両国間は断絶していてもおかしくないのではないか。日米政府間合意の存在をもって、これが未達成だと二度と回復が困難な程に「重大な損害」を形成しているとは見えない。具体例を挙げよう。
普天間基地の返還については、96年12月のSACO勧告(最終報告)がSCCに承認されたものである。SACOによれば、『今後5乃至7年以内に十分な代替施設が完成し運用可能になった後、普天間飛行場を返還する』とされた。
SCCにおいては、『海上施設は、軍事施設として使用する間は固定施設として機能し得る一方、その必要性が失われたときには撤去可能なものである』との合意があった。

これらは、全て現実には起こっていないし、期日も工事方法も全くの別物である。政府間合意の重大性とは、この程度のものでしかない、ということの証左であるとも言える。
また、日米地位協定18条に基づく損害賠償金の米国政府に支払義務がある金額は推定120億円とされるが、債務不履行のままであることは確実である。同様に、日米政府間でのFMS調達では2012年度末時点で2282億7366万円が未精算となっており、これら法的義務を負うべき合意ですら履行されなくとも、日米政府間の外交は回復困難な程の損害を受けている様子は見られない。外交上の回復困難な重大な損害について、国はその存在を立証すべきである。

たとえ日本政府が米国政府との合意を約したとしても、日本国民には直ちにその履行の法的義務を負うものではない。あくまで国会が議決し立法措置のあったものだけである。或いは、国内法上で政府の裁量権の範囲内で行えるものである。日本国民は米軍に対し、本件基地を提供すべき法的義務を有していない。一般的に、日本国政府が外国政府との間で何らかの合意形成がなされたとしても、その効力はあくまで国内法上の法的根拠を有するものだけであり、例えば違法な合意である場合にはその履行はなされることがないのは明白である。合意事項の履行が実現できないことによって、たとえ政府間の信頼関係に何らかの影響を与えたとしても、それは国際政治の上では珍しいことではなく、これを回復不可能な「重大な損害」とするなら、いかなる合意事項であっても履行義務を負うことになってしまいかねず、それは立法府の権能を超越している。

(*つい数日前の13日、ジョエル・エレンライク駐沖縄米総領事は、共同通信社のインタビューに対し、普天間飛行場の辺野古移設問題について、『「非常に重要で深刻な問題だが、基地負担を軽減し、日米同盟を強化する在日米軍再編計画の中では小さな問題(one small part)にすぎない」との見解を示した』とされる。日米関係に甚大な影響を与えるようなことではない、という理解も可能であるということである。「重大な損害」事由とはなり得ない、ということの証明である)


それでは、防衛上の損害とは何か?

埋立工事が停止されることにより、日本の防衛に一体全体どのような二度と回復が困難な程度に重大な損害が発生したというのであろうか?これも国が立証できることだろう。もしもそれが本当ならば、過去20年余り埋立工事が停止状態であったので、工事の非常なる遅れから重大な損害が考えられない程に蓄積していることだろう。その存在について立証されたし。
これまでの行政訴訟においては、「重大な損害」というものが単に抽象的な損失が観念されるというだけでは足りず、より具体的かつ定量的な損害が現実にあることを証明できなければならなかったはずだろう。国(防衛省、農林水産省、国土交通省)の言う、「日米政府間の信頼関係」といった曖昧な説明しかできない外交上若しくは防衛上の損害など、「重大な損害」の要件を満たすものではないのである。


さて、残るは理由とは何か?普天間飛行場の存在そのもの、これによる周辺住民の被害、ということだ。埋立工事が遂行できなくなると、普天間飛行場が残り続けることになり、それが二度と回復困難な程に「重大な損害」を与え、しかもその損害は緊急性を満たすということである。3省が揃って、この損害の重大性かつ緊急性を満たす、と主張したのであるから、これを今更嘘でしたとは言うことはできない。
執行停止せず裁決を待っていたのでは、その間に受ける損害があまりにも甚大であり回復不可能なので、執行を停止するのだから。裁決を待って不利益処分が取り消される(本件の場合には停止していた埋立工事再開)と救済されるような損害では、「重大な損害」には該当しないのである。

すると、普天間飛行場は二度と回復困難な程の「重大な損害」があって、しかもそれは緊急性を要するもの、という条件を満たしているということだ。

加えて、代執行手続開始には、代替手段がないことの他、著しく公益を害することが明らかな場合という2つの要件を同時に満たす必要があるのだ。著しく「公益を害する」のだから、これも普天間飛行場のことが含まれるのは明らか。


これらにより、本当に大切なことが明らかにされたのである。
普天間飛行場は、直ちに運用を停止させるだけの「重大な損害」を与えており、しかも緊急性を有するということを、国自身が認めたのだ、ということだ!禁反言の法理により、国自身が「重大な損害」の存在を否定する主張や立論は今後一切できなくなった、ということだ。


しかもその損害程度は、二度と回復が困難な程の、行政事件訴訟法上で言うところの「重大な損害」要件を満たすものだ、ということ。今後、行政裁判を起こすと、国がこれら重大な損害を放置して何らの措置もとらないことは違法とすることができ、国にはこれを否定できる論拠を自ら失ったのだ。国の不作為を裁判で改めさせることが確定的となるだろう。

もしも米軍が普天間飛行場を返還しない、運用停止は同意できない、と言ったらどうするか?

日本政府は米軍に命令したりはできないが、政府間で「重大な損害を与えているので、改善するか運用停止して」と言うことはできる。しかも、それは日本の裁判所の管轄権であって、裁判所命令が運用停止命令だと、それに米軍が従わなくてもよいとする理由は、恐らく存在しない。
連邦最高裁は米国人に具体的被害が及ぶものは管轄権が米国にある、としており、日本でもその法理は類推適用できる。実際に「重大な損害」の立論を日本政府自らが行ったのだから、政府にはこれを否定する論拠はなく、裁判でも主張することは不可能。基地周辺の日本国民に具体的に回避すべき「被害」があるのであって、それは回復困難な程に重大性と緊急性を兼ね備えた「重大な損害」である。著しく公益を害することが明らかなものである。

たとえ合衆国軍隊が、指揮命令は合衆国政府の行政権のみであり、直接的には日本の法令が及ばずこれに拘束されないとしても、日本の施政権の及ぶ範囲において日本の法令を遵守することなく無制限な活動が許されると解することはできず、原則として日本の法令を遵守する義務を負うものというべきである。例外として、日本の法令を遵守することが合衆国憲法あるいは連邦法上で違法となってしまうことが明らかな場合か、日本の法令を遵守することにより合衆国を安全保障上の危機に至らしめるなどの著しく公益を害するおそれがあって、日本の法令違反を犯すことになったとしてもこの損害を回避せざるをえないという正当な事由が証明される場合を除いては、合衆国軍隊といえども日本政府の施政範囲において日本の法令を逸脱することは許されないと解するのが相当である。

同時に、合衆国政府には、日本国において日本国民に対し「重大な損害」を与えてもこれが許されるとする行政裁量権を有しているという根拠はない

故に、今回の代執行に関する訴訟で、万が一負けるようなことがあったとしても(もし国を勝たせる裁判官が存在するなら、法の信頼は果てしなく地に堕ちるだろう)、普天間飛行場を運用停止に追い込める可能性はかなり高いということになる。

米国は、常々「法の支配」と掲げてきたのだから、当然法に従うだろう。日本の裁判所が出した判決には、従うよりないのである。日本政府に不作為がある、という判決であるとしても、米軍が日本政府に「違法行為」を唆すことなど許されない。日本政府が違法を行っているのを承知で、その利益を享受するなら、米軍も同罪だということ。不当利得を得ているのも同然であり、日本政府と米軍の共謀関係というべきかもしれない。

これを回避する唯一の方法は、普天間飛行場の違法を止めることだけである。

辺野古沖基地建設に係る埋立承認取消の代執行に関する裁判の争点について~2

2015年11月17日 12時43分14秒 | 法関係
各論


1 代執行手続の開始以前の問題点

10月27日、政府は閣議にて沖縄県知事の本件取消処分に関し、代執行手続を開始することを口頭了承したとされる。29日には沖縄県に勧告書が送付された。これより以前の段階において、国の対応に問題点があったので、これについて指摘する。


1)論点5:聴聞の出頭拒否は不当

沖縄防衛局に対し、本件取消処分を行う前に聴聞の手続がとられたものであるが、国が合法であることの立証ができるのであれば「処分がなされる以前」に聴聞に応じて、あらゆる資料と正当性の根拠と、それに基づく「国が正しいと考える理由」を主張できたはずである。その証明が必要十分であって、知事にこれを覆せない場合には、必然的に取消処分は出されることがなかったはずである。この立証機会を、自らの不出頭により放棄する合理的理由はない。出頭せずに、わざわざ知事に取消処分をさせておきながら、事後的に国土交通大臣による執行停止をさせたのは、行政手続法・行政不服審査法の救済制度及び法令の悪用であって、少しでも早く工事を再開せんとする為である。

一般的に、免許や許認可の取消等不利益処分に際して、聴聞に不出頭となる者の多くは、反論するべき合理的根拠を有しないか、取消処分もやむを得ないという黙示の同意をする者(例えば違法な活動を行っていた貸金業者や金融商品取引事業者など)であって、自らの正当性を立論できる者がその貴重な機会を喪失したいと考えることは合理的とは言えず、不利益処分の前にこれを回避することを望むのが普通である。

(筆者推測:事業者が最初から出頭する意志を有しないことは処分前から事前に沖縄県に対し伝達されており、国土交通大臣が審査請求と執行停止を受理し、この主張が認められることを既に事業者が知っていたと考えるのが自然である。聴聞を省いた方が時間短縮になるから、である。国の法令の悪用であるとしか見えない)


2)論点6:岩礁破砕許可に係る審査請求に対し裁決がなされていないこと

事業者は、27年3月に行政不服審査法に基づく審査請求と執行停止申立てを行っているが、審査庁たる農林水産省は未だ裁決を出していない。この申し立の際、事業者の主張と農林水産大臣の執行停止の決定通知においては、本件埋立工事の作業が停止することは、回復困難な重大な損害を与えるものであり、緊急性と重大性という点において、知事の作業停止指示(と、その後に想定される岩礁破砕許可取消処分)は執行停止されるべきとして、現にそうなっているものである。

岩礁破砕許可についての審査請求と執行停止は、実質的に本件基地建設に関する国と沖縄県との争いという点において本件と同一であって、国に正当性があり、知事の権限行使に違法があるというなら、見解の相違を解消するべく一刻も早く裁決を出すことが必要であったはずである。

事業者は防衛省と本質において同一であるから、執行停止を正当と考え申立てた防衛省のほか、農林水産省と国土交通省が揃って「執行停止」を決定する程に、緊急性と重大性を本件基地建設に認めているのであるから、徒に裁決時期を先延ばしすることは、事業遂行の妨げとなることは明らかである。もしも公水法の承認取消処分がされる前の時点において農林水産大臣の裁決があったならば、1号法定受託事務に係る沖縄県の執行等に違法があることを容易に指摘かつこれを是正することができたはずであり、それをしなかったことは国の落ち度である。審査庁の行う裁決は法的拘束力を有しており、取消の裁決が出されれば処分の取消について行政不服審査法43条により履行義務を負うものだからである。


3)論点7:手続上の違法や不当があっても処分の取消とは限らない

事業者は農林水産省及び国土交通省に対する審査請求において、知事の手続上の違法を指摘しているが、これをもって当該不利益処分が取消されることにはならない。例えば農林水産省への審査請求では、行政手続法上の不利益処分時に行われる13条1項の聴聞等(弁明機会の付与)や行政不服審査法上の教示義務のある事項の不備などを指摘している。そのような主張は認められるかもしれないが、これをもって知事の取消処分が無効となりこれを審査庁が取り消す裁決を出すことの根拠にはならない。

例えば、年金給付額aを行政庁が決定し給付していたところ、加給年金分が過大に給付されていることが判明した為、年金給付額bへの減額変更という処分をされたとする。この説明や手続過程に処分庁の違法(不当や義務違反など)があったとしても、年金給付額bが正しいならその処分は維持される。相手方から見れば、aが受益的処分であっても、これは取り消されるし、bへの減額変更は違法や不当が裁決で判明した後でも維持される。相手方には行政庁の違法に対して国家賠償法による賠償を求める権利は生ずるかもしれないが、その違法分は賠償で解決できるものであり、bへの減額変更の処分自体が無効や取消となるわけではない。そもそも受益的処分を行政庁が取消・撤回できないとする法理は存在しない。

別の例では、行政不服審査法55条では『審査請求を却下し又は棄却した裁決が違法又は不当である場合においても、当該裁決に係る処分が違法又は不当でないときは、再審査庁は、当該再審査請求を棄却する』とされており、手続過程の違法の存在が必ずしも処分に対する判断を決するものではない。


4)論点8:基地建設の民間業者との契約関係は処分の正否判断には影響しない

事業者の農林水産省に対する執行停止申立てによれば、工事作業に関する民間業者等の契約関係を重大な損害として挙げていたが、これは執行停止を正当化する事由にはならない。国家賠償法上の義務を負う可能性を生ずるに過ぎず、重大性や緊急性の要件を満たすものでない。知事のした不利益処分の取消を正当化できる理由にもならない。


5)論点9:国が最善の努力をした形跡は認められない

これまで述べたように、各省庁並びに政府は本件事業につき緊急性や重大性を認めているのであるから、農林水産省の裁決を早急に出すことはできたはずである。その参考となる行政制度は以前から存在している。
それは、「日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約第六条に基づく施設及び区域並びに日本国における合衆国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う土地等の使用等に関する特別措置法」による緊急裁決である。

同法19条により地方防衛局長の申立てがあった場合には権利取得裁決か明渡裁決を5月内に収用委員会が行うことができ、同法22条によりこの期間内に裁決がなされない場合には地方防衛局長より行政不服審査法の異議申立てがあれば(この法律から、地方防衛局長は行政不服審査法上の異議申立ての権利行使が可能であることは、自明となる。同様に異議申立てに限らず不服申立て一般、すなわち審査請求の権利行使もできることは類推される。異議申立てが可能で審査請求は不可能とする解釈は困難ではないか)、1月以内に収用委員会が裁決を出すか防衛大臣への事件送致となる。同法23条から、防衛大臣は防衛施設中央審議会の議を経て大臣自ら1月以内に裁決できる。

また、同法24条から防衛大臣が収用委員会に対し「自らが使用又は収用の指示」を行った場合にのみ、審査請求のなされた収用委員会の「却下の裁決」を大臣が取り消して「使用又は収用」の裁決を行うことができる。つまり、事前の指示がなければ、大臣が取消の裁決を自ら行うことはできない。収用委員会の行った却下の裁決を審査請求後に取り消す裁決を行う場合には、原則として実施主体は収用委員会であり、収用委員会に対して防衛大臣が「使用又は収用」の裁決に変更するよう指示することは可能となっている。大臣自身の裁決には、防衛施設審議会の議が前置されている。

このように、重要性の高い土地等の使用又は収用に関しては、緊急裁決や大臣による代行裁決等の制度が存在しており、これが可能であるというなら、他の審査請求についても同様の考え方をとることはできよう。すると、概ね6か月以内に裁決を出すことは、決して不可能な要請ではないはずだ、ということである。

国には、取り急ぎ裁決を出すべき義務があったにも関わらず、農林水産省に対し速やかに裁決を出すよう要請することもせず、内閣総理大臣が農林水産大臣に対して指示することもなく、審査に必要な追加の資料提出や意見徴収を沖縄県に対して行った形跡もない。国は義務を怠ったとしか見えない、ということである。



2 地方自治法に基づく代執行手続が不適法であることについて

知事が公有水面埋立法に基づく埋立承認について取消処分を行い、これに対し事業者から審査請求及び執行停止申立てを受理した国土交通大臣が執行停止の決定後に、代執行手続となった。これについて検討する。

地方自治法245条の八1項は、『各大臣は、その所管する法律若しくはこれに基づく政令に係る都道府県知事の法定受託事務の管理若しくは執行が法令の規定若しくは当該大臣の処分に違反するものがある場合又は当該法定受託事務の管理若しくは執行を怠るものがある場合において、本項から第八項までに規定する措置以外の方法によってその是正を図ることが困難であり、かつそれを放置することにより著しく公益を害することが明らかであるときは、文書により、当該都道府県知事に対して、その旨を指摘し、期限を定めて、当該違反を是正し、又は当該怠る法定受託事務の管理若しくは執行を改めるべきことを勧告することができる。』と定める。

国の主張はまだ不明なので、執行が法令違反なのか、大臣処分に違反しているのか、取消処分を取り消さないという点について「怠る」(不作為)としているのか、分からない。現時点で、沖縄県側が主張できる論点について列挙することとする。


1)論点10:公有水面埋立法は取消処分があることを前提としている

国が法令違反を言うとしても、埋立承認の取消処分についての手続は形式的には違法性は立証できないだろう。たとえ前知事が承認したとしても、これを後任者が取り消すことができないという法理はないからである。

公水法32条1項各号において取消事由となり得ることが示されており、32条2項は取り消された場合に損害を補償する旨が定められている。事後的に取り消すことが必ずしも違法とはならない。同法35条では、原状回復に関して規定されている。ただし、国に対する埋立承認について、「取消処分」が違法であるとする見解はあり得る。公水法42条からすると、同法32条は準用されていないからである。この場合、埋立承認の取消処分ではなく、「承認の撤回」とすべきところかもしれない。実際上の効果としては同じではあるが、知事の処分としては、国が「免許を受けたる者」ではないので、同法32条1項は適用できないと解釈され、取消処分は違法とされる可能性がある(その場合には、取消処分は一旦取り下げて、改めて承認の撤回を宣言・通知するよりないと思われる)。

都道府県知事の錯誤により、誤って承認(免許)することはあり得るので、これを自らの職権にて取り下げることができないとするのは、事務の処理として実際的ではない。原則として、行政庁が自身の明らかな過誤、違法や不当に気付いた場合には、当然に自らが進んでこれを是正する義務を有するべきものであるから、取り消すことは認められるべきである。

知事がした不利益処分が公水法4条(1項ないし2項)に基づくものである場合には、やはり準用規定では該当しない可能性がある。事業者が「用途の変更」か「設計概要の変更」の申請を行っている場合にのみ公水法13条の2が準用されるが、事業者は変更申請を取り下げているので本件承認については公水法4条の規定は準用から除外される可能性がある(取消事由とはできない)。また、13条の2は「変更できる」という規定である為、承認(免許)取消権を規定しているものではないので、変更を取り下げられた(当初計画通りの)場合には承認は有効として残存し続けるものと考えられうる。

取消処分の根拠条文を4条や32条として挙げている場合には、一度取り下げてから撤回をする必要がある、ということである。


2)論点11:代執行以外に取り得る手段がある

地方自治法上の代執行は、これ以外の措置では是正を図ることが困難な場合であるという要件を満たしている場合にのみ、適用される。しかし、そのような立証が国によってなされているとはみえない。

第一に、論点5で指摘した聴聞において出頭せず、第二に、論点6の裁決を出さないことは、国が沖縄県に対し説明を尽くしたといえず、本件手続開始以前において、是正を図れたであろうこれら機会を無為に喪失したものと言わざるを得ない。

第三に、沖縄県から協議の申し出が幾度か行われたが、当初国はこれを拒否し続けたものである。8月になって、官房長官が知事と協議を実施したものの、問題となっていた埋立承認の事務を担任する主務大臣は国土交通大臣であるから、当然に国土交通大臣からの説明があってしかるべきであった。本件処分が違法であると国は主張するのであるから、本来ならば処分がなされる以前にこれを回避するよう努力する義務が国にはあった。地方自治法250条によれば、国は地方公共団体から協議の申し出があった場合にはこれに誠実に応じることとなっているのであるから、官房長官でなく国土交通大臣との協議を実施してしかるべきだった。

(16時頃追記:
11月7日に沖縄県が送付した質問状は、地方自治法245条の四3項に基づく技術的な助言若しくは勧告又は必要な情報提供を各大臣に求めることができるという権利行使であり、これに対して条文等を挙げて何らの具体的な説明や回答も行っていないことは、明らかな義務違反があるものと言わざるを得ない)


第四に、沖縄県は国地方係争処理委員会に審理の申し出を行っており、この裁決が出されていないにも関わらず、他に手段がないとして代執行手続を沖縄県の本申し出以前に開始することは不当である。

これらのことから、国には代執行以外の是正を図る手段がなかったとは言えず、本件代執行の適用は違法である。


3)論点12:国土交通大臣の代執行手続開始以前には、是正指示がなされてないこと

知事が埋立承認を取り消す意思を有していることは、官房長官との会談でも述べられ、報道からも知り得るので、国がこれを知らなかったと主張することは不適切である。本件埋立承認の取消処分がされる前の時点でも、また、処分後の審査請求があった後の時点においても、明らかな法令違反があることを知っていたのであるから、これを具体的に指摘しその理由を添えて国土交通大臣が助言ないし勧告(これを拒否なら指示)することは可能だった。また、本件において国土交通大臣による是正勧告は10月30日?に通知された文書であり、地方自治法245条の八第1項の勧告に続く同条第2項の指示は11月?日に通知された文書であって、この指示に従わないことをもって代執行の開始要件である大臣処分違反とすることは、不適法である。

第2項の大臣指示に従わないことをもって、第1項にいう「当該大臣の処分に違反するもの」とすることは循環論法的であり、そのような解釈を行うことはできない。245条の八第1項が適用されるには、これより事前に大臣の処分の存在が証明されることが必要であり、これに違反して従わない場合にのみ、代執行手続に基づく勧告・指示・第3項の裁判請求が可能となるものである。本件代執行手続開始以前に、国土交通大臣による知事のした不利益処分を取消す処分(指示)があったことは証明できていない。

地方自治法上では、同法245条の四による是正勧告、同法245条の七による措置の指示が可能なのであるから、例えば次のような指示を行ったにも関わらずこれに従わないのであれば、大臣処分違反を問うことは可能と考える。

『 地方自治法245条の七に基づき、公有水面埋立法の承認に係る1号法定受託事務について誤りがあるので、次のように(国土交通大臣が)是正するよう指示する

国が埋立の事業者である場合には、公有水面埋立法42条1項の知事承認を受けることとなっている。本承認を受けた国に対し、同法2条2項及び3項、3条、11条、13条の二、15条(加えて14条)、31条、37条、44条を準用することが同法42条3項に規定されている。従って、同法32条1項は準用すべき条文からは外れており、国には本条の効力は及ばず、これに基づく取消処分も誤りである。
よってこれを是正し、32条1項に基づき行った不利益処分を取消すよう指示する。   』

地方自治法249条により、こうした是正要求や指示は文書で行うこととなっており、交付した事実があるなら、その文書の存在を証明すべきである。
論点9で例示した防衛大臣が行う「代行裁決等」の場合においても、収用委員会の却下の裁決に先立って、防衛大臣の「使用又は収用の指示」がなされ、その指示があった場合に限り代行裁決等が可能なので、本件代執行においても、地方自治法245条の八1項に基づく勧告及び同条2項に基づく指示に先立つ国土交通大臣指示の存在があってはじめて、主務大臣の代執行が可能になると解釈すべきである。

行政代執行の場合においても、事前の改善指導等が一切なく代執行令書をもって着手することは、裁量権の濫用というべきであり、一般的には事前に助言や指導を複数回行ってもなお是正されない場合には、意見陳述機会を附与した上で命令を発し、それでも実施されない場合において行政代執行着手が許されるものである。原告国の本件代執行請求は、これら事前に実施すべき手続を行っておらず不当であって、違法な手続に基づくもので失当である。


4)論点13:大臣が執行停止した処分に対し、代執行は不適法

国土交通大臣は知事のした不利益処分について執行停止を決定しており、この処分に関する知事の権限は凍結された状態に等しい。国土交通大臣が自らその決定をしたのであるから、同じ大臣が代執行手続をとることは不当である。せめて、執行停止を取消し(行政不服審査法35条)、知事の処分の凍結を解除してから、代執行の手続をとるべきであろう。

まるで、建築物が違法であるか否かの争訴があって(行政と住民の間で)、違法建築物であることが確定すると確認申請が取り消されるような場合、建築工事が仮処分で停止している間に、同じ法廷・同じ裁判官が建築物の取り壊すよう判決で行政代執行を命じるようなものである。本来、建築確認の取消訴訟で争っているから、違法建築物であることが確定するなら必然的に取消処分になり、まずその審理をすべきなのである。ところが、行政代執行を直ちに実施することを命じる判決を出すのは取消訴訟を無意味に帰するものであって、行政代執行で取り壊しを認めることは違法確定で判決を出したのと同じである。

裁判例においても、産業廃棄物処分場に関する平成23年2月福岡高裁判決(平成24年7月最高裁不受理決定で確定)では知事による措置命令の義務付けは認容、行政代執行は棄却された(現在判決文を探し中)。不服申立ての審査庁たる国土交通省は、前記例示でいうところの裁判官(所)に相当する立場であり、裁決がされる以前に代執行を請求するというのは、取消訴訟の確定判決前に行政代執行を確定するのと同義であろう、ということである。

従って、国土交通大臣が審査請求を受理した上で執行停止を決定しているのであるから、裁決を出すことが果たすべき義務であり、裁決は必然に行政不服審査法43条から知事も法的拘束力から外れることは許されず、なした不利益処分が取り消され裁決に基づく処分(本件では国の埋立を承認)がされることは明白である。すなわち、自ら執行停止を決定した大臣が、代執行を請求する利益は存在しない、ということである。行政訴訟での言い回しを用いるなら、本案には理由がない。

代執行の請求以外でも手段はあり、審査請求に基づく裁決を出せば事足りる。審査請求の受理と執行停止決定から、極めて短時間で代執行手続開始の閣議了承が行われ、本来なら国土交通省が本件について緻密に吟味すべき義務を負うところ、そのような形跡は全く窺われず、受理以前から代執行を開始することが決まっていたも同然である。常に行政行為は法に基づき正しくなければならず、適正に執行するべき注意義務を負うはずの国が、法や審査制度の主旨を蔑ろにすることは、制度の形骸化を肯定するも同然であり、到底許されない。



以上、各論点の検討により、国の代執行は誤りであって違法がある。
本件代執行の請求は棄却されるべきである。


16時過ぎ追記:

違法の上に違法を積み重ねて実施されている本件埋立事業や手続を鑑みれば、国は違法を自ら是正すべきである。国は、知事の承認撤回を待つまでもなく、埋立承認申請を行った事業者に対し本件申請を取り下げさせるべき義務を負うのが相当である。
国は、違法を是正する合法的手段を有しているものであり、これを正当に実施させる権限として、審査請求に対する裁決があるのであって、これを行わない場合においては、裁判所命令をもってこれを実施させるよりないものといわざるをえない。