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いい国作ろう!「怒りのぶろぐ」

オール人力狙撃システム試作機

浅田真央さん、ありがとう

2014年02月21日 18時12分05秒 | 俺のそれ
書く時間があまり取れなくて、遅くなってしまいました。



遂に、終わってしまいましたね。
本当に長く苦しい道のりだったと思います。お疲れさまでした。


まず、全体的なことを話しておきたいなと思います。
メダル争いは、ミスの少ない者同士で厳しい戦いでした。印象的だったのは、やはりコストナーでしょうか。過去のどの演技よりも、今回は良かったと思います。特に、ショートは素晴らしかった。彼女のスケート人生最高の出来だったのではないかと思えました。キムヨナよりも高得点ではないことが不思議でした。

ロシア期待の若手新星たちは、今後も活躍が期待できることでしょう。リプちゃんは団体でも非常にいい演技を見せていましたし、ソトニコワもメダルに相応しい内容だったと思います。が、やはりジャッジへの不信は、残り続けるものと思います。

言うなれば、今回の採点というのはバンクーバーでの「ヨナ・ジャッジ」を隠蔽し正当化する為のものだった、ということです。だから、ヨナには再度高得点を与え続けることが必要だった。そして、「選ばれた特定の誰か」を優勝させることができる体制というものを、誰かが手中に収め続けることが必要とされたのです。

それは、恣意的とも言うべき不可解な「加点制度」の温存と正当化、ということでした。それが端的に現れたのが、ヨナやソトニコワへの大幅加点でした。これが残された背景というのは、結局の所バンクーバーでのヨナ・ジャッジ疑惑を払拭せんが為のものということですね(今回望外であったのが、真央さんがショートで想定外のミスを重ねたこと、であったはずです。”手”を使わずに済んだから、です。もしも大きなミスなしの演技であった場合には、採点でより傷ついていたことでしょう)。


これからの傾向としては、できるだけ安全に決まり切ったメニューをこなす方が楽だし高得点になる、ということで、技にチャレンジする人は減るでしょう。そして、商業的に価値の高い人が勝てるシステムになっていさえすればいい、ということであろうと思います。競技としてのスケートという面は、より過少評価されることになったものと思います。


真央さんの成績は、皆さんご存じの通りです。
先日、拙ブログ記事で書いたことが、現実になってしまったかのようです。

2/7>浅田真央さんへ


ぼくは本当に、泣いてしまいました。
何故か涙が流れていました。きっと日本全国で、大勢の人たちが涙しながら真央さんを応援していたと思います。


また、『今回のオリンピックでどんな成績、結果であろうとも、悔いなくできればそれでいい』などと書いたものですから、金メダルではないことが予期されていたかのようでもありました。すみません。


でも、フィギュアスケートがこれほどまでに深い感銘を与えてくれるものであると、真央さんの演技を通じて経験することができました。こんなにも、人の心を揺さぶるのか、と。それほど感動を与える演技でした。


バンクーバーでは手の届かなかった、金メダル。
それは、前にも言ったように、未完のラフマニノフ「鐘」だったのです。未完であったからこそ、今回ソチではその「第二幕」ということであったものと思います。それ故、同じラフマニノフの選択でした。今度は完成させるんだ、という決意の顕れでした。


第二幕という意味は、演技冒頭の入りを見てもそう感じました。「鐘」を目に焼き付けた者たちには、見てとれるものかな、と。再びチャレンジするという意志を込めた、プログラムであったと思います。


そして、その期待に見事に応えてくれました。
どの選手の演技よりも、最高難度が求められるものでした。そのプログラムを見事に演じ切りました。遂に成功させたのです。バンクーバーの第一幕で達成できなかったことが、今回のソチでは達成できたのです。


これが可能な選手は、世界中にただ一人、浅田真央さんだけでした。
ここまで高みを追求してゆくという姿勢は、競技選手として模範的な姿であると思います。


心の底から感動した、この五輪を忘れません。
真央さん、本当にありがとうございました。



ネットバンキングをやってない銀行からのメール

2014年02月18日 17時39分09秒 | 俺のそれ
銀行のHPなんかで、よく注意を喚起されているのが、フィッシング詐欺のようなやつだ。


これまでお目にかかったことがなかったのであるが、あるメールアドレスにのみ、集中してスパムメールが送られてきていた。
そのメールアドレスは普段は殆ど使っておらず、受信件数が少ないが故に、怪しいメールが送られてくると、それが集中することになるので一目瞭然となるのである(笑)。



送り主は、一応「三菱東京UFJ銀行」となっていた。
しかし、どうせニセモノであろう。

何故なら、当該銀行でネットバンキングはやっていなかったから、である。
ログインできないのに、パスワードを記せ、とか、そういうのは有り得ないからである。



でも、日常的に用いている銀行から、そうしたメールが来ていた場合、果たしで疑わないでいられるだろうか?メールを開いた途端に、感染してしまったりはしないのだろうか?


ちょっと不安になる。



まあ、参考になった。
12月の25日くらいから、数日おきに何通も送られてきていた。

本人認証とか、本人確認メールだとか、認証サービスとか、いかにもありそうな表記で送られてきていた。


1月の20日頃でぱったりと止まっていた。
どうしてなのかは、不明だ。

送り主のネグラが警察に踏み込まれたりしたか、捜査の手が及んできたので、諦めて逃げていったのか?

ちょっとよく分からない。

が、全部で15通くらいは来ていた。
怖かったので、中身は開いて確認はしていない。


間違いなく犯罪目的のメールだろうから、危険性だけ考えるなら開かない方がいいかなと思って。
送ってくる人たちは、どういう基準で送信先を選んでいるのだろう?

アドレスをどこからか買うのかな?

どうして、ぼくのような利用してない人間にまで送ってくるのだろう?
住所録か何かが、そこまで完備していないものだったからなのかな。


ま、バカだな、というか、マヌケだな。
ネットバンキングを利用してない人間にとって、引っ掛かるはずのない罠なのだから。



そうか、全部で100万人くらいに送ると、利用者が10%いれば10万人が対象者となる。そのうち、まんまと罠に引っ掛かりそうな不注意な人が0.01%いても、10人から巻き上げることが可能となる。メガバンクだと、口座保有者は1000万人とか2000万人くらいいても不思議ではないような気もするし。


この戦法は、「振り込め詐欺」だか「母さん助けて詐欺」なんかも同じだな。
65歳以上高齢者が約27%存在し、このうち引っ掛かりそうな人が0.01%よりも厳しい水準で千人に一人だったとしても、2.7万人もターゲットが存在してしまうことになる。



なるほどねえ。


メガバンクで説教地獄に遭遇した

2014年02月12日 21時37分09秒 | 俺のそれ
先日、恐るべき光景に出くわした。

ぼくは、ほとんど休眠状態にあった某メガバンク(といっても3つのうちの一つだ)の口座を廃止しようと思って、支店に行った。

その銀行口座は、合併前の最も古いもので、10都銀時代の通帳があるものだった。次の合併の際、名前が変わって、その後に更なる合併の後ではキャッシュカードが新しいものに切り替わったが、通帳はそのままだった。一度、その最新のカードで硬貨以外のお金は全部引き出したことがあったので、残金は微々たる金額だったのですが。


合併が2度あったせいで、支店の位置も変更されていたのだった。
ただ、車で幾度か通っていたし、以前にATMからの引き出しを行ったので、そこに行けばいいはずだと思っていた。

しかし、行くと愕然とした。
看板は出ているし、駅前のいい場所なので、そこに窓口もあるだろうと思い込んでいたが、甘くなかった。何とATMしか設置されていない場所だったのだ!

同じビルには、複数の旧財閥系のグループ企業の支店があるらしく、ずらりとよく見る名前が並んでいた。にも関わらず、銀行支店だけがないのだった。ガックリして、ビルを出た。でも、きっとこの界隈にあるはずと気を取り直して、歩道から通りを見渡した。すると、看板を発見!同じ模様だ。それは交差点を一つ渡った、向うに見えていた。なので、約150mくらいをダッシュ。たどり着くと、初めて見る店内で、品の良さそうなおばさまが「お客様、本日はどのようなご用件でしょうか?」みたいな声をかけられてた。口座廃止に来ました、ということで旧銀行名などを告げた。そうしたら、よく似た名前の「○○信託銀行」だった!

系列は確かに同じ出し、看板のマークもそっくりだったわけだが、落ち着いてよく見ると確かに微妙に名前が違う。
くう~、何たる失態。

品のよいおばさまは、ぼくにメガバンクの支店の場所を教えてくれたのだった。そこから再び支店を求める旅に出た。
ようやく目的の支店に到着。
そこで口座廃止の手続きをした。旧番号は通帳に書かれていたが、口座番号が分からない状態だった。銀行の人に教えてもらい、投信用口座もあったみたいで、全部廃止とした。それら手続きが終わるのを待つのに、30分以上だった。


雑誌を読んだりしてたのだが、2つくらい離れたブースでおじいさんっぽい人の怒鳴り声が聞こえてきた。
窓口担当の女性に、色々と文句を言っているようだった。

聞きたいわけではなかったが、あまりに大声だったので聞こえてきた。
つまらないことで、いちいち文句を言っていた。
「どうして~は、できないのか」とか無理難題を言っていた。


態度がどう、どうして最初にそれを言わないんだ、大体銀行なんて税金で救ってもらってるんだから、サービスとしてなってない、あまりにモンスターな客だった。銀行印の女性の人に代わって、ぼくが言い返してあげようか、と思ったくらいだった。あまりに理不尽な言い分ばかりのおじいさんだった。しまいには、いじめようと思っているんじゃないんだ、あなたを思ってるんだ、お父さんと話しているようだろう、とか、信じられないことを言っていた。


はあ?

要するに、寂しい老人だったのだろう。
話して欲しかった、自分の話を聞いてくれる人がいて嬉しかった、そういうことだろうと思った。


こんなモンスター客に付き合わされて、散々文句や罵倒を浴びせられた女子行員は可哀想だった。
閉店時間は既に過ぎていた。



池田信夫のシャドーボクシング疑惑(爆)

2014年02月09日 22時07分21秒 | 俺のそれ
あのバカ、やっぱり読んでるんじゃねーかよ。
そんなにオレの記事が気になるか?

まあ、そうだわな。
あまりに痛い図星をつかれたもんで、言い訳でも考えたみたいだな。まあいい。




話は変わる。


前の記事に追記しておいた話ね。

池田信夫は、@論争を仕掛けられている、と言った。で、即ブロックしたよ、と報告のツイートをしたわけだ。
それが、17時より前の話。
で、当方がそのツイートを知ったのは、もっと後であり、18時あたりに追記をしたというのが、ここまでの経緯。



とりあえず、これはいい。

で、つい先程、都知事選の当確情報が出された20時以降に、池田信夫は次のツイートAを行ったわけだ。


A:
『これで安倍さんも反原発票を心配しないで、法令にもとづいて原発を動かしてほしい。|民主党が政権に残した「バカの壁」原子力規制委員会 | ニューズウィーク日本版 http://ow.ly/tqPck

posted at 20:45:45』



これは確実に、20時以降のツイートである。都知事選の当確情報を受けての、舛添勝利から導かれるコメントだから。

そして、次のツイートが発生。

B:
『ツイッター事務局に報告した。 RT @gacktmama0113 "@bilderberg54 池田信夫には死んでもらいたい。。" @twj

posted at 21:27:18』


どこかの誰かが池田信夫に向けて、上記コメントを書いたということのようだ。

この順序が問題なのだよ。

少なくとも池田信夫のツイートAが出された以降に、別の誰かがRTして、更に追加してツイートがなされたわけである。
この書かれた時間が、全て20時以降であったことは確実だ。


つまり、当方がブログ記事に追記した時点、つまり18時時点ではこれらツイートは存在していなかった。
池田がツイートBを書いたのは、あたかも拙ブログへの「証拠提示」として、匿名の「@論争」というものの実在を示したに等しいということ。



これは、何を意味すると思うか?


池田は当方の記述を読んでいるのではないか、ということ。


そして、拙ブログが指摘した「一体誰が@論争を仕掛けたのか?」ということが、17時以前には存在していなかったのではないか、ということがうかがわれるわけである。


つまりは、池田の架空の話であった可能性がある、ということだ。
いやまあ、今日のツイートに限るわけではないから、池田の「@論争」とかいう話は別に自由だろう。問題ないよ、別に。

ただ、当方が本当に@論争なの?と指摘したら、上記ツイートBが出されたのは事実。
そして、時間が17時以前のものではないものを出してきた、ということも事実。



本当に拙ブログの疑いを晴らそうと考えるならば、自分がツイートした時点よりも以前のものを提示しないと、根拠の提示にはならないことは明白。



なのに、ついさっき出されたツイートを出してきた時点で、池田のシャドーボクシングの可能性が極めて高かったことが分かるわけだ。


大爆笑。



まんまと尻尾を出してくれてサンキューで~す。
ゴミ官僚なんかと一緒だな、やっぱ。



浅田真央さんへ

2014年02月07日 17時43分41秒 | 俺のそれ
いよいよオリンピックが始まりましたね。
思えば、もう4年も経ったのか、と驚いています。早いと言えば早かったですが、この4年という月日は、真央さんにとって本当に辛い時間だったのではないかと心配していました。


前回のバンクーバーの時、真央ちゃんの銀メダルの演技はとても立派でした。今でも心に残っています。あのシーズンは結構厳しくて、ライバルのキムヨナが好調だったのもあって、凄く心配していました。


そんな中、真央ちゃんは素晴らしい集中力で、苦手だったSPで高得点を叩き出したものの、キムヨナには大きく引き離されてしまいました。あの時のこれでもまだ手が届かないのか、という、ちょっと絶望にも近いような感覚があったのを、ぼくは覚えています。
バンクーバーの「鐘」の演技は、未完のままで終わってしまったんだ、と思います。


キムヨナは、唯一上回っていたのが、驚異の精神力でしょう。ミスが許されない、という中で、大きく失敗することなく演技を終えました。そのことが、キムヨナの完成されたフリーの演技として、金メダルの原動力となったのです。メンタルの強さ、それがヨナの武器です。
キムヨナのSPでの「ボンドガール」はスピード感のある良い演技でしたが、フリーではそこまでの「深さ」を感じることはできませんでした。彼女の人形としての役割は、もう終わったものと思います。


映画で言えば、名作ではないのかもしれないが、娯楽作品としては成功できて興行収入が良かった映画、というような感じです。真央ちゃんのフリーは、名画であり誰にも真似のできない作品でしたが、少々のミスがあったという印象です。


キムヨナの勝利以降、演技の標準として3回転-3回転というのが常識となりました。今では、日本国内のジュニアの大会でさえ、取り入れている選手はとても多くなりました。キムヨナのジャンプは、練習すれば手が届くもの、ということなのです。


でも、真央ちゃんのトリプルアクセルは、はるかな高みです。
未だに世界大会でも、真央ちゃん以外に挑戦する選手はなかなか出てきません。それほどの難しさがあるということです。これが真央ちゃんの凄さです。


そんな素晴らしいジャンプを持つ真央ちゃんでも、バンクーバーの後に訪れたスランプは、本当に心配しました。翼が折れた天使のような感じでした。もう飛べなくなってしまうんじゃないかと、凄く心配しました。真央ちゃんも、少し競技を離れて休んだ方がいいのに、と、余計なおせっかいを考えたりしていました(今では、そのことをとても反省しています)。
だって、想像を絶するような、緊張、重圧、責任感、そういった複雑なことが、五輪後には急激に抜けてゆくようなことになるわけですから、凡人のぼくなんかには理解できないような、精神面でも身体面でも影響が出てきても不思議ではないもの。


なので、ちょっと休んだ方がいいよ、と思っていました。


でも、真央ちゃんは、飛び続けました。
大人になるって、大変だなあと。苦悩を乗り越えてきた真央さんは、本当に凄いです。もう、真央ちゃんとは呼ばず、真央さんと呼んだ方がよいでしょうか。


真央ちゃんの演技は、観る人の心を捉えて離さない、しかも、とっても幸せな気分にさせてくれる不思議な力があります。銀メダルではあるけれども、記憶に刻まれたのは、真央ちゃんの方でした。
>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/867bbcc3b2d1a6d1f7b233410dcac652



今回のオリンピックでどんな成績、結果であろうとも、悔いなくできればそれでいいと思います。でも、演技を見ると、ぼくが泣いてしまうかもしれません。


ぼくにとって史上最高のスケーターは、浅田真央さんです。



続・STAP細胞は人間によく似ている

2014年02月01日 16時30分15秒 | 俺のそれ
もしも人体なんかでも一般的に生じる変化であるなら、STAP細胞が一度分化した細胞から再度別の細胞に変化できる状態に戻れるというのは、合理的な機構であると思える。



ちょっと喩えがヘンかもしれないが、書いてみる。

ここにスーパーマーケットがあるとしよう。普通の街中にある、スーパーと思って下さい。


このスーパーは大地震のような災害に見舞われたとします。
そして不幸にも、ここの従業員の半数が死亡してしまいました。


このような事態の後では、どういうことが行われるでしょうか。
片付けとか分別なんかが行われて、滅茶苦茶に壊れた店内の復旧が行われるはずですよね。そうした作業というのは、これまでの分業体制となっていたスーパーの店内での役割とは、きっと異なるでしょう、という話です。


警備係が「警備担当なので警備しかしません」というようなことはない、ということです。レジ係だったからといって、「レジ打ちしかできないので、他の仕事は知りません」みたいなことにはならないでしょう、という話です。


厳しい環境下になると、たとえ警備係であろうとレジ係であろうと青果担当だろうと精肉担当だろうと文具担当だろうと、「たった今必要な役割」の仕事を分担して行うはずだろう、ということです。


それは「分業化された職種」(=分化した細胞)になっていた人であっても、一度リセットされて別の仕事もできる人(=STAP幹細胞)状態になるのではないのかな、ということです。そう考えると、非常に効率重視の機能であろうと思います。助かった人たちが協力して、できるだけ素早く復旧をさせる為には、「オレはプログラマなので、それ以外の仕事はしないぜ」「大学教員だったから教育しかしない」みたいなことにはならず、土木工事の作業に従事してもらったり、水道管工事の配管工と同じ仕事をしてくれたり、ということが可能になる、ということです。



あなたは、人差し指をドアに挟んでしまって、非常に痛い思いをしました。
その指先では、多くの細胞が潰されて死滅しました。まさしく局所的に見れば大惨事というか大規模災害が発生したのと同じようなものです、細胞群にとっては。


すると、指先の細胞たちの役割として、皮膚、血管、筋肉、脂肪、神経、とか色々あるけれど、偶然生き延びた細胞の中で、挫滅組織の最前線付近では「たった今必要ない役割の細胞」という存在がきっとあるはずでしょう。そういう時「オレは筋肉細胞なんだから、筋肉の働きしかできないし、したくない」となると、その場に相応しくない役割の細胞ばかりが揃っていても、傷害部位においては役に立たないし非効率この上ないわけです。


筋肉細胞として存在するよりも、破壊された細胞などを運び出し、修復に必要な細胞群や栄養を運搬してあげた方がいいと誰しも思いますでしょう?
ならば、搬入・搬出経路となる道路(=血管網)を素早く作りましょう、ということになってもいいはずですが、血管になれる細胞とか素材が遠く離れていると、直ぐにはできてこない、ということになりますよね。でも、分化がリセットされている幹細胞がそこら辺にいる、ということになれば、「じゃあ、キミが血管作ってくれる?」ということにもなるでしょう、と。


破壊された細胞たちは、自己破壊の結果、内部に存在していた酵素群も撒き散らされて、生き残った細胞をも破壊してしまうでしょう。そういうのを整理するのに、免疫系の細胞なんかも大量に必要になるかもしれない。これも幹細胞があれば、ひょっとすると遊走してきて集まるよりも早く別の細胞になってくれて、その場で活動を始めてくれるかもしれない。


そうやって、生き残った細胞群が、その場に適した役割を素早くやってくれることが効率的であろうなと。



なので、社会と似てるように思えるのです。




STAP細胞は人間によく似ている

2014年01月30日 12時54分06秒 | 俺のそれ
また素晴らしい研究成果が出たようで、本当によくぞやってくれた、と多くの国内研究者たちに希望と勇気を与えたものと思います。


それにしても、ストレス環境下で幹細胞に変わるというのが、まるで人間のようでとても面白い。

>http://www.cdb.riken.jp/jp/04_news/articles/14/140130_stap.html




これに近いのが、人間の転職とかだな。
リーマンショック後に、投資銀行からスタンド店員やマクドナルド店員になったという話を思い出した。


>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/4a179a2882353c1a11bef530d1f50816


もしも、完全に自由な環境であれば、食うに困った人が仕方なく時給が安くてもいいから仕事をさせてくれ、と頼むかもしれない。リーマンショック後に、投資銀行で勤務してきた有能な人が、ガソリンスタンドの店員とかマクドナルドの店員として働いたりしただろう。あれは労働者の能力や先行投資額には無関係に、「背に腹は代えられない」ということだけで起こるわけだ。



銀行破綻、金融危機、といった強度の「ストレス環境」下になってしまうと、専門化した職業(投資銀行など)=分化した状態から他の「何にでもなれるよ」状態、すなわち未分化な状態に戻ったかのようだ、ということ。生き延びる為には、やむを得ないということなのかもしれない。


また、TPPの反対理由として挙げたのも、やはり同じような意味合いからだった。
何にでもすぐさま転職できる労働者なんて、現実には殆ど存在しないから、だな。


>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/1fa50fa46637f335a86e9999b4171e0a


細胞では、所属する臓器や組織の特徴を持つわけだが、元々は「幼若な」未分化細胞から始まる。人間の子供と一緒で、将来どんな職業の大人になるか、まだ決まってません、ということだ。これが未分化、ということだ。けれども、段々と周囲に馴染んで、分化が進むと特定の機能や特徴を持つ分化した細胞になるわけである。各臓器などの基本的機能や構造を支えるのは、こうした分化した細胞だ。

あたかも、人間の職業が、警察官、バスの運転手、農家、教師、みたいに「定まってゆく」ようなものなのである。社会を支えるのは、こうした職業人だ。細胞とよく似ているのである。

中には、一度特定の種類の細胞になっても、幼若化が起こって別な種類の細胞になったりするものもある。人体というのは、うまくできていて、困った時なんかに、そういうリカバリー機能が働くようにできているのである。だから、人間の転職みたいに、細胞も別なものに変化することもあったりする。こうした部分も、人間社会とよく似てるな、と感じるわけである。


経済学の想定している労働力というのは、言ってみれば「未分化細胞」という存在以外は認められていない。転職コストや移動コストというものが観念されていないので、誰でも何にでもなれて、同じように機能できる(働ける)、ということが前提とされているのだ。





けれども、瀕死状態に置かれてしまえば変われる、ということは、多くは死滅する(=適応できず失業などに陥る)が、苛酷なストレスに打ち克って「変化できる細胞」が存在する、と。そういう労働者は確かに強くて、他の業種にでもスイスイと転職できるのかもしれない。そのような労働者が全くいないわけではないだろうから。


現実社会では、そういう適応はかなり難しいものと考えるべきだろう。
しかも、体の中のごく一部の局所的な反応がそうなだけであり、全身全部が「STAP幹細胞」みたいなものになってしまった場合には、生体は維持できない。


経済を人間に喩えるのが根本的におかしい、ということは、あるかもしれない。

ただ、複雑な社会というものがまるで人体に似ており、人体の仕組みから何か分かることがあるのであれば、一考の価値があるのではないかと思えるのである。



天才・羽生善治のチェス棋力

2014年01月10日 13時00分06秒 | 俺のそれ
恐るべき実力。
やはり、天才の天才たる所以か。


>http://takahirosuzuki.com/2013/1230171913


何とグランドマスターに勝利、とな。
将棋で言うなら、タイトルホルダーに勝つ、みたいなものでしょうか。それも、「永世竜王に勝つ」みたいなレベル、ということかな、と。


以前から、羽生さんのチェスが強いというのは有名ではあったものの、世界最高水準にまで到達となれば、これはもうチェスを専門にやっているプロからすると「こいつ何者!?」ということになるわな。


喩えが思い浮かばないけど、剣道の全日本チャンピオンがフェンシングをやったら世界大会で優勝するくらいの実力を持っている、みたいなものか。凄すぎる!



それにしても、敢えてチェスを、というのが凡人には理解し難いわけであるが、チェスと将棋の違いを「ゲームの理解」として捉えているのも、驚く。そういう思考方法と感性が、やはり天才なのであろう。言語で説明が難しい部分でもあるし、どちらか一方だけをマスターしていても感じ取れるものでもないから。


将棋の「詰み」と、チェスの「ポジション」という違いは、多分「獲った駒を任意の場所に置ける」
(2歩や打ち歩詰めの禁手はあるが)という決定的違いによる感覚の相違、なのではないだろうか。


将棋の場合、追加兵力(獲った駒)が好きな時に任意で投入できるのに対して、チェスはできない。現実の戦闘場面であっても、追加兵力を落下傘部隊のように好きなように投入することができないので、チェスの方が現実に即していると言えるかもしれない。


チェスは、言ってみれば「合戦の様子を山の頂上から俯瞰して、作戦指示を出す人」のようなものなのかな、と。そうであれば、隊列や陣形の維持なり、戦線の維持といったことが重要となるのは当然であり、まさしく西洋風の合戦劇を見るかのようだ。「ポジション」とは、そうしたものではないだろうか。


将棋は、忍者部隊だろうと、奇襲攻撃だろうと、待ち伏せだろうと、山岳追撃戦だろうと、兎に角「敵の大将首を獲れ」(討ち取った者勝ち)という特性を表現しているものであり、「詰ませるスピード」の感覚が分かるゲームなのかも。
昔の元の将棋(インド?や中国?で伝わったもの)はどうなのか知らないが、日本独特のゲームとして洗練されたものとなっているように思う。戦闘の表現としては、「日本という地理・風土・実情」に合っている、ということかもしれない。



ま、将棋とチェスの違いは、当方のような凡人には理解しかねるので、分かりません。羽生さんクラスになって初めて「見える世界」というものがあるだろうから、だ。一流の人は、やっぱり不思議だ。



『新参者~眠りの森』みたよ

2014年01月03日 19時40分00秒 | 俺のそれ
昨夜でしたが、家族で楽しめました。

>http://www.tbs.co.jp/shinzanmono/nemurinomori/


時期設定が、テレビドラマシリーズより以前だった、ということで、日本橋署の所轄配属前だった、と(06年頃)。人形町にやってくる前だったので、加賀の父親は生きており、警視庁一課の刑事という設定。

人形町事件の時に、若い淳平刑事(名前忘れた)と組む所轄捜査員という立場だった加賀、という役回りが、今回では逆転しており
退官間近の刑事に榎本(劇中の刑事名忘れた)、若い方に加賀刑事となっていた。これは、加賀が後年若い刑事である淳平に、自分が教わったことを同じように教えた元となっている、というエピソードを意識したものであろう。その具体的象徴となっていたのが、捜査本部で管理監に対して所轄刑事が言うより本庁捜査一課の刑事が言う方がいい、ということではないかな。



しかし、全く知らなかったのだが、東野圭吾作品にバレエという題材があったのは意外。
それも、加賀刑事に、というのも全くの予想外。キャラ的に興味を抱かなさそう。

殺害手口も、『Xの悲劇』に敬意を表して意識したもの、と。
動機部分の材料には、突発性難聴(?)とな。
売れない画家の魂の絵画には、「踊り子」と。


特に、家族からの評価が高く、とても楽しめました。


細田守作品はバトルの宝庫?~『おおかみこどもの雨と雪』

2013年12月22日 14時02分04秒 | 俺のそれ
物議を醸し易い何かでもあるのでしょうか(笑)。
細田守監督の本意とは裏腹に(?)、許さんぞとかサイテーとか言う人が出てくる不思議。

>http://anond.hatelabo.jp/20131221145625


まるで全否定。ここまで拒絶というのも謎だ。ま、個人の感想に過ぎません、ってなものだから、どういう意見を言おうと自由なんだけどさ。


ぼくもテレビで初めて鑑賞しました。
一言で言えば、面白かった、ちょっとウルっと来た(因みに、ぼくが”泣けるドラマ”というような言い方をする時には、~できるという可能の表現ではなく、「自発」です。日本語用法として間違っているのかもしれませんが、何もしなくても自然に泣けてくる、という意味です。なので、毛嫌いしないように、笑)。


まず、花というお母さんのこと。
ワイワイ大勢の友達がいるわけでなく、いわゆる「リア充」という人ではないけど、簡単に言うなら「一途」という人。そして、狼男と恋に落ちることができるのも、秘密を守れるというのも、そうした性格ゆえだろうな、と。理屈で考え、論理的に受け止め、行動できる人。割と男性的で淡々と(サバサバ)している。

困難に突き当たると、何故か「アハハハハ」というマンガの字なら、へにゃへにゃした文字になっているような、不気味な笑いが漏れる。信念があり、根は頑固者なんだけど、笑いのせいで、そう見えない。芯が強いから、友達とつるまなくても一人で行動できてしまう。周囲の助けを借りないような印象を与えたのは、「まずは自分で解決しよう」としてしまうタイプの人だから。自立心に富む、ということでもある。だから、学生時代でも出産後でも、人に頼らない。
それに、干渉を拒絶したのは、狼の子という秘密を何が何でも守り通さねばならなかったから。


子育ては、ただでさえ近隣から「泣き声がうるさい」「走り回る足音がうるさい」などと苦情が出たり、トラブルになっているケースは多い(公園や校庭の子供の声がうるさい、とか、吹奏楽部の練習音がうるさい、ということで法廷闘争に発展していたこともあったはず)のに、女手ひとつでは困難が増すに決まっている。マイノリティを迫害する、といったようなことではなくて、世間の一般的な反応がそうだ、ということ。

田舎暮らしは、ほぼ選択の余地がなかったようなものである。

偏屈な頑固爺さんが出てくるが、花に畑のことを色々とアドバイスしてくれる。どうしてなのか不明だけど、いつも気難しい不機嫌そうな顔で笑顔がない。そういう生き方をしてきた戦前派の90歳だ。だから、ヘラヘラすんな、みたいに言うわけだが、いつもニコニコして困難を克服してきた花と、対照的に描かれている。実は二人は似た者同士で頑固なのだ。
「人の力に頼らない」で生きてきた彼女にとって、田舎の「うざい」人々は面倒もいっぱいあるけど、自分と子供達を受け入れてくれたことが、何よりも重要だった。自分が都会で生きてきた「感じ」からすると、思いのほか、周囲の人々というのはお節介でやさしいんだ、ということを知った。
本で学び、大学でもたくさんの知識を身につけてきたけれど、「生きる」というのは頭でっかちの知識では克服できないこともある、と知った。誰かの助けを借りたい時には、頼ったっていいじゃないか、と。自分がしっかりしなければ、自分が育てなければ、と自分を追い込むことはないんだ、と。


そして、こどもたち。
姉は人間社会に適合して、自分をコントロールして生きていける術を持っていた。しかし、弟の雨はうまく適合できず、孤立を深めてゆく。弟が男ではなく、女の姉妹であったなら、二人とも人間社会に生きることができたかもしれない。

この物語の最大のポイントと思ったのが、女の親、つまり母親は、男の子を教育できる限界がある、ということだ。男を一人前の男に育てられるのは、やっぱり男なのだ、と。父親がいない家庭においては、社会が、それとも仕事で、そこにいる男(先輩や上司や先生など)が、男の子を一人前の男にしてゆくのである。


花には、それができない、そして、「分からなかった」のだ。だから、動物園にいた、年老いた狼に尋ねたのだ。教えて下さい、と。


雨は、人間として生きることもできた。家族との生活やつがなりを大事にしたいなら、母の下にいて、一緒に暮らせばよかった。しかし、雨は山に入って、「先生」と呼ぶキツネに、生き方を、そして仕事を習い、学んだのだ。雨が「男」として決断したのは、「義」であった。「情」ではなかった。「おとこの子」から男へと成長・飛躍する瞬間だった。
もしも我慢して人間社会に溶け込むなら、それはまさしく「檻に閉じ込められた狼」そのものだったのだ。あの老狼は、その表象だ。苦痛に耐え、仕方がないと諦めて生きるなら、それは、牢獄のような檻に閉じ込められた一生ということなのだ。

雨は、そういう選択をしなかった。
檻に閉じ込められて生きるなら―安全で食事も簡単に手に入る―、もっと危険で苛酷な環境かもしれないけれど、やりたいことがやれる、自由な生き方をしたかった。そして何より、雨は「自分のやるべきこと」を自ら見つけたのだ。それが、「先生がやってきた仕事」だった。山を守る、という仕事。「誰かがやらなければならないんだ」という雨の言葉は、その「義」を第一に考えた証だった。


山を守るのは、別に守神になるとかではない。自然の秩序、自然界の掟(食物連鎖、とかだな)、そういうものを維持してゆくということだ。これまでは先生(キツネ)がやってきた役割だ。その役割を全うする為、母たち家族を捨てても、実行する決心をしたのだ。



一方、雪は、人間社会に適合することを選んだ。弟が義なら、雪は「情」だ。情とは、好きな男と生きること、そして、「血を残す」ことだ。女の本質部分というのは、まさにこれなんだ、ということ。だから、転校生に「自分の正体」を明かしたのだ。好きでなければ、転校生を避けたりはしなかった。過度に意識するあまり、「におう」と言われたことが深い傷となり、もっと「嫌われてしまう」ことへの怖れが増大した結果が、あの流血事件を生んでしまった。

女である限り、好きな人と一緒に生きてゆきたい、というのが一番の願いなのであり、人間の男の子を好きになっているわけだから、それは必然的に人間社会に人間として生活してゆく、ということを意味する(死んだ父ちゃんが何故人間社会を選んだのかは、分からない。本を読むとか勉強するのが好きだったから、なのかもしれないが…)。
きっと雪は人間社会でもぐいぐい生き抜けるだろう。母親譲りの逞しさがある。そういうキャラ設定なのだと思う。母から、女性としての生き方を学び、母親が娘に生きる術を伝承するだろう。「狼の血」を引く者としての、人生の乗り切り方を。




そういうわけで、子供には不向き、とか、家族では無理、みたいな意見は、謎ではある。むしろ、子供たちに観てもらった方がよいのではないかな、と思う。ああ、ふしだらな女、というような評価が出るから困る、ってことなのかな?



打たれ弱いぼく(笑)は辞めた方がいいのかな…(追記あり)

2013年12月08日 14時18分12秒 | 俺のそれ
ナイーヴな人はブログを辞めたら?、論、か。


>http://bylines.news.yahoo.co.jp/yamamotoichiro/20131208-00030458/



さすが切込隊長こと、山本一郎さんです。
彼のことは、好きではありませんし、信用もしていません(笑、つーか、向こうはこっちを全く知らないから、オレがどうこう言うことでもないわな。一度も面会や会話したこともないから、彼がどういう人物なのかもオレ自身よく知らん)。が、ありがとうと言いたい。

全く関係ない所の記事で、自分に何かを生じさせてくれるのは、ネットの良い所かもしれない。



昨日のお詫び記事についてであるが、当然ながら誰からか指摘を受けたわけでもなく、メールその他のお知らせが舞い込んだ、というものではない。法案成立後の新聞記事でみたら、やっぱり当初の通りの4分野が別表として紹介されていたので、ああ間違ったな、と気付いた。


しかも、特定有害活動が「外国の利益となるような活動」(平たく言えばスパイ行為のようなものだ)みたいなややこしい別の言い方だった頃の法案趣旨を見ていたのに、衆院の法案可決後になってから「まさかの大幅変更」かと勘違いしてあの記事を書いてしまった。要するに、自分の思い込みからくる落ち度だった。


拙ブログ記事はメジャーではないので、そうした折角読みに来て下さる稀少な読者の方々に、全く間違ったことを書いてしまったのでは、大変申し訳ないなと思った。それで、あの訂正、ということになった。


だから、特定の誰かに対して謝る、といった主旨のものではなく、拙ブログ読者全体への謝罪ということだ。間違ったのだから、当然といえば当然なのだけれど。



で、最近の出来事ということで、例の削除問題があった。「中嶋よしふみ」さんという方が、はてな法務部に削除を要求した、ということだった。


>http://d.hatena.ne.jp/trapds/20131129/1385699737



当方は、「中嶋よしふみ」さんがはてな法務部に出した主張に対して、全て真正面から答えたつもりである。指摘を受けた記事についても、一切変更を行ってないし、表現を変えたりもしていない。「中嶋よしふみ」さんの指摘してきた時点と全く同じ記事のままだし、逃げたりはしてないつもりだ。


勿論、拙ブログ記事が褒めらたものではなく、というより「悪い記事」であるとする批判は甘受したい。読むに堪えない記事だ、と言われたら、そうだな、とは思う。元から下衆だしね。しかしながら、記事の全削除を求められたら、それには抵抗を示すことになろう。
周囲から心配される程、ナイーヴでもなけりゃ弱者気取りというわけでもないんですが、さすがに法廷闘争ということまでになれば、そんなカネも時間もないので、面倒なだけですから。余計な面倒には巻き込まれたくない、というのが本音のところではありますよね。




さて、「中嶋よしふみ」さんのとった行動とは、次のようなものだ。



11月9日 拙ブログ記事を書く

11月27日 はてな法務部より「中嶋氏から削除要請があった」旨メールあり

11月29日 はてな法務部に当方の見解を回答

12月4日頃? はてな法務部から中嶋よしふみ氏に回答

12月5日  中嶋よしふみ氏は近藤はてな社長宛てに以下のツイート



>http://twilog.org/valuefp/date-131205


@jkondo 法務関連窓口の対応について質問です。誹謗中傷を理由にはてなブログに削除申請を出しましたが「疑問形で書いているから誹謗中傷にあたらない」という、発信者の屁理屈のような反論を合理性があるとして削除されませんでした。

@jkondo 要は「こいつはバカだ」は問題アリだが「こいつはバカなのか?」はただ疑問を呈しているだけで問題無いと。実際にはもっと酷い表現です。これがまともな判断と言えますか? 目に余る状況だから仕方なく申請したのですが世間の常識とかけ離れていませんか? 見解をお聞かせ下さい。

@jkondo 散々当方にふれた文章を書き、最後に何行かあけてから誹謗中傷をしている箇所も「主語の無い文章だから誰かに向けて書いたものでなく一般論」という反論もありました。これを合理的反論と受け入れる感覚が全く分からないのですが。

@jkondo これ以上サポート窓口を相手にしても話にならないと思い、直接伝えておきます。以前大手メルマガスタンドで同様の事案があり、社長に直接文句を言った所「下請け会社に依頼しているサポートがいい加減な対応をして申し訳ない」という謝罪がありましたので。以上。


========



少なくともぼくは、自力で主張した。「中嶋よしふみ」さんは拙ブログの見解には対抗意見を主張したりはしていない。が、2週間くらい経過(恐らく26日頃?)してから、削除要請をはてなに出したものと思われる。こっちは、記事のことなんて、すっかり忘れていたんですがね。で、メールに気付いたのは29日の朝で、とりあえず何か回答を、と思って、法務部に返事をしました。それがあのブログ記事です。



「中嶋よしふみ」さんの場合は、はてな法務部という別の権力機構に削除を要求し、それが通らなかったら、今度は社長に直接要求するという形で、圧力ともとれるような意見を述べていたように見受けられます。通常ルートでは「話にならない」からということで、社長出せ社長を、みたいな。


過去に同様の事案で「社長に直接文句を言ったら、社長から詫びが入った」と皆さんに教えて差し上げることで、「今回もそうなりかねないぞ」的な、半ば脅し文句であるかのような効果を持っているようにも思えるわけです。



当方の見解が屁理屈だろうと世間の常識から外れていようと、自らの手で反論を行い、「中嶋よしふみ」さんからの指摘に対して包み隠さず回答を行っただけです。それではてな法務部さんの説得に成功したわけではないかもしれませんが、とりあえず当方の言い分は伝えてもらえたようです。


「中嶋よしふみ」さんが当方に削除要求の根拠として指摘してきた点について、当方が返答したのですから、「そんな屁理屈通用せんぞ」ということであるなら、当方の言い分を打ち負かせばよかったのではないでしょうか。法務部の対応がおかしいと言う前に、当方の見解を粉砕すべく主張を行えば法務部さんとしてもそれを受け入れたかもしれません。



しかし、「中嶋よしふみ」さんは、そうはせずに、はてなの近藤社長宛てに直接クレームではないが、どうなってるんだと問い質したように見えるわけでしょう?
過去に同様の事案で社長に言いつけたら「詫びが入って覆ったぞ」ということは、暗にそれを要求しているかのように思えるわけです。


「中嶋よしふみ」さんは、次のような立派な記事を書かれている。

>http://bylines.news.yahoo.co.jp/nakajimayoshifumi/20130821-00027413/


批判者を撃退した、ということもあるようですね。
また、アカウント削除やブログ全削除といったことをさせたこともあるのかもしれません。かなりの強者として行動しているように思えますよね。


そうであるなら、はてな法務部(サポート)の対応について、近藤社長に言いつける前に、何故当方の見解を否定する反論を行わなかったのだろうか?と不思議に思えます。



人間の行動、本質というのは、大変分かり難いものである、ということでしょうか。


拙ブログは、いつまで続けられるか、分からない。

だって、滅法打たれ弱いから。



◎追記(9日10時頃):


えー、「中嶋よしふみ」さんのツイートから、上記引用部分が削除されておりました。全く読めません。
これは、一体全体、どういうことでしょうか?


ぼくが削除要請をしたわけではありませんよ(笑)。そんな卑怯なマネをしたりはしない。


では、自ら消し去った、ということでしょうか?
どうして、そんなことをする必要があったのでしょう?


自らの発言に責任を持て、とか言っておきながら、発言を無かったことにしようということでしょうか?

自分に何ら恥じるべき点がないなら、消す必要性などなかったのではありませんか?
誹謗中傷記事を書きやがって、と非難されるべきは拙ブログであり、「中嶋よしふみ」さんは当方に対して何らの誹謗中傷も行っていないではありませんか。責められるべきは、当方でしょう?


にも関わらず、何故かはてなの近藤社長宛てツイートを消したわけだ。


それは、自分にとって、大変マズいことか、都合の悪いことがあったからなのではありませんか?

そうでなければ、消すはずがない。
正々堂々と、発言記録を残せるはずだ。


国会の議事録だって、発言内容が後になって「やっぱ、なかったことにして下さい」と自分勝手に改変できたら、どうやって発言の整合性を検証できるでしょう?


あれか、今流行りの「特定秘密」指定でもした、とか?


情報は、隠してしまえば、「無かったことにできる」、と。
それが、この発言削除の教訓でしょうかね。特定秘密法が同じような手口が通用してしまえば、事後的に行為や発言や経過なんかを検証できなくできてしまう、ということだな。


因みに、当方は「中嶋よしふみ」さん宛てにTBとか送ってないし、ツイートやメールも送ってないですよ。でも、彼は、数時間後には当方の記事に気付き、そして件のツイートを削除した、ということだ。どうやって、こちらの記事に気付いたのだろう?


消すことなかったのにね。
極めて残念である。





W杯1次予選~日本は…

2013年12月07日 14時28分24秒 | 俺のそれ
組み合わせが発表になりました。


>http://www.sanspo.com/worldcup2014/group_division.html




日本の話は後にして、とりあえず目についたところは…


G組、死んだな。

ドイツ、ポルトガル、ガーナ、アメリカ、って、厳しい~。
ドイツは一歩抜けてるかとは思うが、引き分けの具合とかで、どうなるか分からんな。
いずれも強豪なので、勝ち抜けは予想できなさそう。というか、ここから2つは消える、というのはあまりに厳しい。


それにひきかえ、H組は良さそう。韓国クジ運いいな。

ベルギー、ロシア、とくれば、02年の日本が初の16強進出だった。当時、アフリカ勢としてチュニジアが入っており、日本は2勝1分で決勝Tに進めた。
今回の韓国の相手はアルジェリアが代わりに入っているだけで、勝ち抜けチャンスが最も大きい組ではないかな。


他には、B組のスペイン、オランダ、チリ、がかなりキツそう。D組のイタリア、イングランド、ウルグアイも似たようなパターンか…。こういう組に入らなかっただけでも、ラッキーと思った方がいいよね。


で、日本の相手はコロンビア、ギリシャ、コートジボワール、ということで、頑張れば何とかなるような気がするでしょ?(笑)
上位を目指すなら、必ず予選を勝ち上がらないとダメだし、トーナメントで強豪国に勝てないとやっぱりベスト4とかには入っていけないから、どこと当たってもそういうもんだ、と思えばいいのかもね。

ただ、H組だけは、ねえー、羨ましいよねー、やっぱり本音の所では。





はてな法務部から削除要請キター!~中嶋よしふみ氏の件

2013年11月29日 13時36分54秒 | 俺のそれ
全く忘れていたのですが、中嶋よしふみ氏から削除依頼が来た、ということで、はてな法務部からメールをいただきました。うっかり見落としていたんだぞ。2日前だったわ。



内容は、以下の表現が問題である、ということでした。
はてなからのメールを以下に再掲致します。



このたび、ご投稿いただいておりました下記記事が
名誉毀損に該当するとして、中嶋よしふみ氏より削除申し立てが
ありました。
1 http://d.hatena.ne.jp/trapds/20131109/1383987796
2 http://d.hatena.ne.jp/trapds/20131110/1384080609
3 http://d.hatena.ne.jp/trapds/20131111/1384182000
4 http://d.hatena.ne.jp/trapds/20131112/1384221398


2
ただの素人さん
単なる無知のくせに
クズみたいな無内容の記事を書いた
愚か者というのは、マジ、どうしようもない。
不治の病なのかもしれん。

3
カスの心性
クズ野郎
恥を恥とも思わぬ人間
クズの証

4
fpって、もの分かりが悪い代名詞
頭が悪いな
詭弁術
卑怯者のヘタレ
無知無能

■侵害されたとする権利
名誉毀損

■権利が侵害されたとする理由
記事に対する批評・批判の域を超えて誹謗中傷のため。また、4回にわたってしつこく誹謗中傷記事を書くなど、悪質性が非常に高い。

======


以下に、当方の見解を述べます。

1)指摘のない記事についてまで削除を求めるのは不当

そもそもはてな法務部が記している4つの記事において、指摘のない記事までも削除を求める権利はないはずである。
誹謗中傷として列挙しているのは、2、3、4であるから、少なくとも記事は1つは残せることになるが、いかがか。削除を求める法的根拠について、明示されたい。


2)中嶋よしふみ氏の指摘は誤り

誹謗中傷とされた文言のうち、2の部分は記事中のどこにも存在しないはずである。あるなら、文中のいずれに存在するか、示されたい。
内容を精査することなく、一方的に削除させようというのは不当である。


3)3及び4の記事について

中嶋よしふみ氏について、誹謗中傷していると主張する具体的根拠を提示して下さい。いずれの記事中にも、「中嶋よしふみ」氏の名前は存在していません。

何をもって、中嶋よしふみ氏の名誉を毀損しているといえるのでしょうか。個人を特定できる事実が証明できないのなら、削除の指摘は不当です。
>http://d.hatena.ne.jp/trapds/20131111/1384182000
>http://d.hatena.ne.jp/trapds/20131112/1384221398


また、指摘されている、例えば以下の部分ですが、

fpって、もの分かりが悪い代名詞というわけでもあるまい?(笑)

これが「中嶋よしふみ」氏を具体的に示しているとする部分をご教示願います。
通常、アルファベット表記2文字である場合、それがイニシャルなのか、何か別の略号なのか、仲間うちの暗号の一種なのか、といったことは判然とせず、具体的に個人を特定していると主張するなら、その立証を中嶋よしふみ氏が行うべき義務があるものと考えます。

或いは、「政治家はもの分かりが悪い代名詞というわけでもあるまい?」と記述した場合、具体的個人の政治家――例えば安倍晋三の名誉が毀損された、という主張をするつもりでしょうか。曲解であると考えます。


4)見解の相違について

2に指摘されている文言は、元々1の記事中に存在しており、それは、以下である。

(記事より再掲する)

夫婦向けFPって、全く意味が判らんけど、そういう職業の人らしい。ファイナンシャルプランナーって、ネット販売ビジネスに詳しいのかな?それとも、医薬品販売の分野に強いとか?
ただの素人さんなら、オレらのような無名ブログと一緒だな。影響力の範囲が異なる、というだけだろう。



ここで、「ただの素人さん」の表現が「中嶋よしふみ」氏の社会的評価を著しく低下させたという事実があるならば、それを具体的に客観的事実でお示し下さい。
オレらと一緒、という摘示が、そうさせたとでも?



次に、以下の部分(記事中の最後尾)

「中嶋よしふみ」さんとやら、あなたならば正解を御存知で規制反対を表明していることだろうから、早速その素晴らしい知見をご披露して下さいよ。それとも、できないのかな?単なる無知のくせに、大臣の上げ足を取りたいが為に、クズみたいな無内容の記事を書いたと?(笑)


愚か者というのは、マジ、どうしようもない。
不治の病なのかもしれん。



まず、「書いたと?」という疑問形で終了しているのであり、必ずしも断定ではありません。しかも、反語表現というのは、「そうではあるまい」が言外に含まれているものであるので、「中嶋よしふみ」氏が無知でありクズみたいな無内容の記事を書いている、と摘示したものとまではいえません。


最後の2行は、主語を「中嶋よしふみ」氏とはしておらず、一般論としての当方の見解を述べたに過ぎません。その為、段落分けもきちんとおこなっており、「中嶋よしふみ」氏への呼びかけ部分は、文章が一塊として明示しています。他の方への指摘部分も、別の段落としております。


いずれも、「中嶋よしふみ」氏の社会的評価を著しく低下させる為のものではありません。


なお、記事の完全削除は同意できませんが、表現の修正ないし一部削除に応じることは可能です。
たとえ表現が行き過ぎであり妥当性を欠くとの見解で、はてな法務部が削除を求めるとしても、問題箇所の削除で済むものであると考えます。



この記事内容をブログにアップする旨、はてなには伝えました。
当方は、すっかり忘却の彼方、となっていたわけですが、中嶋よしふみ氏の方では、そう考えていなかった、ということでしょうか。



当方の記事がいかに憎らしいと思ったにせよ、削除要請で応える、というのは、非常に残念ではある。中嶋よしふみ氏は、言論には言論で応える、ということはできなかった、ということが事実として残るだろう。


この記事は、仮に元記事の修正なり削除が行われたとしても、表現の自由の戦いの記録として、できるだけ残そうと思う。




追記(20時半頃):

はてな法務部より、再度のメールがまいりました。
中嶋よしふみ氏は、当方が記事削除に応じない場合には発信者情報開示請求を行う旨、予告済みであるとのことでした。

従いまして、当方が記事削除をしない限り、中嶋よしふみ氏からはてな宛てか、裁判所に開示請求仮処分申請が出されるであろう、ということになるかと思います。その上で、訴えてやる、と。


そうですか。これが「中嶋よしふみ」さんの戦い方、ですか。なるほど。



さて、当方がどこまで頑張れるか、というのは分からんね。
実際に弁護士が出てきて云々となれば、東京に呼び出されたりすることになりかねず、地方在住者は圧倒的に不利だわな。裁判所が東京とかでしょ?



よくある手口の一つ、ですか。
スラップ何とかって、あるでしょう?
あれに類するような感じだわな。



※※2015年12月31日追記

最近もこの記事が読まれているようなので、その後どうなったのか、追記しておきたいと思います。


13年12月8日>http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/4bd4f794fa5dfe7f571d736f5a61237b

あれから特に何かがあったわけではありませんでした。
ま、面倒に巻き込まれたくはない、というのは本心だす。



アニメ『火垂るの墓』・節子の死因についての私見

2013年11月24日 19時18分48秒 | 俺のそれ
ちょっと話題になっていたので。
>http://matome.naver.jp/odai/2138526434750414401


どうやら、左目からの「有毒物質摂取」によるらしい、という説のようである。そういう見方もあるのか、とは思ったが、当方はそのようには思えなかった。

以下、あくまで素人考えに基づく私見を述べたい。


1)有毒物質摂取の矛盾点

とりあえず、左目からの有毒物質吸収によって、死因となったと仮定しよう。その有毒物質は不明だが、「有毒X」と呼ぶことにする。
この「有毒X」の由来だが、「空気中に存在する有毒X」が雨に混じって降ってきた、と。それが眼球に接触し吸収されてしまった、と。

◎矛盾点1:急性症状が見られない
一番はこれだ。重金属中毒とか、不明物質だとしても、摂取後に症状が出るのは普通であろう。おばさんの家にいる間に、それらしき兆侯は見られていない。遅発性の何か、だろうか?
通常は、そうはならない。
簡単な例が、「お酒の飲み過ぎ」だ。物質摂取(飲酒)後、猛烈に症状が出る。中毒症状もはっきり出てくる。が、時間経過と共に、症状は消退する。それは、代謝されてしまうから、である。

「有害X」は重金属のように代謝されない物質であるとしても、急性期に症状が出ないのに、後日しかもかなりの日時が経過してから症状が出る、というのは考え難い。


◎矛盾点2:蓄積や他の摂取経路の可能性が乏しい

もし数日~数か月後に症状が出る場合には、有害物質の継続的摂取と蓄積という可能性が考えられる。それならば、「有害X」が左目に入って以降にも摂取されており、それで最初の数日は症状が出ないが、後日ある水準(普通は中毒量)に到達してから症状が出る、というのなら、辻褄は合う。

その場合、雨に混じる→飲料水に汚染→経口摂取継続→中毒量に到達、といったことが必要になるので、左目に有害Xが取り込まれても致死的ではないはず。その上、同じ水を摂取している、兄やおばさんの家の人々、近所の人々、などにも同様の症状が出ても良さそうだが、それは見られない。

また、左目からの摂取量はごくごく限られており、それならば雨に混じって経口摂取や肺からの摂取(呼吸による吸引)の可能性の方がずっと多い量であるのは珍しくない。目につく量は大したことはなく、他の経路の方が多く取り込まれて当然ということ。


分かり易く言うと、微量で致死量となる青酸カリのようなものであれば、その物質を吸収した時点で症状が出て死亡する。有害物質に起因するからだ。とり込まれた物質がその量でもって、死に至るのである。「有害X」がそのようなものであったなら、急性期に症状が出ないことの説明が困難。


つまり、急性期の症状、結膜由来の摂取量より経口・肺・皮膚の摂取の量の方が多いはず、という2つの点で、「有害X」の説は有力とは思えない。

あるとすれば、「有害X」摂取→体内で長い時間で代謝(分解)される→その代謝物「有害X’」が致死的作用を有する、というような場合だろうか。或いは、「有害X」の存在下では、栄養障害・代謝障害・重要な酵素系の障害などが起こる、というようなものだろうか。そのような物質を知らない(思いつかない)。体内から早期には排泄されない、という条件がある上に、代謝時間が数日から数カ月単位で必要、だから…。
矛盾点の方が多いのは確実。


2)考えられる死因は何か?

◎皮膚症状:
かゆみ、発疹、などが描写されていたので、いわゆる「とびひ」のようなものか、発疹チフスのような感染症であろうか。背部や手足など、かなり広範に出現していたので、そういったものがありそうな気が。


◎感染症として:
恐らく、赤痢かチフスのような感染症であろう、というのが普通の考え方ではないかと思う。当時、若年層に多かったしね。ただ、高熱にうなされての、敗血症ショックの典型のような描写は記憶にない。また、近くの医院に受診した時にも、「栄養失調から来る…」みたいな診立てだったはず。なので、敗血症までには至っていなかったものと考える。本格的にショックだったら、立って歩けないだろう。小児なので、40℃近い高熱になるのは珍しくなく、火が出るような熱さだから、兄も額を冷やそうとするはず。
むしろ、そこまで高い熱ではなく、37~38℃程度の微熱がダラダラと続いていたのかもしれない、とは思う。熱にうなされたようになって、幻覚みたいなことを言っていたのは、そのせいではないのかな、と。


当方の見方は、ずばり、以下だ。

年齢からすると、4歳くらいではないか。最大でも6歳と見る。免疫能が低い時代だ。兄は14歳程度であるように思われ、免疫能は最大に向かう上り坂の途中。従って、節子と同じ食生活や住環境でも耐えられるが、節子は免疫能が低いが故に感染症には圧倒的に弱い。

皮膚症状は、「とびひ」と考える。基礎的に栄養状態が悪く、洗う水がないので創部は二次感染を繰り返し易い。なので、かゆいから掻く→さらに感染域拡大、ということだろう。住居移転直後には見られてなかったので、栄養状態悪化(食糧なくなって以降)に伴う免疫力低下が惹起したものと思う。

下痢症状が続いていた理由だが、これが赤痢ではないかな、と思う(低年齢発症もあう)。水が不潔である、住居移転後の便所の区別が悪い、従って感染機会が大幅に増大したものと思う。当初はまだ体力があったので、軽度の下痢だったかもしれないが、それほど重篤化しなかった為に、微熱が継続し慢性的な炎症(感染症)が持続することとなった。それが節子の基礎体力を奪い、更なる免疫能低下をもたらした。

下痢症状の継続は脱水や電解質異常をもたらした。


節子がグッタリして以降は、高熱という感じでもなく(従って敗血症およびそのショックの可能性はやや乏しいと見る)、けれど無呼吸と長く深い息を吐いており、多分チェーンストークス呼吸ではないかと思える。
脱水は循環不全をもたらしうるし、電解質異常も同様。胃腸は栄養の吸収がほとんどできなくなっており、食欲すらなくなってしまった。死期が迫っている、ということでは。かき氷やスイカのような、ちょっと冷たくて、吸えるものだけを口にするが、食べることはもう無理だった。


免疫力低下から、感染症(赤痢、とびひ)となり、低栄養+脱水+電解質異常+循環不全、ではないか、ということだ。敗血症のようなハアハア浅い速い呼吸とか高熱にうなされたり痙攣したりすることなく、静かに眠るように死んでいったのは、そういうことではないかな、と。感染症が致死的なら、ウォームショックであってもおかしくないように思えるので。



そういうわけで、有害物質が眼球について死んだ、という説には、ちょっと疑問だな、と。



でも、見ると毎回泣くよ、本当に。