経済界のお偉いさんたちというのは、基本的に自分の都合のみ考慮するという習性なのだろうか。
困った時には、「国が、国が」と何でも国や行政に責任を押し付けてくるが、介入や口出しをしないでくれと思う場面だけは、「民間で」「行政や役人はムダばかり」みたいに言うわけだ。まあ、そういう人は少なからずいるだろうけど。どんな分野であろうとも。
で、経団連会長が国が賠償せよ、という東電擁護の泣き言ばかり主張しているのはおかしいなと思っていたら、今度は経団連ではなく同友会の方からも必死でアピールですと。
>asahi.com(朝日新聞社):原発事故の賠償「全電力会社の問題」 同友会新代表幹事 - ビジネス・経済
この人は、これまでの社会の様子とかを見てこなかったか、知らないフリでもしているのだろうか。経営者ともあろう人間が、なにナメたことを言ってるのかな?
記事によれば、
『長谷川氏は、東電が賠償負担で経営破綻(はたん)すれば「原発の事故を起こしたら(電力)会社がつぶれるというメッセージを送ることになる」と述べた。』
だって。
薬品会社のシャチョさんでしょ?
これが、製薬会社の経営者が言う意見とは、なんて生温いんでしょう。
ミドリ十字がいい例ではないのですか?
問題を起こして、会社を無事に済ませましょう、なんてのは、甘えでしかないのでは?
「事故を起こせば、会社に危機につながる」からこそ、事故を防ぐ努力が必要なわけでしょう?
別に、ヒステリックな追及を正当化するつもりも、それに加担したいという意思もないけれども、過去の例では、「会社存続の危機」に陥るのは珍しくなかったのではないか?
食品会社だって、事故を起こせば、危機に晒されたわけだろう?
不二家はどうだったか?
雪印は?(雪印乳業とか雪印食品とか本当は別々な会社だったが)
船場吉兆は?
具体的な健康被害が起こってなくたって、会社はなくなったんじゃないの?
世界の原子力史上でも、例を見ないほどの事故を起こしておきながら、賠償負担しないなんてことが許されると思うのか?
「事故を起こせば、会社が潰れるというメッセージを送ることになる」
というのは、単なる甘えに過ぎない。資本主義というのは、基本的にそういうものなんじゃないのか?国営企業でもやってるつもりか?それとも、利益を吸い上げる時だけは資本主義、危機に陥れば社会主義に鞍替えか?
だったら、会社経営を民間でやるな。株主も廃止しておけば良かったんじゃないのか。配当なんかするんじゃない。
過去の会社が消えた事件と比較しても、東電だけが厳しいというわけではない。
事故を起こせば会社存続の危機、というのは、普通の出来事なんだよ。東電だけが特別な存在で、救済されなければならないというものでもない。原理原則は、ただの民間会社、というのが基本なのだよ。そこが出発点だ。
原発事故を起こせば潰れるかもしれない、というのが、重要なんだろ。
潰れないと高をくくっていたからこそ、いざとなれば国が助けてくれるという甘い考えがあったからこそ、対策を怠ってこれた最大の理由なんだろ。事故防止に全力を挙げずとも済んできた理由というのが、まさに「潰れるはずがない」「国が助けろ」というものだ。潰れることになると思えば、きちんと対策を考えたはずなのだ、ということ。
そういう緊張感が全く欠けていたからこそ、慢心を生み、事故の遠因となってきたということだ。度重なる危険性の指摘を受けながら、何らの対策も実施してこなかったということなのだろ。その代償は高くつく、すなわち会社が潰れる、という巨額のものであってもしかるべき、ということだ。
潰れるのが怖い・イヤだということなら、そういう経営判断をし、足を洗うなり、高コストになろうとも対策を講じるなりしておくべきだろう。それこそが、民間が経営する会社の利点というものだ。経済原理に従う、ということのはずだ。
それができなかったのは、経営の失敗、ということであって、市場から退場してもらうだけの理由が存在する、ということのはずだ。そういう会社には、消えてもらってよい、ということだろう。それが社会の仕組みなんじゃないのか?
経済同友会は、名前を変えた方がいい。
経済というのは、いの一番に外すべきだろう。
既得権益崇拝団体、とか、そういうのにすべきでは(笑)。
困った時には、「国が、国が」と何でも国や行政に責任を押し付けてくるが、介入や口出しをしないでくれと思う場面だけは、「民間で」「行政や役人はムダばかり」みたいに言うわけだ。まあ、そういう人は少なからずいるだろうけど。どんな分野であろうとも。
で、経団連会長が国が賠償せよ、という東電擁護の泣き言ばかり主張しているのはおかしいなと思っていたら、今度は経団連ではなく同友会の方からも必死でアピールですと。
>asahi.com(朝日新聞社):原発事故の賠償「全電力会社の問題」 同友会新代表幹事 - ビジネス・経済
この人は、これまでの社会の様子とかを見てこなかったか、知らないフリでもしているのだろうか。経営者ともあろう人間が、なにナメたことを言ってるのかな?
記事によれば、
『長谷川氏は、東電が賠償負担で経営破綻(はたん)すれば「原発の事故を起こしたら(電力)会社がつぶれるというメッセージを送ることになる」と述べた。』
だって。
薬品会社のシャチョさんでしょ?
これが、製薬会社の経営者が言う意見とは、なんて生温いんでしょう。
ミドリ十字がいい例ではないのですか?
問題を起こして、会社を無事に済ませましょう、なんてのは、甘えでしかないのでは?
「事故を起こせば、会社に危機につながる」からこそ、事故を防ぐ努力が必要なわけでしょう?
別に、ヒステリックな追及を正当化するつもりも、それに加担したいという意思もないけれども、過去の例では、「会社存続の危機」に陥るのは珍しくなかったのではないか?
食品会社だって、事故を起こせば、危機に晒されたわけだろう?
不二家はどうだったか?
雪印は?(雪印乳業とか雪印食品とか本当は別々な会社だったが)
船場吉兆は?
具体的な健康被害が起こってなくたって、会社はなくなったんじゃないの?
世界の原子力史上でも、例を見ないほどの事故を起こしておきながら、賠償負担しないなんてことが許されると思うのか?
「事故を起こせば、会社が潰れるというメッセージを送ることになる」
というのは、単なる甘えに過ぎない。資本主義というのは、基本的にそういうものなんじゃないのか?国営企業でもやってるつもりか?それとも、利益を吸い上げる時だけは資本主義、危機に陥れば社会主義に鞍替えか?
だったら、会社経営を民間でやるな。株主も廃止しておけば良かったんじゃないのか。配当なんかするんじゃない。
過去の会社が消えた事件と比較しても、東電だけが厳しいというわけではない。
事故を起こせば会社存続の危機、というのは、普通の出来事なんだよ。東電だけが特別な存在で、救済されなければならないというものでもない。原理原則は、ただの民間会社、というのが基本なのだよ。そこが出発点だ。
原発事故を起こせば潰れるかもしれない、というのが、重要なんだろ。
潰れないと高をくくっていたからこそ、いざとなれば国が助けてくれるという甘い考えがあったからこそ、対策を怠ってこれた最大の理由なんだろ。事故防止に全力を挙げずとも済んできた理由というのが、まさに「潰れるはずがない」「国が助けろ」というものだ。潰れることになると思えば、きちんと対策を考えたはずなのだ、ということ。
そういう緊張感が全く欠けていたからこそ、慢心を生み、事故の遠因となってきたということだ。度重なる危険性の指摘を受けながら、何らの対策も実施してこなかったということなのだろ。その代償は高くつく、すなわち会社が潰れる、という巨額のものであってもしかるべき、ということだ。
潰れるのが怖い・イヤだということなら、そういう経営判断をし、足を洗うなり、高コストになろうとも対策を講じるなりしておくべきだろう。それこそが、民間が経営する会社の利点というものだ。経済原理に従う、ということのはずだ。
それができなかったのは、経営の失敗、ということであって、市場から退場してもらうだけの理由が存在する、ということのはずだ。そういう会社には、消えてもらってよい、ということだろう。それが社会の仕組みなんじゃないのか?
経済同友会は、名前を変えた方がいい。
経済というのは、いの一番に外すべきだろう。
既得権益崇拝団体、とか、そういうのにすべきでは(笑)。