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「ホワイトカラー・エグゼンプション」について考えてみる

2007年01月06日 23時56分24秒 | 社会全般
「ホワイトカラー・イグザンプション」という表記も見かけるが、長ったらしいので以下「WE」とする。
朝日新聞の記事に対して、相当批判的な意見が出されているようだ。私にも実はよく判らない面があるが、自分なりに考えてみることにする。「これはひどい」「氏ねばいいのに」「あたまがわるい」などと釣られる(笑)前に、まずはよく考えてみた方がいいと思うよ。


asahicom:残業代ゼロ 首相「少子化対策にも必要」-政治


また例で考えてみよう。間違っているかもしれないので、その時には優しく教えて下さいね。

とりあえず、漫画家A、Bがいるとする。普通の漫画家はフリーなのですけど、サラリーマンを漫画家に見立てることにするので、雇用されていて給料を貰っているものと考える。

従来のサラリーマンというのは、賃金格差は若干はあるものの、概ね似たような賃金になっているので、漫画家A、Bの仕事の成果、この場合で言うと「作品の人気度」とか「売上部数」とか「関連グッズ売上」とか、そういうので成果に違いがある、ということである。で、このAとBの仕上げ時間には差があって、単位時間当たりAは20枚、Bは15枚描けるとしよう。すると、同じ仕事を割り当てて、「締め切りまでに150枚の作品を完成せよ」というものであれば、Aは7.5時間、Bは10時間で仕上げることができる。従来の勤務体制だと、みんな同じように勤務時間で拘束され、時間内に仕上がらなかったとすれば残りを残業として作業することになる。


上のAとBで、完成された作品の売上がほぼ同じであるとすれば、Aは「残業がない」が、Bは「残業2時間」となり、貰える給料が多くなるとすれば、これが果たして望ましいのであろうか?Bだけが残業代を貰えることに賛成するという人たちは、かなり少ないのではないか。もしもあなたが雇い主であるとすれば、AとBに同じ給料で良い、と考えても不思議ではないのではないか。残業に対して必ずしも賃金を支払わない、というのがそれほど理不尽なことであろうか?普通の会社であれば、Bの仕事が残っているのでAも帰宅できず、AがBの仕事を手伝わねばならないかもしれない。でも、裁量権限がそれぞれに与えられていれば、Aは「お先に上がります」とか言って帰ることが可能になる、ということだ。


もっと条件を変えてみる。Aは人気があり給料が高くて基本の年俸が1500万円であるとする。Bはそれより落ちて1000万円である。漫画家としての原稿料が違うとか、描ける枚数が違うとか、そういう違いによって収入が異なる、ということだ。サラリーマンでもこれと同じような感じにしよう、ということなんだろうと思う。残業代を今までAとBに年間400万円支払っていたとすると、その分はAやBの収入は減少することになる。雇い主側から見れば、この400万円をどう使うか、ということが重要になってくる。例えば、Aにアシスタントを専属で付けて、もっと仕上げ時間を短縮してトータルの年間売上を増やすことを考えるかもしれない。重要なのは、「新たな仕事」が増える可能性が高くなる、ということだ。


WE導入の対象は基本的には年収水準が相当程度高い層(800~900万円)が考えられていると思うが、そういう人たちの残業代が減ってしまう可能性があるのは確かである。経営者サイドの要望では400万円程度とかいう無謀な提案もあったようだが、恐らくこれは採用されることはないだろう。例えば、全サラリーマンの収入基準の上位10%とか15%とか(米国なんかだと20~25%程度らしいが)の人が対象となるのであって、低所得者側では時間外割増賃金を50%増にしよう、という提案さえあるのである。つまり、低所得者にとっては喜ぶべき制度になるかもしれないのである。ましてフリーターとかパートの人たちにとっては、新たな正規雇用の枠が生まれるかもしれないのである。年収水準の高い人たちの「時間外賃金」が削られる分、人件費に余裕が生まれるのであればそれを他の人に回せる可能性が高くなるのである。そういうことを考えてみるべきなのではないだろうか。反射的に反対したり貶したりする前に、本当に低所得者たちに不利益がどれくらいあるのか考えるべきであろう。多くの人たちが妬んでいたりする(笑、本当は妬んでないかもしれないが)、所謂「勝ち組」的な高給取りが対象なのだ、ということなのです。


サラリーマンの仕事だと漫画家みたいに、はっきりと成果が判る訳ではない部分があるのは確かだろう。でも、明らかに作業時間に違いのあるAとBに同じ基本給だけでなく、仕事の遅いBに残業代が多く支払われるとしたら、フェアではないように感じるのではないか。そういうのをなくして、AのチームとBのチームで仕事をやっていく、ということになるのだろうと思う。同じ売上貢献なら、Aの仕事時間が短くなるのは当然予想でき、Bの残業代減少分を補おうと無理に仕事量を増やすようなことがなければ、問題はないであろう(一定時間を越える残業がある場合には、医師のカウンセリングを受けさせる、という提案があるので健康面には配慮されていると思う)。普通は仕事時間をただ増やしても、売上増に繋がるとは限らないとは思うが。


WE導入に反対するのは、果たしてどうなんでしょうか。



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8 コメント

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えー (岐阜)
2007-01-07 02:37:01
初めまして。以前からちょくちょく拝見しております。
おっしゃる事はわかります。がしかし。
現実問題としては、年収400万とかそれ以下の人たちにも残業手当てを支払わないというのが当り前として受け取られる可能性が高いと思いますよ。

まぁ、それが法律になろうがなるまいが、今でも主事とか主査とか主任とかって訳わかんない肩書きを与えられて残業代を貰っていない実質ヒラリーマンは多いのでは? 特に中小企業では。私もそうですが。

高収入の人を対象に・・とは言うものの、それが法制度化されると、低収入の人にも影響は出ますよ。きっと。

厳密に言えば、この問題とWEは別問題なのは判りますが、現場レベルではごっちゃにされる事でしょう。

もうひとつ。年収800万円クラスとなると、普通は役職がついて既に残業代などない人が殆どではないでしょうか?
本当に高所得者しか対象にしないなら、それこそ導入に意味があると思えません。将来的に低所得者の残業もカットする前提であろうと考えるのが普通のような気がします。

言いたいことがうまく文章化出来ません。
失礼しました。
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よく検討・議論 (まさくに)
2007-01-07 16:40:15
コメント有難うございます。

仰るように、曖昧というか懸念される部分は確かにあると思います。今後、詳しく検討されていくので、そこでの議論には注意することが必要かと思います。
ただ、それほど酷い提案とも言えないのではないかな、ということを皆さんに立ち止まって考えて頂ければ、と思い記事に書きました。

労働時間については、昔記事に書いてますが、規制を強化していいと思っています。

http://blog.goo.ne.jp/critic11110/e/abe68a1d3327fbe7db730c189f4a2cae

海外で「karoushi」として国際的用語になりつつあるようですので、日本の過酷な労働環境の代名詞みたいに定着されても困りますよね・・・変な部分が有名になってしまって。

『ああ、日本って確か、「susi」「harakiri」「karoshi」の国だよね?』みたいに(笑)
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Unknown (ヤブ医者)
2007-01-08 17:10:03
 通常のサラリーマンの仕事量は、漫画家のプロダクトの様にページ数で数値化できないところが問題ではないかと思います。だからこそ、まさくにさんもサラリーマンではなくて敢えて漫画家を例に出されたのだと思います。
 極端な話、Aは課長のお気に入り、Bは嫌われ者だったとします。朝出社すると二人の机の上にはノルマが積まれており、Aの仕事は午前中で終了、午後はネットでお遊び。Bは必死に働いて、4時間残業してやっと仕事終了。この二人に同じ賃金というのはどうみても不合理です。
 仕事量の定量化は難しいので、またWEは「裁量性の高い仕事」が対象の筈ですから、どうせなら完全裁量性、年俸制、成果主義を導入するのが基本かと。年間で成果を達成する自信さえあれば、好きな時に休んで、帰れると判断したら3時でも帰宅する。その代わり契約時に約束した成果が8割なら年俸も8割、極端に低ければ(例えば5割以下)次年度の契約更新はなし(クビ)。予定以上の成果を上げればボーナス。こんなところでしょうか?
 タイムカードで就業時間内は拘束する前提はそのままで、業務量を判断する客観性が保証されないのではWEと言われても反対する人が多いでしょうね。日本式業務態勢(部長が帰らないうちは課長は帰れない、課長が帰らないうちは係長は帰れない、係長が・・・)を残して契約者に都合のよい部分だけ米国式を輸入してもきちんと機能するとは思えません。
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米国式だけ輸入 (まさくに)
2007-01-08 22:37:09
>ヤブ医者さん

これが一番痛いところで、確かに今の日本の労働環境では機能しない危惧は判ります。仕事の裁量にしても量的評価にしても、日本的な部分はあると思います。

むしろ使用者側の意識を変えさせる方向に踏み出すべきで、例えば赤ちゃんグッズを作ってる会社(どこだったか忘れました)は、一斉退社時間を半強制的に決めているそうです。今まで組合なんかが文句を言っても現実には何も変わってこなかったし、むしろ悪い方向―派遣・契約社員、フリーター等に切り替え―へと来ていると思います。従来の正社員たちを救わんが為に、結局他の多数の人たちが一緒に犠牲になっているかのうようです。経営サイドに「賃金を一斉に上げて、全員を正規雇用にすべし」という非現実的な要求は難しいので、仕事をある程度分け合うことや、ダメな職場からは労働者が離れられるという自由度を高めることが必要なのではなかろうか、と思っています。
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Unknown (Unknown)
2007-01-14 00:15:29
人を大切に扱うと言う心が、WEにありますかね?
まず、根本的に問うべきではないでしょうか?
人口が減少し、労働人口が確実に減少する社会において、人をより大切に扱うと言う理念が無い限り、WEは失敗すると思います。
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Unknown (まさくに)
2007-01-14 18:04:58
>人をより大切に扱うと言う理念

これが大切であることは、皆が賛成してくれると思いますが、現実問題として、経営側にこの理念を「植えつける」ことがどれ程可能か、ということはあるかと思います。精神矯正という訳にもいきませんよね・・・

理念が社会全体に行き渡るのを待つのも一つの選択ですが、それはいつになることやら、という悲観的見方も浮かんでしまいます。
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Unknown (Unknown)
2007-01-15 23:29:51
>理念が社会全体に行き渡るのを待つのも一つの選択ですが、それはいつになることやら、という悲観的見方も浮かんでしまいます。

悲観的になることでしょうか?
制度だけ作って、理念は後。それは、本末転倒です。
今の政府は、制度だけ作ることのみに、一生懸命ではないでしょうか?
今のロジックは、まず敵を作ることから始まっていると思います。まず、そのロジックがおかしいのです。
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とりあえず見送り (まさくに)
2007-01-19 23:58:54
お返事が遅すぎですみません。暫くは法案提出はなくなったようですので、時間がかかるようですね。
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