小児漢方探求

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

「味と香りの話」(栗原 堅三 著)

2013年07月19日 21時32分10秒 | 食育
1998年、岩波書店(岩波新書563)

 「漢方エキス剤の子どもへの飲ませ方」を探求する過程で、なぜ苦い薬・酸っぱい薬が飲みにくいのか、素朴な疑問が生まれました。
味と香りについてもう少し知りたいと思い、手ごろな本はないかと探したところ、この新書に出会いました。

 発行が1998年なので味覚受容体の知見等が少し古い印象がありますが、専門的なことを比較的わかりやすく解説されており、いろいろ勉強になりました。

 一番興味を持って読んだ箇所はp212からの「苦味マスキング剤」です。
 「良薬口に苦し」ということわざを以下のように解説しています;

・苦味物質には親油性基を持つという特徴がある
・親油性の大きい物質ほど低濃度で苦味を呈する傾向がある
・親油性薬物ほど薬理作用が強いものが多いので多くの薬は苦いことになる
 とのこと。

 著者の研究室で代表的な苦味物質であるキニーネを用いた実験で、先にリポたんぱく質で処理しておくと苦味反応が消えることを発見し、更に研究・分析したところ、リポたんぱく質の脂質部分が苦味物質の結合部位を占拠することにより阻害することを推察しています。

 やはり苦味を消すヒントは「油」にあったのですね。

メモ
 自分自身のための備忘録。

味の生物学的意義(p2)
 味は栄養物を食べやすくし有害物質から身を守る役目を持っている
(甘味)糖のシグナル
(うま味)蛋白質のシグナル
(塩味)ミネラルのシグナル
(酸味)腐敗物のシグナル
(苦味)毒物のシグナル

 甘味、うま味、塩味は栄養物のシグナルであり、動物はこれらの味を好む。
 蛋白質自身には例外を除いて味がない。しかしアミノ酸には味があり、蛋白質が存在するところには遊離アミノ酸が存在するのでアミノ酸の味は蛋白質のありかを知らせるシグナルの役割を果たしている。
 腐敗物を食べると食中毒を起こすのは腐敗菌の出す毒素のせいであるが、毒素は蛋白質であり味がない。動物は味覚でどく蛋白質を拒否することができず、腐敗物の酸っぱい味で毒素のシグナルを代用している。
 もっともハイエナのように死んだ動物の腐った肉を好んで食べる動物もいる。彼らは腐敗菌の出す毒素を解毒する強い免疫力を持っているため平気なのである。
 未熟な果物は酸っぱい。植物は未熟な果実を動物に食べられないように酸味で防御している。
 生まれたての赤ちゃんに味のある溶液を舐めさせるといろいろな表情をする。甘味やうま味や適度に塩味のある溶液を舐めさせるとおいしそうな表情をするが、酸味や苦味溶液を舐めさせると顔をしかめて拒否する。
 動物は酸味や苦味のあるものは警戒して食べないが、酸そのものが体に悪いわけではないし、苦いものが全て毒だとは限らない。ヒトは長い間の経験でこういうことをよく知っているので、酢の物のような酸っぱいものや、コーヒーやビールのような苦いものを楽しむ習慣ができてきた。

食べ物の味はアミノ酸で決まる(p7)
 料理ではよく酢や糖を使って酸っぱい味や甘い味を出す。ところが自然の食物の中で酸っぱいものは果物と特殊な野菜くらいで、もともと酸っぱい食物は多くない。糖はいろいろな果物やサツマイモやカボチャのような植物性の食物には含まれているが、甘味のある食物はそんなに多くない。肉、魚、海産動物の食物には、グリコーゲンのゆおうな味のない糖は含まれているが、甘味を持つ糖は含まれていない。
 このように、大部分の食物の味には、酸や糖はあまり主要な貢献をしていない。じつは、ほとんどの食物の味は、そこに含まれる遊離アミノ酸とうま味物質(グルタミン酸ナトリウムやイノシン酸アトリウム)と塩で決まっている
・グリシン、アラニン ・・・ 甘味
・ロイシン、トリプトファン ・・・ 苦味
・グルタミン酸 ・・・うま味
・アルギニン、メチオニン ・・・ 苦味アミノ酸と分類されているが、ただ苦いというだけではなく、独特ないやみのある味をもっている。
 アミノ酸には光学異性体が存在する。蛋白質に組み込まれているアミノ酸はL形でありいろいろな味をもっている。一方、D形アミノ酸のほとんどは甘味をもっている。

食塩により味が強くなる(p11)
 イヌを使った味覚実験では、アミノ酸溶液に食塩を添加すると、味神経応答が数倍に大きくな児子とが観察され、ヒトでも同じ結果が得られた。おもしろいことに、食塩の濃度が高すぎると増強効果は逆に小さくなった。

アミノ酸文化(p14)
 アミノ酸、うま味物質、食塩は食べ物の味に重要な役割を果たしている。これら3つの役者を有効に使っているのが味噌と醤油である。
 味噌も醤油も穀物を発酵させてつくるが、発行中に穀物の蛋白質が分解するので大量の遊離アミノ酸を含んでいる。グルタミン酸は植物性の蛋白質中に最も多く含まれているアミノ酸である。味噌や醤油には食塩が入っているので、これがアミノ酸の味を引き出すのに役立っている。
 魚に食塩を加えて発酵させた塩辛もまた遊離アミノ酸とうま味物質と食塩を含んでいる。塩辛の発酵がさらに進んで液状になったものが魚醤である。東南アジアでは魚醤が調味料の主力である。

「うま味」の発見(p16)
・1908年(明治41年)東京帝国大学理学部の池田菊苗教授がコンブのダシ成分を抽出し、ダシの美味しさの成分はグルタミン酸の塩であることを発表し、この物質のもっている独特の味を「うま味」と命名した。
・1913年、池田教授の弟子である小玉新太郎博士はカツオブシのうま味成分がイノシン酸の塩であることを発見した。
・1957年、ヤマサの国中明博士がグアニル酸の塩がうま味をもっていることを発見した。後になって、グアニル酸の塩はシイタケのうま味成分であることが明らかになった。
グアニル酸を含む食材:キノコ類
 シイタケ、マツタケ、エノキダケなど

グルタミン酸を含む食材:動物・植物を問わずいろいろ
 コンブ、チーズ、お茶、海苔、イワシ、イカ、トマト、ジャガイモ、白菜など
イノシン酸を含む食材:総じて動物性食品に多い
 煮干し、カツオブシ、シラス干し、アジ、サンマ、タイ、豚肉、牛肉、エビ、カニなど

魚をおいしく食べるには?
 ・・・ハマチの場合、イノシン酸は死後3-4時間から急速に増加し、8-10時間後に最大値に達する。魚の種類にもよるが、活きじめした魚はこのくらいの時間寝かせた方がおいしいと言われるのはこのため。

肉をおいしく食べるには?
 ・・・鶏肉の場合は畜殺した後冷蔵庫で4-8時間保存するとイノシン酸含量がピークに達するが、豚肉の場合は畜殺誤日、牛肉の場合は7-10日後にイノシン酸含量が最も多くなる。

うま味の相乗作用(p21)
 グルタミン酸とグアニル酸あるいはイノシン酸を混ぜると、うま味が著しく増強される。
 コンブをふつうの方法で煮出して作ったダシには、うま味を示すほどグルタミン酸は入っていない。カツオブシで作ったダシの中にも、イノシン酸はそんなに高濃度に入っていないのでほとんどうま味を感じない。ところが、コンブとカツオブシの両方を使って作ったダシは、うま味の相乗作用のため強いうま味がする。
 昔からダシを取るにはコンブ+カツオブシ(または煮干し)が使われていたのはまことに理にかなっている。
 西洋のスープ・ストック(ブイヨン、フォン)も鶏ガラ、牛のすね肉、魚のアラなどに野菜を加えたものが使われており、中華料理でも鶏ガラ、豚の骨付き肉、干しエビなどに野菜を加えてダシを取る。いずれもうま味の相乗作用を最大限に利用していることになる。

ミツバチの階級社会はフェロモンで維持されている(p78)
 ミツバチのコロニーは、一匹の女王バチ、数匹の王バチ、数千から数万の働きバチから構成されている。
 働きバチは元来メスであるが、その卵巣の働きが抑えられているので、メスとしての働きは失われている。文字通り、ひたすら労働奉仕をするのである。
 女王バチは自分の体から女王フェロモンと呼ばれる物質を放出し、匂いで階級社会を維持している。女王フェロモンは多くの化合物の混合体であるが、その主成分は末端にカルボン酸を持つ化合物である。
 女王フェロモンの第1の役割は、働きバチを刺激して絶えず働かせることにある。働きバチは女王バチの生んだ幼虫を育てるための巣を作り、そこでハチを育て、餌を探し、貯食をし、ひたすら働き続ける。もし、十分な女王フェロモンが行き渡らないと、働きバチは途端に怠けて職場放棄をしてしまう。
 女王フェロモンの第2の役割は、新しい女王バチが現れないように、働きバチの卵巣の働きを抑制し、卵を産まないようにすることにある。事実、女王バチガスからいなくなると、女王フェロモンの支配がなくなるので、働きバチの卵巣が発達し産卵が開始される。本来、女王バチになる卵も働きバチになる卵も同じであるが、どちらになるかは幼虫に与える食事(ロイヤルゼリー)で決まる。
 女王フェロモンの第3の役割は、オスに対する誘因効果である。女王バチガスを飛び出して肥厚すると、オスが女王フェロモンをかぎつけて女王バチに追いつき交尾する。一度の交尾により生涯受精卵を何万個も生むことができるほど十分な精子を得る。

汗のニオイとフェロモン(p89)
 アカゲザルのメスは、発情期に膣からフェロモン様の物質(カプリン)を分泌する。オスはこの分泌物の匂いを嗅ぐと興奮して交尾行動をとる。カプリンの実体は、五種類の脂肪酸(酢酸、プロピオン酸、酪酸、イソ酪酸、イソ吉草酸)の混合物であった。この五種類の脂肪酸は、ヒトの汗にも含まれており、ヒトにとってはむしろイヤな匂いをもっている。
 ヒトの腋の下にはアポクリン腺(汗腺の一種)が高密度に分布している。多くの哺乳類ではアポクリン腺はフェロモンのような化学信号の分泌腺として働いている。ところで、アポクリン腺からの分泌物は分泌時には匂いがしない。分泌五しばらくすると、皮膚の表面にいる微生物(バクテリアと酵母)の作用で代謝されて匂いを発生する。女性の甘い香りも、足の臭いニオイも、分泌物の成分と微生物の種類の組み合わせにより生じるのである。口臭もまた、口内微生物の代謝産物からくる。

乳児の味覚機能(p110)
 ヒトの場合、胎生12週目には成人と同じような形態をした味蕾ができる。胎児は羊水を規則的に飲んでおり、羊水中にサッカリンが注入されると飲み込む回数が増えるという。胎児は胎生3~9ヶ月で味を感じる能力を獲得すると考えられている。
 イスラエルのJ.スタイナーは、新生児に色入りな味溶液を与えた時の表情を観察した。ショ糖液を与えると顔がゆるみ飲む行動をする。酢酸溶液やキニーネ溶液を与えると、口をすぼめて溶液を飲むことを拒否する。このようにショ糖を好み、酢酸やキニーネを嫌う挙動は、無脳症や水頭症といった大脳に障害のある新生児でもみられる。つまり、甘味を好み酸味や苦味を嫌う機能は、学習で獲得する機能ではなく、生得的に備わった反射的な機能である。
 幼児では、味蕾は舌の上だけでなく口の中の粘膜にも広く分布するようになる。

苦味物質(p139)
 塩味、酸味、うま味、甘味などの味をもっている化合物の種類は限られており、そんなに多くない。これに対して苦味のある物質の数は圧倒的に多く、その化学構造もまことに多種多様である。
 塩の中にも硫酸マグネシウムや塩化マグネシウム(にがりの成分)のように強い苦味のするものがある。
 植物には、強い薬理作用を持つアルカロイドという一群の物質が含まれているが、ほとんどのアルカロイドは強い苦味をもっている。植物に含まれているテルペンと呼ばれる化合物の中にも苦いものが多い。ホップ、ミカンの皮、センブリなどの苦味成分はいずれもテルペンである。
 L形のロイシンやフェニルアラニンのような親油性基をもつアミノ酸も苦い味がする。
 発酵食品には酵素の作用で蛋白質が加水分解してできるペプチド(アミノ酸がつながったものであるが蛋白質より分子量が小さい)が含まれている。ペプチドのうち、末端に親油性のアミノ酸があるものは強い苦味をもっている。蛋白質を加水分解してつくる食品では、こうした苦味ペプチドを取り除いたり、精製させないようにすることが重要な課題である。
 このように、苦味を持つ物質は多種作用であり、苦味物質の化学構造上に共通性を見いだすのは困難である。苦味物質で最も特徴的なことは親油性基を持つことである。親油性の大きい苦味物質ほど、低濃度で苦味を呈する傾向がある。

甘草の甘味成分はグリチルリチン(p149)
 南アメリカや中央アジアで栽培されている甘草の根には甘い成分が含まれている。この成分はグリチルリチンと呼ばれるトリテルペン配糖体である。グリチルリチンには薬理作用もある。
 グリチルリチンはショ糖の50-100分の一の量で同じ強さの甘味を示す、いくぶんイヤな後味が残るのでその使用には限界がある。現在は味噌、醤油、タバコなどの甘味剤として使われている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「すごい弁当力!」

2010年06月18日 21時57分08秒 | 食育
佐藤剛史著、五月書房(2009年発行)

弁当を作ろう!
すると、自分が、家族が、社会が変わる!
という内容の本です。

著者は大学農学部の先生で栄養学が専門ではありません。
ですので、栄養バランスとかの記述はありません。

あえて云えば、弁当の社会学でしょうか。

お母さんが作ってくれた弁当は「家庭の味」の一端を担い、小児・青年期の思い出としてその後の人生に豊かな土壌を提供します。
一方、小学生が、中学・高校・大学生が「弁当の日」と称して自分で弁当を作るとどうなるか?
メニューを考え、食材を買い出しに行き、食材がどこで作られるのかに思いを馳せ、見た目の色彩を考え、無駄の出ない調理を考え・・・それはそれはいろんな社会勉強の要素が詰め込まれている画期的イベント。
そしてなにより、「誰かのために作る」という貴重な体験をすることになります。

「食べること」は生きることに直結します。
「食」を共有すると云うことは家族の繋がりを強くします。
そういう視点からは、良いことずくめですね。

わが家でできることは何だろう。
高校生の長男は偏食で、弁当のバリエーションが少なくて困っています。
子ども達にいきなり「自分で弁当を作れ」と言っても・・・まず、父親の私自身が作ることが第一歩かな。
自分で誰かのために弁当を作り、いつの日か子ども達に「一緒に作ろう」と誘ってみたいと思います(笑)。

今の日本が抱える「食」の問題にも触れています。
ただ、私は既に本書でも引用されている幕内秀雄さんの書籍を何冊か読んでいるので、例示される数字はだいたい聞いたことのあるデータでした。

一点、気になったこと。
家庭が崩壊して「弁当」そのものの経験が存在しない子ども達もいます。
家族の絆を強くする「弁当」ですが、その家族を失っている子ども達にはつらい言葉でしかありません。
親から「愛情」をもらえなかった子ども達は、どうすればいいんだろう。
ゼロから出発することもできるんだろうか・・・(考えすぎ?)。

もう一点、気になったこと。
著者は「弁当を作ることは素晴らしい」と信じるあまり、それを他人に強制しようとする勢いを感じます。
大切さを感じて、実行に移すまでの時間は人それぞれです。急がせてはいけません。
ちょっと抵抗を感じました。

まあ、流れとしては賛成なのですが・・・小児科医から見ると少し違和感あり。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「食べるって何?」ー食育の原点ー

2009年08月25日 20時24分35秒 | 食育
著者:原田信男、ちくまプリマー新書、発行:筑摩書房(2008年)

 本屋さんを覗くと「食育」関係本がたくさんあり、何を読んで良いのか迷ってしまいます。著者は料理評論家、教育者、等さまざま。そんな中で、大学教授であるこの著者の専門分野は「日本生活文化史・日本文化論」と異色の存在です。ありきたりの食育論から一歩踏み込んだ内容を期待して購入しました。

 まず「ハッ」とした導入部分・・・
「私たち自身が生命であると同時に、実は私たちが食べているものも生命なのです」
「生きることは、殺すことでもあるのです。それが食べること、生きることの本質なのです」

 「こんな視点もあるのか!」と目から鱗が落ちる事項が多々ありました。
 著者の専門分野にとどまらず、知識を縦横無尽に使って歴史上の「食」を紐解いていく流れは圧巻です。
 学校の歴史の授業もこんな切り口で教えてくれれば楽しくて頭にもよく入ったのに・・・と感じるほど。
 特にワクワクしながら読んだ箇所は「コメ文化とムギ文化の違い」で、日頃の疑問が氷解するようでした。
 また、肉食を否定してきた日本の裏の歴史も興味深く読みました。

 印象に残った事項を挙げてみます。

■ 食料を捨て過ぎる国、日本
 現在の日本では、デパート。小売店の総菜売り場や、ホテル・レストラン、されには家庭などから膨大な廃棄食料が出されています。だいたい25~30%の食べ物が、消費期限外のものも含めて棄てられています。
 仮に25%出としても、単純計算で3000万人分以上の食料を棄てていることになります。世界中には飢えに苦しむ大勢の人々がいるにもかかわらず、です。

■ 食物連鎖
 もともと酸素は植物による光合成における産業廃棄物のようなものでした。
 植物は太陽光エネルギーによって二酸化炭素と水から有機物を合成します(動物自体は有機物を生成できません)が、動物はその時に輩出される酸素を呼吸し、植物という有機物を食べて生きています。代わりに動物は呼吸活動やその死体の酸化によって二酸化炭素を発生させていますし、窒素などを排出物として大地に還元することで植物生長のための条件を整え、さらに肥料をも提供していることになります。

■ 地球環境と生命
 生命とは単なる自己増殖ではなく、地球環境中にある分子が、生命体の中の分子と絶えず入れ替わるという流れそのものなのです。
 地球の環境と生命は、同じ分子を共有しながら、それをお互いに入れ替えることで共存しています。つまり炭素や窒素や酸素を構成する分子が生命の体内組織の一部となって、環境との間を行ったり来たりしながら時間の流れの中での生命活動の継続こそが”生きている”ということの実態なのです。
 そうした物質の環境と生命との交換の流れが停止したとき、生命は死を迎えます。だから私たち人間という生命はタンパク質を食べ続けなければならないのです。

■ 牧畜・遊牧の技術
 人間が最初に家畜とした動物はイヌで、それは1万年ほど前のことであり、狩猟民がオオカミを馴化させたことに始まります。これはイヌを狩猟のための役蓄として利用したものですが、そのうちに動物そのものの肉や卵や乳、あるいは毛や皮の確保を目的として動物を育てる牧畜が始まります。紀元前7000年頃には中近東でヒツジやヤギの牧畜が、その後ウシやブタの馴化が農耕民によって行われ、今から5000年前にはウマやニワトリを家畜化するに至りました。
 動物たちが家畜化して人間への依存を高めると、その形態や機能に変化が起こり、大型化して生殖能力も高まります。乳を子どもから取り上げてヒト用に利用し、果てはホルスタインのような種も作り上げました。

■ 地域による農耕作物の違い
 最も古くは旧大陸のオリエント(チグリス・ユーフラテス川流域)で、ムギや豆・根菜類などを栽培する麦作農耕文化が始まりました。
 東南アジアにはタロイモやヤムイモなどのイモ類を栽培する根栽農耕文化が古い時代から始まりました。根菜は種子植物より栽培自体は比較的簡単ですが、根や茎には栄養分が多いため保存に適さず、それゆえ大きな文明を成立させることはありませんでした。
 アフリカ東部~インド中北部、中国黄河流域には雑穀農耕文化が生まれました。モロコシやキビ・アワ・ヒエなどの雑穀が中心でした。この雑穀農耕文化は中国南部で開花し、私たちになじみの深いコメの栽培を促し、稲作文化を生んだと考えられています。
 南アメリカではタピオカ(キャッサバ)やジャガイモなどイモ類を中心とした根栽農耕文化が、メキシコや中央アンデスにはトウモロコシを中心としてインゲンや落花生などの豆類を栽培する雑穀農耕文化が形成されました。

■ 食料の剰余が国家を生み戦争を生んだ
 農耕というシステムが発展すると確実に食料の剰余を蓄えることが可能になりました。社会的剰余により宗教・国家に従事する専門技術集団を組織することが可能となり、社会的分業を編成する国家というシステムが成立したのです。
 それとともに戦争が起こるようになりました。食料の剰余がない貧しい社会では大規模な争いは起きませんでしたが、豊かさを知った社会には犯罪・争いが起こりやすいという歴史の現実があります。

■ ムギとコメの文化の違い
 世界中で人口の約半分がコムギを主要食料としています。
 コメ(イネの種子の別称)はアフリカイネとアジアイネとがあり、現在では世界的にもアジアイネが主流となっています。さらにアジアイネはインディカ種とジャポニカ種があります。
 ムギもコメもその発育には水が必要で、いずれの耕地にも理想的には灌漑施設の存在が望ましい。
 比較的少ない水で育つムギは畑地でよいのですが、多くの水を必要とするコメには水を調節する水田という装置が望ましことになります。したがって、ムギは乾燥に強く比較的寒冷な地域でも栽培が可能ですが、逆にコメはとくに湿潤かつ温暖な場所を好みます。このため、イネの栽培地は東南アジアを中心としたモンスーン・アジア地帯にほぼ限定されますが、ムギは西アジアや中央アジア、ヨーロッパなどの乾燥がちな地域が対象となっています。
 現在の技術で最高の条件を与えてやれば、ムギは一粒が170倍になるのに対してコメは2000粒に増え、コメの方が生産力が高いことになります。

 コメは脱穀が簡単で、粒のまま粒食として食べることができます。
 一方、ムギ(とくにコムギ)は殻が離れにくいため、そのまますり潰し、これをふるいにかけることで果肉(実)と殻を分離させます。従って殻を覗いた段階ですでにムギは粉になってしまうのです。
 コムギ粉(オオムギ、ライムギも可)を水で練って一晩おくと発酵が起こります。これにパン種としてイースト菌をつけてやると、もれなく簡単にふっくらとしたパンを焼き上げることができます。

■ ムギ文化と牧畜
 ムギ文化は乾燥地帯に発達し、草原地帯でもありますから牧畜に適する風土でした。
 ムギ文化圏では「パン」+「ウシもしくはヒツジ肉」+「乳製品」というパターンになります。
 ムギ文化と牧畜の技術はこの地域の味覚大系を形成しました。日常の食事のみならず、調味料としても乳と肉が重要な役割を果たし、嗜好品(菓子・酒類)にも及びます。
 ビールはオオムギやビールムギを材料とし麦芽の発酵作用を利用したものでバビロニアやエジプトでは古くから飲まれていました。ウィスキーもオオムギの麦芽を用いた蒸留酒です。

■ コメ文化と漁労
 昔、日本の水田には多くの魚が生息していました(現在はダムやコンクリートの用水路、農薬の影響で消えました)。そこでは漁労も行われており、これを淡水漁業とか水田漁業とか呼んでいます。つまり水田農耕は水との関係から内陸での漁労とセットになっているのです。
 魚をコメにつけると乳酸発酵を促しておいしくなりますが、これが本来の寿司の原理です。江戸前寿司はいわばインスタント食品で、発行させる代わりにご飯に酢を加えることで発酵させたことにしてしまうファストフードと言えます。
 魚に塩をかけて圧力を加えるとアミノ酸発酵が起こります。これを調味料としたのが魚醤で、塩辛やくさやもこの仲間です。日本の味噌や醤油は大豆を魚の代わりに用いて作ったもので、これらを穀醤といいます。アジアでは魚醤・穀醤の両方が使われていますが、日本では穀醤が優勢になり現在に至っています。ベトナムのニョクマム、タイのナンプラー、インドネシアのサンバルは魚醤の代表的なものです。
 コメ文化圏ではコメと魚がセットになり、これに魚醤・穀醤という調味料を加えたものが味覚体系の基本になります。和菓子のほとんどがコメ粉を原料にしていますし、酒もコメが原料です。さらに動物としてはニワトリとブタが加わりました。

※ 日本の美称は「豊葦原瑞穂国(とよあしはらみずほのくに)」で、豊かにコメが実る国を意味します。天皇家の祖神とされる天照大神は農耕の神・太陽神であると同時に、天界から稲種つまりコメを伝えた神でもあるのです。現在でも天皇の祭祀にはコメに関するものが多々あります(新嘗祭、大嘗祭等)。

■ アジアの中の日本の食
 アジアにおける日本の食文化の特徴はブタ肉の欠落です。
 統一国家ができる頃、なぜか公的に肉食が否定されるようになりました。675年(天武天皇4年)には「肉食禁止令」が出されています。その内容は、今後狩猟や漁労を行うことを止めて、4月から9月まではウシ・ウマ・イヌ・サル・ニワトリの肉を食べてはいけない、というものでした。もっとも、日本人が食べてきた肉はイノシシ・シカ・カモシカでしたから、肉食を完全に否定したわけではなく、これは稲作に精を出すように仕向けた法律と見ることもできます。
 弥生時代以来、2000年以上も日本ではコメ作りが行われてきましたが、ほぼ誰もが白いコメだけのご飯を腹一杯食べられるようになったのは、実は1960年代のことです。しかしそれ以降、皮肉なことに食生活は西洋化しコメの消費は低下の一途をたどることになります。

■ 親鸞の言う「悪人」は犯罪者ではなく肉食民を指した
 肉食を国として否定してきた日本ですが、社会の下層にまでコメは行き渡らず、肉食せざるを得ない下層民が存在しました。このことをよく理解し、肉食という罪悪と穢れを背負った下層民達を救おうとしたのが法然や親鸞など鎌倉新仏教の創始者達でした。
 法然は、下層農民達に向かって、肉を食べるのはやむを得ないことだと説いています。
 親鸞は、当時、狩猟や漁労をする人々が悪人と見なされていたのに対し、そうしなければ生きていけない悪人こそが救われるべきだと主張しました。
 これが弟子・唯円が「歎異抄」で伝えた親鸞の「悪人正機説」という思想です。つまり、殺傷をする必要のない前任が極楽往生できるならば、肉食をせざるを得ない悪人が往生できないはずがない、と下層民達に教えたのです。

■ 肉食の復権
 江戸時代はコメを経済の中心とした「石高制」が確立しました。このことにより、狩猟・漁労は”卑しい”職業と見なされ、動物の処理に携わる人々を理不尽にも差別するような社会が成立したのです。
 この呪縛を解いたのは1871年の天皇による「肉食再開宣言」です。西欧列強との交流を行うためには肉を用いた養殖を避けることができなかったという時代の要求がその理由ですね。
 しかし長い歴史はそう簡単に方向転換できませんでした。栄養学的に摂取タンパク質比率で畜産物が水産物を上回ったのは昭和50年(1975年)ですし、消費量で魚と肉が逆転するのは意外に遅く昭和63年(1988年)のことなのです。

■ 「一味」~同じものを食べる
 一味は中世に使われた「一味同心」に由来し、「同じものを食べる、つまり一つの味を皆で確かめることによって、心を同じくして物事に立ち向かう」ことを意味します。
 共食という行為は人間相互の関係を緊密にするために非常に大きな役割を果たしています。人間は一人では生きられず、必ず家族や組織という集団で、それぞれに分業を受け持ちながら生活していく必要があるからです。
 ところが現代社会はあまりに分業化が進み過ぎたために「孤食」という現象を生み出しました。これは歴史的に見て極めて異例な行動です。
 しかし人間は本来的に共食をする動物であり、その中で、つまり家庭で子ども達は「食べる」という行為を学んでいくのです。一人前になった後も、共に食べながら仲間や恋人と心を通わせ合っていくのです。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

「子どもの体が危ない」

2008年10月06日 23時54分18秒 | 食育
幕内秀夫著、PHP研究所、2007年発行.

「粗食のすすめ」の著者、幕内さんの本です.「子ども」というキーワードに引かれて読んでみました.
内容は基本的に同じようなもので、目新しさはありませんでした.

読み終わって感じた事は・・・
日本って、明治時代から堕落の一途を辿っているような気がします.
江戸時代は鎖国状態でしたから、外国から食料も燃料も輸入せずに生きていた日本人.
しかし、今は食料自給率は40%を下回り、エネルギーも外国に依存している情けなさ.
どうしてこんな風になってしまったのだろう.

著者の主張の基本は「米を食べよう」に尽きます.

女性はダイエットが大好きで、サプリとか食物繊維とかにこっているけど便秘に悩む・・・無関心な中年男性は便秘に悩むなんてついぞ聞いた事がないのは何故なんだろう.
女性は主食の米を少ししか食べないから、食間に体が甘いものを欲しがる.またカタカナ食(パン、パスタ、ピザなど)は油たっぷり.野菜にしてもマヨネーズやドレッシングをひたひたと絡ませてはカロリーが上がるばかり.
一番問題なのは準主食のパン.
パンに合う副食・おかずは高カロリーと相場が決まっている.
パンには小麦は少ししか入っていない.日本の食パンを握って固めれば卵一個分くらいの大きさまで小さくなる.
食パンの原材料を見てみると・・・砂糖、油脂、バターなど、添加物だらけでお菓子と変わらない.
パンが主食の国々では日本のような真っ白でフワフワしたパンを食べていない.
精製した小麦ではなく、未精製の全粒粉を使った硬くて黒いパンを食べている.
日本の小麦ではグルテンが少なくパンは作れないので、輸入小麦が中心(だから今値上がりしている!)だって知っていました?

一方、米をお腹いっぱい食べると、腹持ちが良いので間食をしなくなる、便通が良くなる、油まみれのおかずをとらなくてよくなるので太らない.
長寿国日本を支えている現在の70代、80代の人たちがどんな食生活をしていたか、見直すべきであると書いています.

「子どものおやつには菓子ではなくおにぎりを!」とも提唱しています.
「おにぎりは食べなくて・・・」という子どもは本当にお腹がすいているわけではないのでおやつ抜き!
お菓子は砂糖と油で口当たりを良くしているのでお腹がすいていなくても食べられてしまう・・・これが肥満の原因.

などなど、現在の日本の食生活が歪んでいる事を思い知らされました.

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする