日本人の誰もがふつうに使っている風邪(かぜ)という言葉。
実はこの語源は漢方由来です。
これを理解するためには、
漢方についておおまかに説明しておく必要があります。
少々、お付き合いください。
漢方=中国の医学、と考えがちですが、
漢方はれっきとした日本の医学です。
「漢方と中国と日本の関係」は、
「漢字と中国と日本の関係」と同じです。
漢字は1000年以上昔、中国から伝わって日本に定着した文字。
それが長い歴史の中で日本風にアレンジされてきて今に至ります。
現在、「漢字は中国語だ」と言う人はいませんよね。
ちなみに本家中国の文字はとても難しく画数が多かった(繁体)のですが、
近年簡略化(簡体)されて日本の漢字より簡単になりました。
若者は昔は文字を読めないそうです。
漢方も1000年以上昔、日本に伝わりました。
それが長い年月をかけて日本人に合うようアレンジされ、
とくに鎖国政策をとられた江戸時代に独自の発展を遂げました。
“漢方”という呼び名は、
江戸末期にオラン大学が入ってきて“蘭方”と呼ばれたため、
では日本の医学をなんと呼ぼう、
漢字と同じ由来だから“漢方”と呼んではどうか、
という成り行きで名付けられたそうです。
ですから、
漢字を中国語という人がいないように、
漢方を中国医学と考えることは間違いです。
話は変わりますが、皆さん、
“こころ”は体のどこにあると思いますか?
義務教育を受けた人であれば、
脳にあることはおわかりだと思います。
しかし“こころの臓器”と名付けられた心臓というものがありますね。
不思議だと思いませんか。
このカラクリは、明治初期に答えを見つけることができます。
外国から医学用語が入ってきた際、
解剖学が発達していなかった日本では、
内臓を表す医学用語の翻訳に悩まされました。
そこで用いられたのが、漢方の臓器名です。
それぞれ、概念が近いモノがあてがわれました。
漢方では「五臓」という概念があります。
心:意識と循環を支える
肺:呼吸と気の生産、津液の散布を支える
脾:消化吸収を支え、気・津液を円滑に運行させる
肝:気と血の流れる量・方向をコントロールすることで、感情・月経を支配する
腎:根源的な生命力を蓄える場であり、全身の津液の代謝を調節。成長・老化、生殖、尿の酸性を支配する
なんだか、わかったようなわからないような概念です。
わかりやすいように色分けしてみます。
現在の我々のイメージを青く塗ってみました;
心:意識と循環を支える
肺:呼吸と気の生産、津液の散布を支える
脾:消化吸収を支え、気・津液を円滑に運行させる
肝:気と血の流れる量・方向をコントロールすることで、感情・月経を支配する
腎:根源的な生命力を蓄える場であり、全身の津液の代謝を調節。成長・老化、生殖、尿の産生を支配する
心臓→ 循環
肺 → 呼吸
腎臓→ 尿の産生
はわかりやすいですね。
脾と肝は現在の医学用語に当てはまる概念ではありません。
では漢方の五臓の別の概念に注目してみましょう。
今度は赤色に塗ってみました;
心:意識と循環を支える
肺:呼吸と気の生産、津液の散布を支える
脾:消化吸収を支え、気・津液を円滑に運行させる
肝:気と血の流れる量・方向をコントロールすることで、感情・月経を支配する
腎:根源的な生命力を蓄える場であり、全身の津液の代謝を調節。成長・老化、生殖、尿の酸性を支配する
いかがでしょうか。
心臓→ 意識
肺 → 気の生産、津液の散布
脾臓→ 気と津液を円滑に運行
肝臓→ 感情を支配
腎臓→ 代謝を調節、成長・老化を支配
すると、今まで何気なく使ってきた単語と結びつくことに気づかれたのでではないでしょうか。
心臓は意識を司る→ “こころ”の存在
肝臓は感情を支配→ “かんの虫”“かんしゃく”などの表現
これらの概念は漢方由来だったのですね。
驚くべきは腎の概念です。
代謝を調節、とは腎臓の上についている「副腎」の機能を連想させます。
昔はその存在を知らなかったはずなのに・・・。
前置きが長くなりました。
このブログでは、風邪(かぜ)という単語が、漢方の風邪(ふうじゃ)という概念由来であることをお知らせしようと書きはじめました。
漢方はいくつもの概念を組み合わせて患者さんの病態を判断して薬を決めることになります。
基本となるのが「八綱弁証」でそれに「病因病邪弁証」を組み合わせます。
一つ一つ単語の概念を説明していると終わりませんので、流れだけ示します。
八綱弁証:陰陽・表裏・寒熱・虚実
病因病邪弁証:
(内傷病)気血津液、臓腑
(外感病)六経、衛気営血
八綱弁証でまず表裏を識別します。
裏証:内傷病
表証:外感病
裏は体の中から起こる問題で、
表は体の表面が外界からの影響を受けたモノです。
例えて言うと、皮膚の病気でも、
じんましんは体の中から起こる問題なので裏証
虫刺されは外界からの刺激なので表証
であり、西洋医学でも治療法が少し異なりますね。
さて、さらに進めると、
八綱弁証で表証→ 外感病→ 六淫外邪の区別
という流れになります。
“六淫外邪”なんておどろおどろしいネーミングですね。
でもこれは皆、環境や気候に由来するモノです。
具体的な内容は以下の通り;
六淫外邪の病態;
風:体表の衛気を破壊し、他の邪を引き入れる役割を果たす
寒:冬季など寒冷な環境において罹患する。
熱:夏季など温熱名環境において罹患する。
湿:湿度の高い環境において罹患しやすい。
燥:乾燥した環境において罹患する。
暑:夏季の特異的外邪、湿と一緒に襲う場合が多い。
六淫外邪の症状;
風:軽度の寒気・発熱・体表の違和感など、急激発症する
寒:悪寒などの冷えの症状を主体とする
熱:強い熱感(悪寒期が短い)
湿:体の重だるさ、消化器症状
燥:乾性咳嗽、目鼻の乾燥症状
暑:熱中症と夏バテを引き起こす
六淫外邪の各概念は並列ではありません。
体の免疫バリアである衛気(=西洋医学では皮膚に相当)を破るのが“風”です。
気候環境の変化のみで病気になるとは昔のヒトも考えていませんでした。
“風”が突破口を開いて寒・熱・湿・燥を呼び込むことになってはじめて病気になると考えたのですね。
ただし、“暑”は別扱いで、風による呼び込みはありません。
現代医学でも、風邪による発熱と熱中症による発熱は別のメカニズムと考えられ、対処法も異なっています。
それを昔から区別していたとは・・・漢方医学、侮りがたし。
さて、六淫外邪はそれぞれの概念に“邪”をつけて呼ばれます。
(例)風邪、寒邪、熱邪・・・
ここで初めて、“風邪”というワードが出てきました!
そうなんです、この風邪(ふうじゃ)が風邪(かぜ)の語源なのです。
繰り返しますと、風邪(ふうじゃ)とは、
病態:体表の衛気を破壊し、他の邪を引き入れる役割を果たす
症状:軽度の寒気・発熱・体表の違和感など、急激発症する
ですから、現在の我々の風邪(かぜ)のイメージそのものですね。
<参考>
■ 「Dr.加島のカゼを治す漢方」(ケアネット)