漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

“やせる漢方”(防風消風散)をお勧めできない理由

2021年01月17日 06時59分20秒 | 漢方
2021年1月現在、新型コロナウイルス流行が席巻しています。
特効薬の存在しない現在、中国で発生したウイルスでもあり、漢方薬も注目されています。

漢方薬はなんとなく「副作用が少ない」「ずっと飲み続けても大丈夫」というイメージがあります。
薬店で購入できる市販薬もたくさん用意されていますし。

しかし、
「効く薬には副作用がある」
「効かない薬には副作用が少ない」
のが医学の常識です。

ひとつの例として、やせる漢方で有名な防風通聖散を取り上げてみます。

<参考資料>
▢ 副作用に注意すべき“イエロー”の生薬

まず、上記資料の中にある「副作用に注意すべき生薬と漢方製剤」の表を引用させていただきます;



防風通聖散は4項目「黄岑」「麻黄」「大黄」「山梔子」で登場しており、侮れません。
このうち「黄岑」は、漢方生薬の中で最も効くものの一つであり、かつ最も副作用が出やすい生薬とされています。
その昔、肝炎に使用された小柴胡湯という漢方薬で発生した間質性肺炎が事件的に取り上げられたことがありますが、その主要犯人は黄岑と推測されているのです。
黄岑による肝障害の頻度は1-2%程度、間質性肺炎は10万人に4人程度と報告されています。
黄岑の副作用は、定期服用をはじめてから1-2ヶ月で生じることが多く、黄岑を含む漢方薬を長期投与する際には定期的な血液検査が必要です。

小児で黄岑含有漢方方剤を長期投与することは少ないのですが、溶連菌性咽頭炎をひたすら繰り返す患児に小柴胡湯を数ヶ月投与することが希にあります。1ヶ月以上継続する場合は血液検査を受けてもらいます。

防風通聖散は「やせる漢方」として宣伝されている漢方製剤の一つで、薬店で購入できる一般用漢方製剤ではナイシトールやコッコアポEXなどに含まれています。減量目的で使用されることが多いため、長期間服用しているケースも少なくないと思われます。
一方で、厚生労働省の副作用情報では、防風通聖散は副作用出現頻度が最も高い漢方製剤です。

防風通聖散が対象にする患者さんは本来、「がっちりした体格」「太鼓腹で暑がりの人」であり、日本人女性では適応となることは少ないと思われます。「華奢な体格」「水太り体質」の方が服用すると、副作用が出やすいのです。

西洋医学の薬と異なり、漢方薬では、その製剤に合う体質というもの(証)が重視されます。
わかりやすい例でいうと、体力のあるなしで「虚」(体力が無い)と「実」(体力充実)に分けられます。
すると・・・
①「実」の患者さんは「実」用の漢方薬が効きます。
②「実」の患者さんが「虚」用の漢方薬を飲んでも効きません(何も起こりません)。
③「虚」の患者さんは「虚」用の漢方薬が効きます。
④「虚」の患者さんが「実」用の漢方薬を飲むと副作用が出ます。
というふうになることが予想されます。

防風通聖散を華奢な体格の水太り体質の女性が飲んで副作用が出るのは④のパターンということになります。
黄岑の副作用は「たくさんの量を使ったから」とか「長期服用したから」ではなく、「アレルギー反応」といわれており、合う・合わないの世界です。

参考資料から「各生薬の副作用の起こり方」の表を引用させていただきます;



処方薬では主治医から副作用の説明がありますが、薬店では漢方薬に詳しい薬剤師さんがいる店舗で相談しながら購入することをお勧めします。

また、ふだん飲んでいる薬との一緒に飲んで大丈夫かどうか(相互作用)も問題になることがあります。

<参考資料>
▢ ニューキノロン系抗菌薬と併用NGな漢方薬は?

上記資料より「注意すべき漢方薬と西洋薬の組み合わせ」という表を引用させていただきます;




表を眺めても、小児科で使用する薬は少ないですね。
「キサンチン系薬剤」は私が小児科医になった30年前は喘息の薬として多用されていましたが、その後徐々に使われなくなり、この10年間で私は処方した記憶がありません。
ニューキノロン系抗菌薬(いわゆる抗生物質)も小児では頻用されないタイプです。

上記の表は薬剤の製品名ではなく作用機序で書かれているので、一般の方が見てもピンとこないと思われます。
「(自分が飲んでいる薬の名前)+(添付文書)」で検索するとわかりますから、処方薬を自分で調べて自分の体を守ることも昨今必要だと思います。

逆に、飲み合わせがよい、一緒に飲むと西洋薬の副作用が軽減するパターンもあります。
上記参考資料から「漢方薬と西洋薬の有効な組み合わせ」表を引用させていただきます;


こちらも小児科に縁のある薬は少なく、オセルタミビル(=タミフル)くらいでしょうか。
私は麻黄湯あるいは麻黄含有方剤をインフルエンザ疑いの患者さんに処方することがあります。
高熱が出たので慌てて受診したけど、インフルエンザ迅速検査には早すぎる(私は発熱後6時間以降を目安にしています)場合、桂麻各半湯という漢方薬を処方して翌日再受診して検査することが多いですね。

以上、漢方薬は薬店で購入できる市販薬もありますが、それを飲む際、西洋薬と併用する際の注意点をまとめてみました。
ご参考になれば幸いです。

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風邪のステージに対応した、きめ細かい漢方方剤の使い方

2021年01月17日 06時58分37秒 | 漢方
西洋医学による風邪のイメージは、

・一過性の軽症感染症
・病原体の多くはウイルス
・呼吸器症状がメイン
・治療は対症療法が基本

でしょうか。
一方、漢方医学における風邪のイメージは、

・風邪(ふうじゃ)が侵入して体にダメージを与える。
・経過に起承転結があり、その相(ステージ)で適用する方剤が異なる。

といったところ。
実は、風邪の種類・経過の分析は漢方医学の方が細かいです。
仮想病態ではありますが、各ステージに対応する方剤が用意されているのが最大の特徴です。

逆に言うと、風邪の経過を細かく観察し、
この時にはこの方剤が効く、こちらは効かない、
という経験を数限りなく繰り返した結果、
現在の風邪治療学が完成した歴史を感じます。

Dr.浅岡の啓蒙書を参考に、漢方医学的視点から見た風邪を復習がてら整理してみました。

ここで扱われるのは主に急性熱性疾患です。
典型的にはインフルエンザのイメージでしょうか。

<参考資料>
■ 「Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬」浅岡俊之著、羊土社、2013年発行

<風邪の経過(ステージ)の漢方的捉え方>

□ 風邪は外からやってきて体に侵入し(表)、奥に入っていく(裏)。
・風邪の風は外因性、邪は疫病という意味。
・経過あるいは進行度:ステージにより治療薬が決まる
 ① (体の表面)
 ⇩
 ② 半表半裏(表と裏の間)
 ⇩
 ③ (体の内部)
※ もちろん、表で治ってしまう、半表半裏で治ってしまうことがある。

<表>

□ 表は表寒と表熱に分けられる
・表寒:体表面が冷えている状態・・・こちらが圧倒的に多い
・表熱:体表面が熱を持っている状態

□ 表の症状
・表寒:悪寒(必要条件であるが十分条件ではない)、発熱、節々の痛み、項部のコリ
・表熱:熱感(悪寒はない)、発熱、顔面紅潮

<半表半裏>

□ 半表半裏の症状:熱しかない(寒はない)
・咳、痰、のどの痛み、口内の苦み、胃の不快感・不調
往来寒熱(悪寒と熱感が交互に出現)
胸脇苦満:胸部から脇にかけての不快感

<裏>

□ 裏は裏寒と裏熱に分けられる。
・裏寒:裏が冷えている状態
・裏熱:裏が熱を持っている状態

□ 裏の症状;
・裏寒:倦怠感、悪寒
※ この段階では裏だけではなく表も冷えてしまうので、悪寒が認められる。つまり、悪寒がある場合は表寒、裏寒のいずれの可能性も考える必要がある。
※ 裏の冷えそのものを自覚することはまれ。
・裏熱:下痢、便秘、腹部膨満感
※ 裏の熱そのものを自覚することはまれ。

<各ステージの診察・身体所見>

□ 脈診
・表:浮脈
・半表半裏:浮沈中間脈
・裏:沈脈

□ 舌診
・表:舌に苔がついていない
・裏:舌に苔がついている
※ 舌診だけでは表裏の判断は不正確となるため、脈診と併用すべし。

<各ステージの対応生薬>

□ 表
表寒麻黄、桂枝
・両方とも発汗を促す生薬
・発症初期(無汗)には麻黄+桂枝を、後半(自汗)なら桂枝のみを用いる。
表熱石膏

□ 半表半裏:柴胡

□ 裏
裏寒:附子
② 裏熱:滑石、大黄、芒硝

<各ステージの代表方剤>

★ 脱水に注意!
・以下に述べるどのステージでも脱水に陥っているときは白虎加人参湯(34)が優先適応となる。

□ 表
表寒麻黄湯(26)、葛根湯(1)、葛根湯加川芎辛夷(2)、小青竜湯(19)、桂枝湯(45)
表熱麻杏甘石湯(55)、辛夷清肺湯(104)

表と半表半裏の中間・移行期:柴胡桂枝湯(10)
例1)脈が浮いていて節々が痛いのに往来寒熱がある
例2)脈は浮沈中間なのに悪寒と項部のコリがあり、口の中が苦い。

□ 半表半裏(の熱):小柴胡湯(8)

□ 裏
裏寒麻黄附子細辛湯(127)
裏熱猪苓湯(40)、調胃承気湯(74)


・・・以上、たくさんの方剤名が出てきました。
漢方を処方する医師は、これらをマスターする必要があります。

西洋医学では風邪の治療は「対症療法薬を飲んで寝て治るのを待つ」のが一般的ですが、
漢方医学の風邪の診療は奥が深く、処方医の力量がダイレクトに反映されます。

風邪のステージを症状・身体所見(脈診・舌診)から推定し、
それに合った方剤を処方すると、確実に患者さんは楽になります。

よく「外科医は盲腸に始まり盲腸に終わる」と表現されますが、
漢方医も「漢方医は風邪に始まり風邪に終わる」と云ってもよいかもしれません。

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漢方生薬探求:当帰と川芎

2021年01月17日 06時53分15秒 | 漢方
漢方薬を、その構成生薬の薬能から紐解く試みシリーズ、第七回は“当帰”です。
私の従来の当帰のイメージは・・・

・気血水の“血”を担当し、特に“血虚”を改善する生薬。
・女性によく用いられる。
・当帰芍薬散は不妊薬で妊娠後も継続可能。

くらいしか思いつきません。
今回も、以下の資料を参考に探求して参ります。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.『薬徴』(吉益東洞)、『薬徴続編』(村井大年あるいは村井琴山)

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館 

最初はDr.浅岡の動画(茶色)からエッセンスを頂戴し、
次にツムラ漢方スクエアの『薬徴』解説(内炭精一先生の解説)(黄土色)で肉付けをし、
最後に「増補薬能」(緑色)で過去の本草書の記述と比較してみます。

と思っていたら、『薬徴』には当帰の記載が無いらしい・・・残念です。

<導入部>

生薬には「守備範囲」がある

例1)大承気湯:厚朴・枳実・芒硝・大黄
(心下部)枳実・厚朴
 +
(腹部)大黄・芒硝
 ⇩
(心下部+腹部)大承気湯

例2)大柴胡湯:柴胡・生姜・黄芩・芍薬・半夏・大棗・枳実・大黄
(心下部)枳実・厚朴
 +
(腹部)大黄・芒硝
 +
(胸脇)柴胡
 ⇩
(胸脇・心下部・腹部)大柴胡湯

例3)小半夏湯:半夏・生姜
(心下部)半夏
 +
(心下部)生姜
 ⇩
(心下部)小半夏湯

<本論>
<当帰>

 当帰を発見した当時の古代人のイメージ
・生理痛
・お肌の調子が悪い
・爪の色が悪い
・独特な香りがする草の根

当帰の基礎知識
・セリ科トウキの根
『神農本草経』「咳逆上気、温瘧で寒熱の酒酒として皮膚中にあるもの、婦人の漏下・絶子・緒の悪瘡・癰・金瘡を主る」
・『傷寒論』4方、『金匱要略』15方に使用

当帰
血虚に対して使われる(補血
主治:腹痛崩漏(不正出血)、瘡毒(皮膚炎)
薬性:温、散(※)
守備範囲:少腹、皮膚
※ 香りがする生薬は大抵“散”

★ 『薬徴』
「当帰の薬効を傷寒論・金匱要略の記載からはうかがうことができない」と東洞は言い、したがって『薬徴』には当帰の薬効に関する記載は全くない。

<当帰を含有する方剤>

当帰補血湯】当帰、黄耆
「産後の体虚、浮腫・多汗
→ 当帰は「産後」を担当

当帰建中湯】当帰、桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草、膠飴
「婦人産後、虚◯不足、腹中刺痛止まず、吸吸として少気し、あるいは小腹拘急し、痛み腰背に引くに苦しみ、食欲する能わざる」
→ 当帰は「婦人産後」を担当。
※ 下線部は桂枝加芍薬湯、+膠飴で小建中湯

当帰四逆加呉茱萸生姜湯
当帰、細辛、木通、呉茱萸、桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草
「其の人内に久寒あり」・・・お腹が冷えていたい人
※ 下線部は桂枝加芍薬湯

<川芎>

 川芎の基礎知識
・セリ科センキュウの根茎
・元々の名称は芎窮(きゅうきゅう)であったが、四川省の作物が上物として有名になり、「四川省の芎窮」→ 略して「川芎」と呼ばれるようになった。
『神農本草経』「中風脳に入り、頭痛・寒痺・筋攣緩急、金瘡、婦人血閉し子無きを主る」
※ 血閉:閉経、出血などの意味がある
・『金匱要略』11方に使用

川芎
血虚に対して使われる(補血
主治:腹痛、頭痛
薬性:温、散
守備範囲:少腹、頭
※ 当帰の兄弟分

<川芎を含有する方剤>

川芎丸】川芎、天麻
「頭痛眩暈
→ 川芎は頭痛を担当

川芎茶調散
 川芎、白芷、羌活、荊芥、防風、薄荷、香附子、茶葉、甘草
「諸風上攻して頭目昏重、偏正頭疼
→ 川芎は「頭疼」を担当

酸棗仁湯】酸棗仁、川芎、知母、茯苓、甘草
「虚労虚煩眠るを得ず」・・・不安感で眠れないのでその不安を取る
→ 川芎は?を担当・・・眠れない人は頭痛を訴えることが多いから?

■ 当帰+川芎
 主治:血虚(血の流れが滞った結果の“栄養補給不足”で痛んだ部位)
 効能:少腹痛、月経、妊娠
子宮に栄養が行き渡らずに組織が痛んで痛みや出血が起きる場合に使う生薬
・子宮を直接見ることはできないので、肌や爪や舌の色(肌色になる)を参考にする

■ 桃仁+牡丹皮
 主治:瘀血(血の流れが滞った結果の“うっ血”)
 効能:原因(※)が何であれ少腹痛に用いる
※ 例)寄生虫、虫垂炎、生理痛、・・・

瘀血と血虚
・瘀血:循環障害の結果、一部に血液が溜まってうっ血した状態
・血虚:巡回障害の結果、栄養補給不足で組織が痛んだ状態
・・・循環障害という意味では同じ

佛手散当帰、川芎
産前産後の腹痛、出血
→ 当帰・川芎ともに条文のすべてを担当

当帰芍薬散
 当帰、川芎、芍薬、茯苓、白朮、沢潟
婦人懐妊、腹中キュウ痛す」
※ キュウ痛:捕まれるような痛み

芎帰膠艾湯当帰、川芎、芍薬、阿膠、艾葉、地黄、甘草
妊娠腹中傷む
※ 阿膠:止血剤

四物湯当帰、川芎、芍薬、地黄
月水不調、臍腹キュウ痛崩中漏下
※ 月水:月経、崩中漏下(ほうちゅうろうげ):不正出血

温経湯当帰、川芎、芍薬、桂枝、呉茱萸、人参、阿膠、牡丹皮、半夏、麦門冬、生姜、甘草
「婦人少腹冷えて久しく受胎せざるを主る」
崩中去血、或いは月水来ること過多、及び期に至って来たらざる者」
「婦人年五十所(ばかり)、・・・、少腹裏急、腹満し手足煩熱、口唇乾燥す」
・・・滋潤薬がたくさん含まれており、体が乾燥しているときに使うことが多い。
※ 崩中去血:不正出血

当帰は“血虚”があれば男性にも使用可能
例)皮膚の血虚
 ⇩
当帰飲子当帰、川芎、芍薬、地黄防風、黄耆、荊芥、蒺梨子、何首烏、甘草
「身の瘡疥(そうかい)あるいは腫(できもの)、或いは痒、或いは膿水(できもの)・・・」
・・・高齢者用のクスリとして有名であるが、「高齢者は血虚の肌に陥りやすい」だけである。アトピー性皮膚炎患者さんで皮膚の血虚(カサカサ、黒ずみ)があれば全年齢で適応になる。
芍薬が入っている目的は「補血」
★ 当帰、川芎、芍薬、地黄は四物湯
※ 防風、黄耆、荊芥、蒺梨子、何首烏は皮膚の痒み対策の生薬群

当帰・川芎には芍薬も併用されることが多い。
その目的は主に「少腹痛」(下記)の効き目をサポートすることにあるが、ときに「補血」(上記)のこともある

当帰芍薬散当帰、川芎芍薬、茯苓、白朮、沢潟
婦人懐妊、腹中キュウ痛す」
・・・芍薬が入っている目的は「小腹痛」

芎帰膠艾湯当帰、川芎芍薬、阿膠、艾葉、地黄、甘草
妊娠腹中傷む
・・・芍薬が入っている目的は「小腹痛」

四物湯当帰、川芎芍薬、地黄
月水不調、臍腹キュウ痛、崩中漏下
・・・芍薬が入っている目的は「小腹痛」

温経湯当帰、川芎芍薬、桂枝、呉茱萸、人参、阿膠、牡丹皮、半夏、麦門冬、生姜、甘草
・・・芍薬が入っている目的は「小腹痛」


引き続き「増補薬能」に目を通しておきます。
まずは「当帰」から。

復習がてら、Dr.浅岡のポイント再現;

当帰
血虚に対して使われる(補血
主治:腹痛崩漏(不正出血)、瘡毒(皮膚炎)
薬性:温、散(※)
守備範囲:少腹、皮膚


<当 帰> 

増補能毒】(1652年)長沢道寿
「味辛く温。心・肝・脾の三経に入る。血を温め中を温む」。
私曰く、およそ一身を温めると心得るべし。「痛みを止み」。
私曰く、血さし痛むには是を用い、気のさし痛むには枳殻を用う。
さりながら此の薬は十二経を温むる程に気血ともに用いても苦しからず。
「肌肉を生じ、血を補う女人の腰の痛みに」。
私曰く、腰の痛みには男女ともに用う。
「白血・長血に、脈遅くして手足冷えるに、当帰頭は血を止めて上行し、当帰尾は血を破りて下行す、当帰身は血を和らぐ」。
私曰く、此の薬は血を調える第一の薬なり。朝夕手を放さぬぞ。辛温なる故に大方冷えたる人ばかりに用うべきようにみえたれども、血熱の煩にも地黄・犀角・牡丹皮などを加えるべし。血の滞りを破る時は馬鞭草・桃仁・紅花の輩と一つに用うべし。血を下さんと思う時は桃仁・大黄を加えるなり。血を上らさんと思う時は何にても上行の薬を加えるなり。産前産後に大方離さぬぞ。とにかく血を治するの本薬と心得るべし。また諸虚不足の人に用いるなり。口伝。
(毒)「血熱して腫れ痛むに。脈大にして速きに」。但し温なる故ぞ。

一本堂薬選】(1738年)香川修庵
 血を和し、膿を排す。血を止め、滋潤す。目赤腫痛、婦人産後、悪血上衝、崩血漏下、瀝血を療ず。痘瘡内托。

薬性提要】(1807年)多紀桂山
 甘。温。血を補い燥を潤し、内寒を散じ、諸瘡瘍を主る

古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
 味甘辛。気大温にして芳発。故に経脈を温達し、気血を調和するの能有り。古人は匚襠と同じく婦人産後、気血不足腹痛及び癰疽を療ずるに用う。膿を排し、痛みを止める。

古方薬議】(1863年)浅田宗伯
 味甘温。 逆を上気、婦人の漏下、心腹の諸痛を主り、腸胃、筋骨、皮膚を潤し、中を温め、痛を止む。

漢方養生談】(1964年)荒木正胤
 血を補い、裏寒を暖め、諸瘡瘍を治し虚証の血毒を治す要薬。

(壷中)軟便には注意する。

ほとんどの本草書に、Dr.浅岡の指摘する、「血あるいは補血〜滋潤」「腹痛」「皮膚病」などのキーワードが記載されていることがわかります。

次は川芎の項目を見てみます。

川芎
血虚に対して使われる(補血
主治:腹痛、頭痛
薬性:温、散
守備範囲:少腹、頭

<川 芎>
 
増補能毒】(1652年)長沢道寿
「味辛く温。頭痛に」。
私曰く、頭痛には其の品多けれども、何れの頭痛にも必ず用いるなり。気虚の頭痛には少し斟酌あるべきか。但し頭痛甚だしくは気虚なりとも補薬の内に少し加えて用うべし。
「能く血を生ず」。
私曰く、厥陰の経の本薬なり。
「気を順らし欝気を散ず、冷えて痺れ筋引き攣るに、脳の内冷えて痛むに、頭の内の血滞るに、中風に」。
私曰く、此の薬は気を散ずる事、風の塵を吹くに似たり。一薬を服まする事あるべからず。方の内にも常に多くは用うべからず。厥陰の経の本薬にして血を温むると心得て使うべし。
(毒)「気の衰えたる人には頭痛ありとも、熱気強きに」。
私曰く、熱気に忌めども、頭痛甚だしくは使う事あり。其の病に望んで分別すべし。かようの事はあらかじめ定め難し。諸薬皆同じ。

一本堂薬選】(1738年)香川修庵
 黴瘡、下疳、便毒、久?血、結毒、諸瘡、疥癬、癰疽を療ず。膿を排し、眼疾、結毒の頭痛、腰脚軟弱、手足筋攣、膿淋、血淋、婦人の血閉、胎衣下らず、難産・腹痛、生を催す、一切の黴毒、結滞、周身筋骨疼痛、諸患皆治す。宿血を破り新血を活かす。

薬性提要】(1807年)多紀桂山
 風湿脳に入り、頭疼寒痺を治し、血を補い燥を潤す。

古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
 其の気味辛温芳烈。故に上は頭脳に達し、下は?血を破り、気血を順するの能有り。以て頭痛腹痛、荳痛、経閉、諸瘡毒を療ず。

古方薬議】(1863年)浅田宗伯
 味辛温。頭痛、金瘡、血閉、心腹堅痛、半身不随、鼻洪、吐血及び溺血を主り、膿を排し、気を行らし、鬱を開く。

漢方養生談】(1964年)荒木正胤
 当帰と併用して虚証の血毒をとり、血を補い、燥を潤し、頭痛、寒痺を知す。

中薬大辞典】(1985年)上海科学技術出版社
気を行らし鬱を開く、風を去り湿を燥かす、血を活かし止痛する、の効能がある。
風冷による頭痛旋暈、脇や腹の疼痛、寒による筋の麻痺、無月経、難産、産後 阻塊痛、癰疽瘡瘍を治す。

李杲 頭痛には川襠を用いるべきであり、もし癒らなかったらそれぞれ引経薬を加える。太陽は活、陽明は白覬、少陽は柴胡、太陰は蒼朮、厥陰は呉茱萸、少陰は細辛である。


川芎は血、婦人科疾患と並んで頭痛に関する記述が圧倒的に多いですね。

さて、当初の私の「当帰」に対するイメージを検証してみます。

・気血水の“血”を担当し、特に“血虚”を改善する生薬。
・女性によく用いられる。
・当帰芍薬散は不妊薬で妊娠後も継続可能。

どれも間違いではありません(ホッ)。
さらに、Dr.浅岡が強調する“生薬の守備範囲”も要チェックです。

・当帰は少腹(下腹部)と皮膚
・川芎は少腹(下腹部)と頭部

そして、瘀血を担当する桃仁・牡丹皮との少腹痛の違いは

・当帰・川芎は婦人科系の少腹痛
・桃仁・牡丹皮はあらゆる原因の少腹痛

であることも覚えておきましょう。

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漢方生薬探求:沢潟と猪苓

2021年01月17日 06時52分57秒 | 漢方
漢方方剤を構成生薬から紐解いていくシリーズ、第六回は沢潟と猪苓です。
これらの生薬の私のイメージは・・・

・沢潟も猪苓も利水薬
・両方共に五苓散に含まれている
・沢潟と猪苓の違いはわからない

程度の浅はかな知識です。
以下の資料を舐めるように読んで、ポイントを抽出する作業をしてみました。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.『薬徴』(吉益東洞)、『薬徴続編』(村井大年あるいは村井琴山)

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館

いつものように浅岡Dr.の動画解説(茶色)から。
次にツムラ漢方スクエアの『薬徴』解説、沢潟の項目の解説は寺師睦宗Dr.です。

猪苓を発見した頃の昔人のイメージ
・頭が重たくて
・むくんだ感じ
・頭が締めつけられる
・帽子を被せられたよう
・オシッコの出が悪い
以上の状態が、
・とんがった葉っぱの根っこを食べたらよくなった

 沢潟の基礎知識
・オモダカ科サジオモダカの塊茎(こんけい)
・『神農本草経』「風寒湿痺(ふうかんしつひ)、乳難、水を消し、五臓を養い、気力を益し、肥健ならしむるを主る」
・『傷寒論』3方、『金匱要略』7方に使用
・沢潟の「潟」は水を去ることをいい、「沢」は湿り気のある低い土地を云う。それで「沢潟」とは、湿り気のある土地の水を去る意味であり、体の中の水を去るという意味になる。
・『薬徴』(主文)「小便不利して冒眩するを主治するなり。かたわら渇を治す。」
→ 小便が出ないで、冒眩(頭に何か被っている感じがしてめまいがする)を治し、二次的には喉が渇くのを治す、という意味。

<沢潟が配合されている方剤>

沢瀉湯】白朮、沢潟
「心下に支飲あり、其の人冒眩(ぼうげん)に苦しむ」
※ 冒眩:頭を締めつけられフラフラする感じ
・沢潟が君薬
・みぞおちの下に水気があり、その水気が頭の方に上がって、頭がボーッとして、何かをかぶっている感じがして、めまいがするものによい。

五苓散沢潟、白朮、茯苓、猪苓、桂枝
「脈浮、小便不利、微熱、消渇の者」
・・・利水剤がたくさん、どの生薬がどれに対応しているのか説明しにくい。
・沢潟が君薬
・小便が出ないで、微熱(これは近代医学の微熱:37℃前半という微熱ではなく、体の内の方にこもっている熱)のあるものや、消渇(一般には糖尿病のことをいうが、ここでは喉が渇いてしきりに水を飲み、尿の出ないもの)のものに用いるべし。

八味地黄丸】地黄、山薬、山茱萸、沢潟、茯苓、牡丹皮、桂枝、附子
「虚労、腰痛、小腹拘急し小便利せざる者
・『薬徴』「小便不利。また曰く、消渇、小便反て多し。」
→ 小便が出ないものに使うが、一方で喉が渇いて、小便がかえって多く出るものにも用いる。

茯苓沢瀉湯】沢潟、白朮、茯苓、桂枝、甘草、生姜
「胃反(いはん)、吐して渇し水を飲まんと欲する者」
・・・実は沢潟の適応効能は書いてないが、後世の人がたくさん書いている。
(例)「頭が重い、多愁訴の時に使うべし」など。
※ 下線は苓桂朮甘湯
※ 胃反:胃がひっくり返る→ 気持ち悪い
・吐くと喉が渇き、喉が渇くと水を飲みたいという時に使う。

沢潟と五味子の「冒を治す」の違い
『薬徴』「沢潟と五味子、同じく冒を治し、その別あり」「五味子、沢潟、みな冒するものを主治す。しかしてその別あり、五味子は咳して冒するものを治し、沢潟はめまいして冒するものを治す。」
→ 沢潟と五味子は同じく頭に何かをかぶっているようなボーッとした感じを治すが区別すべきである。五味子の場合は咳が出て冒するものを治し、沢潟の場合は、めまいがして冒するものを治す。


次に、増補薬能から。

<沢瀉>

増補能毒】(1652年)長沢道寿
「味甘く鹹く微寒。膀胱・腎・三焦・小腸の四経に入る。膀胱、三焦の滞りたる水を追い下す」。私曰く、此の薬は猪苓より和にして使いよいぞ。小便を快く通ずる事、是より優れたるはなしと思うべし。「湿熱をもらす、痰飲をめぐらす」。私曰く、痰も湿の類なる故ぞ。さりながら痰の療治は気を利する事を先とする程に小便の瀉薬を用いる事稀なり。但し事によりてよき療治とならん事もあらんぞ。「湿気によって身の痺れるに、乳の出難きに、五淋に、水腫に、脹満に」。私曰く、猪苓も此の薬も虚証の腫脹には斟酌すべし。但し補瀉の心ここに申すべし。
療治の口伝にあり。「陰下濡れてしたるきに」。
(毒)「久しく服する時は目を損なう」。私曰く、本草に此の薬は目を明らかにすと云えり。其の当座、小便をよく通じ、腎の熱毒を去るほどによきなり。久しく服すれば腎水を減らす故に目を損なう。

一本堂薬選】(1738年)香川修庵
 水道を宣通し停水を行利し、膀胱中留垢、消渇、淋瀝、腫脹を消し、溺瀝、腫脹を消し、溺を利す。水痞。

薬徴】(1794年)吉益東洞
 小便不利、冒眩を主治するなり。傍ら渇を治す。

薬性提要】(1807年)多紀桂山
 甘淡、微に鹹。平。膀胱に入り小便を利し、湿熱を除き、消渇、嘔吐、瀉利を治す。

古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
 味微に苦、淡生。故に能く畜湿を逐い、水道を宜通するの功有り。

重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
 小便不利を主治す。故に支飲、冒眩を治す。傍ら吐渇、涎沫を治す。

古方薬議】(1863年)浅田宗伯
 味甘寒。痞満、消渇、淋瀝、頭旋を除き、膀胱の熱を利し、尤も水を行らすに長ず。

漢方養生談】(1964年)荒木正胤
 水毒を排除して冒眩を主治する。また小便の不利を治し、渇を止める。


近代以降の本草書には水毒(小便不利など)への言及は共通していますが、
「冒眩」系の記載は吉益東洞(冒眩)、尾台榕堂(冒眩)、浅田宗伯(頭旋)など、一部にとどまるようです。
冒眩は『神農本草経』にもなく、Dr.浅岡は沢瀉湯をオリジンとして解説していますが、始まりはいつの時代、誰からなのでしょう?


もうひとつ、利水の生薬「猪苓」を紹介。

猪苓
・サルノコシカケ科チョレイマイタケの菌核
・猪苓という漢名はイノシシの糞に似ていることに由来
・『神農本草経』「痎瘧(かいぎゃく)、解毒、蠱注(こちゅう)、不祥を主り水道を利す」
※ 痎瘧:ぴょんぴょんと発作的に熱が出る病気
※ 蠱注:今で云う「結核性の腹膜炎」の様なもの
・『傷寒論』2方、『金匱要略』3方に使用
・主治:下痢、熱淋(下のトラブル)
・『薬徴』「渇して小便不利するを主治す」
・茯苓は強心利尿剤系、猪苓はもう少し直接的に利尿作用、膀胱作用があるのではないか(Dr.寺師)。

<猪苓が配合されている方剤>

猪苓散】猪苓、茯苓、白朮
「嘔吐して病膈上にあり、水を思う者」
・・・みな利水剤なので猪苓がどれを担当するのかわかりにくい

猪苓湯猪苓、茯苓、沢潟、阿膠、滑石
「脈浮、発熱し渇して水を飲まんと欲し、小便不利の者」
下痢すること六七日、咳して嘔し、渇し、心煩して眠ることを得ざる者」
・・・もともとは「下痢」に使う方剤。
※ 阿膠:止血剤、滑石:清熱剤

猪苓湯】と【白虎加人参湯】は『傷寒論』で併記されている
全然違う方剤なのになぜ?
(条文)
「脈浮にして緊、咽渇き、発熱汗出で・・・渇して水を飲まんと欲し」
(ここまでは共通で、いかにも脱水ぽいが・・・その後に続く文章は)
→ 口乾舌燥のもの白虎加人参湯これを主る
→ 若し、小便不利のもの猪苓湯これを主る
※ 猪苓湯の小便不利は脱水ではなく水毒(水の偏在)によるものを意味する。脱水らしい症候に対して、ホントの脱水なら白虎加人参湯、水毒なら猪苓湯を選択すべし、鑑別は「舌の乾湿」と教えてくれている。

Dr.浅岡は小便不利(利水)の他に、猪苓湯から「下痢」の薬能を抽出しているのが特徴です。
「熱淋」については「シモの悩み」という表現にとどまりましたが、
実は性病(淋病)を指しているようです。

次に、増補薬能から。

<猪苓>

増補能毒】(1652年)長沢道寿
 「味甘く平。足の太陽膀胱経に入る。腫脹に、腹膨れ急に痛むに、湿を除く、子淋に」。私曰く、身持ちなる女の淋病の事なり。「胎腫に」。私曰く、懐妊の人の水腫を云うなり。目付けは小便を瀉する事甚だしきと知るべし。
(毒)「久しく服すれば腎気を損ない目を眩ます」。

一本堂薬選】(1738年)香川修庵
 水道を利し、膀胱を疏し、渇を治め、腫脹を消し、淋疾、妊淋、妊腫。

薬徴】(1794年)吉益東洞
 渇して小便不利を主治するなり。

薬性提要】(1807年)多紀桂山
 甘淡薄。質順降。故に善く水湿を燥し、膈間の水満を引き、尿道を通利す。

重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
 渇して小便不利を主治す。

古方薬議】(1863年)浅田宗伯
 味甘平。水道を利し、傷寒、温疫の大熱を解し、腫脹満を主り、渇を治し、湿を除く

漢方養生談】(1964年)荒木正胤
 渇し小便の不利を治す。

近代以降の本草書では利水剤の記載以外目立ったものはないようです。
Dr.浅岡が主治として挙げた「下痢」は見当たりません。
さて、Dr.浅岡が前項の朮と茯苓を含めて利水剤をまとめてくれました:

<利水剤のまとめ>
茯苓:口渇して小便不利、眩悸
朮 :口渇して小便不利、四肢疼痛、心下逆満
沢潟:眩冒して小便不利
猪苓:口渇して小便不利、下痢、熱淋
・・・これら4つの生薬がすべて配合されている五苓散は最強の利水剤であり、上記すべての薬能を有するので、それを適応症に羅列すると逆にわかりにくくなってしまっているジレンマを理解すべし。

「小便不利」は4つの生薬共通であり、利水剤の基本薬能。
「口渇」も共通ですが、脱水による激しい口渇ではなく、水毒(水の偏在)による口渇なので軽度にとどまり、
付随する薬能は、水毒の部位による症候の違いと理解することが可能です。

茯苓:頭部と胸部
朮 :胸部と四肢
沢潟:頭部
猪苓:下腹部

でしょうか。
さて、当初の私のイメージを検証してみます。

・沢潟も猪苓も利水薬
・両方共に五苓散に含まれている
・沢潟と猪苓の違いはわからない

はじめの2つは常識の範囲、
三つ目の沢潟と猪苓の違いは、同じ利水剤ではありますが、その守備範囲が違う、ということになります。
今回も勉強になりました。

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漢方生薬探求:朮と茯苓

2021年01月17日 06時49分44秒 | 漢方
生薬から漢方方剤を読み解く試みシリーズ、第5回は「朮」と「茯苓」です。
私のこの二つの生薬のイメージは、

・水を捌く(利水)
・利水とは「体内の水の偏りを元に戻す」ことで、西洋医学の「利尿」とは異なる
・朮には白朮と蒼朮があり、使い分けるらしい(が詳細不明)
・朮と茯苓の違い、使い分けはよくわからない

と云う感じです。
西洋医学の「利尿剤」は体の状態にかかわらずオシッコを出す薬ですが、
漢方の「利水剤」は過剰な水は出してくれるけど、
脱水状態の時はオシッコが増えることはない、という不思議な薬能を持っていると説明されます。
つまり「バランスを取る」「よい状態に戻す・保つ」ということ。
なぜこんなことができるのでしょう。

今回も今までと同じ資料を舐めるように読んでいきます。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.『薬徴』(吉益東洞)、『薬徴続編』(村井大年あるいは村井琴山)

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館 


まずは浅岡Dr.の解説動画(茶色)から、次にツムラ漢方スクエアの『薬徴』解説(黄土色)、担当は岡野正憲先生です。
いつもの通り、生薬の起源から始まり、生薬数の少ない方剤から其の生薬の薬能を導き出す手法です。

<序章・導入部分>

□ 漢方薬は「偏りを治す」薬能の生薬がある
(寒熱の偏り)
・表寒:
・上熱下寒:
・往来寒熱:柴胡
(気の偏り)
・気逆:
・気鬱(心下部):厚朴、枳実
(血の偏り)
・瘀血(下腹部):桃仁、牡丹皮
(水の偏り)
・水毒

附子は出世魚ならぬ出世生薬?
・キンポウゲ科トリカブト属の根
・1年もの→ 側子(そくし)
・2年もの→ 烏啄(?)
・3年もの→ 附子
・4年もの→ 烏頭
・5年もの→ 天雄

漢方生薬の古典の記載にある「両」とは?
・重さの単位で、1両=約1.2gに相当

 吉益東洞の張仲景に関する記述
「かの張仲景が病を治療するのは証に随って行うので、その元を考えて治療するのではない。元を考えるのは実際にはっきりわかったものでなくて、頭で想像したものである。はっきりわからぬことで事を決めるのは張仲景の取らぬところである。つまり、立証された以外のものを張仲景は否定している。」
「だからよく病を治すのだ。漢方の中に証が存在する。その漢方がどんな病症に用いるかと云うことを知らなければ、病症に薬方が的中できないのだ。この方がどんな病症に用いるかを知るには薬の効能を知ることが大切である。薬の効能を知ってから初めて漢方について語れるわけである。」
「張仲景は水の存在する音がして、水を吐いたならば、水があるとして之を治すのだ。これは当然知るべき事を知り、当然見るべき事を見るのだ。事実とはこのようでなくてはならない。これを知見する方法というのである。仲景の薬方には誠が会って確かな拠り所がある。」

<本論>

 朮は古代人の以下の体調不良の悩みが解決した生薬
・体が重い
・足がむくむ
・顔もむくむ
・オシッコの出が悪い
・なのに口が渇く
・昨夜の送別会が原因らしい?

「口が渇く」病態とは?
→ 水不足
・体に水が足りない→ 滋潤(甘草、大棗、小麦、膠飴・・・)
しかし、「口が渇く+体のむくみ」は?
→ 水不足ではない?

白朮:キク科オケラ、オオバナオケラの根茎
蒼朮:キク科ホソバオケラ、シナオケラの根茎

白朮と蒼朮の使い分け
・『神農本草経』では区別なし
・『傷寒論』では「白朮」しか出てこない
・白朮と蒼朮の記述と使い分けはそれ以降
・現在では古典の朮と現在の述が同じ品質であるかどうかも判断不能・選別困難
→ 浅岡Dr.のレクチャーでは「朮」と統一した用語を使うことにした。
・朮について宗◯という人が云っているのには、古い時代の薬方や『神農本草経』では単に朮とだけ云っている。そして蒼朮、白朮を区別していない。陶弘景は『名医別録』に蒼朮、白朮を述べている。そして後の世の人は往々にして白朮を貴んで用いるが、蒼朮をばかにしている。東洞は中国産の蒼朮、白朮の水をなくす働きは蒼朮の方が白朮より勝れていると考える。だから私は蒼朮を使う。日本産のものは品質が悪くて効力が劣る。いずれも刻んで用いる。

古典における朮
・『神農本草経』風寒湿痺、死肌、痙、疽を主り、汗を止め、熱を除き、食を消す
・『傷寒論』10方、『金匱要略』25方に使用される
・『薬徴』朮、水を利するを主る。故に能く自利不利を治す。かたわら心煩疼、痰飲、失精、眩冒、下痢、喜唾(きだ)を治す。
→ 「朮は水分代謝を主治とするものである。其の故に尿の出すぎるほど出るものタ、尿の出の少ないものとを治する。そのかたわら、体の煩わしい痛みとか、体内に溜まって病気の原因になる水分とか、精液の病的に漏れることとか、頭に何か思いものを被っているようで眩暈するとか、大便の下痢することとか、唾液がダラダラ出ることなどを治する働きがある。」
「諸方を見渡してみると、尿の異常を論じていないものはない。その他飲、痰、体の煩わしい痛み、唾液がダラダラ出る、眩暈とかはみな水の病である。大体尿の出が少なくて、このような水の病の証を兼ねているものは朮を使って、尿が十分に出るようになるとすぐ治ってしまう。こういうことから考えてみると、朮は水の出をよくすることは明らかなことである」

<朮を含む方剤>

沢瀉湯】白朮、沢潟
「心下に支飲あり、其の人冒眩に苦しむ」
→ 沢潟の薬能は「冒眩」なので、引き算すると白朮は「心下の支飲」を担当
※ 「冒眩」頭に何か被さって絞められている感じ
※ 「支飲」水が溜まっている状態

枳朮湯】白朮、枳実
「心下堅、大いなること盤の如く、辺(あたり)旋盤のごときは水飲の作すところなり」
→ 枳実は「盤」(硬いこと)を担当、引き算すると白朮は「水飲」を担当

朮附湯白朮、附子
「風虚頭(ず)重く、眩(めまい)し、苦極(くきわまり)、食味を知らざる」

防已黄耆湯防已、黄耆、白朮、生姜、大棗、甘草
「風湿、脈浮、身重く汗出で悪風」
白朮は「湿」(裏の水)を担当
→ 防已+黄耆は「表の水」を担当

以上、「朮」は「水」に関連した病態に使用されていることがわかる。
次に、朮がどのようなときに加味されるか調べてみよう。

<朮を“加味”すべき病態>

麻黄加朮湯】麻黄湯(麻黄、桂枝、杏仁、甘草)+
湿家、身煩疼」
→ 朮は「湿家」(水飲の停滞のある人)を担当
・湿家:水分が多いとか汗が出やすい状態の人
・心煩疼:体の煩わしい痛み

越婢加朮湯】越婢湯(麻黄、石膏、生姜、大棗、甘草)+
「一身面目黄腫、其の脈沈、小便利せず」(『金匱要略』から?)
→ 朮は「小便利せず」(「裏の水」を排除)を担当
→ 麻黄+石膏は「表の水」を排除する
・一身面目黄腫:体中顔までひどくむくんでいること

理中湯】(=人参湯:人参・甘草・朮・乾姜
渇して水を得んと欲する者、述を加う
→ 決定的な条文!

以上より、朮の主治が見えてくる。

朮の主治
口渇して小便不利
・守備範囲は「
→ (そこから派生した症候)四肢疼痛、心下逆満、浮腫
・しかし、この病態は体に水が多いのか、少ないのか、どっち?
→ どちらでもない。水の多寡ではなく「水の偏り」「水の偏在」という病態
→ 「水の偏り」があると乾きと過剰の両方の症候(口渇とむくみ、口が渇くのに舌が湿っている/歯痕舌、なのような)が出現し得る
・「水の偏在」を治すことを「利水」と言う

★ 述は「裏」の利水を担当、では「表」の利水は?
→ 「防已+黄耆」うあ「麻黄+石膏」が担当する。

防已黄耆湯防已、黄耆、白朮、生姜、大棗、甘草
「風湿、脈浮、身重く汗出で悪風」

越婢加朮湯】越婢湯(麻黄、石膏、生姜、大棗、甘草)+朮
「一身面目黄腫、其の脈沈、小便利せず」

部位別水の偏り・偏在」による症状
・頭部 → めまい、耳閉感、ボワーンとした感じ
・下部 → 足のむくみ・痛み 
・表 → 二日酔い
・裏(消化管)→ 嘔吐・下痢

水を扱うもう一つの生薬「茯苓」も紹介されています;
ツムラ漢方スクエア『薬徴』解説の茯苓の項目は坂口弘先生が担当されています。


<茯苓>

 茯苓
・サルノコシカケ科マツホドの菌核:アカマツの切り株の近くに生える(マツクイムシにやられた松には生えない)
・アカマツを伐採した数年後、根の周囲に子どもの頭大の塊の菌核ができる。秋から冬にかけて切った松の根の周囲を鉄の棒で突いて、その手応えと鉄棒の先についた白い粉末により、茯苓がそこにあることを発見する(茯苓突き)。昔は松の根にこのようなものが生じることを松の霊気が伏結して生じたと考え、つまり松の spirit が根の中に伏しているという意味から伏霊と名付けたものが、次第に今日の茯苓になった。菌塊茶色の外層を除き、中の白い菌塊を薬物として用いる。
・『神農本草経』「胸脇の逆気、憂・◯(うらみ)、驚邪恐悸、心下結痛、・・・、小便を利す」
・『傷寒論』15方、『金匱要略』30方に使用される
・主治:眩悸して口渇、小便不利
・『薬徴』主文「及び肉瞤筋愓(にくじゅんきんてき)を主治する。かたわら小便不利、頭眩、煩躁を治す」
→ 動悸がして、筋肉がピクピク動く状態を主治し、そのかたわら小便がうまく通じない、あるいは頭がくらみ、息苦しいとか、体に苦しみがありもだえ苦しむ状態を治す。
※ 「悸」は動悸、「肉瞤筋愓」は筋肉がピクピク動くこと(痙攣)、「小便不利」は小便が気持ちよく出ない(乏尿と頻尿の両方を含む概念)、「頭眩」は頭がくらむことでめまいも入るしふらつきも入る。
・『薬徴』(考徴)
 茯苓含有方剤を歴観すると、心下悸・臍下悸は当然であるが、四肢がピクピク動くとか、身が瞤動するとか、頭眩するとか、煩躁するとかなどがあるが、みなこれは動悸の類いである。
 「悸」が茯苓の主たる適応症であり、動悸がない場合に茯苓を用いても効果はない。その他に、小便不利、頭眩、煩躁というものが加わってくる。
・『薬徴』(品考)
 茯苓は古くなると色が濃くなり赤茯苓となる。比較的新しいものは白身が勝っているので白茯苓と呼ぶ。赤茯苓は瀉の力が強く、城茯苓は補の力が強いと云うことで、例えば猪苓湯では瀉の勝った赤を使った方がよいであろうとも言われるが、それは憶測であって従わなくてもよい。

★ 水が偏在するとどうして口が渇くのか?
→ 他には余っているが、口周囲は水が足らないため
→ 脱水ではないので水をがぶ飲みするほどではない

<茯苓が配合された処方>

小半夏加茯苓湯半夏、生姜、茯苓
嘔吐し眩悸するもの」
→ 半夏と生姜が「嘔吐」を担当、茯苓は「眩悸」(めまいと動悸)を担当
・『薬徴』「眩悸」
→ 頭がクラクラして心臓に動悸がする。吐き気が強くていろいろな薬でどうしても収まらないときに、小半夏加茯苓湯(21)を冷たくして少しずつ飲むと吐き気が治まる。

苓桂朮甘湯】茯苓、桂枝、白朮、甘草
「心下逆満、気上がって胸を衝き、眩暈、動悸、口渇して小便不利のもの」
茯苓は朮とともに「眩暈、動悸、口渇して小便不利」を担当
・『薬徴』「身振振として揺をなす。また云う、頭眩」
→ 水が溜まったために起きるめまいとか、上衡というものを治すときに用いる。立ちくらみにも有効で、子どもの起立性調節障害など、学校の朝礼の時に長く起っていると倒れるものの場合には著効する。メニエール病にも用いる。

五苓散】茯苓、白朮、沢潟、猪苓、桂枝
「汗出で渇す」
→ 両方入っている。簡単すぎて分析不能(?)。
・『薬徴』「臍下に悸あり、涎沫(ぜんまつ)を吐して癲眩(てんげん)するもの」
→ 臍の下に動悸があり、泡のような唾を吐き、そして頭がくるめく状態。


<茯苓が加味(トッピング)される処方>

小柴胡湯
「若(ただ)し心下悸し小便不利のもの、茯苓を加う」

四逆散
・条文「小便不利のもの、茯苓を加う」

理中湯】(=人参湯:人参・甘草・朮・乾姜)
・条文「するもの、茯苓を加う」

真武湯
・条文「若し小便利するもの、茯苓を去る

以上、「小便不利」が主治と考えられる。

ただ、「水の偏在=口渇」が今ひとつピンとこない。
それに関して、ひとつ、衝撃的な条文を持つ方剤が存在する!

苓姜朮甘湯】茯苓、乾姜、蒼朮、甘草
水中に座するが如く、・・・、反って渇せず、小便自利」
→ 「小便不利」ではなく「小便自利」?
→ 苓姜朮甘湯の適用となる水毒は、腰が冷えて腰のあたりに水が溜まっている状態なので、否が応でも尿はたくさん出るのである。水の偏在は場所も考慮し相対的であることに留意すべし。

水の偏在→ 口渇、小便不利の意味は?
・心下部・胃のあたりに水が溜まっているので、相対的に頭部と下腹部には水が不足している状態のため「口渇」「小便不利」という症状に結びつく。
・水の偏在→ 水が足りない所と、余っている所ができる。
・体全体が乾いて(脱水)感じる口渇ではないので、ガブ飲みしたくなるほどではない。ちょっと口に入れると「もういい」程度。

朮と茯苓の守備範囲の違い
利水剤であることは共通、その守備範囲・水の溜まる場所が胃脘癰に異なる;
朮 :手足、心下部(水飲、心下逆満)
茯苓:胸部(動悸)、頭部(眩暈)


浅岡Dr.は、朮の主治を「水の偏在を治す(利水)」ことであると言い切っています。ただ、この「水の偏在」をよく理解することが必要で、「脱水状態」ではなく「水の過剰」でもなく、「脱水状態と水分過剰が混在している状態」であり、「脱水と過剰が分布する場所により、症候が異なり薬効も異なる」と説明しており、理解できました。

吉益東洞は「水を出す」ことを方剤の薬能の共通項から抽出していますが、ここまでの掘り下げ方では苓姜朮甘湯の条文を説明できなくなり、行き詰まります。

浅岡Dr.は同じ利水薬である朮と茯苓を比較し、その微妙な差を理解するためには薬効に目を奪われないで、守備範囲とする水毒の部位に注目すべきとアドバイスしています。つまり、

の守備範囲は手足心下部 → むくみと水飲
茯苓の守備範囲は胸部頭部 → 動悸と眩暈

の流れで理解すべきである、と。
合点がいきました。


<増補薬能>

次に増補薬能で近代の本草書の「朮」の項目を概観してみます;

増補能毒】(1652年)長沢道寿
-白朮
 「味苦く甘く温。足の太陰脾、足の陽明胃の二経に入る。胃を温めて食の滞りを消し、また能く食を進めて脾胃を調う。心腹脹満するに、腹中冷えて痛むに、胃の腑虚して腹下るに、湿気を除き、気を益し、痰を去り小便を通ず」。私曰く、この薬は腹中を調え温め、湿気を去ると心得て使うべし。故に下り腹、脹満、水腫などに必ず用うるものなり。霍乱、吐逆、腹の痛みにも大略はずさず用いるなり。気を調える薬に用いる心は、腹中を調えれば気必ず生ずる故なり。四君子湯の内に入れたぞ。
-蒼朮 
 「性味、能毒、大略白朮に同じ。変わるところはよく汗を出し、風を去り、欝気を散するなり」。私曰く、白朮は汗を止めるぞ。是が殊の外の変わりなり。気を補う事あるまいぞ。この故に発散の薬の内に多く用いたぞ。白朮は柔らかなるものなり。蒼朮は古根といえり。また一説には同じ物にてはなしといえり。とにかく白く柔らかなるを白朮と心得、黒く堅きを蒼朮と使うべし。酒毒を消し、湿気を燥かす薬ぞ。
(毒)
「腎水燥き少なきには、脈数なるには」。私曰く、燥きたる者に忌むと心得ればよし。瘡を煩う人には気虚すといえども斟酌すべし。膿を生ずる故なり。

一本堂薬選】(1738年)香川修庵
 腸胃を燥し、泄瀉を止め、尿道を和す、自汗、盗汗を止め、傷食吐瀉止まず、胎を安じ、湿を除き、腸胃を堅む。

薬徴】(1794年)吉益東洞
 利水を主るなり。故に能く小便自利、不利を治す。傍ら身疼煩、痰飲失精、眩冒、下利、喜唾を治す。

薬性提要】(1807年)多紀桂山
 胃を燥し、湿を除き、鬱を散じ、痰を逐う。

古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
 味微に苦く辛温。気芳烈。故に能く胃気を開き、湿水を瀉し、尿道を調利せしめ、古人、茯苓と並び用いて、以て心下の水満、浮腫、小便不利等を治す。

重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
 利水を主る。故に小便不利、自利、浮腫、支飲冒眩、失精、下利を治す。兼ねて沈重、疼痛、骨節疼痛、嘔渇、喜唾を治す。

古方薬議】(1863年)浅田宗伯
 味苦温。風寒湿痺を主り、胃を開き、痰涎を去り、下泄を止め、小便を利し、心下急満を除き、腰腹冷痛を治す。

漢方養生談】(1964年)荒木正胤
 利水を主り、湿をとり、胃内の停水をとり、下痢を止め、嘔渇を治し、身体の疼痛、口中に唾の湧くのを止める。


各本草書におしなべて「利水」の記述がありますが、症候だけを羅列されると生薬のイメージが沸きません。この点が漢方方剤の勉強・理解の妨げになっていると以前から感じてきました。
その奥にある病態を解説してくれる浅岡Dr.はやはり貴重な存在です。

次に増補薬能の「茯苓」の項目です;

<茯苓>
 
増補能毒】(1652年)長沢道寿
 「味甘く淡平。肺・脾・小腸の三経に入る」。私曰く、微寒に行くべきか。「能く小腸を通ず」。私曰く、此の薬も腹中を調え小便を通ずる故に、下り腹、霍乱などに大略白朮と同じく用うると見えたり。また気をも生ずる故に、四君子湯に入りたぞ。「胸騒ぎに」。私曰く、痰または水より発りたる胸騒ぎにもよし。心虚して胸騒ぎするに猶よし。「痰を能く去り熱気を小便より去る」。私曰く、此の薬は小便を能く通ずるほどに湿気の煩いには何れにも用う。腹中を調え気を生ずる故に霍乱、吐逆、気虚の人には絶えず用いると心得るべし。
(茯神)「性味能毒だいたい茯苓に同じ。変わるところは神気を調える事、茯苓より益したると知るべし。故に一物に驚きやすき人に、胸騒ぎに、物忘れするに、夢を多く見るに」。
(毒)「多く汗の出る人に、小便のしげきに、強く目のかすむ人に」。私曰く、茯苓に細き筋あり、よく水飛して除けざれば人を盲目にすると云えり、慎むべし。茯苓と茯神との見分けようは、中に芯のあるを茯神とするなり。

一本堂薬選】(1738年)香川修庵
 元気を順導し、水道を通暢し、消渇を止め、停水を逐い、胎を安じ、泄を止め、津液を生じ、尿を利し心下悸、淋疾、水腫。

薬徴】(1794年)吉益東洞
 悸及び肉詩筋蔟を主治するなり。傍ら小便不利、頭眩煩躁を治す。

薬性提要】(1807年)多紀桂山
 甘淡。平。脾を益し、湿を除き、心を補い、水を行らし、魂を安じ、神を養う。

古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
 気味甘淡。質潤降。故に能く津液を生じ、消渇を止め、また能く痰飲、宿水、嘔逆、煩満等を瀉す。

重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
 水を利するを主る。故に能く停水、宿水、小便不利、眩悸、詞動を治す。兼ねて煩躁、嘔渇、下利、咳、短気を治す。

古方薬議】(1863年)浅田宗伯
 味甘平。胸脇逆気恐悸、心下結痛、煩満を主り、小便を利し、消渇を止め、胃を開き、瀉を止める。

漢方養生談】(1964年)荒木正胤
 利水を主り、胃内停水、小便不利、眩暈心悸、小便瀕数、減少、筋肉の間代性痙攣を治す。魂を安らかにし、神を養う霊薬。

Dr.浅岡の云う、動悸・眩暈(めまい)はそれぞれいかのしょもつにきさいされていました;
・動悸:増補能毒】胸騒ぎ、一本堂薬選】心下悸、薬徴】煩躁、重校薬徴】眩悸、古方薬議】胸脇逆気、恐悸、漢方養生談】心悸
・めまい:薬徴】頭眩、【重校薬徴】眩悸、【漢方養生談】めまい


さて最後に、私の当初の「朮」「茯苓」のイメージを振り返ってみます。

・水を捌く(利水)
・利水とは「体内の水の偏りを元に戻す」ことで、西洋医学の「利尿」とは異なる
・朮には白朮と蒼朮があり、使い分けるらしい(が詳細不明)
・朮と茯苓の違い、使い分けはよくわからない

有名な生薬ですから「利水」は当たっていました。
白朮と蒼朮は区別できていませんでしたが、詳しく知ってもやはり区別は困難であることを知りました。
そして朮と茯苓の違いも「守備範囲」の違いであることを知りました。

今回も勉強になりました。

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漢方生薬探求:大棗

2021年01月16日 22時26分50秒 | 漢方
漢方方剤を構成生薬から紐解くシリーズ。
第四回は「大棗」(たいそう)です。

従来の私の「大棗」のイメージは・・・

・食用のナツメそのもの。
・甘い。
・(甘い食物は一般に)気持ちを落ち着かせる。
・主役になることは少ない気がする。

といったところです。
食べ物ですから、強い薬効というより、方剤に忍び込ませてそれとなく気持ちも落ち着かせる隠し味的生薬という感じでしょうか。

以下の参考資料から私なりに探求してみました。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.『薬徴』(吉益東洞)、『薬徴続編』(村井大年あるいは村井琴山)
 「大棗」の項は斎藤隆先生の解説です。

3.増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館 


まずは浅岡先生の動画(茶色)とツムラ漢方スクエアの『薬徴』解説(黄土色)から、私がポイントと感じた箇所を抜き出してみました。

□ 大棗を発見した頃の昔人の素朴なイメージを想像すると・・・
・甘い
・木の実
・赤い
・飲むと安心する
・動悸がおさまる
・よく眠れる
 → 古代中国でこれを長い年月をかけて薬のレベルまで上げてきた。

□ 大棗についての基礎知識
・クロウメモドキ科ナツメの果実(果肉)
・砂漠地帯のシルクロードではお菓子やデザートとして日常的に食べられている(脱水対策を兼ねて)。
・本来は秋に成熟した果実を採り、さっと湯通ししてから天日乾燥したものを、小刀のようなものでつんざいて種子を去り、果実の肉だけを用いるのが本当だが、現在の市販品は、種子と果肉を一緒にしてカットしたものを使っている。したがって、酸棗仁(こちらはナツメの種子だけ使う)に近いようなものが少量混入していることになり、酸棗仁の神経強壮作用と呼ぶべき薬効も混ざっていることになる。
・大棗は「大」とわざわざついているように、大きく果肉の厚く種子が小さいものがクスリとして使われるべきであるが、中国産に比べて日本産は果肉が薄く甘味も弱い傾向がある。

□ 古典上の大棗の薬能

・『傷寒論』40方、『金匱要略』43方に使用
『神農本草経』「心腹の邪気を主る。中を安んじ脾を養い、・・・、少気、少津、身中の不足、大驚、四肢の重きを補し、百薬を和す」・・・いろんなことが書いてある。

・『薬徴』「孿引強急(引っ張り強くひきつれること)を主治するなり。かたわら咳嗽、奔豚(気の塊が上の方に突き上げること)、身疼、脇痛、腹中痛を治す」「大棗脾胃を養うの説は、古にあらざるなり。取らず。古人云う、病を攻むるには毒薬を以てし、精を養うには穀肉果菜を以てす。それ之を攻むると養うとは主るとこと同じからず。・・・食養に充つればすなわち養となるなり。しかして薬物に充つればすなわち攻となるなり。」
→ 大棗が脾胃を養う、すなわち消化器系を丈夫にする説は古代では云っていない、食養とするときはそのような働きがあるかもしれないが、薬に使用するときはそうではないのだ、と力説。

・『古方薬議』:生姜と一緒に用いるときは口に入りやすく、胃が薬を受け付けやすいようにするために入っている。古には肉を食べるときは、生姜も大棗も一緒に食べたが、桂枝湯や麻黄湯の大棗は、このような意味で配合されている。・・・食養に用いるときは養をなし、薬物として用いるときは攻をなすとしている吉益東洞の説に対して、食用に用いるものに、其の性質が偏っていることはないのであって、大棗が脾を養う、すなわち消化力をつけるという後世方の説もあながち否定するわけにはいかないのではないか、と東洞より柔軟な姿勢を見せている。

□ 現代的な成分分析
北里研究所)大棗中には動植物の中の従来発見されているものの中では、cyclic GMP と cyclic AMP が一番多く含まれている。大棗を服用すると、血清中や白血球中の cyclic AMP が増加する。喘息では cyclic AMP が減少して気管支れん縮が起こるとされている。1969年の生薬学雑誌には、「大棗は其の成分の85%以上が糖であり、D-glucose および D-fluctose が主成分になっている。甘い中国産には saccharose が含まれており、日本産にはそれがない。D-arabinose, D-galactonic acid を構成糖とする多糖体が含まれる。」とあり、これらの主成分は、食用あるいは後世方で脾胃を養うとされているという文と関連があり、微量西部であるところの cyclic AMP などが吉益東洞が薬用であるとした部分と関連がある。

□ 大棗の仲間の甘い生薬たち
・ほかに甘味の生薬は・・・
 甘草小麦(しょうばく)、膠飴酸棗仁・・・
・共通の薬能:滋潤(体が乾いて起こったトラブルに使う)
       安神(精神を安定させる作用)

□ 大棗を含む方剤より薬能を抽出(『薬徴』)
苓桂甘棗湯:奔豚をなさんと欲す
甘麦大棗湯:臓躁(ヒステリー発作)、しばしば悲傷(たびたび悲しみいたむ)
小柴胡湯:頸項強ばる、脇痛
小建中湯:急痛
大青竜湯:身疼痛、汗出でずして煩躁
黄連湯:腹中痛む
葛根湯:項背強ばる
桂枝加黄耆湯:身疼重、煩躁
呉茱萸湯:煩躁
十棗湯:引痛(引きつれ痛む)
・・・以上より大棗の薬能は「孿引強急」となる。

□ 大棗、甘草、芍薬の使い分け(東洞と宗伯の意見)
・張仲景の大棗、甘草、芍薬の証候は大同小異なので東洞先生は「自分で考えろ」と突き放している。この3つの生薬は引きつれ痛むのを治する点では共通ではあるがそれぞれ特徴があるため、それらをよく理解して、組み合わせをよく考えて日常診療に使ってゆかなければならない。
甘草)急迫症状を治し、痛み、煩躁、動悸、咳、のぼせ、驚き、ヒステリー発作、下痢、手足の冷えなどの症状の激しいときに使用される。
大棗)「孿引強急を主治するなり」と甘草より守備範囲がやや狭く限定されている。
芍薬)『薬徴』では「結実拘攣を主治する」と大棗や甘草とはやや趣を異にする。東洞は血との関係を全く無視している。一方、浅田宗伯は「血を和して甘草、生姜、大棗が之を助ける」というふうに血の渋滞を巡らすという働きに及ぼしている。
四逆散】浅田宗伯が四逆、咳、下痢を治するこの方剤に甘草が入っていて大棗がないと指摘しているが、これらの急迫症状を緩和するために甘草が入っているのであり、大棗には其の働きがないか弱いことを示している。
大柴胡湯】「心下急、うつうつ微煩を治す」とあり、うつうつとしてかすかに胸中からみぞおちに欠けて気持ち悪いので、急迫とは言えない、したがって甘草と云うより心臓や肺の煩悶を除く大棗の出番である。

<各方剤中の大棗の役割>

□ 【生姜甘草湯】生姜、人参、甘草、大棗
「肺痿咳唾、涎沫止まず、咽燥きて渇する
(咳や痰が出てくる、つばも出てくる・・・)

□ 【桂枝茯苓大棗甘草湯】桂枝、茯苓、大棗、甘草
発汗の後、其の人臍下悸する者は奔豚を作さんと欲す」

□ 【炙甘草湯】地黄、炙甘草、麦門冬、大棗、麻子仁、阿膠、人参、生姜、桂枝
傷寒脈結代、心動悸」
・・・感染症にかかって大量に汗をかいた後に動悸がする状態。抗不整脈薬と間違って認識されがちであるが、本来は脱水で動悸がするときの薬。

□ 【甘麦大棗湯】甘草、小麦、大棗
「臓躁、喜悲傷して哭せんと欲し、象(かたち)神霊の作するところ」
・・・ヒステリックになって、ものの形もはっきり見えない状態
喜は「しばしば」という意味で、読みも「しばしば」。
・「喜悲傷」の証は、「毒の逼迫」であるから大棗を用いる。

□ 【呉茱萸湯】呉茱萸、人参、生姜、大棗
「嘔して胸満する者」
・・・ただの頭痛ではなく、激しい気逆の結果として頭が痛いときに使う気剤である。精神的に不安定になったり、何かキッカケがあって誘発される頭痛に使う。

□ 【芍薬甘草湯甘草、芍薬
適応:傷寒、脈浮、自汗出で小便数、心煩、微悪寒、脚痙急す
・甘草は滋潤を目的として入っている。
・脱水で足がつるのは透析患者が典型的。

□ 甘い生薬の仲間:小麦(しょうばく)
・イネ科コムギの種子
・古方薬議:「煩熱を除き、燥渴、咽乾と止め、小便を利し、肝気を養う」→ 滋潤

□ 甘い生薬の仲間:酸棗仁(さんそうにん)
・クロウメモドキ科サネブトナツメの種子
・神農本草経「心腹の寒熱、邪結して気聚(あつ)まり、四肢酸疼、湿痺を主る」

□ 【酸棗仁湯酸棗仁、茯苓、知母、川芎、甘草
「虚労虚煩、眠るを得ず
・単純な眠剤ではなく、不安で眠れないときに使う(安神:安心感を与える)。イライラして眠れないときには向かない。
・漢方を処方すると、ときに「眠くなる」と訴える患者さんがいるが、副作用ではなく安神が副効果として効いているので様子観察可。不眠が解消されると「眠くなる」という訴えは自然消滅する。

□ 【帰脾湯
 人参、茯苓、蒼朮、甘草、生姜、当帰、黄耆、 ・・・脾虚対策
 大棗、酸棗仁、遠志、木香、竜眼肉      ・・・気虚対策
「健忘征伸、驚悸して寝ず、心脾傷痛嗜臥少食」
・脾虚→ 気虚を回復させる。
→ お腹(消化吸収)と精神的に不安定になっているときに使う(安神)。

□ 甘い生薬の仲間:膠飴(こうい)
・イネ科イネ、コムギまたはオオムギの種皮を除いた種子を麦芽汁で糖化し濃縮したもの
・古方薬議:「虚乏を補い、気力を益す」

□ 【小建中湯桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草、膠飴
・下線部は桂枝加芍薬湯(腹痛、しぶり腹の薬)
・膠飴は安神効果を目的に入っているので子どもによく使われる。

大棗を用いた常套的組み合わせ
「生姜+大棗+甘草」胃薬
(使用の実際)
① 胃が不調なとき
② 胃を悪くする薬剤を用いる場合に併用

□ 【越婢加朮湯】麻黄、石膏、蒼朮、生姜・大棗・甘草
・この場合は麻黄と石膏に対する②として

□ 【小柴胡湯】柴胡、黄芩、人参、半夏、生姜・大棗・甘草
・この場合は①として

□ 【防已黄耆湯】防巳黄耆湯(20)、黄耆、蒼朮、生姜・大棗・甘草
・この場合は①として(胃腸が強い人の薬ではありません)

□ 【葛根湯】桂枝、麻黄、芍薬、生姜、大棗、甘草、葛根湯
・この場合は麻黄に対する②と、風邪を引いて胃にくるときの①の両方を目的として。


次は近世以降の生薬を扱った解説の一覧増補薬能から。


<大 棗> 

薬徴』攣引強急を主治するなり。傍ら咳嗽、奔豚、煩躁、身疼脇痛、腹中痛を治す。

薬性提要』甘。温。脾胃を滋し、心肺を潤し、百薬を和す。

古方薬品考』其の味甜く温、滋潤。故に専ら脾胃を保養し、駿薬を調和す。

重校薬徴』攣引強急を主治する。故に能く胸脇引痛、咳逆上気、裏急腹痛を治す。兼ねて奔豚、煩躁、身疼、頚項強、涎沫を治す。

古方薬議』味甘平。中を安じ、脾を養い、胃気を平にし、百薬を和し、心下懸痛を療じ、嗽を止める。

漢方養生談』牽引急迫を主治し、胸脇の引痛、咳逆、上気、ヒステリーの発作、腹痛、煩躁を治す。薬性を和し、薬力を身体に分布させる。


一通り目を通してみると・・・
生薬の古典でありバイブルである『神農本草経』には様々な薬能が記されており、全体的にイメージしにくい生薬です。
そこに、浅岡先生の「滋潤」と「安神」に絞った解説は理解しやすく、この二つの薬効を元にいろいろな方剤を見ていく学習法が自分には合いそうです。

吉益東洞の「孿引強急」は孤立した考えのように捉えられていますが、脱水状態で精神的に不安定になった状態、つまり滋潤+安神が必要な病態とみることもできそうです。

東洞と浅岡Dr.の分析方法として、多数の方剤の比較研究から生薬の薬能を抽出する帰納法という点では共通していますが、東洞は症候中心に、浅岡Dr.は病態まで掘り下げている印象がありますね。

それから、北里研究所の成分分析の解説も興味深く読みました。
私の医学博士の論文は cyclic AMP と関係した薬物の研究だったので、喘息発作と cyclic AMP の話題が官報の解説で出てくるとは・・・意外な驚きでした。

さて最後に、私の当初のイメージを振り返ってみましょう。

・食用のナツメそのもの。
・甘い。
・(甘い食物は一般に)気持ちを落ち着かせる。
・主役になることは少ない気がする。

最初の二つはその通り、
三番目の薬能も合っていますね。
ただし、「滋潤」という視点が皆無だったのが残念。
一つ勉強になりました。

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漢方生薬探求:生姜と乾姜

2021年01月11日 20時33分41秒 | 漢方
漢方方剤を構成生薬から紐解いて理解を深めようシリーズ。
第三回は生姜・乾姜です。

これらの方剤に対する私の従来のイメージは、
・生姜と乾姜を分けて考えたことはない。
・生姜は温める生薬。
・日常生活の中でも食材のニオイ消しにも用いられている。
程度のお粗末な知識にとどまります。

以下の資料を参考に、私なりに探求してみました。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.『薬徴』(吉益東洞)、『薬徴続編』(村井大年あるいは村井琴山)

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館 


まずは浅岡Dr.の解説を。
約70分の動画からポイントを私なりに書き留めました。

□ 生姜の基本
・ショウガ科ショウガの根茎
・食品用として中国南部〜東アジアで生産されるが、薬用としての条件を満たす生姜の産地は限られる。原産地はいまだに不明。

★ 生姜の薬能
・『神農本草経』では「臭気を去り、神明を通ず(シャキッとする、という感じ)」
・心窩部、腹部の水の動揺(水の収まりが悪い、上に上がってきやすい)を解消する
・適用:嘔気、胃の不調

★ 乾姜の薬能
・『神農本草経』では「胸満・咳逆上気を主る、中を温め血を止め、汗を出し風湿痺、腸◯下痢を逐う」

★ 生姜と乾姜の比較
(薬性)
・生姜:温、散
・乾姜:熱、補
(特徴)
・生姜:香り
・乾姜:辛味
(目的)
・生姜:水の動揺(おさまりが悪い状態)を鎮める
・乾姜:寒を去る(吐き気が悪化した先のショック状態に対する起死回生薬)、嘔吐も守備範囲
(守備範囲)
・生姜:心窩部、腹部
・乾姜:胸部、腹部
(古典における方剤数)
・生姜:『傷寒論』39方、『金匱要略』51方
・乾姜:『傷寒論』24方、『金匱要略』32方

<生姜を含む方剤>

□ 小半夏湯:半夏、生姜
・適応:嘔家(吐く人)、不渇(口渇がない)
・嘔気に使う基本方剤

★ 半夏
・サトイモ科カラスビシャクの根茎
(薬能)体の中心に水が余っている状態を治す
・嘔気、嘔吐
・痰
生姜と相性がよくコンビを組む
※ 脱水を治す甘草、水余りを治す半夏は対照的

□ 小半夏加茯苓湯:茯苓、半夏、生姜
「にわかに嘔吐し、心下痞(みぞおちに水が溜まって痞える)し、膈間に水ありて眩悸する者」
・適応:妊娠悪阻(つわり)、その他諸病の嘔吐
※ めまいと伴う発作性嘔吐→ メニエール病
(構成生薬)
・茯苓:眩悸(めまいと動悸)

□ 半夏厚朴湯:茯苓、半夏、生姜、厚朴、紫蘇葉
「婦人、咽中に炙臠(炙った肉)あるが如し」・・・咽頭違和感、ヒステリー球、食道神経症
・小半夏加茯苓湯+気鬱の生薬(厚朴、紫蘇葉)
→ 気鬱を伴う嘔吐
・適応:不安神経症、神経性胃炎、つわり、咳、しわがれ声、神経性食道狭窄症、不眠症

嘔吐の基本は小半夏湯、めまい・動悸を伴う嘔吐に小半夏加茯苓湯、気鬱を伴う嘔吐には半夏厚朴湯と進化してきた。嘔吐を訴える患者さんに小半夏加茯苓湯を使いたいがないとき、小半夏湯や半夏厚朴湯で代用可能。

□ 小柴胡湯:柴胡、黄芩、人参、半夏、生姜、大棗、甘草
「黙々として飲食を欲せず、心煩、喜嘔(しばしば嘔吐すること)」
・半夏+生姜は小半夏湯なので嘔吐の適応がある
・「黙々として飲食を欲せず」は気鬱(柴胡が担当)

□ 呉茱萸湯:呉茱萸、人参、生姜、大棗
「嘔して胸満(胸の中が詰まって苦しい)する者」
・激しい気逆の結果、頭に気が過剰になり頭痛、水も連れてきて頭痛嘔吐、足の気が少なくなり冷える。発作性なので顔が真っ赤になる。

□ 真武湯:茯苓、蒼朮、芍薬、生姜、附子
「腹痛し小便利せず、四肢沈重、自下利する者」
・寝冷えの下痢(水の動揺が下痢になって出てしまった状態)
・真武湯は重症者に使われるイメージがあるが、それならば生姜ではなく乾姜が採用されるべきである。乾姜ではなく生姜が採用されていることを考慮すると、そこまで深刻ではない軽症例にも使用可能な方剤と考えられる。

<乾姜を含む方剤解説>

□ 甘草乾姜湯:甘草、乾姜
「咽中乾き煩燥吐逆する者」
・甘草:脱水(咽中乾き)

□ 半夏瀉心湯:黄連、黄芩、半夏、乾姜、大棗、甘草、人参
「心下満して痛まざる者」
・強い吐き気(乾姜)に使う。生姜と同じような使い方。
※ 小柴胡湯と生薬構成が似ている兄弟関係:小柴胡湯の柴胡→ 黄連、生姜→ 乾姜に替えると半夏瀉心湯になる。生姜と乾姜の違いを考えると、小柴胡湯より半夏瀉心湯は病気が進行して重症化した場合に用いられる。

□ 黄連湯:黄連、桂枝、半夏、乾姜、大棗、甘草、人参
「胸中に熱あり胃部に邪気あり、腹中痛み嘔吐せんと欲する者」
・嘔吐に乾姜が使われている。
※ 半夏瀉心湯と生薬構成が似ている:半夏瀉心湯の黄芩→ 桂枝に替えると黄連湯になる

□ 人参湯:人参、蒼朮、乾姜、甘草
「大病差(い)えて後、喜唾(きだ)」(大病が癒えた後に唾液がたくさん出る、嘔吐に近い)
・嘔吐類似症状に対して乾姜を使用

□ 乾姜附子湯:附子、乾姜
嘔せず渇せず、表証なく脈沈」
・乾姜が入っているのに「嘔吐」ではなく「嘔せず」とは如何に?
→ 乾姜は嘔吐ではなく、それより悪化して嘔吐する元気もない冷え・ぐったりした状態(ショック状態)に対して使われている。

□ 大建中湯:蜀椒(=サンショウ)、乾姜、人参、膠飴
「嘔して飲食能わず、腹中
・吐き気ではなく冷えに対して乾姜が使われている。
・蜀椒:お腹の動きをよくする

□ 苓姜朮甘湯:茯苓、乾姜、白朮、甘草
「身体重く腰中冷え、水中に座するが如し、・・・、小便自利」
・吐き気ではなく冷えに乾姜が使われている。

□ 小青竜湯:麻黄、桂枝、五味子、細辛、半夏、乾姜、芍薬、甘草
「咳逆奇息、臥することを得ず」(肺が冷えて咳が出て眠れないほど苦しい)
・肺の冷えに対して乾姜が使われている。


以上、浅岡Dr.の動画まとめでした。

浅岡Dr.のは生姜と乾姜の薬能と使い分けをわかりやすく説明しています。

・生姜:水の動揺(おさまりが悪い状態)を鎮める
・乾姜:寒を去る(吐き気が悪化した先のショック状態に対する起死回生薬)、嘔吐も守備範囲

その心は・・・薬性が端的に表現してくれます。

・生姜:温、散
・乾姜:熱、補

用いられる病気のステージが違う、生姜は体の中央に溜まった水を捌くイメージだけど、乾姜は嘔吐が重症化して冷えてぐったりしたときに使う、強力に温める「熱」の薬である、と。

浅岡Dr.は生姜と乾姜を明確に区別していますが、
実際に漢方薬に使用されている生薬について説明する際、
語尾が濁りがちです。

「本来生姜は何も加工していない生のショウガを指すが、
流通しているショウガは既に乾燥工程を経ており、
正確に言うと生姜ではない。」
「では現実的に生姜と乾姜の区別というと・・・ムニャムニャ。」
てな感じです。

せっかく筋の通った理論なのに、原料の段階で躓いていることを知ると、
果たして浅岡理論を信じてよいのかどうか不安になります。


気を取り直して、次に吉益東洞の『薬徴』を読んでみました。
大塚敬節先生の校注本も手元にありますが、
どこに書いてあるのか見つけづらいので、
ツムラ漢方スクエアの教材(細野八郎先生の解説)から。

ムムッ、生姜について言及が見当たりません。
『薬徴』には乾姜の記載しかないのでしょうか。
注意として「『薬徴』は優れた書物であるが、東洞独自の解釈で薬能を論説しているため理解しにくい条文も存在する」とあります。
なので、混乱を避けるため東洞説は別に取りあげることにしました。

□ 乾姜の主治は「結滞の水毒を治す」こと。
条文「結滞の水毒を主治するなり。かたわら嘔吐、咳、下痢、厥冷、煩躁、腹痛、胸痛、腰痛を治す」
・「結滞の水毒」とは「一箇所に停滞して病気の原因となっている水」を指す。
・しかしこの言葉は古典(『傷寒論』『金匱要略』『黄帝内経』)の中に見当たらない、東洞の造語である。
・水毒も日本漢方の用語で、中国医学では痰飲である。津液(血液以外の生理的な体液)が外部からのストレスとか、体内の異常な熱により粘稠度を増してくると、これを痰と呼び、痰の中でも粘稠度の低い者を飲と呼ぶ。
・上腹部の振水音は、東洋医学では留飲と呼ぶ。
・主治とそれ以外の薬能は関連付けにくいが、体の一部に余分な水が溜まる水毒の症状(下痢、嘔吐、腹鳴、小便過多および過少、浮腫、動悸、めまい、耳鳴り、頭痛、咳嗽、全身倦怠感、発汗過多、唾液分泌過多、神経痛、関節痛)を考えると理解できる。

□ 古典の処方から帰納的に薬能を類推

(乾姜を四両、あるいは他の生薬と同量含有)
・大建中湯:嘔、心胸中大寒痛
・半夏乾姜散:乾嘔(からえずき)、吐逆、涎沫を吐す
・苓姜朮甘湯:腰部の疼痛、腰中冷ゆ、腰以下冷痛
嘔吐と疼痛が共通項

(乾姜を三両含有)
・人参湯:心中痞
・通脈四逆湯:乾嘔、下利清穀、手足厥逆
・小青竜湯:乾嘔
・半夏瀉心湯:嘔、腹鳴
・柴胡姜桂湯(柴胡桂枝乾姜湯):胸脇満
・黄連湯:嘔吐せんと欲す、腹痛
・苓甘五味姜辛湯:胸満
・乾姜黄連黄芩人参湯:吐下(嘔吐と下痢)
・六物黄芩湯:乾嘔、下痢
嘔吐と下痢が共通項

(乾姜を二両から一両、時には四両)
・梔子乾姜湯:微煩
・甘草乾姜湯:煩燥吐逆、厥
・乾姜附子湯:煩躁眠るを得ず
煩躁(もだえ苦しむ様子)が共通項

(乾姜を一両半、時には三両)
・四逆湯:下利清穀、手足厥冷

(乾姜を一両あるいは三両)
・桃花湯:下痢
・乾姜人参半夏丸:嘔吐止まず
嘔吐と下痢が共通項

以上から東洞は「嘔吐する者、咳する者、痛む者、下痢する者、これら皆水毒の結滞するものである」と結んでいる。

□ 乾姜の適応症状「嘔吐」
・「乾嘔」が四処方、「嘔」「嘔吐」「吐逆」と書かれているものが七処方。
・乾姜の嘔吐は、からえずきから胃の内容物を吐出する、いわゆる嘔吐まで含む鎮吐作用。
・「生姜は嘔吐を主り、乾姜は水毒の結滞を主る。混ずべからず。」
と東洞は述べているが、嘔吐に関しては区別が困難。

□ 乾姜の適応症状「疼痛」
・大建中湯の「大寒痛」以外は軽度の痛みの表現にとどまる。

□ 乾姜の適応症状「寒冷」を認めない東洞
・十八処方中七処方に寒冷状態の記載あり
・しかし東洞は「寒」に対する薬能に反対している。
「本草書には乾姜を熱薬の中でも附子に匹敵する大熱薬としている。また世の中の医者も四逆湯の中の乾姜と附子は熱薬であるので、よく厥冷を治するといっているが、それは誤りである。・・・厥冷の原因は毒の急迫によるものであり、しかも甘草は急迫を治するものだから、四逆湯で厥冷が治るのは乾姜の作用ではなく、甘草の作用である。」
→ この点、『傷寒論』の記述と相容れないとの指摘あり。

細野先生の考察;
『薬徴』の乾姜の条にはいろいろ問題がある。実証主義者の東洞が「結滞の水毒」という病態的な言葉を創作して薬能の説明に用いたことが不思議である。
構成生薬の少ない処方を選び出して其の適応症状を比較して乾姜の薬能を知ろうとしなかったことが不思議。其の方が正確な薬能(中焦を温め、寒を遂う、其の結果として脾胃の働きが正常化して水毒が取れる)にたどり着けたのではないか。


以上、『薬徴』の解説抜粋でした。

東洞の手法は帰納法的に種々の乾姜含有方剤の適応症から乾姜の薬能を抽出するものであり、すると他の生薬の薬能が入ってくるので焦点がぼけてしまいがち。
細野先生はその点を指摘し、構成生薬が少ない方剤から引き算式に乾姜の薬能を推察した方がピントが合った薬能にたどり着けるのではないかと記述しています。
その方法を採用しているのが浅岡Dr.であり、二味の方剤から説き起こしているのでわかりやすく説得力があると私は感じました。

後に、生姜は『薬徴続編』という書物で取りあげられていることを知りました。
こちらは吉益東洞によるものではなく、後年、村井大年という人物が『薬徴』にはない生薬を追記したようです。
『薬徴続編』の生姜の項目は寺澤捷年Dr.の解説です。

「生姜、嘔を主治する。故に乾嘔、噫、噦逆を兼治す」とあり、生姜は嘔を主治する。注目すべきは、嘔と吐を区別していること。そして嘔に近いものとして乾嘔(からえずき)、噫(おくび)、噦逆(しゃっくり)を兼治する。

生姜は桂枝湯を始めとして様々の処方に入っているが、薬徴的な考え方に立てば、嘔というものが本来の役目である。そして噦逆、噫気、乾嘔、あるいは乾噫食臭などは嘔吐の軽症のものであり嘔の中に含めている。

嘔と吐をはっきり区別し、ものを吐き出してくるのを吐といい、吐き気でムカムカしている吐きそうな状態は嘔である。半夏と生姜が組み合わさった時は、表現として必ず嘔吐、つまり吐き気もする、実際にものを吐くという具体的な内容になっている。しかし生姜だけで半夏がないという時は、ただ単に嘔といったり乾嘔といったりする。

生姜と大棗はよく組み合わされて用いられるのであり、しかもほかの薬味というものは移動するのだけれども、大喪と生姜の組み合わせの分量だけは、その処方の中で動かないという点に注目している。

生姜潟心湯は大変よく使う処方であるが、そこに嘔の字が落ちているわけは、実は親元の処方であ
る半夏潟心湯ですでにいっているからあえてここに書かないのであると。しかし、吐という字が出てこない点は、これは落としてしまったのではないかと、村井琴山は推論している

いろいろな本草の本に様々な説があるが、結局臨床医の言葉ではないので、実際から離れたことが書かれている。これは世を誤るものである。

『薬徴続編』では、妙に嘔吐にこだわっています。それも「嘔」と「吐」の区別に。
からだの中で何が起きているのかよりも、気持ち悪いだけなのか、実際に吐いているのかに注目するのは、病態から目が離れてしまうような気がします。

次は各本草書の記載を列記した「増補薬能」から乾姜の項目を抜粋してみます。
下線部は浅岡Dr.の解説で出てくる薬能です。

<乾 姜>  

増補能毒】(長沢道寿)
「味辛く大熱。能毒大略生姜に同じ」。変わるところは大熱にして気を散ずる事甚だし。痰を去るの神薬なり。生姜もまた痰を能く去るなり。産後の熱をさます。口伝。
(毒)「陰虚火動に。脈実数なるに」。私曰く、辛熱なる故に熱病に忌む。

一本堂薬選】(香川修庵)
泄瀉、乾嘔、糀嗽を療じ、気を下し、胃を開き、食を進め、血を止め、中を温め寒冷腹痛、傷食吐瀉、痰を消し、飜胃、宿食を消し、冷気を去る。附子と善く脱せんと欲する気を回す。久虚の痢疾を和す。
(弁正) 嘔を止め、胃を開き、汗を発するは、互いに(生姜と乾姜)に相通用すべし。而して嘔家は生姜、尤も良なり元気を挽回し、中を温め、瀉をとむるに至っては、則ち乾姜に非ずんば能くすべからず。何ぞ混同すべきや。

薬徴】(吉益東洞)
結滞の水毒を主治するなり。傍ら嘔吐、咳、下痢、厥冷、煩躁、腹痛、胸痛、腰痛を治す。

重校薬徴】(尾台榕堂)
結滞の水を主治するなり。故に乾嘔、吐下、厥冷、煩躁、胸痛、腹痛、腰痛、小便不利、自利、咳唾涎沫を治す。

古方薬議】(浅田宗伯)
味辛温。中を温め、血を止め、瀉、腹臓冷え、心下寒痞、腰腎中疼冷、夜に小便多きを主る。凡そ病人、虚して冷えるは宜しく之を加え用いるべし。

薬性提要】(多紀桂山)
辛。寒を逐い経を温め、胃を開き、肺気を利し、寒嗽を止める。

古方薬品考】(内藤尚賢)
其の味辛く温。以て能く経脈を宜通し寒邪を逐い、胃中を温む

漢方養生談】(荒木正胤)
上迫する水毒を温散する。四肢の厥冷咳逆、嘔吐、眩暈、腰腹の冷感や痛み、小便の自利に効あり。

中薬大辞典】(上海科学技術出版社)
中を温め寒を逐いやる、陽を回らし脈を通ずる、の効能がある。心腹が冷痛し、嘔吐し下痢し、四肢冷たく脈は微、寒たい飲み物によって喘咳し、風寒による湿痺があり、陽虚して吐き、鼻出血、下血するもの治す。

壷中(著者不明)  
日本薬局方の生姜(乾燥品)は古方では乾姜であり、八百屋で売っているヒネ生姜が古方の生姜である。日本薬局方の生姜は熱薬であるので、陽実証に生姜の代用品として使う場合は分量に注意すべし。(大柴胡湯・越婢湯など)

これを読むと、浅岡Dr.の解説は一本堂薬選(香川修庵)の記述に近いことがわかります。
次に生姜の項目を。

<生 姜> 

増補能毒】(長沢道寿)
「味辛く甘。微温。腹中を温め気を散じ快くし、胃の気のかいなきを助け、同腑下がりたるを開き、食を進む。霍乱の心腹の痛みに」。    
私曰く、霍乱に限らず心腹の痛みには大方用いるたるがよきぞ。「吐逆の神薬なり」。私曰く、必ずこの薬を用いる事は諸薬を胃の腑へ引き入れ、腹中を温むると心得るべし。
(乾姜) 「味辛く大熱。能毒大略生姜に同じ」。変わる処は大熱にして気を散らする事甚だし。痰を去るの神薬なり。生姜もまた痰を能く去るなり。産後の熱をさます。口伝。
(毒)「陰虚火動に、脈実数なるに」。私曰く、辛熱なる故に熱病に忌む。

一本堂薬選】(香川修庵)
風寒湿の邪気を発散し、汗を出し、嘔吐を止め、痰喘、糀嗽、胃を開き、諸薬を調和す。

薬性提要】(多紀桂山)
辛。温。表を発し、寒を散じ、痰を豁き、嘔を止める。

古方薬品考】(内藤尚賢)
気味辛く温。而して質能く堆排す。故に痰を開き、胸を利して、以て嘔吐を止めるを取る。橘皮、半夏及び理気の方中に入れて、以て各薬の巧を佐く。

古方薬議】(浅田宗伯)
味辛温。嘔吐を止め、痰を去り、気を下し、煩悶を散じ、胃気を開く。

漢方養生談】(荒木正胤)
もどすことを主治し、胃を開き、表を発し、寒を散じ、痰を取り、おくびを止める。

漢方薬物学入門】(長城書店)
胃内停水のあるとないで半夏と生姜の使い分けができるのではないかと思います。生姜は温薬、乾姜は熱薬です。

「嘔吐を治す」と西洋医学的に言うのは簡単ですが、
その裏にある病態を上記の書物ではいろいろな表現方法をとっています。

・長沢道寿:胃の気のかいなきを助け
・香川修庵:胃を開き
多紀桂山痰を豁き
内藤尚賢:痰を開き
浅田宗伯:痰を去り、胃気を開く
荒木正胤:胃を開き、痰を取り

誰もが「胃を開く」とか「痰を取る」と記載しています。
ただ、それを統一してイメージするには、浅岡Dr.の
心窩部・腹部の水の動揺(おさまりが悪い状態)を鎮める
という表現がとても合っていると私は感じました。

さて、当初の私の生姜・乾姜に対するイメージ、

・生姜と乾姜を分けて考えたことはない。
・生姜は温める生薬。
・日常生活の中でも食材のニオイ消しにも用いられている。

はちょっと情けないですね。

温めるのは乾姜が勝り、
生姜は胃のあたりの水が溜まった状態を解消するのが主治、
と理解を改めました。

ただし、現在流通している生姜・乾姜は古典の記載にある者と異なるので、
この使い分けがどこまで通用するのかは未知数、という問題が残ります。

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漢方生薬探求:桂枝

2021年01月11日 08時52分17秒 | 漢方
下記資料を参考に、私なりに漢方生薬を探求するシリーズ第二回。
今回は「桂枝」です。

私の桂枝に対するイメージは・・・

・カプチーノに入っているシナモンの親戚
・八つ橋が嫌いな人には漢方薬が合わない
・かぜ薬の基本である桂枝湯の骨格、表寒に使われるので表を温める生薬
・気逆(奔豚気)の薬

といったところ。
正直、薬効の全容が今ひとつ掴めていません。
学び甲斐がありそうです。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.「薬徴」(吉益東洞)

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館 


□ 桂枝の基本
・クスノキ科ニッケイ(肉桂)、常緑樹
・幹の樹皮→ 桂皮、若い枝→ 桂枝と区別されるが、あまり重要視しなくてもよい。
・アジアに産地が分布しており、セイロン桂皮、ジャワ桂皮、広東桂皮、東興桂皮、ベトナム桂皮などがある(日本ではベトナム経皮の品質評価が高い)。
・味:辛
・薬性:温

□ 桂枝と含有方剤
・傷寒論では43方
・金匱要略では56方

★ 桂枝の主治(浅岡Dr.)
・気の上衡を治す
・温薬(発汗)・・・表を温める
・温薬(腹)
・温薬(手足)
・健胃

★ 桂枝の主治(吉益東洞)
「衝逆(突き上げること)を主治、かたわらに奔豚、頭痛、発熱、悪風、汗出でて身痛するを治す」
(衝逆)突き上げること
(奔豚)下腹から上方の喉に向かって突き上げてくる感じ(浅岡Dr.の説明では「胸あたりを豚が走り回る感じで動悸がすること」)
(悪風)悪寒の軽症で、風に当たるとゾクゾクと感じること
(身痛)体のあちこちが痛むこと

<方剤における桂枝の役割>

□ 桂枝甘草湯桂枝、甘草
・適応:発汗過多、其の人手を叉み自ら心を冒い心下
・薬能:
(甘草)体液の不足
(桂枝)心下悸
『方極』では「その人叉手(さしゅ)して自ら心を冒(おお)う。心下悸して按を得んと欲す」・・・心臓の部分に左右の手を組んで載せて動悸を鎮めようとすること

□ 桂枝加桂湯桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草
・適応:気少腹より上がりて心を衝く者
『薬徴』気少腹(下腹)より心(みぞおち辺り)に上衡す
『方極』では「上衡はなはだしきものは桂枝加桂湯之を主る。もし拘急硬満の証あるものは、すなわち桂枝湯を与えてよろしからず。およそ上行する者は上逆の謂にあらず。気少腹より上りて胸を衝く是なり」

□ 苓桂甘棗湯
『薬徴』奔豚をなさんと欲す
『方極』臍下悸する者、奔豚して心胸に迫り、気短息迫するもの

□ 苓桂朮甘湯:茯苓、桂枝、白朮、甘草
・適応:心下逆満、気上がって胸を衝き、起きれば則ち頭眩
・薬能:
(茯苓)頭眩
(白朮)眩暈、心下逆満
(桂枝)気の上衡
『薬徴』気胸に上衡す
『方極』心下逆満し起てばすなわち頭眩するもの。眼痛み赤脈を生じ、開くことあたわざる者。耳聾し、衝逆甚だしく、頭眩するもの。

□ 麻黄湯:麻黄、桂枝、杏仁、甘草
・適応:無汗にして喘する者
・薬能:
(桂枝)温薬:発汗
※ 麻黄+桂枝→ 発汗、麻黄+石膏→ 利尿

□ 桂枝加芍薬湯桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草
・適応:腹満して時に痛む者
・薬能:
(芍薬)鎮痙
(桂枝)腹を温める

□ 安中散桂枝、延胡索、牡蛎、茴香、縮砂、良姜、甘草
・適応:痺痛翻胃、口に酸水を吐す
・薬能:
(桂枝)健胃
※ 民間薬の胃薬にも入っている

□ 八味地黄丸:六味丸+桂枝、附子
・薬能:
(桂枝)手足を温める?

□ 桂枝湯:桂枝、芍薬、生姜、大棗、甘草
・主治:風邪(表寒)、健胃
『薬徴』上衡、また曰く、頭痛、発熱、汗出でて悪風

□ 小柴胡湯:柴胡、黄芩、人参、半夏、生姜、大棗
・主治:風邪(半表半裏の熱)、胃炎

□ 桂枝湯+小柴胡湯→ 柴胡桂枝湯:柴胡、桂枝、黄芩、人参、半夏、芍薬、生姜、大棗、甘草
・適応:感冒(表寒〜半表半裏)、胃潰瘍、・・・

次に「増補薬能」から桂枝の項目を抜粋します;

増補能毒:「味甘く辛く大熱。心・肺・脾・腎の四経に入る。胸腹冷えて痛むに、十二経脈冷えて脈遅きに、血衰えて手足冷えるに、表虚して自汗出るに、脾胃を温め、血を破り経脈の中風に、身の内の痛みに、冷えて痺るるに」。私曰く、此の薬は大いに血を温め十二経を通ずると心得て使うべし。何にてもあれ、温めるべきと思うには大方此の薬を用いてよし。気血ともに冷えて脈切れたる病人、または冷えてモガサ(痘瘡)などの出がたきと、霍乱のコブラガエリに用う。速やかにしるしを得たりと、理慶は申されたり。桂枝は血中の気薬にして、浮かみたる汗を出して汗を止めるなり習いあるぞ。但し傷寒の汗薬には悪しし。傷風の汗薬にはよし。目の付けどころは表裏ともに温め、気を散らし、血を通ずると心得るべし。
(毒)「脈数に、妊みたる人に」。私曰く、九ヵ月、十ヵ月より用うべし。

一本堂薬選:傷風寒を療じ、汗を発し、肌を解し、中を温め、気を下し、煩を止め、渇を止め、須理を開き、関節を利し、奔豚を治し、水道を導き、月閉を通じ、難産、胎衣下らずを治し、癰疽、痘瘡の内托、百薬を宜導し、畏忌する所無く、諸薬の先聘の通使と為す。
   
薬徴衝逆を主治するなり。傍ら奔豚、頭痛、発熱、悪風、汗出、身痛を治す。

古方薬品考:桂の物為る、純陽発散。其の枝の性は自ずから表部に達し、皮の性は自ずから肌膚に走る。味辛熱、甘和にして芳発の気有り。以て善く発表の先鋒を致すなり。故に仲景氏、肉桂を用いずして専ら桂枝を用うるは、其の枝皮以て発表に利しきの義を取れり。其れ麻黄湯、大小青龍湯、葛根湯等の発表の功有るは、皆桂枝の力に因りて致す所なり。故に此れを以て発表の宰宗と為すなり。

重校薬徴上衝を主治するなり。故に奔豚、頭痛、冒悸を治す。兼ねて発熱、悪風、自汗、身体疼煩、骨節疼痛、経水の変を治す。

古方薬議:味辛温。関節を利し、筋脈を温め、煩を止め、汗を出し、月閉を通じ、奔豚を泄らし、諸薬の先聘通使と為す。

漢方養生談:よく気血をめぐらす。気の上衝を下し、筋脈をゆるめ、肌表の邪気を発解し、頭痛をとり、身体の疼痛、経水の変を治す。

漢方薬物学入門:どういう薬効を持っているか簡単に言いますと、発汗、解熱、健胃、鎮痛作用があります。それから血をめぐらす、利尿、鎮静などの作用もあります。また、腎臓にも作用します。 桂皮の品質の見分け方ですが、小さく折ってそれを口に入れて噛みます。その時に甘味も辛味も強い物が上等なわけです。辛味が弱くて甘味の弱いのは勿論だめです。もう一つの要素として粘液が口の中に出てくるものがあります。これは品質の落ちる1つの指標になります。ですから噛んでみて粘液質だというように思った物は品質が2級とか3級とかと思えばよいわけです。

<参考>
増補能毒】(1652年)長沢道寿
一本堂薬選】(1738年)香川修庵
増補片玉六八本草】(1780年)加藤謙斎
薬徴】(1794年)吉益東洞
薬性提要】(1807年)多紀桂山(訂補薬性提要:山本高明)
古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
古方薬議】(1863年)浅田宗伯
漢方養生談】(1964年)荒木正胤
漢薬の臨床応用】(1974年)神戸中医学研究会
中薬大辞典】(1985年)上海科学技術出版社
漢方薬物学入門】(1993年)長城書店
(壷中)著者不明


以上、古今の生薬解説に目を通すと、吉益東洞の「気の上衡を治す」と断言しているのがやはりインパクトがあります。
しかし「気の上衡を治す」ことから他の薬能を一元的に演繹することができません。私は「奔豚、頭痛、発熱、悪風、汗出でて身痛するを治す」をどう「気の上衡」と結びつけて理解すべきか頭を悩ませてしまいがちですが、所詮無理なこと。
そこに浅岡Dr.の「薬能がいくつもある」「方剤は生薬の薬能の集まりである」という「薬能の足し算」方式アドバイスが光ります。複数の主治が存在することを認めて受け入れないと、方剤の薬効は理解できません。

さて、私の当初のイメージを振り返ってみますと・・・

・カプチーノに入っているシナモンの親戚
・八つ橋が嫌いな人には漢方薬が合わない
・かぜ薬の基本である桂枝湯の骨格、表寒に使われるので表を温める生薬
・気逆(奔豚気)の薬

1、2番目はいいとして、
3番目と4番目も合ってはいますが、私はこの二つをどう一元的に理解すべきかと悩み、そこでフリーズして「桂枝の薬能のイメージが沸かない」と諦めてきたのですね。
理気薬が各部分かもしれませんが、それとは独立して体全体を温める温薬、健胃剤作用があることを頭の引き出しに入れておきましょう。

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漢方生薬探求:甘草

2021年01月10日 13時18分12秒 | 漢方
以下の参考資料を基に、生薬を私なりに探求するシリーズです。

<参考資料>

1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.「薬徴」(吉益東洞)

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館 

初回は「甘草」です。
私の甘草に対するイメージは・・・

・たくさんの方剤に含まれるメジャーな生薬
・生薬同士のバランスを調節してくれる
・甘いので気持ちが落ち着く効果がある
・急性の症状に適用される
等々。

さて、新しい発見はあったでしょうか。
※ 以下の記述で、色分けは<参考資料>の色と同じにしてあります。

□ 甘草はマメ科カンゾウ、多年草で生薬として根を使う
□ 『傷寒論』の70方、金き要略の88方に含まれる

■  甘草の主治(Dr.浅岡)
① 体液不足:発汗・おう吐・下痢による体液喪失、薬剤による体液喪失
② 急迫(切羽詰まった状態)、躁
③ 咽痛

■  甘草の主治(吉益東洞)
・急迫を主治
・裏急(腹の皮が裏側でひきつれる)、急痛、孿急を治す
・厥冷(手足からひどく冷えてくる)、煩躁・衝逆(下から上へ突き上げてくる状)の毒を治する

<甘草を含有する方剤>

【芍薬甘草湯(68)】甘草・芍薬
適応:傷寒、脈浮、自汗出で小便数、心煩、微悪寒、脚痙急す
   脚のつり、筋痙攣
   脚孿急
・「体液不足」を目的にしたもので「自汗出で小便数」(「数」は「さく」と読み、数が多いという意味)が当てはまる。また、芍薬は筋肉のけいれんを止める作用があり「脚痙急」が当てはまる。
・運動や発熱などにより発汗すると、その後に筋肉の痙攣を認める場合があるが、それに対応する配合、透析の除水中に発生する「筋肉のつり」にも同様の理由で有効。
 一般に構成生薬の少ない処方には即効性があるが、この方剤も同様であり、症状が出たら服用(つまり頓服)が基本である。漫然と用いれば甘草による水の過剰(高アルドステロン血症)が浮腫を呼ぶ。

芍薬甘草湯の副作用として「浮腫」つまり「むくみ」が有名であるが、浅岡Dr.は、
「甘草は体液喪失・脱水状態を治療する生薬だから、水分が足りている状態に投与するとむくんで当たり前、これは副作用ではなく誤使用では?」
とコメント。

【甘草麻黄湯】甘草・麻黄
適応:一身面目黄腫、小便利せず
・「体液不足」を目的にしたものだが、条文に直接当てはまる作用が見当たらない。
「一身面目黄腫」とは全身がむくんでいるという意味で、
「小便利せず」(尿が出ない)とともに、麻黄の「(汗や尿を出して)乾かす」という薬効。

あれ、では甘草は何で入ってるの?
という疑問が湧きます。
そもそも、尿の出すぎを治す甘草と、尿を出す麻黄はバッティングするのでは?

そのカラクリとは・・・
麻黄は強力で、ときに尿が出すぎて脱水になってしまうことがあるのです。
その予防、麻黄の効果にブレーキをかけるために甘草が入っているんだそうです。
また、薬効の「部位」が違うのでバッティングはしないそうです。
麻黄の作用部位は表裏の「表」で、体の表面です。
そこを乾かすことができます。
甘草は「裏」(体の中、内臓)に働くので、作用点が違う、という解説でした。

□ 麻黄の「乾かす」(水分を飛ばす)作用は2系統存在する。
・外に向かって汗を出す(麻黄+桂枝)→ (例)麻黄湯
・内に向かって尿にして出す(麻黄+石膏)→ (例)麻杏甘石湯(55)

【大黄甘草湯】甘草・大黄
適応:食し已って即ち吐する者
   便秘、嘔吐
・「急迫」を目的にしている。大黄は「吐する」を治す。大黄は“下剤”として有名だが、元々の薬効は「吐き気止め」。「食し已って即ち」(食べてから間もなく)という、「急迫」症状に甘草は適用。
・食中毒などで下痢や嘔吐が出現した際、腹中の要因を大黄で下し、下痢嘔吐によって喪失した体液を甘草で補うために複合された方剤。

・・・同じDr.浅岡の解説なのですが・・・ケアネットDVD/TVでは「急迫」、書籍では「体液不足」を採用していますねえ・・・まあ、どちらも係っているのでしょう。

桔梗湯(138)】甘草・桔梗
適応:咽痛の者は甘草湯を与うべし、差えずんば桔梗湯を与う
   咽頭痛
・今その急迫して痛むを以つての故に甘草湯を与ふ、しかしてその差(い)えざる者は已(すで)に膿あるなり、故に桔梗湯を与ふ。
・「咽痛」を目的にしている。「咽痛」は桔梗の主治であるが、甘草の主治でもある。のどが痛いとき、アメをなめるのも同じ目的。風邪を引いたとき耳鼻科でのどに塗るルゴール液も甘い(あれはグリセリンの味)。
・排膿に働く桔梗を加えて咽痛軽減効果を強化した方剤。

【調胃承気湯(74)】大黄・芒硝・甘草
適応:発汗して解せず、蒸蒸として発熱する者
   便秘、腹部膨満
※ 芒硝:硫酸ナトリウム、硫酸マグネシウム ・・・カマ(酸化マグネシウム)類似
・「体液不足」を治す目的で入っている。発汗しすぎて脱水状態になることを予防するため。
・大黄は燥性、芒硝は潤性の便秘薬。甘草は体液不足の予防目的で配合されている。

【四逆湯】乾姜・附子・甘草
適応:大いに汗し、若しくは大いに下痢して厥冷(けつれい)する者
   四肢拘急、厥逆
・「体液不足」を目的に入っている。

【甘麦大棗湯(72)】甘草・小麦・大棗
適応:象神霊(かたちしんれい)の作する所の如く、しばしば欠伸す
   ヒステリー、神経症
   蔵躁(ヒステリー)、しばし悲傷し、哭(こく)せんと欲す
※ 「象神霊」ボーッとすること、ヒステリー発作?、キツネ憑き?
※ 「欠伸」あくびのこと
・「急迫」を目的に入っている。
・入っている生薬はすべて甘く、それらには安神(あんじん、精神安定)作用がある。子ども向けの「夜なき、ひきつけ」という適応があるが、大人にも同様の効果があり、不眠の軽減が期待できる。

浅岡Dr.の主治に照らし合わせると、
私のイメージは主治の②③にとどまっていたことが判明しました。
甘草が「体液喪失・体液不足」を主治にしているイメージはありませんでした。

一方、『薬徴』では「急迫」をメインにおき、東洞は古来から言われてきた「衆薬の主」「百薬の毒を解す」などは誤ったイメージで、本効はあくまでも「急迫」であると主張しています。

大塚恭男Dr.の薬徴解説では、東洞の意見をわかりやすく現代語に翻訳されていますので、少しアレンジしながら引用してみます;

 これまでに甘草を含んでいる漢方をいろいろみてきたけれど、急迫症状に関して言及していない。しかしさまざまな適応症にはすべて「急迫」という要素が含まれている。張仲景が甘草を使う状況を見ていると、その急迫状態の激しいときは、また甘草を使うことが多い。急迫症状が少ないときは甘草を用いることが少ない。以上より、甘草が急迫症状態を治すことは明らかである。
 古い言葉(おそらく『素問』(※))では、病気の人が急迫状態に苦しむときは、すぐ甘いものを食べさせてその急迫状態を感作してやれとされている。この甘いものとは甘草のことを言っているのではないか。
※ 吉益東洞が「古語」と書いたのは『素問』のことを指す。東洞が『素問』を好きではなかったので名前を出していないようである。東洞は「陰陽」「五行」が嫌いだった。東洞の「甘草が急迫症状を治す」という意見は、皮肉なことに彼の嫌いな古典である『素問』由来なのである。ちなみに、東洞が高く評価しているのは春秋時代の名医、扁鵲(へんじゃく)である。

 承気湯の中にも甘草を含んでいるものといないものがある。調胃承気湯(74)と桃核承気湯(61)は甘草を含んでおり、いずれも非常に強い瀉下剤であると同時に気剤でもある。しかし、大承気湯、厚朴三物湯には甘草が含まれていない。
 調胃承気湯(74)の証は、吐きもしないし下痢もしないで胸苦しい、楽しくないうつ状態で体の奥がなんとなく煩わしい状態であり、これらはその毒の急迫するところにできた結果である。
 桃核承気湯(61)の証では、精神錯乱状態あるいは下腹(=小腹)が痛む状態である。小腹に抵抗があるといっても、煩躁状態とか急結という状態はいずれも急迫状態を言っている、だから甘草を使うのである。
 大承気湯、小承気湯、厚朴三物湯、大黄黄連瀉心湯はお腹の中に毒を結んだ、外から抵抗を触れる結毒を解するだけで急迫を扱っておらず、これらの処方には甘草が入っていないのである。

 陶弘景(とうこうけい)、孫思邈(そんしばく)、甄権(しんけん)などの歴史上の名医達による誤った甘草の薬効解説が出てから以後、世の中の人は誰も甘草の本当の薬効を知ることができなくなってしまった、誠に悲しいことである。

(陶弘景)この草もっとも衆薬の主たり。
(孫思邈)百薬の毒を解す。
(甄権)諸薬中甘草を君となし、七十二種の金石の毒を治し、一千二百般の草木の毒を解す。衆薬を調和するに功あり。

 金元時代の四大家の一人、李東垣は「生で甘草を用いると脾胃の足りないところを補って、そして心火を除く。甘草を炙って使うと、三焦(上焦・中焦・下焦)、人間のいろいろな生理機転をつかさどるものの元気を補い、機能を高めてやることができるし、体表部分の冷えを除いてやることができる」と言うが、しかしそんなことは張仲景は言っていない。五行説で五臓を説明するのは戦国以降のことであり、戦国以降の妄説に従ってはならない。

 東洞先生、過激ですねえ。でもわかりやすい。
 本家本元の『傷寒論』の著者、張仲景の真意を「甘草は急迫を治す」と読み切り、それ以外の歴代名医の解説を一刀両断で否定しています。
 不思議なことに『薬徴』には浅岡先生の考え方「発汗・おう吐・下痢による体液喪失」「体液の不足」が全く出てきません。浅岡先生は「体液不足」が原因で「急迫」に至る、あるいは「急迫」の裏には「体液不足」があると論考しているようです。

次は、江戸時代以降の日本の漢方解説書の記述を一覧した書籍「増補薬能」からの抜粋です;

増補能毒】(1652年)長沢道寿

一本堂薬選】(1738年)香川修庵
諸薬を和し、衆味を緩やかにす。咽痛を治し、茎中の痛みを去り、百毒を解す。

薬徴】(1794年)吉益東洞
急迫を主治するなり。故に裏急、急痛、攣急を治す。而して傍ら厥冷、煩躁、衝逆の等、諸般急迫の毒を治すなり。

薬性提要】(1807年)多紀桂山
甘味平性、脾胃の不足を補い、十二経の緩急を通行し、諸薬を協和させ、百薬毒を解す。

古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
味甘美にして涼降。故に其の能、中州を緩にし、百薬を協和す。以て拘急、卒痛、咽痛燥渇等を治す。凡そ駿剤を用いるときは必ず此れを加えて、以て胃気をして傷せらせずしむ。

重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
急迫を主治するなり。故に厥冷、煩躁、吐逆、驚狂、心煩、衝逆等、諸般の急迫の証を治す。兼ねて裏急、攣急、骨節疼痛、腹痛、咽痛下利を治す。

古方薬議】(1863年)浅田宗伯
味甘平。毒を解し、中を温め、気を下し、渇を止め、経脈を通じ、咽痛を去る。

漢方養生談】(1964年)荒木正胤
急迫症状を緩め、咽痛、腹痛、歯痛、痔痛、下痢の激しいものに効く。諸薬に伍して薬力を安定する。

漢方薬物学入門】(1993)長沢:長城書店
鑑別の点からいきますと薄い黄色のものは避けた方がよい、できるだけ色の濃いものを選べということです。そして味わった時に、甘味が強く苦みが少ないものが品質の良いものになります。


こうして歴代の書物の甘草についての薬効を並べると、焦点が定まらずわかりにくくなってしまいがち。
やはり一番インパクトがあるのは『薬徴』でしょうか。そこには「急迫を治す」の他の薬効は歴史上の名医達が展開した解説であるが、原典の『傷寒論』にはその記載はなく後付けのものなので信じてはいけない、と強気です。

さて、最初に書いた私の甘草に対するイメージを振り返ってみます;

・たくさんの方剤に含まれるメジャーな生薬
・生薬同士のバランスを調節してくれる
・甘いので気持ちが落ち着く効果がある
・急性の症状に適用される

なるほど、すべて当たらずとも遠からずといったところですね。
四番目の「急性の症状に適用される」だけが張仲景の考えに一致し、
それ以外は歴代の名医達が展開した学説の影響を受けている薬効であることがわかりました。
今後は、「急迫性のない症状には甘草がたくさん含まれている方剤は合わない」ことを遵守したいと思います。
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漢方生薬探求:序章

2021年01月02日 13時22分55秒 | 漢方
私が漢方に興味を持つようになる際、大きく影響を受けた二人の人物がいます。
一人は益田総子Dr.。
もう一人は浅岡俊之Dr.。

浅岡Dr.の漢方解説は、もう10年以上前にケアネットDVDで知り、
発売されているモノを全部購入して食い入るように見ました。
実際の講演も聴いたことがあります。

西洋医学のみを学んだ世代の私は、
漢方というと、怪しいモノ、取っ付きにくいモノ、
というイメージが先行しがちでした。

しかし浅岡Dr.の、
・漢方薬は生薬を組み合わせた約束処方
・構成生薬を知り、その薬効を知れば、自ずとその方剤を理解できる
という解説を聞き、「これなら私にも使えるかもしれない」
と思わせてくれたのでした。

あれから10年以上経過しました。

途中、理論的な中医学にも興味を持ちましたが、
空想理論であり理詰め過ぎ、かつ中医学で見立てても効かない例があることを知るにつけ、
興味が冷めてしまいました。

もっと近道はないかと模索し、
小児科の漢方本が出版される度に購入して読んでみたりしてみましたが、
今ひとつしっくりきませんでした。

やはり生薬から紐解いていく方法が私に合っているのかな、
と思い始めて参考書を探しました。
たどり着いたのが以下の教材・資料です;


1.浅岡俊之Dr.の漢方解説
② Dr.浅岡の本当にわかる漢方薬(浅岡俊之著、羊土社、2013年発行)

2.『薬徴』(吉益東洞)
以下の構成からなる;
「主文」:薬能の記述
「考徴」:ある証拠になる徴を挙げて考え定めていく
「互考」:確証のつかみがたい条文を挙げて考証した
「弁誤」:誤り伝えられた部分を弁駁するという意味
「品考」:品質の考証
③『薬徴続編』(村井大年)松下嘉一先生(他)による解説

『薬徴』は江戸時代の名医 吉益東洞が書き記したとされています。東洞の学説の中心となるのが万病一毒説という説です。これは「すべての病気はただ一種類の毒から起こる」ということで、この毒とは後天的に体の中に生ずる何か病的なものを指します。 毒の所在を大事にするため、どちらかというと西洋の病理観に近い考え方、病理の方の医史学の概念でいうと、固体病理説に近い考えであると言われています。これは、日本あるいは中国の医学史上でも非常にユニークで、東洞が唯一の存在ではないかと考えられています。 このような東洞独特の概念で処方を整理したのが『類聚方』であり、さらに一歩突きつめて、構成している生薬の特徴を追究したのがこの『薬徴』です。
大塚恭男 先生:「薬徴解説」より引用

『傷寒論』『金匱要略』に掲載されている数多くの処方の中の主治証を引き出して、その中から共通のものを取り出し、特に目的とする生薬が大量に使われている、分量の多いものから並べていき、その生薬がどういうことに使われているか、ということを引っ張り出そうという論法がなされている。
坂口弘先生;「薬徴解説」より引用

『薬徴』に収録されている薬物は、上巻九品、中巻二四品、下巻二〇品にすぎません。日常用いられる薬物でも、収録されていないものが多々あります。そこで寛政年間に、肥後の村井大年(琴山、椿寿とも号す)という医人が『薬徴続編』を著わしました。ここには上巻四品、下巻六品、付録七八品を挙げてあります
松下嘉一 先生:「続・薬徴解説」より引用

3.「増補薬能
編集人:南 利雄  出版元:壷中秘宝館
増補能毒】(1652年)長沢道寿
一本堂薬選】(1738年)香川修庵
増補片玉六八本草】(1780年)加藤謙斎
薬徴】(1794年)吉益東洞
薬性提要】(1807年)多紀桂山(訂補薬性提要:山本高明)
古方薬品考】(1841年)内藤尚賢
重校薬徴】(1853年)尾台榕堂
古方薬議】(1863年)浅田宗伯
漢方養生談】(1964年)荒木正胤
漢薬の臨床応用】(1974年)神戸中医学研究会
中薬大辞典】(1985年)上海科学技術出版社
漢方薬物学入門】(1993年)長沢(長城書店)
(壷中)著者不明

増補薬能は、生薬のことをネット検索しているときにたまたま見つけました。
近代以降の本草書類の条文を生薬別に抜き出して列挙している書物です。
歴代の漢方家が確証薬をどのように捉えてきたのか、比較検討に役立ちます。

これらを参考に、取っ付きやすい浅岡Dr.の動画配信を起点にして、
生薬の勉強をコツコツと続けていきたいと思います。

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