発達障害児の治療薬は、西洋医学では承認されたいくつかの薬剤があります。
ただ、小児精神科医のみ処方可能であり、一般小児科医は使えません。
発達障害グレーゾーンの子どもたちもたくさんいます。
はっきりと診断されるレベルではないけど、
特性と言えるレベルでもなく、
生きづらさ、生活困難さを感じながら日々を過ごしています。
そこに漢方薬の出番があると思います。
その子に合う漢方薬が見つかると、つらさをやわらげてQOLを上げてくれます。
困っていた症状がゼロになることはありませんが、
10 → 5になるだけでも生活が変わります。
私は一般小児科医であり、小児精神科医ではありません。
でも、かかりつけの子どもたちのグレーゾーンの相談を受けることがあります。
その際に漢方薬を提案します。
西洋医学では「様子を見ましょう」としか対応できない症状や困りごとに、
打つ手があるのです。
しかし系統立てて解説されている書物は見当たらず、
私は漢方専門医の講演会(最近は主にWEBセミナー)を片っ端から視聴して、
役に立ちそうな情報をかき集め、
患者さんに還元してきました。
今回も題目のWEBセミナー(講師は鈴村水鳥Dr.)を視聴し、
日頃の疑問が氷解する素晴らしい内容でした。
例えば「夜なき」。
私は「泣き虫タイプには甘麦大棗湯、怒りんぼタイプには抑肝散」
を基本に、効果が今ひとつの場合は併用してきました。
ただ、併用でも無効の場合、次の一手がなくて困ることがありました。
今回の講演で大柴胡湯を併用して効果が期待できることを知りました。
ただ、ここまで必要な例では、発達障害の可能性も考慮する必要があり、
逆に言うと漢方の効き具合で発達障害を予見できるとのこと。
例えば「甘麦大棗湯」。
私は泣き虫タイプの夜泣きに処方することがほとんどで、
たまに心因性頻尿に、まれにパニックや過換気症候群の頓服用に処方することがある方剤でした。
今回の講演の中で、
「発達障害児はその特性のために繰り返し叱られ続けるが本人はなぜ叱られるのかわからない」
「その特性が失敗の繰り返しや生きづらさにつながる」
「その悲しみや寂しさが高じて怒りとなり癇癪を起こす」
「怒りの底にあるのは悲しみ・寂しさ」であるためにベース処方とする、
というコメントが心に刺さりました。
以前、川嶋浩一郎Dr.の講演で、
「できるだけ早期から多めの量を長期間服用させる」
と聞いたことがありましたが、その時はピンときませんでした。
今回の解説を聞いて、腑に落ちた次第です。
備忘録としてメモを書き留めておきます。
◆ 発達障害児への早期介入は二次障害を予防する
発達障害の特性
⇩
無理解・叱責 → 理解・サポート
⇩ ⇩
失敗・生きづらさ 生きやすさ
⇩
不安・ストレス・逃避
自己信頼感の低下
⇩
(二次障害)
うつ・不登校・適応障害
暴力・引きこもり
◆ 西洋医学が得意な病気、東洋医学が得意な病気
(西洋医学) ・・・中間・・・ (東洋医学)
・手術が必要な病気 アレルギー疾患 ウイルス感染症
・けいれん重積 発達障害 長引く咳嗽
・悪性腫瘍 慢性副鼻腔炎 反復性中耳炎の予防
・細菌感染症 ニキビ 検査で異常がない腹痛・頭痛
・外傷 てんかん 冷え性・虚弱体質
起立性調節障害 夜なき
不登校
便秘・胃腸虚弱
※ 発達障害に合併しやすい睡眠障害・偏食・便秘症・不登校なども漢方治療の対象となり得る。
◆ ASDとADHDのイメージ
(ASD)
・コミュニケーション障害
・限局された反復する様式の行動・興味・活動
(ADHD)
・多動
・衝動
・不注意
◆ 漢方薬は「困っている症状」に「今」処方できる
・ASD・ADHDとグレーゾーンの子どもたちが困っていること
✓ かんしゃく
✓ 爪かみ、チック
✓ 夜なき
✓ 偏食
✓ 多動
✓ 運動発達の遅れ
✓ 言葉の遅れ
・一部の愛着障害に対してもアプローチできる
✓ かんしゃく
✓ 易怒性
✓ 多動
◆ 家族歴・背景への配慮
・親自身も発達の問題を抱えているケースもある。
・育てにくさからマルトリートメントに結びつている場合がある。
・愛着障害・トラウマとは専門家でも鑑別が難しい。
・漢方治療では、母子同服(≒家族療法)という選択肢もある。
◆ 「困りごと」に対する漢方治療の有効性
(効果が高い)
・パニック・かんしゃく
・睡眠障害
・イライラ
・落ち着きのなさ
・怯え・怖がり
・初期のチック
・便秘などの消化器症状
(効果あり)
・社会性やコミュニケーション障害
・自傷行為
・偏食
・フラッシュバック・パニック
・月経前症候群
・言葉の遅れ
(効果が薄い)
・長期化したチック
・多動
・暴言・暴力
・成人例
◆ 乳幼児期の夜なき・かんしゃく・偏食
・低年齢では発達障害との鑑別がつきにくいこともあり、経過を見守るケースも多い。
(発達障害) → 睡眠障害 ・・・漢方薬が有効
(心身症・愛着障害) → 夜なき ・・・漢方薬が有効
◆ 発達障害児の場合は内服が長期に必要になるケースが多い
・睡眠障害としての夜泣きでは、単剤では無効・やめると再発傾向あり
(例)甘麦大棗湯あるいは抑肝散加陳皮半夏単剤 → 甘麦大棗湯+大柴胡去大黄湯
→ 漢方薬に対する反応性から発達障害の背景を考慮することもできる。
◆ ASD・ADHDに対する漢方治療報告例
・甘麦大棗湯(72)
・抑肝散(54)、抑肝散加陳皮半夏(83)
・大柴胡湯(8)、大柴胡去大黄湯
・柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
・黄連解毒湯(15)
・酸棗仁湯(103)
・四物湯(71)、十全大補湯(48)
◆ 発達障害の漢方治療のイメージ
(一階)睡眠の問題
(二階)胃腸の問題(小児は二余三不足)
(三階)癇癪・パニック
→ 土台となる睡眠の問題から手をつける。それが改善するとよい方向に進むことが多い。
◆ 年齢別問題と漢方治療におけるポイント
(乳児期)夜なき
(幼児期)睡眠障害、癇癪・こだわり、パニック、落ち着きのなさ
(学童期)対人トラブル、不登校
→ 乳児期〜学童期は、睡眠・胃腸をしっかり整える
心・肝の気を増やし流す(例:大柴胡去大黄湯、甘麦大棗湯、抑肝散加陳皮半夏)
(思春期)不登校、自傷行為、PMS
→ 補血を意識(例:四物湯、神田橋処方:四物湯+桂枝加芍薬湯)
◆ 発達障害児における身体所見のまとめ(自験19例)
(舌診)紅点(12/19)、舌尖紅(10/19) → 黄連・黄岑
(腹診)腹直筋攣急(18/19)、胸脇苦満(8/19)、心下痞鞕(4/19)、痒証(3/19)
→ 補脾剤、柴胡剤
◆ 東洋医学的こころの捉え方(山口英明Dr.)
1.怯え・不安状態(主に心神不寧証)
・心配性、不安、悲哀感、怖がり(ビクビク)など:存在が脅かされているような感情が主体
(処方)甘麦大棗湯(72)、帰脾湯(65)、酸棗仁湯(103)、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)
2.緊張・易変動状態(主に肝気鬱結証)
・緊張、不安、イライラ、ヒステリックなど:体の緊張が強く気分が変動しやすい
(処方)四逆散(35)、柴朴湯(96)、加味逍遥散(24)、香蘇散(70)
3.興奮・怒り状態(主に化火証)
・イライラ、怒りっぽい、落ち着きがない、焦燥感など:主に興奮的な症状が主体
(処方)黄連解毒湯(15)、三黄瀉心湯(113)
1+2 → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
2+3 → 大柴胡湯(8)、大柴胡去大黄湯
◆ ASD・ADHDの臨床像と漢方の証・処方
・癇癪、パニック、不機嫌、多動、衝動性、自傷行為、他害行為、易怒
→ 肝・心・気逆・化火
(処方)大柴胡湯(8)、大柴胡去大黄湯、黄連解毒湯(15)
・落ち着きのなさ、不安、自信のなさ、怯え
→ 心・胆・気虚・血虚・気うつ
(処方)甘麦大棗湯(72)、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、酸棗仁湯(103)、四物湯(71)
・過緊張・不機嫌・落ち着きのなさ・チック
→ 心・肝・気滞
(処方)大柴胡湯(8)、大柴胡去大黄湯、抑肝散(54)・抑肝散加陳皮半夏(83)
◆ 癇癪・パニック・睡眠障害などに対する処方の流れ
甘麦大棗湯+大柴胡去大黄湯で効果が不十分なとき
(改善しない) → 抑肝散加陳皮半夏(83)+大柴胡去大黄湯 → 黄連解毒湯(15)少量追加
(怯え・不安が強い) → 甘麦大棗湯(72)+柴胡加竜骨牡蛎湯(12) → 四物湯追加
【大柴胡湯(去大黄湯)】
構成:柴胡・芍薬・半夏・大棗・生姜・枳実・黄岑・(大黄)
・柴胡剤の中で、体力の充実したものに適用。季肋部の苦満感、肋骨弓下部に抵抗・圧痛(胸脇苦満)、腹部は堅く緊張している(廣瀬滋之Dr.)。
・小柴胡湯証にして、腹満拘攣し嘔劇しき者を治す(藤平健Dr.)。
・柴胡・芍薬・枳実が肝気欝血を改善し、黄岑で清熱。
【甘麦大棗湯】(72)
構成:小麦・大棗・甘草
・一次障害(対人関係、コミュニケーション、こだわり)の改善(岩間正文Dr.)
・一次障害の改善例は乳幼児に多く、5歳以前のできるだけ早期に開始すべき(川嶋浩一郎Dr.)。
・小麦蛋白にトリプトファンが含まれ、セロトニンやメラトニンの原料となる(川嶋浩一郎Dr.)。
・ASD児におけるセロトニン合成能発達のプロセスが阻害されているため、セロトニンの補充が有効。
【抑肝散(加陳皮半夏)】(54)(83)
・易刺激性・多動性の改善
・攻撃性・自傷行為・癇癪の軽減
◆ 小児発達障害児への漢方薬処方量
・病態が複雑な疾患、長期に続く症状に対しては通常の2倍量(0.4g/kg/日)が必要なことが多い。
・2剤併用処方(生薬の観点から)が多い;
(例)大柴胡去大黄湯に何を足すか?
+ ASDの低年齢・怯える様子あり → 小麦のセロトニン作用を期待して、甘麦大棗湯(72)
+ 不安感・怯える症状が強い → 竜骨・牡蛎の安神作用を期待して、柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
+ 癇癪・易怒作用が強い → 釣藤鈎・柴胡の作用を期待して、抑肝散加陳皮半夏(83)
+ 興奮作用が強い →黄連・黄岑の清熱作用を期待して、黄連解毒湯(15)
◆ 黄岑による肝機能障害
・8割が3ヶ月以内に起こり、特に50歳代の女性に多い。
・無症状のことも多く、定期採血や健診にてはじめて肝障害に気づくケースが50%強、後発時期は内服開始後3ヶ月以内。