漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

“メンタルの不調”に対する漢方

2023年04月30日 16時29分58秒 | 漢方
昨今、“メンタルがやられる”という表現が市民権を得て、よく耳にします。
でも、いろんな症状がこった混ぜ。例えば・・・

イライラ、興奮、怒りっぽい、神経過敏、不眠
動悸、焦燥感、集中力低下、情緒不安定

これらを漢方医学的では“気の異常”ととらえ、
以下のように分けられます。

(気虚)抑うつ、無気力、くよくよ悩む
(気滞)興奮、焦燥、不安、不眠、いらだち、動悸、めまい、のどのつかえ感、胸苦しい、腹部膨満感、気分が塞ぐ、抑うつ傾向
(気逆)不安、緊張、神経過敏、精神不安

う〜ん、谷川聖明Dr.のレクチャーのメモから起こしているのですが、
結構オーバーラップしますね。
整理しようとしたら、余計に混乱してしまいました。

以下のように書いてあります;

【気虚】
・体がだるい
・気力がない
・疲れやすい
・食欲不振
・他:精神活動の低下、内臓下垂、性欲の低下

【気滞】(=気鬱)
・抑うつ傾向
・のどのつかえ感
・胸の詰まり感
・頭重・頭冒感
・他:気分が晴れない、気が塞ぐ、気が滅入る、気が重い
 
【気逆】
・冷えのぼせ
・顔面紅潮
・動悸
・発作性の症状
・他:咳嗽、嘔吐、四肢の冷え

うん、こちらの方が整理されていてわかりやすい。
そして漢方医学では、これらの症状に対する生薬が用意されています。

▢ 気の異常に対応する基本生薬
気虚】人参、黄耆
気滞】蘇葉、厚朴
気逆】桂皮、黄連

これらの生薬を基本として、いろいろな組み合わせでいろいろな患者さんに対応します。
使い分けは、漢方医学理論である気血水、陰陽虚実寒熱、五臓論などを基に行います。
つまり、漢方を使いこなすには、複数の漢方理論を組み合わせる思考力が必要ということです。
この辺で、初級者は挫折してしまいます・・・。

気虚】の背景と方剤
① 気の消費:交感神経の緊張
・「気をつかう」「気を配る」など、社会や家庭内での緊張やストレス、生活習慣の乱れ、人間関係における葛藤などにより気が消費された状態。
・ストレスによる“”の機能亢進 → “”を痛める
・柴胡:肝の機能亢進を抑える、人参:痛めつけられた脾を補う
  → 補中益気湯:柴胡と人参を含み、補気薬の黄耆も入っている
② 気の消耗:不安・抑うつ
・精神活動を支配する“”の機能低下が生じると不眠や動悸、息切れなどを生じる。
・“心”の機能低下により“”の働きが衰え、食欲不振、倦怠感などが現れ、“心脾両虚”の病態に陥る。
 → 帰脾湯:人参・黄耆が含まれるほか、“心”の機能回復に働く龍眼肉・遠志・酸棗仁が配合されているため、不安・抑うつなどによる気の消耗を回復させる(低下してしまった精神活動のエネルギーを補充する)。
③ 気の生成不足:腎の衰え(=老化)
・“”の機能低下(腎虚)により“気”の生成が低下し、補腎剤で補う。
 → 八味地黄丸(7)(+人参湯)
・腎虚では気血両虚の病態を呈することが多い。
 → 四君子湯(補気薬)+四物湯(補血薬)
 → 十全大補湯(48)、人参養栄湯(108)

気滞】の背景と方剤
気滞は“気の流れが滞る”病態であり、その背景を探り患者さんのストーリーを描いて共感することが大切。
心の問題、体の問題、人間関係、元々の性分、大きなストレス、大きな事件、
家族の問題(夫婦・親子・兄弟・嫁姑など)、物理的な問題(住居・環境など)・・・
また、「どこに」「どのようなときに」停滞しているかよって、
対応する生薬・方剤が異なってくる。

(どこに?)
・頭が塞がったような感じ → 天麻 → 半夏白朮天麻湯(37)
・のどの詰まり → 半夏 → 半夏厚朴湯(16)
・胸の詰まり → 枳実 → 四逆散(35)
・心窩部の詰まり → 茯苓 → 茯苓飲(69)
・腹部全体の膨満感 → 厚朴 → 当帰湯(102)
・腹部全体の膨満感+便秘 → 大黄 → 大承気湯(133)

(どんなときに?)
・パニック障害(ストレス時にのどや胸の詰まり感) → 半夏厚朴湯(16)
・訴えが漠然としている(なんとなく具合が悪い、気持ちが落ち込む) → 香蘇散(70)

気逆】の背景と方剤
・本来の“気”の流れは、身体中心部から抹消へ、上半身から下半身へ。それが逆流する病態を“気逆”という。
・気逆の症状:動悸、咳嗽、顔面紅潮、嘔吐、四肢の冷え、など。
 → 交感神経の興奮が発作的に生じた場合
・ストレッサーが存在することが多い:物理的事象、心理的な問題、環境の問題(天候・気温・湿度などの変化)。
・背景因子として神経過敏、知覚過敏、人格的問題、発達障害や精神的問題などが存在することがある。

① 古典的気逆(=上衡)
桂皮+甘草に“気の上衡”を抑える作用がある
 → 苓桂朮甘湯(39)、桃核承気湯(61)、苓桂甘棗湯柴胡桂枝乾姜湯(11)、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)など。
★ 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)には桂皮が含有されるが、甘草が抜けているため上衡に対応せず、気逆より気滞に適応する。

② 五臓を背景とした気逆
“肝”の陽気が亢進した病態を“気逆”と捉えると、柴胡剤が適用される。
 → 加味逍遥散(24)、抑肝散(54)、抑肝散加陳皮半夏(83)

さて次に、同じ谷川聖明Dr.によるツムラのサイトにある動画のシェーマを引用し、上記の知識をもとに読み解いてみます。


気逆     → 不安・緊張  → 桂枝加竜骨牡蛎湯(26) 
気逆>気鬱  → 興奮・焦燥  → 抑肝散(54)、抑肝散加陳皮半夏(83)
気虚>気鬱  → 抑うつ・無力 → 加味逍遥散(24)

新たなキーワードとして「打ち解けにくい・打ち解けやすい」を挙げています。
気逆の要素のある方剤は「打ち解けにくいタイプ」、
気虚の要素のある方剤は「打ち解けやすいタイプ」
が合うというコメント。
実際の患者さんで観察してみたいと思います。


以前から抱いていた疑問が一つ、解けました。
「イライラ」「怒りっぽい」の漢方的解釈には、
「気の上衡」「気逆」「肝の亢進」と、
その本により玉虫色に表現されていて混乱したのですが、
「気の上衡」=「気逆」=「肝の亢進」
で、視点が違うだけですべて当てはまるのですね。

それから、抑肝散(54)と抑肝散加陳皮半夏(83)の使い分けのイメージが、
今ひとつハッキリしませんでした。

ある専門家は、嫁姑問題を例に挙げ、
初期は抑肝散(54)、長引いたら抑肝散加陳皮半夏(83)、
といい、またある専門家は、
姑が抑肝散(54)、嫁が抑肝散加陳皮半夏(83)
と使い分けると言いました。

・・・わかったような、わからないような?

ある専門家は、同じく嫁姑問題で、
勝っている方が抑肝散(54)、負けている方が抑肝散加陳皮半夏(83)
と使い分けると言いました。
上記3名の専門家の意見を」合体させると・・・
長引く嫁姑闘争で、
勝ち戦(だいたい姑)が抑肝散(54)、
負け戦(だいたい嫁)が抑肝散加陳皮半夏(83)
・・・うん、これならイメージできます。


谷川聖明Dr.は、心の不調を五臓論の“肝”と“心”で説明しているのが特徴です。
日本漢方では五臓論を重視しない傾向がありますが、
この理論を導入しないと、なかなか使い分けができません。


さて、「精神神経症状」とは別のレクチャー「神経症、精神不安」では“肝の失調”を扱う抑肝散系が消え、
半夏厚朴湯(16)が登場します。

この4処方も使い分けがイメージしにくいです。
はず、半夏厚朴湯(16)は“喉が塞がる”主訴を拾えば選択可能です。
加味帰脾湯(137)は“気血両虚”で身も心も疲れ果てて不眠状態になったときの方剤であり、
新見正則Dr.は「新型コロナ後遺症には加味帰脾湯を処方しておけば間違いない」
と断言しています。
すると、使い分けが難しい方剤として、桂枝加竜骨牡蛎湯(26)と柴胡加竜骨牡蛎湯(12)が残ります。
上の図では、実証で気滞が柴胡加竜骨牡蛎湯(12)、
虚証で気逆が桂枝加竜骨牡蛎湯(26)、
となっていますが、
柴胡加竜骨牡蛎湯(12)にも“肝の失調”由来の「いらだち」という気逆を匂わせるワードがあり、
迷う原因になっています。

大澤稔Dr.はこの二つの使い分けを以下のように示しています;
ドキドキ(不安)+イライラ(緊張) → 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
ドキドキ(不安)+ウツウツ(抑うつ) → 桂枝加竜骨牡蛎湯(26)
・・・なるほど、と私は大きく頷いたものの、
はて、気鬱の柴胡加竜骨牡蛎湯(12)と気逆の桂枝加竜骨牡蛎湯(26)、
イライラ・ウツウツが逆じゃないの? と突っ込みたくなります。



最後に、谷川聖明Dr.得意の“陰陽虚実”座標による使い分け表現を。
「精神神経症状」4処方
「神経症、精神不安」4処方
「咽頭・食道部に異物感を伴う不安神経症」3処方
という近似した処方を並べてみました。
見比べると興味深く、理解が深まりますね。
ただ、陰陽虚実の位置づけだけでは使い分けができないこともわかります。
さらなる使い分けには、今まで書いてきたことをすべて理解して駆使する必要があります。


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“陰陽・虚実・表裏”で使い分けるじんましん漢方

2023年04月27日 17時50分23秒 | 漢方
じんましんの患者さんに対して、
私はまず西洋医学の抗アレルギー薬を処方します。
今ひとつの場合は倍量投与するか、変更します。
抗アレルギー薬はたくさんあるのでよりどりみどり。
近年は、「眠気がなく効果が強いもの」が人気です。

なので、漢方薬の出番はあまりありません。
ただ、長期にわたり抗アレルギー薬を飲み続けている慢性じんま疹患者さんや、
他の基礎疾患で服用している薬との飲み合わせが悪く抗アレルギー薬を使えない患者さんに対しては、
希望があれば漢方薬を処方してきました。

私が処方したことのある漢方薬は、
十味敗毒湯(6)
茵蔯五苓散(117)
の2択。

今回、谷川聖明Dr.のミニレクチャーが参考になったので、
メモしておきます。

まずは“陰陽・虚実”による使い分け。
谷川聖明Dr.定番の座標にすると、

(ツムラ:MEDICAL SITE より)
となり、
あれ? 全部“陽実”に入っている・・・
まあ、体力の強さで、
大柴胡湯(8)>葛根湯(1)>十味敗毒湯(6)
と区別はできますが、これだと使い分けが今ひとつ不明瞭。

次に“表裏”による使い分け解説が出てきました。

(ツムラ:MEDICAL SITE より)
うん、これはわかりやすい。
発症からの病期(phase)により使い分ける方法です;

急性期 :葛根湯(1)
亜急性期:十味敗毒湯(6)
慢性期 :大柴胡湯(8)

さらに、使い分けのポイントを列挙し一覧表にまとめています。

(ツムラ:MEDICAL SITE より)

「陰陽虚実」「皮膚症状(発赤・腫脹・かゆみ)」「特徴」「胸脇苦満」「病期」等々。
この表が頭に入っていれば、使い分けできそうです。

でも、じんましんに使用する漢方薬の定番である、
茵蔯五苓散(117)と茵陳蒿湯(135)が出てきませんねえ。


<本ブログ内の参考記事>


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更年期障害の漢方治療(大野修司Dr.と谷川聖明Dr.)

2023年04月27日 08時22分06秒 | 漢方
前項の月経関連に対する漢方治療に引き続き、
更年期障害についても考えてみます。

私は小児科医なので、
患者さんから相談を受けることはまずないのですが、
月経異常とどのように使い方が違うのか、
興味があります。

今回も、
①大野修司Dr.
②谷川聖明Dr.
のショート・レクチャーを比較しながら読み解いてみたいと思います。

▢ 更年期障害の諸症状と漢方医学的捉え方
①②の先生ともに、大きく3つに分類しています。
・血管の拡張と放熱に関係する症状 → “血”の異常
(例)のぼせ、ほてり、ホットフラッシュなど
・精神症状 → “気”の異常
(例)気分の落ち込み、不眠、イライラ、情緒不安定など
・その他の様々な身体症状 → “水”の異常
(例)めまい、動悸、頭痛、冷え、間接の疼痛、肩こりなど

・・・更年期障害は漢方の気血水理論のすべてが関わってくる病態という捉え方であり、逆に言うと漢方薬が活躍できる分野とも言えます。

▢ 更年期障害の治療(①)
・生活習慣の改善
・心理療法
・ホルモン補充療法
・漢方薬
・向精神薬

・・・西洋医学では薬物療法はホルモン補充療法と向精神薬という、副作用も考慮しなければならない薬剤群です。その前に、ハードルの低い漢方薬を試す選択はアリ、と思います。

▢ 更年期障害に用いる漢方薬
(①)
当帰芍薬散(23)
加味逍遥散(24)
桂枝茯苓丸(25)
(②)
当帰芍薬散(23)
加味逍遥散(24)
桂枝茯苓丸(25)
温経湯(106)

・・・使用する方剤は共通しており、“婦人科三大漢方薬”と呼ばれるツムラ㉓㉔㉕が中心です。谷川聖明Dr.は温経湯を加えたラインナップ。
大野修司Dr.は、これらの方剤を“気血水”理論で解説していました。
一方、谷川聖明Dr.は気血水理論の他に、
“陰陽虚実”による使い分けを解説していました。
まずは、大野修司Dr.が提示した一覧表;

(ツムラ:MEDICAL SITE より)

この表、どの生薬がどの作用を担当するか、わかりやすいですね。

“血”の使用目標としては、
当帰芍薬散(23):血虚のみで瘀血はない
加味逍遥散(24):血虚≒瘀血
桂枝茯苓丸(25):血虚<瘀血
となります。

“水”の使用目標としては、3方剤のすべてに利水薬が入っているものの、
その数が異なるため、利水作用は、
当帰芍薬散(23)>加味逍遥散(24)>桂枝茯苓丸(25)
となります。

“気”の使用目標としては、
当帰芍薬散(23):(生薬含まず)
加味逍遥散(24):気滞・気虚
桂枝茯苓丸(25):気滞
となります。

気血水をまとめると、
当帰芍薬散(23):血虚・水毒
加味逍遥散(24):血虚≒瘀血・気虚・気滞・水毒
桂枝茯苓丸(25):瘀血>血虚・気滞・水毒
となります。

つまり、その患者さんが、
血虚と瘀血の要素がどれくらいの割合であるのか?
水毒がどの程度か?
気滞・気虚がどの程度か?
を考えることにより、自ずと処方が決まってくるというカラクリです。

次に、谷川聖明Dr.が示したわかりやすい座標;

(ツムラ:MEDICAL SITE より)

上記座標から、以下のような位置づけに書き換えられます;

(陽実) 桂枝茯苓丸(25)
 ⇩
(中庸)
 ⇩
(陽虚) 加味逍遥散(24)
 ⇩
(陰虚) 当帰芍薬散(23)
(さらに虚している)温経湯(106)

使い分けの表は基本的に大野修司Dr.と同じですが、
温経湯が加わっています。

(ツムラ:MEDICAL SITE より)

温経湯(106)は加味逍遥散(24)同様、気滞・気虚の生薬が含まれているのですね。

さらに使い分けのポイントとして、以下の表を提示しています。
「陰陽虚実」「腹力」「特徴」「桂皮」「気血水」が並んでおり、
この表が頭に入っていれば、使い分けに迷うことはなさそうです。

(ツムラ:MEDICAL SITE より)

そして谷川聖明Dr.の真骨頂は、レダーチャート。
各方剤について解説されています。

 当帰芍薬散(23)
(ツムラ:MEDICAL SITE より)

あれ?
当帰芍薬散(23)には気虚・気滞の生薬は入っていないはずなのに、
「気の異常も伴う」と突然出てきました・・・納得できない。

温経湯(106)
(ツムラ:MEDICAL SITE より)

・・・水毒を扱う生薬は麦門冬しか入っていませんが、
これは「津液不足」を補う滋潤剤です。
水毒は“水がたまっている”状態をイメージしていましたが、
谷川聖明Dr.は「水のアンバランス」という意味で用いているようです。

加味逍遥散(24)
(ツムラ:MEDICAL SITE より)

・・・加味逍遥散(24)は構成生薬とレダーチャートが一致していますね。

桂枝茯苓丸(25)
(ツムラ:MEDICAL SITE より)

・・・気の異常を担当する生薬は「気の上衡」を治する桂枝だけなのに、気逆・気滞・気虚のすべての作用があるのは言い過ぎでは? と思いました。


以上、大野修司Dr.と谷川聖明Dr.の更年期障害に用いる漢方薬を比較検討してみました。
理解が深まる一方で、「?」も生まれてしまいました。
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生理痛(月経困難症)の漢方治療(大野修司Dr.、谷川聖明Dr.)

2023年04月26日 07時28分43秒 | 漢方
月経関連の諸症状(月経痛・生理痛、月経前症候群、月経不順・生理不順など)は漢方薬の得意分野です。
日常生活に支障が出るほどの症状であれば、
まず西洋医学的に治療すべき病気が隠れていないかチェックが必要ですが、
それが否定された場合や、グレーゾーン(病気以前悩み以上)には漢方薬が力を発揮します。

漢方的には月経・生理は気血水理論の“血”のバランスで考えます。
血の流れが滞る“瘀血”(おけつ)、
血が不足する“血虚”(けっきょ)、
の二つに分類されます。

例えば、生理前の体調不良であるPMS(月経前症候群)は、
血液がたまった状態ですから“瘀血”、
生理中の体調不良である月経困難症(月経痛・生理痛)は、
血が体外へ出て足りなくなる状態ですから“血虚”がメインの病態です。

月経関連に使う漢方薬は、
有名な“婦人科三大漢方”として、
 当帰芍薬散(23)
 加味逍遥散(24)
 桂枝茯苓丸(25)
が有名です。
他にも、桃核承気湯(61)、温経湯(106)などが用いられます。

され、これらの薬の解説を読んでいると、
専門家により切り口が微妙に異なり、
また使用法もずれを感じることがあります。

今回、
①“気血水”で語る大野修司Dr.
②“陰陽虚実”で語る谷川聖明Dr.
の使い方を比較しながら紹介します。

▢ 月経困難症の漢方医学的捉え方
(①)瘀血・血虚・水毒・気逆・気鬱・・・なかでも瘀血・血虚・水毒が重要
(②)陰陽虚実・・・なかでも陽実と陰虚が重要

▢ “瘀血”の所見(①)
・冷え症
・目の周りのクマ
・皮膚の荒れ
・シミやソバカス
・皮下出血を起こしやすい
・口唇と歯肉の暗赤色化
・クモ状毛細血管
・月経異常
・痔疾
・疼痛(局所)

▢ “瘀血”の症状(①)
・歯茎の色が悪い
・唇の色が悪い
・黒ずみ
・肌荒れ
・目の隈
・シミが増えた

・・・血液の流れが滞ってうっ滞して黒ずんだ色になるイメージですね。

▢ “血虚”の所見(①)
・皮膚や唇の乾燥と荒れ
・脱毛
・爪の変形、爪が割れやすい
・傷が治りにくい
・集中力低下
・イライラ、不眠
・月経不順/無月経
・冷え症
・こむら返り(筋けいれん)
・舌に亀裂がある
・かすみ目

▢ “血虚”の症状(①)
・イライラする
・唇が乾く
・爪が割れる
・ささくれる
・毛が抜ける
・化粧ののりが悪い

・・・血液・栄養が末梢まで行き渡らないイメージです。

▢ “水毒”の症状(①)
・むくみ(浮腫)
・車酔い、悪酔い、嘔吐、下痢しやすい
・めまい、耳鳴り、頭痛が多い
・冷え症が多い
・症状が季節と天気で増悪する

・・・水や湿気が体にたまりがちというイメージです。

▢ 駆瘀血薬の気血水対応(①)
・当帰芍薬散(23):血虚と水毒に対応
・桂枝茯苓丸(25):瘀血に対応
・桃核承気湯(61):瘀血に対応

▢ 駆瘀血薬の気血水対応(②)
・温経湯(106):血虚・瘀血・津液の減少
・当帰芍薬散(23):血虚・瘀血・水毒
・桂枝茯苓丸(25):瘀血
・桃核承気湯(61):気逆・瘀血

・・・ここだけ見ても、ちょっと解説にずれがあります。
大野Dr.は極力シンプルに記載しますが、これだけでは桂枝茯苓丸(25)と桃核承気湯(61)の使い分けがわかりません。
一方の谷川Dr.は、“血の異常”以外の薬効を列挙し、よりイメージしやすくなっていると思います。

▢ 駆瘀血薬の使い分け(月経異常の他の症状)(①)
・当帰芍薬散(23):血色不良で貧血様症候、疲れやすく冷え症の方に
・桂枝茯苓丸(25):冷えのぼせを訴える方の月経異常、頭痛、肩こりなど
・桃核承気湯(61):便秘や精神神経症状のある方に

▢ “陰陽虚実”座標で考える駆瘀血薬(②)
(陽実) 桃核承気湯(61)
 ⇩  桂枝茯苓丸(25)
(中庸)
 ⇩  当帰芍薬散(23)
(陰虚) 温経湯(106)


(ツムラ:medical site より)
▢ 駆瘀血薬の構成生薬と虚実(②)
実証に用いられる生薬:桃仁、牡丹皮
  → 桃核承気湯(61)、桂枝茯苓丸(25)
虚証に用いられる生薬:当帰、川芎
  → 当帰芍薬散(23)、温経湯(106)

▢ 駆瘀血薬の構成生薬としての桂枝(②)
・桂枝は「気の上衡を治す」生薬であり、「のぼせ」に効く。
・桃核承気湯(61)、桂枝茯苓丸(25)、温経湯(106)に含まれる。
・当帰芍薬散(23)には含まれないので「のぼせ」症状には効かない。

<追記>
参考に「更年期障害の漢方」で出てきた谷川聖明Dr.の座標も提示します。
月経困難症の座標と比較してみると興味深いです;

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Long-COIVD(コロナ後遺症)に対する漢方 〜3名の漢方専門医の処方比較〜

2023年04月24日 13時49分23秒 | 漢方
少し前に、①平畑先生、②渡辺賢治先生によるLong-COVIDに対する漢方治療についてメモ書きしました。
しかし漢方専門家により、薬の使い方が微妙に異なることは多々あります。

今回は以下の書籍の、同じ項目について3つを比較して、共通するポイントをあぶり出してみたいと思います。

フローチャートコロナ後遺症漢方薬(高尾昌樹、新見政則、和田健太朗、新興医学出版社、2022年発行)

全体を眺めた印象では、
 亜急性期 → 柴胡剤
 慢性期  → 補剤
というラインナップですね。

<味覚・嗅覚障害>

① 平畑先生
(陰証)当帰芍薬散

② 渡辺賢治先生
(発症後2ヶ月まで)葛根湯/葛根湯加川芎辛夷、
 麻黄附子細辛湯(2週間以上継続では桂枝湯と併用:桂姜棗草黄辛附湯)、
 小柴胡湯/小柴胡湯加桔梗石膏、柴胡桂枝湯
(発症後2ヶ月以降)補中益気湯、十全大補湯、四君子湯/六君子湯、
 柴胡加竜骨牡蛎湯/桂枝加竜骨牡蛎湯、加味逍遥散、当帰芍薬散

③ 和田健太朗先生
(味覚障害)麦門冬湯、香蘇散、小柴胡湯加桔梗石膏
(嗅覚障害)当帰芍薬散、人参養栄湯、加味帰脾湯

・・・3者で共通するエキス剤は、なんと当帰芍薬散1つのみです。
 これほど異なるとは思いませんでした。

 ①+②+③:当帰芍薬散
 ②+③:小柴胡湯加桔梗石膏

<咳・呼吸困難>

① 平畑先生
(陽証)柴朴湯、柴陥湯
(陰証)半夏厚朴湯、当帰湯、六君子湯

② 渡辺賢治先生
(急性期・亜急性期)小柴胡湯、柴胡桂枝湯
(亜急性期・慢性期)麦門冬湯、麻杏薏甘湯、清肺湯、竹筎温胆湯
 +全身状態(疲労倦怠、体重減少、筋量の低下)を評価して補剤を追加。
 補中益気湯、十全大補湯、人参栄養湯
(慢性期)補中益気湯、人参養栄湯、四君子湯/六君子湯
 +麦門冬湯、清肺湯

③ 和田健太朗先生
(咳)麦門冬湯+柴胡桂枝湯(or 麻杏甘石湯)、
 滋陰降火湯+竹茹温胆湯(or 清肺湯)、人参養栄湯
(呼吸困難)半夏厚朴湯、柴朴湯

・・・咳と呼吸困難に関しては、なんと3者共通のエキス剤はゼロです。
驚きました。
初学者が混乱するから、ある程度統一してほしいものです。

 ①+③:柴朴湯、半夏厚朴湯
 ②+③:麦門冬湯、清肺湯、人参養栄湯

<倦怠感・ブレインフォグ>

① 平畑先生
(倦怠感)
・陽証の場合は、柴胡剤+駆瘀血剤が基本
(陽証:柴胡剤)大柴胡湯、柴胡加竜骨牡蠣湯、四逆散、柴朴湯、柴陥湯、
 柴苓湯、抑肝散、柴胡桂枝湯、柴胡桂枝乾姜湯、加味帰脾湯、抑肝散加陳皮半夏
(陽証:駆瘀血剤)桃核承気湯、桂枝茯苓丸、桂枝茯苓丸加薏苡仁、
 大黄牡丹皮湯、腸癰湯、疎経活血湯、当帰芍薬散
(陽証:柴胡含有駆瘀血剤)加味逍遙散:
(陰証)十全大補湯、人参養栄湯
(ブレインフォグ)
(陽証)温清飲
(陰証)四物湯、人参養栄湯

② 渡辺賢治先生
(倦怠感)補中益気湯、十全大補湯、人参養栄湯
(自律神経異常:腹部動悸)柴胡加竜骨牡蛎湯、桂枝加竜骨牡蛎湯、抑肝散、抑肝散加陳皮半夏

③ 新見正則先生
補中益気湯、人参養栄湯、加味帰脾湯

・・・倦怠感については、まあ一般的にもよくある症状のためか、
3者共通のエキス剤が存在しました。
 ①+②+③:人参養栄湯
 ①+②:十全大補湯
 ①+③:加味帰脾湯
 ②+③:補中益気湯


以上、3名の漢方専門医が long-covid に対して使用している漢方薬を比較してみましたが、
これほどバラバラであるとは思ってもいませんでした。

まず、選択するポイントが異なります。
① 平畑先生は陰陽を重視、
② 渡辺先生は phase を重視、
③ 新見先生は順番を重視、
といった具合です。

印象的だったのは、新見正則先生が、
「どんな後遺症にも迷わず加味帰脾湯を処方すべし」
と巻頭言に書いてあったこと。
なんだか「とりあえずビール!」的な言い回し。

加味帰脾湯は“参耆剤”といって疲れを癒やす効果と、
“柴胡剤”といって炎症を抑える性質を併せ持ちます。
さらに“心の疲れ”に対しても有効で、不眠症にも用いられる方剤です。
つまり、「身も心も疲れ果てた状態」に効く漢方なのですね。

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トリイ先生のニキビ漢方

2023年04月19日 07時48分44秒 | 漢方
私は小児科医ですが、
希望があれば思春期のニキビも治療しています。
基本は外用療法と漢方の併用です。

外用療法(3つを併用)
 ディフェリン®ゲル
 アクアチムクリーム
 保湿剤

漢方薬(証とphaseにより使い分け)
 清上防風湯(58)
 荊芥連翹湯(50)
 桂枝茯苓丸加薏苡仁(125)
 十味敗毒湯(6)

さらに「よりよい方法はないか」と模索中に出会った本、

▢ 「ニキビは皮膚科で治す」(鳥居靖史著、2022年発行、現代書林)

今回はこちらの書籍を読んでみました。
鳥居先生は、2008年以降に登場した4種類の「面疱治療薬」を使い分け、
補助的に漢方薬を併用して治療成績をあげている方です。

漢方薬の使い方が一部参考になりましたので、
メモしておきます。

<鳥居先生の治療方針>
(治療開始時)十味敗毒湯で面疱治療薬の刺激症状を緩和。
(炎症遷延時)荊芥連翹湯へ変更
(生理で悪化)桂枝茯苓丸加薏苡仁へ変更

十味敗毒湯
・皮膚の赤味やかゆみを軽減させる。
・腫れや化膿を抑える。
面疱治療薬の副作用(刺激症状)を軽減する効果が期待できるので治療初期に併用。
・桜皮(オウヒ)という生薬が含まれている製剤と、桜皮の代わりに撲樕(ボクソク)が含まれている製剤があり、男性のニキビには後者の方が効果的。

荊芥連翹湯
・尋常性痤瘡治療ガイドライン2017で推奨度C(選択肢の一つとして推奨)
・抗菌作用があるため、抗菌薬アレルギーの患者さんにも使用可能、さらに抗菌薬との併用で相乗効果が期待できる。
・炎症が起きているニキビだけでなく、白ニキビや黒にきびにも有効。
・ニキビ跡を残りにくくする効果があり、膿を持つニキビが多い患者さんに。
・炎症の強いニキビがたくさんある患者さんで、抗菌薬を3ヶ月(※)飲んでも炎症が残っている場合に使用する。
※ 抗菌薬を長期に服用すると耐性菌が生じるリスクが高くなり、漢方薬の助けを借りる。

桂枝茯苓丸加薏苡仁
・生理前にニキビが悪化する女性に。
・血液の巡りをよくしてニキビやシミを改善する効果あり。


私は小児科なので思春期のニキビの相談が多いため、
治療初期には清上防風湯(58)を処方することが多いです。
ただ、清上防風湯と荊芥連翹湯はとても苦いのが難点。

その味を受けつけない患者さんには、十味敗毒湯を処方してます。
十味敗毒湯は苦い2剤と比べると飲みやすい味で、
なんと錠剤も用意されていますので、受け入れてもらえることが多いです。
この十味敗毒湯に「面疱治療薬の初期の刺激症状を軽減する」効果があるとは・・・初耳です。

荊芥連翹湯はアレルギー体質改善作用もあり、
「あの漢方を始めてからニキビとアレルギー性鼻炎(鼻づまり)がよくなりました」
と教えてくれる患者さんもいます。

また、桂枝茯苓丸加薏苡仁のベースは桂枝茯苓丸という生理周辺の体調不良用の薬であり、
これを飲んでいる患者さんから、
「あの漢方を飲んでいるとニキビだけでなく生理痛が軽くなりました」
という声を聞くこともあります。

これらは西洋医学では期待できない、
漢方独特の効果の出方ですね。

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