漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

江部先生、「糖質制限は危ない」って本当ですか?

2016年11月15日 08時55分46秒 | 養生
江部康二著、洋泉社、2015年発行。



分野違いかと思われる方もいらっしゃるでしょうが、糖質制限はいずれ子どもの食育にも導入されていくと考えられ、このブログに入れました。

さて、私が「糖質制限」をはじめてから約1年が経過しました。
子ども向けに何かよい栄養指導法はないものかと探していたときに目に留まり、「悪くなさそうだ、とりあえず自分ではじめてみよう」程度のきっかけです。

体調はというと・・・体重は少し増えました(^^;)。
疲れやすさはやや軽減。
血液検査ではHbA1cの数値が改善しました!
体重が増えたにもかかわらず、HbA1cが低下したということは、体の組成が脂肪→ 筋肉へ変化したということですかね。
脂肪の摂取量は増えているはずなのに不思議です。

ただ、糖質制限食を実行する中で、漠然とした疑問がフツフツと湧いてきました;

1.体脂肪になるのは油(脂質)ではなく糖質(炭水化物)というのは本当か。
2.必然的に高脂肪食になるが、高脂血症が問題にならないのか。
3.脳の活動にはブドウ糖が必要とされており、糖質制限は脳活動を低下させるのではないか。
4.糖質制限に反対する人たちは「ボーッとして頭の回転が鈍る」と訴えるが、これはどういうことか。
5.糖質制限食は安全性が数年間しか保障されていないとされてきたが、現状はどうか。

等々。

さて、本書は「糖質制限」の第一人者による解説本です。
一般向けというより、疑問を持っている医療関係者向けレベルの内容です。

江部先生は、糖尿病学会の主流派ではなくアウトサイダーです。
まず、
・血糖値を直接上げるのは糖質だけである
・脳はブドウ糖だけでなくケトン体も利用できる

という、世界的にはごく基本的な生理学的知識が日本の医療関係者に根付いていないことを嘆いています。

え? 
そう理解している医師はむしろ少数派では?
日本の医学会では、戦後何十年にもわたって「脂肪代わり、炭水化物は悪くない」ということが常識になっていて、これを誰もが信じ込んでしまい、疑う人はほとんどいませんでした。
この結果「糖質60%、たんぱく質20%、脂質20%」という比率の食事が糖尿病食の常識として指導され続けてきました。

・・・わたしも昨年まではその一人でした(^^;)。
近年、糖質代謝に関して新しいエビデンスが続々と公表されています。医師自身も知識・情報をアップデートする必要がありますね。

先日、NHKで「血糖値スパイクが危ない」という番組が放映されましたが、そのネタ本にさえ思えてきました。
この番組は「糖尿病と診断されなくても食後高血糖がいろいろな病気の原因になり得る」という内容でしたが、気になったのが「血糖値スパイクを認める患者はインスリン過剰である」とコメントされたこと。このメカニズムの説明が不十分だったのが残念です。
その後、やはりNHKのあさイチの「血糖値スペシャル」(2016.11.16)で説明していました。
間食を頻回にしていると、その都度インスリンが分泌されてしまい、メインの食事の際に分泌すべき量が確保できずに不十分になりがちで、その結果として血糖値スパイクが発生する、とのこと。

なるほど。

本書では血糖値スパイクをグルコーススパイク(食後高血糖)と呼び国際糖尿病連合による「食後高血糖の管理に関するガイドライン」から引用しています。
そこには「グルコーススパイクは、糖尿病合併症、がん、動脈硬化をはじめとする様々な疾患のリスクになる」ことがはっきりと述べられており、酸化ストレス(活性酸素の発生)リスクとなるのは以下の順です;
① 平均血糖変動幅の増大
② 食後高血糖
③ 空腹時高血糖
・・・日本の健康診断でチェックしているのは③だけなのが現状です。

読了して、感じたこと。
・日本の医学教育には「栄養学」が欠如している。
・日本人が弥生時代にコメを作り始め、主食にしたのは誤った選択だったかもしれない。
・糖尿病治療食は、はじめは血糖の元を減らす「糖質制限食」だったが、インスリンを治療として使うようになってから糖質を取らないと低血糖になってしまうため「カロリー制限食」「バランス栄養食」へ変化するという本末転倒の経緯。
・米国糖尿病学会(ADA)はエビデンスに基づき糖質制限食を再認識しガイドラインにも取り入れているが、日本の学会は動きが鈍く一部の権威筋が頑なに導入を拒んでいる。
等々。

そして、この本は私の疑問のいくつかに答えてくれています。

1.インスリンは血液中のブドウ糖を筋肉や肝臓や脂肪細胞に取り込ませて血糖値を下げるよう働きます。さらにインスリンは余った血糖を専ら脂肪細胞に取り込ませて中性脂肪にして蓄えさせる働きがあります(このためインスリンは「肥満ホルモン」とも呼ばれています)。

2.人間の体は食事で脂質をたくさん摂れば、それだけ血中の脂質の状況が悪くなる、といった単純なシステムにはなっていません。食事で摂った脂質はそのまま中性脂肪として血中に残り続けるのではなく,ほとんどが一旦脂肪酸とグリセロールに分解されます。蓄えられるのはエネルギーとして利用されなかった余剰分だけであり、血中の中性脂肪を増やしてしまうのは糖質の取りすぎによるものです。

3.糖質量の少ない食事を摂り続けても、肝臓が糖新生を行うので低血糖を起こしません。脳はブドウ糖だけではなくケトン体もエネルギーとして利用できますので、まったく心配いりません。

4.(「ガッテン」より)糖質制限食をはじめる人は、主食だけ抜くという方法に陥りやすい。すると摂取総カロリーが足らなくなるためフラフラしたりボーッとしたりという症状につながります。ご飯を食べない分を他のもので補う必要があるのです。

5.2006年の「ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディスン」に掲載された報告;
 82802人を20年間追跡した研究において、「炭水化物摂取比率が最も少ないグループでは冠動脈疾患のリスクは無く、炭水化物摂取比率が多いことが冠動脈疾患リスク増加に関連している」



**********メモ/備忘録**********

□ 米国糖尿病学会(ADA)の見解
・2008年:糖質制限食の肥満解消効果と血糖改善効果については最も高いエビデンスレベルAで認め、安全性についても1年間の実践を保障。
・2011年:有益性の保障を2年に延長
・2013年:すべての糖尿病患者に適した唯一無二の食事パターンは存在しないと明言し、患者ごとに様々な食事パターン(地中海食、ベジタリアン食、糖質制限食、低脂肪食、DASH食)が受容可能〜つまり有益性の保障制限を撤廃して正式に糖質制限食を受容した。
※ ADAが低炭水化物食(=糖質制限食)と定義しているのは「1日糖質量130g以内の食事」
※ 著者が推奨している糖尿病治療食は「1日糖質量30〜60g」(スーパー糖質制限食)。

・・・一方の日本では・・・
 2012年7月27日の読売新聞で、日本糖尿病学会理事長の門脇孝氏(東京大学教授)は以下のようにコメント;
 「炭水化物を総摂取カロリーの40%未満に抑える極端な糖質制限食は、脂質やたんぱく質の過剰摂取につながることが多い。短期的にはケトン血症や脱水、長期的には腎症、心筋梗塞、脳卒中、発がんなどの危険性を高める恐れがある」
※ 日本において推奨されている「糖尿病食」は、糖質60%、たんぱく質20%、脂質20%です。

□ 人間の体のエネルギー産生システムは2つ存在する。
1.ブドウ糖ーグリコーゲンシステム
2.脂肪酸ーケトン体システム
そしてメインシステムは2であり、1はサブシステム。

人間のエネルギー供給源の時間経過は、
・食後2時間まで:食事由来の糖質を分解して得られる血液中のブドウ糖を利用
・生後数時間まで:肝臓のグリコーゲン分解によるブドウ糖
・食後数時間以降:糖新生へ切り替わる。
 糖新生とはアミノ酸や中性脂肪の分解物であるグリセロール、ブドウ糖の代謝物である乳酸などから造られるブドウ糖を血液中に放出してエネルギー源とするもの、つまり糖新生には糖質は必須ではなく、人間の体は糖質以外からブドウ糖を生み出すことができる。
※ 糖新生には3つのプロセスが存在;
①脂肪組織→ グリセロール(中性脂肪の分解物)→ 肝臓→ 糖新生→ 筋肉及び脂肪組織
②筋肉→ アミノ酸→ 肝臓→ 糖新生→ 筋肉及び脂肪組織
③ブドウ糖代謝→ 乳酸→ 肝臓→ 糖新生→ 筋肉及び脂肪組織

聞き慣れない2は、食事や体脂肪の中性脂肪を分解して得られる脂肪酸と、脂肪酸をさらに分解して得られるアセチルCoAから造られるケトン体をエネルギー源とするもの。
ケトン体は脂肪酸の分解・合成によって得られる物質で、β-ヒドロキシ酪酸、アセト酢酸、アセトンの3つを総称した名称。ケトン体は、肝臓の細胞内で「脂肪酸→ β-酸化→ アセチルCoA→ ケトン体」という経路で日常的に造られ、肝臓以外の臓器にエネルギー源として供給されている。こうしてケトン体は、細胞のミトコンドリアでエネルギー源として利用されている。

ふだんの食事で糖質を大量に摂取している人であっても、日常生活の中でエネルギー源としてブドウ糖を利用している時間よりも、ケトン体を利用している時間の方が長い。食後3〜4時間までは真菌や骨格筋の主たるエネルギー源はブドウ糖だが、それ以降は主たるエネルギー源はケトン体に切り替わる。睡眠時や日中の空腹時は、心筋や骨格筋はケトン体や脂肪酸をエネルギー源として使っている。
体内においては脂肪酸とケトン体は中性脂肪の形で蓄積され(9万キロカロリー)、ブドウ糖はグリコーゲンの形で蓄積されている(1000キロカロリー)。その比率からいうと、人間の主なエネルギー源は脂肪であり、グリコーゲンは激しい運動の際に使われる非常用のエネルギー源と考えられる。

□ 2005年に厚生労働省と農林水産省が合同で策定した「食事バランスガイド」はバランスが悪い。
これは日本人の平均的な食事を調査して作成したモノであり、バランスの取れた食事を科学的に究明し、その結果を示しているのではない。あくまでも、日本人の日常的な食事の平均値を提示しているにすぎない。

□ 食べた油・脂の行方・・・血液中には残らない?
食物として脂質が摂取されると、小腸上皮から吸収される。
→ 食物中の脂質はほとんど中性脂肪であるが、小腸でグリセロールと脂肪酸に分解される
→ 吸収されると再び中性脂肪に再合成され集合する(キロミクロン・・・中性脂肪が積み荷)
→ キロミクロンはリンパ液に瞬時に入り、リンパ管に拡散し、他の場所へ輸送される。キロミクロンは胸管を上行し鎖骨下静脈内に移行する
→ 鎖骨下静脈に入ったキロミクロンのほとんどは、肝臓、あるいは脂肪組織・筋肉組織などの毛細血管を通る際に、毛細血管壁にあるリポタンパクリパーゼにより、その積み荷の中性脂肪は、脂肪酸とグリセロールに分解され、その分、中性脂肪は血液中から取り除かれる
→ 脂肪酸は筋肉細胞などでエネルギー源として利用される

□ 糖質が中性脂肪となって脂肪細胞に蓄積されるメカニズム(「糖尿病治療のための糖質制限パーフェクトガイド」より)
単純ではなく4つのプロセスが存在します;

1.糖質摂取で血糖値上昇
→ インスリンの追加分泌
→ 脂肪細胞表面にグルット4浮上
→ 脂肪細胞が血糖を取り込んで中性脂肪に合成して蓄積

2.糖質摂取で血糖値上昇
→ インスリンの追加分泌
→ 脂肪細胞表面にグルット4(※ 1)浮上
→ 筋肉細胞が血糖を取り込んでエネルギーとして利用しグリコーゲンとして蓄積する
→ 血糖値が下がる
→ 余剰の血糖は脂肪細胞が取り込んで中性脂肪に合成して蓄積

3.糖質摂取でインスリンが追加分泌
→ 脂肪細胞の毛細血管のリポタンパクリパーゼが活性化(筋肉細胞の毛細血管とは逆の現象)
→ 血中の中性脂肪を脂肪組織の毛細血管で脂肪酸とグリセロールに分解
→ 脂肪酸は脂肪細胞に取り込まれ中性脂肪になる

4.糖質摂取で血糖値上昇
→ 肝臓が血糖の約50%を取り込んでグリコーゲンとして蓄積
→ 余ったブドウ糖は中性脂肪として合成
→ 肝臓の中性脂肪が増加すれば血中VLDL増加

※ 1)グルット4:糖輸送体(Glucose Transporter)。細胞がブドウ糖を取り込むための特別なたんぱく質で、現時点で14種類確認されている。グルット4は筋肉細胞と脂肪細胞だけに存在。

□ 高脂質食は心臓病のリスクにならない
2006年ニューイングランドジャーナルオブメディスンに掲載された「ナース・ヘルス・スタディ」「ナース・ヘルス・スタディII」が看護師8万人以上を対象に三大栄養素の摂取比率別にグループ分けを行い、冠動脈疾患などの疾病発生率を20年にわたって追跡調査して解析している。
・炭水化物比率が低く脂質とたんぱく質比率が高いグループと、最も高炭水化物食のグループとでは、冠動脈疾患発症率に有意な差がなかった。
・総炭水化物摂取量は、冠動脈疾患リスクの中程度増加と有意な関連があった。
・高グリセミック・ロード(Glycemic Load, GL)食の摂取は冠動脈疾患リスク増加と強く関連していた。
→ 高脂質・高たんぱく食は冠動脈疾患のリスクを上昇させず、糖質摂取量が多いと上昇する

□ 人類に糖尿病が増えてきた根本要因
毎日、糖質の頻回・過剰摂取
→ 毎日、インスリンの頻回・大量分泌
→ 数十年間のインスリンの頻回・大量分泌
→ 膵臓のβ-細胞が酷使されて疲弊し、分泌能力低下、ついに糖尿病発症

□ 糖質制限でイライラする人は「糖質依存症」疑い
糖質はタバコやお酒と同じように一種の嗜好品であり、依存症が起こりえる。
人間の体は血糖値が上昇すると多幸感が得られ、インスリン分泌によってそれが急激に下がると、眠気や不安感が現れやすくなる。

□ コレステロールは悪者ではない?
・脳の乾燥重量の65%が脂質であり、その半分がリン脂質、1/4がコレステロール、1/4が糖脂質からなり、コレステロールは人間の脳にとって重要な構成成分である。
・コレステロールは生体のあらゆる細胞膜を造るのに不可欠であり、男性/女性ホルモンの構成成分でもある。
・LDL(Low Density Lipoprotein)はコレステロールを末梢組織の細胞に届ける働きをしており、HDL(High Density Lipoprotein)は末梢で余ったコレステロールを回収して肝臓に運ぶ。つまり、LDLは末梢の細胞が細胞膜をつくるための材料を運ぶ重要な役割を果たしており、一方のHDLは血中のコレステロールの余剰を減少させる働きをしており、血中の脂質状況を改善していることになる。したがって、LDLもHDLも人体にとって不可欠のものであり、HDLを善玉コレステロールと呼ぶのはよいが、LDLを悪玉扱いするのは不当と言わざるを得ない。
・2007年の日本動脈硬化学会で出されたガイドラインから、総コレステロール値が脂質異常症の診断基準から外された。理由は「総コレステロールの高値と心筋梗塞とは無関係」という研究が発表されたためで、現在の医学界は「総コレステロール値が高いだけでは動脈硬化にならない」という見解である。

□ LDLコレステロールはなぜ悪玉扱いされるのか?
その理由はLDLコレステロールの中の一部に危険なものがあるからで、それが小粒子LDLコレステロール。
小粒子LDLコレステロールは酸化コレステロールに変わりやすい。酸化コレステロールは血液中でマクロファージにより異物とみなされて取り込まれ、血管内皮細胞の内部に蓄積される。これが動脈硬化の原因となり、心筋梗塞などのリスクになる。
高雄病院の患者データでは、糖質制限食を実践していると中性脂肪は正常値になり、HDLコレステロールが増え、LDLコレステロールは低下・不変・上昇と3パターンがみられ個人差が大きいが、数年以内に正常値に落ち着いている。

□ 2010年後半、日本において「コレステロール論争」勃発
・日本動脈硬化学会作成ガイドライン(2007年):コレステロールは低ければ低いほどよい
・日本脂質栄養学会作成ガイドライン(2010年):コレステロールは高い方が長生きする
・・・どちらが正しい?
→ 過去には「LDLコレステロール高値は心筋梗塞のリスクになる」というエビデンスが蓄積されたかに見えていたことがあったが、一方で製薬企業によるエビデンスの不正問題などがあり、2004年以降、このエビデンスの再検討が必要と考えられるようになった。
 米国農務省と米国保健福祉省は2015年、コレステロールを多く含む食品の摂取制限に関する文言が「米国人のための食生活指針」(米国人の栄養に関する政府ガイドライン)の草案から削除されることを明らかにした。
 これまでコレステロールの過剰摂取によりプラークが動脈に蓄積し、心臓発作や脳卒中のリスクが高まると考えられてきたが、食事から摂取するコレステロールと血清コレステロールの間に明確な関連を示す証拠がないとして、2015年のあらたな米国政府ガイドラインではコレステロール摂取の上限値が撤廃される可能性が出てきたのである。

□ 糖質制限食における「あぶら」の摂り方
・揚げ物は(糖質量が意外と少ないので)食べても大丈夫。唐揚げなら一人前で使うコム具この量は約5g、てんぷらなら衣に使う小麦粉は約10g。
・スナック菓子/ジャンクフードはNG。ポテトチップスは糖質と脂質の塊で、一袋食べたとしたら50〜100gの糖質を食べることになってしまう。
・理想を言えば、料理に使用する油は健康によいオリーブオイルなどの一価不飽和脂肪酸を中心にしたいところ。ほかには魚油に含まれるEPA/DHA(→ ω-3グループの必須脂肪酸)、エゴマ油/紫蘇油(α-リノレン酸)もよい。

□ アメリカでの糖尿病治療の歴史
・1900年代初期までは糖尿病食として糖質制限食が主流であった。尿糖(血糖値が170〜180mg/dl以上で陽性)が出ない食事療法として糖質制限食が採用されていた。この頃のI型糖尿病は、診断後平均余命6ヶ月の致死的な病気であった。
・糖尿病学の父と呼ばれるエリオット・ジョスリン医師による「ジョスリン糖尿病学」(1916年出版)には「炭水化物は総摂取カロリーの20%が標準」と記載されている。
・1921年、カナダの医師フレデリック・バンディングと医学生チャールズ・ベストがインスリンの抽出に成功し、治療に導入されて糖質摂取が可能となり、以降アメリカの糖尿病患者の糖質接種量は徐々に増えていった。

□ ADAが推奨する糖尿病食の変遷
(1950年)炭水化物30%
(1971年)炭水化物45%
(1986年)炭水化物60%
(1994年)炭水化物、脂質の規定がなくなり、総摂取カロリーに対してたんぱく質10〜20%。地中海食(オリーブオイルたっぷり)が選択しに加わる。
※ ADAでは2007年までは「炭水化物を130g以下に制限することは推奨できない」と明記していた。
(2008年)大幅な方向転換:減量が望まれる糖尿病患者には、低カロリー食または低炭水化物によるダイエットが強く推奨される糖質制限食の有益期間は1年間まで保証。
(2011年)糖質制限食の有益期間を2年間に延長。
(2012年)抵糖質食で血糖管理とインスリン感受性が改善、HDLコレステロールの有意な改善
(2013年)すべての糖尿病患者に適した唯一無二の食事パターンは存在しない(糖質制限食も正式に認められた)。

□ ヨーロッパにおける糖尿病食の変遷
(1993年) New England Journal of Medicine にDCCT(Diabetes Control and Complications Trial)において糖質管理食(カーボカウント)が成功をおさめ、これ以降欧米では糖質管理食がI型糖尿病患者を中心に広まっていった。
(2008年)スウェーデンで糖尿病や肥満の治療に関して、糖質制限食を社会保険庁が公式に認めた。
(2011年)英国糖尿病学会による食事療法ガイドラインで糖質制限食を選択枝の一つとして認めた。

□ 日本における糖尿病食の変遷
(1965年)糖質量の制限(『医師・栄養士・患者にすぐ役立つ糖尿病治療のための食品交換表』日本糖尿病学会)
(1969年)カロリー制限 ・・・「糖質量の制限」が削除されている
(2013年)カロリー制限・高糖質食を推奨し続けている
・・・欧米がエビデンスに基づき糖質制限食を受容してきたのと異なり、日本では頑なにカロリー制限食にこだわりつづけている。

□ 人類の食生活の歴史(血糖値という視点から)
1.農耕開始前:
 約1万年前に農耕が始まるまで、人類は長らく狩猟と採集で食生活をまかなってきた。穀物はほとんどなく、木の実や果物など糖質の多い食べ物は時々手に入る食材であり、糖質の少ない食生活が700万年に渡って延々と続いてきた。
 この時期は食前食後の血糖値の変動はほとんどなかったか、小さかったはずで、当然インスリンの追加分泌はせいぜい基礎分泌の2〜3倍で済んだはず。
2.農耕開始以後:
 約1万年前に農耕が始まると、小麦やコメなどの穀物を常食するようになり、農耕によって養える人口は50〜60倍になるため人類は急速に人口を増加させていった。
 穀物は糖質の多い食物であり、食後血糖値がそれまでの狩猟・採集時代よりも上がるため、インスリンの追加分泌も10倍レベルが必要となった。農耕以前と比べると、膵臓のβ-細胞は毎日数倍以上も働かなくてはならなくなった。
3.精製炭水化物以後:
 18世紀になると欧米では小麦の精製技術が開発され、より美味しく食べられるようになった。日本でも同時期(江戸中期)に白米を食べる食生活が始まった。日本人は大昔から伝統的に白いコメを口にしていたと思われがちだが、精製された白米を口にするようになってから、わずか200〜300年しか経っていない。
 精製された炭水化物は未精製のものに比べて、食後血糖値をさらに急峻に上昇させるようになる(1.5倍程度)。これに伴いインスリンの追加分泌も10〜30倍必要になり、これが長年にわたって続けば、膵臓のβ-細胞はきわめて疲弊しやすい状況となり、ついには糖尿病を発症してしまうことになる。

 700万年という長い時間をかけて進化してきた人体の機能が、わずか1万年の変化に即応するのは困難と思われる。ましてや、ほんの200〜300年の急激な変化に対応できるとはとても思えない。

□ 糖質制限食で体が本来備えている機能を取り戻し、生活習慣病を予防改善する
・血流がよくなる
・血糖値の変動幅が小さくなる
・ホルモンバランスが整って代謝が安定する
・神経系が安定する
・免疫系が正常になり自然治癒力が高まる

□ 糖質制限ダイエットのメリット
・やせ過ぎるということがない
・体に無理を強いることなく自然にやせられる
・バストやヒップなどの脂肪はちょうどいいくらいに残り、腹部や背中、腕や太腿などの脂肪が減って女性らしい本来の体形になっていく。
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「Anti-aging と男性医学」

2012年01月11日 06時45分02秒 | 養生
 「群馬医学」という医学系雑誌に掲載された講演記録(2010.12月)を読みました。

 副題:「ー生き物・男をもっと知って欲しいー」。
 演者:熊本悦明先生(日本 Men's Health 医学会理事長、日本臨床男性医学研究所所長、札幌医科大学名誉教授)


■ 平均寿命が女性より短い理由はなにか?
■ アラフィフで感じる男性の体調不良の原因はなにか?
■ 「朝立ち」(早朝勃起)の医学的意味は?


 などの疑問に直球で回答する内容です。
 目からウロコがぽろぽろ落ちました。ここ数年感じているアラフィフの自分の体調不良の原因を解説してもらっているかのような錯覚を受けるほど。
 すべての始まりは男性ホルモンの減少です。そのために動脈硬化が起こり、肥満も生じ、この二つが悪循環を形成して心疾患・脳血管障害を引き起こすため、男性は女性より短命に終わる、というちょっと寂しい結論でした。いわゆる「朝立ち」が少なくなりEDが気になってきたら、男の人生が終わるサイン?

 フムフムと頷きながら読んだ箇所を抜粋してみます;

第二次世界大戦直後の平均寿命は50歳前後であった。
 20世紀の医学は ”生・死の医学” 中心であり、その面での医学が進んだお陰で平均寿命が既に80歳を越えるようになった。

男性短命は世界的にも問題視されている。
 WHOが注目して1997年には ”男の命が数歳も女より短いのは何故か?” を研究する必要有りとするワイマール宣言を出した。

男性ホルモンが低い人ほど命が短い
 というデータが世界中で報告され、今や国際的に大体認識されてきている。男性ホルモンは男にとって非常に重要な生物学的因子であり、車に例えるとエンジンオイルのようなもの。エンジンオイルが少なくなると車が動かなくなるのと似ている。

男性ホルモンは30歳代がピークで50歳を過ぎると明らかに下がってくる。
 加齢とともに男性ホルモンは徐々に低下していき、50歳代になると30歳代の約4割まで下がる。

動脈硬化度の男女差という事実。
 男性が短命なのは50~80歳に原因がある。癌が多い、メタボリック症候群が多い、循環器系疾患が多い、など。
 手と足にベルトを着けて脈波伝播スピードを調べる脈波伝播速度検査(PWV)でチェックすると、女性は女性ホルモンの血管に対する保護作用(NO産生促進、Endothelin 産生抑制)が非常に強いので、血管が柔らかく脈波スピードが速い。男性は男性ホルモンの保護作用が相対的に弱いので、男の血管は女性に比べて少し硬く、PWV時間が長い。
 よって、男性ホルモンの低い人ほど心血管系のイベント・トラブルが多い。
 女性は50歳前後で閉経して女性ホルモンが減少してもしばらくは影響が残るが、80歳を過ぎると男性に追いついて血管が硬くなり心血管や脳血管障害の確率が急に高くなる。
 
男性ホルモン低下による病名の混乱
 近年「LOH症候群」(Late-Onset Hypogonadism)と呼ばれ、紹介されてきたが、発音が「老症候群」と同じでヤナ感じ(老、老って言うな!)。国際的には徐々に「テストステロン低下症候群」(testosterone deficiency syndrome, TDS)という表現に変わりつつある。

50歳以降の男女の元気の差は性ホルモンのバランスで説明可能
 50歳を過ぎてからの体内の性ホルモンのバランスは男女で大きく異なる。
 女性は女性ホルモンが激減すると、副腎から出ている弱いながらも男性ホルモン作用を持つDHEAの割合が高くなり、男女ホルモン比では男性ホルモンの割合が増えてきて、そのためにかえって割と元気になり、心理的にもかなり積極的になったりする人が多い。
 一方、男性は男性ホルモンが徐々に減少し、男性ホルモン比が低下してくるので、全体として元気がなくなり、何だか迫力がなくなってくる(渡辺淳一の「孤舟」がよい例)。

人差し指の長さが語る男性ホルモンの作用
 妊娠中母親のお腹にいるときに胎児が受けた男性ホルモン(アンドロゲン)シャワーの強さにより人差し指の長さが決まってくる。男らしい人は薬指(4D)に比べて人差し指(2D)が短く、2D/4D比が小さい。逆に男性ホルモンのシャワーが少ないと人差し指がむしろ長くなる。
 また、よい成績を出しているスポーツ選手は、男女ともに人差し指が短い人が非常に多い。
 逆に人差し指の長い女性ほど、女性が優れているといわれる語学力が高いとの報告もある。
 以上のように、男性ホルモンというのは男女を問わず、個人のアグレッシブネスとか行動活性力保持にかなり関係があることが明らかになってきた。

 病気との関係では、自閉症と副腎性器症候群が挙げられる。
 自閉症は母親体内での男性ホルモンシャワーがより強いために発症するという説があり、自閉症症例の人差し指は非常に短いという報告がある。
 副腎性器症候群(代謝異常による副腎性男性ホルモンが胎児期から多い病気)の女性では人差し指が短い。

サラリーマンの出世街道と男性ホルモンの関係
 皆さん方の周りでも、昔バリバリの係長時代、下の者を叱咤激励もするし自分も率先して頑張ってきた男性が、課長、部長、そして重役と昇進してくるとだんだん角が取れて人格が上がり、「角が取れて優しくなったよね」と言われる人がいるはず。
 確かに経験を積み、角が取れることがあるかもしれないが、その裏には男性ホルモン減退があり、男性ホルモンが経ればアグレッシブネスが落ちてくることがある調査で判明している。

「朝立ち」のカラクリ(生理学的意義)
 男性は誰でも、夜間睡眠のREM睡眠時に無自覚に勃起しており、これは生理学的なものである。その最後の Erection が Morning Erection(ME)と理解されている。
 勃起には二つの種類がある。一つは性的興奮時に恣意的に興奮性勃起する Voluntary Erection 、もう一つは夜間レム睡眠時の副交感神経興奮時に腸などの内臓群の一員であるペニスも一緒に反応して、自分なりの形式で反応している無意識的勃起 Involuntary Erection。
 寝ているときに全機能が休むと人間は死んでしまうので、夜の神経・副交感神経がレム睡眠期に合わせて定期的にアクセルを踏んで内臓を刺激している。臨床的に言えば、腸が動き、寝返りし、夢を見て、また寝言を言う。そしてその時に、ペニスも内臓の一部として腸と一緒に反応し、勃起している。
 昼間の性的興奮時に勃起するのも副交感神経興奮によるが、その作動機序は性的興奮時とレム睡眠時とでは別の作動機序が働くわけで、男の勃起機序は複雑である。
 Involuntary erection は母親の胎内にいるときにも既に起きている生理現象であり、男性の最も基本的な生理現象と言える。レム睡眠時に勃起するので夜間睡眠中の勃起回数は、生後すぐでも、また成熟青年でも、ほとんど差はない。
 しかし男性ホルモン依存性なので、思春期になり男性ホルモンが増えてくると、個々の勃起時間が延長してくる。最も男性ホルモンのレベルが高い20歳代男性では、寝ている全時間の約1/2弱もの間、勃起をしている。加齢とともにその比率は減少し、60歳になると1/5まで下がる。しかも高齢になると男性ホルモン減少の影響で夜間睡眠後半のレム睡眠が無くなってくるため、早朝勃起自覚がなくなってくると云う生理的加齢現象が起きる。
 血中遊離テストステロンが8pg/ml以下になると朝立ちがだんだん無くなってきて、4pg/ml以下になるとほとんど気づかなくなる。
 早朝勃起を自覚しなくなってから、治療で復活させてみると、興味深い反応が必ず起きてくる。それは「男としての自己尊厳・自信」が必ず蘇ってくること。早朝勃起は男の自己実現の生理学的現象であり、女性における月経生理に匹敵するものである。男性ホルモン投与により、早朝勃起の回復のみならず、夜間の中途覚醒が無くなるなど睡眠の質も改善してくる例が多い。

勃起の循環器医学的意義
 早朝勃起がないことは、副交感神経刺激に反応して血管が拡張しないことを意味し、この「血管拡張障害」発症には二つの理由がある。
 男性ホルモンが減ることにより、
① 血管平滑筋拡張要素である酸化窒素(NO)が少なくなる
② メタボリック症候群になって脂肪代謝が悪くなり、インスリン抵抗性が高まり、血管内皮に脂肪がたまり、蓄積して動脈硬化が起こる
 の二つが発生する。
 動脈硬化現象は、体内の細い血管から起きてくる。体の臓器血管の中で一番細いものはペニスで1~2mm、次に心臓が3~4mm、脳が5~8mmとなっている。勃起障害(ED)があることは、同じ血管の動脈硬化病変が全身的にも秘かに進行し始めていて、心臓、さらに脳の血管障害にも発展しつつあることを示唆している。
 今や勃起障害は全身医学の視点から "冠動脈障害の early sign" であると云われるようになった。60歳前後の男性で、突然心筋梗塞や脳梗塞で亡くなる方がいるが、そういう方は、その3~4年前から自分だけが分かるEDになっているはずである。

男性のメタボリック症候群の影に男性ホルモン減少有り
 今や国際的には、男性ホルモン減少がメタボリック症候群発症の背景にあると云われてきている。男性ホルモン減少は、血管内平滑筋を置換させる酸化窒素NOの低下だけではなく、このような代謝異常による血管障害も起きてきて、血管障害進行をかなり促進させる。

Antiaging clinic でチェックすべきホルモンの種類
1)遊離テストステロン、できれば総テストステロンも同時に検査
2)LH(テストステロン分泌をコントロールしている下垂体ホルモン)、PRL(デパス、スルピライドなどの精神安定剤系を投与されている人)
3)DHEA-S(副腎から出ている男性ホルモン群の一つ)
4)IGF-1(成長ホルモンの代わりとして)
5)コルチゾール(ストレス度を推測できるホルモン)



熊本悦明先生の関連HP
◆ 「アンチエイジングガイド
◆ 「高齢者の性
◆ 「日本臨床男性医学研究所
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「パソコン疲れは首で治せる!」松井 孝嘉著

2011年06月02日 06時52分27秒 | 養生
 2010年発行(アスキー新書)

 パソコン作業による健康障害を「VDT症候群」(VDT:Visual Display Terminal)と呼ぶようになって久しくなりますが、一日中パソコン作業をする私にとって切実な問題です。
 肩こり、頭痛、手首の疲れ~腱鞘炎、目のかすみ等々・・・いろいろ対策を練ってきましたが、パソコンを使い続ける限り縁が切れません(涙)。

 そんな私にドンピシャの題名に引かれ、ワラにすがる思いで購入、読んでみました。
 著者は東大卒のエリートで、日本へのCT導入他、長年画像診断に携わった脳神経外科医とのこと。現在は「東京脳神経センター」を開設しています。
 メディアにも取り上げられることが多い、その道では有名な先生のようですね。

 さて内容ですが、前半3/4はひたすら「パソコンによるあらゆる症状は私が開発した治療法で治りますよ」という民間療法の宣伝レベルの文章が延々と続き、げんなり。
 パソコン作業による症状は筋肉の疲れではなく「頚性神経筋症候群」と名付けた自律神経失調症によるものと捉えています。しかし「なぜ首がこると自律神経失調症になるのかは不明」と説得力がありません。
 本当に東大医学部出身の医師か?と疑いたくなります(卒業者名簿にはあるらしい)。

 彼の施設で行っている治療は入院1~2ヶ月を要し、温熱療法・低周波治療ほか首の筋肉の緊張を取るいろんな施術をするようですが・・・待てよ、パソコンから1ヶ月以上離れることができれば自然に改善するのでは?・・・わざわざ高いお金を出して入院する必要はないと思われます。

 ただし、最後の章にある首の緊張をやわらげるストレッチはよいですね。私も取り入れてみます。効果があったら追記しますのでお楽しみに。
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「内科からみる自律神経失調症」

2009年10月14日 22時03分13秒 | 養生
渡辺正樹著、文芸社発行、2008年

40代後半ともなると、いろいろ体の不調に悩まされ始めます。
私も例外ではなく、不意に寒気がしたり、動悸がしたり、この体どうなってしまったんだろうと不安になることも一度や二度ではありません。
男性の更年期障害なのかなあ・・・いや自律神経失調症かなあ・・・と悩んでいるときに見つけたのがこの本です。

通り一遍の医学的解説がわかりやすく書いてある一方で、「自律神経失調症は薬では治らない」と断言しています。
著者の考え方は生活習慣を変えて克服しようというものです。
その「生活改善法」の中に、今後の生活を考える上で重要なヒントを見つけました。

それは「楽しんでできることを見つけて習慣にする」こと。
これだ!
私に欠けているのは、生活・人生を「楽しむ」ことに気づかされました。

同じドキドキでも、ストレスで緊張する時と楽しくてハイテンションになる時では分泌される脳内物質が異なるらしい。
ハラハラドキドキではノルアドレナリン、
ドキドキワクワクではドーパミン。
目指せドーパミン分泌!

今の生活といえば、現在は身を削って小児科診療をこなす毎日。
やりがいを感じてはいますが、同時に疲労も感じ、夢中になって楽しめるというのとはちょっと違う。
不整脈という持病におびえながら生活範囲がどんどん狭くなっていく傾向を止められません。

何がいいだろう。
何かを造ってみたい。
絵を描くのなんてのもいいかもしれないなあ。

少し明るい気持ちになれました。
著者の渡辺先生に感謝!

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「自由訳・養生訓」

2009年02月15日 09時00分23秒 | 養生
貝原益軒:著、工藤美代子:訳・解説

約300年前の江戸時代中期に書かれた予防医学書です。
といっても貝原益軒(1630~1714年)は医者ではありません。
本業は儒学者です。あえて言うなら「医学に造詣の深い知識人」でしょうか。
本書は全8巻という長大で原語表記では取っつきにくい昔の書物を、かみ砕いてわかりやすく解説したものです。
満83歳の長寿を全うした(当時は50歳以降は老人)益軒が「長寿の秘訣」を最晩年の82歳の時に書き留めた内容は、現代でも通用する予防医学の考え方が随所に認められ、長い間日本に読み継がれてきたことが頷けます。

さて、本書の内容を一言で表現するなら「養生=節制・摂生」。
何事も度を過ぎず、食事も腹八分目を守れば長寿が可能となる。
欲に任せて生活を送ると不幸な人生を送り早死にする。

なんだ、今と変わりませんね。

大学生のときの生理学の講義で「人間の本質は大脳による抑制である」と教わったことが記憶に残っています。
「命を司る脳幹、本能を司る古い脳(中脳・間脳)、それを覆う大きな大脳は本能を抑制・制御するために発達してきた。
それができない人間は動物レベルである。」と。
益軒の主張は大脳の機能をフルに使って人間らしく天寿を全うしよう、とも解釈できます。

本書には「食」に関する記述がたくさんあります。

まずは食習慣:
・そもそも飲食は飢えをしのぐのが第一の要件であるから腹八分目にとどめる。
・ご飯の食べ過ぎは胃の気を塞いで消化しにくくなる。
・消化しないまま寝る夜食習性のひとは胃腸に悪く若死にする。
・飲食の後、直ちに横になれば百病生ず(私の習慣ですが・・・ダメなんですね)。
・お茶は熱い湯で入れて飲んではいけない。沸騰させてからほどほどに冷まして飲むべし。沸騰しない半沸きの湯を飲むと腹が張るような感じがして良くない。
・食後には湯茶で口の中をすすぐのがよい。爪楊枝を使うと歯の根を傷めるので良くない。
・夕食は朝食より少なめがよい(当時は1日2食だったようです)。

次は食材について:
・甘いものを食べ過ぎるとおなかが張って苦しむ。
・辛いものを食べ過ぎると気がのぼせてときに湿疹ができ目にも悪い影響が出る。
・塩辛いものの食べ過ぎは血が乾き喉が渇いてその結果湯水を多く摂り胃を痛める。
・酸っぱいものを食べ過ぎると気が減る。
・苦いものの摂りすぎは胃腸の生気を損ねる。
・生魚を焼いて食べるのは胃腸の弱いひとには効果がある。煮たものより消化がよい。小さな魚は煮て食べるのが良く、大きい魚は焼くか、あるいは煎り酒を熱くして生姜、わさびなどを入れて汁に浸して食べると胃弱のひとには害がない。
・野菜の類で一番上等なのは大根である。胃腸を守り、痰を取り、気の循環に役立つ。
・野菜は大きく切って煮て食べると気を塞ぎ、腹痛のもとになることがある。薄く切って食べるべし。
・日本人は穀類中心の食事のせいか、獣肉を食べると体を損ないやすい。中国や朝鮮のひとより日本人は胃腸が弱いようである。

なんだか頑固じじいの説教を聞いているようです(笑)。

子育てについて。
「子どもを育てるには、三分の飢えと寒さを存すべし」と書かれています。
子どもには食べさせ過ぎず、厚着をさせず、常に3分ほどの飢餓感を持たせて育てるのがよい、と。
また「子どもは外で遊ばせ、日に当たらせるのがよい」とも。

現代の飽食生活、室内でゲームに熱中する子どもは心身が健康に育ちませんね。
300年間、日本人って進歩していない。何やってたんだろう。

タバコ(16世紀後半~17世紀に日本に伝わる)に関する記述もありました。
「タバコには毒がある。煙を吸って目が回って倒れることもあるから要注意。習慣になるとたいした害は無いように思え、少しは益もあるというが、損することの方が多いはず。病気の元になる。習慣になるとクセになっていくらでも欲しくなり止められない。家人の雑用が増えわずらわしいので初めから飲まないのに越したことはない。」

今言われていることとほとんど同じですね。感心しました。
しかし、益軒は実は愛煙家だったというオチがつきます(苦笑)。

私は漢方医学を勉強中のみですが、そこかしこに漢方的考え方が出てくることに気づかされます。
それもそのはず、「漢方医学」とは日本の伝統医学、つまり当時の医学なのですね。
「漢方=中国医学」と誤解されがちですが、昔々日本に入ってきた中国の医学が日本の中で熟成・あれんじされて独自に発達してきたのが漢方医学です。
ちなみに現代中国医学と漢方はまた異なる面が多々あり、中国の医学は「中医学」と分けられています。

その頃の医学には3つの派閥がありました。
「後世派」・・・中国朱子学の流派を受け継いだ、ものに臨床的な見方を加味し、江戸期前半に幕府の医療の中心となった。
「古学派」・・・よりわかりやすい単純な理論に立ち返った学問。その基本は「気の滞りが病のもと」という考え方。薬はむしろ最後の手段で、その前に飲食による治療を重視した。
「蘭医学」・・・益軒の時代以降、オランダから入ってきた西洋医学。「蘭医学」と呼び、それまでの日本の伝統医学を「漢方医学」と呼ぶようになった。

おわかりのように、益軒の記述は「古学派」の影響を受けています。彼は人間の体の基本は「気」から成り立っていると考えたので、その「気」が減ったり滞ったりすると病になると心配したのです。
著書の中に現在でも使用されている「人参養栄湯」や「清暑益気湯」の配合例の記載もあるそうです。
ふだん使用している日本語の「元気」「気力」「生気」は日本の伝統医学に由来する言葉。
主に影響を受けた人物は古学派の「伊藤仁斎」と言われています。

医者にも上中下があると書かれています。
 上医:病の実情をよく知り、脈を取り、薬を知っている。
 中医:病気と脈と薬の知識は上医に及ばないものの、薬をむやみに使ってはいけないと知っている医者。
 下医:この3つの知識が無く、病人の家族の求めに従いむやみに薬を処方し、金はかかるが患者を傷つけてしまう医者。

私も医師の端くれ、「上医」を目指して精進したいものです。
でも今の日本では薬をたくさん出してくれるのが良い医者と考える患者側も問題ですね。

現実には上述の医療は地方の庶民まで届くことなく、祈祷や神仏に頼る時代でもありました。
全国各地に医療に関する寺社(薬師寺、延命長寺、安産、虫封じ等)が繁盛しました。
当時しばしば蔓延した疫病として、麻疹、労咳(肺結核)、痘瘡(天然痘)、おこり(熱病)、梅毒、淋病、腸チフス、コレラなどがあったようです。
なお、性病(淋病、梅毒)は江戸時代以前の戦国時代末期に海外から入ってきたものです。

稀代の知識人として鳴らしたであろう益軒も色々な病を経験しています。
眼病、痰、痔、めまい、便秘・下痢、頭痛などなど。
なんと淋病にも悩まされたとの記録が残っているそうです。
京都の花街で遊んだのかな。
酸いも甘いもかみ分けた人生を送ったので「養生訓」が書けたのでしょう。
まあ、「無病息災」「一病息災」ならぬ「多病息災?」といったところでしょうか。

「房中術」についても触れています。
初め何のことかわかりませんでしたが、実は「夫婦生活」のこと。
なんと、当時の性生活の実態が・・・
 20歳は4日に1回
 30歳は8日に1回
 40歳は16日に1回
 50歳は20日に1回
 60歳以降は止めましょう。
というのが「適当である」と記されているそうです。
おしなべて「節制すべし」という文脈である本書の特徴を考えると、この数字は実際より少な目なのでしょう。
多いのか、少ないのか・・・皆さん、いかがですか?

ちなみに、現代のデータと比較してみましょう。
2005年にデュレックス社が行った2005年の調査「Glabal Sex Survey 」(対象は世界41カ国、31万7千人)で1年間の性行為回数が報告されています。

上位の国々;ギリシャ(138回)、フランス(120回)、イギリス(118回)、オランダ(115回)
下位の国々;日本(45回)、シンガポール(73回)、インド(75回)、インドネシア(77回)

日本って例外的に少ないんですねえ。
あ、全然違う話になってしまいました。失礼。

※ 「アレッ?」「フ~ン」と思ったところ。
・東京の神田は当時既に本屋街だった。
・昔の女性は織物を織ったり、針仕事をしたり、育児をしたりと多忙だった。今の女性達もそうした点は見習って、汗を掻くぐらいの労働をしないとたちまち老け込んでしまう(なんだ、こういうことっていつの時代も言われたことなんですねえ)。
・にぎり寿司、天ぷらは江戸っ子が好んだファーストフード。寿司は関西の押し寿司が発祥だが、気の短い江戸では時間をかけるのを省いたにぎり寿司が発達した。酢飯だけ用意しておけば、客を待たせずに出せるので。天ぷらは以前からあったが、1772年頃に江戸に天ぷらの屋台が出現したとの記録がある。
・町売り納豆が発達したのは江戸下町だが、もとはと言えば納豆の始まりは室町時代の京都だった。
・益軒は38歳で16歳の妻を娶り、しかし子どもができないので当時の社会の習わしに従って1年に一人ずつ、3年にわたってお妾を持った。
・健康法として「毎日体重を測る」ことを提唱した(現在と同じ方法をなんと300年前に!?)。
・小便は空腹時にはしゃがんで排尿し、満腹時には立って排尿する(これは女性にも当てはまるらしい。???)。
・排泄物は貴重な農家での肥料となり、かなりの値で売り買いされていた(究極のリサイクル!)。
・入浴は3、4日に1回では多すぎる。暑い月の他は5日に1度髪を洗い、10日に1回入浴するのがよい。深いタライにお湯を少し入れて短時間入浴すべし。・・・ちなみに江戸に銭湯が出来たのは1591年とのこと。
・「富山の置き薬」というシステムは江戸中期に始まった。
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「粗食のすすめ」

2008年08月25日 22時30分02秒 | 養生
幕内秀夫著、1995年、東洋経済新報社発行.

食物アレルギーのアンケートを保育園・幼稚園対象に行った際に某園長さんから教えていただいた講演の演者が幕内さんでした.残念ながら私は所用により聴講できず、当院スタッフの栄養士さんに聞いてきてもらいました.たいそう感銘した様子で報告を受け、私も興味を持って幕内さんの本を読んでみました.

著者は管理栄養士であり、病気の食事療法を指導する一方で、学校給食等への提言等、広く活動している方です.
私は民俗学も好きでたまに本を読みますが、宮本常一関係の本にも幕内さんが出てきたので驚きました.
また、帯津良一さんの本にも登場します.なんだか、切っても切れない縁がありそうです.

本の内容は「戦前の米を中心とした日本食の方が日本人の体には合っている」という意見です.
戦後の食生活欧米化は日本人を健康にはしないと.
また、アメリカの経済政策や研究者のいろいろな思惑が食生活の指針を見失わせているという警鐘も鳴らしています.

自分のことを顧みると、10代、20代、30代までは西洋かぶれの食生活を送っていましたが、40歳を過ぎると和食に戻りつつあります.
血が滴るようなステーキよりは味わい深い和食の方が胃が喜ぶのですね.
メタボ街道まっしぐらだった体型が、ここ数年で少ししぼんできました.

著者はその土地の旬のものを丸ごといただくのが基本だと書いています.
この「丸ごと」がポイントです.
エスキモーはトナカイ、アザラシの生肉を中心とした食生活で、野菜等は手に入らず口にすることはできません.
しかし、ビタミン不足になる訳ではない・・・その秘密は内蔵が野菜の成分と似ているそうです.
おいしいところだけを取り出して食べるのではなく、「命を丸ごといただく」のがよいと.

私が日々診療している「アトピー性皮膚炎」の食事療法は症状を誘発する食材を避ける「除去食療法」ですが、それに終始すること無く、「食養生」という考え方を導入していくべきなんだな、と考えさせられました.
現在、私は漢方医学に興味を持って勉強中ですが、漢方医学の究極は食養生・薬膳ですから、自分の将来の方向性にヒントを与えてくれた本でもあります.

この本を読んでから、パン食中心だったお昼が米に変わりました.数kgまた痩せました.


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