漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

ニキビ(尋常性ざ瘡)に効く漢方

2020年06月28日 06時44分56秒 | 漢方
私が医師免許を取得した30数年前、ニキビの治療はイオウカンフルローションと抗菌薬の内服がスタンダートであり、しばらくその状態が続きました。
変化があったのは2000年以降で、欧米で使用されていた薬物が認可され、日本における治療が激変しました。

現在、西洋医学におけるニキビの治療は、非炎症期と炎症期に分けて考え、非炎症期ではアダパレン(ディフェリン®ゲル)、炎症期では過酸化ベンゾイル(ベピオ®ゲル)が中心となる時代になりました。治療薬の選択のポイントを「炎症の有無」に置いているのですね。

そのような視点から、漢方の治療薬を眺めると何が見えてくるんだろう?
ちょっと調べてみました。

大阪医科大学の黒川晃夫Dr.はフローチャートを作成しています。
まず大きく「月経前に悪化するタイプ」と「月経前に悪化しないタイプ」に分けます。
もう、入り口の時点で西洋医学と違いますね。
その中で、ニキビそのものの状態により方剤を使い分けるという考え。
具体的には・・・

(月経前に悪化するタイプ)
桂枝茯苓丸:黒っぽい痤瘡(黒ニキビ)で炎症は比較的少ない。皮膚は浅黒くお血を呈する。
桂枝茯苓丸加薏苡仁:赤黒い痤瘡(赤黒ニキビ)で炎症は比較的強い。皮膚は浅黒くお血を呈する。
当帰芍薬散:浅黒く炎症の少ない痤瘡(黒ニキビ系)。皮膚は青白く冷え性でむくみを伴う。
十味敗毒湯:小膿疱、小丘疹が散在する炎症初期の痤瘡。

(月経前に悪化しないタイプ)
十味敗毒湯:小膿疱、小丘疹が散在する炎症初期の痤瘡。
黄連解毒湯:赤ら顔で赤みの強い痤瘡。イライラなどの精神症状を伴うことが多い。
清上防風湯:赤ら顔で赤みが強く、先のとがった痤瘡。顕著な精神症状は見られない。
荊芥連翹湯:新旧混在した赤黒い痤瘡。化膿しやすくしばしば鼻炎・副鼻腔炎などを伴う。
排膿散及湯:大型の痤瘡、嚢胞性痤瘡、癤(せつ)。
防風通聖散:便秘がちで筋肉太りした体型の痤瘡。

 十味敗毒湯は両方に記載がありますが、製薬会社により生薬の組み合わせが異なるのでこのような記載になっているそうです。月経前に悪化する挫創には「桜皮」(プロゲステロンの皮脂分泌促進を抑制)配合の製剤、月経前に悪化しないタイプには「ボクソク」(抗炎症作用を有する)配合の製剤を使用するとより効果的とのこと。

月経前に悪化する痤瘡は「下顎や口の周りに好発し、やや黒ずんだ色を示すことが多い」とあります。
また、桂枝茯苓丸と桂枝茯苓丸加薏苡仁の使い分けについては、「薏苡仁は抗炎症作用、抗酸化作用を有し、桂枝茯苓丸加薏苡仁はお血+炎症タイプに用いられる」と記載されていました。
上記フローチャートで「炎症」(下線部)をキーワードにして再編成してみました。

非炎症期)当帰芍薬散
炎症初期)桂枝茯苓丸、十味敗毒湯
炎症極期)桂枝茯苓丸加薏苡仁、黄連解毒湯、清上防風湯、排膿散及湯
(慢性期:非炎症期炎症期の混在)荊芥連翹湯

この視点で行くと、防風通聖散はどこにも当てはまらず迷子になってしまいました。皮疹の状態ではなく“便秘”と“体型”をキーワードに選択する方剤なので。

私が診る患者さんは中学生ですから、男女で分けると(なぜかというと、漢方薬の適応病名の問題があり、駆於血剤は男性には使いにくい)

(中学生男子)
・軽症例(炎症初期)には十味敗毒湯(6)
・中等症(炎症非炎症混在)は荊芥連翹湯をベースに炎症が強い例には黄連解毒湯(15)、清上防風湯(58)、排膿散及湯(122)を併用

(中学生女子)
・白にきび(非炎症期)には当帰芍薬散(23)
・軽症例(炎症初期)には十味敗毒湯(6)、桂枝茯苓丸(25)
・中等症(炎症非炎症混在)には荊芥連翹湯をベースに炎症が強い例には桂枝茯苓丸加薏苡仁、黄連解毒湯(15)、清上防風湯(58)、排膿散及湯(122)を併用する

というのがよいと思われます。

サザンガーデンクリニックの松本美緒Dr.は「ニキビに処方する漢方薬」でシンプルに記載しています。

<非炎症性>
桂枝茯苓丸加薏苡仁:毛包の角化異常も”お血”(体内の血の流れが停滞した病的な状態)と考えて、躯お血剤である桂枝茯苓丸や桂枝茯苓丸加薏苡仁がある程有効。
当帰芍薬散:虚弱で冷え性がある方で、非炎症性のニキビに有効。

<炎症性>
(初期)
十味敗毒湯:比較的表面に近いところに存在する炎症性のニキビに処方する代表例
(急性期)
清上防風湯:比較的若い元気な方の急性的な化膿性のニキビに処方。
(慢性期)
荊芥連翹湯:皮膚の深い部位での炎症性のニキビに処方、抗酸化作用やアクネ菌に対する抗菌活性があり、慢性の炎症性ニキビに有効。
桃核承気湯:体力があり、便秘傾向や上半身ののぼせがある人の躯お血剤として用いることが多く、下剤としても有効。

この他に、<内分泌のアンバランスによりできやすいニキビ>として柴胡四物湯(月経不順に伴うニキビ)、加味逍遥散(月経前にニキビが増悪する方)を挙げています。

黒川先生と異なるのは「桂枝茯苓丸加薏苡仁を非炎症期」に適用している点ですね。すると中学生女子については

(中学生女子)
・白にきび(非炎症期)には当帰芍薬散(23)
・軽症例(炎症初期)には十味敗毒湯(6)、桂枝茯苓丸加薏苡仁
・中等症(炎症非炎症混在)には荊芥連翹湯をベースに炎症が強い例には黄連解毒湯(15)、清上防風湯(58)、排膿散及湯(122)を併用する

と変更した方がよさそうです。

もりはら皮ふ科クリニックの森原潔Dr.は「白ニキビと赤ニキビで使い分け」ることを提案しています。

(赤ニキビ)=炎症期
黄連解毒湯(15):構成生薬の黄連や黄岑には殺菌作用があり、アクネ菌増殖へ抑制効果が期待できる。寒証の患者さんには避ける。
十味敗毒湯(6):構成生薬の荊芥、防風、桔梗には殺菌作用がある。苦くて黄連解毒湯(15)が飲めない患者さん、寒証が著しい患者さんにはこちらを選択するとよい。

(白ニキビ)=非炎症期
桂枝茯苓丸(25):皮脂分泌の抑制が期待できる(脂漏性皮膚炎にも有効)。赤ニキビに使うこともできるが、抗炎症作用は黄連解毒湯(15)や十味敗毒湯(6)の方が上。
桂枝茯苓丸加薏苡仁:桂枝茯苓丸(25)に保湿効果のあるヨクイニンが加わった方剤で、油っぽい肌と乾燥した肌が混在する混合肌のニキビに用いる。適応病名にニキビがあるため使いやすいが、桂枝茯苓丸(25)単独と比較して有効性に差はない。

ぬぬぬ・・・中学生女子をまた書き換えます。

(中学生女子)
・白にきび(非炎症期)には当帰芍薬散(23)、桂枝茯苓丸(25)/桂枝茯苓丸加薏苡仁
・軽症例(炎症初期)には十味敗毒湯(6)、(桂枝茯苓丸加薏苡仁)
・中等症(炎症非炎症混在)には荊芥連翹湯をベースに炎症が強い例には黄連解毒湯(15)、清上防風湯(58)、排膿散及湯(122)を併用

荊芥連翹湯は別格扱いされていました。
荊芥連翹湯(50):黄連解毒湯(15)に荊芥、防風、桔梗などが加わり、さらに殺菌作用が強化されており、ちょうど黄連解毒湯(15)と十味敗毒湯(6)を合わせたようなイメージ。しかし強力な生薬ばかりだと副作用が出るので、四物湯という方剤で中和して長期使用できるようにした方剤が荊芥連翹湯(50)。とても苦い(漢方エキス剤の中で一番!)。

秋葉哲生Dr.は「適応病名にニキビのある方剤」をまとめています。3つしかありません。
ええっ、じゃあ今までの議論は何だったの?

荊芥連翹湯(50):一貫堂の解毒症体質に用いる薬方で、皮膚は浅黒く色素沈着しやすい傾向があるとされています。最近の研究では、ニキビ菌に対する抗菌作用が証明されています。腹力中等度前後として広く適用されます。
清上防風湯(58):「にきびを上焦の風熱とみて清解発散するのが目的である」と『勿誤薬室方函口訣』では述べています。顔面の赤みの目立つものに広く適用されます。
桂枝茯苓丸加薏苡仁(125):瘀血証のにきびを目標とします。薏苡仁は消炎、排膿に働き、腹力は広く中等度前後に適用です。

保険診療では保険適応病名のある薬を使うことが基本ですので、このルールに従うと・・・
ん? 桂枝茯苓丸加薏苡仁(125)は女性でなくても処方できることに今、気づきました。
すると、男女の関係なく以下のようにまとめられそうです;

白ニキビ非炎症期炎症初期)には桂枝茯苓丸加薏苡仁(125)
赤ニキビ炎症期):急性期には清上防風湯(58)
十味敗毒湯(6):炎症初期。寒証にも使用可能
  病名「化膿性皮膚疾患」「急性湿疹」のいずれかを追加。
黄連解毒湯(15):炎症極期、熱証が適応
  病名「湿疹」「皮膚炎」「皮膚そう痒症」のいずれかを追加。
排膿散及湯(122):重症例で発赤・腫脹・疼痛(癤状態)のある場合
  病名「皮膚化膿症」を追加して使用。
赤ニキビ混在(慢性期:炎症非炎症混在)には荊芥連翹湯(50)

シンプルになりました。


さんじょう恭子診療所の鵜飼恭子Dr.は、女性のニキビを治療する際にはお血の有無を重視し、「ニキビができやすい成人女性にはお血が非常に多く見られ、特にフェイスラインにニキビが多い場合はお血が疑われます」と指摘しています。
お血を疑う患者さんに頻用する処方は桂枝茯苓丸加薏苡仁(125)。お血を改善しつつ、月経痛や冷え、肩こりの改善も期待でき、薏苡仁(ヨクイニン:ハトムギのこと)は消炎や美肌効果も期待できると。
ニキビだけではなく、全身の体調が整うことが漢方薬の特徴ですね。
そして鵜飼Dr.の基本処方は、外用抗菌薬+角質剥離作用を有する外用薬+駆瘀血剤(桂枝茯苓丸加薏苡仁など)+ビタミンBで、この処方で2週間ほどするとニキビの改善が見られるようになるそうです。
他にも当帰芍薬散、十味敗毒湯、荊芥連翹湯、清上防風湯、排膿散及湯なども使用しており、その使い分けのポイントは、

桂枝茯苓丸加薏苡仁(125):(前述)中間証〜実証に。
当帰芍薬散(23):瘀血+虚証+水滞(天気による頭痛など)
十味敗毒湯(6):中学生など若い人の場合、瘀血がほとんど見られない場合
荊芥連翹湯(50)・清上防風湯(58):ニキビが深いところまであって、瘢痕が残るような重症度の高いケース。とくに色が浅黒くて扁桃腫大、慢性鼻炎など慢性の炎症を起こしている人は解毒症体質と呼ばれ、荊芥連翹湯が合う。
排膿散及湯(122):ニキビが局所にとどまらず、周囲に発赤が拡大しているような場合に短期併用する。この方剤は漢方の抗菌薬とも言われており、清熱作用・解毒作用・排膿作用などにより効果を発揮する。爪周囲炎などにも効く。

このような書き方だと、皮疹の状態(非炎症期・炎症期)による使い分けは難しいですね。
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