漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

西洋医学が解明した「痛み」が治せる漢方(井齋偉矢著)

2016年08月27日 06時25分36秒 | 漢方
集英社新書、2016年発行。



井齋先生の著書、3冊目。
今回もわかりやすく&興味深く、1日で読了しました。
良書です。

井齋先生は、漢方薬を漢方理論ではなく、西洋医学のエビデンスを用いて処方するスタンスで、彼の主催する「サイエンス漢方処方研究会」活動で実践しています。

私も漢方薬を処方する医師の一人ですが、中国の古典『黄帝内経』の陰陽五行説に基づく漢方理論にはついて行けません。
理由は、内容が複雑なので理解するのが困難という点もあります(^^;)が、科学的というより思想的な面が強いため、医学に持ち込んでよいのかどうか疑問が残るからです。

それを打破するのが井齋方式。
漢方薬を効果的に処方するには、中医学や漢方医学を『道』として極めるより、科学的に理解して運用する方がはるかに有効かつ現実的な手段である、と断言しています。
具体的には、「炎症」「微小循環」「水分分布」「熱産生」に焦点を当て、病態を把握して漢方薬を処方します。
西洋医学を中心に学ぶ日本の臨床医にとって、漢方入門の敷居を大きく下げる功績があると思います。

今回のテーマは「痛み」。
西洋医学でも治療に難儀している病態です。

急性の痛みの元となる発痛物質(ブラジキニン、セロトニン、ヒスタミン、アセチルコリン)に対して、西洋医学では、それらの物質をつくりだすシクロオキシゲナーゼという酵素をブロックする薬(NSAIDs)を開発しました。

しかし、慢性の痛みに対しては必ずしも有効ではなく、解決できていません。
上記発痛物質は、1ヶ月も過ぎると痛む部位から消えてしまっています。それにもかかわらず、西洋医学では漫然とNSAIDsを処方しているのが現状です。あるいは、トラムセット®やリリカ®(※)のような強い鎮痛剤に変更することもありますが、副作用ばかり増えて慢性的な痛みは解決しているとは言い難い。

※ オピオイド系鎮痛薬
トラムセット®:トラマドール(オピオイド)とアセトアミノフェン(アニリン系下熱鎮痛薬)の配合剤。2011年7月に薬価収載され、適応症は、がん以外の慢性頭痛と抜歯後の疼痛。発売前は慢性頭痛、とくに障がい受容性疼痛の治療薬として大きな期待が持たれたが、解決には至らず、また副作用で嘔気などが起こりやすい。
リリカ®:2010年6月に薬価収載されたプレガバリン。Caチャネル調節薬に分類され、細胞内へのカルシウム流入を抑制し、グルタミン酸などの神経伝達物質の遊離を抑制して鎮痛作用を発揮する。適応症は神経障害性疼痛と線維筋痛症に伴う疼痛。常用量服用にて、とくに高齢者ではめまいや眠気が強くて飲めず、副作用が出ないくらいの少量では効果が半減してしまい、慢性頭痛対策の切り札にはなっていない。


慢性痛にはより複雑なメカニズムが働いていることが想定され、それに対抗するには、痛み経路のピンポイント攻撃である西洋医学よりも、体のゆがみを矯正して痛みに対抗できるようにする漢方薬の方が合っている、というのが井齋先生の主張です。

各所でウンウン頷きながら、自分の外来でも使える漢方薬がないかどうか考えながら、読み進めました(^^)。

注目は「怒り」による痛み。
腰痛や線維筋痛症の中に、蓄積した怒りを静める漢方(抑肝散/抑肝散加陳皮半夏)が有効とのこと。
ストレス社会に特有の現代病でしょうか。
見回すと、抑肝散が聞きそうな人って結構いますね(^^;)。

<メモ・備忘録> ・・・お役立ち箇所を抜粋

□ 漢方薬「保険外し」の動き
・2009年:厚労省から出た。「漢方薬は薬局・薬店でも購入できるのだから、医療機関で処方する必要はない」という考え方。これに対して、日本東洋医学会などの4つの団体が反対の署名活動を行い、わずか3週間で92万人の署名が集まり排除。

□ 漢方薬の「治験」(第I/II/III相試験)は1000年以上前に終了している。
 漢方薬は日本で薬価収載される際に第I/II/III相試験を実施しなかった。しかし、中国で漢方薬が作られた歴史を振り返ると、すでに数千年前にこれらをクリアしていることがわかる。

・第I相試験:健康なボランティアの人を対象として、主に治験薬の安全性および薬物の体内動態を確認する試験。薬物の毒性を調べることが主目的。
・第II相試験:病気の患者さん(少数)に対して、第I相試験で安全性が確認された治験薬を投与し、その安全性や投与法・用量が決められる。
・第III相試験:多数の患者さんに投与して、今まで承認された薬よりも有効で安全であるかどうかを二重盲検法などを使って調べる。


・第I相試験:『神農本草経』:1-2世紀に編纂された薬用植物の集大成。多くの人たちが体を張って薬草を試した結果、犠牲者も多数出たと思われるが、そのおかげで薬草という植物分類学上のカテゴリーができた。
・第II/III相試験:『傷寒論』:複数の薬草を混ぜたときに薬効が強くなる・変わることを発見し、どういう組み合わせがより効果的かという臨床試験を行ない、その結果を集約した漢方薬初の治療マニュアル。『傷寒論』の処方は1800年の時を超え、現代でもそのまま用いられている。

※ 『傷寒論』の時代は、平均寿命20-30歳、10歳までに50-70%のこどもが亡くなり、10歳まで生き延びた人の平均寿命も30-40歳であり、死因の70%は感染症であった。

□ 日本が開発したエキス剤。
 漢方薬が日本に伝えられたのは5-6世紀頃。
 エキス剤は小太郎漢方製薬株式会社が1957年に漢方エキス剤(35処方)を日本で初めて販売し、1967年には業界で初めて6品目が薬価収載された。
 現在では健康保険が適用される医療用漢方製剤として、18社が製造する148処方が薬価収載され、医療機関で処方できる。
 エキス剤のメリットは、服用者の利便性(手間がかからない、携帯に便利、服用しやすい、長期にわたる保存が可能)だけでなく、品質が安定するため評価対象として扱いやすい面があげられる。中国で行われている煎じ薬(患者さんごとに違う生薬の組み合わせで行う処方)では永久に臨床研究ができない。
大建中湯は、ツムラが初めて米国上市を目指す製品であり、2016年度には手術後の癒着などによる腸閉塞である術後イレウス治療薬としてFDAに申請し、早ければ2017年に米国市場に投入する予定。
 同じエキス剤であっても、会社によって漢方薬の内容(各生薬の量)が微妙に違う。そのため、医療機関で処方される漢方薬は、すべて方剤名の上に会社の名前がついている。

□ 肺炎に対する抗菌薬は根本療法と言えるのか?
 市中肺炎に対して抗菌薬を投与すれば細菌は押さえ込める。しかし細菌感染によって生じた炎症を抑える西洋薬は存在しない。肺炎の炎症は、患者が自分で治しているのである。

□ 抗炎症薬としての漢方薬
 免疫賦活薬・抗炎症薬としての漢方薬の働きをまとめると、
・免疫系に介入していち早く免疫システムを立ち上げ、
・炎症の役目が終わったら過剰な炎症を素早く鎮め、荒廃した組織を修復する。

□ 慢性の痛みに苦しんでいる人の背景には「怒り」が隠れていることがある。

□ 歯痛には立効散の含み飲み
 立効散が適用される病態は、歯根部の急性の炎症と口腔内の急性の炎症。服用により、歯根部の炎症が急速に消退し、口腔内の炎症が治まる。
 立効散の服用は“含み飲み”という独特の方法。約50mlの水に立効散1包を溶かして、少しずつ口に含み、痛いところにブクブクしながらなじませた後に飲み込む。立効散には軽い局所麻酔作用があるので、口の中に心地よいしびれ感が広がるとともに急速に痛みが消えていく。抜歯後の痛みにも有効(この場合は1回に2包服用)。
 なお、歯根の先や歯槽に膿がたまって、可能による炎症が歯の痛みの主因となっているときには排膿散及湯を使用する。この方剤は、そこに膿があれば、どこの部位でも関係なく、また可能が初期でも進行していても使える。早い時期なら膿を吸収して、進行していたら傷を噴火させて膿を放出させる。

□ 咽頭痛には発症後の時間経過で方剤を使い分け
・発症後3-4日までの初期:咽頭の色はキレイな赤で汚い感じはしない
 → 桔梗石膏、桔梗湯(立効散と同じ含み飲み)
・発症後4-5日以上経過してこじれた例:炎症が周囲に波及し、咽頭の色が黒ずんだ赤色(マグロの赤身のような色)になる頃
 → 小柴胡湯加桔梗石膏

□ 片頭痛
 西洋薬にはトリプタン系と呼ばれる特効薬があるが、発作が本格的に起こってしまってからでは効果が弱く、前兆が起こるやいなや、飲まないと効果が半減する。しかも効果は対症療法的で、一時的に頭痛は治まるが、いくら飲み続けていても片頭痛そのものは治らない。
 これに対して、呉茱萸湯という漢方薬は、発作が起こってからでも効果があり、継続して服用することで、片頭痛そのものが治ってしまうこともある。
 片頭痛の中でも月経に関連する片頭痛は程度が強くて治療抵抗性である。トリプタン系の有効率は20-30%にとどまり、呉茱萸湯も効かない。そこで、頭痛と血の道症に効能のある川芎茶調散を頓服で使用すると有効な場合がある。

□ ぎっくり腰(腰部筋筋膜痛症)
 芍薬甘草湯を2時間おきに症状が治まるまで飲み続けると、半日から1日でほとんど軽快し、翌日仕事へ行くことができるくらいまで回復する。

□ 慢性腰痛
 腰部の形態学的変化を決して腰痛と結びつけてはいけない(菊池臣一Dr.『腰痛』第二版)。
①老化によるもの:八味地黄丸(7)、牛車腎気丸(107)、六味丸 ・・・効果は早くて1ヶ月、遅いときには3ヶ月以上かかることもある。
②腰の微小循環障害によるもの:疎経活血湯(53)、桂枝茯苓丸、五積散(63)
③疲労によるもの:補中益気湯(41) ・・・1週間で食欲が回復してきて、それに伴って元気が出てくる
④冷えによるもの:当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)、苓姜朮甘湯(118)
怒りによるもの:抑肝散(54)、抑肝散加陳皮半夏(83) ・・・2週間以内に怒りが鎮まり、それに伴って腰痛が楽になってくる
怒り→ α-交感神経緊張→ 背骨の両側に分布している姿勢筋の微小循環を悪化させる→ 腰部の筋肉の血行が滞り、結果的に腰痛になる
⑥筋肉そのものの慢性炎症によるもの:薏苡仁湯(52) 

□ 帯状疱疹/帯状疱疹後神経痛
・急性期:バラシクロビル(バルトレックス®)に五苓散(神経を取り巻いているミエリン鞘の浮腫を改善)と越婢加朮湯(筋骨格系・神経系の活動性炎症に有効)を併用
・急性期の症状が残ってしまったとき:冷やすと悪化する場合は桂枝加朮附湯四物湯の併用、温めると悪化するときは黄連解毒湯、より症状が複雑なときは温清飲を用いる。
・帯状疱疹後神経痛を発症:もはや痛みそのものを治療しようとしても意味がなく、痛みは患者さん自身がつくっている場合が多い。四逆散抑肝散、または加味逍遥散を用いる。
 四逆散:精神的にも肉体的にもドロドロになっているとき
 抑肝散:抑圧された怒りがα-交感神経を亢進させ、微小循環障害から痛みを生じるとき
 加味逍遥散:つらさを他人に転嫁したり、身勝手な訴えで周りの人を困らせたりするタイプ

□ 線維筋痛症
 全身または広範な部分に痛みがあるのに、検査をしても異常が認められない病気。
 西洋薬ではプレガバリン(リリカ®)が保険適用となったが、すべての線維筋痛症の患者さんに有効ではなく、現在でも治療の難しい病気である。
 漢方薬でも決まった処方があるわけではない。著者は四逆散か抑肝散、あるいは両方を基本処方として、それぞれの患者さんに応じた方剤を併用している。
・症状に悩まされて身も心もドロドロになっているとき→ 四逆散
・抑圧された怒り→ 抑肝散
・周りにご迷惑な精神不安定さを示す「魔女のようなタイプ」→ 加味逍遥散
・精神的に暗くなり、わなわなしていたら→ 半夏厚朴湯
・イライラしていたら→ 桂枝加竜骨牡蛎湯(自信喪失)、柴胡加竜骨牡蛎湯(精神的興奮、胸騒ぎ、驚きやすい)
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