講談社、2010年発行
以前、患者さんから「自閉症に効く漢方薬はありませんか?」と相談を受けたことがあります。
しかしその時点の私の知識では対応できませんでした。古くから夜泣きや寝ぼけ、チックなどに有効な漢方薬はありますが、自閉症に効くとされる方剤はどの本を見ても記載がありません。
その後、この本を見つけて購入し読んでみました。
著者は臨床経験50年の超ベテラン児童精神科医です。
その経験から、西洋医学の薬物は自閉症に効果がないこと、漢方薬は部分的ではあるものの有効であること、しかし発達の問題(物事を抽象化する能力の低下)には残念ながら効果が期待できないことを症例を挙げて解説しています。
そのメカニズムとして、漢方薬は「脳の過覚醒状態を和らげる」と指摘しています。
自閉症の子どもは常に過覚醒状態あることは、佐々木正美先生も『完・子どもへのまなざし』の中で以下のように記しています;
自閉症の子どもは、いつも過覚醒状態にあります。いつも警戒をしている弱い動物の睡眠によく似ていて、眠りが浅く、ぱっと目が覚めます。目ぼけている状態のときなんかほとんどありません。ですから、昼寝はあまりしたがらないです。
有効だったのは大柴胡湯。
意外な方剤の名前が出てきました。
著者もはじめから効果を狙って処方したのではなく、西洋医学の精神安定剤や睡眠導入剤の副作用としての肝機能障害対策に投与したら自閉症患者の不眠が改善されたという経験がきっかけだそうです。
大柴胡湯の概要を以下に示します;
【大柴胡湯】
大柴胡湯は、中国後漢時代に医聖・張仲景が著した『傷寒論』『金匱要略』に収載されている処方です。生薬・柴胡を主薬とする柴胡剤のひとつで、体力の充実した「実証」の人向けの薬です。慢性肝炎の治療薬として頻用される小柴胡湯の適応者で、胆石症、胆のう炎などで腹痛を伴う場合、不眠などの精神症状を呈する例に用いられる。また、体質改善や、随伴症状の軽減を目標に、肝機能障害、高血圧症、糖尿病、常習性便秘などに長期的にも使われます。
<使用目標(証)>
体力・腹力が充実しており、体格がよく(多くは肥満)、肋骨弓下部の抵抗・圧痛(胸脇苦満)が強く、便秘傾向がある人に用いる。便秘、悪心・嘔吐、食欲不振、肩こり、頭重感、上腹部の疼痛、耳鳴り、息切れなどを伴う場合によい。
私自身は子どもに大柴胡湯を使用した経験がありません。だって、肥満体型で便秘がちで高血圧、糖尿病なんて、中年男性の生活習慣病そのものではありませんか。
ただ、気血水理論では「肝陽気過剰」とあるので、脳の過覚醒状態と共通する病態がありそうです。
著者によるとほとんどの自閉症児が大柴胡湯の証に合うとのこと。
その応用方法・バリエーションやさじ加減も詳しく記載されているので、貴重な口訣として今後役に立てたいと思いました。
<メモ>
自分自身への備忘録。
■ 「肝気鬱結」と「疏肝解鬱」
漢方医学では気血水という概念があります。体には「気」の流れる道が12本あり、それを「十二経路」といって、それぞれが内臓を通って流れています。肝臓を通って気が流れている経路を「肝経」といい、肝臓が気の流れを調節していると想定されています。この肝臓の機能が障害されて、気が肝臓にたまると「肝気鬱結」といい、怒りやすく、イライラしやすく、ヒステリックになるなどの精神症状が出てくると考えられているのです。そして大柴胡湯や四逆散には肝臓にたまった気の流れをよくする作用があり、それを「疏肝解鬱」といいます。
■ 自閉症と類似疾患の鑑別
ここ20年くらい前から、ADHDや最重度の精神遅滞の幼児が自閉症と誤診された例にしばしばぶつかるようになりました。自閉症の特徴であるコミュニケーション障害は、ADHDや最重度精神遅滞のそれとはニュアンスが違います。自閉症児ではこちらが全く無視されているように感じることがしばしばありますが、後者ではこちらの気持ちが通じるところがあります。
視線が合わないことがよく指摘されますが、自閉症の人は視線を回避します。例えば、どこかへレクレーションに行き記念写真を撮ると、自閉症の人はレンズから視線を外しているのがよくわかります。一方、ADHDの人は忙しくて視線を合わせている暇がないといった感じです。
■ 歩き始めが遅いのは自閉症のせいではない
最近流行の「自閉症+精神遅滞」と診断された子どもでも、歩き始めが正常範囲内であれば、たとえIQが30であっても、精神遅滞ではなて自閉症による発達障害であり、この場合は重度広汎性発達障害、あるいは重度自閉症とするべきです。
精神遅滞児は脳の発達が悪いので、運動機能の命令を出す能力が劣ります。従って歩き始めが遅れます。例えば、ダウン症候群の人の平均知能はIQ45前後ですが、歩き始めはほぼ1歳8ヶ月から2歳前後です。計算上、健常児の歩き始めを1歳として、平均知能をIQ100とすると、ダウン症候群の子は知能が半分で、歩き始めるまで倍かかっているので、ピタリと計算が合います。
■ 病気の種類と有効な薬
ADHDには特効薬(コンサータやストラテラ)がありますが、これは自閉症には効きません。
自閉症の人の多動は漢方である程度落ち着きますが、ADHDの人には効きません。
■ 漢方薬が効いた自閉症患者のコメント
・「先生、この薬は栄養剤かい?」と聞くので「どうして?」と尋ねると「この薬を飲むと気分がよくなる」と言うのです。いつも緊張していてイライラしていたのが落ち着いたので、気分がよくなったと感じたのでしょう。
・漢方を飲むようになってから作業所でのトラブルが減った女性患者が「先生、この薬を飲むと気持ちが楽になるから、飲みます」とコメント。
■ 自閉症への漢方薬の効果の現れ方
自閉症の人には睡眠障害がある場合が多いのですが、漢方はそこに最も速く効果が現れます。自閉症の人は緊張が強いため眠れないので、睡眠が改善されることは、緊張が緩んだことを示しています。また、パニックやかんしゃくも減っていき、ついにはほとんど起こさなくなります。
ここはでは、そんなことならどの安定剤や睡眠剤でも得られることで、わざわざ漢方を使う必要はないと思われるでしょう。
しかし、漢方を飲むようになったら、視線が合うようになったり、コミュニケーションがよくなって、言葉のない子でも「自閉症とは思えない」と言われるようになった子が多いところに、今までの精神安定座では得られなかった、大きな違いがあります。
経験として、中学生以降に始めた場合は中止後再燃しやすく、一方、3~4歳から服薬を初めて12~13歳でやめた場合では、中止後も症状が後戻りしない傾向があります。
■ 漢方による自閉症の症状改善率(NRS法)
治療前を0とし、まったく変わらない場合を0、完全に治った場合を100、50%改善したと思えば50のところに○を付けるアンケート調査。回答は家族で、対象は男性68名、女性6名、治療期間は2ヶ月~9年6ヶ月。
・睡眠:100%
・多動:92.5%
・かんしゃく:88.3%
・パニック:95.6%
・自傷:82.1%
・突然の暴力:89.5%
・同じ状態に対する固執:74.4%
・脅迫的行動:65.2%
・儀式的行動:95.5%
・理解力:86.2%
・コミュニケーション:85.3%
・会話能力:32.4%
・グループ活動への参加:76.2%
■ 大柴胡湯以外の柴胡剤について
漢方の精神安定剤としては、柴胡桂枝湯、柴胡桂枝乾姜湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、柴胡清肝湯、抑肝散加陳皮半夏、柴朴湯などがあります。初期の手探り状態の頃に一通り試しており、思ったほどの効果が現れないことを実証済みですので、現在はこれらを中心に処方することはありません。
■ 実際の処方薬【大柴胡湯加抑肝散】
最初の5年間は大柴胡湯単独処方でしたが、今ひとつ改善が十分でない感じがあり他の方剤との合剤を考えました。抑肝散は柴胡剤の中でも虚証に用いる薬です。構成生薬で重なるのは柴胡のみ(大柴胡湯の1/3量)。併用したところ、次のような変化が得られるようになり、現在では約90%の自閉症の人たちにこの処方をするようになりました。
・表情が明るくなり、視線が合うようになった。
・言葉のない子でもコミュニケーションがよくなり、こちらの言うことがわかるようになった。
・通学路が決まっていて、同行する母親が帰りに寄り道をしたくてもできない、といったひどいこだわりがなくなった。
・急に計画を変更すると大パニックになったのが、融通がきくようになった。
・体が柔らかくなって、後ろ姿で肩が怒っていたのが下がった。
・体育が嫌いだったのが、嫌がらなくなった。
・他児の遊びに関心を示すようになった。
・言葉が増えてきた。
■ 漢方薬の処方量について
自閉症の人は非常に緊張が強いので、西洋医学の睡眠薬でもふつうの量では効かないことが多く経験されます。私の経験から、漢方薬でも多めの処方量の方がよい結果が出ています。
生薬の量では、現在の中医学では日本の3~4倍量を用いており、古典では更に多く10倍も使っています。ただし、中国の水は硬水のため成分が溶けにくいので生薬の量が多く必要、日本の水は軟水で成分が溶けやすいので生薬の量が少なくてすむのだという説が一般的です。しかし、中国の学者の中には、日本の生薬の使い方は少なすぎるのではないかという人もいるようです。
実際に、緊張の高い自閉症の人では標準量1日3包のところを4包にすると、ぐっと落ち着く場合がしばしばあります。幼児のケースでも2包の間はまったくしゃべらず硬い表情をしていた子が、大柴胡湯を大人量の3包にしたら顔色がよくなり表情が明るくなり急にじゃ縁出した例を経験しました。
■ 漢方薬開始後どれくらいで効果が出るか?
半年経てば違いが出てきます。睡眠障害やパニックなどは、2~3ヶ月以内に効果が現れます。睡眠障害の子どもでは、漢方を飲んだその日から効果があることもあります。
症状がよくなったら一度やめてみて、また症状が出たら再開することをお勧めします。
■ 自閉症に使われる精神安定剤
神経伝達物質(ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンなど)の量を減らすように働く神経遮断剤が使用されます。
・リスペリドン(リスパダール®)・・・抗ドーパミン、抗セロトニン作用
・ハロペリドール(セレネース®)・・・ドーパミン、ノルアドレナリン作動系に対する抑制作用
・プロペリシアジン(ニューレプチル®)・・・抗ドーパミン、抗ノルアドレナリン作用
これらの薬剤は脳から発せられた命令を中継地点で抑え、効果器には命令を弱めて伝える作用をしています。しかし元々の脳の強い反応に変化はなく、漢方で云う「本治」は得られておらず、自閉症を治すわけではありません。
以前、患者さんから「自閉症に効く漢方薬はありませんか?」と相談を受けたことがあります。
しかしその時点の私の知識では対応できませんでした。古くから夜泣きや寝ぼけ、チックなどに有効な漢方薬はありますが、自閉症に効くとされる方剤はどの本を見ても記載がありません。
その後、この本を見つけて購入し読んでみました。
著者は臨床経験50年の超ベテラン児童精神科医です。
その経験から、西洋医学の薬物は自閉症に効果がないこと、漢方薬は部分的ではあるものの有効であること、しかし発達の問題(物事を抽象化する能力の低下)には残念ながら効果が期待できないことを症例を挙げて解説しています。
そのメカニズムとして、漢方薬は「脳の過覚醒状態を和らげる」と指摘しています。
自閉症の子どもは常に過覚醒状態あることは、佐々木正美先生も『完・子どもへのまなざし』の中で以下のように記しています;
自閉症の子どもは、いつも過覚醒状態にあります。いつも警戒をしている弱い動物の睡眠によく似ていて、眠りが浅く、ぱっと目が覚めます。目ぼけている状態のときなんかほとんどありません。ですから、昼寝はあまりしたがらないです。
有効だったのは大柴胡湯。
意外な方剤の名前が出てきました。
著者もはじめから効果を狙って処方したのではなく、西洋医学の精神安定剤や睡眠導入剤の副作用としての肝機能障害対策に投与したら自閉症患者の不眠が改善されたという経験がきっかけだそうです。
大柴胡湯の概要を以下に示します;
【大柴胡湯】
大柴胡湯は、中国後漢時代に医聖・張仲景が著した『傷寒論』『金匱要略』に収載されている処方です。生薬・柴胡を主薬とする柴胡剤のひとつで、体力の充実した「実証」の人向けの薬です。慢性肝炎の治療薬として頻用される小柴胡湯の適応者で、胆石症、胆のう炎などで腹痛を伴う場合、不眠などの精神症状を呈する例に用いられる。また、体質改善や、随伴症状の軽減を目標に、肝機能障害、高血圧症、糖尿病、常習性便秘などに長期的にも使われます。
<使用目標(証)>
体力・腹力が充実しており、体格がよく(多くは肥満)、肋骨弓下部の抵抗・圧痛(胸脇苦満)が強く、便秘傾向がある人に用いる。便秘、悪心・嘔吐、食欲不振、肩こり、頭重感、上腹部の疼痛、耳鳴り、息切れなどを伴う場合によい。
(ツムラ:絵で見る漢方シリーズより)
私自身は子どもに大柴胡湯を使用した経験がありません。だって、肥満体型で便秘がちで高血圧、糖尿病なんて、中年男性の生活習慣病そのものではありませんか。
ただ、気血水理論では「肝陽気過剰」とあるので、脳の過覚醒状態と共通する病態がありそうです。
著者によるとほとんどの自閉症児が大柴胡湯の証に合うとのこと。
その応用方法・バリエーションやさじ加減も詳しく記載されているので、貴重な口訣として今後役に立てたいと思いました。
<メモ>
自分自身への備忘録。
■ 「肝気鬱結」と「疏肝解鬱」
漢方医学では気血水という概念があります。体には「気」の流れる道が12本あり、それを「十二経路」といって、それぞれが内臓を通って流れています。肝臓を通って気が流れている経路を「肝経」といい、肝臓が気の流れを調節していると想定されています。この肝臓の機能が障害されて、気が肝臓にたまると「肝気鬱結」といい、怒りやすく、イライラしやすく、ヒステリックになるなどの精神症状が出てくると考えられているのです。そして大柴胡湯や四逆散には肝臓にたまった気の流れをよくする作用があり、それを「疏肝解鬱」といいます。
■ 自閉症と類似疾患の鑑別
ここ20年くらい前から、ADHDや最重度の精神遅滞の幼児が自閉症と誤診された例にしばしばぶつかるようになりました。自閉症の特徴であるコミュニケーション障害は、ADHDや最重度精神遅滞のそれとはニュアンスが違います。自閉症児ではこちらが全く無視されているように感じることがしばしばありますが、後者ではこちらの気持ちが通じるところがあります。
視線が合わないことがよく指摘されますが、自閉症の人は視線を回避します。例えば、どこかへレクレーションに行き記念写真を撮ると、自閉症の人はレンズから視線を外しているのがよくわかります。一方、ADHDの人は忙しくて視線を合わせている暇がないといった感じです。
■ 歩き始めが遅いのは自閉症のせいではない
最近流行の「自閉症+精神遅滞」と診断された子どもでも、歩き始めが正常範囲内であれば、たとえIQが30であっても、精神遅滞ではなて自閉症による発達障害であり、この場合は重度広汎性発達障害、あるいは重度自閉症とするべきです。
精神遅滞児は脳の発達が悪いので、運動機能の命令を出す能力が劣ります。従って歩き始めが遅れます。例えば、ダウン症候群の人の平均知能はIQ45前後ですが、歩き始めはほぼ1歳8ヶ月から2歳前後です。計算上、健常児の歩き始めを1歳として、平均知能をIQ100とすると、ダウン症候群の子は知能が半分で、歩き始めるまで倍かかっているので、ピタリと計算が合います。
■ 病気の種類と有効な薬
ADHDには特効薬(コンサータやストラテラ)がありますが、これは自閉症には効きません。
自閉症の人の多動は漢方である程度落ち着きますが、ADHDの人には効きません。
■ 漢方薬が効いた自閉症患者のコメント
・「先生、この薬は栄養剤かい?」と聞くので「どうして?」と尋ねると「この薬を飲むと気分がよくなる」と言うのです。いつも緊張していてイライラしていたのが落ち着いたので、気分がよくなったと感じたのでしょう。
・漢方を飲むようになってから作業所でのトラブルが減った女性患者が「先生、この薬を飲むと気持ちが楽になるから、飲みます」とコメント。
■ 自閉症への漢方薬の効果の現れ方
自閉症の人には睡眠障害がある場合が多いのですが、漢方はそこに最も速く効果が現れます。自閉症の人は緊張が強いため眠れないので、睡眠が改善されることは、緊張が緩んだことを示しています。また、パニックやかんしゃくも減っていき、ついにはほとんど起こさなくなります。
ここはでは、そんなことならどの安定剤や睡眠剤でも得られることで、わざわざ漢方を使う必要はないと思われるでしょう。
しかし、漢方を飲むようになったら、視線が合うようになったり、コミュニケーションがよくなって、言葉のない子でも「自閉症とは思えない」と言われるようになった子が多いところに、今までの精神安定座では得られなかった、大きな違いがあります。
経験として、中学生以降に始めた場合は中止後再燃しやすく、一方、3~4歳から服薬を初めて12~13歳でやめた場合では、中止後も症状が後戻りしない傾向があります。
■ 漢方による自閉症の症状改善率(NRS法)
治療前を0とし、まったく変わらない場合を0、完全に治った場合を100、50%改善したと思えば50のところに○を付けるアンケート調査。回答は家族で、対象は男性68名、女性6名、治療期間は2ヶ月~9年6ヶ月。
・睡眠:100%
・多動:92.5%
・かんしゃく:88.3%
・パニック:95.6%
・自傷:82.1%
・突然の暴力:89.5%
・同じ状態に対する固執:74.4%
・脅迫的行動:65.2%
・儀式的行動:95.5%
・理解力:86.2%
・コミュニケーション:85.3%
・会話能力:32.4%
・グループ活動への参加:76.2%
■ 大柴胡湯以外の柴胡剤について
漢方の精神安定剤としては、柴胡桂枝湯、柴胡桂枝乾姜湯、柴胡加竜骨牡蛎湯、柴胡清肝湯、抑肝散加陳皮半夏、柴朴湯などがあります。初期の手探り状態の頃に一通り試しており、思ったほどの効果が現れないことを実証済みですので、現在はこれらを中心に処方することはありません。
■ 実際の処方薬【大柴胡湯加抑肝散】
最初の5年間は大柴胡湯単独処方でしたが、今ひとつ改善が十分でない感じがあり他の方剤との合剤を考えました。抑肝散は柴胡剤の中でも虚証に用いる薬です。構成生薬で重なるのは柴胡のみ(大柴胡湯の1/3量)。併用したところ、次のような変化が得られるようになり、現在では約90%の自閉症の人たちにこの処方をするようになりました。
・表情が明るくなり、視線が合うようになった。
・言葉のない子でもコミュニケーションがよくなり、こちらの言うことがわかるようになった。
・通学路が決まっていて、同行する母親が帰りに寄り道をしたくてもできない、といったひどいこだわりがなくなった。
・急に計画を変更すると大パニックになったのが、融通がきくようになった。
・体が柔らかくなって、後ろ姿で肩が怒っていたのが下がった。
・体育が嫌いだったのが、嫌がらなくなった。
・他児の遊びに関心を示すようになった。
・言葉が増えてきた。
■ 漢方薬の処方量について
自閉症の人は非常に緊張が強いので、西洋医学の睡眠薬でもふつうの量では効かないことが多く経験されます。私の経験から、漢方薬でも多めの処方量の方がよい結果が出ています。
生薬の量では、現在の中医学では日本の3~4倍量を用いており、古典では更に多く10倍も使っています。ただし、中国の水は硬水のため成分が溶けにくいので生薬の量が多く必要、日本の水は軟水で成分が溶けやすいので生薬の量が少なくてすむのだという説が一般的です。しかし、中国の学者の中には、日本の生薬の使い方は少なすぎるのではないかという人もいるようです。
実際に、緊張の高い自閉症の人では標準量1日3包のところを4包にすると、ぐっと落ち着く場合がしばしばあります。幼児のケースでも2包の間はまったくしゃべらず硬い表情をしていた子が、大柴胡湯を大人量の3包にしたら顔色がよくなり表情が明るくなり急にじゃ縁出した例を経験しました。
■ 漢方薬開始後どれくらいで効果が出るか?
半年経てば違いが出てきます。睡眠障害やパニックなどは、2~3ヶ月以内に効果が現れます。睡眠障害の子どもでは、漢方を飲んだその日から効果があることもあります。
症状がよくなったら一度やめてみて、また症状が出たら再開することをお勧めします。
■ 自閉症に使われる精神安定剤
神経伝達物質(ノルアドレナリン、セロトニン、ドーパミンなど)の量を減らすように働く神経遮断剤が使用されます。
・リスペリドン(リスパダール®)・・・抗ドーパミン、抗セロトニン作用
・ハロペリドール(セレネース®)・・・ドーパミン、ノルアドレナリン作動系に対する抑制作用
・プロペリシアジン(ニューレプチル®)・・・抗ドーパミン、抗ノルアドレナリン作用
これらの薬剤は脳から発せられた命令を中継地点で抑え、効果器には命令を弱めて伝える作用をしています。しかし元々の脳の強い反応に変化はなく、漢方で云う「本治」は得られておらず、自閉症を治すわけではありません。