漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

「未病息災」by 三浦 於菟 他

2011年10月19日 22時07分02秒 | 漢方
 農文協、2005年発行
 著者:三浦於菟、福生吉裕、波平恵美子

~Amazonの紹介文~
 「無病」なんて高望みはしない。「未病」でOK。「未病」とは病気の一歩手前の状態。「未病」が生活習慣病を防ぐカギになる。東洋医学、西洋医学、日本文化の視点から、既存の健康観へ警鐘を鳴らし、「未病」という新たな健康観、暮らしのあり方を提案する。


 三浦於菟先生は東邦大学漢方講座の教授であり日本漢方界の重鎮です(キャラはくだけていて講演を聞くとダジャレ/オヤジギャグ連発)。
 「症状はないが検査値は異常」という状態を「未病」と名付けて、3人の分野の異なる(東洋医学・生活習慣病・文化人類学)専門家が意見を述べる構成となっています。
 言葉の定義づけ議論は建前論のようであまり面白くありませんでした。
 対談や東洋医学の具体的養生法は興味深く読ませていただきました。
 「今日からはじめる養生法ー実践編」では、なんと三浦先生自らがモデルとなり裸になって体操しています。
 
 文化人類学者の波平先生の発言は残り二人の医療者と異なり、目から鱗が落ちるモノがありました。
 医療が今より不十分な時代は、日本人は今より「自分の体を知る」ことに長けていた。トイレに行けなくなったら「葬式の準備をしてくれ」と言った。食事が摂れなくなるまで働き、動けなくなったら短くて2週間、長くても2ヶ月で死んだので寝たきり老人は希だった、等々。

 現在の日本では、病人が食べられなっても胃にチューブを入れられて栄養剤を流し込まれ、生かされ続けます。
 どちらが幸せなのでしょうか?
 ヨーロッパでは食事が摂れなくても本人の意志がなければチューブは入れないそうです。無理やり入れることは「人権侵害」という概念が定着しているとのこと。かの国々では寝たきり老人が少ない理由の一つと指摘されています。

<メモ>
 私自身のための備忘録です。

□ 『黄帝内経
 前漢~後漢時代、約2000年前の書物。
 「内経」は科学問答集という意味。黄帝と岐伯という森羅万象なんでも知っている博士との問答集が24巻の書物として残っている。

国民皆保険の歴史
 1961年発効。日本人自らが作った制度ではなく、アメリカのGHQのアドバイスにより作られたもの。しかしアメリカには未だに国民皆保険はない。

未病の推奨する食事
 大豆を多く含む食品を主食とし、赤ワインを飲んで魚料理を食べるのがお勧め。
 大豆:レシチンというリン脂質を多く含み、リン脂質は細胞膜の構成物であり細胞を守るために必要であり、神経伝達物質であるアセチルコリンの材料にもなる。イソフラボンは血圧を下げるように作用し、また骨粗鬆症の予防にもなる。ゲニスチンは乳癌の予防と関係している。
 赤ワイン:ポリフェノールは抗酸化作用を有する(フレンチ・パラドックス)。
 魚:EPA入り。

家族の健康を見守るのは主婦の仕事
 昭和の田舎の家庭では、毎朝ほぼ同じ内容の食事を食べていた。すると、体の異変に気づきやすい。子どもが好きなモノを残すと「おかしい」と考えて対処するのがふつうだった。
 今は他人のことを考える余裕のある人が家庭にいなくなった。
 長生きしても幸福になれない。
 中途半端に医療があるものだから、病人でいる期間が長くなりがちである。

深呼吸の効用
 深呼吸をすると副交感神経が働き、「こころ」を安定させリラックスさせる。精神を統一するとき、何事かを行うとき、感情が不安定なときなど様々なときに、意識して呼吸をゆっくりすることを心がけるとよい。
 呼吸法の基本の一つを紹介;
① 息を吐くことより開始する。
② 吐くときは口からゆっくり吐く。
③ 吸うときは鼻から吸う。吐くときより時間は短くてよい。
④ 呼気と吸気は連続して切れ目なく行う。

実証と虚証
 実証とは虚証の反対、つまり生命力が充実している状態ではない。実証とは病気を引き起こす有害物である邪が盛んな状態を云う。つまり、体は正常で体力はあるが、邪に侵された、あるいは邪が存在するために病気となった状態を云う。
 実証の特徴は、症状が強いこと、激しいこと。
 巨匠の特徴は、症状が穏やかなこと。
 ちょっとしたことですぐに汗が出てしまう、寝汗をかくなどは虚証の人に多い。寝汗は基本的には体の調子が悪いと出るもの。
 痛いところをさすられると気持ちがよいのは虚証の人、触られるのはイヤ、押されると痛いなどは実証の傾向。
 西洋薬は実証向きの強い薬が多いので虚証の人は副作用が出やすく注意が必要。

虚実と病気
 病気の発生する3パターン;
①「正気」の低下
 東洋医学では生命力・抵抗力のことを「正気(せいき)」と呼ぶ。正気が不足した結果病気になった状態を「虚証」という。
②「邪」の存在
 東洋医学では病気を発生させる有害物を「邪(じゃ)」と呼ぶ。西洋医学でいえば細菌やウイルス、癌に相当する。正気が十分あるにもかかわらず病気になった状態を「実証」という。実証とは正常に働く力はあるが、邪に邪魔されて働きが妨げられた状態である。
③「正気」の低下&「邪」の存在
 ①+②の病態。実際の病気ではこのパターンが多い。正気が十分であれば邪を跳ね返すことができるが、低下していれば邪に侵されて病気になってしまう。東洋医学では「虚実錯雑証」(虚と実が同時に存在する状態)と呼ぶ。

 以上の視点から病気の予防を考えると「邪になるものを避け、正気を強める」ことに尽きる。

「カゼは万病の元」の真意
 このカゼは感冒ではなく風邪(ふうじゃ)であり、季節の変わり目の風向きの変化を表している。つまり、冬は北風が、春になると東風が多くなり、北から東に風向きが変化することになる。このときに病気が起こりやすいから注意しようというのが本来の意味。東洋医学では自然現象が病気を引き起こすと考えたことによる。

「痰・湿・飲」の違い
 気血水の中の水分の異常貯留を痰(たん)・湿(しつ)・飲(いん)と呼ぶ。
 痰とはやまいだれの中に火があることよりわかるように、水に熱を加え濃縮した状態、つまり粘りけのある水分を云う。咳とともに出る痰とは、本来異常水分の痰から出た言葉である。陰戸は鼻水のように水溶性のもの、湿とは痰と飲の中間の粘りを持ったものを云う。

熱証と寒証~便秘を例に~
 東洋医学では体の表面や内部が冷えている状態を寒証、熱を持っている状態を熱証と捉える。
 寒証には体を温める作用の薬(温性薬)、熱証には体を冷やす薬(清熱薬)で対応するが、これを誤ると体調が悪化し副作用として現れる。
 便秘は基本的にお腹が熱を持った状態である。冷えの便秘もあるが比較的少なく、このときには腸がモコモコ動く感じがする。
 便秘薬は西洋医学薬を含めて体を冷やす薬が多い。これを冷えの便秘に使用すると少量でも下痢になってしまう。
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「漢方ー日本人の誤解を解く」劉 大器 著

2011年10月10日 15時30分53秒 | 漢方
 1997年、講談社発行。

 ふつう西洋医学系の書籍は出版後10年もすると内容が古くなってしまい読む価値が激減する傾向がありますが、漢方に関する本には当てはまりません。
 よい本は何十年経ってもよい本であり続けます。
 なぜかというと、漢方の医学大系は1000年前以上に既に完成されており、著者がどう捉えるかというレベルの違いしかないからです。

 この本は日本漢方とは少し異なる中医学(伝統的な中国医学)の先生が日本人向けに書いた啓蒙書です。ですから、漢方医学というより東洋医学と呼んだ方が適切かもしれません。

 漢方は体に優しく副作用がない、長く飲まなければ効かない・・・等々、いろんな誤解があります。この本でもその点に触れています。

 漢方で用いる生薬(漢方薬を構成する原料の草根木皮)には体に優しい守るタイプから使い方を誤ると副作用が出る攻めるタイプまで幅広く存在します。
 漢方薬の2000年前の古典「神農本草経」という書物には、食物~生薬を大きく3つに分類して記載されています。

 上品(じょうほん):毒性が無く体によいもの
 中品(ちゅうほん):毒性は小さいけれど薬効のあるもの
 下品(げほん):毒性は強いけれど治病に優れているもの


 例えば、下品の中には「附子」という生薬が含まれていますが、これは長野カレー事件で有名なったトリカブトなのです。それを漢方的に加工して(修治といいます)毒性を減じ、体を温めてすぐれた鎮痛効果を発揮する薬として長い長い時間をかけて手名付けてきたわけです。

 上品・中品・下品を組み合わせ、上手く使いこなすのが漢方のプロということになります。
 日本で普及しているエキス剤は、漢方の古典から現代人にも適用できる組み合わせを抜粋して既製品化した約束処方と捉えることが可能です。

 著者は漢方薬は漢方医学の考え方に沿って処方されるべきで、西洋医学の病名だけで「この病気にはこの漢方」では危険であると警告を発しています。
 漢方医学の病名・診断名は「」と云います。
 人間の健康状態を「虚実」「寒熱」「陰陽」「表裏」などの概念で捉え、それを元に症状にあった方剤を選択するのです。
 それを無視して西洋医学病名だけで処方すると、体に不具合が生じ、それが症状として副作用の形をとることになります。

 この本の中で強調しているのは「寒熱」の判断です。
 その内容は単純明快。
 「寒則熱之、熱則寒之」(「寒」には「熱」、「熱」には「寒」)。
 つまり、「寒」(冷えている人)には「熱」(温める薬)、「熱」(熱を帯びている人)には「寒」(冷やす薬)を原則とします。

 逆のことを考えてみましょう。
 「寒」(冷えている人)に「寒」(冷やす薬)を与えたらどうなるでしょう?
 「熱」(熱を帯びている人)に「熱」(温める薬)を与えたらどうなるでしょう?

 からだが余計に辛くなることは誰にでも予想できますね。
 第三章では二十二項目にわたり「寒熱」を判断する材料を提示して解説しています。

 1990年代に「慢性肝炎に小柴胡湯という漢方薬を使用した患者さんに間質性肺炎が多発」し社会問題に発展しました。
 このカラクリは、小柴胡湯の「寒」(冷やす薬)という性質を考えると自ずと答えが出てきます。
 患者さんの中には「熱」の人も「寒」の人もいたと想定されます。
 もともと小柴胡湯は熱病に使う薬であり、「熱」の人にはよく効いたことでしょう。
 しかし、「寒」の人は・・・冷えているからだがより冷やされて辛くなったことでしょう。その一部に副作用が発現したものと考えられます。

 という訳で、漢方薬を使用するときは漢方医学のルールに従ってください、とアドバイスしている内容です。

 民間療法と漢方薬との違いにも言及しています。
 一般に、民間療法は一つの生薬、漢方医学は複数の生薬の組み合わせ、と説明されることが多いのですが、この本は一歩踏み込んで解説していました。

 民間療法は「対症療法」、漢方医学は「対証療法」である、と。
 なるほど。
 腰が痛い、手がしびれる、めまいがする・・・などの一つの症状に対応するのが民間薬。
 一方、それらの症状を総合して「寒熱」「虚実」「表裏」などの物差しで「証」を判断して用いるのが漢方薬。
 民間療法と漢方医学は完全に異なるものではありません。民間療法が発展して、医学のレベルまで到達したものが漢方医学であるとご理解ください。

 また、生薬のみならず、食物の寒熱にも言及しています。
 「寒」の人は温める食材を、「熱」の人には冷やす食材を勧めています。
 前述の神農本草経には生薬だけでなく食材についても記載されています。
 つまり「医食同源」ということですね。

 小児科医である私は、子どもにも漢方薬が役立つことを実感し、西洋医学で解決できない病態に用いています。
 日本では「食育」がキーワードとなる昨今、漢方の考えを導入・応用し、医食同源~薬膳へ発展させることができないかと常々考えてきましたが、この本から大きなヒントをいただきました。
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