2006年、筑摩書房(ちくまプリマー新書044)
たくさんの著書があり、「うま味博士」との呼ぶべき京都大学教授の伏木先生の一般向け啓蒙書です。
前項「味と香りの話」という科学啓蒙書を読んだ後なので、エッセイ風のこちらはわかりやすいのですが少々物足りなくも感じました。
話題も散漫でまとまりが今ひとつ、内容の重複もあるのが玉にきず。
しかし、ダシ文化への考察は伏木先生ならではで、その見識の広さには脱帽します。
グルタミン酸を中心とするうま味文化は日本だけのものではなく世界中に存在する(イタリアのトマトもグルタミン酸のおいしさ)とか、日本の京料理は新鮮な魚が手に入らなかったのでダシを極める方向で発達してきたとか、うんちくは数知れず。
それから「ラーメンとカレーもダシ文化としての和食である」と喝破している項目を興味深く読みました。
確かにラーメンは油よりコク、カレーも香辛料の辛さよりコクを求める傾向があり、ウンウン頷く私でした。
「子どもたちにダシ文化をしっかり教え込むことは将来の日本人の健康にとって大切なこと」という提案には大賛成です。
日本の子どもたちへの食育の肝ですね。
まあ、楽しくさらっと読むには手ごろな本だと思います。
<メモ>
・日本は古来農業国であり、畜産や酪農の歴史は浅く、昭和中期までは肉や乳製品などは手に入りにくかった。宗教上の理由から魚や鶏以外の肉食がタブー視されていた明治以前でも肉や乳製品が全く食べられなかったというわけではないが、主役は明らかに穀類や野菜などの植物性食材である。
魚や鶏、卵は昔からの日本の代表的な動物性食品であるが、牛や豚、ウマなどの体臭を含めた動物的な味わいに比べるとあまりに淡白である。動物性の脂の旨さなど、動物性食品では野菜では作り出せないおいしさがある。
・仏教の禅宗の料理は動物性の食材を使わない。しかし野菜やウナギを肉や魚などあらゆる動物性の食材に似せて料理する食の芸術がある。このような芸術が発達したのは、動物性食材が食べたいという熱意と執着が背景にあったからであろう。僧侶達の切ない欲求が感じ取れる。
・カツオだしは植物性の食材を動物性の味わいに変えてくれる。肉が手に入らない昔の日本でダシの文化が花開いたのは偶然ではない。動物性の味が必要だったからである。
日本のカツオだしの文化は、室町時代からの伝統を持つ味覚の文化である。宗教的な制約や牧畜民族ではなくて農耕民族であったことなど、多くの偶然が重なって、油脂を多用せずにダシのおいしさで満足する文化が生まれた。現代人の健康という面から見れば非常に幸運な偶然である。
多くの国では満足感を得るために油脂を大量に摂取する。デザートには砂糖などもよく使う。いずれもやみつきになる食品である。一方、日本型のやみつき肝はダシの香りとうま味で達成できるのである。
・アメリカ人は日本のカツオだしの風味が大嫌い。魚臭いという。日本の海苔の風味は世界各国の人が嫌がる。
・油脂と砂糖水とうま味は脂肪・糖質・蛋白質の三大栄養素の味だ。新生児の舌の上に甘味やうま味溶液を滴下すると幸福感の表情を見せる。油脂については、ドイツでは夜泣きする赤ん坊に油をなめさせてなだめる習慣があるそうだ。砂糖水でもよいが母親は子どもの虫歯が気になるので油脂が使われたという。
我々の研究では、砂糖と油脂は脳内にβ-エンドルフィンを分泌させる食材である。そしてダシのおいしさも砂糖や油脂と同じくβ-エンドルフィン分泌を刺激する。
・ダシがおいしいのは生きるために必要なアミノ酸が豊富に含まれているからだ。おまけに核酸もある。生命維持に大切な塩分も最適な濃度に加えられている。
なぜダシに人間に必要な成分が濃縮されているのか。答えは簡単である。ダシの原料も生物だったからである。人間の体を構成する二十数種類のアミノ酸とダシに含まれているアミノ酸の種類は同じである。人間の遺伝子の主成分である核酸の基本的な成分はダシのうま味を構成する核酸と同じである。
・人間が最初に味わうダシは「胎児期の羊水」であると味の素の研究グループは述べている。同グループは実際に人工的に母親の羊水を合成した。貝の潮汁のような味がするという。
・ダシのうま味は適度の塩味があって初めておいしいと感じる。その適度な濃度は動物の血液の塩分濃度に近い範囲にある。お吸い物の好ましい塩分が0.8-1.0%程度というのは血液の塩分濃度とほぼ一致する。
・日本人が日本食やカツオだし・昆布だしを好きなのは親たちに教えられたからである。大人が教えなければ、アメリカ人と同じく日本のダシのおいしさは生涯わからない。
日本の伝統であるダシを酢気になることは、大人になってからの健康にとっても好ましい。ご飯とダシを中心とした日本の伝統的な食事は、欧米の標準的な食事に比べてカロリーが少なく、脂肪含量が低く、食物線維は多いなど、生活習慣病のリスクとなる要因が少ない。ダシのおいしさを知る人間は日本の食事を好む。だから、将来の健康のためにも、ダシのおいしさを知ることは大事なのである。
・ラーメンは和食である。全国的なラーメンの流行は、私は出し文化の最先端であると捉えている。最初は焼き豚や背脂をふんだんに利かせて、油のうま味を楽しむ食のようであったラーメンであるが、近年和風ダシを意識したものが増えてきた。こってりした脂にやや食傷した人々は、あっさりしながらもコクの深いダシのうま味を求めるようになってきたのである。
たくさんの著書があり、「うま味博士」との呼ぶべき京都大学教授の伏木先生の一般向け啓蒙書です。
前項「味と香りの話」という科学啓蒙書を読んだ後なので、エッセイ風のこちらはわかりやすいのですが少々物足りなくも感じました。
話題も散漫でまとまりが今ひとつ、内容の重複もあるのが玉にきず。
しかし、ダシ文化への考察は伏木先生ならではで、その見識の広さには脱帽します。
グルタミン酸を中心とするうま味文化は日本だけのものではなく世界中に存在する(イタリアのトマトもグルタミン酸のおいしさ)とか、日本の京料理は新鮮な魚が手に入らなかったのでダシを極める方向で発達してきたとか、うんちくは数知れず。
それから「ラーメンとカレーもダシ文化としての和食である」と喝破している項目を興味深く読みました。
確かにラーメンは油よりコク、カレーも香辛料の辛さよりコクを求める傾向があり、ウンウン頷く私でした。
「子どもたちにダシ文化をしっかり教え込むことは将来の日本人の健康にとって大切なこと」という提案には大賛成です。
日本の子どもたちへの食育の肝ですね。
まあ、楽しくさらっと読むには手ごろな本だと思います。
<メモ>
・日本は古来農業国であり、畜産や酪農の歴史は浅く、昭和中期までは肉や乳製品などは手に入りにくかった。宗教上の理由から魚や鶏以外の肉食がタブー視されていた明治以前でも肉や乳製品が全く食べられなかったというわけではないが、主役は明らかに穀類や野菜などの植物性食材である。
魚や鶏、卵は昔からの日本の代表的な動物性食品であるが、牛や豚、ウマなどの体臭を含めた動物的な味わいに比べるとあまりに淡白である。動物性の脂の旨さなど、動物性食品では野菜では作り出せないおいしさがある。
・仏教の禅宗の料理は動物性の食材を使わない。しかし野菜やウナギを肉や魚などあらゆる動物性の食材に似せて料理する食の芸術がある。このような芸術が発達したのは、動物性食材が食べたいという熱意と執着が背景にあったからであろう。僧侶達の切ない欲求が感じ取れる。
・カツオだしは植物性の食材を動物性の味わいに変えてくれる。肉が手に入らない昔の日本でダシの文化が花開いたのは偶然ではない。動物性の味が必要だったからである。
日本のカツオだしの文化は、室町時代からの伝統を持つ味覚の文化である。宗教的な制約や牧畜民族ではなくて農耕民族であったことなど、多くの偶然が重なって、油脂を多用せずにダシのおいしさで満足する文化が生まれた。現代人の健康という面から見れば非常に幸運な偶然である。
多くの国では満足感を得るために油脂を大量に摂取する。デザートには砂糖などもよく使う。いずれもやみつきになる食品である。一方、日本型のやみつき肝はダシの香りとうま味で達成できるのである。
・アメリカ人は日本のカツオだしの風味が大嫌い。魚臭いという。日本の海苔の風味は世界各国の人が嫌がる。
・油脂と砂糖水とうま味は脂肪・糖質・蛋白質の三大栄養素の味だ。新生児の舌の上に甘味やうま味溶液を滴下すると幸福感の表情を見せる。油脂については、ドイツでは夜泣きする赤ん坊に油をなめさせてなだめる習慣があるそうだ。砂糖水でもよいが母親は子どもの虫歯が気になるので油脂が使われたという。
我々の研究では、砂糖と油脂は脳内にβ-エンドルフィンを分泌させる食材である。そしてダシのおいしさも砂糖や油脂と同じくβ-エンドルフィン分泌を刺激する。
・ダシがおいしいのは生きるために必要なアミノ酸が豊富に含まれているからだ。おまけに核酸もある。生命維持に大切な塩分も最適な濃度に加えられている。
なぜダシに人間に必要な成分が濃縮されているのか。答えは簡単である。ダシの原料も生物だったからである。人間の体を構成する二十数種類のアミノ酸とダシに含まれているアミノ酸の種類は同じである。人間の遺伝子の主成分である核酸の基本的な成分はダシのうま味を構成する核酸と同じである。
・人間が最初に味わうダシは「胎児期の羊水」であると味の素の研究グループは述べている。同グループは実際に人工的に母親の羊水を合成した。貝の潮汁のような味がするという。
・ダシのうま味は適度の塩味があって初めておいしいと感じる。その適度な濃度は動物の血液の塩分濃度に近い範囲にある。お吸い物の好ましい塩分が0.8-1.0%程度というのは血液の塩分濃度とほぼ一致する。
・日本人が日本食やカツオだし・昆布だしを好きなのは親たちに教えられたからである。大人が教えなければ、アメリカ人と同じく日本のダシのおいしさは生涯わからない。
日本の伝統であるダシを酢気になることは、大人になってからの健康にとっても好ましい。ご飯とダシを中心とした日本の伝統的な食事は、欧米の標準的な食事に比べてカロリーが少なく、脂肪含量が低く、食物線維は多いなど、生活習慣病のリスクとなる要因が少ない。ダシのおいしさを知る人間は日本の食事を好む。だから、将来の健康のためにも、ダシのおいしさを知ることは大事なのである。
・ラーメンは和食である。全国的なラーメンの流行は、私は出し文化の最先端であると捉えている。最初は焼き豚や背脂をふんだんに利かせて、油のうま味を楽しむ食のようであったラーメンであるが、近年和風ダシを意識したものが増えてきた。こってりした脂にやや食傷した人々は、あっさりしながらもコクの深いダシのうま味を求めるようになってきたのである。