漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

小児アトピー性皮膚炎に「柴胡清肝湯」(80)「荊芥連翹湯」(50)は有効か?

2017年09月28日 18時36分47秒 | 漢方
 温清飲の加味方である柴胡清肝湯と荊芥連翹湯。
 前項では扱いきれなかったので別に項目を設けました。
 長くなるので、最初に調べてポイントと思われた事項を提示しておきます。
 結論から申し上げると、元の温清飲は一般に病気が慢性化し・陰陽が入り乱れ,寒熱が交わっている時に使用する方剤、その加味方である柴胡清肝湯は易感染性の虚弱児に対する体質改善薬、荊芥連翹湯はさらに成長した思春期以降の体質改善薬として設定された方剤です。
 各々のターゲットは、
・柴胡清肝湯:呼吸器・耳鼻>皮膚
・荊芥連翹湯:耳鼻>皮膚
と理解しました。

【柴胡清肝湯】
構成生薬:(温清飲+柴胡・連翹+)桔梗・薄荷・牛蒡子・天花粉
八綱分類:裏熱虚証(赤本)
虚実:虚実中間
気血水:気滞、血虚
漢方的適応病態:血虚血熱・風熱
TCM的解説:清熱解毒・祛風排膿・養血・止血

(備考)
・「解毒証体質=結核症体質」で昔は「虚弱児に対する結核予防薬」として用いられた。
・現代において解毒証体質は「やせた,血色は赤味がなく青黒く,腹部に腹直筋の緊張が強く(くすぐったがる)、扁桃炎を起こしやすく,一度ひいた風邪は治りにくく,また長びいて気管支炎になりやすく,肺門リンパ腺腫脹や頸部リンパ腺腫脹を起こしやすい,胃腸もあまり丈夫でないという小児」と訳すことができる。
・解毒証体質は現代でいうアレルギー体質に類似するとの解釈もある(小太郎漢方製薬)。
・薄荷・連翹・牛蒡子など皮膚疾患に頻用される生薬が入っている。
・元の方剤である温清飲より飲みやすい。
・柴胡清肝湯は,古方の小柴胡湯,小建中湯,柴胡桂枝湯と鑑別を要する。いずれの処方も虚弱な幼児の体を丈夫にする薬として,あるいは虚弱児に発するいろいろな病気の治療薬として使用されるが,小柴胡湯は,多くの場合胸脇苦満が認められる。小建中湯とは,ともに腹直筋の緊張を認める点が共通しているが,小建中湯証の児は甘い味を好み,柴胡清肝湯証の児は苦い薬でもよく服用することができるのが大きな相違といえる。

【荊芥連翹湯】
構成生薬:(温清飲+柴胡・連翹+)荊芥・防風・ 桔梗・薄荷・枳殻・白芷
八綱分類:裏熱虚証(赤本)
虚実:虚実中間
気血水:血虚
漢方的適応病態:血虚・血熱・肝鬱・風熱
TCM的解説:清熱解毒・疏肝解欝・凉血止血・解表

(備考)
・解毒症体質の小児は青年期になると扁桃炎/中耳炎ではなく蓄膿症を起こすようになる。
・耳鼻両方の病気をひとつの処方で治する方剤。
・温清飲によって虚弱な体質の改善をはかりながら,他の9味で慢性の耳鼻科疾患を治そうと意図したもの。
・柴胡清肝湯から牛蒡子(消炎)・栝楼根(滋潤)を去り,止痒の効能をもつ荊芥・防風・白芷(びゃくし)と排膿の枳実を加味して皮膚疾患に適した生薬構成となっている。柴胡清肝湯より清熱作用は弱いが,青年期となって化膿傾向が出現した場合によい適応となり、浅黒い皮膚,筋肉質,掌蹠の発汗などが使用目標である。
・灼熱感のある暗赤色の発疹(湿潤性がない)あるいは皮膚炎が適応となる。

 さらに、診療でよく出会う「くすぐったがり屋さん」にドンピシャの解説を見つけました;
「腹診をするとき、くすぐったがる小児は柴胡清肝散証の強いものと思ってさしつかえなく、腹診時の腹壁の異常過敏性は解毒証体質者に特有であって、柴胡清肝散証ばかりでなく、荊芥連翹湯証、竜胆瀉肝湯証などにも同様にこの現象を認める」
「森道伯先生が、この小児の解毒証体質者に柴胡清肝散を与えた理由は、 じつにこの体質者を向上させて、後に肺結核を起こす余地を与えないようにと考えられたにほかならない」(矢数格先生)

 中耳炎の経過による方剤の使い分けの解説も;
「急性・慢性中耳炎では,急性期にまず葛根湯を使用し,2~3日たったのちには小柴胡湯あるいは大柴胡湯を使用するのが普通でありますが,小柴胡湯を使う時期以後で耳痛,分泌物があれば荊芥連麹湯を使用するとよい」(室賀昭三先生)


 では最初に、柴胡清肝湯・荊芥連翹湯を「解毒証体質」に使う方剤として一世を風靡した一貫堂処方の解説を。

■ 「一貫堂の処方」より
西本隆先生:西本クリニック
【柴胡清肝散・荊芥連翹湯・竜胆瀉肝湯】
 この3つの方剤は,いずれも,四物黄連解毒湯を基本としている。 四物黄連解毒湯とは,その名の通り,四物湯と黄連解毒湯の合方であるが,『漢方一貫堂医学』での黄連解毒湯は,我々が普段用いている『外台秘要』 を出典とした黄連・黄芩・黄柏・山梔子の4味からなる黄連解毒湯ではなく,『万病回春』傷寒門を出典とした黄連・黄芩・黄柏・山梔子・柴胡・連翹の6味からなる処方をこれにあてている。
 我々のよく知る黄連解毒湯(『外台秘要』)はいうまでもなく,上中下三焦の実熱を清する方剤である が,『万病回春』では柴胡・連翹が加わることによって,さらに肝胆の風熱を清する作用が強化されて おり,これに「血を養い,血熱を冷まし,血燥を潤す」四物湯を合方することにより,より強力で長期の使用にも耐えうる処方になるのである(『外台秘要』の黄連解毒湯合四物湯は,「温清飲」として知られているので,ここでの四物黄連解毒湯は温清飲加柴胡・連翹でもある)。

四物黄連解毒湯:当帰・地黄・芍薬・川芎・黄連・ 黄芩・黄柏・山梔子・柴胡・連翹
柴胡清肝散:四物黄連解毒湯+〔A〕桔梗・薄荷・ 牛蒡子・天花粉
荊芥連翹湯:四物黄連解毒湯+〔B〕荊芥・防風・ 桔梗・薄荷・枳殻・白芷
竜胆瀉肝湯:四物黄連解毒湯(去柴胡)+〔C〕薄荷・ 防風・竜胆・沢瀉・木通・車前子

 このように,四物黄連解毒湯を基本に加味された生薬からそれぞれの方剤の適応病態を探ってみる。

柴胡清肝散
 〔A〕群の加味生薬により体表と上焦の祛風清熱作用が強まっており,上気道感染や感染性皮膚症状を起こしやすい小児に対する処方であることがわかる。
荊芥連翹湯
 白芷は「善く顔面諸症を治す」といわれ,頭部・顔面の諸症状すなわち,頭痛・座瘡・鼻閉鼻汁などを治す方剤に配合される。(川芎茶調散・清上防風湯・辛夷散など)荊芥・防風が配合されることにより祛風作用が強まり,また,利気作用の枳殻が配合されることで,気鬱を伴う青年期の座瘡・慢性鼻炎・慢性副鼻腔炎・アトピー性皮膚炎などの諸疾患に対応できる処方である。
竜胆瀉肝湯
 〔C〕群の特徴は竜胆・沢瀉・木通・ 車前子といった下焦の湿熱を改善する生薬群であり,前立腺炎や女性の外陰部の炎症などに用いられる。去柴胡であるのは,柴胡の昇提作用を嫌ったものかと考えられる。


 大野先生の鑑別処方の解説(続・Dr.Ohno教えてください 漢方処方実践編 症例から学ぶ服薬指導のポイント第二回アトピー性皮膚炎)もわかりやすいので引用させていただきます。

【鑑別処方:血虚のアトピー性皮膚炎】
柴胡清肝湯
 生薬構成は温清飲に柴胡・薄荷・連翹・桔梗・牛蒡子(ごぼうし)・栝楼根(かろこん)・甘草が追加されている。柴胡が2gその他の生薬はすべて1.5gである。柴胡・薄荷・連翹・牛蒡子は消炎作用を有し,薄荷・連翹・牛蒡子は皮膚疾患に頻用される生薬である。排膿作用のある桔梗と滋潤作用のある栝楼根が追加されている。
 主に小児の腺病質の体質改善に応用されてきた。アトピー性皮膚炎に応用する場合,就学前の小児に適応する場合が多い。必ずしも飲みやすい味ではないが,問題なく服用してくれる小児が多いことには驚かされる。
荊芥連翹湯
 本漢方薬も温清飲の加味方であるが,柴胡清肝湯から牛蒡子・栝楼根を去り,止痒の効能をもつ荊芥・防風・白芷(びゃくし)と排膿の枳実を加味して皮膚疾患に適した生薬構成となっている。柴胡清肝湯より清熱作用は弱いが,青年期となって化膿傾向が出現した場合によい適応となる。浅黒い皮膚,筋肉質,掌蹠の発汗などが使用目標である。
当帰飲子
 生薬構成としては四物湯に黄耆・防風・荊芥・蒺梨子(しつりし)・何首烏(かしゅう)・甘草を加味したものである。ただし四物湯の構成生薬の分量が異なり当帰5g・地黄4gと増量されている。したがって四物湯より血虚に対する効能が増強され,皮膚付属器の機能を回復させる黄耆・何首烏を加え,さらに止痒として働く防風・荊芥・蒺藜子が加味され,甘草で全体を調和していると考えられる。すなわち発疹・発赤などの皮膚の炎症状態が無いか軽度で皮膚枯燥が著しく痒みを伴っている場合に適応する。皮脂欠乏性皮疹に応用されることが多く,アトピー性皮膚炎に応用する場合には黄連解毒湯との合方も役立つ。
十全大補湯
 四物湯(血虚)に四君子湯(人参3g・蒼朮3g・茯苓3g・甘草1.5g;気虚)を合方して八珍湯とし,さらに皮膚付属器の機能を回復させる黄耆3gと経脈を温める桂皮3gを加味した生薬構成をもつ。気血両虚を改善させ温めながら皮膚の状態を改善させる漢方薬ということになる。皮膚のカサツキは温清飲適応例と同様であるが,より虚証で元気の虚損が見られる症例に適応する。

 
 当帰飲子の解説が印象的です。
 当帰飲子(86)は四物湯ベースに皮膚を栄養する黄耆、痒みを抑える生薬(防風・荊芥・蒺藜子)を加えたものと考えるとわかりやすい。

 荊芥連翹湯の生薬構成を分解・分析した小太郎漢方製薬の解説から;





 荊芥連翹湯の白芷は顔面病変をターゲットにした生薬だそうです。
 竜胆瀉肝湯には柴胡が入っていませんが、柴胡は効能を上半身に引き上げる作用があるので、それを抜くことにより下半身をターゲットにできたようです。


※右図をクリックすると拡大します;

 この表を見ると、自ずと方剤の性格が浮かび上がってきます。
 「解表」はこの場合「かゆみ止め」、「清熱」は「炎症(赤み)を押さえる」、「駆瘀血」(補血)は「色素沈着や苔癬化に対応」、「理気」はイライラした気持ちを和らげる、「利水」は「ジクジクに対応」と読めます。
 すると、柴胡清肝湯と荊芥連翹湯の違いは、
・荊芥連翹湯の方が解表(かゆみ止め)の生薬数が多い。
・荊芥連翹湯の方が理気(気持ちを和らげる)の生薬数が多い。
 一方、共通する点として、
・両者とも補血・駆於血剤がたくさん入っているが利水剤が入っていないので、ジクジクした湿疹より、カサカサして皮膚の色が悪いタイプの湿疹に向いている。
 となります。

 ただ、この表で気になる点が二つ。
・柴胡が解表に入っていること ・・・柴胡は半表裏を和解する生薬では?
・桔梗・枳実が理気薬に入っていること ・・・消炎・排膿が主治では?

 さらに下表(「皮膚科疾患に用いられる方剤の医薬品情報」桂元堂薬局:佐藤大輔)をながめながら読むと、より理解が深まります。





 次は室賀昭三Dr.の解説「重要処方解説:柴陥湯・柴胡清肝湯」から。

■ 「柴胡清肝湯」
この処方は明のころに薛立斎(せつりつさい)が著した『外科枢要』という書物の瘰癧門,つまり現在の結核性頸部リンパ腺炎,あるいはその類似疾患に使用された治療剤の一つとして記載されております。
□ 構成生薬
 その内容は,柴胡,黄苓,人参,川芎,梔子,連翹,桔硬,甘草の8味より成っております。後世になって、一貫堂の森道伯先生がこれにいろいろな薬味を加えられ, 一貫道方の柴胡清肝湯を作られ,現在の日本では,柴胡清肝湯といえばこれらの処方を意味するようになってしまいました。
 森道伯先生の作られた処方は,柴胡,当帰,芍薬,川芎,地黄,黄連,黄苓,黄柏、山施子,連翹,桔梗,牛蒡子,天花粉,薄荷葉,甘草の15味より成っております。つまり元の処方から人参を去り,当帰,荷薬,地黄,黄連,黄柏,牛勢子、天花粉、薄荷葉の8味を加えたものであります。この処方の内容を見てもおわかりのように,この処方は後世方の処方であります。すなわち当帰,有薬,川蔦,地黄の四物湯と,黄連,黄柏,黄苓,山樋子の黄連解毒湯を合わせた温清飲に,桔梗,薄荷葉,牛勢子,天花粉を加えたものであります。
 黄連、黄柏、黄芩、山梔子の4味を合わせた黄連解毒湯は,実熱によって起こる炎症と充血を伴った諸症を治す方剤であります。この4味はいずれも味が苦く、体の熱を冷ます作用があります。
 温清飲は黄連解毒湯と四物湯を合わせたもので,一般に病気が慢性化し・陰陽が入り乱れ,寒熱がまじわっている時に使用されます。別な表現をすれば古くなった熱を冷まし,乾いた血に潤いを与え,肝の働きをよくする作用があるとされます。この温清飲に桔梗,薄荷葉,牛蒡子,天花粉を加えたものが本処方であります。
 桔梗は昧は苦く,平(冷やすでもなく温めるでもない)であります。肺に入り,熱を瀉し,痰を除き,咳を治し,頭目を清め,咽喉を利し,滞気を散ずる、怯痰・排膿剤で,粘痰,化膿性の皮膚疾患などに用います。
 薄荷葉は味は辛く,涼(軽く冷やす)で,風熱を消散し,頭目を清め,咽喉病を治す。つまり清涼,発汗,解熱,健胃剤で,胃腸炎,感冒に用いられます。
 牛芳子は,味は辛く,平で,熱を解し,肺を潤し,咽喉を利し,瘡毒を散ず。つまり解毒,解熱,利尿剤で,浮腫,瘡毒に用います。
 天花粉は津液を生じ,火を降し,燥を潤し,腫を消し,膿を排すとされ,もしこれがなければ瓜呂根を代用してもよいとされております。これらの15味が協力して作用するわけであります。
□ 使用目標
 どのような目標に対してこの柴胡清肝湯を使用するかと申しますと,古方でいう小柴胡湯あるいはう小建中湯によく似ておりますが,一貫堂では,これを解毒証休質という独得の表現で示しております。
 森道伯先生は,晩年においてその治療上の基準として体質を三つの証に分類し,その三大分類によって,従来の漢方医学の中に新しい異色のある一つの医学体系を打ちたてたのであります。その三大分類とは,瘀血証体質者,臓毒証体質者,解毒証体質者の三つであります。
 瘀血証体質者とは,瘀血を体内に保有する人をいいます。婦人は体の構造上瘀血を生じやすく,この体質者の大半は婦人によって占められます。この瘀血は病気のために起こってくる場合もありますが,この場合の瘀血は,それ以前の,病気を起こす原因となる瘀血に重点を置いて考えています。瘀血は大部分腹部に存在することが多く,このような場合は主として通導散のような駆痕血剤を使用いたします。
  第2の臓毒証体質者とは,食毒,風毒,体毒,水毒,梅毒の4毒が体内で合成,蓄積,留滞したという意味で,現在の卒中性体質に近いものに考えられましょう。これらの人には主として防風通聖散が用いられます。
 第3の解毒証体質者は,現在でいえば胸腺リンパ体質,リンパ体質,滲出性体質あるいは結核性体質といってよいような体質を指しております。つまり,やせた,血色は赤味がなく青黒く,腹部に腹直筋の緊張が強く,腹診するとくすぐったがるので腹診ができないことがあります。扁桃炎を起こしやすく,一度ひいた風邪は治りにくく,また長びいて気管支炎になりやすく,肺門リンパ腺腫脹や頸部リンパ腺腫脹を起こしやすい,胃腸もあまり丈夫でないという小児を対象とします。そしてこのような小児が発育して青年期に達すると,先日お話しいたしました荊芥連翅湯証,あるいは竜胆潟肝湯証になるとされます。
 この柴胡清肝湯は,今申しあげましたように,主として虚弱な小児に長期間与えて, 体を丈夫にするために使用されます。他の多くの漢方方剤のように,頸部リンパ腺腫, 肺門リンパ腺腫,扁桃炎を繰り返し起こすようなものに対し,このような病気が発病 していればその治療薬として使用します。同時にそれらの病気の予防薬として使用するのであります。
 この処方(柴胡清肝湯)は,古方の小柴胡湯,小建中湯,柴胡桂枝湯と鑑別を要すると考えられますいずれの処方も虚弱な幼児の体を丈夫にする薬として,あるいは虚弱児に発するいろいろな病気の治療薬として使用されますが,小柴胡湯は,多くの場合胸脇苦満が認められます小建中湯とは,ともに腹直筋の緊張を認める点が共通していますが, 小建中湯証の児は甘い味を好み,柴胡清肝湯証の児は,苦い薬でもよく服用することができるのが大きな相違といえると思います。
 以前は結核に対する的確な治療法,予防法がなく,虚弱児に対する結核予防は大きな意味を待っていましたが,BCG接種や,すぐれた抗結核剤の出現により,結核はもはや恐ろしい病気であるという印象が薄くなってしまい,虚弱児の体を丈夫にし, 結核にかからないようにするというようなことに対する世の中の関心が低くなってし まいましたので,本方をその意昧で使用する頻度は減少したと考えられますが,また別の見方によれば,現在こそ本方を使用することが可能であろうかと思います。


 アトピー性皮膚炎への適用はさておき、興味深い記述がたくさんあります。
 柴胡清肝湯は虚弱児に対する結核予防薬だったのですね。
 それから<小柴胡湯と小建中湯との使い分け>も役立ちます。
・小建中湯と柴胡清肝湯はともに腹直筋の緊張を認める点が共通しているが、小建中湯証の児は甘い味を好み、柴胡清肝湯証の児は苦い薬でもよく服用することができるのが大きな違い。
 なるほど、なるほど。

 同じく室賀昭三先生の重要処方解説「荊芥連翹湯・清上防風湯」から荊芥連翹湯の記述部分を抜粋。

■ 「荊芥連翹湯」
荊芥連翹湯は『万病回春』(明代の襲廷賢の著書)の耳病門に出ております。また鼻病門にも出ておりますが,内容が少し異なっております。そして一貫堂森道伯先生は,ご自分の経験に基づき,これらの処方にさらに薬味を加えて,一貫堂方の荊芥連翹湯を作られました。すなわち同一の名前で三つの処方があるわけであります。荊芥連翹湯は古方ではなく,後世方の処方でありますので,古方のいろいろな処方に比べ,その薬味の数が多く,その代わりに一つ一つの薬味の量が少ないのが目立ちます。
□ 構成生薬と薬能
 『万病回春』の耳病門の荊芥連翹湯は,荊芥,連翹,防風,当帰,川芎,芍薬,柴胡,枳殻(きこく),黄芩,梔子,白芷,桔梗,甘草の13味より成り立ち,鼻病門の荊芥連翹湯は,耳病門の同方から枳殻を去り,薄荷,地黄を加えたものであります。森道伯先生の一貫堂の荊芥連翅湯は,鼻病門の同方に枳殻をそのまま残し,黄連と黄柏を加えた17味から成り立っております。つまり一貫堂の処方は,『万病回春』の耳病門と鼻病門の処方を合わせ、さらに黄連、黄柏を加えたものであるといえましょう。
  処方の内容からみておわかりと思いますが,この処方は,当帰,芍薬,川芎,地黄、つまり四物湯と,黄連,黄柏,黄苓,梔子の黄連解毒湯を合わせたものである温清飲に,荊芥,連翹,防風,薄荷,枳殻,甘草,白芷,桔梗,柴胡の9味を加えたものであります。
 四物湯の当帰は血を生じ,生をうるおすとあり,増血,滋潤の能あり,芍薬は血脈を和し,血流をよくするとされます。川芎は血を潤し,血行をよくし,地黄は増血,滋潤の薬であり,これらを合わせたものである四物湯は,味は甘く,体を温める作用があり,血を生じ,血燥,すなわち身体の潤いのなくなったものに潤いを与 え,血液の流れをよくするとされます。同時に肝,胆の経の冷えを温め,虚を補うとされ,漢方でいう肝の機能をよくし,肝の虚を補うと考えられます。
 黄連解毒湯の黄連は,心と脾の熱を解し,不安焦燥を鎮静させ,黄芩は胃腸の熱を鎮め、利水作用もあり、黄柏は熱を冷まし、水作用があるとされ,梔子は熱を下し, もだえを除くとされております。この4者が協力し,お互いに作用を増強し合い,のぽせ,興奮,不安によく奏効するとされます。
  本方はこれにさらに、
・胸部の邪を解き,肝の熱をしりぞけ,結気を散じる柴胡
・湿熱を鴻し,腫を消し,膿を排する連翅
・頭目を溝め,血脈を通じ,斑疹瘡疥(まだらに出る発疹,いろいろな皮膚のけがや発疹)を治す荊芥
・表を発し,湿を去り,頭目の血の滞りを治す防風
・熱を消散し,頭目を清め,発汗作用のある薄荷
・結実を破る作用のある枳殻
・熱を冷まし,頭目を清め,排膿,怯疾作用のある桔梗
・頭痛,歯痛, 鼻疾患に広く用いられ,鎮痛,鎮静,消炎作用のある白芷
 に甘草を加えたものが本処方であります。薬味はたくさん入っていますが,温清飲によって虚弱な体質の改善をはかりながら,他の9味で慢性の耳鼻科疾患を治そうと意図したものと考えられます。
□ 漢方における解毒症体質
 森道伯先生の考えられた解毒症体質は結核性体質と同様であると考えられます。西洋医学的に表現すれば腺病質,リンパ体質,あるいは胸腺リンパ体質に近いものであると考えられましよう。そしてこの体質のものには,小児期では柴胡清肝湯,青年期には荊芥連翅湯,青年期あるいはそれ以後には竜胆潟肝湯というように選び使用するのであります。つまり,幼年期の柴胡清肝湯証が青年期に達すると荊芥連翹湯証,あるいは竜胆潟肝湯証となるのであります。
□ 証・適応
 本方の適応する体型は,一般にやせ型で,皮膚の色は青白いか,あるいは浅黒く,いずれにしても皮膚の色が冴えず,くすんだような色をしていることが多く,腹診すると両側腹直筋の緊張が強く,肝経に沿って鋭敏であり,腹診の手をくすぐったがったり,ひどい時にはあまりくすぐったがるので腹診が行なえないことがあります。先日某診療所に来ました中学生も,私が腹診をしようとしただけで笑い出して手で腹部を覆ってしまい,腹診ができませんでした。成書に皮膚の色はどす黒く,暗褐色を呈することが多いと記載されておりますが,必ずしもこれにこだわる必要はないかと思います。いずれにしても皮膚の色はある程度よごれたような感がするように思います。
□ 鑑別処方:
 急性・慢性中耳炎では,急性期にまず葛根湯を使用し,2~3日たったのちには小柴胡湯あるいは大柴胡湯を使用するのが普通でありますが,小柴胡湯を使う時期以後で耳痛,分泌物があれば荊芥連麹湯を使用するとよいとされますが,慢性化してしまったものでも使用することができると考えられます。ただし膿汁の分泌が相当に多かったり,体力が衰えた時などには千金内托散などを使用した方がよいかと考えられます。
 鼻の病気は,急性期には葛根湯,あるいは麻黄湯,慢性化した時には葛根湯加味方,あるいは柴胡剤がもっともしばしば使用されますが,前に述べたように筋肉質で皮膚の色が浅黒く,腹筋が緊張して,腹診すると強く笑う時には荊芥連魍湯がよいと考えられます。また葛根湯加味方が効かない時には本方を試みるのもよいと考えられます。 本方は地黄が入っておりますから,あまり胃腸の丈夫でない人には時に食欲不振・下 痢を起こす可能性があると考えられます。もしそのような時には小建中湯のような処方に変方した方がよいかと思われます。


 「温清飲によって虚弱な体質の改善をはかりながら,他の9味で慢性の耳鼻科疾患を治そうと意図したもの」はとても明快でわかりやすい解説です。
 でも皮膚疾患に関しての記述は出てきませんね。

 先日、この荊芥連翹湯の著効例を経験しました。
 10年来当院にアレルギー疾患で通院している女児(といっても現在は高校生)。気管支喘息、アレルギー性鼻炎、アトピー性皮膚炎などがありますが、最近悩んでいるのが手掌多汗症と皮むけです。夏中心に、手掌多汗のためにいつも濡れていて赤く皮むけがあるのです。桂枝加黄耆湯が一定の効果がありましたが満足できるほどではなく、荊芥連翹湯を処方してみました。すると、翌月は「もう漢方はいらない」というのです。「え?あきらめちゃうの?」と聞くと「なんだか調子いいから飲まなくても大丈夫」との返答。手を触ってみると、あれ?普通の手のひらだ・・・。長患いの手掌多汗症が1ヶ月でここまで改善したことに驚きました。

 でも、今まで読んできて、なぜ手掌多汗症に有効なのかの説明は見つけられませんでした。
 次に、中村實郎先生のケースリポートから荊芥連翹湯の説明を抜粋します;

■ 急性アトピー性皮膚炎の増悪と荊芥連翹湯
 荊芥連翹湯は柴胡清肝湯に似ていて,
・黄連・黄岑・黄柏・山梔子は黄連解毒湯で,清熱瀉火・涼血・化湿・解毒の作用で紅斑のほてりと熱感を取り消炎をする。
・地黄・当帰・芍薬・川芎は四物湯で,滋陰(栄養・保湿)作用をもち,荒れた肌に補血活血なる潤いを与える。
・川芎・桔梗・白芷・枳実は排膿を,
・桔梗はマクロファージを活性化して消炎を助ける。
・薄荷・柴胡・連翹も黄連解毒湯をさらに助けて清熱瀉火・解毒をする。
・柴胡・連翹・薄荷は表証皮膚体表部の消炎効果を高め,
・薄荷は白芷・荊芥・防風と共に止痒の効果を上げる。


 これは皮膚に特化した解説ですね。
 次は浅岡俊之先生の生薬解説「薬剤師のための漢方講座⑪:地黄と処方」から抜粋:

■ 「地黄と処方」
1.地黄
1)ゴマノハグサ科ジオウの根茎
2)神農本草経
『折趺(せつふ)・絶筋,傷中(しょうちゅう)を主る。血痺を逐(お)い,骨髄を填(てん)じ,肌肉を長ず』
*趺:足のこと
*傷中:打撲などにより臓腑の気が損傷すること
*血痺:血が滞り,閉塞することによって主に四肢にしびれや痛みなどの症状が出現すること
*肌肉:筋肉のこと
3)主治
『津液不足』 『血熱』 『血虚』
4)ポイント
 地黄は神農本草経に血の病に用いることが記されています。実際,傷寒論や金匱要略では出血などの際に阿膠(止血剤)とともに用いられています。 しかし後世ではそれのみではなく,滋潤や補血を目的として多用されることとなります。
 地黄は,その加工(修治)の仕方によって薬能を変える生薬であることを確認する必要があります(図)。
生地黄
 新鮮根を搗き,地黄汁として用いることが多い。薬性は寒で清熱効果が強い。現在では生地黄というかたちで用いられることは殆どない。
乾地黄
 生地黄を乾燥したもの。薬性は寒,清熱効果に加え滋潤を目的として用いられる。
熟地黄
 酒などで蒸し,乾燥させたもの。薬性は温で補血作用が主たる目的。
 したがって,本来であれば処方の目的によって上記の地黄を使い分けることとなるわけです。 しかし,生地黄と乾地黄の薬能は著しく異なるわけではなく,現在では保存などの理由から乾地黄が用いられることが殆どです。

2.「地黄」が配される処方
2)荊芥連翹湯
(1)出典:万病回春/一貫堂
(2)条文:『鼻渊(びえん),胆熱を脳に移すを治す』(万病回春)
*鼻渊:鼻詰まり,蓄膿症
*胆熱:六腑の一つである胆の熱をいう。この場合には粘った鼻水のこと
(3)適応:鼻炎,蓄膿,扁桃炎,中耳炎
(4)ポイント:
 現在,一般的に用いられている荊芥連翹湯は 一貫堂による構成生薬から成立しています。そして熟地黄が用いられます。
 しかし,その原典である万病回春では荊芥,連翹,防風,当帰,川芎,芍薬,柴胡,枳殻,黄岑,山梔子,白芷,桔梗,甘草という構成生薬からなり,そして記載されているのは生地黄です。
 つまり一貫堂における地黄の目的は,痛んだ粘膜や皮膚の補修を行うという意味での補血であり,よって熟地黄が配されます
 これに比し,万病回春では清熱を目的として 生地黄が配されるものと考えられます。


 では最後に秋葉先生の「活用自在の処方解説」より;

■ 80柴胡清肝湯
1.出典:本朝経験方
 本方は森道伯が『明医雑著』の同名方より牡丹皮、升麻を除いたもの、ある いは『外科枢要』の同名方から人参を去って創方したもの。すなわち本朝経験方。
●肝胆三焦之風熱を治し、頸項腫痛、結核を消散する。(矢数格著『漢方一 貫堂医学』)
2.腹候:腹力中等度前後(2-4/5)。ときに胸脇苦満や心下痞硬を認める。
3.気血水:気血水いずれとも関わる。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌
●小児の脈はあまり重要視することはできないが、原則としては緊脈である。
6.口訣
●解毒証体質者は皮膚が黄褐色あるいは色素沈着しやすい。(矢数格)
●また腹診をするとき、くすぐったがる小児は柴胡清肝散証の強いものと思ってさしつかえなく、腹診時の腹壁の異常過敏性は解毒証体質者に特有であって、柴胡清肝散証ばかりでなく、荊芥連翹湯証、竜胆瀉肝湯証などにも同様にこの現象を認めるものである。(矢数格)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態:効能または効果
 かんの強い傾向のある小児の次の諸症:神経症、慢性扁桃炎、湿疹。
b 漢方的適応病態:血虚血熱・風熱。すなわち、一貫堂の解毒証体質に適応される。
8.構成生薬
柴胡2、黄芩1.5、黄柏1.5、黄連1.5、括楼根1.5、甘草1.5、桔梗1.5、牛蒡子 1.5、山梔子1.5、地黄1.5、芍薬1.5、川芎1.5、当帰1.5、薄荷1.5、連翹1.5。(単 位g)
<より深い理解のために> 全体に寒涼薬の多いのが特徴である。
9.TCM的解説:清熱解毒・祛風排膿・養血・止血。
10.効果増強の工夫
方中に温清飲が配されており、さらに清熱が必要な場合には黄連解毒湯を加え、あるいは補血が必要な場合には四物湯を少量追加することにより薬能を加減することが可能である。
処方例)ツムラ柴胡清肝湯 7.5g
    ツムラ黄連解毒湯 2.5g 混合し分3食前
11.本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より:小児腺病体質の改善薬として用いられ、肺門リンパ腺腫・頸部リンパ腺腫・ 慢性扁桃炎・咽喉炎・アデノイド・皮膚病・微熱・麻疹後の不調和・いわゆる疳症・肋膜炎・神経質・神経症等に応用。
●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より:腺病質、肺門リンパ腺炎、アデノイド、扁桃腺肥大症、るいれき、皮膚病。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より:腺病質の子供で頸部のリンパ腺や扁桃腺の腫れやすい体質の改善に用いる。 肌は赤黒く、手足は特に冷たくはないものに適用。
<ヒント>
 一貫堂の柴胡清肝湯に精通しておられたのは道斎・矢数各先生である。先生の著書『漢方一貫堂医学』から紹介する。
 「柴胡清肝散はもちろん純粋の感冒薬ではない。しかし、前に記したように、 小児の解毒証体質者は、体質上感冒にかかりやすく、したがつて、この体質者にとつては感冒薬よりも、感冒予防薬を論じる方がより必要なことであろう。森道伯先生が、この小児の解毒証体質者に柴胡清肝散を与えた理由は、 じつにこの体質者を向上させて、後に肺結核を起こす余地を与えないようにと考えられたにほかならないのである。 解毒証体質者は風邪にかかり、扁桃炎を併発し易く、また気管支炎も容易に起こすのである。ゆえに、このような体質の者には、感冒が治ったあとも、 この柴胡清肝散を服用させてこれらの病気を起こさせないように努めなければならない。その意味でわれわれはかなりの成績をあげているのである。」 予防医学の重要性が叫ばれている今日、一貫堂医学は注目に値するテーマ である。


 湿疹への適用については、効能・効果の項目にオマケ程度に記載されているに過ぎません。
 やはり「解毒症体質」を理解し、その証に沿った処方をすることが大切で、証が合えば湿疹を含めた体の不調が改善することが期待される、という理解になるかと思われます。
 ここで私が注目したのは「くすぐったがりや」です。小児診療では日常的に出会う所見ですが、矢数格先生は「腹診をするとき、くすぐったがる小児は柴胡清肝散証の強いものと思ってさしつかえなく、腹診時の腹壁の異常過敏性は解毒証体質者に特有であって、柴胡清肝散証ばかりでなく、荊芥連翹湯証、竜胆瀉肝湯証などにも同様にこの現象を認める」とハッキリと云っていて、わたしがずっと抱えてきた疑問に答えてくれました。
 結核が国民病であった時代に「結核にかかりやすい体質=解毒症体質」と定義されて考え出された柴胡清肝湯。提唱者の森道伯先生が「この小児の解毒証体質者に柴胡清肝散を与えた理由は、 じつにこの体質者を向上させて、後に肺結核を起こす余地を与えないようにと考えられたにほかならない」と云われたことも腑に落ちるようになりました。
 現代で云えば、「解毒症体質≒易感染性に悩まされる虚弱児」でしょうか。私の外来でももっとたくさん処方されるべき処方ですね。

 次は荊芥連翹湯の項目です。

■ 50荊芥連翹湯
1.出典:森道伯著『漢方一貫堂医学』
●荊芥連翹湯は柴胡清肝散(湯)の変方であって、青年期の解毒証体質を主宰する処方である。すなわち柴胡清肝散の去加方に『万病回春』の荊芥連翹湯を合方した一貫堂の創方で、耳鼻両方の病気を同一の処方で治することができる処方である。(矢数格『漢方一貫堂医学』)
●幼年期の柴胡清肝散(湯)証が長じて青年期となると、荊芥連翹湯証となるので、同様に解毒証体質者である。ゆえに、幼年期扁桃炎、淋巴腺肥大等にかかる者は、青年期になると蓄膿症となり、肋膜炎を起こし、肺尖カタルと変り、神経衰弱症を病む。この体質の者がすなわち荊芥連翹湯証で ある。(同上)
2.腹候
腹力中等度以上(3-4/5)。腹直筋の攣急を認める。皮膚は色素沈着あり。
3.気血水: 気血水いずれとも関わる。
4.六病位:少陽病
5.脈・舌
●原方となった温清飲より推測して、脈は細数。舌質は紅、舌苔は黄。(『中医処方解説』)
●荊芥連翹湯証の者の脈は緊脈を呈している。(矢数格)
6.口訣
●皮膚の強い色素沈着と腹直筋の緊張とで本方の適用を決定することが多 い。(道聴子)
青年期における一貫堂医学の解毒証体質者は、扁桃炎、中耳炎を病みやすかった小児期とは違って体質に変化を来たし、主として蓄膿症を起こすようになる。したがつて、同医学の病理によれば、小児期の扁桃炎と、青年期の蓄膿症とは同一性質の病気であることがわかり、蓄膿症が手術だけでは根治しにくい理由も理解される。(矢数格)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態:効能または効果
蓄膿症、慢性鼻炎、慢性扁桃炎、にきび。
b 漢方的適応病態:血虚・血熱・肝鬱・風熱
すなわち、皮膚につやがない、頭がふらつく、 目がかすむ、爪がもろい、手足のしびれ感、筋肉の引きつれ、などの血虚の症候とともに、のぼせ、ほてり、イライラ、不眠、目の充血、口渇などの熱証や、鼻出血、不正性器出血、下血など鮮紅色の出血がみられたり、 灼熱感のある暗赤色の発疹(湿潤性がない)あるいは皮膚炎、口内炎が生じるもの。さらに、ゆううつ感、いらいら、怒りっぽい、頭痛、胸脇部が張って苦しい、脇の痛み、腹痛などの肝気鬱結の症候を伴い、熱感を自覚するもの。
8.構成生薬
黄芩1.5、黄柏1.5、黄連1.5、桔梗1.5、枳実1.5、荊芥1.5、柴胡1.5、山梔子1.5、 地黄1.5、芍薬1.5、川芎1.5、当帰1.5、薄荷1.5、白芷1.5、防風1.5、連翹1.5、 甘草1。(単位g)
9.TCM的解説:清熱解毒・疏肝解欝・凉血止血・解表。
10.効果増強の工夫
著者は本方をアトピー性皮膚炎や慢性扁桃炎にしばしば適応する。一貫堂処方であるので、温清飲が配剤されているが、熱性強くやや力不足の感があるときには黄連解毒湯を適量追加する。
処方例)ツムラ荊芥連翹湯 5.0g  混合して分2朝夕食前
    ツムラ黄連解毒湯 2.5g
同様に、血虚の状が目立つときには四物湯を適量追加する。
処方例)ツムラ荊芥連翹湯 5.0g  混合して分2朝夕食前
    ツムラ四物湯 2.5g
11.本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より:青年期腺病体質の改善・急性慢性中耳炎・急性慢性上顎洞化膿症・肥厚性鼻炎など、また扁桃炎・衂血・肺浸潤・面疱・肺結核(増殖型のもの)・神経衰弱・禿髪症など。
●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より:急性中耳炎、蓄膿症、肥厚性鼻炎、扁桃腺炎、鼻血、にきび、青年期腺病質改造。


 柴胡清肝湯の思春期・成人版という設定ですが、こちらの項目には「アトピー性皮膚炎」とハッキリ記載されています。ただ解毒症体質を治すことにより皮膚病変にも好影響をもたらす、という雰囲気ですので、やはり本治>標治が目標なのですね。
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小児アトピー性皮膚炎に「温清飲」(57)は有効か?

2017年09月26日 12時26分57秒 | 漢方
 温清飲は成人アトピー性皮膚炎に頻用される漢方薬です。
 実はこの方剤、イメージしやすいんです。
 単純に「冷やして潤す」薬であり、治療対象は赤くて乾燥している病変(ほぼアトピー性皮膚炎ですね)。

 漢方的に云いますと、温清飲の成り立ちは黄連解毒湯(清熱剤)と四物湯(補血剤)の合方で、使用目標は「熱証」と「血虚」であり、症状としては炎症を起こして発赤し乾燥した状態(湿疹)です。

 しかし私は、子どものアトピー性皮膚炎にほとんど処方していません。
 温清飲は子どもには苦くて飲みにくい薬の代表で「良薬口に苦し」そのもの。
 自院のスタッフで「何とか飲みやすくならないものか」といろんな飲み物に溶かしたり食材と混ぜたりして試しましたが、誤魔化せたのはココアくらいでした。

 実は、熱を持っている状態を冷やす薬は基本的に「苦い」らしい。
 暑い夏にビールが美味しい理由はここにあるとか。
 では大人の味、大人の漢方と云うこと?

 いやいや、温清飲の加味方(派生処方)と呼ばれる方剤もいくつか存在し、小児期には柴胡清肝湯(80)、思春期以降は荊芥連翹湯(50)がよいとされています。

 さて、どのような患者さんに温清飲を使用すべきなのか?
 一通り調べた結果のポイントとまとめを先に提示しておきます。

<基本>
(「ツムラ医療用漢方製剤」より)
・虚実:中間
・寒熱:熱
・気血水:血虚
赤本)「裏熱虚証」・・・あれ? ツムラの資料では虚実中間、赤本では虚証となってますね。
(「活用自在の処方解説」より)
・気血水:血が主体
・六病位:少陽病
・漢方的適応病態:血虚・血熱
・TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:清熱瀉火・解毒・補血活血・止血


<ポイント>
・温清飲は四物湯と黄連解毒湯の合方である。
・それぞれの①証と②作用は、
(四物湯)①血虚、②補血
(黄連解毒湯)①血熱、②清熱
・配合量は四物湯>黄連解毒湯のため、四物湯の性質「血虚→補血」が強く出ている。標治と本治の両方に当てはまる方剤でもある。
・四物湯は「温めて潤す」(補血)、黄連解毒湯は「冷やして乾かす」(清熱)という逆のベクトルを持つ不思議な方剤であり、使う際に悩ましい。これは体を上下に分けて「上熱下寒を治する」(熱を持った上半身を冷まし、血流が悪くなり冷えている下半身を温める)と考えるとわかりやすい。
・アトピー性皮膚炎患者では夏は赤みが目立ち、冬は乾燥が目立つ。これに対して四物湯・黄連解毒湯・温清飲を適用し、ときには合方してその比率を変えることにより皮疹のコントロール可能である。


<まとめ>
・「血虚>熱証」を指標に小児アトピー性皮膚炎にも応用可能であるが、味が苦くて飲みにくい。保険病名に皮膚疾患がないことも欠点である。加味方の柴胡清肝湯の適用を考慮した方がよいかもしれない。


 上記結論に至る思考経路を以下に記します。
 いざ、アトピー性皮膚炎の漢方治療の本丸へ。

 まずはツムラ「漢方スクエア」で温清飲&アトピー性皮膚炎を検索。


 荒浪暁彦先生による【皮膚科領域の漢方医学】に掲載されている表をざっと眺めますとアトピー性皮膚炎に対する温清飲の位置づけは・・・

 年齢:幼児期以降に登場
 標治:血虚薬(中間〜実証向け)
 本治:血虚薬(中間〜実証向け)


 ・・・荒浪先生は清熱作用より補血作用を重視しているようです。
 それから、標治と本治の項目に同じ「血虚薬」と記されていることに驚きました。
 以前にも耳にしたことがあるのですが、温清飲は標治と本治を兼ねた方剤と考えられているのですね。
 温清飲の構成要素である黄連解毒湯の荒浪先生による解説も引用しておきます。

■ 「顔面皮疹には黄連解毒湯 〜状況による使い分けで高い効果を発揮」より
あらなみクリニック院長 荒浪 暁彦
 顔面皮疹の治療には漢方薬が非常に高い効果を発揮します。
 黄連解毒湯は黄連、黄岑、黄柏、山梔子の4生薬で構成されています。

黄連) ・・・「心」「肝」「脾」の熱
黄岑) ・・・「心」      「肺」の熱
黄柏) ・・・            「腎」の熱
山梔子)・・・「心」「肝」   「肺」「腎」の熱

・・・を冷ます作用があり、体の上の方に昇ってほてった熱を下げる事により顔面の皮疹を治します。特に「心」の熱を下げる効果ありますので、精神のバランスを司る「心」の異常により生じる不眠やイライラなども治してくれます。顔面がのぼせた状態になっており、精神症状も伴う場合に良く効くようです。赤面症にも黄連解毒湯は有効となるわけです。
 私は飲酒するとすぐ顔が真っ赤になってしまうのですが、黄連解毒湯を内服してから飲酒すると明らかに顔の赤みが出にくくなります。黄連解毒湯の保険病名を見ますとノイローゼ、高血圧、脳溢血等とあり、現代医学的には全然違う病名に何故同じ薬が効くんだという事になりますが、顔を真っ赤にして怒ってばかりいる血圧が上がり気味の頑固親父の脳溢血の予防に有効だと思います。
 顔面皮疹の治療薬としては黄連解毒湯以外に治頭瘡一方とツムラ白虎加人参湯を頻用します。治頭瘡一方はどちらかというと赤黒く、びらん、痂皮を伴う場合、白虎加人参湯は全身に熱がこもっていて口渇や多汗を伴う場合に使用します。


 次は合方である温清飲をボケ(四物湯)とツッコミ(黄連解毒湯)になぞらえて説明しした飯塚先生の文章を紹介します。

■ 「乾燥タイプのアトピーに温清飲 〜二剤のバランス調整が千変万化の対応を可能にする」より
山口大学医学部附属病院・漢方診療部 准教授 飯塚徳男
 温清飲は四物湯合黄連解毒湯であり、血虚+血熱に投与する漢方薬である。 「勿誤薬室方函口訣」(ふつごやくしつほうかんくけつ)で浅田宗伯先生は「此方ハ温ト清ト相合スル處ニ妙アリテ」
と書かれており、「温」は「四物湯」を、「清」は「黄連解毒湯」を意味する。
 乾燥タイプのアトピー性皮膚炎には、温清飲、黄連解毒湯、治頭瘡一方、白虎加人参湯、茵蔯蒿湯等を汎用するが、多くのケースで、この温清飲中心に以下のバリエーションで対応可能である。
 アトピー患者は治療期間が長く、今回のように乾燥タイプで発赤・痒みを伴い 夏場に悪化するケースには温清飲を分解して、黄連解毒湯単独(1剤常用)、黄連解毒湯+温清飲(比率を換える)(2剤常用)、温清飲単独(1剤常用)、黄連解毒湯+四物湯(比率を換える)(2剤常用)等のバリエーションを使い分けることにより、清熱と補血のバランスを換えて、症状に合わせた微妙な対応ができる、まさに漢方薬ならではの使い方の醍醐味を教えてくれる処方である。
 さて、冒頭で述べた合方における(ボケ)と(ツッコミ)の議論であるが、一見、作用の強い黄連解毒湯は(ツッコミ)であり、マイルドに作用する四物湯は(ボケ)のイメージであるが、夏場に悪化するアトピー患者の観点からは、清熱の黄連解毒湯は(ボケ)であり、温める四物湯は火に油(ツッコミ)となるのであろう。従って赤みの強い熱が極まった状態では、四物湯成分を減らしていき、黄連解毒湯を増やして清熱を強化しないといけない。このようなさじ加減の妙を知ってしまうと、さらに漢方診療が楽しくなる。ただし、四物湯単独になると味をきらったり、胃の不調を訴える患者が出てくるのが欠点だが。


 わかりやすいようなわかりにくいような・・・。

 患者さんの皮膚の状態を熱と乾燥という要素で評価し、相対的に乾燥が勝ればボケ(四物湯)を増量し、熱が勝ればツッコミ(黄連解毒湯)を増量して調節可能であると。
 つまり、夏季に黄連解毒湯、冬期に四物湯と両極端に置き、その間季節の変わり目にはこの二つの方剤を併用し比率を変えながら調節するのが上手な治法であり、それを方剤にしてしまったのが温清飲を云うわけです。

 次は以前にも引用した黒川先生の記述;

■ 「小児皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る ~特に小児アトピー性皮膚炎~」より
黒川晃夫:大阪医科大学附属病院 皮膚科




 この一覧表では、温清飲は乳児期には見当たらず、幼児期以降に用いられる漢方薬という位置づけです。
 もう一つ黒川先生の書かれて記事を見つけました。

■ 「成人皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る ~特に成人アトピー性皮膚炎~」より
黒川晃夫:大阪医科大学附属病院 皮膚科



【黄連解毒湯】
 黄連・黄芩・黄柏・山梔子のいずれも清熱作用を有する4種類の生薬からなる方剤である。中枢抑制作用、抗炎症作用のほか、ほてり・顔面紅潮に対する効果などが報告されている。赤ら顔で、のぼせやイライラする傾向があり、皮膚の発赤や瘙痒を伴うが、皮膚の乾燥はみられない場合などに用いられる。
【温清飲】
 黄連解毒湯と四物湯の合方である。四物湯は当帰・川芎・芍薬・地黄のいずれも補血作用(潤いを与える)を有する4種類の生薬からなる方剤である。温清飲は、抗炎症作用、抗アレルギー作用、瘙痒抑制作用などが報告されている。精神症状は黄連解毒湯を用いる場合より軽く、皮膚の乾燥と軽度の発赤を伴う皮膚症状がみられる場合などに適応される。




 黄連解毒湯との使い分けや、生薬組成の解説をしています。
 しかし、含まれる生薬をながめると、黄連解毒湯由来の「冷やして乾かす」生薬と四物湯由来の「温めて潤す」生薬の対比が見事としか云いようがありません。
 これらが作用を打ち消し合ってプラスマイナスゼロになるのではなく、両方向の効果を有する処方に練り上げるまで、大変な努力と時間が必要であっただろうことが想像されます。

 次はインターネット漢方塾塾長の大野先生の解説を;

■ 「漢方処方実践編 症例から学ぶ服薬指導のポイント“アトピー性皮膚炎”」
大野 修嗣:大野クリニック院長
1)温清飲
原典:万病回春。
生薬構成:黄連・黄・黄柏・山梔子・当帰・川・薬・地黄。
黄連解毒湯と四物湯の合方である。ただし,生薬の分量として温清飲中の当帰・川・薬・地黄は各3gで四物湯と同量であるが,黄連・黄・黄柏・山梔子の生薬量は各1.5gと山梔子以外は元の黄連解毒湯より減じている。したがって効能の基本は四物湯で,補血・温補・滋潤の効能を有する。加えて清熱解毒(皮膚・粘膜の消炎)の部分を黄連解毒湯が担っている。
使用目標血虚(月経の不調・皮膚枯燥・寒証)と血熱(熱証)が並存する病態に適応する。したがって上熱下寒,皮膚のカサツキ・変色(発赤・萎黄・色素沈着)・苔癬化などともに精神的緊張が目標となる。
臨床応用:アトピー性皮膚炎,月経不順,月経困難,神経症など。原典の指示ではもっぱら月経の異常に対して用いられる処方としているが,現在では皮膚疾患,とくに乾燥性で炎症性の皮膚疾患に対して頻繁に応用されている。また,近年になりベーチェット病に応用され,自験例の観察でも一定の効果をもつようである。


 荒浪先生が温清飲を血虚の項目に分類していた理由が、大野先生の解説でわかりました。
 構成生薬の分量・比率なのですね。
 四物湯由来の生薬量は元の四物湯と同量ですが、黄連解毒湯由来の生薬は減量されているため、基本は四物湯の薬効である「血虚」が目標になると。
 それから熱を冷やす(清熱)と血行をよくして温める(補血)の相反する薬効が混在していて混乱していたのですが、体を上下に分けて「上熱下寒」状態を治すると説明しています。熱を持った上半身を冷まし、血流が悪くなり冷えている下半身を温める、ということ。

 なるほど、なるほど。
 大野先生の鑑別処方の解説もわかりやすいので引用させていただきます。

【鑑別処方:血虚のアトピー性皮膚炎】
柴胡清肝湯
 生薬構成は温清飲に柴胡・薄荷・連翹・桔梗・牛蒡子・楼根・甘草が追加されている。柴胡が2gその他の生薬はすべて1.5gである。柴胡・薄荷・連翹・牛蒡子は消炎作用を有し,薄荷・連翹・牛蒡子は皮膚疾患に頻用される生薬である。排膿作用のある桔梗と滋潤作用のある楼根が追加されている。
 主に小児の腺病質の体質改善に応用されてきた。アトピー性皮膚炎に応用する場合,就学前の小児に適応する場合が多い。必ずしも飲みやすい味ではないが,問題なく服用してくれる小児が多いことには驚かされる。
荊芥連翹湯
 本漢方薬も温清飲の加味方であるが,柴胡清肝湯から牛蒡子・楼根を去り,止痒の効能をもつ荊芥・防風・白と排膿の枳実を加味して皮膚疾患に適した生薬構成となっている。柴胡清肝湯より清熱作用は弱いが,青年期となって化膿傾向が出現した場合によい適応となる。浅黒い皮膚,筋肉質,掌蹠の発汗などが使用目標である。
当帰飲子
 生薬構成としては四物湯に黄耆・防風・荊芥・子・何首烏・甘草を加味したものである。ただし四物湯の構成生薬の分量が異なり当帰5g・地黄4gと増量されている。したがって四物湯より血虚に対する効能が増強され,皮膚付属器の機能を回復させる黄耆・何首烏を加え,さらに止痒として働く防風・荊芥・蒺藜子が加味され,甘草で全体を調和していると考えられる。すなわち発疹・発赤などの皮膚の炎症状態が無いか軽度で皮膚枯燥が著しく痒みを伴っている場合に適応する。皮脂欠乏性皮疹に応用されることが多く,アトピー性皮膚炎に応用する場合には黄連解毒湯との合方も役立つ。
十全大補湯
 四物湯(血虚)に四君子湯(人参3g・蒼朮3g・茯苓3g・甘草1.5g;気虚)を合方して八珍湯とし,さらに皮膚付属器の機能を回復させる黄耆3gと経脈を温める桂皮3gを加味した生薬構成をもつ。気血両虚を改善させ温めながら皮膚の状態を改善させる漢方薬ということになる。皮膚のカサツキは温清飲適応例と同様であるが,より虚証で元気の虚損が見られる症例に適応する。

 
 当帰飲子の解説が印象的です。
 当帰飲子(86)は四物湯ベースに皮膚を栄養する黄耆、痒みを抑える生薬(防風・荊芥・蒺藜子)を加えたものと考えるとわかりやすい。
 これらの解説を下表(「皮膚科疾患に用いられる方剤の医薬品情報」桂元堂薬局:佐藤大輔)をながめながら読むと、より理解が深まります。



【鑑別処方:熱証のアトピー性皮膚炎】
黄連解毒湯
 黄連2g・黄3g・黄柏1.5g・山梔子2gと清熱解毒の代表的処方である。温清飲中の四物湯が省かれていることから補血・温補・滋潤の効果は期待できないが,いらいら・のぼせ(気逆)など精神的緊張が明らかで,赤ら顔・目の充血(熱証)を伴い,カサツキが軽度な皮膚の炎症状態に適応する。
三黄瀉心湯
 黄連3g・黄3g・大黄3gの3種の生薬からなり,使用目標は気逆・熱証など黄連解毒湯とほぼ同様である。大黄が配剤されていることから黄連解毒湯が適応する病態で,便秘がある場合に用いられる。
越婢加朮湯
 生薬構成は石膏8g・麻黄6g・蒼朮4g・大棗3g・甘草2g・生姜1gであり,白虎加人参湯に次ぐ石膏の量を有している。したがって本漢方薬も清熱剤の代表的漢方薬である。清熱とは抗炎症に近い作用であり,石膏と麻黄の組み合わせは止汗の方向に働く。止汗とは汗のみでなく各種の分泌に対して抑制的に作用する。すなわち分泌物が多く痒感(湿疹)あるいは疼痛の強い皮膚疾患(帯状疱疹の水疱期)にはことに役立つ。さらに花粉症の流涙・水様性鼻汁にも有用である。
消風散
 荊芥・防風・牛蒡子・蝉退・石膏・知母・苦参・木通・蒼朮・胡麻・当帰・地黄・甘草からなる。荊芥から退までは止痒の効果など皮膚疾患用の生薬である。蝉退から木通までは清熱に働き,木通・蒼朮・胡麻は燥湿の効能がある。当帰・地黄は四物湯から芍薬・川芎を除いたもので皮膚の滋潤に役立つ。総じて分泌物が多い炎症性の皮膚疾患に応用されている。アトピー性皮膚炎に対する応用の場合,夏季あるいは一時的に局所が湿潤状態となった場合に使用する。
治頭瘡一方
 防風・連翹・荊芥・忍冬・紅花・川・蒼朮・大黄・甘草からなる。防風から荊芥は皮膚疾患に対する要薬であり,これらと忍冬との組み合わせで解毒作用がもっとも強力となった漢方薬である。紅花・川芎・大黄は血行促進に働き,蒼朮は燥湿に働く。痂皮形成が顕著な場合に適応となるが,分泌の抑制・止痒の効果は消風散が勝る。


 さて、そろそろ温清飲の加味方(柴胡清肝湯、荊芥連翹湯)へ話を振りたいと思います。
 稲木先生の解説から。

■ 「温清飲を核とした処方解説」
稲木一元先生:東京女子医科大学東洋医学研究所講師、青山稲木クリニック 院長
 温清飲は複雑な性格を持った漢方薬です。元来は、女性の不正性器出血が長引く場合に用いられましたが、現在では、月経不順、月経困難、更年期障害などの婦人科疾患はもとより、自律神経失調症、神経症、さらには皮膚疾患など多くの慢性疾患に応用されます。また、この処方に複数の生薬を加えてできた 柴胡清肝湯や荊芥連翹湯も皮膚疾患などに用いられます。

1.温清飲の出典と構成生薬について
 温清飲は、明代の龔廷賢(きょうていけん・1539?-1632?)が著した『万病回春』の血崩門を 出典とし、「婦人、経水(けいすい)住(とど)まらず、或(ある)いは豆汁(とうじゅう)の 如(ごと)く五色相(あい)雑(まじ)え、面色(めんしょく)痿黄(いおう)、臍腹(せいふく)刺痛し、寒熱往来、崩漏(ほうろう)止(や)まざるを治(ち)す」と記載されます。血崩 も崩漏も不正子宮出血で、これが長引いて貧血様顔貌となった例に用いるとしています。
 処方構成は、黄連解毒湯と四物湯とをあわせた形です。温清飲という名前は、血行を改善して身体を温め潤いをつける四物湯の温と、「血熱」と称される炎症、充血、熱感、興奮を鎮静して冷却する黄連解毒湯の清(さます)との二つを組み合わせたことに由来すると考えられます。相互に拮抗する温と清を組み合わせたところに、この処方の妙味があります。
 一方、四物湯と黄連解毒湯に共通する要素もあります。たとえば、四物湯は、子宮出血、痔出血に用いる芎帰膠艾湯の骨格部であり、黄連解毒湯もまた出血急性期に用います。そこで、両者の合方である温清飲にも止血効果があります。また、四物湯、黄連解毒湯ともに神経症、更年期障害などに用いられますので、温清飲にも同様の作用が期待できます。
 皮膚症状についても、四物湯は乾燥状態の皮膚炎などに用いる当帰飲子の骨格部であり、黄連解毒湯も赤く腫脹した皮膚炎に用いますので、両者の合方である温清飲は赤く乾燥した皮膚症状に使用できます。

2.実地臨床上の使用目標と応用
 温清飲の対象となるのは、体質体格中等度からやや虚弱な者です。胃腸虚弱で胃下垂高度な者では胃腸障害が出やすいので用いません。
 皮膚疾患では、慢性の湿疹や皮膚炎で、患部が乾燥して分泌物がなく、赤味を帯び、灼熱感があり、掻痒が甚だしく、ひっかくと粉がこぼれ、掻爬によって出血痕を残していることが目標となるとされます。この状態はアトピー性皮膚炎や尋常性乾癬を思わせますが、実際に用いてみると一定の効果をみる例があります。筆者は、高齢者の乾燥した皮膚の湿疹で赤黒い状態に有効な例を経験しました。指掌角皮症、皮膚掻痒症、蕁麻疹などにもよい場合があるとされます。指掌角皮症には確かに温清飲がよい場合がありますが、温経湯との鑑別が問題です。虚弱で冷え症の、指のほっそりとした女性には温経湯がよいと思います。

3.柴胡清肝湯・荊芥連翹湯
 鼻炎、にきびなどに用いる荊芥連翹湯、湿疹などに用いる柴胡清肝湯には温清飲が含まれます。いずれも、温清飲と同様の皮膚粘膜疾患に用いますが、 柴胡などを加えたことで鎮静、抗炎症などの作用が強まったと思われます。
 最後に、アトピー性皮膚炎に温清飲が効くかという点を考えてみます。
 もちろんステロイドなど外用剤をある程度用いることが前提ですが、実際に使ってみますと、乾燥してやや赤みのある程度の場合には一定の効果を期待できると思います。ただ、エキス製剤の場合、その生薬構成の点で黄連解毒湯と四物湯の比率が1:2と黄連解毒湯の部分が少ないので、黄連解毒湯と併用したほうがよい場合が少なくありません。筆者は、各5g分2で用いることが多いです。
 また、温清飲を皮膚疾患に用いることは健康保険上は適応外使用とみなされる可能性がありますので、注意が必要です。柴胡清肝湯は皮膚疾患に適応がありますので、こちらを用いたほうがよい場合もあると思います。そのほか、味の問題があります。温清飲は飲みにくいほうですので小児 には無理かと思います。柴胡清肝湯は飲みやすいようです。 温清飲は、様々な症状に意外なほど有効な場合のある処方です。ぜひ使ってみてください。


 ほほう、と思った箇所。
「相互に拮抗する温と清を組み合わせたところに、この処方の妙味がある」とする一方で、「四物湯と黄連解毒湯に共通する要素もある」という視点が興味深い。

止血効果:四物湯は、子宮出血、痔出血に用いる芎帰膠艾湯の骨格部であり、黄連解毒湯もまた出血急性期に用います。そこで、両者の合方である温清飲にも止血効果があります。
神経症・更年期障害:四物湯、黄連解毒湯ともに神経症、更年期障害などに用いられますので、温清飲にも同様の作用が期待できます。
皮膚症状:四物湯は乾燥状態の皮膚炎などに用いる当帰飲子の骨格部であり、黄連解毒湯も赤く腫脹した皮膚炎に用いますので、両者の合方である温清飲は赤く乾燥した皮膚症状に使用できます。

 なるほど、なるほど。
 それから、温清飲は皮膚疾患の適応病名がないので、私も処方する際に困っています。
 
 中医学的解説に目を向けてみます。

■ 温清飲・中医学的解説
(「家庭の中医学」より)
【効能】清熱瀉火、解毒、補血活血
【適応症】温清飲は四物湯と黄連解毒湯の合方で、四物湯の温で補血、活血をし、黄連解毒湯の清で血熱をさますとの意味で温清飲と名づけられました。四物湯は血を生じ枯燥を潤し、黄連解毒湯は炎症充血、煩燥、のぼせ等の熱を去る。このことから津液が枯れ、皮膚も枯燥した皮膚病に用いられます。また、子宮出血が長引いたり月経過多など婦人科疾患にも用います。
【解説】
温清飲の生薬はいずれも清熱瀉火の効能を持ち、消炎、解熱、化膿の抑制、鎮静、止血などの作用があり、黄連・黄芩・黄柏・山梔子には、利胆、肝保護作用があり広く炎症全般に使われます。
・黄連・黄芩・黄柏・山梔子:強い消炎、解熱、抗菌、抗化膿の作用をもち、化膿性、非化膿性の炎症をしずめます(清熱解毒)。
・黄連・黄芩・黄柏・山梔子:鎮静、血圧降下などの作用をもち、自律神経系の興奮や脳の充血を緩解します(清熟清火)。また、当帰・芍薬・川芎は鎮静作用により、これを補助します。
・黄連・黄芩・黄柏:炎症性充血を軽減し、山梔子は血管透過性抑制に働き、共同して炎症性出血をとめます(止血)。また、地黄・芍薬も止血を補助します。
・黄芩・黄柏:利尿作用をもち、炎症性滲出物を軽減します(清熟化湿)。
・当帰・芍薬・地黄:滋養強壮作用をもち、体を栄養滋潤し、内分泌系、自律神経系を調整し、また皮膚に栄養を与えます(補血)。
・当帰・川芎:血管拡張により血行を促進し、栄養作用が全身に行きわたるように補助します(活血)。
・当帰・芍薬・川芎:月経調整、子宮機能調整に働く(調経)。
・当帰・芍薬:鎮痙、鎮静作用をもちます。


■ 温清飲
ハル薬局
【証(病機)】血虚発熱
【中医学効能(治法)】 清熱瀉火・解毒・補血活血・止血・涼血・化湿・養血
【用語の説明】
・清熱瀉火法 »…寒涼性の生薬を用い、熱や火邪(高熱・口渇・顔面紅潮・目の充血・腹満)を除く治療法です。
・解毒 »…体内に入った毒の作用を除くことです。
・補血 »…血を補うことです。=益血、養血。
・活血 »…血の流れを良くすることです。
・止血 »…出血している血を止めることです。
・涼血 »…熱で出血しやすい状態を改善することです。
・化湿法 »…湿邪を動かしたり、汗や尿などで排除する治療法です。

 黄芩・黄連・黄柏・梔子は黄連解毒湯であり、当帰・川弓・芍薬・地黄は四物湯であるから、これは以上2つの方剤の合方です。
 黄連解毒湯は熱実証向き(清熱)、四物湯は寒虚証向き(温補)の方剤です(温清飲の名はこれからとりました)が、これを合わせた温清飲は、熱虚証向きと見ることができます。ただし、虚証(用語説明)の著しい方には不向きです。
 黄連解毒湯を構成する生薬は、すべて寒性で消炎効果が強く、梔子には止血作用もあります。四物湯はいわゆる補血剤で、血液を補い、血のめぐりをよくする作用があります。この二つが合わさったのが温清飲で、血液の欝滞を伴った、赤みのある皮膚病に用い て、効果のあることが多いです。ただし、当帰・地黄など潤性の薬物が多く入っているので、湿潤性の強い皮膚病には適しません。


 温清飲に関しては、日本漢方も中医学もあまり概念が変わらないような印象を受けます。
 最後に秋葉哲生先生の「活用自在の処方解説」より引用;

■ 57.温清飲(うんせいいん)
1.出典:龔廷賢著『万病回春』
●やや久しく虚熱に属するものは、よろしく血を養いて而して火を清くす。 婦人経脈住まらず、あるいは豆汁のごとく、五色あいまじえ、面色痿黄、臍腹刺痛、寒熱往来し、崩漏止まざるものを治す。(血崩門)
2.腹候:腹力中等度前後(2-4/5)。ときに心下痞 あり(腹候図)。
3.気血水:血が主体の気血水。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌: 舌質は紅、舌苔は黄。脉細数。
6.口訣
●この方は、温と清と相合するところに妙ありて、婦人漏下あるいは帯下、 あるいは男子下血久しく止まぬ者に用いて験あり。(浅田宗伯)
●全体では、消炎、解熱、鎮静、抗菌作用とともに滋養強壮、鎮痛、鎮痙、 循環改善の効果が得られ、清熱と補血という攻補兼施の処方となっている。(『中医処方解説』)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:皮膚の色つやが悪く、のぼせるものに用いる:月経不順、月経困難、血の 道症、更年期障害、神経症。
b 漢方的適応病態:
血虚・血熱。すなわち、皮膚につやがない、頭がふらつく、目がかすむ、 爪がもろい、手足のしびれ感、筋肉の引きつりなどの血虚の症候とともに、 のぼせ、ほてり、いらいら、不眠、目の充血、口渇などの熱証や、鼻出血、 不正性器出血、下血など鮮紅色の出血がみられたり、灼熱感のある暗紅色 の発疹(湿潤性がない)、あるいは皮膚炎、口内炎などが生じるもの。
8.構成生薬
地黄3、芍薬3、川芎3、当帰3、黄 1.5、黄柏1.5、黄連1.5、山梔子1.5。(単位g)
9 TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:清熱瀉火・解毒・補血活血・止血。
★より深い理解のために:
 血虚・血熱とは、栄養不良状態(血虚)とともに、慢性の炎症、脳の充血や興奮性増大、自律神経系の興奮、血管透過性増大などがみられるものである。一般には、慢性の炎症や出血に伴って全身的な栄養状態の悪化が加わって生じることが多いが、元来血虚の体質のものに炎症や興奮性増大が加わって生じることもある。(『中医処方解説』)
10.効果増強の工夫
 血熱と血虚の程度や原因の違いなどにより、黄連解毒湯と四物湯の割合を 変えて対処することも考えられる。
11.本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より
婦人血崩の病、諸出血、慢性で頑固な皮膚粘膜疾患でとくに皮膚そう痒症、 慢性湿疹、尋常性乾癬、掌蹠膿疱症、皮膚炎、じん麻疹、ベーチェット症候群(眼症状少ない)など。
●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より
子宮出血、メトロパチー、子宮がん、痔、膀胱腫瘍、腎臓結核、じん麻疹。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より 分泌物のあまりない熱証の皮膚疾患。
<ヒント>
 わが国の漢方家で本方やその関連処方をしばしば用いたのは森道伯(1867~ 1931)である。その直弟子であった矢数道明氏(1905~2003)は次のように述べ ている。
「本方は一貫堂蔵方の柴胡清肝湯、竜胆瀉肝湯、荊芥連翹湯等の基本をなすもので、恩師森道伯翁はこれによつて一貫堂医学の三大体質(臓毒症、瘀血症、 解毒症)の一つとしていた解毒症体質の改善を企図した。
 これらの処方は、清肝、瀉肝等の方名に示すように、いずれも肝臓機能の障害を伴うものに用いるとされているので、本方と肝機能、あるいはアレル ギー性体質との関連性が考えられる。
 温清飲は、四物湯と黄連解毒湯との合方されたもので、温補養血に清熱瀉火を兼ねた独自の方剤で、その応用範囲は広い。
 その応用目標は、皮膚の色が黄褐色で、渋紙のように枯燥しているものが多い(六五%)。たいてい体質的疾患または慢性的に経過したもので、肝臓機能障害を伴い、あるいはアレルギー性体質といわれている皮膚過敏のものに用いられる。
 また本方を基本とした柴胡清肝湯、竜胆瀉肝湯、荊芥連翹湯等は一貫堂経験による解毒症体質の体質改善薬として広範な治療領域を有しているもので ある。」(『臨床応用漢方処方解説』矢数道明著』)
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小児アトピー性皮膚炎に「消風散」(22)は有効か?

2017年09月24日 07時41分57秒 | 漢方
 消風散は「夏になり汗をかくと悪化する湿疹」に使うイメージの漢方薬です。
 実際に知り合いの高齢婦人は夏になると皮膚がかゆくなり掻き壊してただれてしまう・・・消風散を飲むようになってからそれが気にならなくなったと言っています。
 某漢方医による「アトピー性皮膚炎には冬は温清飲、夏は消風散」というコメントも記憶に残っています。
 
 さて、乳幼児のアトピー性皮膚炎のフローチャート(西村甲著「臨床漢方小児科学」)にも消風散が登場します。

【乳児】(0〜2歳)
第一選択は黄耆建中湯
→ 今ひとつなら十味敗毒湯を併用
→ 今ひとつなら十味敗毒湯を治頭瘡一方(湿疹上半身に強い)あるいは消風散(皮疹が体全体)へ変更

【幼児】(2〜6歳)
第一選択薬が黄耆建中湯
→ 今ひとつなら湿潤(ジクジク)か乾燥(カサカサ)かを観察し、
 ジクジクで上半身に強い場合は治頭瘡一方、体全体なら消風散を併用。
 カサカサの場合は温清飲を併用
→ 今ひとつなら白虎加人参湯を追加
・・・あれ、これだと3剤併用になってしまい、保険診療で認めてもらえない可能性がありますね。

 一通り調べた結果としてのポイントとまとめを先に提示します。

<基本>
(「ツムラ医療用漢方製剤」より)
・虚実:実〜中間
・寒熱:熱
・気血水:血虚、水滞
赤本)「表熱実証」
(「活用自在の処方選択」より)
・気血水:血水が主体
・六病位:少陽病
・漢方的適応病態:風湿熱の皮疹
・TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説: 疏風・清熱化湿・養血潤燥


<ポイント>
・アトピー性皮膚炎の病態は「風・湿・熱」で、消風散はそのすべてに対応する祛風・化湿・清熱の作用を持っているのでピッタリ。+血虚(補血・養血)もあることをお忘れなく。
・痒みが強く(風邪)、じくじくした(湿邪)、赤い(湿邪)湿疹や蕁麻疹に効く。
・湿を乾かす化湿(蒼朮)と、乾きを潤す潤燥(当帰・地黄・胡麻)という逆のベクトルを持つ生薬が同居していることをどう捉えるべきか悩ましい。生薬構成と位置づけをみると、
(臣薬)蒼朮・苦参・木通
(佐薬)知母・石膏・当帰・地黄・胡麻仁
であり、化湿が潤燥の上位に来ている。つまり化湿>潤燥と捉えるべきであろう。
・良く云えば湿潤病変にも乾燥病変にも使える「皮膚疾患の万能薬」であり、
 悪く云えば「どっちつかずの生薬構成なので切れがない・物足りない」方剤。
・「漢方かゆみ3兄弟」のひとつで、湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯。
・湿疹には、冬に悪化傾向なら温清飲,夏に悪化傾向なら消風散。
・消風散はどちらかというとやや即効的な意味合いのある方剤。
・蕁麻疹やアトピー性皮膚炎であればどんな場合でも消風散が効くというものではなく、痒みが強く、じくじくした赤い皮疹でないと効いてくれない。白いものや、熱感がないものに消風散は効かない。
・消風散は風邪を除去し、熱邪や湿邪も排除し、さらに養血もしてくれる、いわば欲張りな処方。従って、疏風と除湿だけをしたくて養血はしたくない場合などには、いくら痒みが強い湿疹でも、本方を使わない。例えば、痒みが強いアトピー性皮膚炎に本方を使った結果、養血薬が作用しすぎて病態が悪化した、というケースなどがみられる。


<まとめ>
・アトピー性皮膚炎を漢方的に表現すると風邪(かゆみ)・湿邪(ジクジク)・熱邪(発赤)であり、消風散はこれらすべてに対応できる方剤であり、小児にも使用可能である。
・さらに消風散には「血虚」に対する「補血・養血」作用(渇きを潤す作用)もある。つまり、じくじくを乾かす作用とカサカサを潤す作用が同居している、よく言えば万能薬、悪く言えばどっちつかずの方剤とも言える。
・逆にアトピー性皮膚炎でも赤みが乏しく熱感のないものには効かない。さらに乾燥が目立たない場合は、補血・養血作用により湿疹が悪化する可能性があるので注意。


 では上記結論にいたる思考経路を以下に記します(長文注意)。
 まずは荒浪暁彦先生の総論から消風散の記述を抜き出してみます。

■ 【皮膚科領域と漢方医学】
荒浪暁彦:慶應義塾大学漢方医学センター非常勤講師・ あらなみクリニック院長



 清熱・利水作用のある石膏と知母を配合したものに白虎加人参湯と消風散があり、白虎加人参湯は口渇や多汗を伴う場合、消風散は分泌物が多く、特に夏に増悪する場合に使用する。
 消風散は風湿熱を除く作用に優れ、湿潤傾向の強い皮膚疾患に頻用される。




 荒浪先生のシェーマでは、アトピー性皮膚炎に対する消風散は乳児期にはなく幼児期以降に登場します。
 標治のシェーマでは「清熱・利水」の項目。虚実では「実〜中間証」であり虚証の患者さんには合いません。
 簡単にまとめると「消風散は清熱・利水を目標に虚証ではない幼児期以降のアトピー性皮膚炎に使用すべき方剤」ということになります。

 上記総論には気血水や五臓の異常を目標としたシェーマも記されており、標治にとどまることなく、これらを総合的に判断して処方できると有効率が上がるんだろうな、と感じました。

 次に十味敗毒湯でも引用した総論的記事から。

■ 「かゆみ」治療の最新事情/漢方薬の使い分け
第32回日本臨床皮膚科医会:栁原茂人Dr.:鳥取大学皮膚科助教
 皮膚科診療における漢方処方の使い分けを、
1)かゆみをとる
2)炎症をとる
3)乾かす
4)潤す
5)こじれをとる
6)こころを診る
の6つの視点からの対応について紹介する。

1.かゆみをとる:祛風
 かゆみをとるには病態に合った生薬選びが重要である。かゆみ=風邪を内風と外風に分け、それぞれ中枢性止痒薬、局所性止痒薬で使い分ける考えがある。前者は蝉退、釣藤鈎、天麻などの熄風薬、 後者は麻黄、防風、荊芥などの解表作用のあるものを挙げている。それら祛風薬を主役にそろえた「漢方かゆみ3兄弟」として、湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯の3つを覚えておくとよい。

2.炎症をとる:清熱(熱をとる)
 熱をとるには白か黄と覚えるとよい。皮疹に応じて、潤しながら熱をとる白虎(石膏)主体の白虎加人参湯、五虎湯、越婢加朮湯などか、乾かしながら熱をとる黄(黄連、黄芩、黄柏)の生薬主体の、黄連解毒湯、三黄瀉心湯、半夏瀉心湯などを選択する。夏秋はAD患者に対して白虎加人参湯が速やかに「顔のほてり」を改善させ、顔面のほてりがその方剤の目標として重要視すべき項目であると結論づけた。

3.乾かす:利湿(浮腫、滲出液をとる)
 利湿を要する疾患として蕁麻疹を挙げる。山本巌は、
一般型(風熱型)に消風散ベース
・寒冷蕁麻疹 (風寒型)には麻黄剤など
・食餌性蕁麻疹には茵蔯蒿湯に小柴胡湯か大柴胡湯を合方
・心因性蕁麻疹には加味逍遙散合黄連解毒湯
コリン型蕁麻疹には消風散合温清飲合加味逍遙散
 を記載している。このように蕁麻疹に対しては誘因に応じて漢方を使い分ける必要がある。慢性蕁麻疹に対しての茵蔯五苓散の有効率は67.9%〜85%、十味敗毒湯は90.9%と高い効果が報告されている。茵蔯蒿湯と茵蔯五苓散の鑑別は、前者は消炎作用に長け、後者は利水作用に長けていることである。蕁麻疹の心理社会的ストレスとの関連性を重視し、抑肝散の奏効例を集めた報告もある。

4.うるおす:滋潤
 乾燥した皮膚のかゆみには滋潤性の処方がよい。補血潤燥+清熱薬として、温清飲、当帰飲子などの四物湯ベースの方剤や人参養栄湯など補血剤を多く配合した処方を選択する。炎症の慢性化をきたすと補腎剤として六味丸などを検討する。一般的に虚熱に使用する六味丸と、虚寒に使用する八味地黄丸との老人性皮膚瘙痒症患者に対しての2群間クロスオーバー試験では、両者とも80%近くの有効率が得られたが、さらなる解析により体力のある例では前者、体力のない例では後者がもう一方に対して優った。

5.こじれをとる:駆瘀血
 こじれた皮疹(苔癬化、痒疹化)の処方には一工夫を要する。古市らの桂枝茯苓丸のAD患者24人に 対する有効性の検討では、76%という高い有効率を得たが、さらに解析をかさね、非瘀血群/瘀血群で比較した場合より、非苔癬化群/苔癬化群で比較した方が有意差を示したパラメータが多かった。瘀血という東洋医学的所見よりも皮膚科医の目が漢方薬選択に役立つこともある一つの証明となった。 筆者は「漢方駆瘀血3兄弟(姉妹)」として、当帰芍薬散(補する)、加味逍遙散(巡らせる)、桂枝茯苓丸(瀉する)のどれか1つをある方剤に加えることで、その方剤の作用を増強させる可能性を提案している。

6.こころを診る
 ADや皮膚瘙痒症で心理−皮膚相関が提唱され、抗うつ剤や抗不安剤の併用をされることが増えてきた。不安や抑うつ傾向、心気的な患者の皮疹に対して「漢方のメンタル3兄弟」、抑肝散加陳皮半夏、 加味帰脾湯、加味逍遙散を挙げる。抑肝散はもともと小児の癇の虫の処方だったが、肝陽上亢から肝風内動に対する処方として、内風つまり痒みにもよく効く。認知症の周辺症状を抑制したり、神経障害性疼痛、線維束攣縮に適応されたり、各種神経系統の異常興奮を抑制する可能性がある。痒みの知覚閾値が低下していると考えられる症例に適応可能な処方であると考える。


 消風散は、
1.かゆみをとる:祛風
3.乾かす:利湿(浮腫、滲出液をとる)
 に登場します。
 つまり、かゆくて水っぽい(浸出液が多くむくみっぽい)湿疹に有効であり、
 逆に、赤く熱を持った湿疹や乾燥してかさかさが目立つ湿疹には効かないということです。

 でも栁原先生の“漢方3兄弟シリーズ”という表現はおもしろいですね。
かゆみ3兄弟】湿潤傾向の皮疹に用いる消風散、乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子、広域スペクトラムを有する十味敗毒湯
駆瘀血3兄弟】当帰芍薬散(補する)、加味逍遙散(巡らせる)、桂枝茯苓丸(瀉する)
メンタル3兄弟】抑肝散加陳皮半夏、 加味帰脾湯、加味逍遙散

 次は症例を通して原典を紹介する記事。

■ アトピー性皮膚炎と心の問題に. 古典を知る-その11-「外科正宗」消風散と「保嬰撮要・保嬰金鏡録」抑肝散
若葉ファミリー 常盤平駅前内科クリニック 院長 原田智浩
 消風散は、原典 外科正宗(げかせいそう)に『風湿、血脈浸淫し、瘡疥を生じることを致し、掻痒絶えざる、及び、大人、小児、風熱、癮疹、遍身、雲片斑点、乍ち有り、乍ち無きを治して並びに効あり (図)』とあります。つまり消風散は、雲のような斑点が出たり出なかったりする、風熱の蕁麻疹に効果があると述べられています。




 原典は蕁麻疹を思わせる記述です。
 次は小児漢方の功労者、広瀬滋之先生の解説です。

■ 重要処方解説(79)消風散・当帰飲子
 消風散の「風」とは漢方独特の概念で,この場合は目に見えない働きとして存在する痒みなどを指すものと考えられます。消風散は,これらの風を除去する働きを持った薬で,中国明時代の医師陳実功(ちんじつこう)の著わした『外科正宗』に記載された処方です。この意味は「外からの邪気や湿毒が,人間の経脈に入り,侵して表在性の皮膚疾患となり,非常に掻痒の強いものを治す。また大人や子供の外邪の熱毒,つまり風熱や奪麻疹が全身に出て,雲状の斑点が,今ここにあるかと思えば消えて,また現われたりするものに用いて効果がある」です。現在の皮膚疾患でいえば,湿潤傾向があり,発赤を伴った浅在性の療痒の強い皮膚疾患や,全身性の発赤と療痒の強い皮膚病や奪麻疹に用いるということでしょう。
 浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には「当帰,地黄,防風,蝉退,知毎,喜参,胡麻,菊募芋,蒼琉1牟蕃,岩蕎,脊輩,呆蓬,右十三味,この方は風湿血脈に浸淫して瘡疵を発するものを治す」とあります。
<古典・現代における使用法>
 消風散の応用については,先人の口訣が多くあり,先ほどの『勿誤薬室方函口訣』のほかに,目黒道琢(1739-1798)『餐英館療治雑話』に詳しく記載されています。「この方,疥その他一切の湿熱血脈に浸淫し, 瘡疥(ヒゼン)を生じ,痒みの強きものを治す。この方もまた発表,並びに土茯苓(どぶくりょう),大黄などを用いても癒えず,半年,一年の久しきを経て痒み強く掻けば随って出で,掻かねば則ち没し,又はじとじとと脂水出で,或は乾いて愈ゆえれば又跡より出で,或は病人腹内に熱あるを覚ゆ。時々発熱のようにくわっと上気し,夜に入れば別して痒み甚しきなどの諸候,この方を用ゆる標準なり」。「瘡疥の類,久しく愈え兼ねるは,血虚か血熱の二つに外ならず。血虚は当帰飲(当帰飲子),血熱ならばこの方の右に出るはなし。この方中にある苦参,別して血熱を去ること妙なり。虚人,又は左程に熱深からざる者は石膏を去り用ゆべし」。また「小児毎年夏季に至ると疥の如き小瘡を発し,痒みつよく,夜寝かぬる者世上多し。後世家は荊防敗毒散加浮薄(?),古方家は胎毒と云て紫円などにて下せども愈えず。かようの証,必ずしも胎毒ばかりに非ず。皮膚血脈のうちに風湿を受けたる者と覚ゆ。この方に胡麻,石膏を去り用ゆべし。妙なり」とあります。
 この文にあるように,湿疹ばかりでなく薄麻疹にも用いるとあります。
「掻けば随って出て,掻かねば即ち没し」とは,蕁麻疹やデルモグラフィーをいっておりますが,実際に消風散や,消風散と越婢加朮湯を合方して投与すると,比較的速やかに蕁麻疹が消失しますが,まさに本文の通りです。 体に熱感を覚え,夜間痒みが増悪するタイプ,夏季に増悪する皮膚病によいとありますが,場合によっては石膏を除かねばなりません。石膏はご存じのように清熱作用を持っており,冷えのタイプで虚弱の人に用いれば, 逆に体が弱ってくる場合があり,注意を要します。これらを総合して本方の証を考えると,「湿疹の性状が分泌物の多いタイプで痂皮を形成し,地肌が赤味を帯び,痒みが強く,口渇を訴えるものを目標とする」ということになります。
<鑑別処方> 温清飲
 本方と鑑別を要するものに温清飲があります。温清飲は黄連解毒湯と四物湯の合方で,漢方の理論からすれば血熱と血虚が同居する状態です。湿疹の性状は,消風散タイプのようなものもありますが,全体としては血虚があるため,皮膚は黒くザラザラしたアトピックスキンのことが多く,冬に悪化傾向の温清飲に対し,夏の悪化傾向の消風散ということになりますが,実際には鑑別がそれほどやさしくはありません。小児のアトピー性皮膚炎の漢方治療はなかなかむずかしいのですが,本方は小児の中でも乳児に使って効果がみられます。根本的な治療は,補中益気湯や柴胡剤をべ一スにしながら使うわけですが,消風散はこの場合はやや対症療法のニュアンスがあります。まず消風散である程度炎症を抑えておいて,補中益気湯を徐々に増やす方法をとります。びらんのひどい時は石膏や朮の作用を増強する意味で,越婢加朮湯を合方すると速やかにびらんが消失します。そうしておいて,先ほど述べた方法をとるのもよいと思います。
 湿疹とくにアトピー性皮膚炎の漢方治療においては,必ずといってよいほど皮疹が悪化する経験をします。これは一般に十味敗毒湯や桂枝加黄耆湯などのように,投与前より発表作用があらかじめ予想される方剤なら対応できますが,そうではない方剤にも時として増悪現象がみられます。消風散もその1つですが,この場合,いつまで本方を続けるかが大切になります。一般に2週問以上も湿疹が悪化している場合はそれ以上続けてもよくなることは少なく,患者も我慢の限界に達しているので一時休薬するか,他の方剤に切り替えた方が無難です。


 さすが広瀬先生、実地診療のさじ加減まで書かれてあります。
 彼の診療スタンスが垣間見える貴重な資料ですね。
 広瀬先生の書いたクイズ形式の記事をもう一つ見つけました。

■ 服薬指導に役立つ漢方クイズ20
広瀬滋之先生
【問題】
 真夏のある日,5歳の男児がアトピー性皮膚炎でかゆみが強く,顔も赤く,皮疹があちこちにあって,一部が湿潤した状態で来院しました。 また,陰のうも腫れ気味なので,“ボク,ミミズにおしっこかけたの?”と聞と,きょとんとした表情をしていました。 こんな状態のときに,漢方エキス剤では珍しく動物生薬の入っている処方がよく効きます。

Q1.どういう処方でしょうか。
Q2.動物生薬というのは何のことでしょうか。

【解説】
 一般に,動物生薬を漢方で使うことは,それほど多くありません。よく知られたものに地龍(ミミズ),虻虫(アブ),水蛭(ヒル),別甲(スッポン)などがありますが,漢方エキス剤には含まれておらず,煎じ薬として使います。
 例えば,地龍は発熱や脳卒中後遺症などに使いますが,これまで解熱作用はミミズの皮の部分,血栓融解作用は内臓の一部にあることがわかっており,近年は乾燥ミミズ食品が血栓融解剤として注目を浴びているようです。
 さて,アトピー性皮膚炎で夏期に多用する方剤に消風散があります。高温多湿の日本の夏期はアトピーの人にとってもいやな季節です。アトピー性皮膚炎は漢方でいうところの風・湿・熱の相互作用による疾患ですが,この症例は,かゆみの「風」,湿潤の「湿」,発赤の「熱」などが同時にみられることからその状態をよく現しています。
 こういった場合にはよく消風散を使います。消風散には蝉退(アブラゼミやクマゼミの抜け殻)が入っていて,止痒効果があります。現在,薬価基準に収載されている漢方エキス剤の中で,唯一承認されている動物生薬入りの処方です。一般に,アトピー性皮膚炎では乳児に補中益気湯や黄耆建中湯などの脾胃の働き(消化機能)を守る方剤をよく使い,幼児・学童は柴胡清肝湯などの清熱作用のあるものを体質改善の目的として用いますが,消風散はどちらかというとやや即効的な意味合いのある方剤といえます。
 また,発赤などの熱症状が強い場合は,それに黄連解毒湯や白虎加人参湯などの清熱作用の強い方剤を付け加え,合方方剤として用いることも少なくありません。
 消風散は, 風(止痒), 湿(乾燥),潤燥・清熱(抗炎症)などの多くの作用を持った方剤ですが,夏期に悪化するアトピー 性皮膚炎にはとても適した方剤です。

【解答】
1.消風散
2.蝉退(ぜんたい)


 アトピー性皮膚炎の病態は「風・湿・熱」で、消風散には祛風(止痒)・化湿(乾燥)・清熱(抗炎症)の作用を持っているのでピッタリという解説です。
 しかし消風散の作用に「潤燥」(乾きを潤す)という文言もあります。
 湿を乾かす化湿と、乾きを潤す潤燥が同居しているのはなぜ?

 次に小児科医・石川先生の記事。

■ 私の漢方診療日記〜小児のアトピー性皮膚炎
石川功治:たんぽぽクリニック
 皮膚が真っ赤になってカサカサした状態の重症のアトピー性皮膚炎では皮膚の赤みを改善しないと良くなっていきません。このような時には次の2つの漢方薬が効果があります。
1)白虎加人参湯
 体を冷やす成分の最強コンビの石膏と知母が入っているのでこの作用によって皮膚の赤み(皮膚のほてり)がとれてきます。
 白虎加人参湯に含まれる石膏の量は他の石膏が含まれ る漢方に比べて15gと最も多く含まれていますので冷やすという事には最適です。 顔が真っ赤になっているアトピー性皮膚炎には特に良く効きます。皮膚の赤みが改善しますと皮膚のカサカサも良くなっていきます。 まず、赤みが良くなるまで白虎加人参湯の内服を続けてることが大切です。白虎加人参湯は速効性の あるお薬ですので皮膚の症状が特に早く良くなっていきます。
2)消風散
 白虎加人参湯に比べますと冷やす役割の石膏の量は少ないお薬ですが、石膏と知母という最強の冷やすコンビがこれにも入っていますので、消風散は皮膚の赤みは真っ赤というよりは赤みが中等度で皮膚がカサカサしているアトピー性皮膚炎に効きます。 消風散には皮膚の赤みを改善する石膏に加えて、カサカサとこわれた皮膚の組織の修復を担う当帰や地黄や胡麻といった成分が含まれています。 皮膚の赤みを改善して、皮膚のカサカサを改善するのがこのお薬です。アトピー性皮膚炎の皮膚では傷が多いので細菌が入りやすく「とびひ」になりやすい傾向にあります。 消風散には排膿を促進させる荊芥、防風を含んでいますので「とびひ」(伝染性膿痂疹)の予防にもなります。


 石川先生は石膏と知母のコンビによる清熱、当帰・地黄・胡麻など血虚に効く生薬より「皮膚の赤みを改善して、皮膚のカサカサを改善する」と血虚を強調して説明しており、湿潤を乾かすという今までの論調とちょっと異なりますね。
 蒼朮の説明はどこへ行ったんだろう・・・?

 次は夏に特化したアトピー性皮膚炎の漢方の説明を。

■ 「夏に悪化するアトピー性皮膚炎の漢方治療」より
内海康生Dr.:内海皮フ科医院
 夏に見られるアトピー性皮膚炎は、汗により増悪するケースが多く、紅斑は熱を帯び、やや湿潤していることが多く認められます。夏場に用いる標治の処方のポイントは、清熱剤(消風散、白虎加人参湯)、または清熱利水剤(越婢加朮湯)を用いることです。
 しかしこれらの標治の処方を用いて一時的に症状が改善しても再燃することが多くあります。再発を防ぎ治癒へ導くためには体質を改善する本治としての治療が必要となります。
 効果判定は早くて2〜4週間くらいで可能です。皮疹が改善すれば次第に標治の処方を減らし、本治の処方を主体にしていくようにします。






 消風散の使用目標は「風湿熱」で「清熱剤」という位置づけです。
 利水や血虚の要素には触れていません。
 併記してある白虎加人参湯も「清熱剤」(ただし上半身に目立つ)、越婢加朮湯は「清熱利水剤」と記されています。まあ、越婢加朮湯に比べれば利水作用は弱いのでしょうが。
 なんだか「夏はとりあえずビール」のように「夏に悪化する湿疹はとりあえず消風散」くらいの書き方が多くて、今ひとつ参考になりませんね。

■ 小児皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る〜特にアトピー性皮膚炎〜
黒川晃夫Dr.:大阪医科大学皮膚科




 この表では乳児期・幼児期に消風散は登場しません。
 学童期以降の薬という位置づけの説明は本文中にありませんでした。
 う〜ん・・・。

■ 『皮膚科漢方10処方 Part2』解説③:消風散・五苓散・抑肝散 より
山田秀和:近畿大学奈良病院皮膚科教授
【消風散】
◇湿疹治療の第一選択薬
 漢方で湿疹を治療する場合の第一選択薬である。基本は消風散でよいが,十味敗毒湯との合方になることも多い。消風散は、

・清熱(抗炎症作用)を有する苦参・石膏・知母・生地黄・牛蒡子
・抗アレルギー作用・瘙痒抑制作用のある防風・荊芥・牛蒡子
・中枢性の瘙痒抑制作用の蟬退
・利湿作用(※1)の蒼朮
・潤燥(※2)作用の当帰・地黄・胡麻


※1)利湿:体内の余分な水分を排出させること。
※2)潤燥:乾きの状態を改善すること。


 からなる。
 消風散は主として湿潤・浮腫のある場合に特によい。このため、化膿性病変に用いる場合(膿疱)は十味敗毒湯を合方することで有効性が上がる。
 このため煎じ薬でない場合では、皮疹の発赤・熱感が強ければ消風散に黄連解毒湯を足し、水疱・びらん・浮腫が強ければ越婢加朮湯・麻杏甘石湯を加える。
 皮疹の色が赤黒い場合や乾燥が強い場合は温清飲、苔癬化や肥厚がある場合は悪血と考え、通導散や桂枝茯苓丸と合方するのが一般的である。


■ 皮膚科医にとっての漢方薬とエビデンスより
清水忠道Dr.:富山大学皮膚科教授




 主に苔癬化病変に対する桂枝茯苓丸に関する内容ですが、「アトピー性皮膚炎に対する漢方治療」という図に消風散が乗っていたので引用しました。
 消風散は「分泌物が多い」と書いてある一方で「熱証+血虚」とあり、矛盾します。
 いや、矛盾と考えず、水毒(蒼朮)と血虚(当帰・地黄)の生薬が混在するのがこの方剤の特徴と捉えるべきかもしれません。
 しかし、このことに言及した記事・文章が見つけられませんでした。

 では中医学的解説に目を向けてみます。

■ 消風散 中医学解説
(「家庭の中医学」より)
石膏5.0
当帰・地黄・白朮・木通各3.0
防風・牛蒡子各2.0
知母・胡麻・甘草各1.5
蝉退・苦参・荊芥各1.0
【効能】 疏風・清熱化湿・養血潤燥
【解説】
防風・荊芥・牛芳子・蝉退 ・・・止痒作用をもち解熱に働きます。
荊芥・防風 ・・・皮膚の血行促進をして発散
石膏・知母・苦参 ・・・消炎解熱に働き皮膚の発赤、熱感をしずめます。
苦参 ・・・止痒、利水に働く
白朮・木通 ・・・組織中の水分を利尿などによって除きます。
地黄・当帰・胡麻 ・・・滋養強壮作用により皮膚を栄養、滋潤します。


 効能に書いてある「化湿」と「潤燥」は作用がケンカしないんだろうか、という疑問に対する説明はありませんでした。
 次は、ちょっとエッセイ風で軽いのですが、なるほどと頷いた説明;

■ 「消風散の解析」より
よろず漢方薬局
  皮膚病で使われることの多い漢方薬の処方と言えば、まず「消風散(しょうふうさん)」が挙げられるのではないでしょうか。病院で出されることも多いお薬です。
 この「消風散」の名前の由来は、「風邪(ふうじゃ)」を消し去る作用を持つという点にあります。確かに皮膚病は「風邪」が絡んでいることが多く、特に痒みがある場合にはまず「風邪」を疑います。皮膚病における悩みの多くは痒みであるため、皮膚病=消風散という考え方もあながち間違ってはいないわけです。
 まず「消風散」の内容生薬を見てみますと、去風薬と呼ばれる「風邪」を除く成分として「荊芥」「防風」「牛蒡子」「蝉退」が入っています。これらが主薬となるわけですが、その他の脇役もあって初めて効能が発揮されます。
 次に「蒼朮」「苦参」「木通」は主に「湿」を取り除く作用があり、これもまた皮膚病の際によく見られる邪気の一つです。
 そして「石膏」「知母」は「熱」を除き、「当帰」「地黄」「胡麻仁」が「血」を補い、「甘草」が調和します。
 これら13種類もの生薬の組み合わせの妙で効果を発揮するのが「消風散」という漢方薬になるわけです。
 具体的には、痒みがある皮膚病を中心に、ジュクジュク感や赤みがある場合に適しますので、アトピー性皮膚炎やじんましんなどに用いられることが多いでしょう。しかしながら、潤いをもたらす作用もあるので、乾燥がある時にも使えないことはなく、かなり適用の広い漢方薬とも言えそうです。長期間使っても大きな問題が起きることはない内容でもあります。逆に言えば、やや穏やかな処方ともいえ、はっきりと早めに効果を出したい時には物足りなく感じる方も多いかもしれません。


 下線部が私の疑問を氷解してくれました。

「痒みがある皮膚病を中心に、ジュクジュク感や赤みがある場合に適しますので、アトピー性皮膚炎やじんましんなどに用いられることが多いでしょう。しかしながら、潤いをもたらす作用もあるので、乾燥がある時にも使えないことはなく、かなり適用の広い漢方薬とも言えそうです。」
「はっきりと早めに効果を出したい時には物足りなく感じる方も多いかもしれません。」


 つまり、良く云えば湿潤病変にも乾燥病変にも使える「皮膚疾患の万能薬」であり、
 悪く云えば「どっちつかずの生薬構成なので切れがない・物足りない」方剤でもあります。
 西洋医学の「強力レスタミンコーチゾンコーワ軟膏®」(かゆみ止めと化膿止めとステロイドの全部入りで「どれかは当たるだろう」という感じ)に似てますね。ちょっとずるい処方だなあ。
 「効果が今ひとつの時は○○○を合方すべし」とやたら書いてある理由もわかりました。

 中医学系で、何気に詳しい解説を見つけました。

■ 「消風散」漢方LIFE.com)より

【ポイント】
・皮膚表面の熱を下げる荊芥・防風・牛蒡子
・止痒効果のある蝉退
を中心に、
・水分の停滞を解消する木通、蒼朮
・体内に入り込んだ熱を下げる知母・苦参、石膏
・皮膚の潤いを確保する当帰・地黄・胡麻
・消化器を保護する甘草
で構成。
 浸出液とかゆみを伴う皮膚炎等に適応。甘辛味。

【効能】
効能:疏風養血・清熱利湿
主治:血虚風燥・湿熱内蘊

※ 疏風養血:風邪を発散すると同時に、体内の陰血を養う治法である。陰血が充たされれば、陽邪である風も容易に鎮まる
※ 清熱利湿:熱邪と湿邪を同時に除去する治法である。
※ 血虚風燥:皮膚疾患、特に瘙痒症状が現れる病態を示す陰血が不足すると体内に内風(陽邪)が生じ、動き回ることがある。また血虚に乗じて、外の風邪も容易に体内に侵入してくる。いわゆる「血虚風盛」の状態である。
※ 湿熱内蘊:湿邪と熱邪が体内に停滞する病証を示す。本方が対象とするのは皮膚と筋肉に温熱が蘊結したものである。


【解説】
 消風散は去風・利湿・清熱・養血など各作用を備えている。
 荊芥、防風、牛蒡子、蟬退は疏風薬である。「痒は風よりおこる、止痒するにはまず疏虱すべし」とあるように、痒みを鎮めるためには風邪の発散を先行させる。
 荊芥と防風はともに風薬の代表で、荊芥には発疹の原因となる風毒をさっぱりと体外へ追い出し、順調に発疹させる作用がある。
 牛蒡子と蟬退も疏風作用があるが、荊芥、防風にくらべれば弱い。薬性が辛凉なので、皮膚、筋肉に潜んでいる熱毒、特に風熱の邪気を体外へ発散するのに適している。牛蒡子は清熱解毒作用が強く、蟬退は皮膚の搔痒を止める作用が強い。
 蒼朮、苦参、木通は利湿薬である。蒼朮は薬性が温で、去湿作用に優れ体表の外湿と体内の内湿を除去することができる。特に皮膚のジュクジュクしている湿疹によく使用される。苦参は薬性が寒で清熱燥湿作用をもち、皮膚病の専門薬である。らい病にも使えるといわれている。特に湿熱毒による皮膚の滲出物と瘙痒感を治療できる。木通は滲湿利水作用が強く、体内の湿邪を下から除去する。薬名のように「通」の特徴があり、特に血脈を通じさせ局部の血行を改善して、皮膚機能の回復を助ける。
 石膏、知母は強い清熱薬で、筋肉深部の熱邪を除去して、局部や全身の熱感、皮膚の赤味を治療する。
 当帰、生地黄、胡麻仁は血分薬である。本方に血分薬を配合するのは次の理由による

① 熱邪が体内の陰血を損傷することが多い。
② 熱邪が深入して血熱になると、血行が阻害され瘀血を発生する。
③ 木通、苦参、蒼朮、防風などの去風利湿薬は陰血を損傷する恐れがある。
④ 血が虚すと風ー邘が容易に侵入して、皮膚症状をさらに悪化させる。

 3薬はともに体内の陰血を養い、さらに当㷌は活血作用によって瘀血を取り除き、局部の腫れ、疼痛を治療する。生地黄は清熱凉血作用によって血分の熱を清す。胡麻仁は潤いが多く皮膚の乾燥症状を改善し、また通便する。
 甘草は諸薬を調和するほか、甘味で他の苦薬を緩和し、さらに生の甘草は清熱解毒作用を発揮する。

【どんな人に効きますか?】
 消風散は「風湿熱、風疹、湿疹」証を改善する処方である。
 「風湿熱」は、風邪(ふうじゃ)と湿邪(しつじゃ)と熱邪(ねつじゃ)のこと。風邪は自然界の風により生じる現象に似た症候を引き起こす病邪で、風のように発病が急で、変化が多く、体表部や呼吸器を侵すことが多い。痒みが強い、患部があちらこちらと移動しやすい(遊走性)、患部が拡大しやすい、などの症候がみられやすい。
 湿邪は自然界の湿気により生じる現象に似た症候を引き起こす病邪で、べっとりと湿っぽく、重く、経過がゆっくりで、体内に停滞しやすい水疱、滲出液などの症候がみられやすい。
 熱邪は自然界の火熱により生じる現象に似た症状を引き起こす病邪で、勢いが激しく、熱証を表す。患部の発赤、熱感、炎症、化膿などがみられる。
 これらの病邪について、漢方では、ウイルス・細菌・アレルゲンといった原因物質で判断するのではなく、上記のように、人体に表れる症状から病邪を判断している。従って、西洋医学的には同じ病名の病気でも、最初は風邪だったのが、途中から熱邪に変わる、などというケースもよくみられる。外部環境要因よりも人体側の状態を重視しいるわけで、その結果、体質強化、体質改善、再発予防などの効果が漢方薬に備わっているものと思われる。
 漢方でいう「風疹」は、現代医学の蕁麻疹に相当するこの風疹や湿疹は、多くの場合、「風熱」や「湿熱」などの病邪が人体内で勢いを増したときに生じる。それらの病邪が血脈に染み込み、コントロールが効かなくなり、皮膚に達し、皮疹を発生させるのである。従って皮疹の色は赤く(熱邪)、痒みが強く(風邪)、滲出液が多い(湿邪)。痒みは夜、強くなりやすい。地図状に赤くなる場合も多い。蕁麻疹や湿疹でも、白いものや、熱感がないものに消風散は効かない
 皮疹以外には、ほてりや口渇も表れやすい。舌は赤く、舌苔は熱邪の勢いにより、白い場合と黄色い場合がある。
 臨床応用範囲は、蕁麻疹、アトピー性皮膚炎、皮膚掻痒症、汗疱、白癬、その他各種湿疹や皮膚炎で、風湿熱、風疹、湿疹の症候を呈するものである。
 判断ポイントは、痒みが強く(風邪)、じくじくした(湿邪)、赤い(湿邪)湿疹や蕁麻疹、という点。蕁麻疹やアトピー性皮膚炎であればどんな場合でも消風散が効く、というものではなく、痒みが強く、じくじくした赤い皮疹でないと、さすがの良方も効いてくれない。漢方では、病名ではなく、証の判断(弁証)が命である。病名投薬は避けたい。

【どんな処方ですか?】
 配合生薬は、荊芥、防風、牛蒡子(ごぼうし)、蝉退(せんたい)、蒼朮、苦参、石膏、知母、当帰、地黄、胡麻仁(ごまにん)、木通、甘草の十三味である。
(君薬)荊芥、防風、牛蒡子、蝉退
 いずれも体表部に存在する風邪を散らし(疏散[そさん])、痒みを止める(疏風止痒)。牛蒡子と蝉退には清熱作用もある(疏散風熱)。
 基本的に、風邪のないところに痒みは生じない(無風不痒)。従って、痒みを治療する際は、まず風邪を除去する。風邪が消えれば、痒みは自然と治まる。本方の名前の所以である。
(臣薬)蒼朮、苦参、木通
 蒼朮は風邪を除去し、湿邪を乾燥させて取り除く(祛風燥湿)。胃腸を守る働きもある(健脾)。苦参は熱邪を冷まし、燥湿する(清熱燥湿)。疏風止痒作用もある。木通も清熱燥湿し、湿熱をさばく。これら燥湿作用のある生薬の働きにより、湿邪を消退させる。
(佐薬)知母、石膏、当帰、地黄、胡麻仁
 知母と石膏には、熱邪(火邪)を冷ます働きがある(清熱瀉火)。これにより、炎症による発赤や熱感を鎮める。
 当帰、地黄、胡麻仁は、身体を滋養し(養血)、血流を調える(活血)。これにより、皮膚が養われ、潤う。皮疹が慢性化して皮膚が乾燥したり萎縮したりした場合(血虚)に役立つ配合である。
(使薬)甘草
 諸薬の薬性を調和させつつ、化膿性の炎症など(熱毒)を除去する(清熱解毒)。

 以上、消風散の効能を「疏風養血、清熱除湿」という。本方の配合の特徴は、痒みを止める疏風止痒薬を中心に、清熱薬や除湿薬、養血薬が配合されている点である。このコンビネーションにより、体質を強化しつつ、病邪を除去して、病気を根治していく(扶正祛邪[ふせいきょじゃ])。風湿熱邪がなくなり、血脈が調えば、痒みは自然と消える。
 逆の見方をすれば、消風散は風邪を除去し、熱邪や湿邪も排除し、さらに養血もしてくれる、いわば欲張りな処方である。従って、疏風と除湿だけをしたくて養血はしたくない場合などには、いくら痒みが強い湿疹でも、本方を使わない。例えば、痒みが強いアトピー性皮膚炎に本方を使った結果、養血薬が作用しすぎて病態が悪化した、というケースなどがみられる。炎症に加えて、体の熱感や口の渇きなどの熱証が強ければ白虎湯を合わせて清熱瀉火の力を強める。皮疹に化膿がみられるなら黄連解毒湯を合方する。炎症よりも湿潤が強い場合は茵蔯蒿湯、越婢加朮湯などを併用する。乾燥傾向が強い場合は四物湯を加える。湿潤がない場合は当帰飲子などを検討する。


 長〜い解説ですが、私の疑問の答えてくれる箇所をいくつか見つけました。
 まず、当帰・生地黄など血虚を治する補血剤が入っている理由が述べられています(しかし説明内容が中医学的過ぎてピンときません・・・)。
 それから君薬・臣薬・佐薬別に記されており、蒼朮が臣薬、当帰・地黄が佐薬なので、位置づけは蒼朮が上になり、つまり方剤の性質としては、利水>補血ということになります。

 では最後のまとめに秋葉哲生先生の解説を;

■ 「消風散」
(「活用自在の処方選択」より)
1.出典:『外科正宗』
●風湿血脈に浸淫し、瘡疥を生ずるを致し、瘙痒絶えざるを治す。および 大人小児、風熱疹身に遍く、雲片斑点、たちまち有り、たちまち無きに、 並び効あり。(『外科正宗』瘡疥門)
2.腹候
 腹力中等度前後(2-4/5)。腹部皮膚に肌膚甲錯(乾燥してザラザラと粗造なこと)を認める。
3.気血水:血水が主体の気血水。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌: 脈は数。舌質は紅、舌苔は微黄。
6.口訣
●慢性の皮膚疾患にバランスのよい薬方である。(道聴子)
●急性症状には無効で、この場合は越婢加朮湯が適する。(『現代漢方治療 の指針』)
●本方は、湿疹群、蕁麻疹群、痒疹群に対する代表処方である。(『中医処 方解説』)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:分泌物が多く、かゆみの強い慢性の皮膚病(湿疹、蕁麻疹、水虫、あせも、 皮膚そう痒症)。
b 漢方的適応病態:風湿熱の皮疹。すなわち、かゆみが強い(夜間に増悪する傾向がある)、局所の発赤と熱感、浸出液が多いあるいは水泡形成、体のほてりや熱感、口渇などがみられる。
8.構成生薬
石膏3、地黄3、当帰3、牛蒡子2、蒼朮2、防風2、木通2、知母1.5、甘草1、苦参1、荊芥1、胡麻1.5、蝉退1。(単位g)
9.TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説: 疏風・清熱化湿・養血潤燥。
※ 「疎風」とは、祛風解表薬を用いて、風邪を疏散する治法。風寒表証には防風、桂枝、藁本などを用い、風熱表証には薄荷、牛蒡子などを用い、風湿表証には羌活、白芷などを用いる。
10. 効果増強の工夫
1 )十味敗毒湯を合方して祛風化湿・清熱解毒作用を増強する。
処方例)ツムラ消風散 7.5g 分3食前
    ツムラ十味敗毒湯 5.0g(1-0-1)
2 )黄連解毒湯を合方して清熱作用を増強する。
処方例)ツムラ消風散 7.5g 分3食前
    ツムラ黄連解毒湯 5.0g(1-0-1)
11.本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より:すべて頑固な皮膚病、湿疹、じん麻疹、水虫、あせも、皮膚瘙痒症、夏期に悪化する皮膚病など。
●龍野一雄著『改訂新版漢方処方集』より:頑固乾燥性で、夏期また温暖時に増悪する皮膚病、じん麻疹。


 今回の消風散は、日本漢方より中医学系の解説の方がわかりやすくしっくりきました。
 しかし、当初のイメージ「汗で悪化する湿疹」「夏になると悪化する湿疹」というフレーズはどこから生まれたんだろう、と思うくらい出てきませんでしたね。
 ただ、厳密には血虚の要素がある皮膚病変でないと悪化する可能性があることは認識すべきだと思いました。

<追加>
 皮膚疾患に使用する漢方方剤の一覧表を見つけました。
 まず、「皮膚科疾患に用いられる方剤の医薬品情報」(薬事新報2009、桂元堂薬局:佐藤大輔)から「風湿熱」の解説;



 続いて、これらに対応する漢方方剤一覧表;



 この表を見ると、「風湿熱」すべてに対応しているのは消風散だけ、ということになります。
 かつ、湿邪(≒水毒)と血虚の両者をカバーするのも消風散だけ。
 ある意味、万能薬として作られたのでしょう。
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小児アトピー性皮膚炎に「十味敗毒湯」(6)は有効か?

2017年09月21日 16時50分57秒 | 漢方
 治頭瘡一方、黄耆建中湯に引きつづき、十味敗毒湯が小児アトピー性皮膚炎に有効かどうか考えてみます。
 私の診察室の掲示板にはアトピー性皮膚炎の漢方治療のフローチャートが貼ってあります。参考にした本は「臨床漢方小児科学」(西村甲著)です。
 そこには乳児アトピー性皮膚炎に対して、第一選択薬が黄耆建中湯、第二選択薬が十味敗毒湯になっているのです。

 私にとって、十味敗毒湯は今ひとつイメージが沸かない不思議な方剤です。現時点での私のイメージは・・・

 じんましんや化膿病変に有効、虫刺されで腫れやすい人にも有効。
 あまり赤みが強くないアトピー性皮膚炎やニキビに有効。
 柴胡剤でもあるので乾いた人には合わない。

※ 漢方医学的には「毒」は「化膿性炎症」を意味し、治法は「清熱解毒」と表現されます。
※ 西洋医学における毒は毒物を指しますが,漢方医学における毒とは,生体の正常な生理的機能を阻害しているものを意味します。 水毒・血毒・気毒などの表現がありますが,これらは受けたストレスが排除されず,生体に残存して,正気の運行を阻害している状態を指していると考えられます。漢方医学には汗・吐・下・中和といった手段で, 毒(ストレス)を積極的に体外に排出させる解表剤や清熱瀉下剤・柴胡剤・駆瘀血剤といった,病邪を攻め, 身体から除くことを目的とする方剤(攻撃剤)があります。(井上淳子先生


 ではアトピー性皮膚炎の中でどんな皮膚所見を目標に使用したらいいのでしょうか?
 調べた結果、自分なりに理解したポイントとまとめを先に提示しておきます。

<基本>
・八綱分類:表熱実証(赤本
・虚実:中間
・寒熱:中間
・気血水:なし
(以上は「ツムラ医療用漢方製剤」より)
(以下は「活用自在の処方解説」より)
・気血水:気血水いずれも関わる
・六病位:少陽病
・漢方的適応病態:風湿熱の皮疹
・TCM(Traditional Chinese Medicine):袪風化湿・清熱解毒


<ポイント>
・十味敗毒湯は祛風(かゆみをとる)、利湿(浮腫、滲出液をとる)作用があるが、清熱(熱をとる)作用はない。これは十味敗毒湯の元の方剤である荊防敗毒散が「辛温解表剤」つまり皮膚を温める風邪薬であることに由来している。
・本方は本来解表剤であり、化膿性疾患に用いるのはその応用である。
・主な作用は「急性期のかゆい皮疹→発散」と「化膿→解毒」である。
・方剤中の主薬は荊芥・防風で、いずれも温性の発散薬。独活にも発散作用と鎮痛作用があり、桔梗には排膿作用、川芎には血液のめぐりをよくする作用、柴胡には消炎作用がある。これらはすべて発散性で、生姜の発散性も考えれば、構成生薬の大半は発散性薬物だと言うことができる。わずかに撲漱は収敏性。茯苓という湿をとる薬物が入っているが、荊芥・防風・独活・生姜・柴胡と大半が燥性の薬物で、方剤はかなり湿証向き、すなわち分泌物のある場合向きにできていることがわかる。温性生薬が多いので、比較的寒証の方の皮膚疾患に適した方剤である。
・化膿性病変には対応するが「熱邪」には対応しておらず、むしろ使用目標は「寒邪」である。つまり、十味敗毒湯の使用目標は「熱を持っていない、発赤のない炎症性皮膚病変」となる。


<まとめ>
・アトピー性皮膚炎に使う場合は、急性期・増悪期の赤みの乏しい浸出液・浮腫が目立つ皮膚病変に限定され(つまり標治)、慢性期に漫然と使用する方剤(本治薬)ではない。


 如何にして上記結論に至ったのか、思考経路を以下に記します(長文注意)。
 まずはツムラ漢方スクエアで「十味敗毒湯&アトピー性皮膚炎」をキーワードに検索。

■ 小児皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る〜特にアトピー性皮膚炎
黒川晃夫Dr.:大阪医科大学皮膚科




 あれ、この表の中には乳児期に十味敗毒湯がない。幼児期以降にはありますね。
 黒川先生の成人アトピー性皮膚炎の表にはありました。



 ただ、「急性期の皮膚病変」しか書かれていないのはあんまり簡単すぎません?
 これでは自信を持って処方できません。
 次は二人の皮膚科医の対談から抜粋;

■ 皮膚科の漢方治療〜アトピー性皮膚炎
小林裕美Dr.:大阪市立大学皮膚科准教授
夏秋優Dr.:兵庫医科大学皮膚科准教授

株式会社日経ラジオ社「MedicalQ」 2010年12月20日号より



 あれあれ、ここにも小児アトピー性皮膚炎には十味敗毒湯がありません。
 成人には記載がありますが、本文中「毛包炎的な皮疹があるアトピー性皮膚炎には十味敗毒湯がよい」とだけ。
 なんだか肩すかしばかり・・・。

 次は皮膚疾患に対する漢方薬を考えるとき、参考になりそうな記事をみつけたので抜粋;

■ 「かゆみ」治療の最新事情/漢方薬の使い分け
第32回日本臨床皮膚科医会:栁原茂人Dr.:鳥取大学皮膚科助教
 皮膚科診療における漢方処方の使い分けを、
1)かゆみをとる
2)炎症をとる
3)乾かす
4)潤す
5)こじれをとる
6)こころを診る
の6つの視点からの対応について紹介する。

1.かゆみをとる:祛風
 かゆみをとるには病態に合った生薬選びが重要である。かゆみ=風邪を内風と外風に分け、それぞれ中枢性止痒薬、局所性止痒薬で使い分ける考えがある。前者は蝉退、釣藤鈎、天麻などの熄風薬、 後者は麻黄、防風、荊芥などの解表作用のあるものを挙げている。それら祛風薬を主役にそろえた「漢方かゆみ3兄弟」として、湿潤傾向の皮疹に用いる消風散乾燥傾向の皮疹に用いる当帰飲子広域スペクトラムを有する十味敗毒湯の3つを覚えておくとよい。アトピー性皮膚炎(AD)74例を2群に分けた8週間のstudyでは、十味敗毒湯群で皮疹が改善した患者は88.9%と、フマル酸クレマスチン(タベジール®、テルギンG®)投与群の90.0%と差はなかった。

2.炎症をとる:清熱(熱をとる)
 熱をとるには白か黄と覚えるとよい。皮疹に応じて、潤しながら熱をとる白虎(石膏)主体の白虎加人参湯、五虎湯、越婢加朮湯などか、乾かしながら熱をとる黄(黄連、黄芩、黄柏)の生薬主体の、 黄連解毒湯、三黄瀉心湯、半夏瀉心湯などを選択する。夏秋はAD患者に対して白虎加人参湯が速やかに「顔のほてり」を改善させ、顔面のほてりがその方剤の目標として重要視すべき項目であると結論づ けた。
 老人性皮膚瘙痒症患者96例に対しての6週間の2群間比較試験によれば、漢方投与群がフマル酸クレマスチン投与群の改善度を、有意差は出なかったものの上回る傾向が出た。これは、漢方投与群を判定スコアによりさらに実証(黄連解毒湯)、虚証(牛車腎気丸)に分けたためと考察される。

3.乾かす:利湿(浮腫、滲出液をとる)
 利湿を要する疾患として蕁麻疹を挙げる。山本巌は、
・一般型(風熱型)に消風散ベース
・寒冷蕁麻疹 (風寒型)には麻黄剤など
・食餌性蕁麻疹には茵蔯蒿湯に小柴胡湯か大柴胡湯を合方、
・心因性蕁麻疹には加味逍遙散合黄連解毒湯、
・コリン型蕁麻疹には消風散合温清飲合加味逍遙散
を記載している。このように蕁麻疹に対しては誘因に応じて漢方を使い分ける必要がある。慢性蕁麻疹に対しての茵蔯五苓散の有効率は67.9%〜85%、十味敗毒湯は90.9%と高い効果が報告されている。茵蔯蒿湯と茵蔯五苓散の鑑別は、前者は消炎作用に長け、後者は利水作用に長けていることである。蕁麻疹の心理社会的ストレスとの関連性を重視し、抑肝散の奏効例を集めた報告もある。仕事の多忙により食事の節制のとれない抗ヒスタミン薬不応の慢性蕁麻疹の30歳男性に対して補中益気湯が奏効した自験例がある。

4.うるおす:滋潤
 乾燥した皮膚のかゆみには滋潤性の処方がよい。補血潤燥+清熱薬として、温清飲、当帰飲子などの四物湯ベースの方剤や人参養栄湯など補血剤を多く配合した処方を選択する。炎症の慢性化をきたすと補腎剤として六味丸などを検討する。老人性皮膚瘙痒症32例の2群間クロスオーバー試験で、八味地黄丸群とフマル酸ケトチフェン群で有効率は共に78%で差はなかった。一般的に虚熱に使用する六味丸と、虚寒に使用する八味地黄丸との老人性皮膚瘙痒症患者に対しての2群間クロスオーバー試験では、両者とも80%近くの有効率が得られたが、さらなる解析により体力のある例では前者、体力のない例では後者がもう一方に対して優った。

5.こじれをとる:駆瘀血
 こじれた皮疹(苔癬化、痒疹化)の処方には一工夫を要する。古市らの桂枝茯苓丸のAD患者24人に 対する有効性の検討では、76%という高い有効率を得たが、さらに解析をかさね、非瘀血群/瘀血群で比較した場合より、非苔癬化群/苔癬化群で比較した方が有意差を示したパラメータが多かった。瘀血という東洋医学的所見よりも皮膚科医の目が漢方薬選択に役立つこともある一つの証明となった。 筆者は「漢方駆瘀血3兄弟(姉妹)」として、当帰芍薬散(補する)、加味逍遙散(巡らせる)、桂枝茯苓丸(瀉する)のどれか1つをある方剤に加えることで、その方剤の作用を増強させる可能性を提案している。

6.こころを診る
 ADや皮膚瘙痒症で心理−皮膚相関が提唱され、抗うつ剤や抗不安剤の併用をされることが増えてきた。不安や抑うつ傾向、心気的な患者の皮疹に対して「漢方のメンタル3兄弟」、抑肝散加陳皮半夏、 加味帰脾湯、加味逍遙散を挙げる。抑肝散はもともと小児の癇の虫の処方だったが、肝陽上亢から肝風内動に対する処方として、内風つまり痒みにもよく効く。認知症の周辺症状を抑制したり、神経障害性疼痛、線維束攣縮に適応されたり、各種神経系統の異常興奮を抑制する可能性がある。痒みの知覚閾値が低下していると考えられる症例に適応可能な処方であると考える。


 フムフム、ある意味わかりやすい。
 西洋医学の診断名にとらわれず、このような漢方的“証”を見立てられるようになるといいですね。

 気になるのは、十味敗毒湯が祛風(かゆみをとる)、利湿(浮腫、滲出液をとる)の項目に出てきますが、清熱(熱をとる)の項目にはないこと。
 これは調べていくと、十味敗毒湯の元の方剤である荊防敗毒散が「辛温解表剤」つまり皮膚を温める風邪薬であることに由来しているようです。皮膚を温める薬を炎症を起こして赤く熱を持っている病変に使えば悪化しますよね。

 さて次は、歴史からひもとく正統派の解説から抜粋;

■ 重要処方解説「十味敗毒湯」
藤井美樹Dr.
<出典>
 出典は,紀州の医学者で優れた華岡青洲(1760~1835) 臨床家である華岡青洲先生が,『万病回春』の荊防敗毒散から工夫をして作りあげた薬方であります。
 この薬方は華岡青洲の『瘍科方笙』(ようかほうせん)の擁疽門に十味敗毒散・家方として出ております。
 『万病回春』の荊防敗毒散の処方内容は「防風、荊芥,蒐活,独活,柴胡,前胡,薄荷,連翹,桔梗,枳殻,川芭,秩苓,金銀花,甘草,生姜」でありまして,この中から金銀花,前胡,枳殻,薄荷,連翅,独活をとり,桜皮を加えて十味の薬方を作ってこれに十味敗毒湯と名前をつけたわけであります。
<古典における使用法>
 華岡青洲の『瘍科方筌』の癰疽門には,「癰疽、及び諸般の瘡腫起りて、憎寒壮熱、焮痛する者を治す」とあります。
『万病回春』の荊防敗毒散の主治を見ますと,「擁疽,庁腫,発背,乳擁等の症を治す。憎寒壮熱甚しぎものは頭痛拘急し,状は傷寒に似る。一,二日より四,五日に至るものは一,二剤にてすなわちその毒を散ず。軽きものは内自ずから消散す」と出ています。
 『勿誤薬室方函口訣』によりますと,「擁疽および諸々の瘡腫,初起悩寒壮熱,疹痛するものを治す」(癰瘡および諸瘡腫の初起の増寒、壮熱、疼痛を治す)とあります。そして「今は模徽(クヌギ,ナラなどの樹皮)を以て桜皮に代う。この方は青洲の荊防敗毒散を取捨したる者にて荊敗よりその力優なりとす」と書いてあります。さらに浅田流では十味敗毒湯に連麹を加えて十味敗毒湯加連翹(略称十敗加連)としてよく使っております。
<現代における使用法>
 石原明先生は「この薬方は太陽病と少陽病期にまたがる発表剤で,体の中に蓄積し,体表に表われている毒を解いて中和する薬方である」と非常に簡潔に特徴を表現しておられます。
 目標は,小柴胡湯が適するようなタイプの人で,皮膚に化膿性の疾患や炎症があるとか,あるいはアレルギー性などの発疹があるという人にこの薬方は適します。病名をあげてみますと,まず皮膚にフルソケル(癬),カルブンケル(擁)などができて,急性のごく早期で熱が出るような場合には,葛根湯あるいは葛根湯加石膏あたりで治療して,そのあと亜急性期以後にこの薬方を使うということが多くあります。
 その他アレルギー性の皮膚の病気,つまり湿疹,蕁麻疹,皮膚炎などに十味敗毒湯を使います。
 その他,乳腺炎,リンパ腺炎,あるいは外耳炎,中耳炎などに使って内消させるか,あるいは外へ膿を出させるというようなことをいたします。その他,たびたびあちこちが化膿して治ったかと思うとまた出てくるというような,いわゆる癌腫症(furunculosis)に十味敗毒湯が適します。しかもこういうタイプの人には,長期問この薬方を服用させることにより,体質改善的に働いてくれるという非常にありがたい薬方であります。
 また糖尿病のあるような人はよくおできができたり,化膿したりするのですが,このような糖尿病性の癤には十味敗毒湯の証の人がずいぶんおります。また水虫で少しジク ジクしているようなタイプのものにこの薬方を使い,同時に局所に紫雲膏を使うと,かなりよくなるケースがあります。
 この十味敗毒湯は小柴胡湯証のタイプの人に適しておりますが,それよりも少し体力が弱くてもある程度使えます。しかし非常に胃腸が弱く,振水音が聞こえるとか,あるいは非常に体が疲れやすい人には,十味敗毒湯は向かないのであります。
 山田光胤先生の『漢方処方応用のコツ』には「十味敗毒湯の薬効には, 大別して二つの方向がある。第一は,化膿性腫物および炎症に対する効果で, 第二は,皮膚の発疹に対する効果である。いずれにしても,表在性の病変に用いる薬方と言える」と明快に解説されています。


■ 漢方頻用処方解説 「十味敗毒湯」 より抜粋
北里大学東洋医学総合研究所 漢方診療部 医長 齋藤 絵美
ツムラ・メディカル・トゥデイ:2009年5月20日放送
<処方名の由来、主な効能、構成生薬>
この処方名には、「10 味からなり、皮膚の諸毒を敗退させる」という意味があり、主な効能は化膿性皮膚疾患、急性皮膚疾患の初期、蕁麻疹、急性湿疹、足白癬などです。
<生薬構成の漢方的解説>
構成生薬の薬能についてご説明いたします。
荊芥、撲樕、防風、桔梗、川芎、甘草:解毒作用があり体質改善に役立ちます。
独活、 防風、茯苓:風を逐い湿を去るはたらきがあります。
桔梗、川芎:膿を排し気をめぐらします。
柴胡:表裏の血熱を去ります。
荊芥:諸瘡の毒を去るものです。
<処方適用のポイント>
 十味敗毒湯の使用目標について、矢数道明は「化膿性疾患、皮膚疾患の初期、あるいは 体質改善の意味で一般的に用いる。本方の適応する体質者は、多く胸脇苦満があり、神経質で、小柴胡湯証の現す体質傾向を持っている」と述べています。
 花輪壽彦は、「薬疹、フルンケル、カルブンケルの代表的処方とされる。この薬方の適応は2つある。1つはフルンケル、カルブンケルのように化膿性隆起性疾患で、発病よりやや経っているものによいもう1つは発疹が隆起せず、茶褐色~赤褐色で浸出液のない薬疹タイプに用いる」 としています。
 実際の使用に際しては、最も使われるのは炎症や化膿傾向を有する皮疹の 比較的初期、中でも昔から代表的とされているのはいわゆる「癤」とか「癰」といった状態であり、それ以外にも湿疹や蕁麻疹、乳腺炎などにも応用されます。また、化膿性疾患を繰り返す人に対する、いわゆる体質改善薬としても使われます。他に面白いところとしては麦粒腫、眼瞼炎、涙嚢炎などの炎症性眼病変にも応用が可能です。当院では霰粒腫に用いて有効だった症例を報告しています。


 次に小太郎製薬HPの解説から;

■「十味敗毒湯」
 十味敗毒湯は10種類の薬草の力で皮膚の病気(化膿性疾患)を敗毒(毒素をなくす)することができるということから、処方名がつけられました。
 処方の内容は、
 ひとつは体表部の血管を拡張して血行をよくし発汗・発散を強めて皮膚をきれいにし、カユミを除く薬草のグループ。それには防風・荊芥・独活・川芎の4つ。
 もうひとつは、皮膚の炎症や毒素を去る消炎・解毒作用で化膿を改善する薬草のグループ。それには柴胡・桜皮・桔梗・甘草の4つです。
 主に2つのグループが十味敗毒湯の中心的な役割を果たします。そのほかに、茯苓・生姜も配合されており、利水の働きで、皮膚の炎症による分泌物を取り除いたり、腫れを軽減したりします。
 アトピー性皮膚炎やジンマ疹ではカユミが強く、化膿したり、あるいはジュクジュクと滲出液があるもので、どちらかというと急性期によく用います。ニキビでは小さいブツブツがたくさん広がる時に適しています。また、内服の水虫薬としても有名で、単独よりも外用の紫雲膏と併用すると効果があるといわれています。
 以上のことから、十味敗毒湯は皮膚病専門の漢方薬としてよく使われてきました。


 どうやらこの方剤は生薬構成から二つの効能・目的があると考えた方が良さそうです。
 山田先生は、
1.化膿性腫物および炎症に対する効果
2.皮膚の発疹に対する効果

 花輪先生は、
1.フルンケル、カルブンケルのように化膿性隆起性疾患で、発病よりやや経っているものによい。
2.発疹が隆起せず、茶褐色~赤褐色で浸出液のない薬疹タイプに用いる。

 小太郎製薬では、
1.皮膚の炎症や毒素を去る消炎・解毒作用で化膿を改善。
2.体表部の血管を拡張して血行をよくし発汗・発散を強めて皮膚をきれいにし、カユミを除く。

 と説明しています。
 ポイントは「化膿→解毒」と「急性期のかゆい皮疹→発散」に集約されそう。

※ 発散作用:滞っているものを発散させ、気血の流れを良くする。

 小太郎製薬の文章で「あれ?」と思う部分があります。
 「アトピー性皮膚炎やジンマ疹ではカユミが強く、化膿したり、あるいはジュクジュクと滲出液があるもので、どちらかというと急性期によく用います」とありますが、アトピー性皮膚炎の急性期でジュクジュクするのは化膿(=細菌感染)ではなく、浸出液にすぎません。
 じんましん単独でも化膿することはありません。
 「化膿」と「湿疹」が同居する皮膚病変に使うというイメージが私を混乱させていたのですね。
 「化膿病変」に使う方剤であり、それとは別に「急性期のかゆい湿疹」にも効きますよ、と説明してくれればいいのに。

 あれ?
 じゃあなぜこの方剤を作ったんだろう・・・。

 次に中医学的解説を。

■十味敗毒湯の中医学解説(「家庭の中医学」より)
【効能】 去風化湿・清熱解毒
【適応症】風湿熱の皮疹。袪風と清熱、排膿利水の薬物配合より構成されています。このことから消炎、抗化膿抗菌、止痒、浮腫や分泌物の消退などの作用をもち、皮膚の炎症・化膿に有効であるが、消炎効果はあまり強くないため一般には化膿しかけた初期に用いられます。
【解説】
 防風・荊芥・独活・川芎・生姜は、体表血管を拡張して発汗し、皮疹を透発させます(袪風解表)。
 防風・荊芥は、かゆみをとめ、
 川芎・独活は鎮痙作用をもちます。
 柴胡・連翹・桜皮・甘草は、消炎、解熱、抗菌に働き化膿を抑制します(清熱解毒)。
 桜皮・桔梗は、排膿作用をもち、
 柴胡・甘草は、鎮静と自律神経系の調整に働きます。
 茯苓は、組織や消化管内の水分を血中に吸収して利尿作用により除きます(利水)。
 防風・独活は、利尿を補助します。


 次は「ハル薬局」のHPより。

■十味敗毒湯
【証(病機)】皮膚風熱
【中医学効能(治法)】 去風化湿・清熱解毒・清熱瀉火・去風
【用語の説明】
・去風化湿法(きょうふうけしつほう) ・・・風湿の邪を発散させたり、動かして除き頭痛、関節痛、だるさ、微熱などを治す治療法です。
・清熱解毒法(せいねつげどくほう) ・・・寒涼性の生薬を用い、熱毒の邪、発赤・腫脹・化膿・高熱を治します。
・清熱瀉火法(せいねつしゃかほう) ・・・寒涼性の生薬を用い、熱や火邪(高熱・口渇・顔面紅潮・目の充血・腹満)を除く治療法です。
【病症】次の病症どれかのある方に本処方は適合します。
●皮膚病で患部が乾燥隆起して分泌物の少ないもの。
●化膿性皮膚病、急性皮膚病では発赤、腫脹、疼痛等の炎症症状がある。
●かゆみがある。
●疲労しやすい、食欲不振。
分泌物の多いもの、苔癬化したものは効きにくい

 本方は本来解表剤であり、化膿性疾患に用いるのはその応用である。消炎・抗化膿・抗菌・止痒・浮腫や分泌物の消退などの作用をもつ。
 化膿性疾患、皮膚疾患の初期にこれを消散する目的で、あるいはアレルギー体質を改善する目的でつくられたものです。
 方剤中の主薬は荊芥・防風で、いずれも温性の発散薬で、皮膚疾患を治すには欠くことのできない薬物です。独活にも発散作用と鎮痛作用があり、桔梗には排膿作用、川芎には血液のめぐりをよくする作用、柴胡には消炎作用があります。これらはすべて発散性で、生姜の発散性も考えれば、構成生薬の大半は発散性薬物だと言うことができます。わずかに撲漱は収敏性です。茯苓という湿をとる薬物が入っていますが、荊芥・防風・独活・生姜・柴胡と大半が燥性の薬物で、方剤はかなり湿証向き、すなわち分泌物のある場合向きにできていることがわかります。
 温性生薬が多いので、比較的寒証の方の皮膚疾患に適した方剤です。


 こちらでは「本来解表剤であり化膿性疾患に用いるのはその応用である」と解表剤(発散剤)を強調しています。生薬から説明しているのでわかりやすいですね。

 ただ、通読すると「分泌物が多いものには効きにくい」と「湿証向きで分泌物のある場合向きにできている」と反対の記述があり混乱します。困りました。
 分泌物の多少は本質ではないのかもしれません。

 それから「温性生薬が多いので、比較的寒証の方の皮膚疾患に適した方剤」という文章も要チェック。
 「化膿性皮膚疾患」に用いるとありながら「寒証」に適するということは、「化膿していても発赤・熱感がないタイプ」に使うということになります。それなのに病症には「化膿性皮膚病、急性皮膚病では発赤、腫脹、疼痛等の炎症症状がある」と記載されており、矛盾があります。

 でも、私の中ではだんだん使用すべき病態が絞られてきた感があります。

 秋葉先生の「活用自在の処方解説」に行っちゃいましょう。

■ 「十味敗毒湯」
1 出典:華岡青洲経験方・・・華岡青洲が『和剤局方』の荊防排毒散を改良して創方したもの。
●癰疽および諸般の瘡、腫起、憎寒、壯熱、 痛するを治す。(『癰科方筌』 癰疽門)
2 腹候:腹力は中等度以上(2-4/5)。ときに心下痞を認める。柴胡を含むために、胸脇苦満を認めるとする論者もある。
3 気血水:気血水いずれも関わる。
4 六病位:少陽病。
5 脈・舌: 脈、有力。舌、舌質淡紅、乾燥傾向の白苔。
6 口訣
●蕁麻疹以外には、化膿傾向がポイント。 (道聴子)
●青洲が荊防排毒散を改良したものだが、たしかに原方より優れている。 (浅田宗伯)
7 本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:化膿性皮膚疾患・急性皮膚疾患の初期、じんましん、急性湿疹、水虫。
b 漢方的適応病態:風湿熱の皮疹
8 構成生薬
桔梗3、柴胡3、川芎3、茯苓3、防風1.5、甘草1、荊芥1、生姜1、樸樕*3、 独活1.5。(単位g)
*樸樕(ボクソク、クヌギ科の樹皮):わが国だけで用いられる生薬で、性味ははっきりしない。
9 TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説袪風化湿清熱解毒
10 効果増強の工夫
 アトピー性皮膚炎などに消風散などと合方して用いられる。
処方例)ツムラ十味敗毒湯 5.0~7.5g 分2または分3食前
    ツムラ消風散 5.0~7.5g
 もろもろの皮膚疾患用の薬方に本方を追加して効果増強を図ることができる。また樸樕は本方にしか配合されていないので、その皮膚炎改善作用を期待して他薬方にしばしば合方される。
11 本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より 化膿性疾患、皮膚疾患の初期、あるいは体質改善目的で一般に用いる。癰・癤・湿疹・蕁麻疹・フルンクロージス・アレルギー体質改善薬、乳腺炎・ リンパ腺炎・上顎洞炎・水虫・面疱・中耳炎・麦粒腫・外耳炎など。
●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より フルンケル、カルブンケル、皮下膿瘍、筋炎、中耳炎、リンパ腺炎。
●桑木崇秀著『漢方診療ハンドブック』より 化膿性疾患(癰・癤 )、皮膚疾患(湿疹や蕁麻疹)初期。フルンクロージス・ アレルギー体質の改善薬。乳腺炎・リンパ腺炎・麦粒腫(ものもらい)など の初期。


 なんだか読めば読むほどアトピー性皮膚炎の薬というイメージから遠ざかるような気がしてきました。
 TCMから抜き出すと、
 袪風→ かゆみを去る
 化湿→ 湿をとる(利水)
 清熱解毒→ 化膿を改善する
 と「炎症が強くむくんでかゆみがある皮膚病変」が適応になりますが、ここには「解表」という概念が欠落しており、そこが誤解の元になっていると思います。
 「解表」(皮膚を温めて炎症を解消する)は「清熱」(炎症性の熱を冷やして治す)と逆の概念です。前述のように、十味敗毒湯の基本は「解表剤」で「清熱解毒」はその応用です。
 つまり、十味敗毒湯の使用目標は「熱を持っていない、発赤のない炎症性皮膚病変」なのですね。

 おそらく、アトピー性皮膚炎急性増悪期の浸出液や浮腫の状態を“化膿”と同様と捉えて使用したのではないかと想像されます。
 繰り返しますが、西洋医学的にはアトピー性皮膚炎急性増悪期の炎症性浸出液は細菌感染とは認識しません(細菌培養をするとブドウ球菌が検出されますがそれは二次的なものと捉えます)。ステロイド軟膏をしっかり使えば抗生物質無しで治ります。
 抗生物質が必要なのはとびひ(=伝染性膿痂疹)状態の時です。この場合は、表皮剥離毒素で皮膚が溶けて皮が剥け、あちこちに病変が飛び火するのが特徴です。
 西洋医学の知識が証の見立ての邪魔になっていました。

 いや、待てよ。
 古い時代は皮膚に強い炎症が起きた際に、それが細菌感染なのかアレルギー炎症なのか区別は困難なはず。
 すると「皮膚の強い炎症」でくくって捉えた方が自然かもしれない。
 細菌感染は炎症を惹起する一つの原因に過ぎず、アレルギー炎症でも漢方的“証”は同じと考えた、かもしれない。
 近世以降の西洋医学的知見を持ち出すのはナンセンス?

 以上より、無理矢理結論づけてみます。

 十味敗毒湯を小児アトピー性皮膚炎に使う場合は、急性期・増悪期の赤みの乏しい浸出液・浮腫が目立つ皮膚病変に限定され(つまり標治)、慢性期に漫然と使用する方剤(本治薬)ではないと考えます。
 ん? 
 「赤みの乏しい浮腫が目立つかゆい皮膚病変」とは蕁麻疹そのものではありませんか!
 十味敗毒湯が蕁麻疹の特効薬と呼ばれる所以がわかりました。
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小児アトピー性皮膚炎に「黄耆建中湯」(98)は有効か?

2017年09月19日 14時26分38秒 | 漢方
 現在私が乳児アトピー性皮膚炎に第一選択的に使用しているのがこの黄耆建中湯です。
 虚弱な子どもの健康を底上げする小建中湯に皮膚を強くする黄耆を加えた方剤。
 使用目標は「脾虚」&「表虚」と捉えてきました。
 小児漢方領域では「乳幼児のアトピー性皮膚炎には黄耆建中湯」と結構有名なのですが、一般の漢方啓蒙書を読むとあまり記述はありません。

 実際に使用してみると、皮疹が自然に落ち着くことを経験しますし、ステロイド軟膏を止めやすいという漢方仲間の感想もあります。

 なぜ効くのか、確認する意味でもう一度調べてみました。
 結論から申し上げると、う〜ん、やはり小児のアトピー性皮膚炎に特化した方剤ではない様子。

<基本>
(ツムラ医療用漢方製剤)
・虚実:虚
・寒熱:寒
・気血水:気虚、血虚
赤本)裏寒虚証
(「活用自在の処方解説」)
・六病位:太陰病
・TCM:補気固表・緩急止痛・温中補虚(同上)


<ポイント>
・使用目標は、脾虚・気虚・表虚。
・小建中湯証(虚弱児で冷え性、血色が悪い)に寝汗を伴う場合に補気・利水作用を期待して黄耆の加わった黄耆建中湯を選択する(荒浪暁彦Dr.)。
・ひどい疲れで体力が衰え、腹の筋肉が突っ張っており、体力、気力などいろいろと足りない。こういう状態のものには黄耆建中湯がよい(『金匱要略』)。
・小建中湯は漢方でいういわゆる裏急あるいは虚労を目標とするのに対して、この処方は表裏の虚損を目標として黄耆を加えた(大塚敬節Dr.)。
・黄耆は体表の水毒を去る。いわゆる水肥りで皮膚のきめが細か、軟らかい人によく用いられ、こういう人は皮膚の栄養状態が不良でしまりが悪く、発汗傾向があるということが多い(稲木一元Dr.)。
・黄者建中湯は小建中湯の証にして盗汗、自汗するものを治す(『方極』)。
・黄耆の使用目標は皮膚表面の栄養状態が悪い、いわゆる水毒状態があることを目標にする(『腹証奇覧』)。
・黄耆の配合量が多いので、皮膚の栄養を高め肉芽の発生を促進し、化膿を止め、皮膚の諸症状(寝汗、湿疹、床ずれなど)を改善する(小太郎製薬)。
・黄耆は「元気を益し、膿を排し、皮膚を丈夫にして汗を止める」 生薬(『神農本草経』)→応用として「お腹の弱い、汗をたくさんかいてしまう虚弱なアトピー患者」に使えそう(石毛敦Dr.)。
・黄耆は表に停滞した水を去る目的で用いられる生薬。しかしその薬性は温補であり、また、燥湿の性質は中。すなわち、水を強制的に排除するために用いられる生薬ではなく、水を巡らせる力を与える生薬(すなわち補薬)であるということ。これにより水の配置を正常に戻し、結果として浮腫や寝汗、自汗を去る。この点で表の水を排除するために用いられる桂枝や麻黄とは本質的に異なる薬能を持つ(浅岡俊之Dr.)。


<まとめ>
・原典・古典には皮膚症状をターゲットにした方剤としての記載は見当たらない。
・小建中湯証(虚弱児で冷え性、血色が悪い)で表虚(皮膚の栄養状態が悪い、水太り・多汗・寝汗など水毒状態)の本治薬。


 以上の点でアトピー性皮膚炎に応用可能と理解しました。
 つまり、湿疹の性状より、全身の状態で判断して選択する方剤なのですね。

 ではまず、「黄耆建中湯&アトピー性皮膚炎」で検索してヒットした記事から;


黄耆建中湯石川功治先生
 ツムラ黄耆建中湯に含まれる桂皮には発汗作用と体の表面を温める作用があります。
 もともと汗をかきにくいアトピー性皮膚炎で皮膚の血流がよくなり乾燥状態に効きます
 お子さんは本来お腹の調子がわるい脾虚の状態がありますので、芍薬は腹痛を治して、お腹の状態を良くする作用があります。
 アトピー性皮膚炎は、お腹の状態が良くなるとお肌の状態も良くなります
 黄耆建中湯に含まれる黄耆は「ねあせ」に使うお薬です。
 含有成分である粉末飴(膠飴)は甘いアメの成分で安神の作用(気分を落ち着かせる作用)があります。生姜、大棗、甘草は胃薬です。
 アトピー性皮膚炎で「水イボ」を繰り返すお子さんに黄耆建中湯を使用しますと「水いぼ」が減少します。


・桂皮の発汗作用、体表面を温める作用→ アトピー性皮膚炎の皮膚血流増加し乾燥改善
・脾虚改善→ アトピー性皮膚炎はお腹の調子が良くなると肌の状態も良くなる

 と、黄耆よりも小建中湯証で石川先生は説明しています。

■ 黄耆建中湯黒川晃夫先生
 黄耆建中湯は、小建中湯に黄耆を加味した処方である。黄耆は強壮、肉芽形成促進、皮膚の血液循環の促進による栄養状態の改善、利尿作用、抗菌作用がある。アトピー性皮膚炎では、虚弱体質の患児で、皮膚は乾燥もしくは湿潤し、発汗傾向があり、感染症を繰り返す場合に用いられる。本剤は甘くて飲みやすく、小児アトピー性皮膚炎における漢方治療の第一選択薬に挙げる先生も少なくない。


 黒川先生は黄耆という生薬に注目し、強壮、肉芽形成促進、皮膚の血液循環の促進による栄養状態の改善、利尿作用、抗菌作用によりアトピー性皮膚炎に有効であると説いています。
 湿疹の治療というより「皮膚の低栄養状態を血流をよくすることにより改善する」と大きなとらえ方ですね。
 怪我をして骨折した際、赤くはれ上がった部位を急性期は冷やしますが、回復期には温めて血流をよくすることにより治癒を促しますが、この回復期の治療と同じ考え方です。
 つまり、急性増悪ではなく体質改善に用いる薬と捉えることができます。


■ アトピー性皮膚炎の漢方治療荒浪暁彦Dr.
アトピー性皮膚炎の漢方治療は、年齢によって処方が異なる。
1.乳児期
 乳児期の第一選択薬は小建中湯で、虚弱児で冷えを伴う、血色が悪い場合に頻用される。さらに寝汗を伴う場合は、補気・利水作用のある黄耆が加わった黄耆建中湯を用いる。通常は両処方とも、腹直筋が突っ張っていることが目標になるが、逆にフニャフニャの場合でも用いる。
桂枝加黄耆湯は、湿潤、乾燥が混合している場合に用いる。
補中益気湯には虚熱を冷ます作用があり、食欲不振などの脾虚が主体で四肢倦怠感の強い症例に用いる。免疫調整作用に優れていることから、乳児にかかわらず幼児、学童、成人すべてに対して体質改善のために用いてよい。
十全大補湯は、脾虚、血虚に虚寒の症状が加わった場合の乾燥型、湿潤型のいずれの状態でも使用できる処方である。疲弊したステロイドリバウンド時のアトピー性皮膚炎に対する著効例の報告がある。
治頭瘡一方は分泌物が多く、痂皮を伴った上半身の皮膚炎に用いる。


 荒浪先生は小建中湯証(虚弱児で冷え性、血色が悪い)に寝汗を伴う場合に補気・利水作用を期待して黄耆の加わった黄耆建中湯を選択すると説いています。
 類似薬に桂枝加黄耆湯がありますが、これは黄耆建中湯から膠飴を抜いた方剤です。
 以前某講演会で「黄耆建中湯と桂枝加黄耆湯はどう使い分ければよいのですか?」と質問したところ、「違いは“脾虚”があるかどうかです。虚弱児で胃腸が弱い印象があれば黄耆建中湯、その要素がなければ桂枝加黄耆湯を選択します」と明快にお答えいただいたことがあります。

 「黄耆建中湯&アトピー性皮膚炎」のキーワードで検索してヒットした数はあまり多くありません。
 これ以降は黄耆建中湯単独で検索した記事になります。

■ 黄耆建中湯稲木一元先生
 黄耆建中湯の原典は『金匿要略』血痺虚労病篇です。条文は「虚労、裏急、諸々の不足は黄者建中湯これを主る」とあります。これは「ひどい疲れで体力が衰え、腹の筋肉が突っ張っており、体力、気力などいろいろと足りない。こういう状態のものには黄耆建中湯がよい」という意味のようです。
 次に、実際の使用目標と応用についてお話しいたします。
 大塚敬節先生によりますと、小建中湯は漢方でいういわゆる裏急あるいは虚労を目標とするのに対して、この処方は表裏の虚損を目標として黄耆を加えたと思われます。したがって、黄耆建中湯は小建中湯の適応となるような状態で、さらに虚証のものに用いると考えられます。黄耆の使用法というものを理解していただければ、この応用も理解できるといえます。
 黄耆は「体表の水毒を去る」といわれます。いわゆる水肥りで皮膚のきめが細か、軟らかい人によく用いられます。こういう人は皮膚の栄養状態が不良でしまりが悪く、発汗傾向があるということが多いと思われます。以上によりこの黄者建中湯は、次のような場合に応用されます。
<応用疾患>
1:盗汗、すなわち寝汗のひどいもの
2:慢性中耳炎
3:いわゆる虚弱児
4:痔疾患の治りにくいもの
5:皮膚の潰瘍性の病変などで肉芽形成の不良のもの
6:湿疹など滲出性の皮膚病変で慢性化して治りにくいもの(これにはアトピー性皮膚炎なども含まれる)
<古典から>
 古方派の大変有名な吉益東洞は『方極』の中で「黄者建中湯は小建中湯の証にして盗汗、自汗するものを治す」と記しております。ここでは黄耆は盗汗(寝汗)あるいは自汗(汗が出やすい)を主ると考えたようです。
 また『腹証奇覧』には「諸々の不足とは気血ともに充足せざるの謂いなり。案ずるに黄耆は正気を肌表にはりて津液をめぐらすの能あり。諸々の肌表の不足するものは皮膚乾いて潤いなく、衛気、腠理を固めざる故、津液漏れて自汗、盗汗となり、出ずるなり。黄耆正気をはり、津液をめぐらし、腠理をしてかたからしむれば、瘀水は自らめぐり降りて小便に通利し、肌膚滑(なめらか)にして潤沢を得るなり。(略)余が門の黄耆を用いる、汗の有無を必とせず、ともに肌表の正気乏しきものを診し得て誤らずとす」と記されております。黄耆の使用目標は皮膚表面の栄養状態が悪い、いわゆる水毒状態があることを目標にするといっております。
 浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には、「この方は小建中湯の中気不足腹裏拘急を主として、諸虚不足を帯る故黄耆を加うるなり。仲景の黄耆は 大抵表托止汗袪水の用とす。この方も外体の不足を目的とする者と知るべし。この方は虚労の症、腹皮背に貼す。熱なく咳する者に用うと錐も、或は微熱ある者、或は汗出ずる者、汗無き者倶に用うべし」とあります。
 黄者建中湯は体の弱い虚弱な子供に非常によく使い、また腹痛などの小建中湯の証も参考にして用いるということでよいのではないかと思います。黄者の使い方はこのほか防巳黄耆湯、補中益気湯などにも共通するのではないかと思います。


 稲木先生は歴史を紐解き、原典の金匱要略から「ひどい疲れで体力が衰え、腹の筋肉が突っ張っており、体力、気力などいろいろと足りない。こういう状態のものには黄耆建中湯がよい」と条文を引用しています。
 原典には皮膚症状の記載は無いのですね・・・意外な驚き。
 江戸時代の吉益東洞は「黄者建中湯は小建中湯の証にして盗汗、自汗するものを治す」(『方極』)と記し、『腹証奇覧』には「黄耆の使用目標は皮膚表面の栄養状態が悪い、いわゆる水毒状態」を目標にすると記されています。
 浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には「黄者建中湯は体の弱い虚弱な子供に非常によく使い、また腹痛などの小建中湯の証も参考にして用いる」という意味の文章。
 大塚敬節先生が残した記述も「黄耆建中湯は小建中湯の適応となるような状態で、さらに虚証のものに用いる」と皮膚所見に触れていません。
 
 歴史的には皮膚所見を重視した記述がない!?

 稲木先生は黄耆建中湯という生薬の効能「体表の水毒を去る」ことからアトピー性皮膚炎への応用を結びつけています。
 でも「水毒」とくれば治療は「利水剤」が頭に浮かびます。
 しかし利水剤という文言が出てきません・・・不思議です。

 次に小太郎製薬の処方解説「黄耆建中湯」から引用させていただきます。

■ 黄耆建中湯 小太郎製薬
【処方コンセプト】
 衰弱して、とにかく疲れやすく、よく腹痛を訴える方に。
 ベースに消化器の機能低下があり、体力がかなり衰えていて、すぐに寝込んでしまう。また、年中風邪をひいているかのようなだるさを感じ、少し動いただけでも息切れがして、すぐに汗をかいてしまう(寝汗含む)ような方に適している。寝たきりで衰弱していて、床ずれを起こしている方にもよい。
<黄耆建中湯適応症>
◆ 体の深部(消化器など)の気を補って腹部を温め消化器機能を高める小建中湯に、体表の気を増して皮膚のしまりをよくする黄耆を合わせたもの。表と裏の両方の気を補うので虚労(体力低下状態)の方に適した処方構成となっている。
◆ 小建中湯証の腹中急痛(緊張と冷えのために腹が痛む)に、自汗・息切れ・冷え・疲労倦怠感などの気虚の症状がより顕著なものを目標に用いる。また、汗をかいた後に冷えて下痢をしてしまう方や風邪をひきやすい方にもよい。
◆ 黄耆の配合量が多いので、皮膚の栄養を高め肉芽の発生を促進し、化膿を止め、皮膚の諸症状(寝汗、湿疹、床ずれなど)を改善する
【処方構成】7味



本方は小建中湯に黄耆を加えた処方。小建中湯より気虚の状態が進んだものに用いる。
・消化器の気を補う甘草・膠飴・大棗に、
・体を温める桂皮・生姜、
・補血をして鎮痙(痙攣を止める)する芍薬
で構成された小建中湯に、
・表の気を補う黄耆が加わっている
 〜ので、皮膚のしまりをよくして汗を止め、肉芽の発生を促進し、栄養を与える。これらの生薬構成により体表および体の深部(消化器など)の気を補う。






 とにかく全身的に疲れ切っている(表裏両虚)に使用する方剤で、「寝たきりで衰弱していて、床ずれを起こしている方にもよい」なんて書いてあります。
 「寝たきり老人と元気な赤ちゃんに同じ薬を使うの?」という素朴な疑問が生まれてきますね。
 皮膚に関する記述はやはりオマケ程度ですが、「黄耆は皮膚の諸症状(寝汗、湿疹、床ずれなど)を改善する」という文言に尽きるような気がしてきました。

 ツムラの漢方スクエアに戻り、「黄耆」という生薬について検索しました;


■ 方剤における生薬の役割「黄耆◉黄耆建中湯」石毛敦先生
 小建中湯に今回主役の黄耆が入ったのが黄耆建中湯です。基本になる方剤が小建中湯ですので「体質虚弱」など全身症状が元にあることはおわかりいただけるのではないでしょうか。そうなると、黄耆が何者であるのかがわかれば黄耆建中湯も理解できるわけです。
 早速、黄耆を調べてみましょう。
 生薬の薬能を調べるにはいくつかの書物がありますが、最も古い薬物書といわれているのが『神農本草経』です。これを基に、その後にいくつもの書物が出ていますので、その中で共通した薬能を抜き出して要約しますと、黄耆は「元気を益し、膿を排し、皮膚を丈夫にして汗を止める」 生薬であると考えることができそうです。
 黄耆建中湯の効能をみていきましょう。「身体虚弱で疲労しやすいものの次の諸症:虚弱体質、病後の衰弱、 寝汗」とあります。小建中湯とどこが異なっているでしょうか。黄耆の薬能から考えますと、小建中湯に元気を益し(補気)、汗を止める生薬を入れたものと理解できます。小建中湯よりも本剤の方が元気にしてくれそうで、寝汗などの虚弱な人に起こる症状もとってくれる漢方薬であることが理解できるのではないかと思います。寝汗などを目標にしてみるとよいかもしれません。
 応用としては「お腹の弱い、汗をたくさんかいてしまう虚弱なアトピー患者」などにも使えそうです。そのほか、黄耆を含有する方剤を少しみてみますと,「防已黄耆湯」や「補中益気湯」がヒットしてきます。両方剤は、ともに虚弱な方に使い、多汗症に対する効能をもっているのも特徴的ですね。もちろん黄耆だけの薬効ではありませんが、大きな役割は担っているものと考えられます。


 黄耆建中湯本来の効能は「身体虚弱で疲労しやすいものの次の諸症:虚弱体質、病後の衰弱、 寝汗」ですが、その応用として「お腹の弱い、汗をたくさんかいてしまう虚弱なアトピー患者」にも使える、という記述です。「汗をかきやすい」のは「皮膚の締まりがない、皮膚が弱い・低栄養状態である」と捉えるのですね。

■ 真柳誠「漢方一話 処方名のいわれ92-黄耆建中湯」
『漢方医学』25巻2号87頁、2001年4月 真柳 誠(茨城大学/北里研究所東洋医学総合研究所)
 本方の出典は3世紀の仲景医書に由来する『金匱要略』で、その血痺虚労病篇に「虚労裏急、諸不足、黄耆建中湯が之を主る」とのみ記される。これでは主治文が少なくてよく分からないばかりか、薬味は記載すらない。が、宋の林億らが本書を1066年に初刊行した際の注に「小建中湯に黄耆を加える」とあるので、小建中湯の6味に黄耆が加わった計7味と分かる。
 一方、『金匱要略』と同様の主治文は7世紀の『千金方』巻19と、8世紀の『外台秘要方』巻17にあり、ともに上述の7味も明記している。つまり本方は小建中湯加黄耆で間違いないが、黄耆を主薬とするので黄耆建中湯と名付けられた、と理解していいだろう。
 なお『金匱要略』では本方の直前に小建中湯の条文があり、その林億注は『千金方』巻19の小建中湯条を引用する。ただし林億注末尾の「六脈倶に不足、虚寒乏気、少腹拘急、羸痩百病、名づけて黄耆建中湯と曰う」の一文だけは、『千金方』や同文を記す『肘後方』巻4に見えず、何から引用されたか分からない。
 また当文末の「名づけて黄耆建中湯と曰う」も前とつながりの悪い句だが、どうも林億らは前句を黄耆建中湯の主治と認知して引用したらしい。ならば本方の主治は「虚労裏急、諸不足」と、出典不明の「六脈倶に不足、虚寒乏気、少腹拘急、羸痩百病」になろう。
 ちなみに本草での黄耆の初出は1-2世紀の『神農本草経』中薬だが、なぜ黄耆というのだろう。むろん黄色いから「黄」なのだが、問題は「耆」である。耆には古くから「老」や「長」の意味がある。それで16世紀の『本草綱目』は、黄耆が補薬の「長」ゆえ「黄色い耆」なのだと説くが、時代錯誤というしかない。
 そもそも黄耆を上薬でなく、中薬に分類した『神農本草経』の時代に、それを補薬の長とする考えなどない。黄耆が人参とならぶ補薬として世に認識されたのは、李東垣流の参耆説が普及した明代からなのである。とするなら、黄耆の根が二、三尺にも伸びるので、「黄色く長い」の意味で黄耆と呼ばれた、という森立之『神農本草経攷注』の説を是とすべきである。


 フムフム・・・黄耆のネーミングも諸説紛々らしい。
 あ、浅岡俊之先生(ケアネットDVDでお世話になりました)の黄耆の解説を見つけました。

■ 原理から理解する漢方治療 16「黄耆と処方 防已と処方」より
浅岡クリニック 院長 浅岡 俊之
16-1-1「黄耆
1)マメ科ナイモウオウギあるいはキバナオウギの根
2)神農本草経 『癰疽(ようそ)、久敗瘡、排膿・止痛、大風癩疾、五痔、鼠瘻(そろう)を主る』
 *癰疽:皮膚の腫瘍や潰瘍
 *鼠瘻:リンパ節腫(結核)
3)主治:浮腫、寝汗、自汗
4)薬性:温、補
5)守備範囲:表
6)ポイント
 黄耆は表に停滞した水を去る目的で用いられる生薬です。しかしその薬性は温補であり、また、燥湿の性質は中です。すなわち、水を強制的に排除するために用いられる生薬ではありません水を巡らせる力を与える生薬(すなわち補薬)であるということです。これにより水の配置を正常に戻し、結果として浮腫や寝汗、自汗を去るということです。
 この点で表の水を排除するために用いられる桂枝や麻黄とは本質的に異なる薬能を持ちます
 以下に黄耆が配合される処方をご紹介しますが、皆温補することで問題の解決を図ろうとする処方です。

16-1-2「黄耆」が配される処方
1)桂枝加黄耆湯:桂枝, 芍薬, 生姜, 大棗, 甘草, 黄耆
(1)出典:金匱要略
(2)条文:『身重く、汗出で已ってたちまち軽き者は久久にして必ず身潤す。...身疼重、煩躁し小便利せず、此れを黄汗と為す』
(3)適応:浮腫, 関節痛
(4)ポイント:浮腫を伴う関節痛, 腰痛などに用いられる処方です。疼痛を去る目的で用いられる桂枝湯に浮腫を去るための黄耆が加えられています。
2)黄耆建中湯:桂枝, 芍薬, 生姜, 大棗, 甘草, 膠飴, 黄耆
(1)出典:金匱要略
(2)条文:『虚労裏急,諸不足』
 *裏急:腹痛
(3)適応:寝汗, 自汗を伴う腹痛
(4)ポイント:腹痛, しぶり腹を主治する桂枝加薬湯に膠飴を加えれば小建中湯になりますが、ここにさらに黄耆を加えた処方です。 黄耆を加味した目的はやはり寝汗、自汗を去ることにあります。前述の桂枝加黄耆湯の薬を増量することで腹痛に対応し、さらに膠飴を加えた形になります。
黄耆の薬性は「補」であり、決して強制的に表の水を排除するために用いられる生薬ではありません。 それは以下に示す黄耆が配合された処方の用いられ方からしても明らかです。

<黄耆が配合される頻用処方>
帰脾湯、加味帰脾湯、当帰湯、当帰飲子、人参養栄湯、半夏白朮天麻湯、補中益気湯、十全大補湯、大防風湯、清暑益気湯など


 さすが浅岡先生。ひと味違う、イメージがつかみやすい解説ですね。
 「黄耆は表に停滞した水を去る目的で用いられる生薬、しかしその薬性は温補であり、燥湿の性質は中。すなわち、水を強制的に排除するために用いられる生薬ではなく、水を巡らせる力を与える生薬(すなわち補薬)である。これにより水の配置を正常に戻し、結果として浮腫や寝汗、自汗を去る。この点で表の水を排除するために用いられる桂枝や麻黄とは本質的に異なる。」

 なるほどなるほど。
 さて、中医学の視点から見るとどうでしょう。

■ 黄耆建中湯(補気升陽顆粒) 中医学解説(「家庭の中医学」より)
【効能】 調和営衛・緩急止痛・益気実衛
※ 調和営衛(チョウワエイエイ);
 風邪を解除して営衛の失調を調整する治療法。風邪が表から侵入して営衛の失調を引き起こし、頭痛・発熱・汗出・悪風・鼻鳴・乾嘔・脈が浮緩などがみられる病証に適用する。


■ 黄耆建中湯(ハル薬局HPより)
<弁証論治>
脾陽虚(脾陽不振・脾陽虚弱・脾胃虚寒)
胃虚寒(胃気虚・胃気虚寒)
<八法>
温法:温裏・散寒・回陽・通絡などの効能により、寒邪を除き陽気を回復し経絡を通じて、裏寒を解消する治法です。
【中薬大分類】温裏(補陽)・・・体内を温める方剤です。即ち、裏寒を改善する方剤です。
【中薬中分類】温中散寒剤 ・・・中焦の冷え(裏寒)に用いる方剤です。中焦脾胃の陽気が虚衰して、運化と昇陽が不足し、腹痛・腹満・食欲不振・口渇がない・下痢・悪心・嘔吐・舌苔が白滑・脈が沈細または沈遅の症候がみられます。
<八綱分類>
裏寒虚 ・・・裏証(慢性症状)、寒証(冷え)、虚証(虚弱)の方に適応します。
<中医学効能(治法)>
補気固表・緩急止痛・温中補虚


 中医学では虚証で、その中でも胃腸系が弱っている状態に適応があるという記述です。
 皮膚病変への言及は乏しく「固表」(衛気不固で皮膚腠理が粗鬆になり、自汗が多い・感冒にかかりやすいなどを呈する病証に対する治法)くらいでしょうか。

 ここでちょっと脱線します。用語がわからないと前に進みませんので・・・。
 以前講演会を聞いていて「黄耆は表虚を治する」との説明が記憶に残っています。表虚とは?

【 表虚 】
自汗・脈浮緩を呈する表証、あるいは衛気が虚した腠理不固の病証。
表証には調和営衛で桂枝湯を、衛虚には益気固表で玉屏風散を用いる。


何回か出てきた用語「腠理」(そうり)って何でしょう?
東洋医学での皮膚・皮下組織・筋の概念 Ver.2.0」より抜粋;

2.腠理(そうり)
1)皮下組織(皮下脂肪組織)をさす
2)体液が出る部
 腠理は「汗腺の元」という意味でも用いる。毛口のことを腠理とも呼ぶが、毛口は汗の出口であって、汗腺の元が腠理であり、毛の根元でもある。要するに古代中国人は汗腺と毛孔を区別していなかった。腠理は地下水脈で、毛口は井戸口のようなものである。
 また体毛や表皮に皮脂膜をつくるため、毛口からは皮脂も分泌する。古典的に脂は血が変化したものと考えれば、腠理という地下水脈を流れるのは、水と血であることが推定できる。この水や脂を外に放出するのは、「気(この場合はとくに衛気)」の推動作用であり、結果として皮膚表免にも気血水が存在するといえる。 



 地下水脈と井戸口を結ぶ、井戸の縦坑は、一定の広さではなく、状況により広がったり狭まったりする。縦坑が広がることを、腠理が開くとよぶ。腠理が開く目的は、衛気を外に発散して外界に対する防御のためであり、津液を汗として体外に放出するためである。これを宣散作用とよぶ。腠理が閉じる目的は、津液が体外に漏出することを防ぐことにある。これを固摂作用とよぶ。
 古典的に毛孔の開閉は、衛気による防衛の作用とされる。古代中国人は、寒い日に、皮膚から立ち上る水蒸気を観察することで、衛気という概念を想像したのだろう。運動中は体温が高くなり、そのため汗や水蒸気の出る量も増える。これは宣散作用によるものである。
 一方「腠理が開く」とは、衛気の活動が乏しく、気の固摂作用低下で自汗(暑くもないのに汗が出る)するようになる。

「固摂」:スリットを閉じ、津液が体外に漏出することを防ぐ作用
「宣散」:スリットを開き衛気を外に発散し、津液を汗として体外に放出する作用。



 締めは秋葉先生の「活用自在の処方解説」より。

98.黄耆建中湯
1 出典 『金匱要略』
●虚労裏急、諸の不足する証。(『金匱要略』血痺虚労病篇)
2 腹候:腹力は中等度以下から軟弱(1─3/5)。ときに腹直筋の緊張を認める。
3 気血水:気が主体だが気血水いずれも関わる。
4 六病位:太陰病。
5 脈・舌:舌質は正常か淡紅、舌苔は白薄。脈は軟やや弦。
6 口訣
●小建中湯の一等虚したものに用いる。(道聴子)
●仲景の黄耆は、大抵、表托・止汗・祛水の用とす。(浅田宗伯)
7 本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:身体虚弱で疲労しやすいものの次の諸症:虚弱体質、病後の衰弱、寝汗。
b 漢方的適応病態:気虚の腹痛。すなわち、小建中湯の適応症以外に、自汗、息切れ、食欲不振、疲れやすい、元気がないなどの気虚の症候が顕著にみられるもの。
8 構成生薬:芍薬6、黄耆4、桂皮4、大棗4、甘草2、生姜1。(単位g)
9 TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:補気固表・緩急止痛・温中補虚
<効果増強の工夫>
・腹満やガスの停滞があれば大建中湯を合わせる。
処方例)ツムラ黄耆建中湯 9g 分3食前
    ツムラ大建中湯 7.5g
★ 本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )小建中湯よりも表裏の虚がいちだんと著しく、後世方の十全大補湯というところに使う。
2 )自汗盗汗し、全身虚弱のもの。
3 )潰瘍・漏孔・中耳炎・蓄膿症・痔漏・臍炎などで虚証で、分泌物が薄く多量のもの。
4 )風邪を引きやすく、咳が止まぬのを治した例がある。
5 )腹痛、腰痛に使つた例がある。
6 )結核性腹膜炎で、腹満腹痛するのに使つた例がある。
7 )暑気にあたり、手足だるく息切れ、口渇するもの。
8 )肺結核の軽症、又は回復期で、虚労を目標に加人参湯を使つた例がある。
9 )肺気腫で息切れするのに、加人参半夏湯を使つた例がある。


 ええっ!皮膚症状をターゲットにした記載がない。

 以上まとめますと、少なくとも原典〜江戸時代までは、湿疹の治療を目的に黄耆建中湯を使った形跡は見つけられませんでした。
 おそらく遠くない昔に、脾虚・表虚を目標に小児に使ったら皮膚症状も改善した、それからアトピー性皮膚炎にも応用されるようになった、ということでしょうか。

 さあ、あとは実践するのみ。
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乳児の顔面湿疹に「治頭瘡一方」(59)は有効か?

2017年09月18日 11時25分22秒 | 漢方
 乳児湿疹はたいてい顔面から始まります。
 生後1ヶ月まではオイリーな脂漏性湿疹ですが、1〜2ヶ月には乾燥性湿疹へと移行し、痒みを伴うアトピー性皮膚炎へ進行していくことが観察されます。
 痒みを伴う乾燥性湿疹はステロイド軟膏以外では治せません。
 有効ではあるのですが、やめると再燃することを繰り返す例に時々遭遇します。

 眼周囲にステロイド軟膏を塗っていると、眼への副作用が心配になります。
 乳児に使用するステロイド軟膏はマイルドクラス(ロコイド®やキンダベート®)で強さは問題ないのですが、期間が長くなると無視できません。
 調べてみると、
・1週間までは大丈夫(=1週間以上は危険)
・2週間までは大丈夫(=2週間以上は危険)
1ヶ月までは大丈夫(=1ヶ月以上は危険)
 ・・・など様々なことが書いてあり、どれが正しいのかわかりません。

 できれば眼周囲へのステロイド軟膏の使用は1週間までに抑えたいものです。
 そのための補助療法として内服薬が考えられます。
 しかし、生後6ヶ月未満の乳児に使用できる薬は限られており、いわゆる抗アレルギー薬は使えません。

 そこで漢方薬の登場です。
 とくに頭部/顔面の乳児湿疹は古くは「くさ」と呼ばれ、治頭瘡一方(ぢづそういっぽう)が使用されてきました。
 しかしこの方剤は乾燥性より湿潤性湿疹に使用するイメージがあり、私はあまり処方してきませんでした。

 今回、あらためて乾燥性湿疹へ適用可能か、調べてみました。
 結論を先に提示します。

<基本>
(「ツムラ医療用漢方製剤」より)
・虚実:実〜中間
・寒熱:熱
・気血水:瘀血
赤本)表熱実証
(「活用自在の処方解説」)
・六病位:少陽病
・風湿熱の皮疹
・TCM:祛風・清熱解毒・活血化湿


<ポイント>
・表皮の浮腫、血流を改善し、清熱、解毒することによって皮膚の状態を整える作用がある。アトピー性皮膚炎では、頭部、顔面の分泌物が多く、痂皮が付着した病変に用いられる(黒川晃夫Dr.)。
・この処方は頭瘡のみならず、すべて上部頭面の発瘡に用いる。同じく体上部の皮膚疾患に用いるが、清上防風湯は清熱を主とし、この方は解毒を主とする(『勿誤薬室方函口訣』)。
・毛根部にのみ出る皮膚病にもよいが,すべて頭や顔に出るものによい(『済生薬室』)。
・本方は日本の経験方であって,中和解毒の効があるとされ,小児の頭瘡で分泌物,掻痒,痂皮を認めるものを目標として用いる。大体小児の頭瘡というが,少年や大人でもよい。顔面や頸部,腋窩,陰部などに発赤,丘疹,水庖,びらん,結痂を作るもので,実証の場合であり,下剤の適応するものが多い。便通のあるものには大黄を去って用いる。小児の頭瘡は短期間では治癒が困難なものが多いので,ある期間の連用が必要である。(『漢方診療医典』)
・清熱解毒の作用より去風操湿の作用が強い(漢方LIFE.com)。
・目標は小児の頭瘡で、分泌物・瘙痒・痂皮を認めるものである。小児の頭瘡(大人でもよい)・顔面・頸部・腋窩・陰部等に発赤・丘疹・水疱・糜爛・結痂を作るもので、実証に属し、大体において下剤の適応するものを目標とし、通じのあるものは大黄を去る。長期連用する。方解すれば、連翹・忍冬は諸悪瘡を治し、防風は上部の滞気をめぐらし、風湿を去る。荊芥は瘡を治し、瘀を消し、頭目を清くする。紅花は血を破り、血を活かし、瘀を消す。蒼朮は湿を燥かし、川芎は諸薬を引いて上部に作用する(矢数道明Dr.)。


<まとめ>
・湿疹の様子が湿潤か乾燥かで考えるのではなく「赤く熱を持つほど炎症が強く、掻き壊すと浸出液が出るようなむくみっぽい湿疹」と捉えました。


 ではここに至るまでの思考の旅を記してみます。
 まず、乳児アトピー性皮膚炎に頻用する漢方薬から。


<乳児アトピー性皮膚炎によく使われる漢方処方>黒川晃夫先生
小建中湯
黄耆建中湯
桂枝加黄耆湯
治頭瘡一方
補中益気湯
十全大補湯


この中で標治薬(急性期に症状を軽減する)は治頭瘡一方だけで、他の方剤は本治薬(亜急性〜慢性期の体質改善)です。
やはり治頭瘡一方に目が向きます。

 治頭瘡一方は、川芎・蒼朮・荊芥・連翹・忍冬(にんどう)・防風・紅花(こうか)・大黄・甘草の9種類の生薬からなる処方である。本剤は表皮の浮腫、血流を改善し、清熱、解毒することによって皮膚の状態を整える作用がある。アトピー性皮膚炎では、頭部、顔面の分泌物が多く、痂皮が付着した病変に用いられる。

キーワードは「分泌物が多い」「痂皮付着」と、乾燥というより湿潤病変に合いそう。
現在私が頻用している黄耆建中湯の記述も引用しておきます。

 黄耆建中湯(おうぎけんちゅうとう)は、小建中湯に黄耆を加味した処方である。黄耆は強壮、肉芽形成促進、皮膚の血液循環の促進による栄養状態の改善、利尿作用、抗菌作用がある。アトピー性皮膚炎では、虚弱体質の患児で、皮膚は乾燥もしくは湿潤し、発汗傾向があり、感染症を繰り返す場合に用いられる。

皮膚の状態は「乾燥もしくは湿潤」とどちらかに限定しておらず、もっと大きな視野で「皮膚の血液循環の促進による栄養状態の改善」を目指す方剤ですね。


<治頭瘡一方の応用疾患・症状>中島俊彦先生
・湿疹(主に頭部、顔面)
・乳幼児の湿疹
・脂漏性湿疹
・膿皮症
・アトピー性皮膚炎

 かゆみ、発赤、熱感、化膿傾向があれば是非一度使ってみてください。必要に応じて抗アレルギー薬、抗生剤、外用薬などは併用が可能です。1~2週間続けて症状の変化がない場合は他の漢方薬に変更するなど、手を変える必要があります。勇気ある撤退も必要です。排膿散及湯との合方はよくやる手法です。


 中島先生は、湿潤・乾燥にはあまりこだわっていません。
 んん、待てよ・・・湿疹は掻き壊せばジクジク浸出液が出てくるから、表面の乾燥感にとらわれなくてもいいのかもしれないな。黒川先生の記述にも「表皮の浮腫」とあるし。
 
■ 治頭瘡一方山田光胤先生
 浅田宗伯の『勿誤薬室方函口訣』には,「この処方は頭瘡のみならず、すべて上部頭面の発瘡に用いる。藩響萌颪蕩は清熱を主とし,この方は解毒を主とす」とあり,要するに頭にできる化膿性の腫物や,体の上部や面部にできる皮疹を中心に使う,ということであります。清上防風湯との違いはこの通りであります。
 これも浅田宗伯の『済生薬室』に,「毛根部にのみ出る皮膚病にもよいが,すべて頭や顔に出るものによい」となっております。
 大塚敬節先生が汎用された処方でありまして,先生の著書の『漢方診療医典』に多々記載されております。これを読んでみますと「本方は日本の経験方であって,中和解毒の効があるとされ,小児の頭瘡で分泌物,癌痒,痂皮を認めるものを目標として用いる。大体小児の頭瘡というが,少年や大人でもよい。顔面や頸部,腋窩,陰部などに発赤,丘疹,水庖,びらん,結痂を作るもので,実証の場合であり,下剤の適応するものが多い。便通のあるものには大黄を去って用いる。小児の頭瘡は短期間では治癒が困難なものが多いので,ある期間の連用が必要である」とあります。
 鑑別を要する処方としては,次のものがあります。
 消風散は非常によく似た皮膚発疹の様相がありますが,漿液の分泌が見られる場合にこの方がよく効きます。
 それから当帰飲子は,むしろ皮疹の様相があまりはっきりしないが非常に痒いという場合で,主として高齢者に現われます。たとえば老人性皮膚療痒症などに出ますが,子供のアトピー性皮膚炎で割合に乾燥性で,皮疹があまり元気のないような状態の時によく使われることがあります。
 それから葛根湯が用いられる場合もありますが,これの適応症は比較的急性期で,搔痒が非常に激しい場合であります。


 山田先生は鑑別処方の中で、分泌物が目立つときは消風散、乾燥が目立つときは当帰飲子を勧めています。すると、治頭瘡一方は乾燥と湿潤が混在していて、むしろ全体的に湿疹病変の勢いがあるときに用いると考えた方がよいのかもしれません。
 
中医学的にはどうでしょう。

以下を読むと、効能に「清熱解毒」「活血化湿」とあります。これらの用語を分解すると、
・清熱:熱を冷ます
・解毒:毒を排泄する(便として?)
・活血:滞っている血を巡らす
・化湿:たまっている余分な水分を除去する

うん、わかりやすい。
さらに「清熱解毒の作用より去風操湿の作用が強い」とも。
すると「炎症が強いため赤くてジクジクむくみっぽい〜痂皮付着する汚い感じの湿疹」が適応となるようです。
日本漢方的に表現すれば「熱証・瘀血・水毒」となりますか。
全身の湿疹ではなく「顔面頭部」の湿疹に適応となるのは川芎が入っているかららしい。

<治頭瘡一方 中医学処方解説>(「家庭の中医学」より)
【効能】 袪風・清熱解毒・活血化湿
【適応症】風湿熱の皮疹:かゆみ・発赤・熱感・化膿傾向・水疱や滲出物などがみられ、舌湿は紅・舌苔は黄・脈は数。
【類方比較】
消風散)患部の湿潤と、掻痒感が顕著で痂皮(かさぶた)の形成と苔癬化があり、口渇を伴う場合に用います。
温清飲)患部は赤みを帯び、熱感があり、掻痒感がひどい場合に用います。
加味追遥散合四物湯)体質が虚弱で手足が冷えて疲れやすく、めまい、動悸、不眠などの訴えのある人の慢性の皮膚疾患に用います。
葛根湯)多くは上半身の急性発疹で、発赤、腫脹、掻痒感の強い場合に用います。
清上防風湯)上半身、特に頭や顔面に限局する化膿性皮疹に使用します。
【解説】
・袪風の荊芥・川芎
・燥湿の蒼朮
・清熱解毒の連翹・忍冬藤・生甘草・大黄で、風湿解毒の邪を除く。
・活血化瘀の川芎・紅花・大黄の配合により、邪が血分に滞留するのを防ぐ。
 ・・・風湿解毒による皮疹に広く使用できます。
【治療の現場から】
★発赤、熱感が強いときは、黄連解毒湯を合方する。
★水痘、浮腫、滲出液の多いときは、五虎湯を合方する
★乾燥して湿潤傾向のないときは、温清飲を合方する
★脾気虚が明らかであれば、補中益気湯や参苓白朮散などを合方する。


<赤みの強い湿疹に治頭瘡一方>漢方LIFE.com
処方のポイント;
・皮膚の熱を下げ解毒する荊芥・連翹・忍冬・防風
・熱を体外排出する大黄
・血行阻害物質の排除に働く川芎、紅花
・消化器を保護する甘草、
・水分の滞りを除く蒼朮で構成。
 ・・・過剰な熱と血行阻害物質を便通により体外排出するため、便がゆるくなる。赤みのある湿疹に適応。甘辛味。
漢方的適応病態:風湿熱の皮疹。すなわち、かゆみ、発赤、熱感、化膿傾向、水疱や滲出物などがみられ、舌質は紅、舌苔は黄脈数。
効能:去風燥湿・和血解毒
主治:風温の侵入・熱毒内蘊
解説:
治頭瘡一方は日本の経験方で、胎毒によって生じる小児頭瘡などに用いる処方である、川芎も大黄も大きいものを用いた方が効果が高いことから「大芎黄湯」の別名がある。
適応症状:
◇頭瘡:
 頭部に発生する湿熱瘡蜥瘡などで、化膿傾向をもつ皮疹、湿疹などに相当する。風熱相搏(風邪と熱邪が一体となって侵入する)、湿熱相蒸(湿邪と熱邪が上に燻蒸する)、熱毒内蘊(体内に毒が潜伏する)によって邪気が経絡を塞ぎ、局部の気血が凝滞して発症する。小児ばかりでなく大人にも頭瘡が生じることがある。
◇皮膚紅潮・滲出物・瘙痒:
 体内に熱毒や湿毒が洊在するため、熱盛の皮膚紅潮、湿盛の滲出物がみられる。湿熱が皮膚、筋肉に潜伏することによって瘙痒感がおこる。風邪が存在する場合はさらに瘙痒感が強くなる。
◇舌紅・苔薄膩:紅舌は熱を示し、膩苔は湿を示す舌象である。
◇脈数:病症の性質が熱であることを示している。

 治頭瘡一方は去風薬を多く配合し、上部に侵入した風熱の邪気を発散し、皮膚掻痒感を治療する。連翹と忍冬藤はともに清熱作用があり、連翹は瘡治療の主薬である。忍冬藤は金銀花の茎で優れた通利作用をもち、邪気に塞がれた経絡を通じさせる。蒼朮は強い燥湿欄をもっており、体内の湿邪を乾燥させる。防風と荊芥は使用範囲の広い去風薬で、風邪による搔痒感に用いる。川芎と紅花は活血薬である。川芎は上部に向かう性質をもっており、紅花とともに凝滞している気血を動かす。大黄は瀉下薬に属し、川芎、紅花の活血化瘀作用を補佐しながら、通便瀉火の作用によって体内の熱毒を下から排出する。本方を長期にわたって服用する場合は、大黄を除くこともある。

臨床応用
◇皮膚疾患
風熱、湿毒による頭瘡、湿疹に用いる。清熱解毒の作用より去風操湿の作用が強いので、皮膚がやや紅潮、滲出物が多い、水疱、搔痒感が強いなどの湿邪、風・風邪がい症状に適している。大黄が配合されているため、便秘をともなうときに用いやすい。


 さて、まとめはやはり秋葉先生の「活用自在の処方解説」から。

活用自在の漢方処方:秋葉哲生先生より)
【治頭瘡一方】(ぢづそういっぽう)
1 出典:「本朝経験方」
本方は香川修庵とも伝えられる本邦先人の経験方である。 参考までに、本方の評価を『勿誤薬室方函口訣』より引用すると、
●この方は、頭瘡のみならず、すべて上部顔面の発瘡に用う。(浅田宗伯)
2 腹候:腹力中等度前後(2-4/5)。
3 気血水:血水が主体の気血水。
4 六病位:少陽病。
5 脈・舌:舌質は紅、舌苔は黄。脈数。
6 口訣
●(同じく体上部の皮膚疾患に用いるといえども)清上防風湯は清熱を主とし、この方は解毒を主とするなり。(浅田宗伯)
7 本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:湿疹、くさ、乳幼児の湿疹。
b 漢方的適応病態:風湿熱の皮疹。すなわち、かゆみ、発赤、熱感、化膿傾向、水疱や滲出物 などがみられ、舌質は紅、舌苔は黄。脈数。
8 構成生薬:川芎3、蒼朮3、連翹3、防風2、甘草1、荊芥1、紅花1、大黄0.5、忍冬2。(単位g)
9 TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説祛風・清熱解毒・活血化湿
10 効果増強の工夫
十味敗毒湯との合方などは試みられる意味がある。
処方例) ツムラ治頭瘡一方 7.5g 分3食前
    ツムラ十味敗毒湯 5.0g(1-0-1)
・炎症がいかにも激しく、顔面の発赤が酷い場合の皮膚炎には、黄連解毒湯の合方が行われる。
処方例) ツムラ治頭瘡一方 5.0g 分2朝夕食前
    ツムラ黄連解毒湯 5.0g
11 本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『臨床応用漢方処方解説』より 小児の胎毒、小児頭部湿疹、胎毒下し、諸湿疹。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より 小児頭部の湿疹を目標に、分泌物、痂皮の多い便秘がちのものに適する。


<ヒント>
本方は一名を大芎黄湯(だいきゅうおうとう)といい、本朝経験方の1つである。本方の運用について矢数道明氏は次のように述べている。
「(本方は)中和解毒の効があるとされ、小児の胎毒に用いる。すなわち、本方は主として小児頭部湿疹・胎毒下し・諸湿疹に用いられる。 福井家(*福井家の流儀のこと)にては黄岑を加え、紅花・蒼朮を去るという。 目標は小児の頭瘡で、分泌物・瘙痒・痂皮を認めるものである。小児の頭瘡(大人でもよい)・顔面・頸部・腋窩・陰部等に発赤・丘疹・水疱・糜爛・結痂を作るもので、実証に属し、大体において下剤の適応するものを目標とし、通じのあるものは大黄を去る。長期連用する。 方解すれば、連翹・忍冬は諸悪瘡を治し、防風は上部の滞気をめぐらし、風湿を去る。荊芥は瘡を治し、瘀を消し、頭目を清くする。紅花は血を破り、血を活かし、瘀を消す。蒼朮は湿を燥かし、川芎は諸薬を引いて上部に作用する。 加減としては、桃仁・石膏を加えて、口渇甚だしく煩躁するものに用いる。 治頭瘡一方にて治らないものは、馬明湯加減方を用いるがよい。」(『臨床応 用漢方処方解説増補改訂版』)


 文章に何回か出てきた「胎毒」とは?

・(ハル薬局HP)親からの遺伝による毒や体質的な病毒のこと(先天梅毒など)。
・(小川新 新論「乳幼児のアトピー性皮膚炎〜胎毒下しを中心に」)
・・・「分娩時の汚物を吸い込んでいれば吸引も必要なことだが、私の言う胎毒は主として脱落した腸粘膜(古典では腸垢という)を言うのです。皮膚と同じように腸粘膜は毎日新生し、脱落していることを考えて下さい。それは生理的に胎内でいつも行われているのです。君の話はどうも胎児の病態生理を知らないようですね」。
 現代のアトピー流行は、この胎毒下しを行わないことに大きな原因がある。胎毒の少ない子供は母乳を飲みながら自然に排泄するが、これだけではいけない。一度胎毒下しを行っておかなければ、一二週間ないしは一二カ月ごろからアトピーが出ることが多い。そこで初めて治療に入るのだが、私はアトピー性皮膚炎とは呼ばずに「胎毒性皮膚炎」と呼んでいる。
・(小児はりでお子さんの胎毒体質を解消/小児はり師のいる鍼灸院
胎毒(たいどく)とは・・・!?
『胎毒(たいどく)』とは文字どおり胎児の間に赤ちゃんの体に蓄積した毒素のこと。
毒素!なんて聞くと、ひどく有害な体質のように思えますがこの点はご安心ください。
胎毒は多少の差はありますが、ほとんどのお子さんが持っている体質なのです。
でも油断するわけにもいきません。
というのも、この胎毒は乳幼児~幼児期に起こるほとんどの病気の原因となる病気体質なのです。
 胎毒が引き起こす病気や症状
  新生児黄疸、 高熱・頻繁な発熱、頑固な夜泣き、熱性けいれん(ひきつけ)、乳幼児湿疹、アトピー性皮膚炎、アレルギー疾患、突発性発疹、水疱瘡
などの症状の原因となります。
胎毒の蓄積がひどいと、以上の症状もきつくなったり、頻繁に症状を繰り返すことになるのです。
胎毒をウンチから追い出す=胎便(たいべん)
赤ちゃんの体には、胎毒を追い出す仕組みがあります。それはウンチです。産まれて初めてするウンチを胎便(たいべん)といいます。その胎便(たいべん)は特殊で、ウンチの色は黒~黒緑色。あまりの色にビックリするほどですが、そのわりに臭いは無臭に近く、通常のウンチとはまるで違う臭いです。
漢方医学では【胎便が出ること=体内の胎毒を排出する】という意味があります。
・(「漢方まんだら」より)
「胎便(カニババ)=胎毒」と誤解している人がいます。・・・漢方の先駆者であった石野信安先生や小川新先生などは「胎便=胎毒」説を唱えておられ、何となくそれが通説のようになってます。・・・江戸時代には「カニババ下し(甘草2 黄連・大黄・紅花1 連翹0.5g)」というものを煎じて綿に含ませ、赤ちゃんに吸わせたそうです。そんな風習があるは日本だけで、漢方の本場である中国にはありません。・・・中国ネットから“胎毒”を調べると、[ 嬰、幼児瘡疖、疥癬、痘疹等... ]の病名が当てられています。・・・このように小児胎毒とは主に小児湿疹を指していっている。・・・新生児の体は純陽であり、肺脾の功能が失調すると体内に湿熱を形成しやすい。
それが発散されずに体表で鬱結すると小児胎毒となり皮膚アレルギーの発症となったり、小児鵝口瘡や黄疸等の疾病になることもある。


 漢方分野でも捉え方が異なることが判明しました。
 小川新氏は「胎毒=胎便」説、小児はり師のいる鍼灸院さんは「胎毒≒胎便」説、ブログ「漢方まんだら」では「胎毒=湿疹」説。
 用語は統一してほしいですね。
 私としては、後者の「胎毒=湿疹」に一票。
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漢方薬は○○○と一緒に飲んではいけない。

2017年09月18日 07時25分06秒 | 漢方
 漢方薬を嫌がる子どもにどうやって飲ませるか、日々苦労している私ですが、「○○○と一緒に飲んではいけない」という話も聞きます。
 ちょっと整理しておきたいと思います。

日本漢方生薬製剤協会HPより)
・どうしてものめないときは、多少甘みのあるものでのんでもかまいませんが、牛乳、ジュースやコーラは薬と相互作用を起こす可能性もありますので、できるだけお止め下さい。
・赤ちゃんには顆粒又は細粒の場合には次の方法を試してみて下さい。まず、少量の水で練って団子状にし、上あごの裏に塗りつけておくと、赤ちゃんはそれを舌でなめてのむことが出来ます。そして、くすりをのみ込んだらすぐに飲み物を与えましょう。お湯に溶かしてスプーンやスポイトで少しずつ時間をかけて流し込む方法も良いでしょう。ミルクに溶かすのは、クスリの吸収が低下する恐れがあり、赤ちゃんをミルク嫌いにするので良くないといわれています。


 気になったのは下線部分「牛乳、ジュースやコーラは薬と相互作用を起こす可能性」「ミルクに溶かすのは、クスリの吸収が低下する恐れ」ですが、詳しい情報は記載されていませんでした。
 ジュース類は全部ダメなのでしょうか?

クラシエのHPより)
Q.漢方薬は、お茶やジュース、牛乳など水以外のもので飲んでもいいですか?
A.「お茶」「ジュース」「牛乳」などは薬の吸収に影響し、効果に影響を及ぼすことがありますので避けたほうがいいです。


 むむっ、ここでも「お茶・ジュース・牛乳は薬の吸収・効果に影響を及ぼすことがある」とのみ記載されています。

(「薬の豆知識」(海部調剤HP)より)
Q.漢方薬はお茶やジュース、牛乳、アルコールなどで飲んでもいいですか?
A.いずれもあまり勧められません。
(お茶)タンニン類などの生理活性物質が多く含まれており、漢方薬の成分と相互作用を起こして本来の作用とは異なる作用が発現する可能性が考えられます。
(ジュース)ジュースの有機酸(酸味成分)と化学変化を起こす可能性が考えられます。
(牛乳)漢方薬成分が乳蛋白と結合して吸収が悪くなる可能性が考えられます。
(アルコール)一般にアルコールは薬物の吸収に影響を与え、水で服用した場合とは成分の吸収度合いが違ってくる可能性があります。


 このHPは一歩突っ込んだ記載・解説ですね。
 お茶のタンニンも曲者らしい。
 ジュースでは酸味成分と化学変化を起こす可能性があるとのこと、すると果物/フルーツジュース系は怪しいということになります。桂枝とりんごジュースの相性の良さは有名ですが、ダメなのでしょうか。それにいわゆる「お薬ゼリー」では果物風味がたくさん用意されていますが、こちらはどうなのでしょう。
 牛乳は乳たんぱくと生薬成分が結合して効果減弱の可能性があるとのこと。

 では、どの程度効果が弱くなるのでしょう。
 飲めなければ効かないので、多少(数割以内)の効果減弱ならトライしても良いかと思うのですが・・・データがあるかどうか探してみます。

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遷延する咳嗽と不眠に「竹筎温胆湯」

2017年09月10日 07時09分01秒 | 漢方
 竹筎温胆湯(91)は「風邪が長引いて微熱が去らず、夜間の咳で不眠に陥っている状態」に使う漢方薬というイメージを持っています。
 ただ、私はまだ処方したことがありません。

 今回、この方剤について考える機会があり、その成り立ちと薬効を再確認してみました。

【竹茹温胆湯】半夏5;麦門冬4;柴胡・竹茹・茯苓各3;桔梗・枳実・陳皮・香附子・乾生姜各2;黄連・人参・甘草各1

<ポイント>
(秋葉哲生先生)温胆湯(二陳湯+竹茹+枳実)+柴胡・黄連・麦門冬
(織部和宏先生)温胆湯証+小柴胡湯証
(杵渕 彰先生)温胆湯は虚煩による不眠を目的として作られ、竹筎温胆湯は他の温胆湯類よりも煩躁(じっとしていられないような症状)が強いときに用いられる。
(丹羽幸吉先生)茯苓飲(あるいは二陳湯)に小柴胡湯と麦門冬湯を組み合わせたようなもの
(田邊智子先生)二陳湯・黄連温胆湯・小柴胡湯・六君子湯の方意が含まれる
(中医学)証:痰熱上擾・肝気鬱結、治法: 清熱化痰・和胃降逆・解鬱・滋陰益気

秋葉哲生先生
 原方の温胆湯は、胃の水毒を処理する二陳湯に炎症性の痰をさばく竹茹と、気を巡らす枳実を加えたもので、物事に驚きやすく心に怯えがあるような状態を改善する作用がある。
 それに気道の炎症を治療する柴胡や黄連、麦門冬などが加わったもので、脳血管障害などの意識レベルが低下しやすい基礎疾患を有する高齢者の咳嗽に用いる機会がある。
 本方は不眠などにも用いられるので、睡眠導入剤などの減量も可能になる場合がある。
 長期投与も問題はない。

織部和宏先生
 この方剤の出典は「万病回春」(1587年)の著者として有名な明の龔廷賢(きょうていけん)の「寿世保元」である。
 万病回春では巻の二「傷寒」に「傷寒にて病後眠らざる者は心胆虚怯するなり」と温胆湯の次に出てくる。
 使用目標として「傷寒にて日数過多してその熱が退かず、夢寝寧からず。心驚恍惚、煩躁して痰多く眠らざる者を治す」とある。
 山田光胤先生著の「漢方処方応用の実際」では他に、「この際、精神不安や心悸亢進があったり、意識がはっきりしないことがある」あるいは「小柴胡湯の証に温胆湯の証を兼ねたような場合である」。
 では温胆湯の証とはどんな内容であろうか。
 出典は「千金要方」で、構成生薬は「陳皮、半夏、茯苓、乾姜、甘草、竹茹、枳実」、要するに二陳湯加竹茹、枳実であり、光胤先生の前掲の書では、「平素、胃腸の弱い人、あるいは高熱、大病の後で胃腸の機能が衰えた人などが元気を回復せず、気が弱くなって些細なことに驚いたり、少しのことで胸騒ぎし、息が弾んだり、動悸がしたり、気分が憂うつで夜はよく眠れない。また、たまたま眠れば夢ばかり見ていて、起きてから熟睡感・睡眠による満足感が少しも無く、自然に汗が出たり、盗汗・寝汗があったり、頭から汗が出やすかったりする。」とその適応が述べられている。
 要するに竹筎温胆湯(91)は、小柴胡湯とこの温胆湯を合わせたような病態に使用すれば良いわけである。

杵渕彰先生
1.使用目標
 対象はやや虚証の人。体格などを見ると比較的中間証からやや実証に見えても、実際は虚している場合が対象になります。
 感冒などが長引いて、虚してきているときなどに用いる機会が多いものです。
 まず一番有効なのは、咳が長引き、咳のために不眠になっている場合です。古典に見られる使い方は、ほとんどがこのような咳の症状が主となっていて不眠を伴うものです。この場合の咳の性状について、古典ではあまり記載がありませんが、痰の量が多いものと書いてあるものがあり、少なくとも「余熱痰を挟む」という状態で、麦門冬湯のような乾咳ではないようです。
 また、咳のみに用いることもあります。感冒などが長引いて、咳だけ残るときに用います。古典の記載はこのような咳が取れない場合に使うというものが多いと思います。
 さらに不眠単独でも用いられます。咳を伴わない不眠症に用います。しかしこの場合でもすべての不眠に有効なわけではありません。物事に驚きやすくなっていて、不安が強い人で、浅眠が続くような例に効果があります。これは温胆湯類似共通する目標になります。この竹筎温胆湯は他の温胆湯よりも煩躁(じっとしていられないような症状)が強いときに用いられるという記載が多いものです。
2.温胆湯類について
 温胆湯は、唐代7世紀に書かれた『備急千金要方』に記載された温胆湯(半夏、竹茹、枳実、橘皮、生姜、甘草)から始まったとされ、宋代の『三因極一病証方論』で茯苓と大棗が加わり、さらに明代になると多数の同名異方が見られます。これらの温胆湯(加味温胆湯、温胆湯加減など)は虚煩による不眠を目的として作られてきており、この竹筎温胆湯(91)もこの系譜の中の処方の一つです。和田東郭は、千金方、三因方の温胆湯は力が弱いので、龔廷賢が炎症症状が見られるときにこの竹筎温胆湯(91)を作ったもので、炎症症状があるといっても経過が長引き、攻撃的な治療ができないときに用いる処方であると述べております。
 なお、温胆湯は千金要方から始まったということになりますが、さらにその成立は『黄帝内経』にみられる不眠に使われた半夏湯から始まったと云われており、もっとも古い処方の系譜になるものと考えられます。

丹羽幸吉先生
 竹筎温胆湯の方意を考えるにあたり、方剤をいくつかの基本法剤に分解してみる。するとおおよそ、茯苓飲あるいは二陳湯に小柴胡湯と、麦門冬湯を組み合わせたようなものとみなすことができる。換言すれば、虚証で消化機能が虚弱(茯苓飲・二陳湯)で、熱が胸膈に滞留している状態(小柴胡湯)である。そして、喉の症状や咳を(麦門冬湯)でとる。そうして胸膈の熱が取れれば気も下がって頭痛も取れるし眠れるようになると云うことである。
 竹筎温胆湯証の診断は、体質と症状(のどのイガイガ・咳・痰・微熱あるいは熱っぽい感じ・寒気・頭痛など)に注目すれば比較的容易である。方剤の使用目標としては、
1.かぜで病態が同様であれば、罹病期間にかかわらず、こじれた時期ばかりでなく、発病初期にも使用できる
2.主に虚証の人が対象となる
 方剤の有効性は高く、効き方は即効的である。

(近藤寛治・長野準・吾郷晋浩ほか.かぜ症候群に対する竹筎温胆湯の臨床治験.和漢医薬学会誌,1984,1(1),p.124)
 竹筎温胆湯の使用目標;
1.虚証(ときに 中間証)
2.気道の炎症による症状が少なくとも1週間以上にわたって遷延していること
3.不眠などの精神神経症状(気道由来のもの)が存在すること
4.胸脇苦満(高度ではない)

田邊智子先生
 竹筎温胆湯は明代の『万病回春』に収められている方剤で二陳湯・黄連温胆湯・小柴胡湯・六君子湯の方意が含まれると思われる(表)。

 二陳湯は去痰作用をもつ基本処方。
 黄連温胆湯は温胆湯から大棗を除き、黄連を加えた処方で、痰熱による不眠・焦燥感・めまいなどの神経症状に用いる。
 小柴胡湯は少陽の熱を取る作用があり、さまざまな炎症疾患に用いられる。
 六君子湯は胃腸虚弱と痰湿によるさまざまな胃腸症状を改善する。
 竹筎温胆湯は去痰・解鬱・抗炎症・健脾(胃腸機能を高める)の作用があり、臨床では、感冒・インフルエンザ・気管支炎・肺炎などで、咳・黄痰が残っている場合に用いられる。また、COPD(閉塞性肺疾患)・肺気腫・ 気管支拡張症など呼吸器に慢性炎症をもっている人がかぜを引いたときにもよい。
 竹筎温胆湯を使うポイントは、
1.発熱後、咳・黄色い痰が長引く
2.夜、咳・痰で眠れない
3.胃腸が弱いないしは胃腸機能が落ちている
 の3点かと思わ れる。
 現代はストレス社会と生活の乱れによって、神経質で胃腸虚弱体質の人が多くみられる。このような人の炎症性の咳・痰の症状には、慢性期でも急性期でも効果がある。また、呼吸器以外にも、うつ病・不眠症・自律神経失調症・眩暈症・胃腸炎など、さまざまな疾患に対応ができる使用しやすい方剤といえる。

ツムラ:絵でわかる漢方処方解説シリーズ49、竹筎温胆湯より


ハル薬局の中医学的解説
【八綱分類】裏熱虚、気上衝(のぼせ・イライラ・緊張・不安)
【弁証論治】
・証:痰熱上擾(たんねつじょうじょう)・肝気鬱結(かんきうっけつ)
・治法: 清熱化痰・和胃降逆・解鬱・滋陰益気
【成分】
 竹茹温胆湯は、方剤名の竹茹をはじめ下記のようなたくさんの生薬からなります。
 主薬の竹茹は降性の生薬で、熱や咳、吐き気、あるいは神経の高ぶりを降下し鎮める作用があるといわれます。言いかえれば、解熱作用、鎮咳作用、鎮吐作用、鎮静作用などが期待できるわけです。
 半夏と枳実も降性で、主薬の作用を引き出し補強します。
 麦門冬、桔梗、陳皮は、漢方の代表的な去痰薬で、痰や膿を出しやすくします。
 そのほか、熱や炎症をさます柴胡や黄連、滋養・強壮作用の人参、痛みを発散させる香附子などが含まれます。


 最後にまとめは秋葉哲生先生の「活用自在の漢方処方」より

■ 竹筎温胆湯
1 出典:龔廷賢著『万病回春』
●傷寒にて日数過多してその熱が退かず、夢寐寧(=安)からず、心驚恍惚、煩躁して痰多く眠らざる者を治す。(傷寒門)
2 腹候:腹力中等度よりやや軟(2-3/5)。ときに胸脇苦満、胃内停水を認める。
3 気血水: 気血水のいずれとも関わる。
4 六病位:少陽病。
5 脈・舌:発熱性疾患の経過に生じる痰熱上擾では、 舌質は紅、舌苔は黄膩、脈は弦滑数。 痰熱上擾で肝気鬱結と、気陰両虚を伴う場合は、舌苔は黄膩、脈は弦滑。(『中医処方解説』)
6 口訣
●この方は竹葉石膏湯よりはやや実して、胸膈に鬱熱有り、咳嗽不眠の者 に用う。雑病にても婦人胸中鬱熱有りて咳嗽著しい者に効あり。不眠のみに拘るべからず。(浅田宗伯)
7 本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態:
効能または効果:インフルエンザ、風邪、肺炎などの回復期に熱が長びいたり、また平熱になっても、気分がさっぱりせず、せきや痰が多くて安眠ができないもの。
b 漢方的適応病態:
1)発熱性疾患の経過に生じる痰熱上擾(たんねつじょうじょう)。すなわち持続性発熱、多痰を伴う。
2)痰熱上擾。すなわち、いらいら、怒りっぽい、胸脇部の脹った痛み、 腹部膨満感などの肝気鬱結の症候と、疲れやすい、食欲がない、口渇など の気陰両虚の症候を伴うもの。舌苔は黄膩、脈は弦滑。
●本方は痰熱上擾で、熱証の強いものに用いる処方である。(『中医処方解 説』)
8 構成生薬
半夏5、柴胡3、麦門冬3、茯苓3、桔梗2、枳実2、香附子2、陳皮2、黄連1、 甘草1、生姜1、人参1、竹筎3。(単位g)
9 TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説清化熱痰・和胃降逆・清熱解欝・滋陰益気
 より深い理解のために 温胆湯(二陳湯、竹筎、枳実)に、清熱の柴胡・黄連と、 理気の香附子・祛痰の桔梗・滋陰の麦門冬・補気の人参を配した。竹筎は消炎作用。
10 効果増強の工夫
1 )ゆううつ感、いらいら、怒りっぽい、胸脇部の張った痛みなど肝気鬱 結には、四逆散を合方する。
処方例)ツムラ竹筎温胆湯 5.0g
    ツムラ四逆散 5.0g  分2食前
2 )不眠が強ければ、帰脾湯を合する。
処方例)ツムラ竹筎温胆湯 5.0g
    ツムラ帰脾湯 5.0g 分2食前
3 )動悸、不眠を伴えば、桂枝加竜骨牡蛎湯を合方。
処方例)ツムラ竹筎温胆湯
    ツムラ桂枝加竜骨牡蛎湯 5.0g  5.0g 分2食前
11 本方で先人は何を治療したか?
●矢数道明著『漢方後世要方解説』より 経過中熱が去らず、胸中鬱熱、痰があって不眠、煩躁するものの、諸熱性 病。痰が胸中に滞り、驚きやすく不眠の不眠症。胸中鬱塞し、痰が出て不 眠、驚きやすい心悸亢進症。酒客の痰持ち、酒客で顔色の赤いもの、不眠 の症あるもの。
●龍野一雄編著『改訂新版漢方処方集』より 熱病、不眠症、心悸亢進症、肺炎。
●桑木崇秀著『新版漢方診療ハンドブック』より 胃アトニー体質者の不眠・神経症、呼吸器疾患で熱が長引き、咳痰がとれ ず、イライラして眠れないような場合。

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