漢方学習ノート

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

漢方における「腹診・腹候」の変遷

2017年10月25日 13時40分56秒 | 漢方
 日本漢方は腹診に重きを置き、それは江戸時代に確立したと聞いています。
 一方、中医学では腹診は重視されず、中国人はお腹を見せることを恥と考えるためとも聞いたことがあります。
 腹診・腹候の歴史的変遷を、同じく「東西医学の交差点〜その源流と現代における九つの診断系」(秋葉哲生著、丸善プラネット、2002年発行)から抜粋してみました。

<ポイント>
・腹診は日本漢方で重視され発達したが、中医学では腹診より脈診が重視される。
・針医がはじめた腹診は『黄帝内経』に基づくものであり、内経系腹診(後世派)は体表面を走行すると考えられる経絡とそれに関係する臓腑の状態を知る目的で行われた。按摩術師による按腹手技はこの腹診法を発達させた。
・傷寒論系(古方)の腹診法は特定の腹壁の緊張や圧痛が特定の薬方の適用指示となることを目的とした。
・腹候が診断系として成り立つのは、慢性の安定期での長期投与を前提とした場合であって、急性期や短期間の適用については当てはまらない。
・「心下痞硬」の他覚所見としての信頼性はあまり高くなく、中等度以下である。自覚症状としての「つかえ感(=痞)」はよい指標となる。
・「胸脇苦満がなければ柴胡剤は使えないのか」とよく聞かれるが、腹診をしない中国で柴胡剤が生まれたことをみただけでも、胸脇苦満だけが柴胡剤の手がかりでないことがわかる。



*****************メモ****************

■ 『東洋医学概説』(長濱善夫著)より
・腹診は鍼灸家によりはじめられた。
・体表面を走行すると考えられる経絡とそれに関係する臓腑の状態を知る目的で行われた腹診が、古方家の台頭とともに意義を変えていった。

■ 中医学における腹診
 腹診に関する記載は『八十一難経』『黄帝内経』『傷寒論』などの古典にみられるが、中国においてはそれほど発達せず、むしろ日本において実用化されて独特の発達を遂げた。

■ 日本漢方における腹診の変遷
 江戸時代以前においてすでに腹診は行われていた。
 はじめは主として針医の間で難経の説を中心とした内経系の腹診法が発案されていた。すなわち、腹診によって臓腑の異常を直接判定しようという試みであった。
 そして、按摩術の一法としての按腹の手技の発達がこれを促進させたものらしい。
 江戸時代になり古方が台頭するようになると、古方家を中心として、傷寒論系の腹診法が新たに編成されるようになった。
 内経系(後世方)の腹診法と傷寒論系(古方)の腹診法とは全く趣が異なる。古方家はとくに腹診法を(脈診よりも)重視したので、この系統の腹診法が次第に発達して、その主流を占めるようになったのである。

■ 『師説筆記』(後藤艮山の説を弟子が筆録した書籍)より
 艮山は痰に腹壁の緊張のみならず、腹腔内の臓器を触知せんとする意志が感じられる。

■ 吉益東洞の腹診観
 後藤艮山に比べて吉益東洞が唱道した腹診は、腹部臓器を触知する意図は希薄である。
 蘭方医学が伝えられて百年を経た時代の吉益東洞の医学理論は、当時の蘭方の解剖学的知識で論破されない要素だけで巧みに構成されていた。今に残る腹診技術は内臓器の触診が目的ではなく、特定の腹壁の緊張や圧痛が特定の薬方の適用指示となるというように洗練された様式となった。

■ 腹候は慢性疾患の安定期に役立つ
 腹候が診断系として成り立つのは、慢性の安定期での長期投与を前提とした場合であって、急性期や短期間の適用については当てはまらない。
 急性期には何よりも外に現れた症候と脈象が重視される。

■ 心下痞硬
 検者の指先に感じられる抵抗を「鞕」、被験者のつかえ感を「痞」と呼ぶ。
 漢方医学的には瀉心湯類、柴胡剤類、人参を含む方剤、木防巳湯などの選択に手がかりを与えるものとされている。
 「心下痞硬」の他覚所見としての信頼性はあまり高くなく、中等度以下である。自覚症状としての「つかえ感(=痞)」はよい指標となる。

■ 胸脇苦満
 その意義を大別すると、
・炎症性のもの
・精神のある種の病的緊張に由来する病態
 が含まれるようである。
 漢方医学的には、気分が晴れないことを意味する肝鬱などの指標とされ、その場合には柴胡などを用いてその緊張を「ゆるめる」のが常道である。
 よく聞かれる質問に「胸脇苦満がなければ柴胡剤は使えないのか」というものがある。
 腹診をしない中国で柴胡剤が生まれたことをみただけでも、胸脇苦満だけが柴胡剤の手がかりでないことがわかる。
 肝鬱を目標にしても、また黄岑・柴胡の抗炎症作用を手がかりにして適用を決めてもよい。およそ6-7割の患者に多少なりとも胸脇苦満を認めるが、実際に投与するのはその何分の一かである。
 指標としての「胸脇苦満」の信頼度は中等度である。

■ 腹直筋の異常緊張
 臍より上が緊張していることは通常みられるが、病的であるのは臍下まで強く張っている場合である。ある種の衰弱を伴う病的な神経緊張の存在を示すものと考えられ、「腹皮拘攣」「腹皮攣急」などとも呼ばれる。
 腹直筋の拘攣は芍薬でゆるめるのが常道とされる。したがって、四逆散、小建中湯、桂枝加芍薬湯などの方剤が選択される。ただし、これらの薬方は腹直筋の拘攣がない場合でも適用されるので注意したい。
 下腹部の腹直筋のみの拘攣は「小腹弦急」などと呼ばれ、八味地黄丸など補腎剤の適用である。
 指標としての信頼性は中等度。

臍上悸(せいじょうき)・臍下悸(せいかき)
 臍上悸は精神的な一種の興奮状態の存在をうかがわせる指標であり、同時にある種の衰弱の気味を伴う状態と考えられる。
 臍上悸が認められると、竜骨・牡蛎なが配列された薬方が適用される。
 臍上悸の指標としての信頼性は高く、症状の程度を反映して消長するのが観察される。

■ 皮膚の性状
 湿潤の程度からみて、夏季の発汗過多は防巳黄耆湯、黄耆建中湯などを選択する手がかりとなる。
 逆に肌が乾燥してカサカサした状態はいわゆる陰虚証(陰とは体液を指す)で、四物湯、六味丸、八味地黄丸などで滋潤を要する状態と考える。

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漢方における「陰陽五行論」の変遷

2017年10月24日 08時21分53秒 | 漢方
 一般に「陰陽五行論」は中医学の概念とされています。
 しかし、日本漢方にもその影が見え隠れすることがあります。
 私は「陰陽」まではわかるのですが、「五行」が出てくると思考がフリーズしがち。

 陰陽五行論の歴史的変遷を「東西医学の交差点〜その源流と現代における九つの診断系」(秋葉哲生著、丸善プラネット、2002年発行)を参考に俯瞰してみました。

<ポイント>
・中国医学が輸入される以前の日本の医学には陰陽五行の思想はなかった。
・中国の古医書『黄帝内経』に陰陽の概念が記されている。
・陰陽五行論は宋代の朱子学が始まりで、金元医学を学んだ田代三喜により日本に導入された(後世派)。
・江戸時代に入ると、『傷寒論』『金匱要略』を重んじ、陰陽五行論・臓腑経絡説を批判する古方派が台頭し、現在も日本漢方の中心を担っている。


 つまり日本漢方においては、室町時代〜江戸時代までは陰陽五行論・臓腑経絡説が主流であり、江戸時代以降は主役の座から降りて今日に至る、といえます。


*************メモ**************

■ 日本の古典書籍
 『風土記』(713年)、『古事記』(712年)、『大同類聚方』(808年)には陰陽や五行などの関連で病態を説明しようとする傾向がない。これらにみられる疾病や治療についての考え方は、古代中国のそれとは明確に異なっている。和方(わが国固有の歴史的な医学の系譜)は今日では民間薬としてその断片を残すのみである。
『医心方』(984年):鍼博士の丹波康頼(俳優の丹波哲郎の祖先)が隋・唐の医書百数十点から撰述して作成した医学全書。『諸病源候論』の引用部分には五行論による展開がみられる。

■ 中国の古典医書
 陰陽五行説は遅くとも漢の時代には成立していたようである。
『黄帝内経』:人体構造や疾病を陰陽五行説によって解釈し、それに基づいて治療する考え方が展開されている。『黄帝内経素問』「陰陽応象大論篇」の書き出しに陰陽の二元論が徹底した相対的な存在として語られている。
『傷寒論』:曖昧さが少なく具体的な記述が多いが、『黄帝内経』にみられたと同じ範疇の陰陽や経絡が主要な論理要素として取り上げられているものもある。

■ 李朱医学の台頭〜朱子学が陰陽五行論のはじまり
 宋代に興った儒学のうち朱子(1130-1200)により胎生された学派を朱子学と呼ぶ。孔子、孟子を祖とする儒学は主として人間社会を扱っていたが、この時代になると哲学的な命題や事物の法則性の究明などに向かった。
 朱子学では天地が分かれる以前の宇宙万物の元始である太極から陰陽五行を導き、それら相互の関係を相性相克で説き、森羅万象を解明しようとした
 宋代に始まり、金・元の時代に至って花開いた、李東垣、朱丹渓らの金元四大家の医学は朱子学と同根の自然哲学に裏付けられていた。

■ 室町/戦国時代に活躍した田代三喜と曲直瀬道三
 田代三喜は1487年に明に渡り李東垣、朱丹渓らの新しい医学である李朱医学に接してそれを習得して帰国した。
 下野の足利学校に遊学していた曲直瀬道三は田代三喜の門に入り、7年の後に京都へ帰り啓廸院を開いて医生を育成し(門人800〜3000人)、李朱医学を実践した。
 田代三喜が明の医学を伝えるに及んで、それまでの『和剤局方』などによる宋医学中心であったわが国の医学事情は大きな変化を迎えることになった。
 李朱医学は温補派の医学であった。陰陽五行説や五運六気を唱えるその内容は、今日の中国伝統医学、いわゆる中医学にきわめて近いものであった。
 曲直瀬道三の医学は陰陽五行説とそれに派生する臓腑経絡説を立論の根拠とする金元医学の流派であり、この後の18世紀に古方派と呼ばれる流派が確立するに及んで、それと対比させて後世派と呼ばれる。

■ 後世派と古方派(18世紀の日本)
 日本における18世紀の漢方医学の2大流派;
【後世派】陰陽五行説とそれに派生する臓腑経絡説を立論の根拠とする金元医学の流派
【古方派】陰陽五行説を否定し『傷寒論』『金匱要略』など漢代の古典を陰陽五行説に染まらない至高のもの理解する流派
 古方派の成立は18世紀中葉で、名古屋玄医、後藤艮山、山脇東洋らにより道三流の陰陽五行説・臓腑経絡説に批判が加えられ、吉益東洞が今日残る古方中心の日本漢方の枠組みを提示することになった。
 吉益東洞はそれまでも伝統医学の移設を大胆に改変し、『傷寒論』『金匱要略』の正文とされた条文と腹候によってのみ方剤を運用すべしことを主張した。東洞の医説を検証すると、当時の解剖学に基づくオランダ医学から直接否定されることのない諸要素から慎重に構成されていることに驚かされる。
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(拾い読み)皮膚疾患の漢方治療〜漢方水嶋塾講義録より

2017年10月21日 17時17分32秒 | 漢方
 水嶋丈雄先生の講演を2回ほど拝聴したことがあります。
 他の講師と違って、西洋医学の研究成果を漢方理論の説明に用いるところが斬新だと思いました。
 ただ、早口でまくし立てるので、2回とも後半は消化不良状態で煙に巻かれてお終いという感が否めず。

 その水嶋先生の講義ノートが本になりました。
 手元にある書籍「漢方治療の診断と実践〜漢方水嶋塾講義録」(水嶋丈雄著、三和書籍、2012年発行)がそれです。
 皮膚疾患の項目を読んでみました。
 漢方理論ももちろんですが、ところどころに顔を出す口訣が印象に残ります。

 しかしこの本の内容、日本語が変だし、誤字が混乱するほど多いですね。購入した際、読み始めたものの読みづらくてわかりづらくて挫折した記憶がよみがえってきました。もう少し校正に力を入れて欲しかったです。

******************<メモ>*****************

・湿疹の漢方治療を考えるとき、『傷寒論』だけでは間に合わず、『温病学』が必要である。
・『傷寒論』は「寒」という名前がつくように冷えが中心となっている。その冷えにおけるいろいろな生体の変化や疾患の変化をまとめたものである。
・冷えというのはウイルス感染を指し、一方の温病は細菌感染を指していると思われる。
・朝起きたら喉が痛い、ありは朝起きたら喉が痛くて熱が出てきた、などというようなとき、どうも『傷寒論』だけではうまく説明できない。
・衛分病の主症は「発熱、悪寒」であり、『傷寒論』では「悪寒、発熱」と悪寒が先に来る。温病は細菌感染だから、発熱の方が優先されるのである。
・衛分病には銀翹散を用いるがエキス製剤にはない。著者は「葛根湯+桔梗石膏」で代用している。
・血分病は敗血症類似病態である。



・「三焦弁証」には湿疹という病態が出てくる。風湿は舌に汚い苔を付けるのが特徴だが、滲湿(=滲性の汚い湿疹)が出る場合は消風散を使う。
・日本は島国なので、湿の絡んだ病態が非常に多い。



・夏に悪くなる皮膚病には消風散、冬に悪くなるような皮膚病には十味敗毒湯、少し熱が絡んできて丘疹が強くなってくるなど二次感染を起こしてきたら十味敗毒湯、掌蹠膿疱症には十味敗毒湯。

・白虎湯グループ(※)は、主が石膏で副が知母、目標は燥熱で、汗が多くて乾燥、脈が非常に強いことが特徴である。実証であることに注意すべし。
※ 白虎加人参湯、越婢加朮湯、消風散、小柴胡湯加桔梗石膏、桔梗石膏
・石膏の証:乾燥、微熱、脈圧が高い、腹力が強い、皮膚が乾燥(しっとりしている桂枝湯とはまったく逆)。
・白虎加人参湯は表皮の炎症性の乾燥型アトピー性皮膚炎に使うことが多い。皮膚表面の循環血漿量を増やすために人参が入っているが、人参を入れることにより炎症が強すぎる場合に悪化することがある。だから白虎加人参湯は炎症があまり強すぎるときには使えない

【消風散】
・白虎湯グループに属する、強い実証の方剤。
・かゆみの強いタイプ、特に貨幣状湿疹によく効く。
・ポイント:舌に汚い苔(白かったり黄色かったり)をつけること、むくみの傾向があること。
※ 舌に乾燥があるものには効かない。
・なんとなく地肌が汚い。
・掻き壊してケロイドに近い赤い線状痕がついているようなときによく効く。

【荊芥連翹湯】
・黄連グループ(胃熱グループ)に属し「煩躁不安・心下痞・悪心・舌黄膩苔」がポイント。
・実証。
・基本的には、アデノイド(咽頭扁桃)が非常に大きく、常に喉の炎症を伴うようなケース。
・温清飲は日光皮膚炎、ベーチェット病に使えるが、荊芥連翹湯も日光皮膚炎に使える。
・顔面の湿疹が主だが、にきび、アデノイド(扁桃)が大きい人、慢性炎症がある人によい。
※ 柴胡清肝湯は上半身の湿疹、竜胆瀉肝湯は下半身の湿疹が原則。

【柴胡清肝湯】
・温清飲(黄連解毒湯+四物湯)に柴胡がくっついていると考えればよい。
・目標:神経質でカンが強い、皮膚が浅黒い、やせ型、好き嫌いが多い、手足が湿っている、性格が気まま、靴下が汚い・・・要するに非常に暴れる子。
・くすぐったがり。腹を触るとくすぐったがる子は胸脇苦満である。
柴胡清肝湯はものすごくまずいのだが、カンが強くてくすぐったがりの子はよく飲んでくれる

【治頭瘡一方】
・一貫堂処方で実証。
・乳幼児の湿疹(くさ=頭にかさぶたのようなものができるもの)、とくに首から上の湿疹にはよく効く。
・成人の場合、脇の下と陰部のかゆみ、湿疹が残った場合。髪の毛の生え際にずっと湿疹がつくようなケース。
・川芎と大黄が入るので、犀角の方位(血分証)が入っている。
・舌に黄色い苔をつけるのが特徴(子どもでは付けない)。
・清熱には清上防風湯、解毒には治頭瘡一方(勿誤薬室方函口訣)。
※ くさ=小児の頭部湿疹で分泌物・かさぶたのあるもの。

【十全大補湯】
・補剤:人参、黄耆、白朮、甘草を含む。
・放射線合併症の予防に用いる。
・皮膚表面の免疫を上げる働きが強いので、皮膚のターンオーバーを強くする。
皮膚表面が希薄になって、皮膚に線状痕がついてきて、ステロイドの副作用が出てきたようなときによく効く
・アトピー性皮膚炎で皮膚が非常に弱くなってしまってどうしようかというときに使う。

<アトピー性皮膚炎の漢方治療>
(乳幼児期)
・陽が強く、しっかり清熱する必要がある。
・清熱には治頭瘡一方
・心身症になった場合、例えば夜泣きするとか、夜にバリバリ掻いたり、寝言を言ったりするケースでは甘麦大棗湯、胃腸が弱いケースでは小建中湯+桔梗石膏がよく効く。
(学童期)
・腹が冷えて、表皮の乾燥型には白虎加人参湯
・心身症が絡んできて、手の届くところだけ掻いているような、くすぐったがりの、靴下が汚いような子、疳の虫が強い子は柴胡清肝湯が効く。ただし、皮膚性状に合わせて、カサカサ肌には当帰飲子、ジュクジュク肌には消風散、膿痂疹には十味敗毒湯、かゆみだけになった場合には桂麻各半湯などをうまく加えていくのがコツ。
(成人)
・虚証で熱を持っている虚熱には三物黄芩湯。
・実証で熱を持っている実熱には梔子柏皮湯。目の周りがこすって真っ赤になるような人、猿みたいな顔をしている人、口の周りが真っ赤になっているケース、乳房乳頭が真っ赤になっているケースにも使える。

【十味敗毒湯】
・華岡青洲作。
・丘疹、膿痂疹によい。掌蹠膿疱症にも有効。
・分泌物が多いときは消風散、乾燥型には温清飲、化膿症には十味敗毒湯。
・本治と標治の両方に有効。
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(拾い読み)皮膚疾患の漢方治療総論(高橋邦明Dr.)

2017年10月18日 06時47分23秒 | 漢方
 アトピー性皮膚炎に対する漢方薬について調べていたら、中医学の壁に突き当たりました。
 しかし総論の本を読んでも専門用語の羅列でなかなか頭に入ってこない・・・そんなときにこの文章に出会いました。
 20年前の論文ですが、全然古くありません。
 ここが西洋医学の論文と異なるところですね。

■ 「ー総説ー皮膚疾患の漢方治療総論 ー中医学理論を基礎としてー」
 高橋邦明(皮膚・第39巻・第1号・1997年2月


 漢方理論を中医学を中心に解説したダイジェスト版です。
 その中から私がポイントと感じた箇所を抜粋させていただき、メモに残しました。

 日本漢方と中医学の違いは虚実の概念が有名です。
 しかし中医学ではもう一つ、陰陽の概念で混乱させられ、煙に巻かれがちな私。
 それから、日本漢方の六病位と中医学の温病論もどうリンクさせてよいのか、悩まされます。
 この文章を読んで、少し整理ができました。

<ポイント>

【八綱弁証における混乱】

□ 中医学における体の構成概念:気・血・津液・精
・正気 = 陽気(気)+ 陰液(血・津液・精)
※ 精は腎精とも呼ばれます。

□ 虚と寒熱の複雑な関係
・虚証=正気(陽気+陰液)の不足
・気虚→ 進行して+寒証→ 陽虚
・血虚→ 進行して+熱証→ 陰虚
・虚証に伴う寒証=虚寒(陽虚に伴う)
・虚証に伴う熱証=虚熱(陰虚に伴う)

 何となく、陽虚と虚熱、陰虚と虚寒を結びつけてしまいがちですが、正しくは「陽虚は虚寒、陰虚は虚熱と関係が深い」のです。 

□ 3種類ある寒と熱
・寒証;
① 陽虚に伴う虚寒
② 寒邪による実寒その1 -表寒
③ 寒邪に伴う実感その2 -裏寒
・熱証;
① 陰虚に伴う虚熱
② 熱邪による実熱その1 -表熱
③ 熱邪による実熱その2 -裏熱

□ 陰陽のイメージと矛盾:
① 裏・寒・虚証を陰証
② 表・熱・実証を陽証

 あれ? いままで「陽虚に伴う虚寒」「陰虚に伴う虚熱」という結びつきだったのに、ここでいきなり「寒は陰証、熱は陽証」とどんでん返し! これはまいった・・・。
 虚証の時だけ「陰虚の陰は陰証ではなく陰液」「陽虚の陽は陽証ではなく陽気」を指すらしい。まことに紛らわしい。
 その他にも混乱の種になる陰陽の概念が・・・

□ 病邪を表す陰邪と陽邪;
・陰邪:陰証を呈する病邪
・陽邪:陽証を呈する病邪

□ 六経弁証では陽病と陰病という表現があります;
・陰病:太陰病・少陰病・厥陰病の3つ
・陽病:太陽病・少陽病・陽明病の3つ

 う〜ん、虚証の時の表現以外はイメージ通りということが判明しました。
 もう一つ例があります。

□ 腎虚の概念(精=腎精);
・腎精虚と腎気虚をまとめて腎虚という。
・腎精虚に熱証が加われば腎陰虚で、腎気虚に寒証が加われば腎陽虚

【日本漢方の六病位と中医学の温病論】
・外感熱病は、感染症を含む急性発熱性疾患の総称である。
・このうち熱感よりも悪寒の強いものを傷寒、悪寒よりも熱感の強いものを温病という。
・これらの病態を認識する場合に「傷寒論」だけでも、また「温病学」だけでも不十分である。
・すなわち、傷寒の陽明病・少陽病と温病の気分病は共通するが、「傷寒論」には営分病・血分病に相当する病態の弁証がほとんどなく,「温病学」には傷寒の陰病に相当する病態の弁証があまりみられない。
・したがって、外感病の弁証論治においては、少なくとも両者について理解しておく必要がある。

□ 六病位(六経弁証)・・・主に寒邪
 太陽病→ 少陽病→ 陽明病→ 太陰病→ 少陰病→ 厥陰病

□ 温病論(衛気営血弁証)・・・主に熱邪
 衛分病→ 気分病→ 営分病→ 血分病

【皮膚疾患の漢方治療】

□ 皮膚疾患と証
 同じような外因が加わって湿疹病変を生ずる場合でも、体内に水分の多い乳児では、湿潤性の皮疹を生じやすいのに対して、水分の乏しい老人では、より乾燥性の皮疹を生じやすくなる。皮膚疾患の漢方治療を行うにあたっては、まず皮疹に対する弁証と全身状態の弁証とを、互いの関連を考えながら慎重に行い、その結果として、皮疹に対する治療と、全身所見に対する治療の両面を考える必要がある。
 皮膚疾患によっては、ある程度特定の全身所見と関連の深い疾患もある。
・アトピー性皮膚炎(主に小児)→ 気虚
・成人アトピー性皮膚炎 → 血瘀
・皮脂欠乏性湿疹、小児乾燥性湿疹 → 血虚
・寒冷蕁麻疹 → 陽虚
・慢性湿疹 → 陰虚

□ 掻痒は風証と捉える
・掻痒は風証と捉え、袪風薬を配合して対応する。
・袪風薬は、解表薬と熄風薬に大別され、さらに解表薬はその性質により辛涼解表薬と辛温解表薬に分けられる。
・辛涼解表薬:皮膚に清涼感を与え、消炎作用を持つ解表薬。薄荷、牛蒡子、葛根湯、蘇葉、菊花、柴胡、升麻、蝉退、浮○などがあり、風熱証に用いる。代表的方剤:消風散。
・辛温解表薬:体表部の血管を拡張し、血行を促進することにより体表を温める作用を持つ解表薬。風寒証(例:寒冷じんま疹)に用いる。麻黄、桂枝、荊芥、防風、紫蘇葉、葱白、生姜、細辛、白芷など。代表的方剤:麻黄附子細辛湯、桂麻各半湯など。
・熄風薬:中枢性の鎮静・鎮痙作用を有する生薬をいい、同時に中枢性の止痒作用も認められるもの。蝉退、○蚕、全蝎(ぜんかつ:サソリ)、○蚣、地竜、白蒺藜、蛇脱、白花蛇、釣藤鈎、夜交藤、合歓皮など。代表的方剤:蝉退を含む消風散、白蒺藜を含む当帰飲子など。

【消風散の特徴】
・生薬構成
(清熱薬)苦参、石膏、知母、甘草、生地黄
(袪風薬)防風/荊芥(辛温解表)、牛蒡子(辛涼解表)、蝉退(熄風)
(利湿薬)蒼朮、木通
(滋潤薬)当帰、地黄、胡麻
・効能
 本方は作用の拮抗する利湿薬と滋潤薬が同時に配合されており、ある程度湿潤と乾燥の混在した(どちらかといえば湿潤に適す)炎症性の痒みのある皮疹に対応するように作られている。すなわち、湿疹三角形を構成する各発疹に全般的に対応できるように作られた方剤であり、湿疹・皮膚炎群、蕁麻疹・痒疹群などの基本方剤である。一般的には、夏季に増悪するタイプで湿潤傾向のあるものに良い。
 しかしながら、現実の病変ではいろいろな偏りが見られるのがふつうであり、上記の処方はいわば骨格のようなもので、実際の治療に際しては、加減を行うことによりさらに治療効果を高めることができる。

【十味敗毒湯の特徴】
・生薬構成:
(袪風湿)荊芥、防風、独活、柴胡
(排膿)桔梗、桜皮、川芎、茯苓、甘草
・効能:
 本来は化膿性皮膚疾患の初期に用いるために、荊防排毒散から取捨して作られた処方である。祛風湿薬の配合があるためにしばしば湿疹・皮膚炎群や蕁麻疹などに応用されるが、本剤には利湿薬や清熱薬の配合が少なく、本剤単独ではその効果はあまり強くない。
 消風散に比べて、より乾燥性で、冬期に増悪する傾向のある皮疹に適応する。
 消風散と合方して消風敗毒散として用いるのが良い。
 浅田流では連翹を加えているが、清熱解毒という意味ではより優れた処方と言える。

【一貫堂解毒剤の特徴】(柴胡清肝湯、荊芥連翹湯、竜胆瀉肝湯)
 いずれも温清飲を基本とした方剤で、血虚・陰虚体質で炎症を起こしやすい者(解毒証体質)の体質改善薬として作られた処方。特徴として、
・柴胡清肝湯:滋潤作用を強化 ・・・小児の扁桃炎やリンパ節炎などに
・荊芥連翹湯:解表作用を強化 ・・・青年期の鼻炎・副鼻腔炎・ざ瘡などに
・竜胆瀉肝湯:利水作用を強化 ・・・成人の泌尿生殖器系の炎症に
皮膚疾患では、柴胡清肝湯をアトピー性皮膚炎に、荊芥連翹湯をざ瘡に用いることが多い。



■ 皮膚疾患の漢方治療総論 ―中医学的理論を基礎として―
高橋 邦明(皮膚 39:1-23,1997

<わが国における漢方医学の歴史の概要>
 わが国に中国の医学が伝えられたのは5〜6世紀頃と考えられるが、本格的に体系化されたのは16世紀以降で、陰陽五行論に特徴づけられる金元医学を学んだ田代三喜とその門下の曲直瀬道三により作られた後世派が 最初である。道三は,「啓廸集」や「衆方規矩」を著し、わが国の医学に非常に大きな影響を残した。
 その百年ほど後に、後世派の思弁的・形而上学的な医学を批判し、より実証主義的な医学を求めて中国の代表的な古典である「傷寒論」への復古を主張する古方派が出現した。 その先鋒は吉益東洞である。 一般に古方派いうと「傷寒論」「金匱要略」(両者を合わせて「傷寒雑病論」といい、張 仲景の著)を出典とする処方を運用する方々をいうが、その背景として、東洞が診察していた病人の多くが梅毒であり、水銀剤の使用以外に治療する方法がなく、陰陽五行論のような医学では治せなかったために、これを批判して、「傷寒論」の時代の実証主義に復古したというのが実情と思われる。
 ・・・・・
 明治以降、わが国で独自に作られた特異な漢方医学として一貫堂医学がある。これは大正から昭和初期にかけて、森 道伯が作った医学体系で、日本人の体質を大きく三つに分けて疾病の予防や治療を行うものである。すなわち、結核をはじめとして、炎症を起こしやすい体質を有するもの(解毒証体質者)には一貫堂解毒剤(柴胡清肝湯、荊芥連翅湯、竜胆潟肝湯)、瘀血を体内に多量に保有するもの(瘀血証体質者)には通導散、脳卒中などの成人病を起こしやすい体質を有するもの(臓毒証体質者)には防風通聖散を用いるわけである。
 ・・・・・
 わが国では昭和になって漢方医学が徐々に復興することになるが、これらの中心となったのは古方派の流れをくむ方々で、日本東洋医学会をベースとして、漢方を民間薬と区別するために体系化を行い、その後の 普及に努めてこられたわけである。これがいわゆる日本漢方(昭和漢方)と呼ばれるもので、現在わが国に普及している漢方医学の主流になっている。


 はじめから少々脱線します。
 私は栃木県足利市在住ですが、田代三喜と曲直瀬道三は今は史跡となっている「足利学校」で学んだそうです。
 それから、吉益東洞の直系の子孫が足利市で開業しています。
 妙な縁ですね。

<中医学の基本的な考え方と特徴>
 中学では、人体は気・血・津液・精から構成されており、これに臓腑が機能単位になって、経絡と連絡することにより相対的に均衡が保たれ、統一的な生理機能を果たすものと考えている。
 ここで何らかの原因でこの均衡が崩れた場合に疾病が発生することになる。
 原因を知るために、四診によって、虚実・寒熱・表裏・陰陽を判別し(八綱弁証)、さらに気血、臓腑、病邪などについても判別を行い、それぞれの弁証結果に応じて治療法を決定し、生薬を組み合わせて方剤を作り、治療を行う。これを弁証論治(弁証施治)という。 すなわち、これが中医学の診断治療体系である。




1.気・血・津液・精
気は陽気とも呼ばれ、目に見えず、機能のみを有するものをいう。臓腑的には、肺・脾・腎と関連が深い。
)血液の滋潤・栄養作用とそれによって作られる肉体、すなわち物質面をいう。臓腑的には、肝・心と関連が深い。
津液)体内に存在する生理的な体液の総称。臓腑的には、肺・脾・腎と関連が深い。
)精気ともいい、先天的に備わった生命のエネルギー源で、成長・発育・生殖の基本となる。臓腑的には、腎と関連が深く、そのため腎精とも呼ばれる。
 これらのうち、血・津液・精を合わせて陰液と呼び、陽気と陰液とを合わせて正気と総称する。


2.臓腑
 臓腑とは、中医学における内臓の総称で、
五臓)心(心包絡)・肝・脾・肺・腎
六腑)胆・胃・小腸・大腸・膀胱・三焦
からなる。
 これらは、西洋医学での解剖学の臓器とは異なり、機能単位と考えるべきものである。臓と腑の間には深い関連があり、心と小腸、肝と胆、脾と胃、肺と大腸、腎と膀胱は表裏をなすといわれる。各臓腑の機能の概要は、以下の通りである。
)心臓の血液循環機能および意識・思考などの高次神経系機能をいう。
心包絡:心包)ほぼ心と同じで、とくに高次神経系機能をいう。
)視床下部・自律神経系・大脳辺縁系・運動神経系などの総合的な機能群で、循環血液量の調節、感情の調節、筋・関節運動の調整、月経調整、視覚の調節や爪の栄養などの諸機能をいう。
)消化吸収、栄養分や水分の運搬、止血などの機能をいう。
)肺の呼吸機能と水分代謝、体温調節などの機能をいう。
)泌尿生殖器系と内分泌系の総合的な機能で、水分代謝、成長・発育、生殖、老化などが中心である。
胆・胃・小腸・大腸・膀胱)西洋医学における同名臓器のそれとほぼ同様の機能をいう。
三焦)水分代謝における機能を総合したもので、上焦 (心・肺)、中焦(脾・胃)、下焦(肝・腎・膀胱・小腸・大腸)に分けるが、部位的な概念として、胸部以上(心・肺を含む)を上焦、胸部から臍まで(脾・胃を含む)を中焦、臍以下(肝・腎を含む)を下焦という場合もある。また,「温病学」で部位の概念による弁証として用いられることもある(三焦弁証)。


3.病因
 中医学では、病因を内因・外因・病的産物の3つに大別するが、この中で特に内因を重視し、外因は単なる発病条件と考えている。外因と病的産物を合わせて病邪 という。また、外因のうち病原微生物や環境によるものを六淫といい、これによって引き起こされた疾病を外感病と呼ぶ
1)内 因
 体質因子や精神的ストレスをいい、これらにより生体の機能失調や低下をきたすことになる。
2)外 因
六淫:風・寒・暑・湿・燥・火(熱)に 分ける。
風邪)急 な発病,症 状の変化を特徴とする。
寒邪)自然界の寒冷現象に似た症候を生ずるもの。
暑邪)暑い気候・環境により生ずる症候で、熱邪の一種と考えられる。
湿邪)自然界の湿性現象に似た症候を生ずるもの。
燥邪)自然界の乾燥現象に似た症候を生ずるもの。
火邪)熱邪ともいい、自然界の温熱現象に似た症候を生ずるもの。
② その他の外因:飲食や性生活の不摂生、過労、外傷などがある。
③ 病的産物:気滞、血瘀、痰飲などがある。

<中医学における弁証論治>(Table4)
 弁証とは中医学における診断のこと、論治(施治) とは弁証の結果に基づいて治療法を決定することである。




1.八綱弁証(Table5)

1)虚実
 虚実に関しては日本漢方と中医学では考え方に大きな差がみられるため、注意が必要である。
(日本漢方)生体側の体力により、衰えているものを虚証、充実しているものを実証、その中間のものを中間証
(中医学)正気と病邪の強さの弁別
① 虚証
[定義]
 正気の不足、すなわち生体における機能面や物質面の不足状態をいう。
 虚証には、機能面の不足状態である気虚・陽虚と、物質面の不足状態である血虚・陰虚、およびこれら両面の不足状態である気血両虚・陰陽両虚がある。気虚の程度が進んで寒証を伴うようになったものが陽虚、血虚の程度が進んで熱証を伴うようになったものが陰虚であり、これら虚証に伴う寒証、熱証をそれぞれ虚寒、虚熱という
 虚証は、さらに臓腑によって細分される。たとえば、気虚は脾気虚、肺気虚、心気虚、腎気虚というように分類する。
[治療]
 補法(補益法)を用いる。
 補法には、上記の虚証の種類に対応して、補気、補血、補陰、補陽法がある。
 補気には補気薬を中心に配合した補気剤を用い、以下同様に補血には補血剤、補陰には補陰剤、補陽には補陽剤、気血両虚には気血双補剤、陰陽両虚には陰陽双補剤を用いる。


2.実証
[定義]
 実証とは、正常では存在しない病邪の存在と、これに伴う病的反応をいう(病邪の実)。
[症候] 
 実証の症候は病邪により様々であるが、六淫によるものは、それぞれの自然現象に類似した症候を呈する。たとえば、寒邪では、寒がる、四肢が冷えるなどの寒証を呈する。同じ寒証や熱証であっても、虚証の場合、それぞれを虚寒、虚熱といったのに対して、寒邪、熱邪による実証のそれらはそれぞれ実寒、実熱と呼んで区別される。
[治療]
 攻法(潟法)を用いる。
 すなわち、病邪の種類に応じて、
・風邪には怯風
・寒邪には怯寒
・暑邪・火邪(熱邪)には清熱
・湿邪には袪湿(化湿)
・燥邪には潤燥
・食積には消導
・気滞には理気
・血瘀には活血化瘀
・痰飲には化痰
の各法を原則とする。

2)寒熱
 生体が、以下に述べるような寒・熱いずれかの状態に偏っていないかどうかを弁別するものである。


① 寒証
[定義]
 疾患の症候が、自然界の寒冷現象に似た性質を示すものを寒証という。
 陽虚に伴う虚寒と寒邪による実寒とがあり、実寒はさらに病位によって表寒と裏寒に分けられる
[症候] 
 一般的には、寒がる、四肢や手足が冷える、冷やすと症状が増悪する、尿や分泌物は量が多く希薄である、月経周期が延長する、脈は遅い(遅)などである。
(虚寒)気虚の症候が加わる。
(表寒)悪寒、発熱、頭痛、関節痛、鼻水などの感冒症状を呈する。
(裏寒)腹痛、嘔吐、下痢などの症状を来す。
[治療]
(虚寒)人参、白朮、黄耆などの補気薬と、附子、肉桂、肉○蓉、巴○天などの補陽薬を配合する。代表方剤として、人参湯、八味丸、右帰丸などがある。
(表寒)発汗解表法の中の辛温解表法によって、発汗させて治療する。辛温解表薬には、麻黄、桂枝、生姜などがあり、代表方剤として、麻黄湯、桂枝湯などがある。
(裏寒)附子、肉桂、乾姜、呉茱萸、蜀椒などの温裏袪寒薬を配合した温裏袪寒剤を用いる。代表方剤として、人参湯、安中散、大建中湯、呉茱萸湯、当帰四逆 (加呉茱萸生姜)湯、五積散などがある。
② 熱証
[定義]
 疾患の症候が、自然界の温熱現象に似た性質を示すものを熱証という。
 寒証の場合と同様に、陰虚に伴う虚熱と火邪(熱邪) による実熱とがあり、実熱はさらに病位によって表熱と裏熱とに分けられる
[症候]
 一般的には、暑がる、顔が赤くのぼせる、温めると症状が増悪する、尿や分泌物は量が少なく濃い、月経周期が短縮する、口渇、冷たい飲み物を欲しがる、舌は紅く舌苔が黄色い、脈が速い(数)などである。
(虚熱)血虚の症候が加わる。
(表熱)悪熱、熱感、発熱、頭痛、目の充血などの感冒症状を呈する。
(裏熱)上記の症状の他に、発汗、便秘傾向、脱水、不眠などが加わる。
[治療]
(虚熱)地黄、麦門冬、天門冬、沙参、石斛などの滋陰薬と、知母、黄柏、地骨皮などの清虚熱薬を配合する。熱証が強ければ、さらに黄連、山梔子、牡丹皮などの清熱薬を加える。代表方剤 として、六味(地黄) 丸、沙参麦門冬湯などがある。
(表熱)発汗解表法の中の辛涼解表法によって発汗させて治療する。辛涼解表薬には薄荷、牛蒡子、桑 葉、菊花などがあり、代表方剤として銀翹散、桑菊飲などがある。
(裏熱)石膏、黄連、黄苓、山梔子、竜胆などの清熱潟火薬を中心に、化膿傾向があれば連翹、金銀花、忍冬などの清熱解毒薬を加え、便秘が強ければ大黄、芒硝を加えて対応する。代表方剤として黄連解毒湯、三黄潟心湯、白虎(加人参)湯などがある。


3)表裏
 病邪は、身体の表面から侵入して、次第に内部に入っていくという考えのもとに、症候の発現部位(病位)を弁別するものである。外感病では重要な弁証であるが、その他ではあまり意味がない。
① 表証
[定義]
 病邪が体表部に存在するときの状態を表証といい、外感病の初期に認められる。
 表寒と表熱に分ける。
[症候]
 発熱、頭痛、関節痛、脈が浮(軽く当ててすぐ触れる浅い脈)などが共通である。
 表寒ではさらに悪感、鼻水、希薄な痰などの寒証の症状がみられ、表熱では悪熱、口渇、目の充血、粘調な痰、舌が紅いなどの熱証の症状がみられる。
[治療]
 発汗解表法を用いる。寒熱の項で述べたように、表寒では辛温解表法、表熱では辛涼解表法を用いる。
② 裏証
[定義]
 病邪が身体の内部にあるときの状態を裏証という。
 大部分の疾患はこの裏証に属することになる。
③ 半表半裏証
[定義]
 外感病の経過で、表証・裏証のいずれでもなく、悪寒と熱感が交互にみられる状態(往来寒熱)をいい、「傷寒論」の少陽病が典型例である。
[症候]
 少陽病では往来寒熱、食欲不振、口苦、胸脇苦満(胸脇部の脹った感じ)などがあり、脈は弦(琴の弦を触れるような感じの脈)、舌苔は黄色などを示す。
[治療]
 和解法を行う。代表方剤として小柴胡湯などがある。


4)陰陽
 以上1)~3)までの総括的な概念で、
・裏・寒・虚証を陰証
・表・熱・実証を陽証
 という。一般に、
・抑制・静・寒が陰証
・興奮・動・熱が陽証
 である。
 中医学ではこの他に、意味の異なる陰陽があるので注意を要する。すなわち、
・虚証の場合の陰虚・陽虚は、陰液・陽気の意味で用いられる。
 また、病邪のうち、
・陰証を呈するものを陰邪
・陽証を呈するものを陽邪
 という。 これらの他に、陰病・陽病という場合の陰陽は、外感病の弁証論治の一つである六経弁証における、太陽病・少陽病・陽明病の三陽病と、太陰病・少陰病・巌陰病の三陰病をさす。


2.気血弁証(Table7)
 人体を構成する基本である気(陽気)と 陰液の病的状況を弁別するものである。



1)気の異常
① 気虚
[定義]
 気の不足により、機能が低下している状態をいう。
 臓腑では、脾、肺、心、腎に現れやすい。
[症候]
 ―般症候として、顔色が蒼白、言葉に力がない、手足がだるい、疲れやすい、食欲がない、免疫力低下による易感染性、舌は淡白色、脈は弱く力がない(軟)などが基本である。
(脾気虚)さらに食欲不振、内臓の下垂やアトニー 症状(中気下陥という)などの消化器症状が加わる。
(肺気虚)息切れ、自汗、咳(痰を切りにくい)などの呼吸器症状が加わる。
(心気虚)動悸、息切れ、不眠、胸騒ぎなどの循環器系および精神的症状が加わる。
(腎気虚)聴力減退、歯が弱る、腰痛、排尿困難、夜間多尿、性機能減退などの泌尿生殖器系および神経系の症状が加わる。
[治療]
 人参、白朮、黄耆、甘草、山薬などの補気薬を配合する。補気剤の基本方剤は、人参 ・白朮 ・茯苓 ・甘草から成る四君子湯である。
(脾気虚)補気薬に健脾薬を配合して対処する。たとえば、胃炎症状には六君子湯、慢性下痢には参苓白朮散、中気下陥には補中益気湯などである。
(肺気虚)玉屏風散や補肺湯などを用いる。
(心気虚)四君子湯に鎮静作用のある遠志、酸棗仁、五味子などを加える。代表方剤は帰脾湯である。
(腎気虚)縮泉丸、固精丸などを用いる。

② 陽虚
[定義]
 気虚の程度が進んでエネルギー代謝が衰え、寒証(虚寒)を生じた状態をいう。
 陽虚は脾、心、腎に多くみられるが、腎陽虚がもっとも重要である。
[症候]
 一般症候としては、気虚の一般症候に加えて、寒がる、四肢が冷える、よだれが多い、尿や分泌物は量が多く薄い、大便は軟らかく臭気も少ない、舌は腫れぼったく(絆大)、しばしば歯痕がみられる、脈は遅などの寒証の症候が認められる。
(脾陽虚)これらに加えて、食欲不振、下痢、腹痛 (温めると軽快する)などがある。
(心陽虚)息苦しい、心悸亢進、浮腫、喘鳴などが加わる。
(腎陽虚)夜間多尿、つまづきやすい、眠い、無気力、背中の冷え、頭がぼけるなどの症状が加わる。
[治療]
  補気薬に加えて、附子、肉桂、肉○蓉、巴戟天、乾姜,呉 茱萸などの補陽や袪寒の作用を持つ薬物を配合 する。代表方剤は人参・乾姜・白市・甘草から成る人参湯(理中湯)である。
(脾陽虚)理中湯、附子理中湯、桂附理中湯などを用いる。
(心陽虚)桂枝甘草湯、養心湯などを用いる。
(腎陽虚)真武湯、縮泉丸、固精丸、右帰丸などを用いる。
③ 気滞
[定義]
 気の働きが停滞した状態をいう。自律神経系の機能異常によると考えられる。
[症候]
 胸や腹の膨満感、内臓平滑筋の緊張異常に伴う症状などが一般的である。
[治療]
 理気法による。理気薬には香附子、枳実、枳殻、陳皮、木香、青皮などがある。
 代表的な理気剤には、香蘇散、半夏厚朴湯、茯苓飲、分心気飲などがある。


2)血の異常
① 血虚
[定義]
 血虚とは、血の滋養作用の不足により、肉体の物質的な不足を来した状態をいう。
 臓腑では心と肝に現れやすい。
[症候]
 一般症候として、体が痩せて細い、皮膚に艶がなく乾燥する、舌は細くしまり乾燥している、脈は細い(細)などがある。その他に、皮脂の分泌が悪い状態も血虚と呼ぶ。
(心血虚)さらに心悸亢進、眩暈、胸騒ぎ、不眠、健忘、情緒不安定などが加わる。
(肝血虚)眩暈、目のかすみ、筋肉の衰え、痙攣、知覚麻痺などが加わる。
[治療]
 熟地黄、当帰、何首烏、阿膠、白芍などの補血薬を配合する。補血剤の基本方剤は、熟地黄、当帰、白芍、川芎から成る四物湯である。
(心血虚)四物湯に柏了仁、甘草、阿膠、遠志、茯神、磁石、朱砂などを加える。
(肝血虚)四物湯に拘杞了、山茱萸、女貞子、何首烏などを加える。
② 陰虚
[定義]
 血虚の程度が進んでエネルギー代謝が亢進し、異化作用が進んだ結果、津液の不足のために脱水が起こり(津虚)、熱証(虚熱)を生じた状態をいう。陰虚は、肺、心、胃、肝、腎にみられやすい。
[症候]
 一般症候としては、血虚の一般症候に加えて、手足のほてり、口の渇きや乾燥、顔面の紅潮やのぼせ、いらいら、尿や分泌物は量が少なく濃い、大便は乾燥して細く量も少ない、舌は紅色で乾燥し、舌苔は少ない、脈は細数であるなどの熱証を認める。
(肺陰虚)痰が粘く切れにくい、嗄声、盗汗などが加わる。
(心陰虚)心悸亢進、胸が暑苦しい、不眠、盗汗、多夢などが加わる。
(胃陰虚)乾嘔、便秘などが加わる。
(肝陰虚)眩暈、耳鳴、目の充血、頭痛、いらいら、不眠、四肢の知覚麻痺・痙攣などが加わる。
(腎陰虚)聴力低下、脱毛、盗汗、腰痛、歯がゆるむなどが加わる。
[治療]
 沙参、玄参、麦門冬、天門冬、石角斗、地黄、女貞子、亀板、別甲、玉竹などの補陰薬に、知母、黄柏、地骨皮などの清虚熱薬、牡丹皮、赤有、黄連、山梔子な どの清熱薬を配合して対処する。代表方剤は熟地黄、山茱萸、山薬、牡丹皮、茯苓、沢瀉から成る六味地黄丸 (六味丸)で ある。
(肺陰虚)百合固金湯などを用いる。
(心陰虚)天王補心丹などを用いる。
(胃陰虚)益胃湯などを用いる。
(肝陰虚)杞菊地黄丸、一貫煎などを用いる。
(腎陰虚)六味丸や知柏地黄丸などを用いる。
③ 血瘀
[定義]
 基本的には、血の循環が停滞した状態、すなわち循環障害を指すが、いろいろな疾患に非常に幅広く関与している病態で、厳密には定義できない。一種の臨床的仮説と考えるべきである。鬱血を主とした循環障害の他に、増殖性の病変や繊維化などもすべてこの概念に含まれると考えており、慢性難治性の疾患では、大なり小なりこれが絡んでいると考えてよい。
[症候]
 一般的には、静脈の鬱血による諸症状、増殖性の病変(たとえば腫瘍や乾癬など)や繊維化を起こす病変(たとえば強皮症やケロイドなど)の症状、固定性の痛みなどで、非常に多彩である。舌は暗赤色ないし紫色、脈は渋(滑らかでない脈)で、しばしば下腹部に圧痛(小腹急結)を認める。
[治療]
 当帰、川芎、紅花、蘇木、牡丹皮、赤芍、桃仁、三稜、莪朮、乳香、没薬、延胡索などの活血化痕薬を配 合した活血化瘀剤(日本漢方では駆瘀血剤という)を用いる。代表方剤として、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、通導散、当帰芍薬散、大黄牡丹皮湯などがある。産後に生じた血痕に対しては、とくに芎帰調血飲第一加減という処方が極めて有効である。
④ 出血
 熱証による出血(血熱)、虚証による出血、血痕による出血に分けられる。
 血熱による出血は鮮紅色で、さらに実熱と虚熱(陰虚) による場合に分けられる。前者は、多量で勢いのよい出血で、熱証の症候を伴い、犀角地黄湯に代表される清熱涼血剤で治療する。後者は、より少量で断続的な出血で、陰虚の症候を伴い、生地黄湯などで治療する。虚証による出血は、血虚、陰虚、気虚、陽虚による場合がある。それぞれの症候とともに、血虚では、陰虚と同様な出血で、芎帰膠艾湯などで治療し、気虚では淡く止まりにくい出血で、帰脾湯などで治療し、陽虚では薄く慢性的な出血で、黄土湯や柏葉湯などで治療する。
 血瘀による出血は赤黒く慢性的な出血で、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、通導散などの活血化瘀剤で治療する。

3)気血双方の異常
① 気血両虚
 気虚と血虚の症候が同時にみられるもので、補気薬と補血薬を組み合わせた方剤を用いる。代表方剤は、四物湯と四君子湯を合わせた八珍湯で、これに加減した方剤として、十全大補湯や人参養栄湯などがある。
② 陰陽両虚
 陰虚と陽虚の症候が同時にみられるもので、補陰薬と補陽薬を組み合わせた方剤を用いる。代表方剤として、補陰剤である六味丸に、補陽作用のある附子・桂枝を加えた八味丸(八味地黄丸)などがある。

4)津液の異常
① 津虚
 津液の不足をいい、乾燥症状を呈する。陰虚の一部と考えられる。
② 痰飲
 津液の停滞により、体内に異常に水分が貯溜した状態をいう。

5)精の異常(精の不足)
 精、すなわち腎精の不足は、腎精虚(腎精不足)という(腎血虚とはいわない)。成長・発育・生殖などの減退がみられ、小児では発育遅延、成人では早老を生ずる。腎精は、生命エネルギーの基本物質で、これを元にして生ずる生命機能が腎気であり、腎精はまた腎気の働きによって絶えず補充されているため、これらは不可分の関係にあり、腎精虚と腎気虚をまとめて腎虚という。腎精虚に熱証が加われば腎陰虚で、腎気虚に寒証が加われば腎陽虚となる。
 腎精の不足には、左帰丸、左帰飲などを用いる。なお、腎陽虚ではほとんどの場合に腎精虚や腎陰虚が並存するため、陰陽を同時に補う必要がある。

3.臓腑弁証
 臓腑弁証とは、八綱弁証・気血弁証に加えて、病変がどの臓腑にあるかをより詳細に弁別するものである。

4.病邪弁証
 病邪弁証とは、疾病がどの病邪に関連して生じたかを弁別するものである。


5.外感熱病弁証
 外感病では、既述の各弁証を基本とすることはもちろんであるが、とりわけ正気と病邪の力関係によって症候に特徴がみられる。そのため「傷寒論」における六経弁証や、「温病学」における衛気営血弁証と呼ばれる固有の弁証系がある。これらのうち、とくに前者は日本漢方の基礎理論として重視されている。
 外感熱病は、感染症を含む急性発熱性疾患の総称であり、このうち熱感よりも悪寒の強いものを傷寒悪寒よりも熱感の強いものを温病という。これらの病態を認識する場合に「傷寒論」だけでも、また「温病学」だけでも不十分である。すなわち、傷寒の陽明病・少陽病と温病の気分病は共通するが、「傷寒論」には営分病・血分病に相当する病態の弁証がほとんどなく,「温病学」には傷寒の陰病に相当する病態の弁証があまりみられないしたがって、外感病の弁証論治においては、少なくとも両者について理解しておく必要がある
1)六経弁証
 病邪(主に寒邪)と正気の闘病反応の状況から外感病の経過を分析したもので、正気が実であれば闘病反応は強く、これを陽病とし、正気が虚であれば闘病反応は弱く、これを陰病として、それぞれを3型ずつに分けて、各病態における症候と治療法を述べたものである。
① 太陽病
 発病初期で、病邪が表にある時期で、悪寒(悪風)、発熱、頭痛、身体痛、項部のこわばり、脈は浮などの表寒証の症候を呈する。悪寒・無汗・脈が浮緊のものを傷寒、悪風・自汗・脈が浮緩のものを中風という。辛温解表法によって治療するが、傷寒には麻黄湯や葛根湯、中風には桂枝湯などを用いる
② 少陽病(省略)
③ 陽明病
 病邪が裏に入り、高熱を呈する極期に相当する。高熱とともに、口渇、発汗、多飲、譫言、腹部膨満、便秘、舌は紅色で舌苔は黄〜黄褐色、脈は洪大(力があり、幅の広い脈)などの裏実熱証を示す。白虎(加人参)湯や承気湯類で治療する。
④ 太陰病
 陰病の初期で、正気の虚が少なく、腹部のみに寒証を示す。食欲不振、腹満、腹痛、嘔吐、泥状〜水様便、舌は淡白で舌苔は白色、脈は軟弱などの脾陽虚の症候を呈する。人参湯(理中湯)や附子理中湯で治療する。
⑤ 少陰病
 正気の虚が著しい場合で、老人によくみられる。元気がない、眠い、悪寒、脈は微細(弱くて触れにくい脈) などの陽虚の症候を呈する。治療法として、四逆湯や麻黄附子細辛湯などを用いる。
⑥ 厥陰病
 急性の末梢循環不全すなわちショック状態をいう。
 四肢の冷え、顔面蒼白、血圧低下、痙攣、脈は数弱などの症候を呈する。治療として、四逆湯類を用いる。
2)衛気営血弁証
 温病すなわち熱邪による外感病の推移を、病邪の侵入経過から4型に分けて、各病態の症候と治療法を示したものである。
① 衛分病(証)
 発病初期で、病邪が表にあり、悪寒(軽度)、発熱、頭痛、身体痛、鼻閉、咳嗽、舌苔は黄〜薄白色、脈は浮などの表熱証を呈する。辛涼解表法により治療する。代表方剤は銀翹散、桑菊飲などである。
② 気分病(証)
 陽明病や少陽病とほぼ同様の症候を呈する。とくに外感熱病の極期としての症候を気分熱盛という。
③ 営分病(証)
 気分病がさらに進んで脱水を生じたもので、午後に高熱となり、口渇や発汗は少なくなり、煩燥、不安、不眠、意識障害、痙攣などを生じ、舌は深紅で乾燥し、舌苔は減少し、脈は細となる。清営湯などで治療する。
④ 血分病(証)
 営分病がさらに進んで出血を呈するもので、犀角地黄湯などの清熱涼血剤で治療する。


皮膚疾患の漢方治療
1.漢方医学における皮膚疾患の捉え方
 漢方医学においてもっとも大切なことは、全身的な状態を把握した中で、皮疹というものを考えていかねばならないということである。たとえば、同じような外因が加わって湿疹病変を生ずる場合でも、体内に水分の多い乳児では、湿潤性の皮疹を生じやすいのに対して、水分の乏しい老人では、より乾燥性の皮疹を生じやすくなる。このような場合には、皮疹そのものが全身的な状態をある程度反映しているといえる。したがって、皮膚疾患の漢方治療を行うにあたっては、まず皮疹に対する弁証と全身状態の弁証とを、互いの関連を考えながら慎重に行い、その結果として、皮疹に対する治療と、全身所見に対する治療の両面を考える必要がある。
 全身所見については、気虚、血虚、陽虚、陰虚といっ た虚証や、血瘀などの病的産物が中心である。 皮膚疾患によっては、ある程度特定の全身所見と関連の深い疾患もある。
・アトピー性皮膚炎(主に小児)、褥瘡、緑膿菌感染症 → 気虚
・老人性皮膚掻痒症、皮脂欠乏性湿疹、小児乾燥性湿疹 → 血虚
・バージャー病や寒冷蕁麻疹 → 陽虚
・慢性湿疹やビダール苔癬 → 陰虚
と関連が強い。
・鬱滞性皮膚炎、膠原病、乾癬、扁平苔癬、ケロイド、凍瘡、成人アトピー性皮膚炎 → 血瘀
と深い関連性がある。
2.皮疹の弁証論治(Table 8)



1)炎症性病変(抜粋)
③ 化膿性炎症
 膿疱や膿痂疹などの化膿菌感染や白血球の勇壮による皮疹は毒(熱毒)と捉え、金銀花、忍冬、連翹、蒲公英、石膏、薏苡仁、黄連などの清熱解毒薬を配合する。
 代表方剤:十味敗毒湯、五味消毒散、黄連解毒湯、排膿散及湯、清上防風湯など。
2)湿潤性病変(省略)
3)乾燥性病変
 鱗屑、亀裂、皮脂欠乏などの乾燥性病変は、燥証と捉え、潤燥薬を配合して対応する。
① 老化などによる皮膚の乾燥・萎縮
 これを血虚と捉え、当帰、熟地黄、何首烏、胡麻、竜眼肉、○杞子、阿膠、白芍などの補血潤燥薬を配合する。基本方剤は四物湯である。
 血虚の場合にしばしば掻痒を伴うが、これを血虚生風と呼び、四物湯に袪風薬を配合して対応する。血虚生風の代表方剤は当帰飲子である。
② 炎症性変化による乾燥・鱗屑など
 潤燥薬に清熱薬を加えて対応する(例:温清飲)。
 炎症が慢性化して皮膚が乾燥する場合、内因的に陰虚によるものが多い。この場合、さらに補陰薬を配合して対処することになる(例:六味丸)。温清飲には清虚熱作用のある黄柏が配合されており、一種の補陰剤とも考えられる。
4)掻痒
 掻痒は風証と捉え、袪風薬を配合して対応する。袪風薬は、解表薬と熄風薬に大別され、さらに解表薬はその性質により辛涼解表薬と辛温解表薬に分けられる。
辛涼解表薬
 皮膚に清涼感を与え、消炎作用を持つ解表薬。薄荷、牛蒡子、葛根湯、蘇葉、菊花、柴胡、升麻、蝉退、浮○などがあり、風熱証に用いる。代表的方剤:消風散。
辛温解表薬
 体表部の血管を拡張し、血行を促進することにより体表を温める作用を持つ解表薬。麻黄、桂枝、荊芥、防風、紫蘇葉、葱白、生姜、細辛、白芷など。代表的方剤:麻黄附子細辛湯、桂麻各半湯など。風寒証(例えば寒冷じんま疹)に用いる。
熄風薬
 中枢性の鎮静・鎮痙作用を有する生薬をいい、同時に中枢性の止痒作用も認められるもの。蝉退、○蚕、全蝎(ぜんかつ:サソリ)、○蚣、地竜、白蒺藜、蛇脱、白花蛇、釣藤鈎、夜交藤、合歓皮など。方剤:蝉退を含む消風散、白蒺藜を含む当帰飲子など。

皮膚疾患に頻用する漢方処方解説

【消風散】
・生薬構成
(清熱薬)苦参、石膏、知母、甘草、生地黄
(袪風薬)防風/荊芥(辛温解表)、牛蒡子(辛涼解表)、蝉退(熄風)
(利湿薬)蒼朮、木通
(滋潤薬)当帰、地黄、胡麻
・効能
 本方は作用の拮抗する利湿薬と滋潤薬が同時に配合されており、ある程度湿潤と乾燥の混在した(どちらかといえば湿潤に適す)炎症性の痒みのある皮疹に対応するように作られている。すなわち、湿疹三角形を構成する各発疹に全般的に対応できるように作られた方剤であり、湿疹・皮膚炎群、蕁麻疹・痒疹群などの基本方剤である。一般的には、夏季に増悪するタイプで湿潤傾向のあるものに良い。
・合方
 しかしながら、現実の病変ではいろいろな偏りが見られるのがふつうであり、上記の処方はいわば骨格のようなもので、実際の治療に際しては、これらに以下に示すような加減を行うことによりさらに治療効果を高めることができる。
① 発赤・充血・熱感の強い場合:黄連解毒湯、白虎加人参湯を合方する。
② 水疱・びらん・浮腫・滲出の強い場合:越婢加朮湯、麻杏甘石湯などを合方する。
③ 鱗屑・亀裂・乾燥の強い場合:四物湯を合方する。
④ 慢性化して暗赤色調を呈する場合:温清飲を合方する。
⑤ 肥厚・苔癬化の強い場合:通導散、桂枝茯苓丸、桃核承気湯、大黄牡丹皮湯などを合方する。
⑥ 膿疱・化膿傾向のある場合:排膿散及湯などを合方する。
⑦ 掻痒の強い場合:袪風薬(白鮮皮、薄荷、地膚子、浮○、蒼耳子、白蒺藜など)を加える。

【十味敗毒湯】
・生薬構成:
(袪風湿)荊芥、防風、独活、柴胡
(排膿)桔梗、桜皮、川芎、茯苓、甘草
・効能:
 本来は化膿性皮膚疾患の初期に用いるために、荊防排毒散から取捨して作られた処方である。祛風湿薬の配合があるためにしばしば湿疹・皮膚炎群や蕁麻疹などに応用されるが、本剤には利湿薬や清熱薬の配合が少なく、本剤単独ではその効果はあまり強くない
 消風散に比べて、より乾燥性で、当帰に増悪する傾向のある皮疹に適応する。
 消風散と合方して消風敗毒散として用いるのが良い。
 浅田流では連翹を加えているが、清熱解毒という意味ではより優れた処方と言える。

<一貫堂解毒剤>柴胡清肝湯、荊芥連翹湯、竜胆瀉肝湯
 いずれも温清飲を基本とした方剤で、血虚・陰虚体質で炎症を起こしやすい者(解毒証体質)の体質改善薬として作られた処方。特徴として、
・柴胡清肝湯:滋潤作用を強化 ・・・小児の扁桃炎やリンパ節炎などに
・荊芥連翹湯:解表作用を強化 ・・・青年期の鼻炎・副鼻腔炎・ざ瘡などに
・竜胆瀉肝湯:利水作用を強化 ・・・成人の泌尿生殖器系の炎症に
皮膚疾患では、柴胡清肝湯をアトピー性皮膚炎に、荊芥連翹湯をざ瘡に用いることが多い。
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小児アトピー性皮膚炎に「人参湯」(32)は有効か?

2017年10月07日 15時34分05秒 | 漢方
 皮膚科医の大竹先生は小児アトピー性皮膚炎の本治薬として人参湯(32)を使用すると書かれています。

 「よだれが出すぎると口囲・頰部 から頸部にかけて「よだれ皮膚炎」といわれる乳児特有の湿疹病変が生じる。よだれは胃腸(脾胃)の冷えによることが多いため、人参湯を用いるとよだれの減少とともに湿疹が軽快する。」
 「体質改善薬(本治)としての人参湯・小建中湯・黄 耆建中湯・甘麦大棗湯は,治療開始時は標治の処方と 併用して用いることが多い。人参湯で処方を開始した場合は、よだれが減少し、口囲・頸部の皮疹が軽快してきたら、小建中湯・黄耆建中湯に転方した方がよい。 人参湯の長期投与により元来、熱証である乳児の体が温まりすぎてしまう。」


 しかし、今までの私の知識では、「乳児湿疹に人参湯を用いる」と云われてもピンときません。
 似た名前の「白虎加人参湯」(34)は清熱剤としてアトピー性皮膚炎に使用されることは知っていますが・・・他の資料をあたってみました。

 ツムラ漢方スクエア「私の漢方診療日記 No.046 」より

■ 冷えを温め、脾胃を補って湿疹を軽快 乳幼児の食べ物アレルギー、アトピー性皮膚炎に人参湯
(井上内科クリニック院長:井上 淳子)
 近年、乳幼児の食べ物アレルギー、アトピー性皮膚炎が増えています。消化器の未発達な段階にある乳幼児に合った伝統的な食事の注意に加えて、冷えを温め、脾胃を補う人参湯を服用していただくと良くなることが多く、嬉しい限りです。
 アトピー性皮膚炎の漢方治療は主として治頭瘡一方などの清熱解毒剤を処方するものと信じていましたが、冷えを温め、胃腸の働きを良くする人参湯や四君子湯などを処方しても良いことをはじめて患者さんから教えていただきました。
 以来20年程が過ぎ、時代の波に乗って我が医院にもアトピー性皮膚炎の患者さんが増えてきましたが、注意して診ると、大部分はこの患者さんのように冷えを温め、脾胃を補う必要のある方ばかりです。また、食物アレルギーと言われているアトピー性皮膚炎の乳幼児も極端なケースを除いて除去食とせず、消化器の来発達な乳幼児に合った、昔からの伝統的な食事の注意をしながら、冷えを温め、脾胃を補っていく人参湯などを処方していくと、いつの間にか元気になり湿疹が軽快してきます。


 次はケースリポートです。主旨は人参湯ではなく真武湯が有効との内容。考察部分から人参湯に言及している箇所を抜粋します;

■ 真武湯が奏効した アトピー性皮膚炎の1例
(内海 康生:内海皮フ科医院)
 髙山は真武湯の鑑別処方として人参湯・小建中湯・苓桂朮甘湯をあげ、以下 のように記述している。
 「人参湯は下痢はあまりはげしくない。人参湯の下痢は胃から、真武湯の下痢は腸から。人参湯は脾陽虚、真武湯は腎陽虚である。小建中湯は倦怠・疲労はあるが、下痢・嘔気・めまい等、寒湿の証はない。苓桂朮甘湯は眩暈があるが、裏寒の症が著明でない。脉が沈緊である。水気上衝。」
  川嶋はアトピー性皮膚炎の実際の漢方治療における本治として、季節のストレスを受けて、秋から冬に悪化する場合には、体表の皮膚炎が強く見えても、体の芯は寒がりで冷えがあるので、舌診で冷えを確認したら、人参湯や真武湯、八味地黄丸などでしっかり温めるとよい場合があると記述している。


 次もケースリポートです。茯苓四逆湯(≒人参湯+真武湯)がアトピー性皮膚炎に有効であった例。

■ アトピー性皮膚炎に真武湯と人参湯の合方が著効した1例
安田大成:下関市立市民病院
 患者の皮膚は渋紙様で、赤みと痒みの強い皮疹であるため、最初は温清飲を考慮したが、寒がり・冷飲食で下痢・易疲労感・盗汗・萎縮淡白舌が示す裏寒・脾胃気虚を建て直すことが先決であり、茯苓四逆湯の方意で真武湯と人参湯を合方したところ著効を示した。頻回の下痢が治まることは当然としても、苔癬化した皮疹までがすみやかに消退したことは驚きであった。茯苓四逆湯は通常、重症の嘔吐下痢により厥冷・煩躁するものに用い、皮膚炎に対する処方のイメージは薄い。しかし,『類聚方広義』頭注には、あらゆる難治の慢性疾患で精気が衰え、腹痛下痢する者に応用できることが示唆されている。また,『中医処方解説』によれば、附子はステロイドの分泌を促進し、炙甘草もステロイド様作用を持つ。したがって、茯苓四逆湯が皮膚疾患に奏効しても不思議ではない。アトピー性皮膚炎では胃腸を建て直すこと、裏寒を治すことが本質的に重要であると思われる。


 皮膚所見に振り回されず、全体の証を見抜いて方剤を選択するスタンスが素晴らしい。裏寒の本症例に温清飲を処方したらもっと冷えてしまい患者さんがつらい思いをしたことでしょう。
 見習いたいものです。

 やはり、アトピー性皮膚炎への人参湯投与は、標治ではなく本治の役割ですね。
 アトピー性皮膚炎の増悪期は、湿疹だけを見ると熱証と判断しがちですが、もし裏寒ベースであればそちらを温めないと思うような治療効果が得られない可能性があります。裏寒に対応する方剤には人参湯の他に黄耆建中湯もあります。
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小児アトピー性皮膚炎に「五苓散」(17)は有効か?

2017年10月07日 08時18分47秒 | 漢方
 五苓散はノロウイルスによる急性胃腸炎(=嘔吐下痢症)の嘔吐の特効薬として有名です。その他に、二日酔、車酔い、めまい、低気圧で悪化する頭痛、軽い熱中症などにも応用できる懐の深い漢方薬です。

 なぜいろんな病気に効くのか?
 五苓散の薬効は「利水」といって体の水バランスを整えるイメージです。
 病態のベースに「水分布の偏在」があれば効くわけですね。
 西洋医学では「利尿剤」という薬があります。「利尿」と「利水」、言葉は似てますが意味することは違います。
 利尿は強制的に水分を体内から尿として排泄する作用、一方の利水は体の水分が過剰なときは尿で排泄し、不足しているときは尿量を減らして維持するという調節能力も含んでいるのです。
 ですから、嘔吐下痢でつらいときに利尿剤を投与すると脱水症が進んで大変なことになりますが、利水剤である五苓散を飲むと楽になるのです。
 不思議なくすりですね。

 さて、乳幼児の体は水分の比率が高いので「水毒・湿の状態であり五苓散が有効である」と読みました。
 でも乳児湿疹〜乳児アトピー性皮膚炎に五苓散を使うと書いてある本はあまり目にしたことがありません。
 ちょっと調べてみました。

皮膚科漢方10 処方 Part 2「五苓散」より
<ポイント>
・五苓散は水毒を治療する代表的な利水剤である。
・水の貯留(浮腫、胃内停水、関節腫脹、腹水)、水の排 泄異常(排尿障害、唾液過多、発汗過多)などに用いられる。
・メカニズムとしてアクアポリンに作用し、利尿ばかりではなく、水分代謝調節に働くと考えられている。
<使用時のポイント>
・五苓散は水分循環を改善し、無駄な水分を取り除くことから、中等度の体力 があって、喉が渇き、尿意の減少がある人の多汗症にも用いられる(むくみがあっても、汗が出ていて、水を飲んでも渇きがある場合)。
・五苓散は比較的速効性があり、応用として二日酔いにも用いられることがある。
◆実地臨床における応用例
・浮腫
・湿疹、汗疹、ストロフルス様発疹
◆現在までに得られているエビデンス・参考文献
●薬効薬理
1アルコール代謝改善作用
2利尿作用
3水チャンネルであるアクアポリン(AQP)のうちAQP4、 AQP5を抑制
●臨床効果
1上口唇の腫れ、顔・頭部の湿疹を改善
2汗疹やストロフルス様発疹が軽快
3伝染性軟属腫に薏苡仁湯と合方して有効


 応用例には「湿疹」とシンプルに書いてあるだけです。他には浮腫、汗疹とちょっと水っぽい病態が並んでいるので、湿疹の中でも水っぽいタイプに効きそうです。
 あ、この小冊子の解説を見つけました。

■ 『皮膚科漢方10処方 Part2』解説3より「五苓散」
 処方の目安となる症状 沢瀉・茯苓・蒼朮・猪苓で作られる四苓散に桂皮を足したものが五苓散になる。これらの生薬は、体の中の水分の代謝異常を正常な水分の巡りに戻す働きがあり、五苓散は総合水分代謝改善薬ともいわれる。シャープな利尿効果が得られるにもかかわらず、腎 能や電解質に影響を与 えないためフロセミドより使いやすいといわれる。五苓散を処方する場合には、以下の症状が 目安となる。
・汗がよく出る。
・咽が渇いて水分を飲んでしまうが、飲んでもなかなか渇きが癒えない。
・小便が出ない。
・熱っぽい・暑いなどの表現をする。

★ 五苓散の利水作用とアクアポリン
 近年、水チャネルの機能調節について熊本大学の礒濱洋一郎が,漢方薬についてのすばらしい解析をして一気に理解が深まった。アクアポリンは、細胞膜を介した水の移動を促進する水チャネルであり、ほ乳類では 13 種類の AQP アイソフォームが全身に分布して いる。漢方では利尿作用と呼ばず、利水作用と呼ぶが、利水作用には水分排出促進作用だけでなく、滋潤作用あるいは水分保持作用の両面がある
 礒濱らは、利水薬の代表である五苓散が AQP 類を介した水透過性を阻害することを in vitro の実験系により明らかにし、構成生薬の蒼朮などに含まれる金属イオンが重要であると報告した。滋潤効果をもつ麦門冬湯は AQP5 の活性低下を抑制するという。
 また、皮膚のケラチノサイト型の AQP3は TNF-αで発現が抑制され、ステロイドではこの系を回復できないが、十味敗毒湯や荊芥連翹湯、消風散に含まれる荊芥は AQP3 の発現を濃度依存的に増加させるという。面白いことに、水分代謝異常は炎症に伴う症状として生じる場合が多いので、アトピー性皮膚炎などではむくみがあって尿の出ない場合がある荊芥が入っている、ステロイドのように単純な乾燥を起こさないことが多く、荊芥に皮膚乾燥を予防する作用があると考えることができる。保湿効果が認められるのは、このような現象を意味していると思われる。また茯苓・沢瀉・猪苓などの生薬には微量元素が多く含まれる可能性があるので,これらが AQP の発現に関与している可能性がある。


 非常に興味深い情報です。現代科学がその解析能力で漢方薬の効果のメカニズムを解明した良い例ですね。五苓散の項目ですが、メインは“荊芥”?

 「皮膚科の漢方治療-アトピー性皮膚炎について」という対談(夏秋優Dr./小林裕美Dr.)では、五苓散はアトピー性皮膚炎の本治(いや標治もにらんだ本治?)として水滞を目標に使う薬として取りあげられています。



 水滞の具体的な症状は、
全身→ むくみ、体が重だるい感じ、発汗過多
頭部→ 頭重感、めまい、耳鳴り、立ちくらみ
胸部→ 胸水、水様性鼻汁・喀痰、咳嗽
腹部→ 腹水、胃内停水(胃がチャプチャプ)、腹重感、消化不良
関節→ 関節の炎症・痛み・こわばり

 診察所見では、
・舌診:歯痕 腫大 厚白苔
・腹診:心窩部振水音

 湿疹に水っぽさを感じ、上記症状・所見があれば五苓散ひとつでみんなよくなってしまうかも。

 五苓散に含まれる生薬の性質を列挙した表を見つけました。「漢方薬に親しむには」(黒川晃夫Dr.)より;


 これを眺めると、すべての生薬が「躁」つまり乾かす作用があるのですね。寒熱は一定せず、中間証と考えてよいでしょうか。

 次は秋葉先生の「活用自在の処方解説」より。

■ 17 五苓散
1.出典: 『傷寒論』、『金匱要略』
1 )脈浮、小便不利、微熱、消渇の証。(『傷寒論』太陽病中篇)
2 )中風、発熱し、解せずして煩し、表裏の証あり、水逆を発する証。(同上)
3 )霍乱(吐瀉病)、頭痛、発熱し、身疼痛し、熱多くして水を飲まんと欲する証。(霍乱病篇) 4)臍下に悸有り、涎沫を吐して癲眩(狂し、めまいす)し、水飲停蓄ある証。
(『金匱要略』 痰飲 嗽病篇)
2.腹候:腹力は中等度前後(2-4/5)。軽度の心下痞や胃内停水を認めることがある。
3.気血水:水と気が主体。
4.六病位:少陽病。
5.脈・舌:脈、浮、浮滑。舌苔は白滑、あるいは白膩。
6.口訣
●この方は、もと五味猪苓散と称す。後世之を省略し、五苓散と呼ぶに至れりという。(奥田謙藏)
●五苓散を多数例の頭痛に適用して効果を確認したが、慢性頭痛ということであれば症例を選ばず用いてよく、なかでも女性に効きが良いという印象である。(矢数道明)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:口渇、尿量減少するものの次の諸症:浮腫、ネフローゼ、二日酔、急性胃腸カタル、下痢、悪心、嘔吐、めまい、胃内停水、頭痛、尿毒症、暑気あたり、糖尿病。
b 漢方的適応病態:
1 )水湿の表証(太陽病蓄水証)。すなわち、悪風、微熱、尿量減少、口渇するが飲むとすぐに嘔吐するなどの症候。
2 )水湿による水様物の嘔吐あるいは浮腫あるいは水様の下痢などで、尿量減少、口渇を伴い、めまい感、腹部の動悸、身体が重いなどの症状がみられることがある。
★ より深い理解のために:
 本方は主として消化管や組織の余剰の水分を血中に引き込むことによって利尿し、同時に口渇、下痢、浮腫、留飲などを寛解するものである。したがって、脱水には用いるべきでない。 甘草や人参剤を用いて浮腫が出現する場合があるが、本方で速かに消褪す る。
8.構成生薬:沢瀉4、蒼朮3、茯苓3、猪苓3、桂皮1.5。(単位g)
9.TCM的解説:利水滲湿・通陽・解表(利水して体内の湿をさばき、温めて、表を発する)。
★ より深い理解のために
 五苓散は、「水湿による尿量減少・口渇に対する代表処方である。したがって、
1.脱水には禁忌。
2.明確な熱証を呈するものには適さない。
3.気虚、陽虚による痰飲には適切な配慮が必要である。
 ちなみに真武湯は、陽虚の下半身の水滞に用いるとされている。
11.本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )感冒・流感・急性腸カタル、消化不良・コレラ・コレラ様吐瀉・小児吐乳等で、発熱、下利、嘔吐、煩渇、尿利減少するもの。
2 )胃拡張・胃アトニー・胃下垂・留飲症・胃液分泌過多症、幽門狭窄等で口渇、嘔吐、胃部振水音、心下部がつかえ小便不利するもの。
3 )虚証の黄痘に使った例がある。
4 )糖尿病で煩渇小便不利するもの。
5 )腎炎・ネフローゼ・膀胱炎・尿毒症・尿閉・心臓不全等で、浮腫、小便不利、煩渇、或は発熱頭痛、脳症を伴うもの。
6 )てんかん・メニエール氏症候群・日射病・脳水腫等でめまい、昏倒、煩渇小便不利、腹動、口からあぶくを出す等があるもの。
7 )夜尿症で煩渇するもの、咳をすると小便が漏れるものに使つた例がある。
8 )結膜炎・角膜フリクテン・角膜潰瘍・斜視等の眼病で、羞明、充血、閃視飛蚊症等があり、煩渇、小便不利等のもの。
9 )禿頭・脱毛で肛門また陰部に瘡を生ずるもの、或は子宮出血後に起こったものに使った例がある。


 やはり湿疹・皮膚炎できませんでした。
 イメージは何となくつかめましたが、実際に処方できるかどうか自信がありません。
 赤ちゃんで診察の際、水毒の所見(歯痕舌、振水音)が気になったら選択するのもあり、でしょうか。
 しかし歯痕舌を乳児で観察したことはないなあ。

 とあきらめかけたときに次の記事を見つけました。
 第108回 日本皮膚科学会の教育講演「東洋医学・心身医療」から小林裕美先生のお話の抜粋を:

■ 湿疹・皮膚炎に対する漢方治療
〜基本は消風散だが個別に加減を。西洋医学と東洋医学の併用が必要
 湿疹・皮膚炎に対する基本方剤に消風散がある。
 消風散は消炎、止痒、利水、滋潤作用を有する生薬で構成されている。
 漢方の弁証では湿疹にみられる、
・紅斑、丘疹、小水疱、膿疱、結痂は熱と捉え、清熱剤を使用する。
・膿疱、結痂は毒で解毒剤、
・小水疱、湿潤は水滞で利水剤を、
・結痂、落屑は燥で滋潤剤、
・結痂、苔癬化は瘀血で駆瘀血剤、
・掻痒は風で祛風剤を用いる。
 湿疹の病理組織にある表皮内水疱や表皮細胞間浮腫は水滞の状態であり、これにはエキス製剤としては 五苓散(TJ-17)を基本とする利水剤を用いる。ただ、湿疹には炎症反応もあるため、利水剤のみでは治癒しない。ステロイド外用を併用し、なお軽度の炎症と水滞が残る湿疹には抗炎症作用と利水作用を有する越婢加朮湯(TJ-28)や猪苓湯(TJ-40)などが有効である。 ステロイド外用薬を併用しない場合の皮疹に対する方剤選択目標は、抗炎症、利水、止痒、駆瘀血となる。


 すごく単純化していてわかりやすい解説です。とくに「湿疹の病理組織にある表皮内水疱や表皮細胞間浮腫は水滞の状態であり、これにはエキス製剤としては 五苓散(TJ-17)を基本とする利水剤を用いる。ただ、湿疹には炎症反応もあるため、利水剤のみでは治癒しない。」とは私が求めていた答え。
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小児アトピー性皮膚炎に「甘麦大棗湯」(72)は有効か?

2017年10月07日 08時16分33秒 | 漢方
 甘麦大棗湯は赤ちゃんの「夜泣きの漢方」として有名です。
 私は夜泣きの相談を受けたときに、「怒りんぼ系なら抑肝散、泣き虫系なら甘麦大棗湯が合いますよ」と説明して使い分けています。

 皮膚科医の大竹先生は、この甘麦大棗湯を乳児アトピー性皮膚炎の本治として使用すると書かれています。

 「癇症で眠りにつきにくく、常にイライラして泣き叫ぶような際は、甘麦大棗湯・抑肝散・抑肝散加陳皮半夏などを用いて心を落ち着かせることが治療を進める上で重要となる。」

 確かに、「乳児アトピー性皮膚炎で痒くてぐずって眠れない時に甘麦大棗湯を使用すると眠れて掻き壊しが減る」とセミナー聞いたことがあります。
 他に資料がないか探してみました。

 結論として、甘麦大棗湯を乳児アトピー性皮膚炎に適用するという記事・報告はほとんど見つけられませんでした。
 唯一、心因性皮膚疾患に甘麦大棗湯を使い、その適応は「精神的に不安定で極度の神経過敏状態にあり,泣き笑い,シクシク涙を流すなどの感情障害や,痙攣を伴う精神状態で不眠を伴う場合」と、皮膚所見は関係ないようです。
 まとめると、赤ちゃんの元々の性格やかゆいことによるぐずり方の様子を観察して、気持ちを落ち着かせることにより掻き壊しを減らして「itch-scratch cycle」を断ち切る手助けをする、と理解しました。

 では資料とそれを読んだ感想を書き留めておきます。
 まずは「現代人は思いのほか虚している、冷えている」が持論の井上淳子先生の文章から。
 甘麦大棗湯の使い方のコツ;

・上手く泣かせることで、積もり積もった悲しみを解消に導く処方。泣いてわめき散らす人によい。
・ギャーギャーとヒステリックに泣くのではなく、ヒイヒイと悲しそうに泣く子どもの夜泣きにも使用する。

 適応疾患に「アレルギー性鼻炎・花粉症・アトピー性皮膚炎」とあります。出典の記載はありませんが「甘麦大棗湯は皮膚や粘膜の過敏性を鎮める効果もある」とも記されていました。すると「湿疹が痒くて夜間グズる(悲しそうな夜泣き)赤ちゃん」にいいのかもしれません。

■ 現代人のための処方解説「甘麦大棗湯」
井上淳子Dr.:井上内科クリニック
・成書の記載は「神経の興奮のはなはだしいものを鎮静させ、また諸痙攣症状を緩解させるときに用いる」。
・「甘麦大棗湯は、甘草・大棗・小麦からなる。この 3味の薬はすべて穏やかな薬味と考えられているが、実際の臨床で用いてみると、本当に穏やかな薬理作用を有しているのだろうかと、考えこんでしまう。それは、本当に悲しんでいる人に使うと脱力してしまうからである。こうした状態の人には、帰脾湯などを使わなければならない。気落ちによる悲しみと、怒りに近い泣き喚きがあるが、甘麦大棗湯の使用目標は後者であるということを認識しておかなければならない。すなわち、凶暴刺激を排除する瀉剤であるということである。したがって、ヒステリー発作を起こす、凶暴性がある、泣いて喚き散らすことが本来の適応証である。 その薬理作用は上手く泣かせることによって、またはあくびをさせることによって、邪気を外に排出し、それが脳を刺激して凶暴性の悪循環を起こすのを防ぐ薬方であることを知っておかなければならない。」( 伊藤康雄先生:杏林ワコー薬局・名古屋市)
・原典の『金匱要略』婦人雑病門には、「婦人臓躁、喜悲傷し、哭せんと欲し、象神霊の作す所のごとく、数欠伸するは、甘麦大棗湯これを主る」と記されています。つまり婦人が臓躁を病み、悲傷して泣き喚き、まるで何かにつかれたように見え、たびたびあくびをするということです。甘麦大棗湯は、いわゆるヒステリーに用いる処方です。





甘麦大棗湯が皮膚や粘膜の過敏性を鎮める効果もあることを知り、10年ほど前より、心気虚に陥った人のアトピー性皮膚炎や花粉症による皮膚や眼・鼻の痒み、肌荒れ、ニキビなどにも甘麦大棗湯を使用しています。
・子どもの夜泣きでギャーギャーとヒステリックに泣き叫ぶものには抑肝散、ヒイヒイと悲しそうに泣くものには甘麦大棗湯。


 次はイラストレーターという別の顔を持つ長野県の小児科医:池野一秀先生の文章。
 いろいろな疾患に使用し有効例を紹介していますが、「キツネ憑きに効く」との原典の説明には驚きました。さらに「お嬢様、甘いものが好き、人間離れした泣き声・叫び声」がキーワードと記しています。なんだか、単なる夜泣きの薬という雰囲気ではなくなってきました。

■ 子どものカラダとこころを癒やす漢方薬②「甘麦大棗湯」
漢方と診療 Vol.3 No.2 2012.06
(池野 一秀:長野松代総合病院小児科)
・有効経験例:憤怒けいれん、突発性発疹解熱時の啼泣、チック、円形脱毛症、過呼吸、キツネ憑き
・甘麦大棗湯の出典は,『金匱要略』(婦人雑病篇)にしばしばあり,「甘麦大棗湯:婦人臓躁(ヒステリー),喜悲傷かたちして哭せんと欲し,象神霊の作す所の如く、しばしば欠伸す」と書かれています。つまり、「女性がヒステリー発作を起こして泣き叫び、キツネや悪霊に取り憑かれたような姿形を示し、(夜眠らずに)よく欠伸をする」といった意味かと思います。「喜悲傷して」の部分は、「笑ったり泣いたりして」とも取れます。「象 (かたち)神霊の作す所の如く」は、まさしくキツネ憑き、悪霊憑きの状態でしょう。こうした症例には、昔の西洋ならエクソシスト、日本では高僧の御祈禱、医師の甘麦大棗湯が活用されたに違いありません。
・私が個人的に考える甘麦大棗湯の典型例は、
1.お嬢様
2.甘いものが好き
3.人間離れした泣き声・叫び声
が特徴です。こうした女の子が、普段とは全く違う異常行動をとり、夜行性で眠らなくなったときが甘麦大棗湯の出番です。
・中川良隆先生の共鳴理論;
「甘麦大棗湯は不思議な薬である。食品でもある甘草・小麦・大 棗が “ 心 ” に語りかける」「例えばモーツアルトの音楽で気持ちが晴れる時、それを “ 魂にひびくものがあっ た ” と表現するが、それと同類の機序ではなかろうか」
・相見三郎先生;「本方で統合失調症の幻想・幻聴が治るのは、精神神経系統以外の霊的領域の過敏状態が常態に復帰するものの如くである」


 あれ? アトピー性皮膚炎という単語は一度も出てきませんでしたね。
 次は、「チャート式皮膚疾患の漢方治療」の「心因性皮膚疾患」(黒川晃夫Dr.:大阪医科大学皮膚科)から。
 まず、「心因性皮膚疾患」という単語にはじめて出会い、興味津々で読み進めました。アトピー性皮膚炎もしっかりこの範疇に入るのですね。各方剤のエビデンスも記載されています。

■ 心因性皮膚疾患
・アトピー性皮膚炎・蕁麻疹・円形脱毛症・帯状疱疹 後神経痛をはじめとする皮膚疾患は,イライラ・神経 過敏・不安・気力低下・動悸・不眠などさまざまな精神症状を合併しやすい。精神症状はしばしば皮膚疾患の要因,もしくは増悪因子となり,皮膚症状の悪化は さらなる精神症状の悪化を引き起こしかねない。皮膚疾患に伴う精神症状には 多くの漢方方剤が適応となる。



①非周期的に出現する精神症状
抑肝散)爆発性 の怒り,興奮しやすい状態にはよい適応である。アトピー性皮膚炎・ 蕁麻疹・帯状疱疹後神経痛などが適応となる。
黄連解毒湯)赤ら顔で,のぼせやイライラする傾向があり,皮膚の発赤を伴うが皮膚の乾燥はみられない場合にはよい適応である。アトピー性皮膚炎・湿疹・蕁麻疹・尋常性乾癬・酒皶など。
温清飲)精神症状は黄連解毒湯を用いる場合より軽く,皮膚の乾燥と軽度の発赤を伴う皮膚症状がみられる場合によい適応となる。 アトピー性皮膚 炎・湿疹・皮膚瘙痒症・尋常性乾癬など。
甘麦大棗湯)マウスでの予測不能な慢性緩和ストレスによるうつ的行動の予防効果,あくび行動抑制作用などが報告されている。精神的に不安定で極度の神経過敏状態にあり,泣き笑い,シクシク涙を流すなどの感情障害や,痙攣を伴う精神状態で不眠を伴う場合にはよい適応である。適応となる主な心因性皮膚疾患には,アトピー性皮膚炎・乳児湿疹・帯状疱疹後神経痛などがあげられる。
柴胡加竜骨牡蛎湯)柴胡加竜骨牡蛎湯は,慢性ストレスによる不安に対する予防効果,興奮抑制作用などが報告されている。神経が高ぶり,イライラしがちで動悸がし,不眠を伴う場合にはよい適応である。アトピー性皮膚炎・多汗症・円形脱毛症など。
桂枝加龍骨牡蛎湯)抗不安作用,抗うつ作用などが報告されている。神経衰弱による精神不安がみ られ,悪夢を見やすく不眠を伴う場合にはよい適応である。円形脱毛症など。
半夏厚朴湯)気の停滞による精神症状,例えば喉の違和感を伴う精神不安や自分の症状を詳細にメモ書きする,いわゆる「メモの証」がみられ,嗄れ声や不眠を伴う場合にはよい適応である。アトピー性皮膚炎・蕁麻疹など。

②周期的に出現する精神症状
 月経時に周期的に出現・増強する精神症状を目標に,加味逍遙散・桃核承気湯を用いる。

③気力の低下による精神症状
 気力の低下による症状を目標に,補中益気湯・十全大補湯を用いる。
補中益気湯)元気がなく疲労倦怠感や食欲不振などがみられるも,全身状態は比較的良好な場合にはよい 適応である。アトピー性皮膚炎・蕁麻疹・褥瘡・円形脱毛症など。
十全大補湯)心身ともに衰弱し,高度の疲労倦怠感や食欲不振などが認 められ,末梢循環障害や末端の冷え,皮膚の乾燥を伴う場合にはよい適応となる。アトピー性皮膚炎・蕁麻疹・褥瘡・円形脱毛症など。


図 1 の縦軸は精神状態,横軸は時間軸を示す。 横軸を境界に,上にいけばいくほど感情の高ぶりが著 しく,下にいけばいくほど気力の低下や精神衰弱が顕著であることを表している。

抑肝散)感情の起伏 (=波)が大きく急激である。
黄連解毒湯・温清飲)波は抑肝散より小さく,感情の高ぶりは黄連解毒湯に比べ温清飲の方が軽度である。
甘麦大棗湯)精神的に不安定で極度の神経過敏状態にあり,波は横軸の上下にまたがり非常に大きな振れ幅を示す。
柴胡加竜骨牡蛎湯)神経の高ぶりを呈し、
桂枝加竜骨牡蛎湯)精神衰弱を呈する。ともに精神的に不安定で波は比較的大きく急激であるが,甘麦大棗湯ほど激しくはない。
半夏厚朴湯)精神不安がみられるが,気が停滞した状態で,波は小さく緩徐である。
加味逍遙散・桃核承気湯)精神症状が月経時に増強する。大きな波の振れ幅は桃核承気湯の方が大きく,大きな波の最大振れ幅と最小振れ幅との差は加味逍遙散の方が大きい。
補中益気湯・十全大補湯)ともに気力が低下した状態で波はほとんどない。気力の低下は十全大補湯の方が補中益気湯より高度である。


 紹介されている漢方方剤の「精神症状のイメージ・グラフ」は斬新ですね。
 黒川先生自身も「イメージ図を書き終えた後,いくつかの方剤が癲癇発作の脳波に似ていることに気づき,我ながらちょっとした感動を覚えた。」と記されています。
 是非、参考にさせていただきます。

 次は「臨床医のための漢方Q&A」の杵渕彰先生「甘麦大棗湯の使い方」から。

甘麦大棗湯の使い方
Q. 甘麦大棗湯という処方があることは知っており、ヒステリーのような症状で使うと書いてありますが、現在ではどのように使うのでしょうか? 使う目安や、対象となる疾患について教えてくだ さい。
A. ご質問のように現在の使い方は、原典にあるような昔のヒステリーの使い方とは違っておりますので、判りにくいかも知れません。しかし、現在でも非常に有用な処方ですし、昔よりも使い方の範囲は拡がっていると言えると思います。
1)原典では
『金匱要略』の婦人雑病篇が原典で、半夏厚朴湯の次に記載されております。「婦人の蔵躁、 喜(しばし)ば悲傷し、哭せんと欲し、象(かたち)神霊の作すところの如し。数(しばし)ば 欠伸するは、甘麦大棗湯之を主る。」という条文です。 蔵躁は、臓は心臓であり、精神的なものの中心にある臓器が躁擾状態にあり、落ち着かない状態と解釈されてきております。精神が感情をコントロールできず、神霊が憑依したように見える癲狂病(精神科疾患)であるとされます。欠伸は、欠だけでもあくびの意味ですが、現在でも使われているように、疲れて出るあくびと考えて良いと考えられます。
2)中国と本邦の先人の使い方
 中国での使い方は、原典の記載が殆どそのまま記載されているものが多く、症例の呈示は非常に少ないものです。『本事方』に「郷里に一婦人あり、数(しばし)ば欠し、故無く、悲しみ、 泣くこと止まず。」という症例で、祈祷が効かず、甘麦大棗湯で治ったという例が繰り返し取り上げられております。
 また小麦について、現代では薬効の検討はされていないように思いますが、古い時代では、心を養うという薬効があるとされております。
 本邦では、症例の報告も多く、使われる範囲も大分拡がっております。江戸時代中期の有持桂里は、子供の夜啼き・驚きやすい状態、不眠、抑うつ状態、発作的に笑い続ける者などに用いると述べております。
 腹証では、稲葉文礼の『腹証奇覧』では、腹部全体が腹皮攣急して、按じても内実していないものに用いるとあり、浅田宗伯は『勿誤藥室方函口訣』で「右腋下、臍傍の辺に拘攣や結塊のある処へ用いると効あるもの也。」と述べておりますが、現在では、この処方に関してはあまり腹証に拘らなくとも使えるものであると思います。 津田玄仙の『百方口訣集』には、「狂気の起きる前に、故もなく悲しくなって涙をながすこともあるなり。是れを蔵躁悲哭の症などと心得違いして甘麦大棗湯などを用いて、狂気の療治に手遅れになることもあるものである。是れも亦心得るべきの一つである。」と戒めが記載されております。
 この処方で、有名な医師に今泉玄祐という人がいます。『療治夜話』では精神科疾患と考えられる症例が多数記載されており、その殆どの例に甘麦大棗湯を用いております。むしろこの先生の治療は移精変気という精神療法を用いたもので、薬物は補助的な役割だったものと考えらま す。
 現在では、大塚敬節先生が、有持桂里とほぼ同じような対象に用いると述べられております が、更に咽喉頭異物感、てんかんなどにも使うことが記載されております。この使い方が一般的であろうと考えますが、てんかんについては、私は一例も良い例を持っておりません。また、 甘草が急激な症状を緩和させるのに用いられることから、発作的に起きる症状に用いることも多くなっております。 私が現在使っている対象は、パニック障害の方の頓用、乳幼児の不眠・夜泣き、大人でも眠れないことで焦りじっとしていられない場合、咽喉頭異物感で半夏厚朴湯が無効な例です。『療治夜話』などを読むともっと幅広く使えるのではないかと思いますが、私はまだ経験が浅く拡がっていかない状態です。


 子供の夜泣きに使われるようになったのは江戸時代からのようですね。
 いろいろ対象疾患がありすぎて頭の中で整理できません。
 次は浅岡俊之先生の生薬解説「大棗と処方」から。

■ 大棗と処方
(原理から理解する漢方治療 ⑪)
1)クロウメモドキ科ナツメの果実
2)神農本草経: 『心腹の邪気を主る。中を安んじ脾を養い,少気,少津,身中の不足,大驚,四肢の重きを補し,百薬を和す』
*少津:体液不足のこと
3)主治:『精神不安』『脾虚』『体液不足』
4)薬性:補,潤
5)守備範囲:裏
6)ポイント:
 大棗は傷寒論の40方,金匱要略の43方に配合される頻用生薬です。上記のような主治をもちますが,脾胃を守ることを目的とし,いわゆる胃薬として用いられる場合には生姜,甘草と併用されることが多く,この<生姜・大棗・甘草>の組合せは様々な処方で成立しています。


 次は西本 隆先生(西本クリニック)による「新しい時代の証を考える20」から。
 序文に漢方を学ぶ方法として「個々の生薬の働きを学び,処方の生薬構成を 見たときにそれらが全体としてどのような働きをするかをイメージできるようにすること」と述べられているのが印象的でした。

■ 「こころの症状に対する漢方処方〜甘麦大棗湯を中心に〜」
甘麦大棗湯の条文と構成生薬
甘麦大棗湯の原典は『金匱要略』婦人雑病篇である。
「婦人臓躁,喜(しばし)ば悲傷して哭せんと欲し,象神霊の
しばしば 作す所の如く, 数(しばしば)欠伸す。」
甘草三両(5) 小麦一升(20) 大棗十枚(6)
※ ( )内はツムラ医療用漢方製剤の生薬量。
条文の解釈
・臓躁:躁とは「足をジタバタ動かして落ち着きのない様子」とあり,「臓」に関しては,①五臓,②子宮, ③心,④肺,⑤心と肝,⑥一定の臓器ではない,など,多くの説があるようである 。また,「臓躁」を 1つの証候名としてとらえるという説もある。
・喜悲傷して哭せんと欲し:「喜」は「しばしば」と 読むことが多い。金子は「理由もなく悲しみに打ちひしがれ」と訳している。
・象神霊の作す所の如く:ものにとり憑かれたよう に。
・数欠伸す:しばしばあくびをする。
構成生薬
・小麦:小麦は世界で最も多く生産される穀物であり,紀元前7000年頃から栽培が始まったとされる。 食用として日常頻用する小麦であるが,『名医別録』では「客熱を除き,煩渇咽燥を止め,小便を利し,肝気を養う」とあり,『千金要方』食治では「心気を養い,心病はこれを食するが宜し」とある。教科書的には,「心神を養い安定させる」作用をもつと記載されている。水でとぐと浮き上がる未成熟なものを特に「浮小麦」といい,止汗作用にすぐれているといわれるが,検証は定かではない。
・甘草:甘草の働きに関して,黄煌は『張仲景50味薬 証論』のなかで,
①単味の甘草は「咽痛」を主治する。
②復方は「気液不足の諸証」を主治する。
③「雑病の躁・急・痛・逆」といった諸証を主治する。
④麻黄・石膏・竜骨などに配合する。
と述べており,甘麦大棗湯での甘草は②③に相当す る。
・大棗:『神農本草経』では「中を安んじ脾を養い,十二経を助け,胃気を平らにし,九竅を通じ,少気,少津,身中の不足,大驚,四肢の重きを補し百薬を和す」とあり,『実践漢薬学』には「甘草に比べ補脾作用と養血作用にすぐれるが,緩急止痛は弱く瀉火解毒・潤肺作用はない」と書かれている。
甘麦大棗湯の適応症状〜過去の報告より
①甘麦大棗湯の母子同服により母親の不安症状と7歳 女児の夜尿・喘息が改善した。
②いじめによる登校拒否の7歳女児に対して「あくびをしきりにする」ことを目標に甘麦大棗湯を投与し たところ登校可能になった。
③膀胱炎治療後も排尿後に下腹部の痛みを感じてイラ イラすると訴える34歳女性 。
④仕事のストレスが強く倦怠感・無気力・動悸・不安 があり,夜間,目が覚めると自分がどこにいるのか、隣に寝ている夫が誰なのかわからなくなることが頻 繁に起きる(夜間自我喪失)と訴える36歳女性 。
⑤高齢の寝たきり老人で独語,夜間不穏興奮症状が続いた3例 。
⑥小児の憤怒痙攣 8 例 。
⑦小児の「夜泣き」「寝ぼけ」24例 。
以上から,甘麦大棗湯は,不安・無気力・イライラ・不眠・不穏・興奮・夜驚・夜泣きなどの精神症状 と,これらに付随する,あくび・動悸・疼痛・痙攣などの諸症状に適応があることがわかる。
甘麦大棗湯の証
それでは,漢方的に甘麦大棗湯の適応証をどのよう に考えたらよいのだろうか。中医学の成書には,甘麦大棗湯 の効能は「養心安神・和中緩急」とある 。 しかし,上述した諸症状をみると,それらは必ずしも「心」の病証だけではなく,肝・肺・脾・腎など,他の臓腑の関与もありうる症状である。


 過去の報告を列挙していますが、ここにはアトピー性皮膚炎の病名はありませんね。
 やはり標治ではなく本治として患者さんの性格や精神状態を評価して用いる方剤であることがわかりました。

 締めは秋葉先生の「活用自在の処方解説」より

■ 72 甘麦大棗湯
3.気血水:気が主体の気血水。
4.六病位:少陽病。
5. 脈・舌:舌質は淡白、脈細。
6.口訣
●小児啼泣止まざる者に用いて速効あり。(浅田宗伯)
●(虚弱な小児や婦人)神経過敏で厭世的傾向があったり、他愛なく喜んだりするもの。(『現代漢方治療の指針』)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態
効能または効果:夜泣き、ひきつけ。
b 漢方的適応病態:臓躁。すなわち、不安感、悲哀感、驚きやすい、寝つきが悪い、眠りが浅 い、頭がボーッとするなどの心血虚の症候に、食が細い、あくびがよく出 るなどの脾虚の症候を伴うもの。甚だしければけいれん、意識喪失を来す。
※ 臓躁とは、ヒステリー様の症候をいうが、心血虚と 脾虚の軽度のものと考えられ、軽い栄養不良に伴う脳の抑制過程と興奮過程の失調状態と推察する。
8.構成生薬:大棗6、甘草5、小麦20。(単位g)
9. TCM(Traditional Chinese Medicine)的解説:心安神・健脾緩中。
11.本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )ヒステリー・泣き中風・笑止まざるもの・夢遊病・小舞踏病・チック病・てんかん・憂鬱病・狂躁病等で、不随意運動、無意識夢中の運動、欠伸などし、或は泣き悲しみ、或は笑うなどの精神症状があるもの。
2 )小児の夜啼きで、泣くが如く長啼きをするもの。
3 )胃アトニー・内臓無力、或は下垂・飢餓感が強いもの等で、疲れやすく欠伸の出るもの。
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検証:乳児アトピー性皮膚炎に対する漢方治療(その2)

2017年10月07日 06時54分06秒 | 漢方
 資料を探しても“小児”アトピー性皮膚炎についての記述は少ないのですが、前項の他にもう一つ見つけました。

■ チャート式皮膚疾患の漢方治療第9回「乳児湿疹(乳児アトピー性皮膚炎)」(「 漢方と診療」Vol.6 No.3, 2015:大竹直樹:海岸通り皮ふ科)

 大竹先生は伝説の漢方皮膚科医、二宮文乃先生の薫陶を受けた方です。
 二宮文乃先生はステロイド軟膏を使わずに漢方だけでアトピー性皮膚炎を治療してしまう達人として知られています。
 私も数回講演を聴いたことがあるのですが、話が速くてついて行けずその度に消化不良を起こしてしまい、なかなかそのエッセンスを吸収できないでいます。
 大竹先生の記述は二宮先生の診療の影響を多分に受けているはずなので、是非参考にしたいところ。

 さて、乳児アトピー性皮膚炎に用いる代表的漢方処方薬一覧表が提示されています。



 ここで気づいたことですが、前項の西村先生が使う漢方薬と共通する方剤が少ないこと。
 6つのうち治頭瘡一方と消風散の2つのみです。
 他は五苓散、人参湯、小建中湯、甘麦大棗湯と皮膚疾患に使うイメージが湧きにくい方剤群。
 逆に言うと、ここにヒントが隠されているのかもしれません。

 これらの薬をどのように使い分けるのでしょうか。
 ちゃんとフローチャートが用意されていました。



 標治と本治に分け、治療開始時は本治薬に標治薬を併用するという考え方には大いに頷けます。
 はじめに皮疹改善を目標にした標治薬と体質改善を目標にした本治薬を併用し、よくなったら標治薬をやめていくというステップダウン法。
 前項の西村先生は、本治薬から開始し改善が今ひとつなら標治薬を追加していくステップアップ法でしたから、逆のパターンです。

 おそらく、私が二宮〜大竹先生の域になかなか到達できないのは「本治」を軽視しているからだと思います。
 どうしても皮膚症状から離れられなくて、皮膚に効く生薬入りの方剤を優先しがち。
 しかし、「処方の選択に迷ったら、まず症状を忘れて患者さんの“証”を再評価すべし」とはセミナーでよく聞く言葉です。
 そのような視点から、私がポイントと感じた箇所を抜粋させていただきます。

【五苓散】
 乳児は体重の70%以上が水分であり(老人は50〜55%)、この水分の多さが乳児湿疹の特徴でもあり、その治療は水毒・湿のコントロールを第一とする。
 顔面・頭部の脂漏性湿疹様の場合は五苓散を用いる。
 軟便・下痢傾向の場合はなおよい。
 その後頚部→ 体幹→ 四肢へ湿疹が拡大すると小紅斑・紅色小丘疹が主となる。散在する紅色小丘疹を主とする場合は五苓散を用いる。五苓散の適応症状で、より炎症が強い場合は茵蔯五苓散がよい。

【治頭瘡一方】
 頭部・顔面で分泌物が多く、びらんを伴う湿疹に用いる。便秘傾向ならなおよい。

【人参湯】
 よだれが多いと口周囲・頬部から頚部にかけて「よだれ皮膚炎」といわれる乳児特有の湿疹病変を生じる。よだれは胃腸(脾胃)の冷えによることが多いため、人参湯を用いるとよだれの減少とともに湿疹が軽快する。
 人参湯で処方を開始した場合は、よだれが減少し、口囲・頚部の皮疹が軽快してきたら、小建中湯・黄耆建中湯に転方したほうがよい。人参湯の長期投与により元来、熱証である乳児の体が温まりすぎてしまう。

【消風散】
 頭部・顔面から始まった湿疹はやがて頚部→ 体幹→ 四肢へ拡大し、小紅斑・紅色小丘疹が主となる。全身に湿疹が拡大した場合は、分泌物と赤みが強く出る。夏に増悪傾向のある紅斑に対しては消風散を用いる。

【甘麦大棗湯】
 顔面・頚部に重度の皮膚炎があると神経質・癇症となるため、まず顔面や露出部位の皮膚炎を改善させることが大切である。また、癇症で眠りにつきにくく、常にイライラして泣き叫ぶような際は、甘麦大棗湯・抑肝散・抑肝散加陳皮半夏などを用いて心を落ち着かせる。
 小児癇症や夜泣きなどの精神神経症状がおさまれば終了とする。

★ 使用の実際:併用、投与期間など
・標治を目的として処方する治頭瘡一方・消風散・五苓散は、目標とする皮疹が軽快したら投薬を終了する。この3剤は必要以上に長期にわたり投薬を継続すると、皮膚の乾燥傾向が強くなり皮疹の悪化を招くことがある。
・本治を目的として処方する人参湯・小建中湯・黄耆建中湯・甘麦大棗湯は、治療開始時は標治の処方と併用して用いることが多い。
・再燃を繰り返す乳児湿疹や乳児アトピー性皮膚炎では、小建中湯・黄耆建中湯は皮疹が改善して標治の処方を終了した後もしばらく継続し、食欲が改善して皮疹の再燃が亡くなれば終了とする。

★ 大竹先生が二宮先生から学んだこと
① 胃腸虚弱や癇症を主とした体質改善(本治)の大切さ
② できる限り早期に本治を開始することの大切さ
③ 乳児は治療展開が速いため適宜標治薬を変更する
④ 乳児湿疹や乳児アトピー性皮膚炎は成人型アトピー性皮膚炎ほど複雑でないため比較的治療がスムーズにいく


フムフム・・・①②③に集約されそう。
さて、まだ扱っていなかった各方剤(五苓散、甘麦大棗湯、人参湯)とアトピー性皮膚炎への適用については、以降の項目で探求していきます。

小児アトピー性皮膚炎の「甘麦大棗湯」(72)は有効か?
小児アトピー性皮膚炎に「五苓散」(17)は有効か?
小児アトピー性皮膚炎に「人参湯」(32)は有効か?

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検証:乳児アトピー性皮膚炎に対する漢方治療(その1)

2017年10月05日 07時13分40秒 | 漢方
 私は診療で「臨床漢方小児科学」(西村甲著、南山堂)のフローチャートを参考にさせていただいています。
 乳児(0〜2歳)アトピー性皮膚炎では、

第一選択:黄耆建中湯
第二選択:黄耆建中湯+十味敗毒湯
第三選択:黄耆建中湯+治頭瘡一方 or 黄耆建中湯+消風散

※ 皮疹が上半身に強いときは治頭瘡一方を、上半身に強くないときは消風散を選択

となっています。
しかし、このように処方してもなかなか手応えがありません。
そこで、上記漢方方剤について調べてその特徴を把握し、どのような考えでフローチャートが作られているのか自分なりに検証してみることにしました。
各方剤については以前のブログをご参照ください;

□ 「小児アトピー性皮膚炎に「黄耆建中湯」(98)は有効か?
□ 「小児アトピー性皮膚炎に「十味敗毒湯」(6)は有効か?
□ 「小児アトピー性皮膚炎に「消風散」(22)は有効か?
□ 「乳児の顔面湿疹に「治頭瘡一方」(59)は有効か?

私が調べた範囲で上記方剤の特徴を一覧表にまとめてみました;


※ より大きく見たい方はこちらをクリック;

病邪(風熱湿)は中医学の概念です。
中医学理論を単純化すると、

1.気・血・津液・精
2.臓腑(五臓六腑)
3.病因
①内因
②病邪(外因と病的産物の総称)
・外因:六淫・・・風・寒・暑・湿・燥・熱(火)
・病的産物:気滞、血瘀、痰飲

となりますが、病因→ 病邪→ 外因と辿ると六淫にたどり着きます。
「風・熱・湿」はアトピー性皮膚炎の急性期/増悪期の病態を適切に表現していると思われるので評価に入れました。簡単に言うと「風邪(カゼではなくフウジャと読みます)≒かゆみ」「湿邪≒ジクジク」「熱邪≒発赤」でしょうか。
ちょっと気になるのが「乾燥肌」の扱いです。
六淫の中に「燥」という項目があるのですが、アトピー性皮膚炎の乾燥肌の原因を外因の「燥」でなく、「血虚」(人体の構成物である血が足りない)で表現しているのです。
つまり、
・湿疹のジクジクは外因である「湿」由来
・湿疹のカサカサは人体の「血」が足りない状態
という考えです。不思議ですね。
ただ、これらの概念が治療に直結し、それが有効であるからさらに不思議です。

以下に各方剤の生薬構成と対象とする病態(証)を列記します。いくつも専門用語が並んで面食らいますが、日本漢方はこの多層構造による病態把握が特徴なので仕方ありません。
なお、TCMとは Traditional Chinese Medicine の略です。

黄耆建中湯】(98)
(芍薬6.0;黄耆4.0;桂枝・甘草・大棗・生姜各3.0;膠飴20.0)
八綱分類:裏寒虚証 
病邪(風熱湿):ー
気血水:気虚、血虚
TCM:補気固表、緩急止痛、温中補虚

十味敗毒湯】(6)
(柴胡・桔梗・川芎・防風・茯苓・樸樕・生姜各3.0;独活・荊芥・甘草各2.0)
八綱分類:表○実証 ・・・寒熱は「寒」と書いてあるものと「熱」と書いてあるものがありましたので中間?
病邪(風熱湿):風・湿・寒
気血水:水毒/水滞
TCM:祛風化湿、清熱解毒

治頭瘡一方】(59)
(連翹・朮各4.0;防風・川芎各3.0;忍冬・紅花・荊芥各2.0;甘草1.5;大黄1.0)
八綱分類:表熱実証 
病邪(風熱湿):風・湿・熱
気血水:瘀血
TCM:祛風、清熱解毒、活血化湿

消風散】(22)
(石膏5.0;当帰・地黄・朮・木通各3.0;防風・牛蒡子各2.0;知母・胡麻・甘草各1.5;蝉退・苦参・荊芥各1.0)
八綱分類:表熱実証 
病邪(風熱湿):風・熱・湿
気血水:血虚、水毒
TCM:祛風、清熱化湿、養血潤燥

各項目でフローチャートの流れを見ると・・・

【八綱分類】
 裏寒虚証 →  裏寒虚証+表○実証 →  裏寒虚証+表熱実証
(黄耆建中湯)    (十味敗毒湯)    (治頭瘡一方/消風散)


乳児アトピー性皮膚炎患者の基本を「裏寒虚証」(体の内部が冷えて弱っている状態)と考え、それを補っても回復が少ない場合は体表近くの病変をターゲットにした方剤を追加(順番は寒熱中間→ 熱証)という考え方です。
乾燥肌〜軽度の湿疹として治療開始し、効きが悪ければ徐々にひどい湿疹をターゲットにした方剤へ変更、つまりステップアップし治療を強めていく方法ですね。

しかし現場で毎日診療している私にとって、このフローチャートは少し違和感があります。
乳児アトピー性皮膚炎の始まりは顔面頭部であり、赤くて乾いてときに浸出液を認めることが普通です。
なので、乳児早期には治頭瘡一方を選択した方が効果が期待できるのではないかと思います。治頭瘡一方は古くから「胎毒を下す」(乳児早期の湿疹用)とされてきた方剤です。
それで効果があれば廃薬に持って行き、その過程で「この赤ちゃんのベースには裏寒虚証があり長期戦になりそう」と判断すれば黄耆建中湯を併用開始するのがよいかと。
 それから、十味敗毒湯と治頭瘡一方/消風散の違いは「寒熱中間」と「熱証」です。
 本来は赤みが目立たない皮疹中心なら十味敗毒湯を選択し、赤みが目立つ場合は治頭瘡一方/消風散を選択すべきであり、フローチャートの順番では使いこなせないと思います。

【八綱分類】(武井案)
 虚証+寒証 → 黄耆建中湯
 実証+寒証 → 十味敗毒湯
 実証+熱証 → 治頭瘡一方/消風散



【六淫・六気】
  なし   →  風・湿・寒 →  風・湿・熱
(黄耆建中湯) (十味敗毒湯) (治頭瘡一方)or(消風散)


 黄耆建中湯は外邪についての記載が見当たりませんでした。
 十味敗毒湯と治頭瘡一方/消風散の違いは寒熱で、十味敗毒湯は寒(〜寒熱中間?)、治頭瘡一方/消風散は熱。
 これもフローチャートとしては不思議で、ターゲットが寒の湿疹(赤みが乏しい)→ 熱の湿疹(赤みが強い)となっていますが、赤いか赤くないかは一見して明瞭ですから、それに応じて方剤を選択すればよいのではないかと思います。

【六淫】(武井案)
 黄耆建中湯 → 赤みのない皮疹 → + 十味敗毒湯
         赤みのある皮疹 → + 治頭瘡一方/消風散



【気血水】
 気虚・血虚(黄耆建中湯)
  ↓ 
 気虚・血虚(黄耆建中湯)+水毒(十味敗毒湯)
  ↓ 
 気虚・血虚(黄耆建中湯)+瘀血(治頭瘡一方)
  あるいは
 気虚・血虚(黄耆建中湯)+血虚・水毒(消風散)

                 
気血水では興味深い展開になりました。
まずベースに気虚・血虚(黄耆建中湯)が存在すると想定し、これは最後まで継続するという指示です。
改善が悪ければ水毒(ジクジク)を目標にした十味敗毒湯を追加し、
これでもよくならなければ、ターゲットを水毒から瘀血(治頭瘡一方)へ変えるか、血虚・水毒対策を強化する目的で消風散へ変える、というフローです。
 イメージとしては、カサカサの皮膚の虚弱児に黄耆建中湯を開始し継続、ジクジクが目立つなら十味敗毒湯を追加、効いているけど今ひとつなら消風散へ変更、手応えがなく苔癬化が目につくなら治頭瘡一方、でしょうか。
 でも水毒より瘀血が目立つなら、十味敗毒湯に回り道しないで治頭瘡一方を選択した方がよいのでは?
 私が並び替えるとすれば、

【気血水】(武井案)
 黄耆建中湯→ ジクジク→ +十味敗毒湯 → 十味敗毒湯を消風散へ変更
      → 苔癬化 → +治頭瘡一方


 
【TCM】 Traditional Chinese Medicine
 補気固表・緩急止痛・温中補虚(黄耆建中湯) 
  ↓  
 +袪風化湿・清熱解毒(十味敗毒湯)
  ↓
 +祛風・清熱解毒・活血化湿(治頭瘡一方)
   あるいは
 +疏風・清熱化湿・養血潤燥(消風散)


 中医学的には、黄耆建中湯以外の3つすべてに入っている単語が3つあります。
1.祛風(あるいは疏風):かゆみを取る作用
2.化湿:湿を取り去る作用
3.清熱:熱を冷ます作用・・・十味敗毒湯は「寒」の方剤であったはずですが(?)
 湿疹においては、六淫(六気)の中で風湿熱邪が病態のメインであることの証左ですね。
 それから、十味敗毒湯は柴胡剤なので「解毒」、消風散には血虚対策の「養血」があり、方剤の特徴が出ています。
 それらを加味すると、黄耆建中湯ベースに追加処方を検討する際は、

【TCM】(武井案)
黄耆建中湯+
 解毒したい(柴胡剤を使いたい)→  +十味敗毒湯
 活血したい(瘀血を治したい) →  +治頭瘡一方
 養血したい(血虚対策を強化) →  +消風散


 という選択に整理できると思います。
 最後まで悩ましいのが十味敗毒湯の寒熱ですね。

 以上、乳児アトピー性皮膚炎への漢方治療を私なりに再構成した結果を列挙してみます;

【八綱分類】
 虚証+寒証 → 黄耆建中湯
 実証+寒証 → 十味敗毒湯
 実証+熱証 → 治頭瘡一方/消風散
【六淫・六気】
 黄耆建中湯 → 赤みのない皮疹 → + 十味敗毒湯
         赤みのある皮疹 → + 治頭瘡一方/消風散
【気血水】
 黄耆建中湯→ ジクジク→ +十味敗毒湯 → 十味敗毒湯を消風散へ変更
      → 苔癬化 → +治頭瘡一方
【TCM】
 黄耆建中湯をベースに
 解毒したい(柴胡剤を使いたい)→  +十味敗毒湯
 活血したい(瘀血を治したい) →  +治頭瘡一方
 養血したい(血虚対策を強化) →  +消風散


 上記を無理矢理まとめると、(武井案)はこうなりました;

<乳児アトピー性皮膚炎への漢方治療>
(虚証)黄耆建中湯
(実〜中間証)黄耆建中湯+下表の方剤から選択

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小児アトピー性皮膚炎に「白虎加人参湯」(34)は有効か?

2017年10月05日 07時12分50秒 | 漢方
 白虎加人参湯は「熱」と「渇き」がイメージされる病態に有効な漢方薬です。
 例えば熱中症。
 高熱環境下で汗をたくさんかいたけど湿度が高くて蒸発しないので、熱の発散ができずに体が火照る、水分が足りない脱水症になる ・・・ピッタリですね。
 それから、夏風邪のプール熱。
 高熱が4-5日続き、体がだんだん脱水傾向になっていく ・・・これも合います。

 さて、小児アトピー性皮膚炎に「白虎加人参湯」(34)は有効なのでしょうか?
 「臨床漢方小児科学」(南山堂、西村甲著、2016年発行)を読むと、幼児期以降(幼児期・学童期・思春期)のフローチャートに登場します。
 ネット検索中心に資料を当たってみました。
 長文になりますので、最初にポイントを提示します。

<ポイント>
構成生薬:石膏15.0;粳米8.0;知母5.0;人参3.0;甘草2.0
八綱分類:裏熱実証(赤本)
虚実:中間〜実
気血水:気虚、水不足
漢方的適応病態:気分熱盛(陽明病経証)。
TCM的解説:清熱瀉火・生津止渇・補気。

(備考)
・赤みやほてりが強かったら白虎加人参湯、痒みが強い場合(かゆみが強くてイライラしがち)は黄連解毒湯を使う。
・使用目標は「上焦の皮疹」「赤く熱を帯びる」「乾燥傾向」の3つ(内海Dr.)。
・使用目標は「熱感・発汗・口渇」の3つ(大野Dr.)。
・白虎加人参湯証の口渇とは「レストランで外食した際、冬でも氷入りの水をおかわりする患者さん」。
・水をたくさん飲んでも喉の渇きのとまらないのは白虎加人参湯証(尿不利はない)、喉が渇いて水を飲んでも吐いてしまうのが五苓散証(尿不利がある)。


 ツムラ漢方スクエアで「白虎加人参湯」「アトピー性皮膚炎」で検索すると、いくつか記事がヒットしました。
 まずはたんぽぽこどもクリニックの石川功治先生の解説から。

■ 私の漢方診療日誌「小児のアトピー性皮膚炎」より
【白虎加人参湯】

 体を冷やす成分の最強コンビの石膏と知母が入っているのでこの作用によって皮膚の赤み(皮膚のほてり)がとれてきます。
ツムラ白虎加人参湯(TJ-34)に含まれる石膏の量は他の石膏が含まれる漢方に比べて15gと最も多く含まれていますので冷やすという事には最適です。 顔が真っ赤になっているアトピー性皮膚炎には特に良く効きます。皮膚の赤みが改善しますと皮膚のカサカサも良くなっていきます。 まず、赤みが良くなるまで白虎加人参湯の内服を続けてることが大切です。白虎加人参湯は速効性のあるお薬ですので皮膚の症状が特に早く良くなっていきます。


 石膏+知母による清熱作用を強調しています。
 「顔が真っ赤の患者さんによく効く」とあります。「全身真っ赤」ではダメなのでしょうか・・・顔面(上半身)によく効く理由は書いてありません。
 次は皮膚科医の黒川晃夫先生の解説から;

■ 成人皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る
〜特に成人アトピー性皮膚炎〜

 白虎加人参湯は、石膏・知母・粳米・人参・甘草 の5種類の生薬からなる方剤である。唾液分泌促進作用、体内水分損失防御作用、瘙痒抑制作用などが報告されている。瘙痒を伴う顔面の紅斑で、熱がこもりやすく、口渇を認める場合にはよい適応である。



 ここでも「顔面の紅斑」が強調されています。
 ここで私はある知り合いの女性のことを思い出しました。彼女は汗をかきにくい体質で、「ちょっと運動すると顔が火照って大変なんです」と言ってました。この薬、合いそうです。
 生薬構成を見ると、生薬数から寒>温、潤>燥ですから「冷やして潤す」方剤という性格が浮かび上がります。「熱を持って乾いている」病態にピッタリですね。

 ここでちょっと寄り道を。
 白虎加人参湯は熱中症にも用いられますが、三浦於菟先生の解説から生薬構成図を引用します;

■ <熱中症・夏ばて対策>
 夏季疾患の治療は漢方薬の独壇場 白虎加人参湯、清暑益気湯、啓脾湯の3本柱を基本に



【白虎加人参湯】・・・体内の熱を冷まし、体液を潤し、元気をつける
 白虎加人参湯の“白虎”は、中国伝説の四獣神の1つで、西方を守る秋の神であり、構成生薬の石膏の白色にも通じています。白虎加人参湯は、夏季の暑さなどの病態を秋季の涼しさのように冷まし爽やかにする漢方薬です。適応病態は熱による熱感、口渇、発汗、倦怠感などや熱中症で、構成生薬の石膏や知母が体内の熱を冷まし、甘草や粳米が体液を潤し、人参が元気をつける効果を有します。ここで注目していただきたい点は、熱を冷ます生薬の中でも、体液を保持しつつ熱を冷ます作用のある生薬(知母・石膏)を用いているところ です。さらに体液を潤す生薬を多く配合している点が特徴です。
 保険では扱えないのですが、屋外での労働やスポーツで熱中症が懸念される場合には、白虎加人参湯を予防的に服用することもよいで しょう。水筒に溶かして入れて携行すると便利です。


 黒川先生の小児アトピー性皮膚炎の項目から;

■ 私の漢方診療日誌「小児皮膚疾患に頻用される漢方薬の使いどころを知る〜特に小児アトピー性皮膚炎〜」


 こちらには乳児期・幼児期の欄には白虎加人参湯の記載はなく、学童期以上の欄に登場します。
 では乳幼児期の顔面湿疹には何が使われるかというと、治頭瘡一方ですね。
 治頭瘡一方と白虎加人参湯の違いは何でしょう?
 前者はジクジク(水毒)、後者はカサカサ(水不足)という使用目標があり、乳幼児は体内水分比率が高く水毒傾向があるため白虎加人参湯は合わないのだと思われます。

 次は夏秋優Dr.と小林裕美Dr.の対談「皮膚科の漢方治療」から。

■ 成人アトピー性皮膚炎〜顔面の紅斑、ほてりには、白虎加人参湯や黄連解毒湯



(夏秋)
顔のほてりが強い人に、白虎加人参湯を飲んでいただいてサーモグラフィで皮膚温を測定する と、1~2時間で皮膚温が下がってほてりがとれてきた例がありました。一方で、イライラするぐらい痒い場合、特に赤みの強い若い人には黄連解毒湯がよく効く印象があります。 症例にもよりますが、全身的なバランスの改善によりじっくり体質を改善して皮膚症状を治す“本治”から入るのではなく、現在の皮疹の状態に対処する“標治”的なアプローチを取ることが多いと思います。赤みやほてりが強かったら白虎加人参湯、痒みが強い場合は黄連解毒湯を使うというようにです。それらの処方で、漢方で症状がよくなることをまず患者さんに実感していただくことを念頭に置いています。
(小林)
 顔が赤い方に黄連解毒湯を使っているうちに、充血していて少し浮腫のあるような赤みにいいの かなというように、徐々に方剤の特徴がつかめてくると思います。黄連解毒湯については、私もイライラを一つの目安にしていて、服用開始3日後にはイライラがとれた例を複数、経験しています。


 この対談では小児アトピー性皮膚炎には白虎加人参湯は登場しないのですが、成人アトピー性皮膚炎には登場します。参考に引用しておきました。
 顔面湿疹の患者さんでも、
・赤みやほてりがメインなら白虎加人参湯、
・赤みやほてり+かゆみが強くてイライラしがちなら黄連解毒湯、
と使い分ける口訣は役立ちます。
 ただ、小林先生の「充血していて少し浮腫のあるような赤みにいい」という表現が腑に落ちません。「浮腫」は水毒の所見であり、白虎加人参湯は「水不足」に使うイメージがありますので。

 次は皮膚科医の内海先生の解説から;

■ 夏に悪化するアトピー性皮膚炎の漢方治療


 白虎加人参湯を標治薬として選択する指標は「上焦の皮疹」「赤く熱を帯びる」「乾燥傾向」の3つ。
 さらに本治として、気虚では補中益気湯、瘀血では桂枝茯苓丸、脾虚では小建中湯を追加するフローチャート。
 なるほど、と頷けました。
 ただ、黄連解毒湯の名前がないなあ、と思って本文を読んだら「なお黄連解毒湯も清熱剤で,アトピー性皮膚炎に頻用される処方であるが,夏場だけでなく季節にかかわらず処方されることが多いので取り上げなかった」とありました。

 続いて大野修嗣先生によるアトピー性皮膚炎の解説から白虎加人参湯の部分を抜粋;

■ 続・Dr.Ohno教えてください、漢方処方実践編、症例から学ぶ服薬指導のポイント「アトピー性皮膚炎」
【白虎加人参湯】
原典:傷寒論・金匱要略。
生薬構成:石膏・知母・人参・粳米・甘草。
 石膏・知母・粳米の組み合わせで清熱慈潤剤の代表処方である。清熱と慈潤作用をもつ石膏が15g ともっとも多く配合された漢方薬である。人参・ 粳米には止渇作用があり,石膏と甘草も加わり皮膚を潤す。このことから乾燥性の皮膚疾患に応用されている。
使用目標熱感・発汗・口渇が目標である。
 発汗が持続し脱水傾向に陥っている場合も適応となる。 アトピー性皮膚炎では発汗が続いていても皮膚表面は乾燥していることが多い。清熱作用と皮膚に 対する滋潤作用を併せ持つ白虎加人参湯がアトピー性皮膚炎に適応する所以である。
臨床応用:発汗・口渇を伴った熱性疾患に広く応用される。
 アトピー性皮膚炎では夏季の発汗過多 の症例に適応がある。たとえ口渇がない場合にも応用可能である。


 使用目標は前項の「上焦の皮疹」「熱を持った湿疹」「乾燥傾向」とは少々異なり、「熱感・発汗・口渇」と全身症状を重視した説明になっています。

 さらに続きます。
 皮膚科医の森原潔先生の解説から;

■ シリーズ漢方道場『痒みは体の熱を取り除く清熱剤で』
<Q&A一覧>
Q1. 白虎加人参湯、黄連解毒湯を処方すべき患者さんは?
Q2. 白虎加人参湯と黄連解毒湯の使い分けは?
Q3. 寒証の人に白虎加人参湯や黄連解毒湯は使ってはいけませんか?
Q4. ADに対して他に使えそうな漢方はありませんか?

Q1 白虎加人参湯、黄連解毒湯を処方すべき患者さんは?
A1. 熱証の AD患者さんに用います。暑がりの人のことを熱証、寒がりの人のことを寒証といいます。お風呂につかる、布団に入る等で身体が温まったときに痒みがひどくな るという訴えをよく耳にします。皮膚が温まると、痒みの原因となるヒスタミンが肥 満細胞から放出されやすくなるためですが、身体に熱がこもり暑がりになっている熱証の AD患者さんは、そういうことが常に起こりやすくなっていると思われます。その熱を取り除いてあげれば痒みを起こしにくくなることは容易に想像できると思いま す。白虎加人参湯や黄連解毒湯は体を冷やす効果を有するお薬、漢方では清熱剤と呼びますが、その代表的方剤です。
Q2 白虎加人参湯と黄連解毒湯の使い分けは?
A2. 白虎加人参湯の証として口渇がよく挙げられます。患者さんに「のどはよく乾きますか」と聞いても、よく分からないと言われる場合は、「レストランで外食したときに水のおかわりを頻回にしますか?」と聞いてみるとよいかもしれません。冬でも氷入りの水をおかわりする患者さんはまさに白虎加人参湯の証です。
 皮疹的には、あまりしこりがなく浮腫状で蕁麻疹様に見える場合に用います。味覚的にあまり悪くない方剤だと思います。 一方、黄連解毒湯はとても苦いお薬で、こちらはしこりがある皮疹に用います。AD 患者さんには、痒みのために掻きすぎて皮膚に傷ができ、その傷がかさぶたになるときに、また掻いてしまって傷ができ......というのを繰り返す方がいらっしゃいます。 痒疹とよばれる病態で、痒みを引き起こすリンパ球などの細胞がたくさん皮膚に居座ってしまうため、虫さされ様のしこりを呈する疾患です。とても痒く難治であり、 われわれ皮膚科医は苦労しますが、そういった病態に黄連解毒湯を用いるとよいと思います。黄連解毒湯には抗炎症作用の他にもさまざまな効果があることがわかっています。その 1 つである鎮静作用に期待して、イライラして痒くなる AD 患者さんにもよく用います。抗菌作用もあるため赤ニキビにも頻用しますが、ニキビのある AD に使うと一挙両得の効果が得られるかもしれません。
Q3 寒証の人に白虎加人参湯や黄連解毒湯は使ってはいけませんか?
A3. 問題はないと考えています。少なくとも禁忌ではありません。西洋薬の添付文書にある「慎重投与」レベルと思っていただいてよいと思います。温熱により AD の症状が頻回に悪化する場合には、寒証であっても清熱剤を用いても良いでしょう。ただし「冷えがひどくなっていませんか?」などの問いかけは最低限行う必要があります。西洋薬でなら「慎重投与」レベルの警告であればあまり躊躇せず使うことは実際の臨床では多いと思いますが、漢方も同様に証にとらわれすぎることなくどんどん使っていくとよいと思います。


 口訣や使用目標がちりばめられています。
 Q2の白虎加人参湯証の口渇を「レストランで外食した際、冬でも氷入りの水をおかわりする患者さん」と例えるのはわかりやすい(座布団一枚!)。
 「しこり(痒疹)には白虎加人参湯より黄連解毒湯がよい」と意外なことが書いてありました。私は痒疹・苔癬化は瘀血所見であり、駆瘀血剤の桂枝茯苓丸が合うと思い込んできましたので。
 Q3では寒証の患者さんに清熱剤を用いてもよいが「冷えがひどくなっていませんか?」と確認する必要がある、というアドバイスも頷けます。

 次は岡野 正憲 先生の解説から;

■ 白虎加人参湯
【証】
 さて本筋に戻りまして,白虎加人参湯の証というものはどういうものかと申しますと,中国の後漢という時代の張仲景の書いたといわれる『傷寒論』および『金贋要略』という本の中に書いてあることを現代的に意訳して申しますと「急性熱性病の場合,吐いたりあるいは下痢したのち,7~8日を経ても病気が治らず,熱が内臓の方にとどまっていて,体の表面から内臓の方まで熱して,時々外気に触れると寒気がして,口が大変渇き,舌も渇いてもだえる様子があり,水をたくさん飲んでも喉の渇きのとまらないのは,白虎加人参湯の主治するところである」というように書いてあります。
 その他,省略しますが3〜4項目の条文がありまして,熱のない場合にも用いてよいことが書かれてあります。ここで語旬の説明をいたしますが,漢方医学的な熱というものは,この時代には体温計などはありませんでしたので,自覚的な熱感というものを含んでおりまして,体温上昇すなわち熱ではないということも覚えていただきたいと思います。
 これを現代的に解釈しますと,急性熱性病の場合は,体の表面から内臓の方まで熱が行きわたっ て高熱があり,体液が欠乏している徴候があって,口や舌が渇いて水をのみたがっており,便が硬くなっていて尿の出がよく,汗が多くて,しかも外気に触れると寒さを感じるという症状があります。慢性病の場合は,熱とそれに関連した症状はありませんが,口の潟きは大変に強いものです。
 この処方を現代医学的に応用する場合は,感冒のある時期,インフルエンザのある時期,はしか,日射病,熱射病などの時に用いますし,無熱の場合は,糖尿病,夜尿症,頭痛のある場合,皮膚炎,湿疹,ストロフルス,乾癬,眼の紅彩炎,角膜炎などに用いられます。
【鑑別】
温清飲との鑑別
 温清飲という処方は,体質的に申しますと,体力のある方とない方に分けると,その中間くらいに当たる人に用いることが多いのです。その働きから申しますと,体力を補う作用と鎮静,止血などの作用の組み合わせで,白虎加人参湯よりはるかに応用範囲は広いものがあります。
 皮膚疾患だけに限って申しま すと,皮膚の発赤,腫脹,発疹,落屑などがありまして,陽性のかたちもありますが、乾燥性のものに用います。この処方の場合は,口潟はあまり強く訴えないことが多いようです。
 白虎加人参湯の方は,口の大変な潟きが特徴で,皮膚の変化だけでは両者にあまり差はありません。体質的には白虎加人参湯の方が少し体力の勝ったものが多いですが,それほどの差がないこともあり,強い口の潟きがあるなしということが鑑別の要点になります。
消風散との鑑別
 消風散は陽性のものに用いますが,この場合は皮膚の変化は滲出液が必ず出てきまして,痂皮をつくることが多いですし,口の渇きもありますが,さほど強いものではありません。白虎加人参湯の方は大変な口の渇きがあり,皮膚の変化はあくまでも乾性にとどまります。
五苓散との鑑別:
五苓散は,口が渇いて水をのむが,のむとすぐ間を置かずに吐くことが多いのです。したがって尿利は減少するのです。白虎加人参湯の場合は,口が渇いてのんでも渇きはとまらず,尿になって出てしまいます。皮膚も五苓散の証を用いる場合よりは乾燥していますし,のんだ水を吐くということはほとんどありません。


 やっと原典の解説が出てきました。
 岡野先生は使用目標に「口渇」をとても重視しています。
 私が興味を持ったのは、五苓散との鑑別です。
(五苓散)口渇で水を飲むが吐いてしまう、尿量減少(尿不利)
(白虎加人参湯)口渇で水を飲んでも渇きは止まらず尿になって出てしまう。

 実は私、中学時代から大学時代までテニスをしていたのですが、部活中はたくさん汗をかき、終わると口渇が止まらず水を飲み続けるのがやめられませんでした。水分の取り過ぎで下痢をするまで飲み続けました。当時はイオン飲料などありませんでしたから、電解質を取らなかったから喉の渇きが治まらなかったのかな、とずっと思っていました。
 それから20年後、漢方を知り「あの症状には五苓散が合っていたのではないか」と考えるようになりました。でも嘔吐は無いんですよね。
 そして今回、白虎加人参湯のことを調べてみると、このくすりの方が合っていたのかな、と思うに至りました。
 「口渇で水を飲んでも渇きは止まらない、運動後で体は火照っている」は白虎加人参湯証に近い。
 まあ、今更ですけど。

 もう一つ、五苓散と白虎加人参湯の鑑別の解説(大野修嗣先生)を見つけました。

■ 熱中症・夏バテと漢方 〜熱中症の臨床現場での漢方の役割〜

熱中症に対する主な漢方薬とその類似処方の適応
<五苓散とその類方>
1.高温環境での仕事に従事する日には五苓散を予め服用していただくことで水分代謝機能を低下させず、水分の吸収・分布・排泄を円滑にする。
2.高温環境に曝露されて口渇・頭痛・嘔気などの症状、すなわち「熱中症もどき」の状態が出現した場合にはこれらの症状を改善する。
3.上記症状に加えて発熱・尿量減少などが出現した熱中症の最盛期には最もよい適応があり、重症度IIIへの進行を阻止する。
4.熱感・食欲低下・軟便などが遷延した場合には五苓散の類方である柴苓湯、胃苓湯が役に立つ。
<白虎加人参湯とその類方>
1.高温環境に曝露されて体温の上昇・大量の発汗・強い口渇が出現した場合には白虎加人参湯が身体の内外を冷却して体温の上昇を制御する。
2.身体の内外を清熱することで結果として発汗を抑制し、脱水の進行を阻止する。
3.激しい口渇を制御して胃腸の負担をかける余分な水分摂取からの胃腸系の疲弊を抑える。
4.同様の状態で発汗が制御できない場合、あるいは尿量が確保できない場合には類方の越婢加朮湯を選択する。構成生薬の麻黄と石膏の組み合わせが止汗に働く。
すなわち白虎加人参湯と越婢加朮湯の鑑別は体温上昇時に口渇が強ければ白虎加人参湯、発汗が強ければ越婢加朮湯となる。



 部活で大量発汗後、体のほてりと水を飲んでも飲んでもなくならない口渇、下痢するまで飲み続けた私への処方箋は・・・ズバリ白虎加人参湯でしょう(激しい口渇を制御して胃腸の負担をかける余分な水分摂取からの胃腸系の疲弊を抑える)。

 どんどん話がずれてしまいます。
 では秋葉先生の「活用自在の処方解説」から;

■ 34.白虎加人参湯
1.出典:『傷寒論』、『金匱要略』
1)大汗出でて後、大煩渇して解せず、脈洪大なる証。(太陽病上篇)
2)若しくは吐し、若しくは下して後解せず、熱結ぼれて裏に在り、表裏ともに熱し、時々悪風し、大いに渇し、舌上乾燥して煩し、水数升を飲まんと欲する証。(太陽病下篇)
3)口燥渇し、心煩し、背微悪寒する証。(太陽病下篇)
4)渇して水を飲まんと欲し、表証無きもの。(太陽病下篇)
5)暍(えつ:中熱、熱射病)にして、汗出でて悪寒し、身熱して渇する証。(『金匱要略』痙湿暍病変)
2.腹候:腹力は中等度前後(2-4/5)。心下痞硬を認めることがある。
3.気血水:気水が主体の気血水。
4.六病位:陽明病。
5.脈・舌: 脈は大で、無力。舌質は紅で乾燥、舌苔は黄。
6.口訣
●明らかな表証がある場合には用いない。(浅田宗伯)
●白虎湯証の熱によって津液枯渇したものに対して、人参をもって滋潤するのである。(龍野一雄)
7.本剤が適応となる病名・病態
a 保険適応病名・病態:効能または効果
 のどの渇きとほてりのあるもの。
b 漢方的適応病態:気分熱盛(陽明病経証)
 すなわち、息切れ、無力感、疲労感など気虚の症候を伴うもの。舌質は紅で乾燥、舌苔は黄。脈は大で、無力。
9.TCM的解説清熱瀉火・生津止渇・補気
10.効果増強の工夫
 本方は発熱性疾患が一定程度経過した状態が適応で、病位でいうと陽明病期となる。しかし、長引いた発熱例では少陽病と鑑別がつきかねる場合もあったようで、先人も小柴胡湯などと合方している。
処方例)ツムラ白虎加人参湯 6.0g  分2食前
    ツムラ小柴胡湯 5.0g
11.本方で先人は何を治療したか?
龍野一雄著『新撰類聚方』増補改訂版より
1 )流感・チフス・肺炎・脳炎脳膜炎等で、高熱煩渇するもの。
2 )日射病・熱射病で、高熱、煩渇、脳症等を起したもの。
3 )脳出血で、発熱、煩渇、煩躁、譫妄等を起し脈大のもの。
4 )糖尿病・バセドゥ氏病で、煩渇、或は煩躁、脈大のもの。
5 )皮膚炎・じんま疹・湿疹・ストロフルス・乾癖等でかゆみが劇しく、
患部は赤味が強く乾燥性で、煩渇するもの。
6 )胆嚢炎で高熱煩渇するもの。
7 )腎臓炎・尿毒症で高熱煩渇、或は煩躁、脳症あるもの。
8 )夜尿症で脈大、煩渇するもの。
9 )虹彩毛様体炎・角膜炎等で、充血、発赤、熱感等が強く煩渇するもの。
10)歯槽膿漏で糖尿を伴い、煩渇するものを治した例がある。
11)嗅覚なきものを治した例がある。
12)骨盤腹膜炎で、高熱、煩渇、自汗するものを治した例がある。
13)小児麻痺で渇するものを治した例がある。
14)腰部神経痛で、渇舌、乾燥するものを治した例がある。
15)感冒後言語障害、内熱煩渇を治した(加藤勝美氏)。
<ヒント>
 本方の適応は「のどの渇きとほてりのあるもの」という漠然としたものであるが、これを医学的観点から、熱性疾患の遷延例や口渇ある糖尿病、患部に火照りのある皮膚炎などという病名に置き換えて適応をみいだすことが求められる。すなわち、これらの症状症候を伴う疾患に適応があると判断するのが、臨床医の医学的判断と呼ばれるものである。


 この方剤の応用範囲が広いことをあらためて感じました。
 しかし「喉の渇きと火照り」は乳児では訴えられません。
 どの先生の解説も幼児期・学童期以降に設定されている一因でしょうか。

<追記>
「漢方治療の診断と実践〜漢方水嶋塾講義録」(水嶋丈雄著、三和書籍、2012年)より
・白虎湯グループ(※)は、主が石膏で副が知母、目標は燥熱で、汗が多くて乾燥、脈が非常に強いことが特徴である。実証であることに注意すべし。
※ 白虎加人参湯、越婢加朮湯、消風散、小柴胡湯加桔梗石膏、桔梗石膏
・石膏の証:乾燥、微熱、脈圧が高い、腹力が強い、皮膚が乾燥(しっとりしている桂枝湯とはまったく逆)。
・白虎加人参湯は表皮の炎症性の乾燥型アトピー性皮膚炎に使うことが多い。皮膚表面の循環血漿量を増やすために人参が入っているが、人参を入れることにより炎症が強すぎる場合に悪化することがある。だから白虎加人参湯は炎症があまり強すぎるときには使えない
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