小児漢方探求

漢方医学の魅力に取りつかれた小児科医です.学会やネットで得た情報や、最近読んだ本の感想を書き留めました(本棚3)。

高齢者の腰下肢痛の漢方

2025年01月27日 07時35分57秒 | 漢方
知識をアップデートすべく、今回は小児漢方と離れて、
ふだん扱うことのない高齢者漢方のセミナーを視聴しました。

高齢者の漢方は小児と比較して複雑です。
人生の荒波にもまれ、さまざまな因子により症状が発生し色づけされるからです。

今回のセミナー(講師は喜多Dr.)でも、
どの漢方的評価法を用いればいいのか、
複雑な説明で煙に巻かれる感じがしました。

最初の基礎編でまず、気血水と五臓論が混じり合って解説されるという応用問題からはじまり、
頭の中が混乱しました。

高齢者の腰下肢痛を漢方医学で分析すると、
気虚・血虚・腎虚の要素があり、
かつ寒熱で漢方薬を使い分けるという、
複雑な思考回路が必要であることがわかりました。

でも、「ここまでわかっているけど、ここからが微妙」という自覚もできますので、
高齢者漢方を学ぶことも有用だと思いました。

備忘録としてメモを残しておきます。

▶ 変形性膝関節症や高齢者の腰下肢痛では“寒熱”概念が重要

▶ 西洋医学は疾患局所を診て、漢方医学は患者全体を診る
・その患者が病気になりやすい状態か、病気が治りにくい状態か
・漢方の診断治療スキルである“証”で評価する
 ✓ 気血水:不健康状態を把握
 ✓ 虚実寒熱:体質を評価
 ✓ 陰陽六病位:闘病反応を評価
・診断治療体系が異なるため、西洋医学からみると「同病異治」「異病同治」が発生する。

【気虚のはなし】

▶ “気”の働き
・“気”には二つの働きがある
✓ 機能発現:パワーとしての気(モーター)
✓ 機能維持:エネルギーとしての気(電池)・・・ATP ← グルコース・脂肪酸 ← 炭水化物・脂肪
・パワー低下+エネルギー不足=気虚

▶ 機能発現の三つの気(パワー)
・胃気 → 消化吸収機能発現
・神気 → 精神運動機能発現
・衛気 → 生体防御機能発現
これらのパワーとしての気に、エネルギーとしての気が供給されて機能を発現する。
エネルギーとしての気は胃気(消化吸収機能)により後天の気・水穀の気として供給される。

▶ 気虚の症候
・消化吸収機能低下
 ✓ 食欲低下
 ✓ 胃もたれ
 ✓ 消化不良
 ✓ 軟便傾向
 ✓ 下痢しやすい
・精神運動機能低下
 ✓ 全身倦怠感や易疲労
 ✓ 気力や活力低下
 ✓ 日中の眠気
 ✓ 目や声に力がない
 ✓ 手足がだるい
・脈・舌・腹の所見
・生体防御機能低下
 ✓ 風邪を引きやすい
 ✓ 風邪が治りにくい
 ✓ 創傷が治りにくい
 ✓ 脈が弱い
 ✓ 舌の色が淡白
 ✓ 腹力軟弱

▶ 構造を形成する第四の気(パワー)、腎気(先天の気)
・腎気(先天の気) → 成長・発育、生殖・妊娠・出産、細胞の再生・抗加齢
・腎気は有機資材としての血から供給され、構造を維持する

▶ 狭義の気虚と腎虚を区別
・狭義の気虚:後天の気不足
・広義の気虚:後天の気不足+先天の気不足

▶ 腎虚の病態に適応となる方剤:八味地黄丸(7)
・先天の気(腎気)を補い、有機資材としての血を補う
 ✓ 成長能力の賦活
 ✓ 生殖能力の賦活
 ✓ 再生能力の賦活

▶ 八味地黄丸(7)が適応となる症状(抜粋)
症状:腰部・下肢の脱力感、腰痛、膝痛、下肢のしびれ
疾病:運動器疾患(腰痛症、坐骨神経痛、変形性膝関節症、骨粗鬆症)

【血虚のはなし】

▶ 血が供給する素材
・エネルギー源(機能維持):グルコースなど(水穀の気・後天の気)
・有機素材(構造維持):アミノ酸やたんぱく質

▶ 血虚の病態
代謝器官(化学工場)としての甘草におけるアミノ酸やたんぱく質などの有機資材の産生低下
 ⇩
血液循環による全身の細胞への有機資材の供給低下
 ⇩
供給された有機資材を利用して全身の細胞が身体構造を形成・維持する活動低下
(筋肉・皮膚・爪・毛髪・軟骨・細胞内骨格など)

▶ 血虚の病態を示唆する症候
(全身)疲れやすい、体がだるい、体重減少、貧血
(精神)物忘れ、集中力低下、不眠、浅眠
(頭部)顔色不良、抜け毛、白髪、かすみ目、疲れ目、めまい感、口が渇く、舌色白色調
(四肢)皮膚の荒れとカサカサ、爪が薄くて割れやすい、筋肉のけいれん、こむら返り、手足のしびれ
(その他)動悸、息切れ、過少月経

▶ 気虚と血虚の共通する症状
・易疲労
・倦怠感
・舌色淡白〜白色調

▶ 血虚と腎虚の共通する症状
・疲労倦怠
・口が渇く
・皮膚枯燥
・下肢のしびれ
・動悸

▶ 血虚に対する方剤の使い分け
・筋肉(骨格筋・平滑筋)の血虚 → 芍薬甘草湯(68)
 ✓ こむら返り、急性腰痛、腹部仙痛など
・四肢・関節の血虚  → 疎経活血湯(53)
 ✓ 坐骨神経痛、変形性膝関節症など
・皮膚の血虚 → 温清飲(57)
 ✓ 湿疹、じんま疹、皮膚掻痒症など

【変形性膝関節症の漢方治療】

▶ 変形性膝関節症における漢方的病態
・腎虚:示された八味地黄丸(7)の効能表中に「膝痛」
・血虚:
 代謝器官(化学工場)としての甘草におけるアミノ酸やたんぱく質などの有機資材の産生低下
  ⇩
 血液循環による全身の細胞への有機資材の供給低下
  ⇩
 供給された有機資材を利用して損傷した膝関節の滑膜を形成・修復する活動低下
 (間接表面の滑らかさが失われる)

▶ 変形性膝関節症の漢方を寒熱で使い分ける
    熱感 腫脹 疼痛
熱証:  +  +  +  → 越婢加朮湯(28)  
中間:  ー  +  +  → 防巳黄耆湯(20)
寒証:  ー  ー  +  → 桂枝加苓朮附湯 ・・・寒証+気虚

▶ 血虚を伴う変形性膝関節症の漢方を寒熱で使い分ける
    熱感 腫脹 疼痛
熱証:  +  +  +  → 薏苡仁湯(52) 
中間:  ー  +  +  → 疎経活血湯(53)
寒証:  ー  ー  +  → 大防風湯(97)

▶ 桂枝加苓朮附湯で効果が不十分な場合の次の一手
・関節腫脹が強い場合 → 防巳黄耆湯(20)を併用
・関節の熱感が強い場合 → 越婢加朮湯(28)を併用
・冷えが強い場合  → 附子末を追加(高齢者ではこのパターンが多い)

▶ 附子末の使い方
・運動器の傷みを訴える寒証患者には広く使用可能
・附子末は単独で処方することはできないので、他の方剤と併用する。
・1日0.5gから開始して、0.75g → 1.0g → 1.5g → 2.0g → 3.0gと徐々に増量する。
・患者には副作用(舌のしびれ、動悸、のぼせ、悪心、不整脈)について事前に説明し、
 副作用が出たら中止を指示しておく。
・冬季には増量し、夏季には減量する。

【高齢者腰下肢痛の漢方治療】

▶ 高齢者の痛みには「附子剤」が第一選択
・寒証+腎虚 → 附子+地黄 → 八味地黄丸(7)、牛車腎気丸(107)
・寒証+脾虚 → 附子+芍薬 → 桂枝加苓朮附湯
注1)胃腸が丈夫であれば高齢者には地黄を第一選択とする。
注2)胃腸の虚弱な高齢者には地黄ではなく芍薬が適応となる。

▶ 附子無効例には「当帰剤」が第二選択
・寒証+血虚+気逆 → 当帰+芍薬+桂皮 → 当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)
・寒証+血虚+瘀血 → 当帰+芍薬+桃仁 → 疎経活血湯(53)
注1)当帰+芍薬は冷えを伴う筋肉の緊張と血流低下を改善する。
注2)附子剤も当帰剤も無効な例には大防風湯(97)が適応となる。

▶ 高齢者の痛みに対する漢方薬のまとめ
第一選択(附子剤)
・胃腸が丈夫・腎虚 → 八味地黄丸(7)、牛車腎気丸(107)
・胃腸が弱い・脾虚 → 桂枝加苓朮附湯
第二選択(当帰剤)
・冷えが強い・気逆 → 当帰四逆加呉茱萸生姜湯(38)
・冷えが弱い・瘀血 → 疎経活血湯(53)
第三選択(附子+当帰) → 大防風湯(97)


・・・う〜ん、消化不良(^^;)。
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未病の漢方:花粉症

2025年01月16日 10時45分15秒 | 漢方
喜多敏明Dr.の未病シリーズ、今回は「花粉症」を視聴しました。
すでに患者さんに漢方を多用している私ですが、
それでも勉強になりました。

未病シリーズなので、症状だけでなく、アレルギー体質を変える養生についても触れています。
その中で「乾布摩擦」が登場して驚きました。

私はアレルギー専門医なので、
今から四半世紀前までは、重症小児喘息患者は学校併設の総合病院小児科に入院治療していた時代を知っています。
そこで当たり前のように行われていた健康づくりが乾布摩擦です。

しかしそのエビデンスが不十分であり、
上半身裸になることも時代に逆行しており、
今では姿を消しました。

そして今、乾布摩擦は漢方医学由来であることを知りました。
その理論的背景は「肺(体の表面=皮膚)に刺激を与えて免疫力を活性化する」というもの。

花粉症を気血水で解説し、
免疫力を五臓論(肺・腎)で解説している今回の内容も、
私には腑に落ちました。

西洋医学の概念「アレルギー性炎症」は漢方医学では「冷え・水滞」である、
 アレルギー性炎症=寒証
 化膿性炎症=熱証
とわかりやすく対比して見せてくれました。

講義メモを備忘録として残しておきます。

▶ 花粉症の概要
アレルギー体質+アレルゲン(花粉)
 → アレルギー炎症
 → 症状:鼻(くしゃみ、鼻汁)、眼結膜(かゆみ、充血)
漢方医学的に考えると、
 アレルギー炎症=病気
 アレルギー体質=未病

▶ 慢性鼻炎の病態を二次元グラフで位置づける

          (化膿性炎症)
             ⇧
               辛夷清肺湯(104)
               荊芥連翹湯(50)
(冷え・水滞あり)⇦       ⇨(冷え・水滞なし)
   小青竜湯(19)
  麻黄附子細辛湯(127)
             ⇩
         (アレルギー性炎症)

▶ “アレルギー炎症“は“冷え・水滞“
・炎症(アレルギーを含)=免疫系の反応
・免疫系は漢方医学的には肺と腎が関係する。
・アレルギー性炎症(西洋医学)は冷え・水滞(漢方医学)である。
・鼻汁は透明・水様である。
・小青竜湯(19)と麻黄附子細辛湯(127)は冷え・水滞を改善することにより症状をやわらげる。
・「冷え・水滞」は漢方理論、すなわち仮説であるが、実際に小青竜湯などが有効であることから実証されている。

▶ “化膿性炎症”は“熱”
・化膿性(感染性)炎症は熱証であり冷え・水滞はない。
・化膿性炎症による鼻炎には辛夷清肺湯(104)や荊芥連翹湯(50)が使用される。
・鼻汁は黄色・粘稠である。

▶ 鼻炎に“養生”が必要な理由
・小青竜湯(19)・麻黄附子細辛湯(127)には麻黄という生薬が入っており、
急性期・有症状期は問題ないが、長期に使用することは好ましくない。
・麻黄を使い続けないために“養生”が必要になる。
・鼻炎の病態には薬>養生、鼻炎の体質改善には養生>薬が重視される。

▶ 五臓理論上、免疫をつかさどるのは肺と腎
・漢方医学が確立した2000年前には免疫学はなかった、当時考えた仮説が五臓論。

▶ 肺の陽気(衛気)の働き
1.表を温めて、防衛する。
・表とは、皮膚・上気道(鼻〜のど)・下気道(気管〜肺)を含む。
2.表に水を巡らせる。
・リンパの流れ、発汗の調節。

▶ 肺の陽虚
1.体表面の冷え
2.防衛力の低下
3.体表面の水滞 → 水様鼻汁・水様喀痰 ← 乾姜・細辛(小青竜湯)で改善

▶ 肺の陽気を活性化する養生
・乾布摩擦
・冷水シャワー(風呂上がり、朝シャワー、滝壺修行)
・リンパマッサージ

▶ 腎の陽気の働き
1.熱を産生する
・深部体温(37℃)の維持
2.排尿
・老廃物(水毒)の排泄

▶ 腎の陽虚
1.下半身が冷えやすい(ヒトの身体は上熱下寒という状態になりやすい)
2.下半身には水毒が停滞しやすい
   ⇩
 腰から下の冷えと痛み ← 苓姜朮甘湯(118):茯苓・白朮で水滞を治し、乾姜で陽虚を治す。

▶ 腎の陽気を活性化する養生
・半身浴:38〜40℃のお湯に20〜30分間、ジワジワと発汗するまでつかる。
・インターバル速歩:3分/3分×5回(合計30分)を週に4〜5日


<参考>
未病の漢方:花粉症(喜多敏明Dr.の未病シリーズ)
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未病の漢方:頭痛

2025年01月15日 13時49分42秒 | 漢方
未病(健康と病気の中間)をテーマにした喜多敏明Dr.のレクチャー動画
今回は“頭痛”編を見てみました。

喜多Dr.の解説は歯切れがよいので、私はファンの一人です。
啓蒙に熱心な漢方専門医は大きく二つのタイプに分かれ、
漢方用語を使わないでわかりやすく説明することを目標にする先生と、
漢方理論をわかりやすく整理して解説する先生に分かれます。

初心者は前者の方が入りやすいのですが、
ある程度慣れてくると、壁にぶつかります。
このエキス剤が紀奈ない場合、次の一手は?
・・・その背景の理論を知らないと複数の漢方方剤の使い分けができないのです。

喜多Dr.は後者です。
今回も気血水理論を用いて明快に解説しています。
さらに、現代医学の要素も取り入れているので、
西洋医学を学んで医師免許を取得した世代の私でも、
頭に入りやすいです。

その中で「なるほど!」と感じたこと;
・西洋医学の痛み止めを飲むと血流が悪くなるので頭痛の頻度が増える。
・漢方薬を飲むと気血水バランスがよくなるので頭痛の頻度が減る。
という目からうろこが落ちるコメントでした。

だから漢方薬をベースに流し、鎮痛剤を併用、その使用頻度が減っていくのが理想的、
を目標にするという理由がわかりました。

▶ 慢性頭痛の種類と頻度
・頭痛の有病率は39.6%(15歳以上)、片頭痛が8.4%、緊張型頭痛が22.4%、残りはその他(群発頭痛、三叉神経痛など)

▶ 頭痛の分類
1.一次性(機能性):片頭痛、緊張型頭痛、群発頭痛、三叉神経痛など
・部位:こめかみ、目の奥
・性状:拍動性、ズキズキ
・随伴症状:閃輝暗点(8.4%のうち2.6%にあり、5.8%にはない)、吐き気・嘔吐
2.二次性(症候性):くも膜下出血、脳腫瘍など
・部位:後頭部、頭全体
・性状:締め付け感、重い感じ
・随伴症状:肩こり、めまい

▶ 頭痛の誘因
【片頭痛】
① 肩こり(72%)
② ストレス(71%)
③ 睡眠(58%)・・・睡眠不足、睡眠過多
④ 月経(51%)・・・月経前、月経中
⑤ 天候(49%)・・・雨の前日、低気圧、台風接近
⑥ におい(16%)・・・香水、洗剤、タバコ
【緊張型頭痛】
① 悪い姿勢、骨格の歪み
② 肩こり、首の痛み
③ 歯のかみ合わせ
④ 目の疲れ
⑤ ストレス、睡眠障害
 → 対策として、姿勢を正す、ほぐす、リラックス、適度な運動など

▶ 緊張型頭痛の非薬物療法(慢性頭痛の診療ガイドライン2013より)
・・・ストレスの関与しない慢性頭痛はない → 心身医学的アプローチが必要
A. 精神行動療法
1.筋電図バイオフィードバック
2.認知行動療法
3.リラクゼーション
4.催眠療法
B. 理学療法
1.運動プログラム(頭痛体操)
2.マッサージ、頚部指圧
3.超音波、電気刺激
4.姿勢矯正
5.顎部の機能異常に対する治療
6.温冷パック
C. 鍼灸

▶ 頭痛体操
・1日2分で効果あり
【片頭痛】「コマ体操」


【緊張性頭痛】「肩回し体操」




▶ 片頭痛に影響する食品
A.  片頭痛を誘発する食品(誘発する成分)
① 赤ワイン(ヒスタミン、チラミン)
② チョコレート(チラミン)
③ チーズ(チラミン)
④ 柑橘類(チラミン、オクトパミン)
⑤ 加工肉:ハム、ソーセージ(亜硝酸ナトリウム)
⑥ ファストフードのうま味調味料(グルタミン酸)
B.  片頭痛によい食品(よい成分)
① 緑黄色野菜:ほうれん草(マグネシウム)
② 海藻:ヒジキ(マグネシウム)
③ 大豆食品:納豆(マグネシウム)
④ ナッツ類:アーモンド(マグネシウム)
⑤ うなぎ(ビタミンB2)
⑥ レバー(ビタミンB2)

▶ 片頭痛の治療薬(西洋医学)
(急性期用)
1.アセトアミノフェン:カロナール®
2.非ステロイド系抗炎症薬:バファリン®、ロキソニン®
3.トリプタン系片頭痛薬:イミグラン®、ゾーミッグ®ほか
4.エルゴタミン製剤:クリアミン®配合錠
(予防薬)
5.カルシウム拮抗剤:ミグシス®
6.抗てんかん薬:デパケン®
★ 市販薬のみ使用者:56.9%!

▶ 緊張型頭痛の治療薬(西洋医学)
1.アセトアミノフェン:カロナール®
2.非ステロイド系抗炎症薬:バファリン®、ロキソニン®
3.筋弛緩薬:テルネリン®
4.抗不安薬:デパス®
5.三環系抗うつ薬:アミトリプチリン®

▶ 治療経過の比較:西洋薬 vs. 漢方薬
A.  西洋薬
・鎮痛剤による頭痛治療を続けていると、血流が悪くなる(漢方的には“瘀血”)。
・薬の効果が減弱してくるため、頭痛の回数が増え、鎮痛剤の使用回数が増える悪循環に陥る(薬物乱用頭痛)。
・1か月に10日以上の服用を3か月以上続けると危険。
B.  漢方薬による頭痛治療
・続けていると、体質(気血水の異常)が改善され、頭痛の回数が減ってくる。
・機能性の頭痛に対しては漢方薬が第一選択薬。
・ただし、体質改善の漢方薬はゆっくり効いてくるので、鎮痛剤との併用が現実的。

▶ 頭痛の漢方医学的病態分類
・気血水の巡りが悪いと頭痛が発生する(誘因)
 → 気血水の異常を改善すれば頭痛が出現しなくなる。
A.  気の異常
① 気逆タイプ → 発作的(≒片頭痛)
② 気うつタイプ → 持続的(≒緊張型頭痛)
B.  血の異常
③ 瘀血タイプ → 生理前後、肩こり
C.  水の異常
④ 水滞タイプ → 雨の前日、低気圧(=天気痛)
★ 天気痛:気圧の変化によって頭痛が出現する。気圧の変化に対する自律神経による調節が破綻する。

▶ 頭痛に頻用される漢方薬
① 気逆タイプ(≒片頭痛) → 呉茱萸湯(31)
② 気うつタイプ(≒緊張型頭痛) → 釣藤散(47)
③ 瘀血タイプ → 桂枝茯苓丸(25)
④ 水滞タイプ(=天気痛) → 五苓散(17)


<参考>
未病と漢方:頭痛(喜多敏明Dr.)

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未病の漢方:快眠

2025年01月14日 07時52分09秒 | 漢方
漢方医学には「未病」という概念があります。
健康と病気の中間のグレーゾーン、
天気に例えれば、快晴と雨の中間の曇り状態。

そしてそれをちょうどよい状態(中庸)に戻そうと考えます。
絶対的な健康ではなく、その人の一番よい体調というイメージです。
そこで登場するのが養生・薬膳・漢方薬。

薬を飲む前にもできることがたくさんあります。
養生・薬膳を実行しても病的状態に近づいたら、漢方薬を飲むという思想。

私は学校健診の診察をこなしている最中、
この“未病”をよく思い出します。

学校健診でスクリーニングする病気は、
「症状がないけど病的状態が疑われる」
という、まさに“未病”状態なのです。

(これは怪しい、問題がかくれていそうだ・・・)
と判断して医療機関への受診勧告を発行しますが、
せっかく拾い上げても実際の医療機関受診率は30%程度と低率です。

教育委員会は、
「規則に基づく学校健診を実施」
することには熱心ですが、
「受診率〇〇%を維持する」
という規定がないため、スルーしています。

建前だけなんですね。
これでは参加する医師のモチベーションが上がりません。
おっと、愚痴モードになってきました。
話を元に戻します。

YouTubeで喜多Dr.による「未病:快眠」というテーマの動画を見つけました。

自分自身も不眠症気味である私は興味深く視聴しました。
一口に「眠れない」といっても、様々な原因・要因があります。
西洋医学では「入眠困難」「中途覚醒」「早朝覚醒」と分類されることが多いのですが、
漢方医学では気血水というものさしでその人を評価・分析し、
その人に合った方剤を選択します。

簡単に云うと、
・疲れているのに眠れない → 気虚・血虚 加味帰脾湯(137)、酸棗仁湯(103)
・緊張して眠れない → 気うつ(肝気欝血)抑肝散(54)、加味逍遥散(24)
・興奮して眠れない → 気逆 黄連解毒湯(15)
等々。

メモを残しておきます。

▶ 睡眠の基礎知識
・睡眠-覚醒サイクル
(覚醒)動く:疲労・壊れる
 ↓↑     ↓↑
(睡眠)休む:回復・修復する
・REM睡眠
 ✓ 浅眠状態、夢見状態
 ✓ 速い眼球運動
 ✓ 体は動かない
・non REM睡眠
 ✓ 熟睡状態 ・・・最初の90分間
 ✓ 成長・若返り ← 成長ホルモン↑
 ✓ 疲労回復 ← 副交感神経↑

▶ 睡眠の役割
・体や脳の休養、記憶の整理、定着
・体の発育・修復、ホルモンバランスの調整
・脳の老廃物を除去、免疫を高める

▶ ビジネスマンの生活時間(シチズン意識調査、2000年)
       通勤時間  勤務時間 (睡眠時間)平日  休日
(1980年)  1:43    8:36     7:01     8:36(平日+95分)     
(2000年)  2:03    9:30    6:08     7:57(平日+109分)
 増減    +20分   +54分    −53分    −39分

▶ 睡眠の調節メカニズム
1.体内時計機構
・眠気の概日リズム・・・メラトニンが重要
・夜になると睡眠を発現させる
2.睡眠恒常性維持機構(ホメオスターシス)
・長時間の覚醒・睡眠不足は・・・大脳皮質の疲労・睡眠物質の蓄積を招く
・深く、長いノンREM睡眠
3.覚醒保持機構
・覚醒が必要とされるときに睡眠を抑えるメカニズム
・オレキシンが活躍

▶ 体内時計機構(サーカディアンリズム)の調節
・規則正しい生活が最重要 ・・・同じ時刻に毎日起床
・メラトニン↑  ⇒  眠気↑
 ✓ 起床後約14時間後から分泌、太陽光によりリセット
 ✓ 就寝前には強い光を避ける(スマホ、タブレット、テレビなど)
・交感神経活動↓、深部体温↓、抗重力筋弛緩  ⇒  眠気↑
 ✓ 就寝前4時間のカフェイン摂取を控える
 ✓ 2時間前までの入浴、軽い読書、音楽、香り、筋弛緩トレーニングを取り入れる

▶ 睡眠恒常性維持機構(ホメオスターシス)
・脳疲労を回復する
・長時間の昼寝は睡眠物質を低下させるため、浅く短い睡眠になりがち
 → 昼寝をするなら15時前に20〜30分程度がお勧め
・日中の適度な活動は睡眠物質を増やし、深く長い睡眠を得られる
 → 運動週間は熟睡を促進
・必要な睡眠時間は個人差が大きい
 ✓ 朝起きられない、日中眠い  → 睡眠が足りていない
 ✓ 休日に(平日より)2時間以上長く寝る  → 睡眠が足りていない
 成人の約4人に1人が睡眠不足を感じている(2008年)

▶ 覚醒保持機構
・覚醒が必要とされるときに睡眠を抑えるメカニズム
 大脳辺縁系      → 情動的な興奮
 情動調節系      (不安、緊張、怒り、怖れなど)
   ⇩
 視床下部       → 交換神経興奮、身体的緊張状態
 オレキシン
   ⇩
 覚醒系の興奮     → 目がさえて寝付けない、
           入眠後も睡眠が不安定

▶ 不眠に対する漢方治療
1.日内時計機構の乱れ
2.恒常性維持機構の障害 → 気虚・血虚
・疲れているのに眠くならない
 → 加味帰脾湯(137)、酸棗仁湯(103)
3.覚醒保持機能の活性化 → 気うつ・気逆
気うつ:緊張して眠れない
 → 抑肝散(54)、加味逍遥散(24)
気逆:興奮して眠れない
 → 黄連解毒湯(15)、甘麦大棗湯(72)

★ 緊張と興奮はどう区別するか?
 → 緊張は持続する、興奮は持続しない。

喜多Dr.は気血水理論で使い分けを説明してくれました。
他の漢方専門家達も、さまざまな視点で解説している情報があります。
ちょっと覗いて比較してみましょう。

▶ 西洋医学的な「入眠障害」「中途覚醒・熟眠障害」による使い分け一覧表
(入眠障害)
 ✓ 黄連解毒湯(15)
 ✓ 抑肝散加陳皮半夏(83)
 ✓ 竹筎温胆湯(91)
 ✓ 酸棗仁湯(103)
(中途覚醒・熟眠障害)
 ✓ 柴胡加竜骨牡蛎湯(12)
 ✓ 加味帰脾湯(137)
 ✓ 酸棗仁湯(103)
・・・喜多Dr.も「酸棗仁湯は万能で第一選択薬」とコメントしていましたが、
ここでも入眠障害・中途覚醒の両方に名前がありますね。

▶ 虚実で使い分け
(実証)
 ✓ 大柴胡湯(8)
 ✓ 黄連解毒湯(15)
(中間証)
 ✓ 抑肝散(54)
 ✓ 抑肝散加陳皮半夏(83)
 ✓ 半夏厚朴湯(16)
 ✓ 温経湯(106)
(虚証)
 ✓ 柴胡桂枝乾姜湯(11)
 ✓ 加味帰脾湯(137)
 ✓ 帰脾湯(65)
 ✓ 酸棗仁湯(103)


陰陽虚実による使い分け(谷川聖明Dr.)
紹介されている4方剤はすべて虚証+陽証に分類されているので、
使い分けが難しいですね。

こちらの表の方が五臓(肝と心)で分類されている分、わかりやすい。
酸棗仁湯(103)は入眠困難に、
加味帰脾湯(137)は中途覚醒・熟眠障害に使うよう提唱されています。
う〜ん、これだけだと使い分けがよくわからない。



・・・ここまで読んだ方、ご苦労さまでした。
どの解説がわかりやすかったですか?
私は喜多Dr.に一票!
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漢方の「六病位」=「急性感染症のステージ分類」

2025年01月11日 13時44分02秒 | 漢方
・・・え、そうでしょう。
と以前から思っていたことが記事になっていましたので紹介します。

風邪をたくさん見てきたアラ還小児科医の自分のイメージとちょっと異なる部分もありますね。

<ポイント>
・六病位とは、平たく言えば急性期疾患のステージ分類。
・時系列で並べてみると、太陽病、少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病。実際の患者さんでは途中のステージが欠けていることがあり、六病位の順番についても諸説あってややこしい。
(インフルエンザを例にとって)
【陽病期】
太陽病:病邪たるウイルスが体表から体の中へと進行を始め、それに対して体の免疫が「水際作戦」を行っている状況。インフルエンザに罹患すると、頭痛や咽頭痛、悪寒、節々の痛みといった症状が出ることが多い。これらの症状は、比較的体表部で起こるという共通点がある。
 太陽病では体表に病邪がいるので、汗とともに病邪を体の外に追い出してしまう(発表)のが合理的。
少陽病:病邪たるウイルスが体表からもう少し深部に侵入しており、消化管にまで及び始めている状態。発汗とともに追い出すという作戦が使えないため、代わりに、体の中で炎症とともに病邪を解きほぐすような治療(和解)を行うのが合理的。
陽明病:体が病邪に屈服してはいないものの、病邪の影響が腸管にまで及んでしまい、体の芯に熱がこもって様々な症状を起こしてしまっている状況。陽明病に対しては「体の芯にある熱を排便とともに外に出す」「体の中に冷たいものを入れて冷やす」という2パターンの治療がある。
【陰病期】
 免疫が落ちて(≒虚証)、病邪たるウイルスや細菌に体の免疫が負けてしまって、病気のさらなる進行を許してしまう状態。
太陰病:太陰病は、体が病邪に押し負けているものの、局所の敗戦に留まり、全身の敗戦には至っていない状況。お腹が張ったり、吐いてしまったり、腹痛があったり、下痢したりといった腸管症状が特徴的。お腹は冷えているけれども、全身はそこまで冷えていない。使う漢方薬は、腸管を起点に全身を建て直してくれるもの──本連載で言うところの「お腹に優しい」漢方薬がよい。
少陰病・厥陰病:腸管だけでなく、体全体が冷えてきてしまい体温を維持することもだんだんと難しくなった状態。生命の危機が近づいていることを示す状況を少陰病、それを通り越した生命の危機を厥陰病と呼ぶ。この病気では西洋医学的治療が優先される。少陰病に対して漢方治療を行う場合は、体を芯からしっかり温める漢方薬を使う。

ふだん自分がカバーする病期は太陽病〜少陽病であることがわかります。
陽明病は病院へ紹介、陰病期は入院治療が必要です。

開業医の役割は、少陽病 → 陽明病に至らないよう治療することですね。
するとやはり柴胡剤が活躍することになります。

六病位の陽病期では「侵入してきた病原体を追い出す」という概念が底にあります。
まあ、西洋医学でも咳や鼻水は身体に入ったウイルスを排出するため、発熱もウイルスを失活させるための武器と説明されますから、一部共通しています。
太陽病期(風邪の初期)は体表面が戦いの場であり、発汗で追い出す(発表)、それができずに体深く侵入を許した陽明病期(風邪がこじれた状態)では消化管が戦いの場となり、排便で追い出す(瀉下)という発想が興味深いです。
そして太陽病期と陽明病期の間、少陽病期では追い出すのではなく「和解」するという概念が誠に興味深く、そこに柴胡剤を当てたのは歴史的大発見だと思います。
この柴胡剤、熱性疾患に使われますが、ストレス反応で体調が悪くなったときのメイン生薬でもあるのですから。


▢ 「急性期疾患のステージ分類」とも言える六病位って?
伊東 完(東京医科大学茨城医療センター総合診療科)
監修:伊藤亜希(横浜薬科大学漢方薬学科)
2025/01/09:日経メディカル)より一部抜粋(下線は私が引きました);

・・・太陽病は、感冒初期に多くの患者さんが経験する状態を指していますが、「太陽病=感冒初期」としてしまうと、やや正確性に欠けるという問題があります。また、柴胡剤を取り上げた第9回では「感冒進行期」という表現を無理やり使っていましたが、これも「少陽病」という言葉を当てはめることができます。・・・そろそろ陰陽の概念を学ぶ潮時ではないかとも考え、今回は、陰陽に含まれる急性期疾患の重要概念である六病位について説明していきます。
 六病位とは、平たく言えば急性期疾患のステージ分類です。悪性腫瘍は、深達度や転移の状況に応じてステージが進んでいきますが、漢方医学の世界でもそれと似たような概念が存在するわけですね。そして、その順番を時系列で並べてみると、太陽病、少陽病、陽明病、太陰病、少陰病、厥陰病となります。細かい話をすると、実際の患者さんでは途中のステージが欠けていることがありますし、六病位の順番についても諸説あってややこしいのですが1~3)、本連載では今挙げた順番で話を進めます。ここから先は、インフルエンザに罹患した患者さんをイメージしながら読み進めると分かりやすいかもしれません。

▶ 太陽病
 インフルエンザに罹患すると、頭痛や咽頭痛、悪寒、節々の痛みといった症状が出ることが多いかと思います。これらの症状は、比較的体表部で起こるという共通点があります。病邪たるウイルスが体表から体の中へと進行を始め、それに対して体の免疫が「水際作戦」を行っているこの状況を太陽病と呼びます。なお、インフルエンザに罹患した患者さんのすべてが太陽病になるわけではなく、例えば、体の免疫が損なわれていて「水際作戦」を実施できない場合は、一気に病邪が体の中になだれ込んで、後述する少陰病から始まることもあります(このようなものを「直中(じきちゅう)の少陰」と呼びます)。
 さて、太陽病では体表に病邪がいるので、汗とともに病邪を体の外に追い出してしまう(発表)のが合理的でしょう。そこで、汗の出にくい実証の患者さんに対しては、汗を出す麻黄湯や葛根湯が使われることになります。汗の出やすい虚証の患者さんの場合は、汗が出すぎて脱水を起こさないように、汗の量をほどほどに調整する必要があります。そこで、麻黄湯でなく桂枝湯を使用するのが良いという話になってくるわけです(参考:第5回)。

▶ 少陽病
 インフルエンザに罹患してしばらくの間は、頭痛や咽頭痛、悪寒、節々の痛みが目立ちますが、時間がたつとこれらの症状が改善していき、代わりに咳が出始めたり、気分不快になって吐き気を催したり、倦怠感が残ったりします。しっかり問診をしていると、口の中が苦いと訴える患者さんがいることにも気付かされます。また、「日中は平熱なのに夜だけ熱が出る」といった具合に、発熱の日内変動を訴える患者さんも現れます。このような状況を少陽病と呼びます。
 少陽病では、病邪たるウイルスが体表からもう少し深部に侵入しており、消化管にまで及び始めているので、発汗とともに追い出すという作戦が使えません。代わりに、体の中で炎症とともに病邪を解きほぐすような治療(和解)を行うのが合理的です。ここで活躍するのが柴胡剤という漢方薬のグループで、便秘になりがちな実証であれば大柴胡湯などが、そうでもない虚実中間証では小柴胡湯などが使われます。太陽病と少陽病の過渡期であれば、桂枝湯と小柴胡湯の間となる柴胡桂枝湯を使うのもありです。

▶ 陽明病
 インフルエンザに罹患した患者さんの多くは外来での治療で間に合いますが、それでも一部の患者さんは、インフルエンザそのものによる肺炎や肺炎球菌などの細菌による二次性肺炎などを合併してしまうことがあります。そうすると、入院治療を余儀なくされるわけです。ある程度免疫がしっかりしている患者さんの場合は、入院下で抗ウイルス薬や抗菌薬などを使っている中で徐々に元気になってくるものですが、廃用症候群が進行してしまって、すぐに退院できないことがありますよね。
 そういった亜急性期の患者さんの病棟管理をしていると、便秘になってしまうことが往々にしてあり、よく看護師さんから下剤としてセンノシド(商品名プルゼニド他)などの処方を求められます。さらに、不眠やせん妄といった問題が生じてしまうこともよくあります。このように、体が病邪に屈服してはいないものの、病邪の影響が腸管にまで及んでしまい、体の芯に熱がこもって様々な症状を起こしてしまっている状況を陽明病と呼びます。
 陽明病に対する漢方薬は今まで解説していませんでしたが、代表的なものとしては承気湯類や白虎湯類が挙げられます。残念ながら、これらに対応するエキス製剤は少なく、わずかに調胃承気湯や白虎加人参湯などが使用可能です。調胃承気湯は、大黄、甘草、芒硝(硫酸ナトリウム)で構成される漢方薬で、西洋医学に例えるなら、センノシドと酸化マグネシウム(マグミット他)を合わせたようなイメージです。排便とともに体の芯にある熱を外に逃がすわけです。また、白虎加人参湯は、石膏、粳米(こうべい)、知母(ちも)、甘草、人参で構成される漢方薬で、体全体を潤しつつも、ひんやりとした石膏の力で体の芯にある熱を冷やす力があります。
 ここまでの説明を語弊を恐れずに簡略化すると、陽明病に対しては「体の芯にある熱を便とともに外に出す」「体の中に冷たいものを入れて冷やす」という2パターンの治療があるということになります。

▶ 太陰病
 インフルエンザや肺炎球菌性肺炎に罹患した患者さんで、免疫が落ちている場合(≒虚証)、病邪たるウイルスや細菌に体の免疫が負けてしまって、病気のさらなる進行を許してしまうことがあります。このような患者さんにはもう発熱するだけの余力はなく、体温も平熱に留まったり、下がっていったりするわけです(体温の低い敗血症は予後が悪いというのは、西洋医学ではよく知られるところです)。このような状態を陰病と呼び、太陰病、少陰病、厥陰病(けっちんびょう)という順番で進んでいきます。
 まず、太陰病は、体が病邪に押し負けているものの、局所の敗戦に留まり、全身の敗戦には至っていない状況を指します。具体的には、お腹が張ったり、吐いてしまったり、腹痛があったり、下痢したりといった腸管症状が特徴的です。お腹は冷えているけれども、全身はそこまで冷えていない。このような時に使う漢方薬は、腸管を起点に全身を建て直してくれるもの──本連載で言うところの「お腹に優しい」漢方薬がよいでしょう。これに該当するのが、桂枝加芍薬湯や建中湯類(例:小建中湯、当帰建中湯、黄耆建中湯)といった漢方薬です。

▶ 少陰病・厥陰病
 免疫が落ちている患者さんの中には、インフルエンザに合併した肺炎球菌感染症が肺炎だけに留まらず、菌血症、敗血症にまで至ってしまうことがあるかもしれません。こうなってしまうと、これはもう局所でなく全身の問題です。腸管だけでなく、体全体が冷えてきてしまうわけですね。体温を維持することもだんだんと難しくなっていきます生命の危機が近づいていることを示すこの状況を少陰病(図5)、それを通り越した生命の危機を厥陰病と呼びます。
 現代では、重症敗血症の患者さんに対しては、抗菌薬に加えてノルアドレナリンなどの昇圧薬や人工呼吸管理などを組み合わせて集中治療を行うことになるかと思いますので、漢方医学の入り込む余地はほとんどありません。ただ、もし少陰病に対して漢方治療を行う場合は、体を芯からしっかり温める漢方薬を使います。具体的には、四逆湯のように乾姜や附子(トリカブトの塊根)を含む漢方薬が選択肢です。
 乾姜を含む漢方薬としては、人参湯などがあり、人参の作用も相まって胃などの上部消化管から全身を温めてくれます(太陰病期から使用できます)。また、人参湯に附子を加えた附子理中湯という漢方薬もあります。こういった漢方薬を使用する目安として、口角から少し唾液が出ていることも参考になります。また、附子を含む漢方薬として真武湯(しんぶとう)も有名で、歩行時のめまいや下痢の時によく使います。人参湯とは対照的に、下部消化管から全身を温めるイメージがあります。さらに、太陽病の時に簡単に触れた「直中の少陰」(陰病から始まる、冷えを伴った感冒)に対しては、麻黄附子細辛湯が使われます。
 ここまで六病位をまとめてみましたが、漢方薬の種類がたくさん出てきて驚いた方も多いかもしれません。太陽病と少陽病、太陰病のところに出てきた処方はこれまでも触れてきた処方ですので置いておくと、皆さんには今回、新規に真武湯を覚えていただくのがよいかと思います。「陰病における葛根湯」と呼ばれるくらいには、応用範囲の広い漢方薬だからです。人参湯や麻黄附子細辛湯も時々使うので、余力があればどうぞ。


表1 六病位の治療コンセプトと代表的な漢方薬

<参考文献>
1)藤平健 『傷寒論』で少陽病篇が陽明病篇のあとに位置する理由. 日本東洋医学雑誌 1986;37(1): 9-17.
2)田原英一ら 日本で傷寒論の順が太陽, 少陽, 陽明となった理由の一考察. 日本東洋医学雑誌 2021;72(4):452-9.
3)山崎正寿ら 「日本で傷寒論の順が太陽, 少陽, 陽明となった理由の一考察」の問題点. 日本東洋医学雑誌 2022;73(3):347-8.

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